【女子中学生の生理整頓】(4)
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(C) Eriko Kawaguchi 2022-06-19
3月3日(水).
沙苗は母とともにS医大を訪れた(父は休みが取れなかったので欠席)。
「その後、どうですか」
「ものすごくいいです。気持ちの上でも凄く落ち着きました。ほとんど女の子になれたような気分だし」
「排尿の感じは?」
「飛ぶ方向が定まって、便器や床を汚すことがなくなりましたし、排尿後も拭く面積が小さくて済んで、凄く楽になりました」
「それは良かった」
「ただ大の時に、前から後ろに向けて拭かないといけないから、それがまだ慣れなくてたいへんです。手の筋肉の使い方がまるで違うから」
「それは頑張って慣れようね。大のしかたの性転換だね」
「ほんとですね!」
「方向転換でもある」
と先生は言ったが、ダジャレであることに気付くのに3秒掛かった!
通常は月に1回の診察なのだが、先週の“施術”の結果確認のため、今回は2週続けての訪問となった。次回は1ヶ月後、春休みの学校が始まる前くらいに受診することになった。
3月5日(金).
千里は剣道連盟から呼び出されて、剣道部顧問・岩永先生と一緒に事務局まで行った。
「村山さんは、1月の段位審査の時に初段認定した原田沙苗さんのパートナーを務めて対戦・型ともに見ましたが、その時点で既に三段くらいの実力があると審査委員全員の意見でした。それでうっかり初段合格と言ったのですが、そもそも受験していないし、あの時点では13歳に達していなかったのでということで初段には認定できませんでした。しかしその後の新人戦で優勝もしていますし、一昨日13歳の誕生日に到達しましたので、特に初段を認定します」
と連盟の留萌支部長さんは言った。
「ありがとうございます!」
それで初段の免状を渡された(審査料は後日納付した)。
「次の二段の審査ですが、来年1月の審査の時点で既に1年経過したとみなしますので、ぜひ来年1月の審査を受けてください」
(二段の審査を受ける条件は初段を取ってから1年経過していること)
「ありがとうございます。それまで精進します」
「うん。頑張ってね」
そういう訳で、千里はこの地区の中学1年生女子で、木里さん・沙苗に次いで3人目の初段となったのである。もっとも沙苗が「女子として初段」なのか「男子として初段」なのかは、敢えて聞かないようにしている!(沙苗は男子として審査申込書は出しているが女子と思われた可能性がかなりある)
3月8日(月).
S中では卒業式の予行練習が行われた。千里は吹奏楽団でフルートを吹いた。『君が代』の伴奏は藤井先生、校歌の伴奏は2年生の阿部さんが務めた。
3年生も受験がほぼ終わって一息ついた(落ち込んだ?)ところである(結果発表はこれから)。
3月15日(月).
S中の卒業式が行われた。一週間前の予行練習と同じ進行で実施されていく。練習との違いは、3年生の保護者が入っていて、来賓があることだけである。
そしてこの日、校歌の伴奏をするはずだった、2年生の阿部さんが休んでいた!
藤井先生が何人か2年生のピアノが弾ける子に声を掛けていたが、みんな尻込みしているようだ。校歌の伴奏自体はみんなできるだろうが、卒業式という厳粛な式典でミスとかが許されない状況である。プレッシャーも凄い。
藤井先生は焦っている。自分が校歌も弾くしかないかと考え始めていた時にセナと目が合った。
「セナちゃん、校歌の伴奏できるよね?」
「ええっと・・・練習したことないので・・・」
とセナが言っていたら、隣に居た恵香が言った。
「こういう時は千里の出番だな」
それで藤井先生は千里に訊く。
「千里ちゃん、校歌の伴奏できる?」
隣に居た美那が代わりに答えた。
「この子は逆立ちしてても弾けます」
「だったらお願い」
(美那は自分でも弾けたはず。美那は全国大会のピアノ伴奏を弾いているから度胸もある)
「でも私吹奏楽にも徴用されてるんですけど」
と千里は言うが
「吹奏楽は入場と退場の時だけだから、校歌の時、こちらに来てくれたらいいよ」
と藤井先生は言った。
それで千里はそういう動きというこになった。
卒業式が始まる。
既に保護者が入っている中、1−2年生が入ってきて席に着く。ただし吹奏楽部の子たちは演奏準備をする。千里もステージ直下に設定されている吹奏楽の演奏席に行った。近藤先生の指揮で、エドワード・エルガーの『威風堂々』を演奏する。
それに合わせて卒業生たちが入場してくる。続いて、校長・来賓も入ってきて着席した。
演奏を終了し、吹奏楽部員は各々自分の席に戻る。
山口桃枝(やまぐちももえ)教頭の開会の辞に続き、卒業式が始まった。
藤井先生のピアノで『君が代』を斉唱した後、卒業生がひとりずつ名前を呼ばれて卒業証書が授与される。その後、木原光知(きはらみつとも)校長の式辞、来賓(PTA会長を含む)の祝辞があり、在校生を代表して生徒会長の送辞、卒業生を代表して前生徒会長の答辞がある。
ここで千里の出番である。ピアノの所に行って座り、校歌の伴奏をした。
譜面は渡されたものの、ぶっつけ本番である。でも千里は元々初見・即興に強いので、譜面があったらちゃんと弾くことができる。しかも曲自体は何度も歌っている曲である。
千里が危なげなく伴奏をしたので、藤井先生はホッとしたようであった。
千里は席に戻らずにそのまま吹奏楽の演奏席に向かう。他の部員もそちらに行く。
吹奏楽部員が全員着席したのを待って、山口教頭が閉式の辞を述べた。
それで近藤先生の指揮・吹奏楽部による、松山千春『大空と大地の中で』の曲が演奏される。この曲に合わせて卒業生が退場して、卒業式は終了した。
卒業式の後、恒例となっている各部活の、後輩から卒業生への個別のプレゼントを届ける。バスケ部では、数子が節子さん、千里(B)が房江さんにいづれもウェストポーチを渡した。剣道部では、玖美子が藤田さん、千里(R)が田辺さんにいづれも和風の小物入れを渡した。
房江さんは
「千里ちゃん、早く正式に女の子になって女子の試合に参加してね」
などと千里(千里B)に言っていた。
新人戦に“千里”が女子として出場したことは、房江さんも“この千里”も知らない!
卒業式の翌日、公立のS高校の合格発表があった。
U高校にも合格していたバスケ部の加藤(節子)・市田(房江)、U高校の初期合格者には含まれていなかった、剣道部の藤田(美春)・田辺(英香)なども合格していた。合格していた人は、S高校の入学手続きをするとともに(加藤や市田などU高校にも合格していた人は)U高校に辞退の連絡をした。
S高校にも剣道部はあるので、藤田・田辺などはそのままS高剣道部に入るつもりである。S高校には男子バスケ部はあるが女子バスケ部は無いので
「性転換しようか?」
などと言っていた!!
「ちんちんがあるのも悪くない気がするよね」
「生理が無くなったら楽だしね」
などと房江さんと節子さんは(冗談で:と思う)言っていた。
3月16日(火)、上島雷太がここの所ずっと付き合っていた男の娘・タオは上島のアパートに来ると言った。
「私妊娠しちゃった。結婚まではしなくてもいいから、産んでいい?」
上島は最初、彼女が言っていることばの意味が分からなかった。
「冗談やめろよ。男の子が妊娠するわけないじゃん」
「私女だけど」
「性転換手術を受けて女になったんだろ?僕はそういうの気にしないよ」
「性転換手術なんて受けてないよ。生まれた時から女だけど」
「何〜〜〜!?」
上島は彼女に戸籍謄本を要求した。彼女は戸籍謄本に加えて医師に書いてもらった妊娠診断書も上島に渡した。
戸籍には確かに長女と書かれている。この当時は特例法の施行前で、まだ性転換した人が戸籍の性別を変更することはできなかった。妊娠証明書も確かである。出産予定日は11月12日と書かれている。
逆算すると受精日は2月20日になるようだ。
覚えがある!!
「ごめん。男の娘と思い込んでいた。認知はするけど、結婚は少し考えさせてほしい」
「うん。認知はして欲しいけど、結婚については雷ちゃんに任せる」
上島が初めて妊娠させてしまったこの“男の娘にしか見えない女の子”が木原大央(たお)で、この年の11月13日0:02に産んだのが、上島の長女となる、木原扇歌である。扇歌は母親に似て、まるで男の娘のような女の子に育つ!
なお、大央は上島も知らなかったが、本山たつこという名前で現役の歌手をしていた(毎年CDは出しているが過去に1万枚以上売れたことがない)。彼女は妊娠したので産休が欲しいと事務所に言ったら
「最近の性転換手術って妊娠できるようになるんだ!?」
と事務所社長に驚かれてしまった!
社長を含む周囲の人は全員彼女を元男性だと思い込んでいた(多くは今でもやはり元男性だけど子宮移植で妊娠出産したと思っている!卵子はお姉さんのをもらったなどという噂も立っている:大央に兄や弟はいるが姉妹は居ない)。
でも社長は産休はくれた。
上島が
「おたくの所属の歌手を妊娠させてしまって申し訳無い」
と事務所まで謝罪に来たら
「いや、産休くらい構いませんよ。それよりうちの有望新人に曲をくれたりしませんよね?」
などと言われて、楽曲を提供した歌手が、山折大二郎(当時19歳)である。彼はこの曲が8万枚も売れて一躍、第一線の若手演歌歌手となる。
大二郎は感激して、その後“上島先生の一番弟子”を自称することになる。
上島は大央が“妊娠してるのなら更に妊娠することはない”と言って、臨月近くになるまて彼女と激しい生セックスを続けた。大央もそういうセックスが大好きだった。そして上島は結婚はできないけど生活費と養育費はちゃんと渡すと約束した。
また法的には結婚しないから「期待しないでくれる」なら記念写真は撮ろうと言って、彼女にウェディングドレスを着せ、自分はタキシードを着て記念写真を撮った。でも「オカマさんは困るんですよね」とだいぶ断られて5軒目の写真館でやっと撮ってもらった。「うちは同性婚にも寛容ですから」と写真館の女性オーナーは言っていた!この写真は大央の宝物である。上島は子供を胎児認知した(実は嬉しい)。
大央は親や兄弟には「有名ミュージシャンさんで愛人が多数居るから結婚はできないけどちゃんと妻の1人としてお世話してくれる」と説明した。実際、2人の関係はアルトの家出事件(2012.3)まで続いたのである。
本山たつこ(木原大央)は、産休明けは赤ちゃん連れでドサ廻りをやっていたので娘の扇歌は物心つく前から歌と歓声を体験していた。上島は約束通り、ずっと彼女に生活費と養育費を払っていたし、娘には3歳からピアノを習わせた。
「だけど、扇歌はいつもズボンだね。スカート穿かせないの?」
「この子、スカート穿かせてると『最近は男の子でもスカート穿くんだね』と言われるのよ」
「確かに男の子に見えるかも!」
「私も中学時代、セーラー服着てたら『君女の子になりたい男の子?セーラー服を着たい気持ちは分かるけど、戸籍上男子だったら学生服着てもらわないと困るんだよ。気の毒だけど、卒業まで我慢して学生服着てくれない?下校した後はスカート穿いててもいいからさ』って生活指導に同情するように言われた」
などと大央が言ったが、上島はさすがに笑うのを我慢した!
2018年に上島が不祥事を起こして1年間音楽活動を自粛した時期は送金できなくなり、木原母娘は電気や水道も止められそうになったが、ケイが気付いて救済してくれた。
たつこは実は2022年現在でも現役歌手である!でもたぶん娘より知名度が低いし収入も低い。
3月17日(水).
15日にS中を卒業し、16日にS高校・特進科に合格した亜蘭は、セナを自分の部屋に呼ぶと言った。
「これ私のS中セーラー服、クリーニングに出して戻って来たから、約束通り、あんたにあげるね」
「ありがとう」
「早速明日からこれ着て、学校に行く?」
「明日からなの〜〜?」
「まあ4月からでもいいよ」
「それまでに考えさせて下さい」
自分が実は1月からずっと校内ではセーラー服を着ていることは姉を含む家族には言っていない。先生からも何も言われないので、先生から保護者が呼び出しになるようなことも起きていない。
「じゃ取り敢えず、今夜は寝るまでこれを着て過ごすといいよ」
「うん。それくらいなら」
ということで、セナは夕食時も、その後の家族で過ごす一時もセーラー服を着ていたが、父親は
「おお、可愛いじゃないか」
などと嬉しそうに!?言っていた。
「私が卒業したから中学の制服はあげたんだよ」
「だったら、世那は4月からはその服で通うといいな」
と父は笑いながら言っている。
「賛成、賛成」
と母も姉も言う。弟まで
「姉貴が2人になるのもいいなあ。僕が長男になるし」
などと言っている。
ぼく、ホントにこれで学校に通っていいのかなあ、とセナは真剣に悩んだ。
翌日、3月18日(木).
姉はセナに言った。
「ということで性転換しようか」
「え!?今日なの?」
「下着の性転換よ」
「えっと」
「あんたもう、男物の下着は着てないでしょ」
「・・・着てないかも」
「だからそれ全部捨てちゃお」
「え〜〜〜!?」
「必要無いものをタンスに入れておくことはない。明日は布紐類の日だしね」
「捨てようかな」
「よし」
それで姉が母も呼んできて、ついでに弟も入って、セナの服を生理、もとい!整理したのである。
「これ僕がもらっていい?」
と弟の慧瑠(さとる)が言うものは、全部あげた。
男物のパンツは全て廃棄。シャツは、傷んでないものは慧瑠がもらい、傷んでいるものは廃棄する。上着のシャツも、右ボタンのシャツ、男の子っぽいデザインのシャツは、全部廃棄または慧瑠にあけた。
普段着のズボンは、パジャマやスウェットなどを除いて、全部慧瑠にあげた(一部傷んでいるものは廃棄)。普段着用のボトムがほんとに無くなってしまうが、姉が
「私のを少しあげる」
と言って、スカートを3着くれた。
つまりセナはもうズボンを穿いて出歩くことはできない。出歩く時はスカートを穿かなければならないことになる。
「3着じゃ足りないだろうから、春休みに少し買い足してもらえばいいよ」
と姉。
「うん。一緒に買いに行こうね」
と母。母は何だか楽しそうである!娘が増えるというのはどうも母親にとっては嬉しいことのようだ。
「ワイシャツも捨てよう」
「え〜〜〜!?」
「学校にはブラウス着てけばいいよ」
「そしたら明日着ていくワイシャツが」
「私のブラウス2〜3枚あげるからさ。それで終業式までは乗り切れるでしょ?春休みの間に新しいブラウス買ってもらえばいいし」
「ブラウスとか着てて叱られないかなあ」
「大丈夫。バレないって」
実は1月からずっと校内ではセーラー服を着ているのでその下には毎日ブラウスを着ている。ブラウスは実はP神社で小町が洗濯してくれている。
そういう訳で、セナのタンスの中からは男物がほとんど無くなってしまったのである。
「今タンスの中が少し寂しいけど、すぐ女の子の服でいっぱいになるよ」
と姉は言った。
セナも本当にそうなりそうな気がした。
ぼく・・・じゃなくて私、もう後戻りできない所まで来てしまったのかも、とセナは思った。
(とっくの昔にPoint of No Return を過ぎていることをセナは認識していない)
2004年3月20日(土).
千里Rはいつものように高速バスで旭川に出た。
きーちゃんは最初に言った。
「まだハツキリしないけど、私、もしかしたら7月か8月頃、道外に引っ越すかもしれない」
「へー。転勤?」
「まあそんなものかな。でも私がどこかに行っても、この家は自由に使えるようにしておくから。越智さんにも引き続き剣道の指導をお願いすると頼んだ」
「分かった。ありがとう。重宝させてもらう」
「千里、2年後に高校行くのに旭川に出てくるなら、ここに住んでもいいよ」
「ああ、そういう手もあるかもね」
「でも山形も雪多そうだよね。雪の質が違うかもだから気をつけてね」
「・・・・私、山形って言ったっけ?」
「あれ?言わなかった。そう聞いた気がしたから言っただけだけど」
この子には・・・隠し事ができない。いかにも普通の人みたいな顔をしていて実は全てを見透かしている。もしかしたら自分はこの子のパワーを見誤っていたかも。
きーちゃんは思いっきりのエネルギー弾を千里に向けて放った。
千里はそのエネルギー弾を反射せずに分散させた。窓ガラスが割れたし、壁時計が壊れて落下した。他にもあちこち壊れる音がしたけど、仕方ない。
「びっくりしたぁ」
と千里は言っている。
「反射しなかったんだ?」
「今のは反射したら、きーちゃん死ぬと思ったし」
「うん。死ぬかもしれないと思ったけど試してみた」
「でも間違って殺してしまったら嫌だから、ここまで強いのは勘弁して」
やはりこの子は・・・いつも手加減してるんだ!フルパワーのこの子を見た人は・・・きっと生きてない!
「そうだね。山形に引っ越してからでも何か関わりができることはあるだろうし、千里にまだ色々なことを教えたいしね」
と、きーちゃんはやっと笑顔になって言った。
この日はふたりで1時間ほど掛けてお部屋の掃除をして、窓には取り敢えずカーテンの布を貼り付けて風が吹き込むのを防いだ。それからガラス屋さんに電話して、ガラスの交換をお願いした。午後には来てくれたが「何があったんですか?」と驚いていた。
この日も、龍笛・ピアノ・フルートと習ったが、お掃除に時間を取られたので、ピアノが少し短めになった。そして翌日は越智さんに午前中剣道の指導を受けたが、特例で初段認定してもらったと言うと
「実際は三段くらいの力があるけどね」
と言いながらも喜んでくれた。
どうも、きーちゃんが越智さんに「同段者のつもりで攻撃して」と言ったようで、この日の越智さんの攻撃は物凄かった。さすがに全部は防ぎきれなかったものの
「君の力を見誤っていた。ここまで防御できるのはほんとに凄い」
と感心していた。
「これなら本当に全国大会に行けるかもよ」
と言って、越智さんのハイレベルの指導は続く!
来月も似たような水準で指導を受けることになりそうである。千里は一瞬たりとも気が抜けないので、内心「きゃー」と思って対峙していた。
2日目の午後もまた龍笛・フルートの指導を受け、夕方には天子の家に行って一緒に夕食を取った。
その後、最終JRで留萌に帰った。(ことにした!)
3月24日(水).
S中では終業式が行われ、約2週間の春休みが始まった。
「沙苗は始業式までに性転換手術を受けておくように」
「セナは始業式には性別変更届けを出すように」
などと言われて、2人ともドキドキしながら学校を出た。
ついでに祐川君まで
「4月からはセーラー服を着てくるように」
と言われて
「え?俺もなの!?」
と焦っていた(でもどう見ても言われて喜んでいる)。
まあ来年度はクラス替えあるだろうけど、もしクラス替え無しで3年生まで行ったら、このクラスの男子の大半が女子になっちゃったりして、などと鞠古君は思った。
鞠古君は個人的にはセーラー服を着たい気持ちはある(女の子になりたい気持ちはない。スカートが好きなだけ。彼は性別意識の揺らぎは無い)ものの、姉からもらったセーラー服で学校に出てきた日には、みんなから
「変態にしか見えん」
「痴漢として警察に捕まるぞ」
などと、さんざん言われたし、セーラー服に限らずスカートを穿いていると留実子に殴られるので、セーラー服はセナに贈呈した。またスカートも自宅以外では穿いていない。
自宅の彼の衣裳ケースにはスカートが10枚くらい入っている。しかし女の子になりたい訳ではないから、パンティやキャミソールは着けない。但し現在病気治療のために女性ホルモンを投与されていて胸が膨らんでいるので、ブラジャーは着けている(体育の時間や部活の時はスポーツブラを着ける)。彼は後ろ手でブラのホックを留めることもできる。でもこれはあくまで胸が膨らんでいるから仕方なく着けているだけである。
2004年3月24日(水). 大安・ 一粒万倍日・三隣亡・とず(閉)。
年末に『黒潮』で新人ながらRC大賞を取った松原珠妃の2枚目のシングル『哀しい峠』が発売されたが、全く売れなかった。
この曲には多数の不運の積み重ねがあった。
当時、珠妃が所属するζζプロでは、珠妃の理解者であった兼岩源蔵が、武芸館での珠妃襲撃事件の責任を取って社長を退任して会長に退き、普正堂行が社長に昇格していた。普正は演歌が大好きなので、事務所の有望スターである珠妃に演歌を歌わせたかった。それで演歌調の曲を発注した。
作曲者は『黒潮』と同じ木ノ下大吉だが、この頃、木ノ下は調不調の波が激しくなっており、『黒潮』は良かったが『哀しい峠』は微妙だった。ハッキリ言えば駄作だった。
『黒潮』が海を越えてデートする恋人たちを描いているのに対して『哀しい峠』は険しい峠を越えてデートする恋人を描いていて、テーマが完全に同じだった。まさに2匹目のドジョウを狙った曲である。しかもこの歌は悲劇的な終わり方をしていた。
『黒潮』は発売前に披露された段階では悲しい終わり方だったが、大量の助命嘆願が届き、兼岩社長の決断で、プレスの終わっていたCDを廃棄して、急遽奇跡的に救われる結末に改変して発売したことが大ヒットに繋がった(加藤銀河やケイの見解)。
今回は普正社長が「日本人は涙で感動するんだ。黒潮は最初の悲しい結末の方が良かった」と主張して、悲劇的な終わり方で制作するよう指示した。
★★レコードで当時珠妃を担当していたのは湯畑真路(ゆはた・まさみち)(*16)である。彼も元々演歌が好きで、歌謡曲調の『黒潮』はあまり好きではなかったという。
「ファやシの音を使うのは西洋かぶれの邪道で、ペンタトーンこそが日本の美だ」
と彼は言っていた。
それで今回の演歌調の曲を支持していた。また彼は
「『黒潮』はCDは売れたけど、難しすぎてカラオケで歌える人がほとんど無く、カラオケの売上げは悲惨だったもん。今度の歌は音域も狭くて歌いやすいから、きっとカラオケでも凄い売上になるよ」
などと言っていた。
関係者の中でひとり否定的な反応をしたのは、珠妃をスカウトした事務所の先輩・しまうららである。
「珠妃ちゃんにこんなつまらない歌を歌わせるの?」
と言っていたが、社長が強力に推していると言われると、それ以上異論は唱えなかった。
★★レコードで4月から珠妃の担当を引き継ぐことになっていた加藤銀河は
「この曲は珠妃に合ってない。彼女の能力を全く活かしていない。こんなの歌唱力の無い下手糞でも歌える歌だ。そもそも曲自体の出来が悪い」
と思ったものの、制作段階ではサブの立場だったので、反対意見を述べることができなかった。
この曲は、まだ兼岩さんが指揮を執っていた時期か、或いは加藤が担当になった後であったら、絶対珠妃には歌わせなかった歌である。物凄くタイミングが悪かった、
ミリオン売った後の曲なので、FMなどでも事前に流されたしTVスポットも大量に流された(宣伝費に5億使っている)が反応が悪く、多くのFM局では1度流しただけで、その後は流さなくなってしまった!
それで蓋を開けると初動0枚(報告枚数未満)という、あまりにも悲惨な売上スタートとなっていたのである。この曲はその後、1度もランキング100位以内に現れなかった。レコード会社は3万枚売れたと主張しているが、怪しいと思う。
(“出荷”は30万枚された(とレコード会社は主張する)ので珠妃は30万枚に対する印税(約200万円)を受け取ったが、レコード店の店頭では全く見かけられなかった。レコード店はあまりに売れないのでスペースだけ食うこのCDを早々に店頭から撤去して箱に戻し、半年経った所でそのまま返品したのではと言われた。たとえ30万枚出荷しても全く売れてないので、当然、ゴールドディスクには認定されていない)
それで“RC大賞を取った歌手は翌年売れない”といジンクス通りになった。
湯畑さんはカラオケの売り上げを期待したようだが、あまりにも売れないので、5月にはカラオケの配信から削除された!
(*16) 湯畑真路は3月いっぱいで★★レコードを退職し、郷里の広島県に帰って“お嫁さんに行った”らしい。加藤銀河は“お嫁に行く”という話を聞いた後で彼(まさか彼女?)の言葉を聞くと、やや女っぽい話し方のように聞こえないこともない気がした。彼がもし女性だったとしたら彼の名前・真路は“まさみち”ではなく“まろ”と読むのかも!?
(でもこの業界は元々男でも女っぽい話し方の人はわりと普通にいるので、あまり気にならない。そもそも規格外の人が多い業界である)
なお彼(彼女?)の体型を見てもバストがあるようには見えなかったし、加藤は何度か(男子用)トイレで彼と並んだことがある。のぞき込んだりはしてないのでペニスの存在までは確認していないが!(ペニスが無くても小便器を使えるのだろうか??)また彼の声自体は普通の男声だったし、喉仏もあるように見えていた。
春休みの間、千里(R)は玖美子・沙苗と3人で、P神社の中庭で毎日自主練習をしていた。基本的には勉強会に出て来ていて“息抜き”に竹刀を振るうという建前である。学校では部活練習中の事故をひじょうに気にしており、無届けの部活動には厳しい。4月から中学生になりS中剣道部に入ってくれる予定の如月・聖乃・真南も参加したいと言ったのだが、6人も集まると“個人レベルの練習”とは言えなくなるので、参加を断った。彼女たちは彼女たちで、A町公民館で週3回くらい練習すると言っていた。なお3人のレベルだが、如月が1月の級位認定で1級に合格した。他の2人は2級であるが、多分どちらもS中の新3年・宮沢さんより強い。(今年の3年生は代表になれないかも!?)
千里Yはこの期間
「あれ〜?なんで私、神社に辿り着けないんだろう」
と不思議に思っていた。
Yが神社に辿り着けなくても“光辞”の写しは毎週送られてくるので、小町はそれを千里の自宅に持ち込み、自宅で朗読・録音作業をしてもらった(小町が不在でも神社には中学生女子が多数来ているので、祈祷の対応などは何とかなる)。
千里の算数を見てあげている花絵は、結局留萌市内の会社に就職が決まったので、3月末から4月頭の間は、新人研修に出ていて千里の算数が“また後戻りしている”ことには気付かなかった。この期間、察した玖美子が小学3年生の算数の問題をRにはやらせていた(Yは今小学4年生の問題をやっている)。
玖美子は学校では千里は数学の成績が良いので“千里は少なくとも3人いる”と認識していた(学校で数学の試験を受けているのはBである)。この時期、千里が3人以上居ることに気付いていたのは、玖美子と蓮菜である。もっとも玖美子も蓮菜も、千里が実際には何人居るのかについては確信が持てなかった。
4月2日(金).
セナが自室でシナモロールのカーペットの上に寝転がってニコラ(姉が買ってきてくれた)を読んでいたら、母が入ってきた。
「セナ、髪切りに行こう」
「やはりこれ長すぎるかなあ」
セナは11月に床屋さんで髪を切ったあと1月に切りに行くつもりがその前に女子中学生化してしまつたため、3学期は切らずにずっと伸ばしていた。でも髪が肩に付くようになってきたので、さすがに伸びすぎかなと思い始めていた。
「美容院に行って可愛い髪型にカットしてもらおうよ」
「美容院!?」
「女の子は美容院で髪を切るんだよ」
そうか。ぼく、じゃなかった、わたし女の子だもんね。
「美容院(びよういん)じゃなくて病院(びょういん)に行ってちんちん切るのでもいいけど」
へ!?
「まだそこまでは勇気が・・・」
それでセナは可愛い服(わざわざ母が買ってきてくれていた)に着替え、母の運転するアルテッツァに姉も一緒に乗って、市街地にある美容院“サロン・ド・ルルモ”まで行った。
「予約していた高山です。娘2人の髪のカット、お願いします」
「はいはい。あら、奧さんとアランちゃんじゃなくて、アランちゃんと・・・従妹さん?」
「アランの妹のセナっていうんです。実は今まで他の美容院に掛かってたんですよ。そこの娘さんが同級生だったので。でも廃業しちゃったから、これからは姉と一緒にこちらにお世話になろうと思って」
「あら、ほんと?」
母はタレントさんの写真を持参していて
「こんな感じの髪型でお願いします」
と美容師さんに依頼していた。それで姉と並びの椅子に座って、店長さんが髪を切ってくれた。初めての客なので店長さんが対応してくれたようである。
髪を切る前にカルテなるものを作ったのに驚いた。床屋さんではこんな細かい管理は無かった。日本ってやはり男の扱いが適当なのかなと思う。
そして髪を切るのに、普通の椅子に座るんだなあ、というのにカルチャーショックを覚える。昨年秋まで行ってた床屋さんだと身体を傾けたりする機能のある椅子(バーバーチェア)に座って髪を切られていた。でも美容院の場合は普通の椅子である(*17).
(*17) このため美容室と理容室では、客あたりに必要な法定面積が異なる。
理容室の場合は13平米につき3台までで、1台増やすには4.9平米の追加が必要。
美容室の場合は13平米につき6台までで、1台増やすには3平米の追加が必要。
となっていて、美容室の方が同じ面積でも多数の椅子を置くことができる。それは椅子の構造がそもそも異なるからでもある。
またカットが終わってから、髪を洗う時、床屋さんでは前屈みの状態で洗われたのに、美容院では、仰向けの状態で洗われた。この仰向けで洗われるのが何だか自分が女の子になったという意識になってドキドキした。でも、美容室と理容室って似たような場所と思っていたのに、こんなに色々違うとは、とセナは驚いていた。
仕上がった髪型を鏡で見てセナは思わず
「可愛い!」
と言った。
「素材がいいからね。またよろしくね」
と店長さんは笑顔で言っていた。
姉も
「おお、可愛くなった、可愛くなった」
と言っていた。
その日、夕方帰ってきた父はセナの髪型を見て
「おお、可愛くなってる。4月からはセーラー服通学するんだっけ?」
と言っていた。
セナは父が“理解して”くれているのか、“冗談だと”思っているのか、判断に悩んだ。
一方、母の方は本気で自分がセーラー服で通学するのを容認する姿勢のようである。もっともこれまでも校内ではセーラー服を着ていたから、自宅からの通学途中が変わるだけだけどね!
4月3日は“度胸付け”と言われて、セーラー服を着て、旭川に出た。
アルテッツァに4人(運転席:母、助手席:慧瑠、後部座席:左に世那、右に亜蘭)で乗って旭川に向かう。
セナは父が見ている前で堂々とセーラー服を着て家を出たが
「娘が2人もいると華やかだな」
などと言っていた。
うーん・・・いいのかなあ。
車は沼田ICから深川留萌自動車道に乗る。深川JCTで道央自動車道に入り、音江PAで休憩する。
慧瑠は男子トイレに入り、母とアラン・セナは女子トイレに入る。ここは個室が3つしか無く、結構な列ができているので、3人ともその列に並ぶ。この時、母と姉は、セナを挟むように並んでくれた。そして母と姉がおしゃべりしていたが、セナは声を出すとやばいと思い黙って並んでいた。やがて3つの個室が相次いで空いたので、姉・セナ・母が各々の個室に入った。
そしてセナはいつものように便器を持参の除菌ウェットティッシュで拭いてから座り、用を達した。セナは男子トイレの小便器を使ったのは昨年5月頃が最後で、その後はずっと個室を使用していた。学生服の時は男子トイレの個室、女子制服の時は女子トイレの(当然)個室だった!
(セナは7月にちんちんを切ったらしいとクラスメイトが噂していることをセナは知らない:女子たちは、ちんちんが無いなら女の子と同じと思って、彼を女子として受け入れてくれている。実際更衣室で彼のパンティ姿を見てもちんちんが付いてるならあるはずの盛り上がりが見られなかったし!)
出た所を拭いてから、パンティを上げ、スカートの乱れを直し、水を流してから個室を出る。手を洗ってからトイレの外に出たが、母も姉も先に出て待っていてくれた。
「ごめん。お待たせ」
「うん、それはいいけど」
「けど?」
「あんた女子トイレ慣れしてる」
「あはは」
旭川では最初に旭山遊園地に行った。その後、町でショッピングする予定である。
母は入場券売場で
「おとな1枚、高校生1枚」
と言った。
ここは中学生以下は無料なので、自分の分と亜蘭の分のみ申請したのである。
ところが窓口の人は
「あれ?娘さん2人はどちらも中学生じゃないの?」
と訊く。
セナはS中学の女子制服、アランはS高校の女子指定服を着ているのだが、どちらもセーラー服である(デザインは違う)。世間的にはセーラー服は女子中学生の制服という認識がある。
「姉のほうの高校は制服がセーラー服なんですよ。時々こういう高校あるんですよね。妹のほうは中学生です」
「ああ、なるほど」
セナは“妹”と言われてドキドキしている(まだ“女子”としての覚悟ができていない)。
「7日が入学式なんですよ」
「ああ、新入生?」
「そうなんです」
「だったら入学式前ならまだ中学生扱いということで無料で」
「ありがとうございます!」
中学は義務教育なので卒業式が終わっても3月31日までは中学生の身分だが、高校新入生の場合、正確には、4月1日から入学式までは、まだ高校生でもないので、実は無職少年である!それで、施設の入場についての扱いは施設により結構異なる。厳密な入場検査をする所では生徒手帳がまだ無い場合、合格証明書などを提示する必要がある場合さえある。でもとっても緩い所もある。たぶん対応する窓口の人によっても変わるかも!?
(実際の旭山動物園の対応は不明。ここはあくまで物語の中の話です)
でも窓口の人が無料でいいと言っているので、母は自分の分の入場料だけ払って4人で中に入った。セナは“セーラー服”というのが、結構身分証明的な働きをするんだなあと思った。“女子中学生”としての!
4人でゆっくりと園内を見ていく。何度も来ている施設だが、やはり動物たちを見るのは楽しい。弟は「どうせならグリーンランドの方がいいなあ」と言っていたのだが、動物園に入ると、いちばん楽しんでいるようだった。
全部見て回るには3〜4時間かかるので、途中の食堂で昼食を取ったが、母と姉に言われた。
「あんたに外出慣れをさせる必要は全く無かった」
「えっと・・・」
「だって、あんた普通に女の子として行動してるし」
「恥ずかしがったりしている様子も無いし」
「これなら何の問題もなく6日からセーラー服通学できるね」
「そうかな」
「あんた、実際にはかなり女装で出歩いていたでしょ?」
「えっと・・・」
「何も不自然なところが無いもんね〜」
それで母は言った。
「だからあんた堂々と6日からセーラー服で通学しなさい」
セナは少しだけ考えてから答えた。
「そうしようかな」
多分、母もここまでは半分は冗談、半分本気だったのが、この日のセナを見て本当に本気になったのかな、とセナは思った。
「先生から何か言われたら、私が先生と話し合ってあげるから」
「うん。お願い」
実際には、セナは先生から何か言われたりすることは全く無かった!
男子生徒がセーラー服を着ていたら変に思うが、女子生徒がセーラー服を着ていても誰も変には思わないのである!このあたりが、セナの沙苗や千里などとの決定的な違いである。
お昼を食べた後、更に動物園を見て回っていたら、バッタリとその千里と遭遇した。千里は叔母さんか従姉だろうか、20歳くらいの女性と、お祖母さんだろうか、70歳くらいの女性と一緒である。
「わざわざセーラー服着てきたんだ?」
と千里が言う。千里はフリースのトップに厚手のジーンズのスラックスを穿いている。スカートでなくてもちゃんと女の子に見えるのが千里の凄い所だよなあとセナは思う。そして千里の胸の膨らみがまぶしい。自分もおっぱいあるといいなあと思った。
「うん。セーラー服外出に慣れなさいと言われて」
とセナは言ったのだが
「今更慣れる必要無いじゃん。ずっと学校ではセーラー服着てるのに」
と千里は言った。
母と姉の冷たい視線!
「ふーん。そうだったんだ?」
と姉が言っている。
「毎日セーラー服着てたのなら、慣れてる訳よね」
と母。
セナは、どう言い訳しよう?と焦っている。
千里はまずいこと言っちゃったかな?と思ったが、フォローするように言った。
「女の子ライフに慣れるということなら、今夜うちにお泊まりとかする?」
「えーっと・・・・」
「セナちゃん、一晩借りていいですか?お母さん」
「でもいいのかしら?この子は・・・」
と母は迷っている。男の子を女の子の家に泊めていいものかと悩んでいるのである。
「明日の朝までにちゃんと女の子の身体に改造しておきますから」
と千里は言う。
「だったらいいかもね。性別変更届けを書いとくね」
と姉は言った。
それでセナは母・姉と別れて一足先に動物園を出る(弟が遊園地で遊びたいと言ったので、母とアランはそれに付き合った)。
動物園の駐車場で、瑞江のRX-7に、助手席に天子、後部座席に千里とセナが乗って天子のアパートに向かった。
千里は後部座席に並んでいて
「ほんとに女の子にしか見えないよ」
とセナに言い、胸やお股!に触った。そして喉にも触った。セナはドキッとした。喉仏が出てると男とばれるので、これを隠すのに結構苦労しているのである。これの隠し方は、沙苗から幾つかの手法を教えてもらったのでその組み合わせを実行している。
(1)喉は物理的に隠してはいけない。チョーカーなどは不自然で、何かを隠していると他人に思われてかえって性別疑惑を持たれる。そもそも喉仏は位置が動くので、動いても隠せるようにするには、かなり幅広のチョーカーが必要で全く不自然。喉は思い切って曝して、喉仏が“無い”所を見せるのが良い。
(2)唾を飲み込んで停めるようにすると喉仏は上に上がって見えなくなる。これが基本。
(3)俯いていると喉仏は見えない。トイレの待ち行列などで長時間隠す必要がある場合は(2)と(3)を併用する。
(4)女声で話している時は、喉仏は上がったままになる。
しかしあらためて触られると、喉仏があるのは分かってしまう。
セナは(4)女声の発声ができないので、ひたすら(2)吸い込み停止と(3)俯きである。
でも沙苗が教えてくれてセナは1月からずっと女声を出す練習をしている。準備段階でハイトーンで話す練習をしているのだが、ハイトーンで話すと、どうしても緊張の高い声になる。その緊張を緩めていけば女声的に聞こえると言われているのだが、そこがまだうまく行かない。
ただ沙苗も祐川君!?も、女声の練習ってしてると、ある日突然出るようになるということだった。それが起きることを夢見て、セナは毎日練習している。
(祐川君が女声を出せるのかどうか、彼は明言を避ける)
ただ、これは沙苗にも玖美子にも言われたのだが、元々セナの“話し方”は女の子の話し方だという。だから、セナが男声で話していても、相手は声の低い女の子だと思ってしまうのだと。それがセナがセーラー服を着て授業を受けていても、先生たちが違和感を覚えない大きな理由のひとつだろうと、鞠古君も言っていた。
鞠古君はけっこう女の子っぽい声を出すことができる。
「でも6月にセーラー服で登校してきた時は変な声で話してた」
「あれ、女の子として適応できそうと思われたら、ほんとに性転換手術されてしまいそうだったから、わざと変にやっただけ」
「そうだったんだ!」
「俺は女の服を着るのは好きだけど、女にはなりたくない」
「それは分かる気がする」
「高山は女の子になりたいんだろ?」
「自分でもよく分からないけど、なりたい気がする」
「どっちみち性転換手術を受けられるのは高校を出た後だから、それまで沢山悩むといいよ」
「そうするかも」
鞠古君とその話をしたのは、自分にとって大きかったかもとセナは思う。
やがて車は団地のような所に到着する。ラインが引かれている駐車枠に駐め、4人は階段を昇って、3階の部屋に入った。
「入って入って、ってお祖母ちゃんちだけど」
と千里。
「お邪魔しまーす」
と言ってセナは中に入った。
「みんな休んでてね。すぐ作るから」
と言って、千里は台所に立った。セナも立っていき
「何か手伝うよ」
と言う。
「じゃ、お味噌汁作って。“ゆうげ”だけど」
「OKOK」
それでセナはケトルでお湯を沸かすとともに、IHヒーターの空いている側でも小鍋に水を入れてお湯を沸かす。湯が沸く間に、漆器のお椀を4つ出し、それに、まず具のバックを入れてから味噌のパックを入れていった。
「ああ、普段やってるね」
「うん。これ便利だし。味噌を先に入れると、味噌がお椀の底に付いて溶けないことがある。先に具を入れておけば味噌はお椀の底にくっつかない」
「こういうインスタントでも、微妙な要領ってあるよね」
「あるある」
茶碗とか箸もどれが誰のというのは無いということだったので、セナは磁器の茶碗(有田かな?と思った)を4つ並べ、御飯を盛る。その中のひとつは少なめに盛って、天子の前に置き、他の3つを(天子と将棋をしていた)瑞江の所、自分と千里が座るだろう場所に置いた。お味噌汁を並べ、箸も並べる。
その間に千里が青椒肉絲(チンジャオロースー)を作り終えて、セナが並べてくれていた白いボーンチャイナのボウルに盛った。それで食卓に運んでいく。
「お疲れ様」
「頂きまーす」
「でもセナは家事をしなれている」
「小さい頃から料理はお母ちゃんの手伝いしてたから、実はお姉ちゃんより鍛えられている」
「ああ、女の子2人いると、わりと妹のほうが鍛えられがちですね」
と瑞江。
またぼく“妹”と言われちゃった、とセナは思っている。
食事も終えて、一息ついたところで
「じゃセナ、帰ろうか」
と言って千里が立ち上がる。
「え?留萌に帰るの?」
「違うよ。別の家に行くんだよ。ここに4人は寝られないから」
と千里。
「無理すれば4つ布団敷けないこともないけどね」
と瑞江。
それで千里とセナは瑞江に送ってもらって、旭川市郊外のわりと広い家まで行った。建坪は50坪くらいだろうか。セナはその家に違和感を覚えた。
「この家、2階建てだよね?」
「残念。平屋建てでーす」
「嘘!?こんなに屋根が高いのに」
「天井の高さが5mあるからね。だから部屋の中で剣道の練習ができるよ」
「へー」
「今夜はもう遅いけど、明日練習しようよ」
「あ、でも竹刀とか防具とか持って来てない」
「竹刀はあるよ。防具はエア防具で」
「あはは」
「じゃ明日のお昼くらいに迎えに来てくれる?」
「はい。じゃお休みなさい」
と言って、瑞江は帰って行った。
千里が鍵を開けて、セナを中に入れる。
「ここは親戚の家か何か?」
「まあ親戚みたいなものかな。鍵を預かってて、いつでも使っていいことになってるんだよ。ああ。お茶でも入れるね」
と言って、千里はセナを居間のテーブルの所に座らせ、お湯をケトルで沸かして紅茶を入れた。
「何か香りが凄い」
「これはフォションの紅茶。フランスの紅茶ってフルーツの香りの付いてるのが多いんだよね」
「ずっと昔、お父ちゃんがお土産にもらったことあった」
お茶を飲みながらたわいもない話をしていたのだが、千里はやがて白いカードにマジックで、A・B・O・P・T・U・V、という7つの文字を書いた。それを裏返してシャッフルする。
「これから起きることは夢だから」
「うん」
「セナ1枚引いて」
「うん」
それでセナは1枚引いた。
「開けてみて」
セナが引いたカードは“A”だった。
「まだまだ勇気が足りないな」
と千里は言った。
「どういうこと?」
「A=Adam's apple, T=Testicles, P=Penis. この3枚のどれかを引けばセナの男性的な部分を取り除く。セナはAを引いたから、喉仏を取ってあげるよ」
「え〜?」
「取られたくない?」
セナは首を振った。
「まだちんちんや睾丸は取る勇気無いけど、喉仏は無くならないかなあと思ってた」
「じゃ明日の朝起きるまでに無くなってるから」
「・・・・・」
「取られたくないなら今すぐ帰るといいよ。タクシー呼んであげるから」
「ぼく、じゃなかった。わたし、帰らない」
「うん」
と千里は頷いた。
「他のは何だったの?」
「B=Bust, V=Vagina, U=Uterus, O=Ovary. これを作ってあげていた」
「まだそこまで自分を改造するのは勇気が無い」
と言いながら、卵巣や子宮も作れるのだろうか、とセナは疑問を感じた。
セナの記憶はここで途切れている。
セナは明るい日差しの中、目が覚めた。窓から朝日が差している、自分はセミダブルサイズのベッドに寝ていた。6畳くらいの洋室にベッドが置かれている。部屋にはワークテーブルと本棚、小型のクローゼットがあり、そのクローゼットの中にハンガーに掛けた自分のセーラー服が掛かっていた。
喉に手を当ててみる。
喉仏が無くなってる!
手術されたのかな?それにしては痛みとか無い。
おそるおそる声を出してみた。
「おはよう」
なんか声が女の子の声みたいに聞こえる!?
自分のミニーマウスのバッグ(姉からもらった)がワーキングテーブルに載っているので、そこから携帯を取り出し、自分の声を録音してみた。
「人恋うは、悲しきものと平城山(ならやま)に、もとおり来つつ、たえがたかりき」(『平城山』作詞:北見志保子 1885-1955)
自分でも信じられないくらいハイトーンの声が自然に出る。そして録音を停めて再生する。
女の子の声に聞こえる!すごーい! 喉仏が無くなったら、こんなに可愛い女の子の声になれるのか、とセナは感動した。
実際には《きーちゃん》はセナの喉の“変形”を元に戻しただけである。だから甲状軟骨の隆起も消えたし、声帯の変形も声変わり前に戻って、ボーイソプラノが“出やすく”なった。セナの女声は実はもう完成間近だった。
だから今回、きーちゃんは“喉には”メスを入れてない。
セナはシルクっぽいネグリジェを着て寝ていた。枕元にパンティとブラジャー、スリップが置かれていて「シャワーを浴びたらこれを使ってね」という千里の字のメモがある。
千里の字って可愛いよなあと思う。きっと女の子たちは小学5-6年生の頃から可愛い字になろうとたくさん練習してるんだ。ただ、彼女たちはこういう友だち同士で使う字と、授業やテストで使う字を使い分けている。そもそも女の子って建前と本音の落差が凄いよなというのも、ここ3ヶ月ほど、女の子のコミュニティで過ごしてきて感じたことである。
お風呂はどこで入ればいいのかな?と思いながらネグリジェ姿のまま部屋の外に出る。居間に千里がいた。
「おはよう」
「おはよう」
「千里ちゃんありがとう。喉仏が無くなって凄く調子いい」
と発音する言葉が女の子の声なので、セナは感激している。
「喉仏?何それ?」
「千里ちゃんがカードを並べて1枚引いて。私がAを引いたらAはアダムズ・アップルと言って喉仏を取ってくれたじゃん」
「セナちゃん、何か夢でも見たのでは。セナちゃん、最初から喉仏なんて、無かった気がするけど」
セナははっとした。そういえば昨夜千里は、これから起きることは夢だと言った。だからきっと喉仏が無くなったことは夢だと思えばいいのたろう。
「そうだ。お風呂借りられないかなと思って」
「お風呂はそこに温泉のマークが付いてる所だから自由に使って」
「ありがとう!」
「着替えは新品の下着だからそのままあげるよ」
「じゃもらう。何かの時にお返しするね」
「うん」
「剣道の練習したら再度汗かきそうだけど」
そうだ。忘れてた!
「剣道やった後、お風呂もらおうかな」
「再度着替えてもいいよ」
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【女子中学生の生理整頓】(4)