【女子中学生の生理整頓】(5)

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2004年4月2日(金).
 
沙苗は両親と一緒に札幌に出て、S医大病院に行った。身体計測をして、主としてバストの発達具合や全体的な体型変化をチェックされる。その上で診察を受ける。先月まではペニスの長さも測っていたが、今月からは測る必要が無くなったので、それは測らない。ただ“施術”の状態をあらためて確認された。
 
検診台に乗せられて下半身を持ち上げられ、開脚されるとキャーと思う。実は婦人科の内診台に載ったのと似たような状態である(さすがに沙苗は内診台は“今までは”経験していない)。
 
「調子はどうですか?」
「とっても快調です。おしっこも安定してできるし、拭くのも楽だし。最近、自分で割れ目を開けたり閉じたりする練習をしてます」
「ああ、それはお嫁さんに行く時には大事なことだね」
と先生から言われる。
 
やはり私、お嫁さんに行くんだよね?どんな男の人と一緒になることになるのかなあ、などと妄想している。
 
先生は陰部にライトを当てて、拡大鏡なども使って観察していたようだったが、唐突に
「ん?」
と声をあげた。
 

「どうかしました?」
「これ何だろう?」
「何か異常が?」
「陰唇の最奥部に何か窪みのようなものがある」
「窪み?」
「ここは・・・女性の膣があるべき場所だな」
「膣だったりして」
「君造膣手術とか受けて無いよね?」
「私まだ手術とかされたことないですぅ」
 
「測定器具入れていい?処女には傷つかないようにするから」
「はい」
と答えて、処女?私やはり処女になるの?と考えている。
 
先生は何か細い棒のようなものをそこに入れたようである。
 
「深さ2cmくらいある」
「微妙な深さですね」
「ほんとに手術とかしてないね?」
「してませーん」
 
「これちょっと内診してみよう」
「内診?」
「今の定規より、もう少し太いクスコというの入れてもいい?処女は絶対傷つけないから」
「はい、どうぞ」
 
やはり私処女なんだ!?
 
さっきより少し太いものが入れられた。どうも内部が観察できるようになっているようである。
 
でも何か気持ちいいんですけど!?
 
過去に感じたことのない不思議な快感である。これもしかして女の子の快感?(実はG-SPOTに当たっている)
 
「特に変わった感じは無い。ただの窪みだなあ。ただ入口の所にまるで膣の入口みたいな網状のものがあるんだよね。だからそれを傷つけないようにクスコを入れたんだけどね」
 
「なぜそんなものがあるのでしょう?」
「今の段階では何とも言えない。これ少し経過観察させて」
「はい、よろしくお願いします」
 
ほんとにこれ膣だったらいいなあと沙苗は思った。
 

2004年4月4日(日). オカマの日!
 
旭川のきーちゃんの家で、千里とセナは朝御飯を食べた後、居間のテーブルを脇に寄せて、スペースを作る。
 
「これ着なよ」
と言って、千里は袴と、白い道着を渡した。
 
「白を着て・・・いいんだっけ?」
「セナは女の子でしょ?女の子は白を着るんだよ」
「ありがとう。ぼく、じゃなくて、わたし、着替えてくる」
「うん」
 

それでセナは袴と白い道着を持って部屋に戻り、着換えて来た。竹刀も渡す。それで一緒に、素振りの練習をし、その後、切り返しをする。この切り返しでかなり感覚が戻ってきたようである。
 
その後、対戦する。

むろん千里は大いに手加減するが
 
「セナちゃん、結構感覚が残ってるじゃん」
と言った。
 
「私も久しぶりに竹刀を持ったけど、何か昔の感覚が蘇ってきた。思うようには身体が動かないけど」
 
「剣道部に入らない?今何も入ってないでしょ?」
 
「そうなんだよね。実は自分が男の剣士をしていることにずっと違和感を感じていて、それでやめちゃったんだよね」
 

セナは4年生の時は“男子テニス部”、5年生の時は“男子剣道部”に入っていたが、6年生になると
「勉強が忙しくなるから」
と言って部活はやめてしまった。剣道の級位は5級程度(試験は受けてない)であった。
 
「実は沙苗ちゃんにもずっと誘われてた。“女子剣道部”に入らないかって」
「もちろん、セナは女子剣道部に入ればいいと思うよ」
「でも大会には出られないよね?」
「まあ少なくとも睾丸が付いてたら女子の大会には出られない」
「睾丸か・・・」
とセナが考えているようなので、千里は
 
「中学生でも睾丸取ってくれる病院紹介しようか?」
と言った。
 
「まだ心の準備が」
と焦る。
 
「でも大会には出られなくても、入っていいかな」
とセナは言った。
 
「うん。歓迎歓迎」
 
「昔テニスしてたのも本当はスコート穿きたかったからなんだけど、自分はスコート穿けなくて、友だちがみんなスコート穿いてるの見てて辛くなって。剣道はあまり男女の差が無いから剣道部に移ったんだよね」
 
「スコートも穿けばいいと思うよ」
「そうだよね!」
 
それでセナは今月から女子剣道部に入ることになったのである。
 
玖美子に言ったら「男の娘率が異常だ」とか言われそう!と千里は思った。
 

シャワーを交替で浴びて、お昼を食べたところで、瑞江さんが迎えに来てくれたので、それで駅前の平和通りまで送ってもらった。
 
「私、男の子の服全部捨てられちゃって、着るものがないから少し買ってきなさいって、お金もらってたんだよね」
「じゃ買物に付き合ってあげるよ」
 
それで千里は、女子中学生が着るような服をたくさん選んでくれた。
 
「あまり可愛すぎる服は痴漢される危険があるからさ」
「ちかん!?」
 
「女の子になったら、痴漢の被害者になり得ることを意識する必要がある」
と千里は言った。
 
「これは女装初心者がやりがちな失敗なんだよ。女の子は小さい頃からその件で注意されているから用心深くなっている。でも男の子ってそういう教育を受けてないから無防備な人が多い。恥ずかしがって夜間に女装外出する人とかよくいるけど、それって物凄く危険だから」
 
「それマジで考えたことなかった」
 
それで、あまり可愛すぎず、本当に普段に着られるような服を千里が選んでくれるので、セナは千里ちゃんと一緒に来てよかったぁ、と思った。姉と一緒なら異様に可愛くて、痴漢対策以前に着るのをためらうような服を選ばれそうだ。
 
そして午後の高速バスで一緒に留萌まで帰った。セナが
「たくさんお世話になったからバス代は私が持つよ」
というので、千里は彼女の言葉に甘えた。
 
「でもセナちゃん。今日は自然に“わたし”と言ってる」
「声が女の子の声になったら“わたし”と言いやすくなった」
「そのあたりがよく分からないけど、セナちゃん元から女の子っぽい声だった気がするなあ」
と千里は言っていた。
 

セナが帰宅して、旭川で買ってきた衣類を見せると
「もっと可愛いの買えばいいのに」
と姉は言っていた。やはり姉と買物しなくて良かった気がした。
 
「でもあんた、高い声が出るようになったんだね」
「うん。何か急に出るようになった」
とセナは言ったが、姉も母も喉仏については何も言わないんだなと思った。
 

その日、母は父に
「セナを新学期からはセーラー服で通学させたい」
と明確に言った。
 
父は驚いていた。
 
やはり今までセナが女の子の服を着ているのはジョークと思っていたようだ。
 
「お前女の子になりたいの?」
「なりたい」
「それ後戻りはできないぞ。いったん女として通学し始めたら、友だちたちは受け入れてくれるかもしれない。でもその後、やはり男に戻りますと言ったら、女子の友人たちから半殺しにされる」
 
「うん。それは考えたけど、私、男の子に戻るつもりは無い」
 
「分かった。お前がそうしたいのなら、覚悟を決めて女になれ」
「うん」
 

「新学期始まる前、明日にでも病院に行って性転換手術してもらう?」
と父は言った。
 
あはは、二重まぶたか何かの手術でもするような感じで、お父ちゃん捉えてるよ。
 
「性転換手術って18歳以上でないと受けられないらしい。それに希望者が多いから、予約してから2〜3年待つらしいよ」
とセナは言う。
 
「そんなに女になりたい男がいるんだ!?」
と父は本気で驚いていた。
 
でも父がすんなりセナのセーラー服通学を認めてくれたのは嬉しかった。
 
やはり父は、冗談みたいなことを言いながらも、自分が本気でセーラー服で通いたいとと思っているのかもしれないと、どこかで考えてくれていたのかも。
 

4月6日(月).
 
始業式は明日なのだが、この日は新しい生徒手帳用の写真を撮りますという話だったので、セナはセーラー服を着て学校に出かけて行った。
 
時間は特に指定されておらず、この日の朝9時から夕方5時までの間ならいつでもいいという話だったので、人が少ないかなと思う11時頃に行った。母の車で学校まで送ってもらった。母はどうしてもセーラー服では駄目と言われた時のため学生服も持って来ている。
 
入口の所で現在の生徒手帳を見せて番号札をもらう。これを母がやってくれた。セナは少し離れた所で見ている。
 
「はいはい。旧1年1組10番、高山世那さんですね」
と言われて、母が番号札をもらった。
 
係の人はその番号を一覧表に記入していた。
 

そしてその番号札を持って撮影会場の体育館に行った。撮影は学年別に3ヶ所で行われている。新2年生の所に行く。前が沙苗である!沙苗もセーラー服を着ている。沙苗はセナがセーラー服を着ていることには何も言わず
「今日は暖かいね」
などと言う。
「うん。厚手のタイツ履かないといけないかなと思ったんだけど、そこまで寒くないみたいだったから、普通のタイツ履いてきた」
「私もー」
 
おしゃべりしている内に順番は進み、沙苗が笑顔で撮影された。番号札をお腹のところに立てて撮影される。これで写真の取り違えを防止する。
 
続いてセナも番号札を持って椅子に座り、すぐ笑顔を作る。それで撮影された。
 
それで退出すると、体育館の出口の所で千里に会ったので手を振り合った。千里ももちろんセーラー服であった。
 

この日、千里Rは小春から
「今日は他の千里が写真撮影に行くから、行かなくてもいいよ」
と言われたので、朝からP神社に行って、お勉強をしていた。玖美子や沙苗、セナが来たら剣道の練習を一緒にするつもりである。
 
千里Yは、写真撮影に行かなきゃーと思って、セーラー服を着ると、10時半のバスに乗り、S町まで行く。長い坂を登って学校まであがる。3年間毎日この坂を登ってたら、それだけで足腰鍛えられるよなあ、などと思う。
 
セーラー服姿の写真がプリントされた、1年1組31番の生徒手帳を見せて、
「村山千里さんですね」
と確認され、番号札をもらう。それで体育館に入っていったら、ちょうどセナと沙苗が2人ともセーラー服姿で、各々のお母さんと一緒に出てくる所だった。千里は2人に手を振っておいた。
 
「セナ、とうとう正式にセーラー服で通学することにしたんだな」
と“この千里は”思った。
 
生徒手帳の写真もセーラー服で写ればもう立派な女子中学生だ。
 
それで自分も列に並んで写真撮影された。
 
去年は学生服を着て写真撮影に行った気がするのに、なぜか生徒手帳の写真はセーラー服で写っていたのが不思議だったのだが、今年はちゃんとセーラー服で撮影された。
 
その後、ACOOPで買物をしてからバスでC町まで戻り、買物の荷物をカノ子に託して家に持っていってもらう。自分はP神社に行こうとしたのだが、辿り着けなかった!
 

千里Bは夕方近くになってから
「しまったぁ!今日、生徒手帳の写真撮影日だった!」
と思い出した。
 
自分が今使っている生徒手帳を取り出す。そこには学生服を着て写っている自分の姿がある。去年実はこの写真を撮った覚えが無い!のだが、なぜか学生服姿の写真がプリントされた生徒手帳を渡されている。その写真を見て、はぁと溜息をつく。今年はセーラー服で撮影に行ったらダメかなあと考えた。
 
それでセーラー服を着てみたが、やはり
「君何ふざけてセーラー服とか着てるの?男子はちゃんと学生服を着なさい」
と言われそうな気がした。
 
それで不本意ながら、学生服に着替える。
 
学生服を着た時、胸が苦しい気がした。この学生服、少し小さくなったのかなあなどと思う。
 
それでトボトボとバス停に向かった。
 
学校まで行き、今の生徒手帳を見せる。生徒手帳は1年1組13番になつている。ところが係の人は首を傾げる。
 
「あれ?1年1組13番は欠番ですよ」
「でも私、13番ですよ」
「おかしいなあ。でもこの生徒手帳は確かですね。何かのミスかな。お名前は?」
「ここにも記載されている通り、村山千里です」
 
それで係の人は生徒手帳の名前を13番の所に書き写し、番号札をくれた。それで千里は学生服姿で撮影されたが、もう終わりの方だったので誰もおらず、順番待ちもせずに撮影してもらった。それで千里Bは体育館を出た。
 
でも体育館を出た時には千里は、いつの間にかセーラー服姿になっていた!
 
そこに恵香が走り込んできたので、手を振っておいた。
 
どうも恵香がラストだったようで、恵香の受付をした後、係の人はテーブルを片付け始めた(つまり本当は受付時間を過ぎていたのだろう)。
 
千里は恵香のお母さんに声を掛けられ、帰りは恵香と一緒に自宅近くまでお母さんの車で送ってもらった。
 

そういう訳で、生徒手帳写真はこのようになった。比較のため昨年の状況も書く。
 
写真撮影
昨年は、Rがセーラー服、Yが学生服写真(B不撮影)
今年は、Yがセーラー服、Bが学生服写真(R不撮影)
 
もらった生徒手帳
昨年は、RとYはセーラー服、Bが学生服
今年は、RとYはセーラー服、Bが学生服
 
昨年は偶然の産物で、Yが学生服姿で写真を撮ったのに、その写真の生徒手帳はBが受け取り、Yはセーラー服写真の生徒手帳をもらったが、今年はその“ねじれ”が解消された。
 
しかし、久しぶりに出現した“学生服姿の千里”は誰にも目撃されなかった!
 
小春とカノ子も驚いていて
 
「もう千里Wは出現しなくなったと思ってたのに!」
「なかなかしぶといね」
などと言い合った。
 
ふたりが千里Wを目撃したのは、約3ヶ月ぶりだった。
 
「でもWも少し胸が膨らんでたね」
「あれだけ女性ホルモンにさらされてたらねぇ」
「来年は出現したとしても、もう学生服着るのは無理だな」
 

5日の夕方、父は帰宅すると、セナに保険証を渡した。
 
「お前の保険証、性別が間違ってたと言って訂正してもらってきた」
と言う。
 
見ると、新しい保険証では「高山世那 平成3年3月21日生・性別女」と記載されている。セナは自分は本当に女の子になったんだなあという気持ちでじわっとくるとともに、もう自分は完全に後戻りできない所に来たというのを再自覚した。
 
「間違ってたのは返却するから出して」
「うん」
 
それでセナは自分の部屋に行き、生徒手帳にはさんでいた、性別男になっている保険証を取り出し、代わりに新しい保険証を挟む。そして古いのは父に渡した。
 

4月6日(火)は始業式であった。
 
千里たちは新2年生となる。クラス替えが行われており、全員玄関に張り出されているクラス名簿で自分の名前を見付けて、そのクラスに入る。各クラスでは先生が指名したクラス委員が作成した座席表が貼られているので、それに従って着席する。
 
「クラス委員って誰?」
「私と上原君」
と恵香が言うと
 
「大沢さんがクラス委員なの?」
と不安の声が多数あがった。恵香はみんなに全く信用が無い。
 
やがてセナが落ち着かない顔で入ってきた。もちろんセーラー服を着ている。彼女がセーラー服を着てきたのを見て、沙苗が微笑んだ。
 
「私、女子の並びになってるぅ」
とセナは座席表を見て言って、涙を浮かべている。
 
「セナは女の子なんだから当然女子の並びだよ」
と沙苗が言う。
 
「出席番号も女子の番号になってた」
と本人。やはりセーラー服で写真を撮ったから女子として扱われたのかなあ、などと考えている。
 
↓座席表

 
(原田)沙苗の前後は、(新田)優美絵と(広川)佐奈恵で気心しれた仲である。(高山)セナの前の席が(沢田)玖美子で、最も頼りになる子である。後ろの席の(戸口)萌花も昨年同じクラスだった女子なので気安い。
 

「性別変更届け出したの?」
と佐奈恵が尋ねる。
 
「出してない。お母さんに書いてはもらったけど、出す必要ないかも」
「性別変更届けってどんなの?」
「ネットで検索してもヒットしないから、お母さんが適当に書いた」
と言って彼女が見せる届けにはこう書かれてあった。
 
性別変更届
平成16年4月6日
 
学年 2年
氏名 高山世那
 
性別が変わりましたので右届出ます。
 
旧性別:男
新性別:女
 
生徒名:高山世那
保護者:高山右京
 
「氏名変更届に似てる」
「そうそう。それを参考にしてた」
 
「でも既に女子になっているのに性別変更届けを出したら男子にされてしまうね」
「それは嫌だ」
 

「あれ?今気付いたけど、セナちゃん、声が凄く女の子っぽくなってる」
「うん。春休みに唐突にこういう声が出るようになったんだよ」
「へー。ますます女の子らしくなったね」
と女子の友人たちは言っていた。
 
「もしかして生理が来たから声が女の子らしくなったとか」
「生理は・・・まだ来てないかな」
と言って、セナは恥ずかしそうに俯く。
 
「大丈夫だよ。その内きっと来るよ」
「身体の女性化が進めばちゃんと思春期来るよね」
と女子たちは言っていた。
 
セナは『千里ちゃんに卵巣や子宮を埋め込んでもらったら生理来るのかなあ』などと妄想していた。
 
「沙苗ちゃんこそ、性転換してから1年経ったし、そろそろ生理来るんじゃない?」
「そうね。来るといいなあ」
 
と沙苗は微笑んで言ったが、先日の診察でヴァギナみたいなのができてると言われたことを想起していた。ほんとにあれヴァギナだといいなあ。ヴァギナができたら、その内、子宮や卵巣も出来て、生理が始まるかも、などと妄想が広がっていく。
 

やがて担任の吉永夏生先生が入ってきて、みんなに着席するように言う。
 
「いやあ、間違って隣の教室で自己紹介してしまった」
などと言うので、爆笑になる。
 
さっき隣の2年2組で笑い声があったのは、それか!
 
先生は最初に自分の名前を黒板に書いた。
 
「そういう訳で、2年1組を担任することになりました吉永夏生(よしなが・なつき)です。大学院を出た後、教師になって3年目でここは2つめの赴任校です。昨年・一昨年は天売(てうり)中学に居ました。全校生徒6人というアットホームな中学だったので、こんなに多人数生徒の居る学校に来てカルチャーショックを覚えています」
 
などと先生は言う。
 
「ちなみに私の名前は、この漢字で“なつき”と読む人と“なつお”と読む人がいますが、私は“なつき”です。更に性別が男性の場合と女性の場合がありますが、私の性別は、母によると男性だそうです」
と先生が言うので、笑いが起きる。
 
ちなみに先生は男性用スーツを着ているし、声も男の声である。でも優しい顔立ちで話し方もソフトであり、体型もスリムで身長も男性にしては低いほうなので
 
「女装が似合いそう」
と思った生徒が結構居た。
 
「今年の文化祭の女装カフェでは先生にも女装してもらおう」
「今年もやるの〜〜!?」
 

セナが女子として出席番号を振られた経緯はこのようであった。
 
新2年生のクラス編成会議は、4月2日(金)に、2年生の担任となる3人の先生、1組吉永、2組緒方、3組友永で、実施した。基礎資料として
「この子とこの子は分けて」
「この子とこの子は同じクラスに」
という希望が、前年の担任3人(菅田・緒方・住吉)からあがってきている。分ける理由は主として2つ
・(主として女子で)相性の悪い同士
・恋愛関係にある男女(とは限らない)
 
それで、蓮菜と田代君は分離され、留実子と鞠古君も分離された。
 
この学年には該当者は無いが、一卵性双生児はクラスを分けられる。また過去にイジメなどがあった場合、加害者と被害者は分けられる。
 
逆に一緒にして欲しい人というのは多くは(精神的また身体的に)サポートが必要な生徒とその仲良しさんである。沙苗が性別移行した生徒ということで、仲の良い沢田玖美子と一緒にして欲しいという要望があげられていた。
 
新2年生は、男子46人・女子35人の合計81人とされた。前年度2月の段階では1組男14女13 2組男16女12 3組男15女12 の合計男45女37の合計82人だった。
 
(ここでセナは男子としてカウントされ座敷童子の小春は含まれない。だからスキー大会の時「1組は男13女15」と言われていたのと、その分ずれている)
 
しかし年度末で女子が2人転出し、男子が1人転入して81人になった。実は3クラスになるギリギリである。80人なら2クラスになる所だった(*18).
 
それで生徒の名前をカード(男子は青いカード・女子は赤いカード)にプリントしてから、職員室の広いテーブルで、編成作業を始める。基本的には1年生クラスの男子女子各々を概ね3等分して新しいクラスに振り分けた上で、上記の分離したい生徒、一緒にしたい生徒を考慮して調整を掛けた。
 

だいたい2時間ほどで、クラス分けの原案が固まる。
 
この段階で、1組男15女12, 2組男15女12, 3組男16女11 であった。27人ずつ3クラスである。
 
「これで何か問題は無いかな」
と言って、名簿を眺めていた時、他校から転任してきて1組を担任することになった吉永先生か「あれ?」と言った。
 
「1組に入っている高山世那君って、この子の名前、男子でも女子でも通る名前ですけど、確かに男子ですかね?」
「ん?」
 
実は吉永先生が世那の性別を確認したのは、先生本人の名前が“夏生”で、自身がこれまで、しょっちゅう性別誤認されてきていたからである。大学生時代、バイトに行って女子制服を渡されたこともあった(ほんとにこれ着て仕事しようかと一瞬思った:身長が164cmだし、69cmのスカートが入る←バイト仲間の女子がふざけて穿かせて確認した)。
 
「緒方先生?」
と友永先生が尋ねる。昨年度からの持ち上がりは緒方先生だけなのである。友永先生は前年は3年生の担任だった。
 
「あら?どうだったかしら?」
と緒方先生も不確かである。
 
職員室の中で尋ねる。
「すみません。どなたか1年1組だった高山世那さんの性別をご存じの方、おられませんか?」
 
すると音楽の藤井先生が反応する。
「世那ちゃんは女子ですよ」
「ありがとうございます!」
 
(藤井先生は合唱同好会でいつもセーラー服を着ているセナを見ている)
 
「性別を間違っていたのか」
「男女どちらもある名前だもんね」
 
「じゃ取り敢えず生徒原簿修正します」
 
と言って、吉永先生は職員室のパソコンを使い、生徒原簿でセナが男子と記載されていたのを女子に修正した。この時、吉永先生は学生服を着たセナの写真を見ているのだが「性別が間違ってた」という意識があるので、頭の中が混乱して『学生服を着てるのが間違い』と思ってしまった!
 
ということで、セナは女子の方に入れられたのである。すると
 
1組男14女13, 2組男15女12, 3組男16女11
 
となってしまった。
「バランスが悪い」
「1組の女子を誰か3組に移動して、3組の男子を誰か1組に移動すればいいね」
 
ということで、最初1組に入れられていた横田尚子が3組に移動され、最初3組に入れられていた祐川雅海が1組に移動されたのである。
 
「この祐川雅海君って、この子も男女どちらでもある名前だけど、この子の性別は?」
「祐川君は男子ですよ」
と緒方先生も彼の性別は確かだった。
 
そういう訳で、各クラスの構成はこのようになった。
 
1組男15女12, 2組男15女12, 3組男15女12
 
「全クラス男女比が同じ構成だ」
「美しい」
 
それでクラス編成会議は終了して、各々に出席番号が振られた。この結果、セナは女子の出席番号24が振られたのである。
 
クラス振り分け名簿も印刷されて作業は終了した。
 
だから実はセナは写真を撮りに行く前に、既に女子に分類されていた。
 
つまり性別変更届け(そんなのあるの?)を出すまでも無かった!
 

吉永先生は、クラス委員に任命する予定の恵香!(この子で大丈夫か?)と上原君に連絡し、生徒名簿を見せて、座席表を作ってくれるよう依頼した。それで4月3日(土)、上原君が恵香の家を訪問して、2人で座席表を作った。恵香が関わったので、ちゃんと小春の席も確保した。
 
「おお、高山が女子に入れられている!」
と上原君が楽しそうに声をあげる。
 
「性別変更届け出したのかもね」
「そんなの通るもんなんだ!?」
「性転換手術したんじゃない?」
「大胆な」
などと勝手な噂をしている。
 
「上原君も性転換してみる?」
「やだ」
と言ってから
 
「でも高山は、チンコ切ったんじゃないかという噂はあったな」
「ちゃんと割れ目ちゃん作ったんだったりしてね」
「へー」
「修学旅行までには女の子の形になってないと、お風呂入れないよね」
 
「でも男子が2人多いから、どこかは男子同士2人並ぶよね」
「そりゃ女子の並びに入れるのは祐川で決まりだ」
「同意同意」
 
と言って2人は楽しく座席表を作成したのであった!
 
「祐川君って女の子みたいな声出せるの知ってる?」
「マジ?だったらあいつ、ホントに女になりたいのかなあ」
「セーラー服を着せられた所見たことあるけど可愛かったし」
「じゃ2年生のうちに性転換するかな」
「彼が女の子になれば、うちのクラス男女同数になるね」
 

ところで始業式の日の放課後、セーラー服姿のセナは、学生服姿の祐川君を呼び止めて、校舎のかけに連れ込んだ。
 
「まさみちゃん、これあげる」
と言って紙袋を渡す。
 
「セーラー服!?」
「鞠古君がくれて、私が3月まで着てた服。クリーニングして持って来た。私、卒業したお姉ちゃんからセーラー服譲ってもらったからさ、こちらの制服は、まさみちゃんにあげるよ。実は私には少し大きかったんだけど、まさみちゃんなら割とちょうどいいかもしれないと思って」
「えっと・・・」
 
「みんなの前で渡したら、絶対そのままみんなから着るように言われるだろうしさ。だからみんなの見てない所で渡そうと思って」
 
「もらっちゃおうかな」
「うん」
とセナは笑顔で頷いたが、その仕草が凄く女の子っぽいなと祐川君は思った。この子、もしかして女性ホルモン飲んでるのかな?それとも卵巣移植したんだっけ??
 

始業式の翌日7日の午前中、各クラスでは授業振り替えにより学活が行われて各委員を互選により決めた。冒頭司会役のクラス委員・恵香は
 
「私のクラス委員にみんなが不安を持っているようなので、私辞任しますから最初に新しい女子のクラス委員を決めたいのですが」
と言った。しかし昨年1年3組のクラス委員を務めた風月美都が
 
「クラス委員は色々大変だけど、一度経験しておくのもいいと思う。困ったことあったら、私とか(昨年1年2組のクラス委員を務めた)広川(佐奈恵)さんとかに相談すればいいし」
と言うと、突然名前を呼ばれた佐奈恵も
「そうそう。悩む時は誰かに相談。取り敢えず1学期だけでもやってみたら?」
と言う。
 
「でも私、信用無いし。とてもクラス委員なんて大役、務まらなそうにないです」
と恵香が言うと
 
「『務まらなそうにない』というのは『務まらないという可能性は全く無い』ということで要するに『簡単にできる』という意味かな」
 
「うん。きっと『寝ててもできる』ということだよ」
 
「あ〜れ〜!?」
 
(もちろん『務まりそうにない』の言い間違い。恵香らしい間違いである)
 

そういう訳でみんなから「頑張ってみなよ」とか「何事も経験」と言われて、結局1学期だけでもやってみて、どうしても無理ということになれば2学期に誰かと交替することになった。女子の他の委員は下記のように決まった。
 
クラス委員 恵香
生活委員 玖美子
保健委員 蓮菜
体育委員 優美絵
図書委員 萌花
放送委員 千里
美化委員 世那!
 
図書委員と放送委員は
「誰か経験者は?」
と言われて、みんなから名前があがり、そのまま確定した。こういう専門職は未経験の人は大変である。千里は小4以来4年間“女子として”放送委員をしており、萌花は昨年はしてないものの、小4−6の3年間図書委員をしていた。
 
世那を“女子の”美化委員にしたのは。みんな半分面白がっての推薦である。さすがに保健委員や体育委員はやばいだろうということで、美化委員にされた。
 
本人は「うっそー」という顔をしていた。彼女は“男子時代”にクラス委員を務めたこともあるので、委員をすることは問題無い。なお男子の美化委員は祐川君になり
「祐川君がもし性転換して女子になった場合は、再考するということで」
などという声もあがっていた!?
 
(「性転換した場合は」と言われて喜んでいる)
 

7日の午後からは、入学式が行われた。昨年同様、N小とP小の卒業生を主体とする新入生が入学してくる。
 
新1年生は76人しかいなかった。
 
本来なら2クラスになるのだが、北海道の場合、中学1年生は特例でクラスの人数上限を35人で編成してもよいことになっている。それでS中では特に申告して、3クラス編成にした。
 
特例は北海道の場合1年生のみなので、もし来年春までに81人以上にならなかった場合は、2年生になる時に2クラスに再編されることになる(*18).
 
(*18) 都道府県によりルールが異なる。2004年当時の資料が見付からなかったのでこの物語は2011年時点の基準で書いている。2011年当時の資料では栃木県や山口県は全学年35人学級だが、兵庫県など複数の県で中学校には35人学級の制度が無い県もある。滋賀県などは北海道と同様、中学1年のみ35人学級である。こういうのは、きっと予算の都合。
 
学級定数は古くは50人の時期もあったが、1964年度から45人学級が進められ、1980年度から40人学級が進められている。その後、35人学級の実現に向けて政策は進められているが、都道府県によっては37人, 38人などという微妙な人数になっている所もある。多くは各学年ごとだが全学年の平均でという所もある。欧米ではクラスは20-30人という所が多く、日本の学級の詰め込み状態は先進国では異常。
 

入学式では吹奏楽部が入場曲(瀧廉太郎の『花』)を演奏したので、千里(R)や沙苗もそれに参加してフルートやサックスを吹いた。
 
入学式が終わった後は、新入生は退場せずそのままで、オリエンテーションが始まる。生活指導の先生や、教務主任の先生から、勉強の仕方や中学生としての生活について、お話があった。また生徒会長から生徒会の運営やクラブ活動について全体的な説明があった。
 

その後、部活紹介がある。
 
バスケット部は3年男子の、佐々木君・田臥君・貴司が出て、ドリブルしたりパスしたりするパフォーマンスをしたが、最後に貴司が華麗にランニングシュートを決めた・・・・・と思ったらボールはゴールの上でぐるぐる回ってから、外にこぼれちゃった!
 
しまったぁ!と天を仰ぐ貴司。でも佐々木君がすかさず
「こういう人でも、うちに入って練習していたら、その内ちゃんと入るようになります」
と言って、笑いが起きていた(部長は田臥君だが彼はあまり機転が利かない)。
 
剣道部では、女子が出てよと言われたので、千里(R)と玖美子が壇上にあがり、模範試合をしたが、凄い攻防に歓声があがっていた。千里が玖美子に面で1本取ったところで、3年生の藤田美春部長が
 
「うちは初心者でも歓迎です。初心者でも毎日練習してるとこの子たちみたいに強くなれますよ」
と言った。
 

部活紹介まで終わった所で新入生も退場するが、女子はそのまま視聴覚室に入り、性教育のビデオを見たようである(男子にも必要な教育だと思うが)。その間男子は身体測定をやっていたようだ。女子は後日測定するのだろう。
 
千里・沙苗・セナは3人とも昨年の入学式に出ていないので(*19)、へー、入学式ってこういうことするのかと思って眺めていた。
 
(*19)入学式を休んだ3人に、共通の特徴がある、と言われた!千里と沙苗は入院して生死の境をさまよっていたが、セナは単純に風邪を引いただけで、3日目には(学生服を着て)登校してきた。そして
 
「セーラー服着て来るかと思ったのに」
と言われた!
 

入学式の翌日、4月8日(木).
 
この日、2〜3年生のクラスでは生徒手帳が配られた。
 
千里はセーラー服を着た写真で、女子と記載され、出席番号31の生徒手帳を受け取った。1年の時と同じ番号だなと思った。記載事項を眺めて特に間違いは無いなと思い、制服のポケットに入れた。古い生徒手帳はカバンに移した。
 
沙苗もセーラー服を着た写真で、女子と記載され、出席番号28の生徒手帳を受け取った。沙苗は大きく息をつき、生徒手帳を抱きしめてからセーラー服のポケットに入れ、古いのはカバンに移動した。
 
セナもセーラー服を着た写真で、女子と記載され、出席番号24の生徒手帳を受け取った。自分の身分証明書欄に性別・女と書かれているのを見てドキドキしていた。
 
2年1組女子の出席番号(★:勉強会メンバー)
21.大沢恵香(クラス委員)★
22.琴尾蓮菜(保健委員)★
23.沢田玖美子(生活委員.剣道部)★
24.高山世那(美化委員.剣道部.合唱)★
25.戸口萌花(図書委員)
26.那倉絵梨(卓球部)
27.新田優美絵(体育委員.バレー部)
28.原田沙苗(剣道部)★
29.広川佐奈恵(合唱.吹奏楽)
30.風月美都(合唱)
--.深草小春★
31.村山千里(放送委員.剣道・合唱・バスケ)★
32.矢野穂花(合唱)★
 

30分ほど時間を戻す。
 
この日、各クラスで朝の学活が行われる前、職員室で、出来上がった生徒手帳が各担任に渡された。1組担任の吉永先生は、その生徒手帳をチェックしていて、出席番号16という生徒手帳が存在することに気がついた。
 
「うちは男子は15人しか居ないのに」
と思って、名前を確認すると、生徒手帳の入った封筒の表書きは16.村山千里になっている。
 
「村山さんは女子だから間違いだな。これ作り直してもらわなきゃ」
などと言ってその手帳を外す。女子の方も見ていくと、女子の方にもちゃんと31.村山千里というのが入っている。
 
「重複間違いか。じゃこれ返品すればいいな」
と言って、16.村山千里と印刷された袋に入った生徒手帳を机の上に置いたまま、他の手帳の入った箱を持ち、2年1組の教室に向かった。
 
吉永先生が出ていった後、机の上に置かれていた16.村山千里の生徒手帳の袋がスッと消えたことに、周囲の先生たちは誰も気付かなかった。吉永先生も重複のことは、きれいに忘れていた。
 

4月12日(月).
 
警視庁と岐阜県警の合同捜査本部は、高岡猛獅・長野支香・佐藤小登愛死亡事件に関する捜査を終了し、かなり膨大な調査報告資料を警視庁と東京地検に保管。結果は非公表とした。
 
この事件では精神世界の専門家の意見も聞きたいとして、その方面に詳しく、信頼できて、かつ口が硬い人物として、静岡∽∽寺の住職・広瀬瞬角にも意見を聞いている。彼は仏教の秘法のみでなく、神道や修験道・陰陽道、西洋魔術・魔女術(捜査員はこの違いを知らなかった)などについても詳しい博識の人として、実は数人の霊能者やオカルト関係者から推薦があったのである。
 
彼は問題の“魔法陣”は、自分の生き霊を飛ばす魔法円だと断定した。それで全てのことがきれいに説明できる。
 
この図形自体を恐らくターゲットの人物の体液で書いているというので慌てて鑑定したら確かに長野夕香の経血であることが判明した。彼がいなかったら見落としていたところだった。そして魔法円がこのように破れているということは、誰か強い術者に返り討ちにあったと考えられると言った。捜査本部でそういう強い術者として思いついたのは、何といっても佐藤小登愛である。しかし彼女の死は事故の8時間前である。
 
「26日21時に死亡した術者の反撃で27日5時頃に魔法円が破れたというのはあり得るでしょうか?」
 
「相打ちということだよね。あり得ないことはないが、誰か他の人物の可能性のほうが高いと思う。術を遅れて効かせることは、ある程度の能力のある人ならできるけど、危険な相手をわざわざ遅延攻撃する理由が無い」
 
それで未知の霊能者が関わっている可能性も出て来たものの、捜査本部は手がかりを得ることができなかった。捜査本部は龍虎の存在に気付いていないので、その先の糸をたぐれないのである。
 
(そもそも夕香の戸籍に龍虎が記載されていない!し、左座浪は事件のことで振り回されて、結果的に龍虎がマスコミにも取材攻撃に合うのは可哀想と思い、龍虎のことを捜査員に話していない。捜査員は松戸市に志水夫妻も訪ねているが、龍虎は志水夫妻の子供だと思い込んでいた←普通そう思う)
 
龍虎が高岡たちの子供であり事件に絡んでいたことに気付いたとしても、龍虎と遠駒真理、更に千里との関わりを見付けることは困難であろう。(ただの通りがかりだし!)
 

最終的な処理として、都内在住A子を業務上過失致死(高岡猛獅・長野夕香)と傷害致死(佐藤小登愛:殺人罪は“不可能犯”とみなされても被害者が感電しているので、スタンガンのようなもので襲った可能性があるとして傷害は取れるかもという意見が強かった)の疑いで送検しているが、被疑者死亡により不起訴ということで完了させている。A子については、本人の子供が死亡していたのを埋葬せずに自宅に放置した死体遺棄罪、放送局駐車場で長野夕香を殺害しようとした殺人未遂罪、でも送検しているが、これらも被疑者死亡により不起訴である。
 
(子供が病死であることは救急医療センターのレシートから診療記録を確認し、担当医の話も聞いて判明。担当医は虐待のような痕は認められなかったと証言している。死因はたぶんSID(乳幼児突然死症候群)だろうということだった)
 
捜査が完了したことにより、ここまで証拠保全のため、高岡たちのマンションをそのままの状態にしてもらっていたのを、もう片付けてよいですよという連絡が事務所にあった。A子のアパートについても、同様の連絡を九州の弟さんにしたが、貧乏なのでとてもそちらまで行けないし、家賃等も払えないということであった。なお、弟さんは、A子に関して既に相続放棄の手続きを完了している。
 
結局この3ヶ月間の家賃と片付け費用は、アパートのオーナーの負担になってしまうが、保険でまかなえるということであった。
 

左座浪は、義浜配次(よしはま・はいじ)に相談した。
 
「高岡君と夕香ちゃんの遺族に連絡して、必要なものを引き取ってもらえばいいかな」
「今の状態で、それをやると、高岡さんの遺族、夕香さんの遺族に、呪いが掛かります」
「まずいな」
 
「だから、どなたかある程度の力のある霊能者さんに、まずは呪いグッズの処分を依頼したほうがいいです。実は高岡さんの荷物を中目黒のマンションからあそこに移動した時にも、引越屋の作業員さんが階段から落ちて大怪我なさっているんですよ」
 
「え〜〜〜!?」
 
「だから佐藤小登愛は、少しずつ呪いグッズを持ち出してはお焚き上げしてたんです」
「つまり佐藤さんがしていた作業を誰かに継続してもらう必要があるのか」
「そうなります。ただかなりパワーのある人でないとできないです。パワーの無い三流霊能者がやったら、きっと本人が死亡します」
「これ以上死人を出したくないしな。でもそういう人は高いよね」
「高いと思います」
 
「やむを得ん。その費用を事務所が出すから、君の心当たりの霊能者さんに頼んでくれない?」
「分かりました」
 

それで義浜は佐藤小登愛とつながりのあった、天野貴子に連絡を取ったのである。彼女は
「そういう作業なら、私がやるべきだろうね」
と言ってくれた。
 
取り敢えず4月14日(水)、北海道から出て来てくれたのだが。部屋を見るなり
「何これ〜〜〜!?」
と悲鳴のような声をあげた。
 
「やはり酷いですか?」
「呪いグッズもあふれてるけど、霊道がクロスしてるじゃん」
「私はそういうの全然分からないのですが、小登愛さんもそう言っておられました」
 
「なんでこの人、こんな酷い部屋に住んでたのよ?」
「それが本人物凄く忙しかったもので、不動産屋さんに電話掛けて、都内どこでもいいから新宿駅まで40分程度で来られる場所、駐車場付きで家賃7-8万くらいの3LDKのマンションないかと言って、現地も見ずに契約したらしいです」
 
「40分 3LDK 7-8万〜〜!?そりゃおかしなマンションに当たる訳だよ。ここきっと以前に自殺者も出てるよ。変なところでケチるから結果的に命を落とすことになったんじゃないの?」
 
「すみません」
 
「ハイレちゃんが謝ってもしかたないけどね。あんたも事前に見なかったの?」
「私はそういうの、さっぱり分からなくて」
 
(高岡はバンドを退団して事務所も辞めたらしばらく厳しい生活になるかもと思い安い所を探させた。でも1500万の車を買っているのが、思考破綻している。更に呪いグッズの処分に必要と言われて、土地を300万で買っているし)
 

天野貴子(きーちゃん)はしばらく考えていたが
「普通なら最低5000万円請求したいけど、小登愛の後始末だから、特別に1000万円で、してあげるよ。私の報酬は無しでいいし、実費も私が負担してあげるけど、助手のお手当だけ出して。助手も命懸けになるから充分な謝礼払う必要がある」
と言った。
 
義浜が左座浪を見る。
「お支払いします」
 

「じゃ助手を呼ぶ」
と言って、きーちゃんは稚内の藤原毬毛(桃源 38)と留萌の千里(13)を呼び出したのである。
 
「あんたたちなら死にそうに無いから」
と、きーちゃん。
 
「またあぶない仕事〜?勘弁してよ」
と桃源。
 
「死ぬかどうかより、私、学校あるんですけどぉ」
などと言いながらも4月15日(木)に出て来たのは実は千里G(Chisato Green)である!
 
GはRの“シャドウ”なので、Rと同じ能力を持っている。Rの携帯のクローン携帯も所持しているので、着信を横取りしたのである。沙苗に関する処理が発生しそうだったので、今Rを留萌から離れさせるわけには行かないと判断して自分が出て来た。
 
Gの主たる役割は、3人の千里の調整なので自身も留萌を離れたくないのだが、その作業を千里V(Chisato Violet) に託して東京に出て来た。
 
「私Gちゃんみたいにうまくやる自信無ーい」
と言っていたが、Vに頼むしかない。
 
VはYのシャドウなので、VはYと同じ能力を持ち、またYの携帯のクローン携帯を所持しているが、GとVは連絡用のピッチを所有しているので、それで連絡を取り合うこともできる。
 

 
携帯のクローンを作ったり、ピッチを確保して2人に渡したのはA大神である。GとVの存在はA大神のみが知っており、A大神の眷属たちや小春も知らない。
 
GとVは早い時期にお互いの存在に気付いて協力し合うことにしたのだが、Bのシャドウ“千里o”(ちさと・おー) Chisato Orange も存在するのかどうか、GやVも不確かである、A大神に訊いても「知らん」と言われる。また千里R・千里Y・千里B・千里G・千里Vは元々全員エイリアスにすぎない(だから消えたり現れたりする)。“千里の本体”千里K (Chisato Black) がどこにあるのかは、GやVは知らない。多分A大神だけが知っている、
 
Gは千里の本体はA大神が隠しているのでは、ひょっとして大量女性ホルモン投与で完全女性化・遺伝子のXX化とかを図っているのでは、などと想像(妄想?)しているが、Vは「RかGのどちらかが実は本体なのでは?」と疑っている。
 
GとVは留萌市内のP大神の神圏にもQ大神の神圏にも掛からない場所に家を確保してもらっていて、そこに普段は住んでいる。RBYWの4人の身体にはA大神の手により密かにGPSが埋め込まれているので、この家のモニターで4人の位置・移動履歴は常に把握できる(最近の神様は意外にハイテクである)。
 
GとVは30mルールが働かないので並んで御飯を食べたりしている。布団も並べて寝ているが
 
「襲うなよ」
「あんたこそ」
などと言っている。
 
千里RBYの操作をする時以外は、中学校の教科書と進研ゼミでお勉強している。運動も毎日5kmのジョギングを課している。ただし数学に関しては、2人とも小学1年生!のドリルから、やり直しさせられている。
 

現地を見て、桃源も千里(G)も
「何これ〜?」
と声を挙げた。
 
「作業の流れを説明する」
と天野貴子は言った。
 
「まず、まりちゃん(毬毛:桃源)が危ないグッズを見つけ出してはワゴンに入れる。そのワゴンを灰麗(ハイレ)ちゃんが地下の駐車場まで運ぶ。それを千里ちゃんが車を運転して**山の小屋まで運ぶ。小屋で私がお焚き上げする。小登愛は1人で全部やってたから20日掛けて半分くらいしか進まなかったけど4人で協力すればたぶん5日で終わる」
 
「私車運転できませーん」
と千里が言う。
「そっか。あんた中学生だった」
と、きーちやんは声を挙げる。
 
「この子、運転できそうな顔してるけど」
と桃源。
 
顔で運転するのか?
 
「実は運転できるんじゃないの?」
「お巡りさんに捕まりますぅ」
「やはり実は運転できるっぽい」
「でもお巡りさんに捕まるのはやばいな」
 
「じゃ、ハイレちゃんが運転する?」
と桃源が提案する。
 
「それでは事故を起こす。呪いグッズに影響されずに運転できるパワーのある人が必要」
と、きーちゃん。
 
「仕方ない。千里がお焚き上げして」
「え〜〜〜!?」
「やり方は教えてあげるから」
「分かった」
 

それで桃源が仕分けしてワゴンに入れたものを、きーちゃんが見ている中、ハイレが地下駐車場まで運ぶ。きーちゃんと千里が車に乗って、山中の小屋まで行く。小屋のそばに大量に薪が積み上げられているが、どうも特殊な薪のようだと千里は思った。
 
「白膠木(ぬるで)?」
「そうそう。でも特殊な白膠木なんだよ」
 
どうもこの薪自体がかなり高価なものっぽいと思った。きっと“実費”の大半はこの代金なのだろう。
 
「白膠木は、取り敢えず昨日の内にこれだけ用意した。足りないからもっともっと持ってこさせる」
 
きーちゃんは火の起こし方、維持の仕方を教え、必ず1個ずつ火に投じるよう指示した。また万一何かあったらすぐ自分を呼ぶように言った。
 
それで千里が処分を始めた所で、きーちゃんは車で帰って行った。
 
千里はやや心細い思いで、教えてもらった真言を唱えながら、ひとつずつ呪いの品を火鋏(ひばさみ)で掴んで火に投じていく。物により炎の上がり方が違うので、ああ、強いのと弱いのがあるんだなと思った。
 
でもこれ自分の身を自分で守れる人にしかてきない。だからきーちゃんは、一番危険性の低い運搬係を私にさせようとしたのだろう。運転できるかどうかについては、ノーコメント!!
 
お焚き上げしているものの中にはかなり“たちの悪い”ものもあることを千里は意識した。時々襲われそうになるので粉砕する。悲鳴が聞こえた気がした。たぶん生き霊を飛ばしていた人物が生き霊を破壊されて、本人もダメージをくらったのだろうが、生き霊を飛ばしてる奴が悪い。こちらは正当防衛だもんね。死んだって知〜らない。
 
「一掛け二掛け三掛けて、四掛けて五掛けて橋を架け、橋の欄干、手を腰に、遙か彼方を眺むれば、十二十三の娘さん、花と線香手に持って、もしもし嬢ちゃん、どこ行くの?私は必殺仕事人・鰊(にしん)の“おちさ”と申します」
 
などと言いながら、また襲ってきた奴がいたので、4倍返し!にしてやったら、断末魔のような悲鳴が聞こえた。
 

「死んだかな?別に気にしないけど」
と独り言のように呟いたら
 
「死んではいないけど、もう普通の仕事はできないだろうね。霊的な操作も」
という声がする。
 
「その程度はいいや」
「でも今の奴は手加減したら危険だった。今の規模の攻撃が適切だと思う」
「うん。なんかこいつには手加減できない気がしたから4倍返しにした」
「さっすが。でも死なない程度にしたね」
「やはり甘かったかなあ」
「私の弟子だったら叱る。こういう時は一発で殺せって」
「だよね〜」
「まあ相手を殺すには覚悟が必要だから、あんたまだ中学生だし、少しずつ覚えてけばいいよ」
 
やはり、仕事人の修行かな。
 

「ところで、玉兎弓弦(ぎょくと・ゆづる)さん」
「はい!?」
と、弓弦はびっくりして返事をしたが、返事をした瞬間「しまったぁ」と思った。
 
むろん弓弦は、きーちゃんに頼まれて何かあった時に千里を守るため姿を消して付いていたのである。
 
「ずっと火のそばに居ると暑くて。悪いけど、320m下の交差点から1.2kmほど東に行った所にある自販機でお茶のペットボトルを2本買ってきてくれない?」
「いいけど」
 
それで千里がお金を渡したので、弓弦は交差点まで降りて、そこから東側に1.2kmほど行ってみる。小さなCBがあり、本当に自販機があったのでお茶のペットボトルを2本買って千里の所まで持っていった。
 
「ありがとー。助かる」
と言って千里はお焚き上げをしながらお茶を飲んでいる。
 
「ここ何度も来たことあるの?」
「ううん。初めて」
「どうして自販機の位置が分かったの?」
「自販機の位置は分かるよ〜」
「へー」
「コンビニの位置も分かる」
「便利だね」
「神社の位置も分かる」
「神社の位置が分かる人は多い」
「トイレの位置は分からない」
「あはは」
 
ちなみにここは小屋の中にトイレがあるので、そこを使うことができる。ひとつのグッズが燃え尽きた後、トイレに行ってから次のを火に投じる。
 
「でもどうして私の名前が分かったの?」
「え?そんなの見れば分かるよ」
 
この子は・・・・霊感体質の人に少し毛が生えた程度のような顔をしていて、実は凄い子だ、と弓弦は思った。襲われそうになったら、躊躇無く速攻で反撃している。その反射神経が素晴らしい。
 
釧路で会った時は、身体に雑霊を付けていて小登愛が祓ってあげていた。でもあれもきっと自分の能力を知られないための偽装だ。
 
この子は物凄く用心深い。今自分に見せているパワーも、呪いグッズから身を守るための最低限のパワーなのかもしれない。
 
「でも私の“ありよう”を見ても驚かないの?」
「世の中にはいろんな人がいるから気にしないよ。その怪我、早くよくなるといいね」
「ありがとう」
 
 
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【女子中学生の生理整頓】(5)