【女子中学生の生理整頓】(1)

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1月初旬。津気子は再開後2度目の生理が来た。前回生理が復活した後で、慌ててナプキン(いちばん安いエリス。2パックで250円!)を買ってきていたので、今回はそろそろ来そうと思って2日前からしっかりそれを取り付けていた。おかげで下着も汚さずに済んだ。
 
「生理ってやはり女であることを実感できる。そうだ、久しぶりに口紅とか買おうかな」
 
そういう訳で今村山家のトイレには、玲羅のナプキン、千里のナプキン、津気子のナプキンと3つの袋が並んでいるのである。
 
(なお口紅は買いに行ったら、あまりに高くてビビったので買わなかった!)
 

「こないだテレビで見てたらハリスが出てたけど、きれいだね〜」
とその日P神社で恵香は言った。
 
「誰だっけ?」
と美那が訊く。
 
「韓国の歌手なんだけどね」
「ああ、韓流タレントさんか」
「元男の人だったとは思えない美人なのよ」
「ミスターレディーか!」
「韓国の高校を卒業した後、日本に来て美容師さんやったり、ナイトクラブで歌ったりしてたらしい」
「へー」
「だから日本は自分にとって第2の故郷と言ってるらしい」
「だったら純粋な韓流スターとは違うね」
「うん。半ば日本の芸能人と思ってもいいと思う」
 
「元男ってことは性転換してるの?」
「1990年代に日本で性転換手術受けたらしいよ(*1)。韓国に帰国後、法的な性別の変更も認められたって」
「ああ、韓国でも法的な性別は変更できるのね?」
「韓国で性別変更を認められたのは彼女が2人目らしい」
「じゃきちんとした性別変更のシステムがあるわけじゃないんだ!」
 
(*1)ハリス(Harisu 河莉秀)が性転換手術を受けた正確な日付は公表されていない。一説では23歳の時(1998-1999)とも。法的な性別と名前(李慶曄→李慶恩)の変更が認められたのは2002年12月13日(仁川裁判所)。なお韓国で初めて法的な性別変更が認められたのは同年7月(釜山裁判所)らしいが、詳細は不明。韓国では2006年6月の最高裁判所判決により、性別の変更の道筋が作られた。
 

「でも性転換手術って具体的にはどういうことするんだっけ?」
と恵香が訊く。
 
この話をさっきから沙苗とセナがどきどきしながら聞いている。
 
「基本的には男の子にあって女の子にないものを除去して、女の子にあって男の子にないものを形成する」
と蓮菜は説明する。
 
「ほほぉ」
「だからペニスと睾丸は除去する」
 
「え?ちんちん取っちゃうの?」
と驚いたようにセナが言う。
「女の子にちんちんは無いからね」
「そうだったのか」
「ちんちん付いてちゃ女の子になれない」
「知らなかった」
 
ぼく、もし性転換手術を受けたら、ちんちん取られちゃうのかと思うとセナは少し驚いていた。でも確かに女の子にちんちんは無いもんね。そうか取っちゃうのか、などと考えている。一方沙苗の方は「ちんちん取られたーい」と思った。
 
「そして女の子にあるもの。クリトリスとかヴァギナとか、大陰唇・小陰唇とかを作る」
ち蓮菜は言う。
「ああ、ヴァギナも作るんだ?」
と恵香。
「ヴァギナがなきゃ結婚できない」
「結婚できるんだっけ?」
「今年の7月になったら法的な性別を変更できるようになるから、性別が女性に変更されれば男性との結婚も可能になる」
「それは画期的だね」
と美那が言う。
 

「この手術は、一般にポールとボールを取ってホールを作る手術と言われる」
と蓮菜が言うと
「何それ?」
と千里!が言っている。
 
「ポール(pole)はペニスのこと。ボール(ball)は睾丸のこと。これを取る」
「ふむふむ」
「ホール(hole)はヴァギナのこと。これを作る」
「なるほど」
「要するにダジャレか」
と美那。
 
「実際の手術では、まずは睾丸を露出させて、身体から切り離し捨てる」
「ああ。捨てちゃうんだ」
「使い道無いからね。お手玉でも作る?」
「悪趣味な気がする」
 
「それからちんちんの中身の海綿体も取り出して捨てる」
「やはり捨てるのか」
「廃棄物が多いな」
 
「使い道は無さそうだしね」
「指を濡らす海綿代わりに使えないの?」
「ペニスから取りだした海綿で指を濡らして切手貼りたい?」
「やはり悪趣味だな」
「『家畜人ヤプー』という小説では伸び縮みする鞭(むち)に改造してたけどね」
「どういうシチュエーションなのよ?」
「主人公はいきなり手術内容を間違われてちんちん切られちゃう」
「間違いなんだ?」
 
セナは、ぼく間違ってちんちん切られたらどうしよう?と考えてドキドキしている。沙苗は、間違いでもいいから、ちんちん切られたーいと思っている。
 
「性転換手術ではここまで進んだ後で、ヴァギナがあるべき位置にドリルで穴を開ける」
「ドリルなの〜?」
「違ったかなぁ。杭(くい)をハンマーで打ち込むんだったかな(不確か)」
「吸血鬼か?」
 
セナはドリル?ハンマー?で穴を開けられると聞いて「きゃー」と思っている。沙苗もドリルで開けられるの?凄く痛そうだけどと思っている。
 

「とにかく穴を開けた所で、ペニスの皮を裏返してその穴の中に押し込む」
「ほほぉ」
 
セナと沙苗がよく分からないような顔をしているので、蓮菜はそのあたりに転がっていた指サックを取ると、それをまず上向きに立てた状態で
「これがペニス」
と言う。そして
「これを押し込む」
と言って上から指で押していく。
「ほら完全反転すると、棒が穴に変身」
と説明した。
 

 
「すごーい!」
と言って、セナも沙苗も感心している。
 
「あんたたち数年以内にこういう手術を受けるだろうけどね」
と蓮菜が言うと、沙苗は今にも手術してほしいような顔、セナは恥ずかしそうな顔をしていた。
 
「だから思いあまって、自分でちんちん切り落としたりするとヴァギナが作れなくなる」
と蓮菜が言うと
「我慢する」
と沙苗は言った。きっと自分で切り落とそうとしたことが何度もあるのだろう。
 

「ペニスの皮で作ったから、ちょうどペニスが入るサイズのヴァギナができる」
「面白いかも」
「考えた人は天才だと思うな」
 
「あと陰嚢は折り曲げて大陰唇に加工する」
「なるほどー」
「元々大陰唇と陰嚢は同じ物なんだよ。男の子にも最初は大陰唇があるんだけど、睾丸が体外に降りてきて左右の大陰唇を癒着させたものが陰嚢。陰嚢の真ん中にある縫い目は実は左右の大陰唇が癒着した痕。だからそれを本来の形に戻してあげるだけ」
 
「いいことしてる気がする」
 

「クリトリスは無いの?」
「それは亀頭の一部を切り取ってクリトリスにする」
「ほほぉ」
「まあ似たような器官だよね」
 
沙苗はクリトリスまで作ってもらえるとは思わなかったので、その手術受けて自分にクリトリスやヴァギナができた状態を想像してドキドキしている。セナは女性の“構造”があまりよく分かってないので「クリトリスって何だっけ?」と思っている。
 

「残りはペニスの皮と一緒にヴァギナの奥に押し込んで疑似子宮口にする」
「子宮口って何か意味あるの?」
「映画のセックスシーンでさ、女が『子宮に当たる〜!』とか叫んでるの見たことない?」
 
「知らん!」
と全員のお答え。
 
「蓮菜あんたどういう映画見てるのよ?」
 
「でもシチュエーションは想像できない?」
「つまり男のペニスの先端が子宮口に当たるのか」
「そういうこと。これペニスの長い男でないと得られない感触。これが最高に気持ちいいらしい」
「らしい、ということはまだ経験はしてないんだ?」
「あいつのペニスはそこまで長くない」
「ふむふむ」
「日本人の男では無理だったりして」
 
「でも先端が子宮口に当たると男も気持ちいい。それで疑似子宮口を作るのに亀頭からクリトリスにする部分を切り取った残りを使うんだよ」
「リサイクルだな」
 
「そうそう。性転換手術ってのは究極のリサイクル手術。ペニスをリサイクルしてヴァギナにする。陰嚢をリサイクルして大陰唇にする。亀頭をリサイクルしてクリトリスと子宮口にする」
 
「リサイクルできなかった、睾丸と海綿体は捨てられる訳か」
「将来的には海綿体をリサイクルして小陰唇を作る手法も生まれるかも」
「ほほぉ!」
「現在の性転換手術では小陰唇も作るけど見た目だけ。でも実際の小陰唇は触ると気持ちいいじゃん」
と蓮菜は言うが
 
「そうだっけ?」
と恵香・美那・千里!が反応する。
 
「開発してみるといいよ。小陰唇だけで逝っちゃうという女の子もいるから」
「へー!」
 
「元々陰茎海綿体と小陰唇は発生的に同じものなんだよ。だから元の形に戻してあげればいい」
「今はできないの?」
「それをやってるお医者さんは多分居ないと思う」
「蓮菜が開発するといいね」
 

「おしっこはどうなるんだっけ?」
「尿道はペニスを取ってしまうから、尿道の“ホース”の部分が無くなり、女の子と同様に、“蛇口”から直接出るようになる。結果的に尿道は男の子だった時から10cmくらい短くなる」
 
「じゃ女の子と同じおしっこの仕方になるわけね」
「そうそう」
 
沙苗もセナも、その女の子のおしっこの仕方になりたーいと思った。
 

「でもマジ医学的な話だった」
「さすがお医者さん志望の人の話だけある」
 
「私外科医になりたいから、性転換手術もすることになるかもね」
「だったら、沙苗やセナを性転換手術してあげなよ」
「私が医師の資格取るまで2人が男の子のままとは思えない」
「確かにそうだ」
 
「沙苗はきっと高校進学前に性転換しちゃうだろうし」
「ああ、高校進学前に女の子の身体になれたら完璧な女子高生になれるね」
 
沙苗は話を聞いて早く性転換手術受けられたらいいなあと思った。ちんちんとか早く取りたいとも思う。
 
「セナもきっと20歳になる前には性転換しちゃう」
 
セナは、ぼく、やはりそのうち性転換手術受けちゃうのかなあ。ちょっと恐いけどなどと思った。でもちんちんが無くなった状態を想像できずにいた。保健の時間とかでスライドで見る女性器の構造の絵だけでは、さっぱり分からないんだもん。
 

「まあ2人ともお嫁さんになるだろうしね」
と恵香は言っている。
 
沙苗は「私、ウェディングドレス着れるのかな。着たーい」と思って自分の結婚式の様子を妄想した。一方のセナは「え?ぼくお嫁さんになるの?」と思うと想像したこともなかったので、ドキドキした。
 
「元男の子だった女の子って、天然の女の子より女らしいというので人気がある」
と蓮菜が言うと
「あ、それは分かる気がする」
と美那。
「“天然”と言うんだ!」
「元男の子だった子は“改造版”ね」
「確かに改造だ」
 
「そういう子は自分が理想的な女の子になりたいと努力してるから凄く女らしい」
と蓮菜が補足すると
「へー。大変なんだね」
と千里は言った。
 
恵香は千里に性別疑惑が起きない理由が分かった気がした。千里は“女の子らしく”なろうとは全く努力していない!
 

1月17日(土)、この日市民体育館では中学バスケットボール留萌地区新人戦、道路をはさんで隣接する勤労体育センターでは中学剣道留萌地区新人戦が行われる。
 
今回S中女子バスケット部は下記のメンツで出ることになった。
 
2年 PG久子(部長) SG友子 F友美鹿(助人) F博実(助人)
1年 SF数子 C留実子
 
千里が男子として登録されているため出場権が無いので部員は4人しか居ない。それでテニス部の2年2人に助っ人をお願いした。
 
一方S中女子剣道部は下記のメンツで出ることになった。
 
先鋒・宮沢香恵(2年)2級
次鋒・武智紅音(2年)2級
中堅・沢田玖美子(1年)1級
副将・村山千里(1年)1級
大将・原田沙苗(1年)初段
 
実はS中女子剣道部の全員である!
 
沙苗が女子として参加できたのは、この大会の参加規定は“留萌地区の中学に所属する生徒”というだけで、剣道協会に登録の無い人でも出場できる。それでダメ元で剣道協会に照会してみた。一度会いたいというので、顧問の岩永先生は本人を連れて剣道協会まで行った。
 
最初に沙苗を見た剣道協会の医学委員さん(女性)はびっくりした。
「君、本当に男の子なの?」
「自分では男だと思ったことはありません。ただ戸籍には男と記載されていて困っているのですが」
 
「原田さんは睾丸はあるんですか?」
と訊かれる。
 
「3月に除去して、その後ずっと女性ホルモンを摂取しています」
と本人は答える。
 
「ホルモン濃度を継続的に検査した結果とかがあったら出してもらえませんか」
 
それで沙苗のお母さんがS医大に照会して、4〜12月の毎月の性ホルモン検査結果表をもらい、剣道協会に提出した。すると
 
「この数値なら、今回の大会は自由参加大会ですので、原田さんの女子としての出場を認めます」
ということであった。
 
それで沙苗は初めて女子として大会に出場することができたのである。
 
どうも剣道協会は沙苗を半陰陽のケースと思い込んだようで、睾丸が除去済みで女性ホルモン優位の状態が半年も続いていれば女子選手として認められると判断したようである。誤解されている気もするが、せっかく出場してよいと言われたから出場させてもらった。
 

さて、剣道の竹刀・防具は学期中は学校の用具室に置いているのだが、冬休みで千里たちは毎日P神社で自主的な稽古をしていたので道具はP神社に置かれたいた。それで
 
「君たちの道具は私がまとめて車で運んでいくよ」
と花絵さんが言ってくれたので、言葉に甘えることにした。
 
つまりこの日、千里・玖美子・沙苗は、道着・袴とお弁当だけ持って行けば良い。
 

8:00 村山家では、体操服の上にウィンドブレイカーを着た千里が自分で作ったお弁当と着替えを青いスポーツバッグに入れると
 
「お母ちゃん、昨日言ってたけど、今日市民体育館で大会があるんだよ。送ってってくれない?」
と頼んだ。
 
「市民体育館だっけ?勤労体育センターじゃなかった?」
「ううん。市民体育館だよ」
「まあいいや。どうせ隣だし」
「そだねー」
 
それで母は玲羅に留守番を頼むと青いスポーツバッグを持った千里を乗せ、ヴィヴィオを発進させて、市街地へ向かった。
 
ちなみに父は昨日帰港して寝ている。
 

千里と母が家を出た10分後、トレーナーにジャージのズボンを穿いた千里が台所で自分のお弁当を作っていた。玲羅は額に手をやって少し考えたが、よくあることなので、気にしないことにした!
 
そして千里は道着・袴と着替えに、今作ったお弁当を赤いスポーツバッグに入れるとキョロキョロと誰か探しているふう。
 
「玲羅、お母ちゃん知らない?」
「・・・・・さっき出掛けたけど」
「うっそー!?車で送ってって頼んでたのに」
「何時からなの?」
「大会は9:00だけど、8:30までには行きたい」
「バスで行ったら?走れば8:20のバスに間に合うかも」(*2)
「よし。行こう。行ってきまーす」
 
それで千里は走って出て行った。
 
(*2)当時の留萌市内のバス時刻表が入手できなかったので、時刻は適当に設定しています。
 

赤いスポーツバッグを持った千里は家からバス停まで小走りに行ったが、バス停が見える所まで来た所でバスが発車して行った。
 
「あぁぁ!!」
と言いながら、バス停まで辿り着く。
 
「どうしよう?」
と思った時、ちょうど留萌駅前行きが来たので千里はそれに飛び乗った。
 
『留萌駅前行きなら、錦町で降りたら走って5分かな。ここから駅まで15分だから、錦町までは9分くらい?そしたらそこから5分で13分かな(←計算が間違っていることに気付いていない)。じゃ8:37くらいまでには着けるから、何とかなるかな』
 
などと考えていた。
 
ところがこのバスは留萌橋を“渡らなかった”!
 
「え!?」
と思わず声を出す。
 
「これ留萌駅前行きじゃなかったんだっけ?」
と千里が独り言のように言うと、運転手さんが
 
「お客さん、このバスは市民病院経由留萌駅前行き」
「あぁぁぁ!!」
 
実は留萌駅前行きは多くが市民病院経由であり、市民病院行きの多くが留萌駅前経由である。つまり千里は留萌駅前行きではなく市民病院行きに乗る必要があった。その市民病院行きが、さっき千里の目の前で発車していったバスである!!
 

むろん市民病院前経由でも、最終的には留萌駅前まで行く。でも錦町を通らないから、留萌駅前から勤労体育センターまで1.1kmの道を走る必要がある。
 
結局千里が留萌駅前に辿り着いたのは、8:55である。料金も高い!えーん。これならタクシー呼べば良かった、と今更思っても遅い。
 
「遅刻だ遅刻だ!」
と言いながら千里はパンをくわえて、ではなくて!赤いスポーツバッグを肩に掛け、必死で勤労体育センターに向かって走った。
 

さて、母に車で送ってもらった千里(千里B)は、8:15頃に市民体育館前で降ろしてもらった。それで体育館に入ろうとしたら
 
「おお、来たか」
と言って、玖美子に抱きつかれる。ついでに、おっぱいを揉まれる!
 
「くみちゃんは何でここに来てるんだっけ?」
「何って剣道大会新人戦に決まってる」
「へー。剣道も今日新人戦があるんだ?」
 
玖美子は首をひねる。
 
「君はどうもまだ寝ぼけているようだね。ほらさっさと来なさい」
「え、ちょっと待って。私市民体育館に行かなきゃ」
と言いながら、千里Bは剣道新人戦のある勤労体育センターに連行されてしまったのであった。
 

「おお、来たか。良かった良かった」
と2年生の武智部長が言っている。
 
「じゃ私、オーダー表出してきます」
と言って、沙苗が本部のほうに走って行った。
 
「千里すぐ道着に着替えて」
「道着!??」
 
玖美子が頭を抱えている。
 
「じゃこれ私の予備の道着貸してあげるから着換えて来て」
「えっと更衣室どこだったっけ?」
「ここ何度も来てるのに今更何を言っている?」
「千里、もういいからここで着替えなさい」
と玖美子が言った。
 
「え〜〜!?たくさん人がいるのに」
「半分は女だから構わん」
「あと半分は〜?」
「性転換すれば女になるから構わん」
「無茶な」
 
「ほらほら、体操服脱いで」
「ちょっとぉ」
「おお、ちゃんとスポーツブラは着けてるな。やる気満々じゃん」
 
それで千里は女子も男子もたくさん居る中で、下着姿になって道着と袴を着けてしまったのであった。
 

『私ひょっとしたら、くみちゃんに剣道の助っ人するって約束してたのかなあ。私って自分が言ったこと、きれいに忘れてたりするから』
と千里は考えた。
 
バスケットの方が気になるが、自分はどっちみち選手としては出られないし、後で謝っておこう。(千里Bは携帯を持っていない)
 
「でも私、竹刀とか防具持って来てないよ」
「それは花絵さんに頼んで運んでもらったから来てるよ」
「来てるんだ!」
と千里は驚いた、
 
剣道は小学校だけでやめちゃったけど、まあ久しぶりにやってみるのもいいかも、と思う。
 

それで対戦予定表を見る。
 
9:00 男子1回戦
9:20 女子1回戦
9:40 男子2回戦(12)
10:00 男子2回戦(34)
10:20 女子準決勝
10:40 男子準決勝
11:00 女子決勝・3決
11:20 男子決勝・3決
 
「今回は女子6校、男子10校なんだよ。うちの女子はシードされてて1回戦には出ない。準決勝から。だから最初の試合は10:20」
「なるほどー」
 
10:20なら、その前にバスケットの方は敗退してそうだな、と千里は思った。
 
「オーダー表はこれね」
と言って見せてもらった表を見て
「私副将なの!?」
と千里は声をあげた。
 
先鋒・宮沢香恵/次鋒・武智紅音/中堅・沢田玖美子/
副将・村山千里/大将・原田沙苗
 
「まあ、くみちゃんが全員を倒せば“座り副将”できる」
と宮沢さん。
 
「ああ、勝ち抜き戦なんだ?」
「そそ。よろしくねー」
 

「じゃ竹刀握るの10ヶ月ぶりだから、くみちゃん少し手合わせしてくんない?」
「どうも君は言っていることがおかしいが、ウォーミングアップに少し基礎練習しようか?」
「うん」
 
それで千里と玖美子、ついでに沙苗も付いてきて、そばの公園で軽く練習する。
 
(ここで“この千里”は体育館から離れていたのがポイント!)
 
まずはラジオ体操・柔軟体操をしてから、素振り30回、切り返しを玖美子と5本、沙苗と5本やった。千里は10ヶ月ぶりに竹刀を持ったのに、まるでいつも竹刀を使っていたかのように身体が動くのが不思議な気分だった。
 
これをやっている最中に玖美子に電話が掛かって来たので「ちょっとごめん」と言って離脱して電話を取る。玖美子は最初「へ?」と声を挙げて千里を見たが、やがて「大丈夫だよ」とか「ごゆっくり」と言っていた。誰か見学にでも来るのかなと千里は思った。
 
その後、試合形式で玖美子・沙苗を相手に2回ずつやったら、千里が全勝したので、玖美子から
「今日は絶好調じゃん」
と言われる。
「あれ〜。なんで私こんなに勝てるんだろう?」
などと本人は言っている。
 
「君はいつもと動きが違うから全く太刀筋が読めん」
と玖美子が言うので
「いつもと言われても私10ヶ月ぶりなんだけど」
と千里は言う。
 
「ああ“君は”そうかもね」
と玖美子は言っていたが、沙苗は首をひねっていた。
 

それで会場に戻ったのが10時少し前である。
 
会場では第一試合場・第二試合場ともに男子の試合が行われていた。連続して試合をするのは辛いので、男子と女子交互に試合を実施するようになっている。
 
やがてS中女子の試合になる。対戦相手は一回戦に勝って勝ち上がってきたM中である。吉田さんのいる所だ。吉田さんは物凄く強いのに、1年生ということもあり先鋒であった。オーダーはS中やR中のように実力主義の学校とM中のように、学年順の所がある。
 
先にも述べたようにこの大会は勝ち抜き方式である。
 
吉田さんはこちらの先鋒・宮沢、次鋒・武智に勝ったが、中堅の玖美子に負けた。そして玖美子が向こうの次鋒・中堅・副将も倒し、更には大将の崎村さんも倒してS中は決勝に進出した(つまり玖美子1人で5人倒した!!)。
 
「私出番が無かったぁ」
と沙苗。
「座り大将だね。私も出番が無かった」
「座り副将だね」
 
千里は10ヶ月ぶりであまり実戦の自信が無かったので良かったぁと思った。
 
(ここで千里の試合を“誰も見なかった”のが決勝で効いてくる)
 

男子の準決勝の後、女子の決勝戦と3位決定戦が行われる。第1場で決勝戦、第2場で三位決定戦である。
 
決勝戦の相手はむろんR中である。向こうのオーダーはこのようになっている。
 
先鋒・鹿島(1年)2級
次鋒・風間(2年)2級
中堅・麻宮(2年)1級
副将・前田(1年)1級
大将・木里(1年)初段
 
最初に鹿島さんとこちらの先鋒・宮沢(2年2級)が戦う。接戦だったが終了間際に鹿島さんが1本小手を取って勝った。こちらの次鋒・武智(2年2級)が出て行く。鮮やかに武智が2本取って勝った。向こうの次鋒・風間さんが出てくる。結構接戦となり双方1本ずつ取るが、残り30秒で風間さんが1本取って2本勝ちとなる。
 
こちらの中堅・玖美子(1年1級)が出ていく。1分で2本取り勝つ。玖美子は続いて向こうの中堅・麻宮さん(2年1級)も撃破した。向こうの副将・前田さん(1年1級)が出てくる。玖美子の良きライバルである。
 
戦いはかなり熱くなった。本割では1本ずつ取って勝負が付かず延長戦になる。ここで前田さんが際どい勝負で1本取り、前田さんが勝った。
 
それでとうとう千里の出番である。
 
千里は小学校の時の前田さんとの勝負を思い出し、この人けっこう強かったよなあと思っていた。対峙すると、昔の感覚が蘇ってくる。向こうの攻めが来るが反射的にかわす。そして相手がまだ体勢を整え直す前にきれいに面で1本取る。
 
対峙する。
 
こちらから攻めてみようかと思った。
 
それで何も気配の無い所から瞬間的に面を打つ。
 
鮮やかに決まった。2本目なので千里の勝ちである。
 
結果的にはわずか28秒で勝負が付いた。
 
礼をした後で前田さんが
 
「村山さん、既に三段くらいの力がある!全く歯が立たなかった」
などと言っていた。
 
そんなに!?私1級だし、しばらく剣道してなかったのに。
 

木里さんも難しい顔で腕を組んでいた。大将の彼女が出てくる。彼女は13歳の誕生日が過ぎているので初段になっている。
 
彼女とは激しい攻め合いになる。息つく間もなく、お互い攻めて攻められである。しかし彼女の攻撃を千里は軽くかわしていく。しかし彼女も千里の攻撃をたくみにかわしていく。
 
1分経ったところで千里の面が決まり、まず1本。しかし2分経ったところで彼女から返し胴を取られて1対1である。
 
そして更に両者激しい闘いが続いたが、残り10秒で千里が面を取って勝った。
 
礼をした後で木里さんは首を振って
「全然かわなかった。今日の村山さんは全く動きの予想が付かなかった。春までに鍛え直してくる」
などと言っていた。
 
これで団体戦はS中が優勝した。
 
S中大将の沙苗は最後まで座り大将だった!
 

観客席に取られている各校の控えスペースに行き、お弁当を広げる。試合場では男子の決勝と3位決定戦が行われているが、こちらはもうお昼休みモードである。
 
玖美子は千里が“青いスポーツバッグ”からお弁当を取り出すのを見て何やら頷いていた。
「だけど、今回でS中が優勝できたのは“勝ち抜き方式”だからだな」
と言っていた。
「うん。1人ずつ対戦する方式なら、こちらが圧倒的に不利だった」
と武智部長も言っていた。
 
なおS中男子は2回戦でK中に敗れたので、3決にも出ていない。
 
「原田〜。もう一度性転換して男になる気無い〜?」
などと工藤君が沙苗に言っている。
 
「あれ?そういえば沙苗は女子で出たんだね」
と今更気付いた千里が言う。
 
「協会が今大会については許可してくれたから女子で出た。春の大会はどうなるか分からない」
と玖美子が言う。
 
「出番は無かったけどね」
と本人。
 
実は沙苗を出すなら「大将にして」というのは、協会の人が女子としての出場を許可する文書を交付した後で“口頭で”岩永先生に言ったことなのだが、生徒たちは知らない。できるだけ彼女の実戦を減らすためである。
 

そんなことを言っていたら、F中の桜井さんが通り掛かった。F中は人数が少なく5人揃わなかったので、今回の大会には個人戦のみに参加し、団体戦には出ていない。
 
「原田さん、今回は女子で出たんだね?」
と笑顔で言う。
 
「医師の診断書とか提出したら、今回の大会に限っては女子として参加していいと言われたんですよ」
と玖美子が代わって説明した。
 
「原田さん、間違いなく女の子だもん。女子として参加すべきだと思うよ」
と彼女は沙苗のバストにさわりながら!言っていた。
 
(触って性別を再確認しているのでは??)
 

食事が終わった後、玖美子がトイレに行き、控え場所に戻ろうとしていたら、途中で小春と遭遇した。
 
「くみちゃん、これ千里の予備の道着持って来た。借りたのは洗濯して返させるから」
「さんきゅ、さんきゅ。私も着替えたいと思ってた」
と言って、小春から道着・袴を受け取ると、いったん控え場所に戻り、着替えの入ったバッグを持って更衣室に行った。そして下着から全部交換した。
 

さて、乗りたかったバスを逃した上で遠回りするバスに乗ってしまった千里Rだが、9:00から試合が始まるというのに留萌駅前でバスを降りたのがもう8:55である。当然開会式に間に合わない。私、オーダーから外されたかも〜などと思いながら、必死で会場に向けて走っていた。
 
『私が居なかったら、工藤君が女装して女子に加わってたりして』
などと妄想している。
 
女子剣道部は現在、千里と沙苗を含めて5人しか居ないのである。
 
信号に引っかかったりしたのもあり、9:10頃、完璧に遅刻して勤労体育センターの前まで来た。全力で走ってきたので息が荒い。かなり汗を掻いているので、これは道着に着替える前に下着を交換しなきゃなどとも思った。
 
それで勤労体育センターに入ろうとした時
「千里、やっと来たか」
という声がするので反射的に
「ごめーん」
と謝るが、声を掛けたのは留実子である!
 

「るみちゃんは・・・応援団?」
「何言ってるの?バスケの大会じゃん。千里、完璧に遅刻だぞ」
「ごめーん。バスを逃してって、バスケって何???」
 
「まだ起きてないみたいだな。とにかく来て」
「え?ちょっと待って。私、剣道の大会に行かなきゃ〜」
と言うものの、千里は留実子に強引に市民体育館の中に連行された。
 
「おお、やっと来たか」
と久子が言う。
 
「千里ちゃん、ちょっと来て」
と言って、久子は千里を本部に連れて行った。
 
「すみません。この子なんですが」
と久子が何かお偉いさんという感じの人に言っている。
 
「君はS中の生徒なのね?」
と言われるので
「はい」
と答える。
 
「生徒手帳、持ってる?」
「生徒手帳ですか?」
と言って取り出してみせる。
 
その生徒手帳の身分証明書欄にはこのように書かれている。
 
身分証明書
下記の者は本校の生徒であることを証明する。
所属 1年1組
氏名 村山千里
生年月日 平成3年3月3日 性別 女
住所 留萌市C町**−**
 
留萌市立S中学校 校長 木原光知
 
これを見て大会長さん(と後で知った)は頷いている。
 
「関係無いけど、校長先生の名前、なんか昔の水泳選手に似てるね」
「ですよね。“子”を付けたら、水泳選手の木原光知子さんになります。でも本人は水泳は苦手らしいです。ついでに全く女に見えないから女装は無理だと言ってました。スカート穿いたら痴漢にしか見えないらしいです」
と久子が言うと、大会長さんは笑っている。
 
そして言った。
 
「S中の生徒なら特別に参加を認めます」
「ありがとうございます!」
 
この時、この身分証明書欄を見た久子も大きく頷いていたのに千里は気付かなかった。
 

千里はさっぱり分からなかったが、S中の待機場所に来てから久子が説明した。
 
「実は友子と数子とが風邪で休んでいて」
 
「この季節、風邪には気をつけないとね〜」
と言っているのが、後で知ったが博実さんといって助っ人で来ているテニス部の人らしい。
 
「えっと・・・」
 
「だから選手が私とユミリンとヒロミンと、るみちゃんの4人しか居なくてさ。でも千里が来るだろうからというので千里もエントリーシートに書いて出した。でもユミリンとヒロミンは事前に参加許可取ってたんだけど、千里の名前が部員名簿にも事前許可者リストにも無いと言われたからさ。病人が出て急遽頼んだんですと言ったら、来たら本人連れて来てと言われたから連れていった」
 
「じゃ私に出てってこと?」
「そうそう。この際、仕方ない」
 
「ちょっと待って」
と言って、千里は赤い携帯を出すと玖美子に電話した。
「ごめーん。遅刻しちゃって。エントリーどうした?あ、何とかなったの?ごめんね。だったらもしかして私、午前中はそちらに行かなくてもいい?うん実はバスケ部の子に捕まって、隣の市民体育館でやってるバスケの試合に出てくれないかというからさ。いい?ごめんね。うん。午後からの個人戦は頑張る」
 
どうも剣道の方は千里が遅刻したので誰か代わりの子を入れてエントリーシートを出したようである。誰が代わりになったか聞かなかったけど、ほんとに工藤君が女装してたりして、などと考えると楽しくなる。
 
「剣道部の方が何とかなったみたいだから午前中だけでも出るよ」
「まあそれでもいいけどね」
と久子は言った。
 
久子としてはどっちみち3試合目は相手がこの地区の女王R中で千里を入れても勝てるとは思えないから、棄権でもいいかなというところである。なお、バスケでは退場者や負傷者が出ても選手が2人いれば試合続行できる(1人ではスローインができない!)が、試合開始時には5人いなければ没収試合となる。
 

千里は体操服を持って来てないと思ったのだが
「はい、これ」
と言って、小春が渡してくれた。
 
実は隣の勤労体育センターで道着に着替えたBが着てきていた体操服である!(小春は今日は忙しくなりそう、と思っている)
 
それで千里はその体操服に着替え、久子から渡されたゼッケン(マジックテープ仕様)を貼り付けた。(S中女子バスケ部はお金が無いのでユニフォームが無く、学校の体操服にゼッケンを付けている)
 
バスケット新人戦は、女子4チーム、男子6チームの参加ということだった。今回はどちらも総当たり戦方式になっている。女子は4チームで総当たり、男子は3チームずつ総当たりでやって、各々のトップ同士で決勝戦をするという方式である。タイムスケジュールはこのようになっていた。迅速な試合進行にするため“男子の決勝戦・三決以外は”各ピリオド最後の2分間を除いてボールデッドになっても時計を止めないし、タイムアウト無し、という特別ルールである。
 
9:00 男子1-2 4-5
9:55 女子R-C S-M
10:50 男子3-1 6-4
11:45 女子S-C R-M
12:40 男子2-3 5-6
13:35 女子C-M S-R
14:30 男子3rd Final
 
千里は2試合目が終わるのが12:35くらいなら、それから隣の勤労体育センターに移動すれば13:00から始まる剣道の個人戦に間に合うな、と考えていた。もっとも40分間バスケットで走り回った後の剣道の試合は辛い気もしたが!
 
ただ千里は前回準優勝でシードされていると思うから、剣道の最初の試合はおそらく14時半か15時くらいになるのではという気がした。それなら体力を回復させる時間はありそうだ。
 

女子の第一試合は9:55からの予定だったが、男子の第一試合が早めに終わったので9:50に始まった。双方礼をしてコートに散る。ジャンプボールだが、留実子の身長を見て相手M中のセンターさんは諦め顔である。当然留実子が勝って、ボールは千里の所に飛んできた。
 
そのままドリブルで攻めて行く。ゴール近くまで来てパスする相手を探したが誰も居ない!?仕方ないので、千里はそのままランニングシュートでボールをゴールに放り込んだ。まずは2点。
 
こちらの助っ人2人は素人に近い(立ってるだけでいいと言われたらしい)ものの、久子と千里がよく相手のガードをかわして攻め込むし、リバウンドは全部留実子が取るので、こちらが優勢に進む。後半では留実子を何とか止めようと、相手はダブルチームを掛けて来たが、留実子も夏の大会の時からするとかなり進化していて、ダブルチーム掛けられても、それを突破するし、あるいは久子・千里にボールをパスしてそこから攻撃が進むので、どんどん点差は離れていった。
 
結局43-62でこちらの勝利であった。この内、30点が留実子の得点。千里も18点取っていて、このふたりで得点の8割を稼いだ。助っ人さんたちも6点ずつ取った。久子はサポート役に徹したので得点は2点しか取っていない。
 

「勝てた勝てた」
と友美鹿。
「でも交代要員が居ないと疲れるね」
と博実。
 
「この試合では千里全然スリー撃たなかったね」
と久子が言うと
「スリーって何だっけ?」
などと千里は言っている!
 
久子が頭を抱えている。親切な博実が教えてあげた(博実は千里がバスケ部員とは知らない。千里も千里がバスケ部員とは知らない!)。
 
「ゴールを中心に大きな半円が描かれてるでしょ?あれ半径が6.25m (*3) あるんだけど、あそこより外側からシュートして入ったら3点」
 
「それお得だね!だったら全部外からシュートすればいいじゃん」
 
「いや遠くから撃てばそれだけゴールする確率が低くなる。私なんか全く入らない。フリースローも入らないけど」
 
「そんなもんだっけ?」
「じゃ千里、次の試合は全部あの半円の外からシュートしてみてごらんよ」
と久子が言う。
 
「分かった」
 
(*3) スリーの距離は2011年4月に6.75mに改められたがそれ以前(日本では)6.25mだった。シューターの技術が上がって高確率でスリーが入るようになってしまったので、確率を落とすための改訂。
 

次の試合は11:45からの予定だったが、実際には11:38から始まった。相手はC中である。9月の大会で3位決定戦を戦った相手である。C中は最初から留実子にダブルチームを掛けて来た。しかし先の試合でも見せたように、留実子はダブルチームを掛けられても、それを振り切って進行したり、あるいはパスを出すので、ダブルチームはあまり効かない。それを見て向こうも第2ピリオドからは普通のマンツーマンに切り替えてきた。ただし4番を付けた向こうのキャプテンさんが留実子をマークする。
 
チームの得点は大半が留実子のシュートから生まれているのだが、第1ピリオドで2回、千里はスリーポイントエリアの外側からシュートし、2本とも決めて6点をゲットした。その間に留実子はランニングシュートやミドルシュートを5本決めて10点取っている。
 
第2ピリオドで、久子は留実子がさすがにキャプテンとの対決では分が悪いようだったので積極的に千里にボールを回す。するとこのピリオドでは4本のシュートを撃って12点ゲットした。このピリオドでは留実子の得点は2本4点に留まった。
 
第3ピリオド。留実子をずっとマークしていたキャプテンさんが下がり5番を付けた選手が留実子をマークする。留実子はずっと出ているので疲れてきている所に、厳しいマークをくらうのでこのピリオドでは全く得点できなかった。普通なら誰かと交替させて少し休ませるのだが、5人ギリギリなので休むことができない。しかし千里は元気で留実子が封じられている間に6本のシュートを撃って18点を奪う。ここに至って、相手は
「千里もやばい」
ということをやっと認識する。
 
第4ピリオドでは、キャプテンが千里をマークし、5番の人が留実子をマークした。どうも相性の問題があったようで、留実子は5番の人にかなり抑えられ、このピリオではシュート2本ゴール1本で2点取っただけだったが、千里はキャプテンにマークされていても、4本のシュートで12点ゲットした。
 
そういう訳で、この試合では千里が16本のシュートを全部決めて48点、留実子は14シュート8ゴールで16点を取り、52-64で勝って準優勝以上を決めた。
 

試合終了後、千里は
「スリーポットライン(本人の発音ママ)の外側からシュートしてみたけど全然変わらなかったよ」
と言った。
 
「まあ君の場合は変わらないかもね」
と久子も呆れたように言った。
 
試合が終わったのは12:27である。
 
「あ、ごめん。剣道部の方に行っていい?」
「ああ、いいよ。じゃまたよろしくねー」
 
ということで千里は赤いスポーツバッグを持つと、市民体育館を出て隣の勤労体育センターに向かった。
 

勤労体育センターでは、もう少ししたら個人戦が始まるので、玖美子が千里・沙苗と一緒に本部前まで行き、対戦表を確認していた。沙苗は“女子には初めて”参加するので、1回戦からであるが、千里も玖美子も1回戦は不戦勝で2回戦からである。
 
「私たちはしばらく待機だね」
と玖美子が“千里に”言ったのだが、千里が居ない!
 
「あれ?千里どこ行った?」
と玖美子が沙苗に訊く。
 
「今ここに居たよね。トイレにでも行ったのかな」
と沙苗も首をひねる。
 
ふたりが周囲を見回していたら、そこに“赤いスポーツバッグ”を持った千里が小走りにやってきた。
 
「くみちゃん、沙苗、ごめんねー。遅刻しちゃって」
などと言っている。
 
「トイレにでも行ってたんだっけ?」
「え?トイレ?個人戦の時間を確認してから行こうかな」
「君の第1試合は15:05だよ」
と言って、対戦表を指さした。
 
「あ、やはり1回戦は不戦勝なのね」
「そそ」
「そうだ。S中の控え場所はどこ?」
などと千里が訊くので、沙苗は「はあ!?」という感じである。
 
玖美子は千里が“赤いバッグ”を持っているのを見て納得したように頷いた。
 
「ま、一緒に行こうか」
と玖美子。
「うん」
 

それで3人で一緒にS中の控え場所に戻った。最初に武智部長に謝る。
 
「午前中は遅刻して大変申し訳ありませんでした」
 
しかし部長は千里の言う意味が分からない!
「君は何を言っている?午前中大活躍で優勝を決めたじゃん」
「へ?私がですか?」
「君がR中の前田さん、木里さんを連破してうちの優勝」
「私が!?」
と言って玖美子を見る。
 
「うん。千里が前田さんと木里さんに勝った」
「あ〜〜〜れ〜〜〜!?」
 
ともかくも千里は座ると、赤いスポーツバッグからお弁当を出して食べ始める。武智部長が驚いて
 
「お弁当2つ持って来たの?」
と言う。
「え?ひとつだけですよ」
「だってさっきもお弁当食べてたじゃん」
「うっそー!?」
 
玖美子がおかしそうにしていた。
 

そういう訳で午後からは個人戦になる。女子の参加者は52人である。時間の予定は下記のようになっているが進行次第で早くなったり遅くなったりすることもあるので、対戦表に注意しておくこと、という指示がなされていた。呼び出しをしても3分以内に来ない場合は不戦敗となる。
 
13:00-14:20 1回戦 20試合
14:20-15:24 2回戦 16試合
15:24-16:04 3回戦 8試合
16:04-16:28 準々決勝 4試合
休憩10分程度
16:38-16:50 準決勝 2試合
休憩10分程度
17:00-17:06 三決
17:06-17:12 決勝
 
個人戦は男子が第1試合場、女子が第2試合場で固定。但し男子の1回戦のみは、2つの試合場を使用し、12:20-12:46に行われる予定。男子のエンドは17:26の予定である。
 
女子の1-2回戦は平均4分、3回戦は平均5分、準々決勝以降は平均6分で計算されている。3回戦までは延長無しで本割で決着が付かなかったら判定となる(引き分けはジャンケン)。
 

千里は2回戦からで15:05の予定になっていたので更衣室で下着から交換して、道着・袴を着た。
 
沙苗は男子では春の大会で3位になっているが、女子に参加するのは初めてなので1回戦からである。1回戦に出る子たちは沙苗の敵ではないので、軽く2本取って勝った。しかし2回戦では木里さんと当り、あっけなく2本取られて負けた。恐らく運営側がわざと最強の人に当てたのだろう。
 
木里さんは2回戦からいきなり強敵と当たって気持ちを集中するのに大変だったようである。普通は2〜3回戦は軽く流して準々決勝あたりから少しずつ気合が入ってくる。一方の沙苗は運営側の“操作”は認識するものの、女子の試合に出られただけで満足だった。彼女は団体戦では座り大将だったので、この2試合だけがこの日の対戦だった。
 
千里は2回戦・3回戦を軽く勝ってBEST8に進出した。ここに残っていたのは下記8人である。
 
村山(S中1級1年)
沢田(S中1級1年)
前田(R中1級1年)
木里(R中初段1年)
麻宮(R中1級2年)
吉田(M中1級1年)
井上(C中1級1年)
阿部(H中1級2年)
 
“2強”のS中・R中から合計5人入っているのが凄い。また8人中6人が1年生である。
 
準々決勝の組合せはこのようになった。
 
村山┓
前田┻村山
麻宮┓ 
井上┻麻宮
沢田┓ 
阿部┻沢田
吉田┓ 
木里┻木里
 
村山−前田、木里−吉田は圧倒的な差だった。でも前田さんは千里に負けた後で首を傾げていた。
 
麻宮−井上は接戦を麻宮が制して2年生で唯一BEST4に進出した。沢田−阿部もかなりいい勝負だったが、延長戦で沢田(玖美子)が勝った。
 
準決勝では千里は麻宮さんに鮮やかに2本取って勝った。木里さんも圧倒的な差で、玖美子に勝った。ただ、千里と麻宮の対戦を見た木里さんは首を傾げていた、
 

そういう訳で決勝戦は千里と木里さんの対戦になった。“新人戦では決勝で闘ろう”と春に木里さんが言った通りの決勝戦である。
 
決勝戦に先立ち、玖美子と麻宮さんによる3位決定戦が行われた。延長戦にもつれる、いい勝負になったが、延長戦終了間際に玖美子が瞬間的な攻撃で面を取り勝った。それで玖美子は初めてのメダル獲得である。
 

そして決勝戦となる。千里も木里さんも気合充分である。最初から激しい攻防となる。
「これは初段と1級の戦いじゃない。2段か3段同士の戦いだ」
と見学していた人たちから声があがっていた。どちらも瞬間的に攻めて来るが相手も瞬間的にそれを交わして1本が決まらない。
 
結局どちらも1本取れないまま延長戦に突入する。
 
延長戦に入ってもどちらも厳しい攻防を見せる。終了間際お互いやられるの覚悟で面を取りに行く。2人はほぼ同時に相手の面を打った。
 
声が掛からない!
 
つまり相打ちと見なされたのだろう。両者残心を残したまま引いて体勢を整え直す。そして再度面を取りに行く。
 

僅かに自分の面の方が遅かった気がしたが、その双方の竹刀が相手の面に当たる前に時間終了のブザーが鳴ってしまった。
 
つまり面が打たれたのはブザーの後だから無効である!
 
結局判定になる。
 
千里の勝利!
 
木里さんは「やはり」という感じの表情だが、千里は「えぇ〜?」と思った。全然勝ってた気がしなかったのに。
 
そういう訳で新人戦の個人戦では千里が優勝(夏の大会準優勝)、R中木里さんが準優勝(夏の大会3位)となったのであった。
 
でも木里さんは試合場から退出した後千里に
「村山さん、午前中より強くなってた。本気で春までに鍛えるから、また決勝戦でやろう」
と言っていた。
 
 
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【女子中学生の生理整頓】(1)