【夏の日の想い出・止まれ進め】(5)

前頁次頁時間索引目次

1  2  3  4  5  6  7 
 
彼女は不安そうな顔で入ってきた。事務員の野本石好(いしす)が笑顔で出て行き
「おはようございます。アポイントはございましたでしょうか」
と尋ねる。
 
「おはようございます。平田と申します。大宮万葉先生に紹介していただいて面接を受けに来たのですが」
と彼女が言った声を聴いて、野本は内心ギョッとしたものの、表情には出さない。
 
「はい、平田様。承っております。こちらでお待ちください」
と言って“消毒済み”の紙が貼られた第3応接室に通す。
 
小玉藤香看護師がそこに入り、
「大変恐れ入りますが、COVID-19の感染検査をさせていただいていいですか?」
「はい」
 
それで小玉看護師は鼻の粘液を採取させてもらい、検査キットに掛けた。一方野本は
 
「検査結果が出るまでの間に簡単なペーパーテストに解答していただけますか。スマホの電卓は使っていいです」
 
と言って筆記試験の紙を渡した。ごく簡単な常識テストである。
 

検査キットで陰性が出る。野本は
「感染検査は陰性でした。そろそろ答案用紙よろしいですか?」
と言って回収する。
 
点数は90点である。8角形の内角の和をきちんと 6π と答え(*17)、気体を30℃から60℃に気体を加熱した時の体積比をちゃんと約1.1倍と答えているので理系の基礎知識がしっかりしているようである。体積比問題は、理科の苦手な人は全く分からず、シャルルの法則(*18)がうろ覚えの人は絶対温度に直すのを忘れて2倍と答えたりする。
 

(*17) n角形の内角の和は(n-2)π、度でいえば(n-2)×180度である。度ではなくラジアンで解答しているところが“できる”。
 
簡単な考察で正n角形のひとつの角は、π−2π/nだから、これをn倍すればnπ−2π=(n−2)π。一般のn角形は正n角形から角度が増減するだけだから正n角形について考えれば充分であった。
 
(*18) 理想気体の体積は、絶対温度に比例し(シャルルの法則)、圧力に反比例する(ボイルの法則)。どちらがどちらか分からなくなったら、“ボイルしない(加熱しない)のがボイルの法則”と覚えておけばよい。絶対温度は摂氏から273.15度を引いたものだが、だいたい-270くらいとまで覚えておけば充分な精度の計算が得られる。
 
この問題の場合、273.15で計算すれば1.09896。でも元々の有効桁数が2桁だから約1,1となる。270で計算しても330÷300=1.1。電卓使って良いと言っているが、実はこの程度の計算に電卓は要らない。
 
精密な計算はコンピョータに任せればいいので、人間に求められることは大雑把な概算をして“見当を付ける”ことである。この仕事をしたら費用は1億か2億かみたいな“見当を付ける”能力というのはビジネスパーソンにはとても大事。
 

#が4つ付いた調性記号を見せて「長調なら何調ですか?」には正しくホ長調と答えた。これは最後の#をシと読めば良い。最後の#はDの所に付いてるから、D#がシでEがドになる。つまりホ長調である。
 
(最後の♭はファと読めば良い)
 
「この中で仲間外れの楽器は?(ホルン/チューバ/サキソフォン/トランペット)」
には正しく「サキソフォン」と答えている(これだけ木管楽器)。
 
一方で現在のフランス大統領の名前が答えられなかった。答えはエマニュエル・マクロンだが、マクロンだけでもよい。
 
また桃の生産量が1位の都道府県は?というのに岡山と答えたが、岡山は意外に低く6位である。1位は山梨。
 
↓2020年産の桃の生産量ランキング
1.山梨/2.福島/3.長野/4.山形/5.和歌山/6.岡山/7.新潟/8.青森/9.香川/10.岐阜
 

コスモスが面接する。向こうは社長が出てくるとは思っていなかったようで恐縮していた。
「△△△大学の理学部を出て・・・この会社はソフトハウスか何かですか」
 
「はい。そこでSEをしていました。社内で仕事する時は服装は自由でいいよと言われたので普通のレディススーツで勤務していました。でもお客さんの所に出掛けて折衝する時は男性の格好してくれと言われて、それは妥協して紳士物のスーツを着ていましたが、少しずつ目に見えない圧迫を感じるようになって。実績からすると私が係長に昇進する順番だったのに後輩の男性が昇進しましたし」
 
「まあその手の男女差別ってありがちですよね」
と言いながら、コスモスは彼女の履歴書を確認するが、この履歴書には性別欄が無い!
 
まあ性別なんて些細なことだけどね。
 
「この春に唐突に閑職への異動を命じられて、私を色々かばってくれていた女性の課長さんが結婚を機に2月に退職していたのもあって潮時かなと思って辞めました」
 
「なるほどそういう事情でしたか」
 
「それで職安で仕事を探していたのですが、たいてい面接の段階で向こうが逃げ腰の感じになって飲食店関係も含めて10社ほど面接を受けたもののダメでした。そんな時、同じ高校で1年下だって川上青葉さんに都内で偶然遭遇して、§§ミュージックさんなら多分性別は気にせず採ってくれるよとお聞きして、紹介状まで書いて下さって」
 

「うん。川上さんからも話は聞いた。紹介状は読んだ。希望の職種とかはありますか」
「一応SEを3年やって、言語はJava, C, C++, Objective C, Java Script, Perl, PHP は書けます。HTMLも書けます。ほかの言語も必要があれば頑張って覚えます」
 
「人と話すのは好き?」
「話すこと自体は好きです。できたらあまり男装はしたくないのですが」
「女性のかたに無理に男装を強要したり、男性のかたに無理に女装を強要することはありませんよ」
「よかった」
 
「個人情報で大変失礼ですが、去勢とか性転換手術とかはなさってますか?」
「去勢は大学時代にしました。性転換手術はお金が無くてなかなか受けられないんですよ。名前は変更しましたので現在“ゆかり”が戸籍上の名前です」
「分かりました。個人情報を本当は訊いてはいけないのですが、そのあたりを確認しておかないと投入できる仕事が変わってくるものですから」
「いえ、気にしませんよ」
 
「人と話すのが好きなら、マネージャーをやってもらえませんか?」
「はい!」
「ただどうしても労働時間が不規則で長くなりがちなんですよ」
「それはSE時代に徹夜とかもたくさんしてますから平気です」
 
そういうことで2022年7月、平田ゆかり(青葉の高校の1年先輩:なんと2013.10.11以来10年ぶりの登場)は信濃町ガールズの担当に投入されることになった。ただし“ゆかり”が三陸セレンの本名“菱田ユカリ”と紛らわしいので“平田結花子”の名前を使ってもらうことにした。
 

§§ミュージックのスタッフ不足問題では職安や就職斡旋会社にもずっと募集を出しているのだが、8月にまた2人採用した。
 
白山琴代(22)。今春音楽系の大学を出た。専門は管楽器で木管楽器はたいてい吹けるし、ピアノも歌もうまい。服飾関係の会社に勤めたが試用期間中に5回遅刻して不採用になったらしい。元々朝が弱いタイプ。熱意はあるので採用した。高知県出身であることもあり、徳島県出身の薬王みなみのマネージャーとする。
 
薬王みなみはこれまでパール&ルビー班だったが分離する。永田秋世を薬王専任として、白山と2人で担当してもらう。元々永田は主として薬王を見ていた。
 
鎌倉竹菜(21)。専門学校を出た後、ネット記事のライターを1年やったが体力が続かず契約解除した。ファンクラブ報の執筆部門に応募してきたのだが、この子むしろマネージャーができるのではと感じた向こうの社長さんから、こちらに紹介されてきた。
 
中学高校では吹奏楽部でホルンを吹いていた。金管楽器は大抵吹ける。ピアノは“少し弾ける”。歌もわりと上手く合唱部の助っ人もしていた。完璧に人手不足になっている信濃町ガールズ担当にする。提示された給料を見て「こんなにもらえるなら頑張ります」と言っていた。ライター時代は徹夜作業をせざるを得ないが、月間の報酬は歩合制なので10万程度しかなく生理用品買うお金にも困っていたらしい。
 
「うちは女性のタレント、社員には生理用品無料配布ですから」
「嬉しいです」
 
しかし信濃町ガールズ担当はライターより忙しかったりして。
 
ちなみに名前は鎌倉だが、熱海の出身!
 

2022年の夏昇格オーディションおよびビデオガールコンテストで信濃町ガールズに加入したのは下記のメンツである。
 
横川光照(中3)(関東:鴨川市)“三国舜”
守口清美(中2)(関西:尼崎市)“夏江フローラ”
観音倭文(中2)(北陸:南砺市)“麻生ルミナ”
 
湯谷薫 中3 青森県むつ市 “川泉パフェ”
松崎典佳 中2 鹿児島県薩摩川内市 “月城たみよ”
吉坂恵夜 中2 愛知県大府市(東海)“筒木サリナ”
杜屋幸代 中1 茨城県水戸市(関東)“水巻イビザ”
吉川萌花 中2 富山県氷見市(北陸)“入瀬ホルン”
石塚舞菜 中3 奈良県御所市(関西)“山口ヨルカ”
 
この中で6月14日に学期途中で転入した三国舜以外の8人は9月1日からこちらの中学に転入する。手続きはだいたい8月上旬までには終わっており、夏休みの宿題まで渡されている。いきなり多忙になった川泉パフェ・月城たみよなどが山積みの宿題を見て悩んでいたようだが。
 

この中で
中3:山口ヨルカ
中2:夏江フローラ・麻生ルミナ・月城たみよ・筒木サリナ・入瀬ホルン
中1:水巻イビザ
 
の7人はいづれも足立区のE中学に女子生徒として転入した。月城たみよは
「あなた男子ですよね?」
と言われたもののマイナンバーカードを提示して女子として転入させてもらえた。学校側は性転換者?と思った雰囲気もあったが!
 
「まあ戸籍上も女性ということであれば、女子トイレ・女子更衣室の使用は認めることにします」
などと言っていた!
 
そして川泉パフェ(中3)は、世田谷区のF中学に転入した。
 

「青森県むつ市から参りました湯谷薫(ゆたに・かおる)です。よろしくお願いします」
と言って、7月下旬、川泉パフェはF中学に書類を提出した。青森の中学で着ていた女子制服を着ている。
 
「はい、よろしくね。教科書は新学期までに準備しておきますね」
などと言い、しばらく本人と会話していたが、唐突に“そのこと”に気付く。
 
「あれ?あなた書類の性別が間違ってますよ。この書類では男と印刷されている」
と校長は言った。
「あ、私、男なんです。男に見えません?」
「えーっと」
「戸籍上は男たけど、女子制服での通学を認めてもらってたんです」
「ああ、そういうことですか」
「これ、向こうの学校の生徒手帳です」
と言って、自分の生徒手帳を提示する。
 
「セーラー服で写ってるんだね!」
と校長は感心している。
 
「これちょっとコピー取らせてもらっていい?」
「はい、どうぞ」
 

「この生徒手帳の性別はなんか男女どちらにも取れる」
「男にチェックマーク付けてあるんですけど、チェックマークの線か長すぎて、男を消してるようにも見えますよね(←本当は自分で書き足した:公文書偽造)」
 
校長は「ちょっと待って」と言い、何人かの先生で協議していたようである。そして戻って来て言った
 
「そういうことでしたら、あなた女の子にしか見えないし、向こうでも女子制服で通学していたのであれば、女子制服での通学を認めます」
と校長は笑顔で言った。
 
「ありがとうございます」
 
「湯谷さんちょっと」
と言って白衣を着た女性教師に声を掛けられ、応接セットで話す。“養護教諭”の名刺をもらう。
 
「本当はこういうことを訊いてはいけないのだけど、もし良かったら教えて。あなた女性ホルモンを摂取してます?あるいは去勢手術を受けています?」
 

「女性ホルモンは小学5年生の時からダイアン35(ピル)を飲むようになって、中学に入ってからはプレマリン(エストロゲン:卵胞ホルモン)のジェネリックに変更して、2年になってからはプロベラ(プロゲステロン:黄体ホルモン)のジェネリックも一緒に飲むようにしました。プロゲステロン飲み始めてまだ1年半なのでおっぱいがまだAカップなんですよ。去勢手術は中学卒業したら受けてもいいと親からは言われています。実際は既に機能喪失してると思いますけどね」
 
「4年も女性ホルモン飲んでたら、そうだろうね!」
と言ってから更に尋ねる。
 
「向こうの学校ではトイレや更衣室はどうしてた?」
「トイレは女子トイレ使っていいと言われたので使ってました。更衣室は個室で着替えてと言われていたのですが、部活で着替える時は、たいてい女子部員たちと一緒に着替えてました」
「部活は何してたの?」
「チア部です。私1年間部長を務めました」
「凄いね!」
「実際問題として更衣室に部長がいないと連絡とかで支障を来すんですよ」
「ああそうだよね」
「その延長で体育の時間にもしばしば女子たちに女子更衣室に連行されて、結局女子のクラスメイトたちと一緒に着替えてましたね。私いつもタックしてるから、ショーツの上から見ても女の子の股間にしか見えないので」
「ああ、タックしてればほぼ問題無いよね」
 
タックを知ってるって、さすが都会の養護教諭だなとパフェは思った。実際はセレン・クロムなどを見ているから知っている。先生たちは、さくらについては実際にはもう性転換手術が終わっているのだろうと思っている
 

そういう話をしたのが7月下旬だった。薫は佐々木春夏に頼み、F中学の女子制服を作ってもらった。
 
9月1日(木).
 
7:30頃学校まで距離がある花園裕紀が女子制服で出掛けた後。
 
セレンとクロムが不本意ながら男子学生服を着て部屋から出て来て、フロントのところで篠田ユキとおしゃべりしていたら、そこにセーラー服を着た川泉パフェが降りて来る。
 
「おはようございます」
「おはよう。薫ちゃん、もしかしてセーラー服で登校するの?」
「はい、女子制服での通学の許可をもらいましたから」
「うっそー!?」
「性別誤魔化したんじゃ無いよね?」
「ちゃんと私戸籍上は男の子ですと申告したよ。でも前の学校ではセーラー服での通学を認められていたと言ったら、こちらでもそれでいいと言われた」
「すごーい!」
 
「トイレとか更衣室はとうなるの?」
「それは検討すると言ってた」
「でもさすがに女子制服着て男子トイレ使えとは言われないと思うよ」
「そういうことになるといいんですけどねー」
 

それで不本意ながら男子制服を着て出て来た鈴原さくらも含めて4人で一緒に7:40頃、登校した。(男の娘グループ)
 
彼女たちが中学生では最も早い時間帯の登校で、その後“男の子”の立山煌と三国舜が相次いで7:50頃、寮を出ていく(男の子はあまり群れない)。そして8:00近くになって、性別を誤魔化して女子制服で通っている早幡そらと七石プリムが相次いで「遅れた遅れた」と言って出かけて行く。
 
そのあと、学校まですぐの夢島きららが男子制服で出掛けて行った。
 
男子寮の朝の風景がまた今日から始まった。
 

男子寮の中高生
J高校(ルキア・モナの母校)夢島きらら♂
M高校(木下・篠原の母校)花園裕紀♀
F中学
3年:三陸セレン△・山鹿クロム△・早幡そら♀・三国舜♂・川泉パフェ△
2年:鈴原さくら△・立山煌♂
1年:七石プリム♀
 
この他男子寮の近くには女子高のS学園があり、今井葉月の母校である。
 

湯谷薫(川泉パフェ)は朝来たら職員室に来るように言われていたので行く。多分教科書が渡されるんじゃないかなと言って“同性”のさくらが付いていってあげた。
 
「おはようございます。転校生の湯谷です」
「ああ、湯谷さんこちらへ」
と言われて、教頭先生のデスクに行く。取り敢えずさくらは職員室の外で待機する。
 
「湯谷さん、あなたの扱いだけど、向こうの先生とも電話で話したけど、トイレは女子トイレを使っていいことになったから」
「ありがとうございます」
 
電話で向こうの先生と話すとか怖っ。でもぼく嘘はついてないもんねーと思う。女子トイレの使用は向こうの学校でも許されていた。女子制服での通学は黙認に近い状態だったが、薫が有利になるように答えてくれたっぽいなと思う。
 
「体育の時の着替えは、今性別の微妙な生徒のための特別更衣室が運用されているんですよ。そこを使ってもらえますか」
「分かりました。それでいいです」
と薫は笑顔で答える。多分そうなるだろうと思っていた。
 
「身体測定などは個別検査で」
「はい。それでいいです。ありがとうございます」
「これあなたの教科書ね。体操服は体育教官室で売ってるからそれを買ってくれる?」
「はい」
 

それで、さくらが職員室の中に入って行き、教科書を持つのを手伝ってあげた。教頭はそのさくらに声を掛けた。
 
「鈴木さんも同じ所に住んでるんだっけ?」
「同じマンションの隣の部屋なんです」
「ああ、それは心強いね。ところで鈴木さんも女子制服で通いたくない?」
「通いたいです!」
「申請書出したら検討するよ」
「どんな申請書出したらいいですか?」
「ちょっと待って」
 
と言って、教頭先生は生徒指導の先生と話していたようである。
それでその場で書式を作ってプリントしてくれた。
 
「これ書いて出してね」
「分かりました!明日にも出します」
 
それで取り敢えず教科書を2人で手分けして持ち、教室まで行った。
 

さくらはその日の放課後、SCCの車で狛江市の実家まで行くと“制服選択申請書”に、母に署名・捺印をもらい翌日提出した。
 
制服選択申請書 2年2組鈴木春南
 
私は(男子制服/○女子制服)で通いたいので申請します。
 
生徒氏名 鈴木春南
保護者氏名 鈴木竹善
 
母は父の名前を書いて印鑑を押した(ありがち)。ちなみにお父さんは“すずきたけよし”であるが、よく取引先の人とかから「さとうちくぜんさん」などと呼ばれて本人も慣れっこである。
 
(佐藤竹善さんも本名は“たけよし”。しばしば“ちくぜん”と誤読されるので開き直ってそれを芸名にした)
 

さくらはフライングで翌日朝9月2日から女子制服で登校し、この申請書を提出した。
 
「ああ、女子制服は持ってたのね」
「はい。放送局に出入りする時は制服でないといけないけど男子制服では女性用控室に入れないので着替えてます」
「なるほどね」
と教頭は言ってから確認した。
 
「念のため確認だけど女子制服通学ということになったら男子制服での通学は不可だけどいい?」
 
男になったり女になったり、ふらふらされるのが困るのである。
 
「はい。男子制服とか着たくないです」
「じゃこれ承認するね」
と言って教頭先生は校長先生の印鑑をもらってきてくれた。
 
それでめでたくさくらも湯谷薫と同様、女子制服通学となった。
 
「鈴木さん、生徒手帳の写真を撮り直すからこちらに来て」
と言って、カメラの得意な森坂先生が白背景の場所で写真を取ってくれた。
 
「来週には新しい生徒手帳渡せると思う」
「ありがとうございます!」
 
なお、湯谷薫の生徒手帳写真は昨日撮影されている。それも来週できてくるはずである。
 

女子制服で登校し始めたさくらに、セレン・クロムが
「いいなあ」
などと言っている。
 
「ユカリちゃんも恵夢ちゃんも申請してみたら?」
「ぼくたち男性機能まだ残ってるから難しいかも」
 
2人とも親からは中学卒業するまでは去勢はダメと言われている。
 
「取り敢えず先生に相談してみなよ」
「そうだね。一応相談してみようかなあ」
 

ところで松崎真和(まさかず/まな)は、妹の典佳(月城たみよ)から
「端役の男の子が足りない」
と言われ、兄2人とともに7月下旬東京に出て、ドラマの制作終了後の8月末まで東京に滞在。8月31日にアクアのライブ(越谷の小鳩ホール)のバックダンサーをキュロットのユニフォームで務めた後、熊谷から藺牟田飛行場に送ってもらった。
 
「もと兄ちゃんから車の鍵を預かったんだけど」
 
母が元紀のタントのドアを開けてエンジンの起動を試みたが掛からない。飛行場のスタッフに声を掛けたらエンジンの起動くらいはブースターケーブルつないでしてあげますよとは言われていたが、遅い時間だし、車の持ち帰りにはドライバーが2人必要なので土曜日に父と2人で来て回収しようということにした。
 
真和は元々女性指向があったが、東京にいる間は完全女装生活になっていた。それで帰りもスカートを穿いていた(実は行く時からスカートを穿いていた!)
 
スカート姿の真和を見て父は
「おお、可愛いな」
などと言う。高校の女子制服を典佳が作ってくれた話がこちらに伝わっていて
「女子制服あるなら着てみなさい」
と言われる。それで着てみると
「女子高生にしか見えない」
と言って父は喜んでいる。
 
「母さん、性別変更届けを書いてやりなさい」
などと父が言って、母は本当に書いて父が署名捺印した。
 

性別変更届 1年1組松崎真和
 
性別が変わりましたので届けます。
 
旧性別 男
新性別 女
旧姓名 松崎真和 まつざき・まさかず
新姓名 松崎真和 まつざき・まな
 
保護者名 松崎泰治
 
元々真和の名前はよく「まな」と誤読?されていた。本人もあちこちの登録を「まな」でしている。実は銀行口座なども「まつざき・まな」で登録されていたりする。友人からも「まなちゃん」と呼ばれていて、「まさかず」は単に住民票の上でそう登録されているだけである。
 

しかし真和は渡された性別変更届けを手に「これジョークなの?マジなの?分からないよう」と思った。
 
お風呂に入ってから自分の部屋に入り、疲れてるのでそのまま布団に入った。女の子らしい可愛いピンクの花模様のパジャマを着ている。それですぐに眠ってしまったが、夜中に目が覚めて唐突に
「今日からぼく女子制服で登校するの?それともあれただのジョーク?」
と思う。
 
真和は元紀兄(既にほぼ姉)にメールをした。
 
「性別変更届けって渡されて明日からは女子制服で登校しなさいとお父ちゃんに言われたんだけどどうしよう?」
 
たぶん返事は朝だろうと思ったのに即返信がある。
「直接電話で話さない?」
 
それで真和は布団の中に潜り込み、元紀姉に電話した。
 

「まずマナ自身としてはどうなの?女子制服で登校したいの?」
「それはしたい。でも許される訳が無い気がする。ぼく身体は完全な男の子だし」
「普通は性同一性障害の診断書とか取って提出しないと女子制服通学は認めてもらえないだろうな」
「ああ、やはりそういう手続きになるか」
「あるいは本当に性転換しちゃうかだな。現実に女の身体であれば学校は性別を女子に訂正してくれると思う」
「うーん・・・」
 
「ところでマナ、魔女っ子何とかちゃんって子と去勢の約束したんだっけ?」
「もしかしてお姉ちゃんのところに出て来た?」
「そちらまで行って去勢してあげると言ってたよ。形代となるマークを描き写したものをそちらに送るから9月2日か3日には着くと思う。もし去勢するつもりがあったらそれを自分の下腹部、おへその下にマイネームとかで描き写せって。そしたらお前の所に行けるらしい」
「あれ夢じゃ無かったのか・・・・」
 
「去勢してたら女子制服登校認められるかもしれないよ」
「うっ・・・」
「でも去勢するかどうかはよくよく考えたほうがいい。取っちゃったら後で後悔しても回復のしようがないから」
「うん」
「マナ、取り敢えず9月1日、2日は疲れてるとか言って学校休め」
「あ、その手があったか」
「それで女子制服登校するかどうかは月曜の朝までに考えればいい」
「そうする」
 
それで結局真和は姉の助言に従い、9月1日と2日は学校を休むことにしたのである。
 

元紀は、真和との電話を終えた後考えた。
 
こういう事態になったら、少しでも早くこの呪符を送ってあげなければ。電子メールで送っても無効というから、速達で送るか、あるいは宅急便のほうが速いか。
 
元紀はやはり速達で送ろうと考え、郵便局の夜間窓口に行って来ようと思った。寮の庭にはいつもSCCの車が駐まっている。それを使わせてもらおうと思って、昼間の服装(Tシャツと膝丈スカート)に着替えると、下に降りた。ちょうど自販機の所に来ていた七石プリムと遭遇する。
 
「お早うございます」
「お早うございます」
 
「元紀(もとき)さん、こんな夜中にお出かけですか」
「うん。真和の忘れ物を送ってあげようと思って。多分宅急便より郵便局の速達が速いよね?」
「急ぐんですか?」
「うん」
「だったら物凄く速く届ける方法があるんですが、その封筒私に預けてもらえません?」
「物凄く速く?」
「宛先はどこですか?」
「鹿児島県の薩摩川内(さつませんだい)市という所なんだけど」
 

プリムは一瞬後ろのほうに意識をやるような雰囲気を見せた、それで頷いている。
「午前中には届けると言ってます」
 
誰が“言ってる”んだあ!?と思ったが、信用していい気がしたので、元紀は速達で出すつもりだった封書を彼女に託した。
 
「午前中って9月2日午前中?」
「いえ。9月1日午前中ですよ」
 
どうやってそんなに速く持って行けるんだ!?
 
「料金は?」
「稲荷寿司が20個欲しいと言ってます」
「分かった。それひかりちゃんに渡せばいい?」
「はい。それで本人に渡します」
 
それで結局、元紀はそのままコンビニまで行って、お稲荷さんのパック、巻寿司とのセットを全部買ってきた。そして夜中に悪いとは思ったが、ひかりに電話を掛けて1階に呼び出して渡した。(元紀はひかりが住んでいる4階には入れない)
 

一方、姉との電話で気持ちが楽になった真和は心が軽くなったので、その後ぐっすり寝た。
 
7時半頃、母が部屋に来て
「マナ、そろそろ起きないと」
と言う。
「お母ちゃん、ごめーん。疲れが溜まってるから今日休む」
と言う。
「ああ、疲れてるだろうね。じゃ連絡しておくね」
「うん。ごめんねー」
 
それで8時頃まで両親とも出勤したようである。
 
真和はそれでトイレに行って、食卓に用意されていた朝御飯を温めて食べた後、またしばらく寝ていた。
 
10時頃
「もしもし、マツザキ・マナさんですか?」
という女性の声で目覚める。
 
見た感じ20代っぽい和服の女性がいる。
 
「あなた誰?」
「私はイオリです。マツザキマナさん?」
「はい、そうですが」
 
だいたいどこから入ってきたんだ?
 
「お届け物です」
と言って封筒を渡される。姉からの封書である。
 
もう届いたの!?
 

女性をあらためて観察する。尻尾がある気がするのはきっと気のせいだよね?その尻尾が2本もあるし。
 
「ありがとう。疲れてない?」
「600kmくらい飛んできたから少し疲れたかな」
 
(イオリは6階西湖の部屋に置かれている“鏡”を使って伏見にジャンプし、そこから薩摩川内市まで約600kmを80km/hほどで飛んできた)
 
「お茶かおやつか要らない?」
「私“キツネ舌”だから熱いのは苦手。冷たいお茶なら歓迎。お稲荷さんとかあったら嬉しいけど、おやつも歓迎」
 
「今お茶とお菓子持ってくるよ」
 
それで真和は台所の冷蔵庫から伊右衛門を持って来て、かるかんまんじゅうもあげた。
「このお菓子、100年くらい前にも食べたことある」
「へー。鹿児島県の名産品なんだよ。そうだ?お稲荷さんは無いけど、油揚げだけなら、あるけど」
「欲しい!」
 
それで冷蔵庫の中に入っていた寿司揚げのパックを持って来てあげた。美味しそうに食べている。
 
彼女が油揚げを食べている間に真和は封書を開けて中を見る。
 
取り敢えず元紀姉には「手紙届いた。ありがとう」というメールをしておいた。
 

「もし時間あったら、待っててくれたらお稲荷さん買ってくるけど」
「あ、お願い。私ここで1日くらい休んでていい?」
「いいよ!でもお母ちゃんに見られたら驚くから、押し入れの中とかでもいい?」
「あ、そのほうが落ち着く」
ということでイオリさんは押し入れの中に入って寝てしまった。
 
真和は少し考えた末に、Tシャツとスカートという格好で出掛けて自転車でスーパーまで行き、お稲荷さん6個入りを4パック買った。そして買物しながら考えた。
 
元紀姉の手紙によればあの呪符を下腹部に描くとそれを目印に“魔女っ子千里ちゃん”が来てくれるらしい。彼女と8月31日に去勢してもらう約束をしたのは、去勢はしたいけど少し怖かったので、自分がもう鹿児島に帰ってるだろう日を指定したからである。
 
もし自分が呪符を描けば“魔女っ子千里ちゃん”は来てくれるだろう。そして自分は去勢してもらえるだろう。去勢はしたい。でもお父ちゃんに叱られないだろうかなどと考えていた(←父をダシにして本当は自分が怖い)。
 
でも姉は言っていた。このまま去勢もせず女性ホルモンも飲まずにいれば身体は否応なしに男性化して二度と元に戻せなくなる。女になりたいなら、去勢するか女性ホルモンを飲むかのどちらかだと。でも去勢するにしても女性ホルモンを飲み始めるにしてもやっちゃったらもう男にはなれなくなる。
 
つまり男になるか女になるか、自分で決めなければいけない。
 
高校1年というのはその決断ができる最後の年だと。
 

イオリさんは寝ているようだったので、お稲荷さんは部屋の中に置く。エアコンが入っているから悪くなることはないだろう。冷蔵庫に入れると硬くなってしまう。
 
自分も布団の中に入って考える。タックしているお股を触ってみる。まるで何も無いみたいで嬉しい。お股にちんちんが付いてるの嫌だ。こういう感じでスッキリしたお股がいいと思う。それは物心付いた頃から思ってた。胸を触る。ブラジャー着けてるから見た目には胸があるように見えるけど、実際は全然無い。男みたいな胸だというのが寂しい。
 
小学校の5−6年生の頃、クラスメイトの女子たちが次々とブラジャー着けるようになっていき、自分は取り残されたような気分になっていた。
 
・・・・・
 
去勢したことばれたら叱られるかなあ?
 
でも性別変更届けなんて書いてくれたんだから、ぼく女の子になっちゃってもいいんだよね?
 
だったら取ってもらおうかなあ。取っても後悔はしないと思う。むしろ早く取りたい。そして姉も言ってたけど、最低限去勢してたら女子制服での登校を認めてもらえるかも。
 
女子制服での登校・・・・
 
したい!
 
そもそももう男の服なんて着たくない!
 

真和はゴミ袋を持ってくると、自分の部屋の衣裳ケースから、男物の下着を全部取りだして袋に詰めちゃった!
 
ブリーフなんて穿きたくない。男物のシャツなんて着たくない。全部捨てチャオ!ぼくはもうショーツしか穿かない。ブラジャー着けてキャミソールを着るんだ。
 
ワイシャツどうしよう?と思ったけど、ワイシャツも捨てちゃう。これでもう自分はブラウスを着て学校に行くしかなくなる。真和は自分を追い込んだほうがいいと思った。
 
ゴミ袋を裏口横の物置スペースに置くと、なんかすっきりした。トイレに行く。おしっこは凄く後ろの方から出る。ぼくもうこのおしっこの仕方がいいと思った。もう男の子みたいなおしっこの仕方はしたくない。
 
そして部屋に戻ると姉が送ってくれた呪符を上下間違わないようにマイネームで描き写した。もちろん「こちらが上」と書かれた方が手前に来るようにお手本を持ち、描き写していく。
 
描き終えたところで12時の時報がなった、
 
これは“ぼく”の男としての人生の終了と“わたし”の女としての人生の開始を祝福する時報だと思った。
 

イオリさんは夕方になって起きてきた。やはり600kmも“飛んでくる”のは重労働だったのだろう。買ってきたお稲荷さんをあげたら喜んで食べていた。
 
彼女がちょうど稲荷寿司を美味しそうに食べていた時、17時頃。
 
スマホに電話が掛かって来た。見ると、藤弥日古(広瀬のぞみ)ちゃんである。彼女とは立場が近いので東京にいる間、随分仲良くなった。
 
「おはよう、ヤコちゃん」
「おはよう、マナちゃん。相談事があるんだけど今少しいい?」
と彼女は言った。
 

藤弥日古は2022年3月16日にタレントになるという妹・真理奈の引越を手伝いに母、もうひとりの妹・留依香と4人で東京に出た。寮に荷物を搬入している時に寮長さんが最初、下の妹・留依香に声を掛けた。
 
「妹さんは信濃町ガールズ入る気無い?団員の姉妹は入りたいと言えば本部生にするよ」
 
留依香は答えた。
「興味はあるけど娘が2人東京に出てきたらお父ちゃんが寂しがるだろし」
 
弥日古は「へー」と思った。留依香はバスケット命で、タレントなどには興味無いかと思っていたのである(*19).
 
この時は留依香が消極的な返事をしたので寮長さんは、弥日古に声を掛けた。
 
「お兄さんは信濃町ガールズに入る気無い?」
 
へ?ぼくが“ガールズ”?
 

「ぼく男ですよー」
「君なら女の子の服を着せたら女の子で通りそうな気がするが」
 
と寮長さん。見透かされた?と思いながらも
 
「勘弁してください」
と言うが、内心ドキドキしている。
 
「お兄ちゃんなら性転換しても行けると思うなあ」
と真理奈は言っている。もちろん真理奈は自分の“性向”を知っている。
 
「何ならいい病院紹介しようか?」
と寮長さん(花咲ロンド)。
 
え〜?紹介してもらえるの?東京の病院ならレベル高そうと思う。
 
今女の子になったら・・・卒業までの残り1年は女子制服で高校に通うことになるのかなあ。振袖着て成人式して。あるいは信濃町ガールズに入れてもらえたら女の子歌手としてデビューする可能性も?などと妄想する。でもお父ちゃん許してくれないかなあ。とても説得する自信無い、などと悩む。それで思わず言った。
 
「どうしよう?」
 
(もちろんロンドはジョークで言っているのだが本人はマジに取っている)
 

(*19) あとから話を聞くと、この時期、留依香を買っていた先輩が卒業してしまい、2年生(4月から3年生)のキャプテンとはあまり合わないので、退部も考えていたらしい。ところが3月下旬になってそのキャプテンが急な転校で福岡に行ってしまい、留依香はそのキャプテンの穴を埋める形でスターターになって、俄然やる気が出て来たらしい。
 
それで留依香は自分で寮長さん宛てに手紙を書き、あの後考えたけど、やはり自分はバスケットに専念したいのでタレントになるのはやめることにします。せっかく誘ってくれたのにごめんなさいと伝えたらしい。
 
留依香はその手紙の中で、「弥日古兄(今の所兄だが姉になるかも←原文ママ)は女の子に性転換してタレントになるの興味あるかも。元々音楽が好きで、楽器もサックスとかトランペット・ホルン・オーボエ・クラリネットとか吹けるんですよ」と書いておいた。
 
(↑弥日古はホルンは吹けない。留依香の勘違い。でもトランペットが吹けるから多分練習すれば短期間で吹けるようになる)
 

その時はそういう会話で終わっていたのだが、6月に今度は副寮母さん(花ちゃん)から連絡があったのである。
 
「無料で性転換手術受けさせてあげるから東京に出て来ない?」
「ほんとですか?でもどうしようかなあ。お父さん許してくれるか分からないし」
 
(この子、やはり本気で性転換したがってるのか?と花ちゃんも思う)
 
「まあ別に今すぐ性転換手術まで受けなくていいからドラマに出ない?男役が足りないんだよ」
「あ、そういうのなら許可が出ると思います。行きます」
 
それで弥日古は父には
「妹の事務所でドラマ撮影するのに男役が足りないらしいから手伝ってと言われてるから」
と言い、母にだけは
「良かったら無料で性転換手術受けさせてあげるよと言われてるんだけどどうしよう」
と打ち明けた。
 
「あんたももう高校生だから自分で判断できると思うけど、“性転換して”後悔することも“性転換せずに”後悔することもないように、よくよく考えなさい」
と言ってくれた。
 
(この時点で母はきっと性転換手術を受けて帰ってくるのだろうと思っている)
 

それで弥日古は7月15日(金)終業式のあと、母に車で宮崎空港まで送ってもらいHonda-Jetblueで熊谷に飛んだ。搭乗する前に母は言った。
 
「あんたが息子だとしても娘だとしても、あんたは私とお父ちゃんの子供だからね」
「うん、ありがとう」
 
(もう完璧に性転換することがほぼ確定と母は思っている)
 
東京に出て来た弥日古を花ちゃんは洋服屋さんに連れて行き、身体の採寸をしてもらった。
「君の身体のサイズで女子高校生制服を作るから」
と言われる。
 
ドキドキ。つまりぼく女子になった後、女子高生として高校に通うのかな?などと妄想する。そして花ちゃんは言った。
「君、女の子の声を出す練習してみない?」
 
それでボイトレに通ったら一週間で女声が出るようになった。
 
こんな可愛い声が自分の物になったなんて嘘みたいと思った。性転換手術を受けても声は男のままという人をたくさんテレビなどで見ている。多くの人がいわゆるオカマ声で話している。性転換した人で、きれいに女声が出てるのって、中村中さんとか岡本知高さんとか少数しか居ない(*20)。でもこんなに女らしい声が出るようになったら、性転換手術が終わった後、普通に女性として見てもらえる、と物凄く嬉しくなった(←完璧に性転換手術を受けるつもりでいる)。
 
(*20) 岡本知高さんは別に性転換はしてない!彼はソプラニスタである。去勢もしていないはず。
 

一方、妹の真理奈がお金を出してくれて弥日古はまず顔のむだ毛のレーザー脱毛を受けた。一週間はマスクが外せないが、そもそも今のご時世ではマスクしてても誰も変に思わない。そして顔のむだ毛の次は、足のむだ毛のレーザー脱毛も受けた。
 
この時期、楽器の演奏も桜野レイアさんに見てもらった。トランペット、クラリネット、サクソフォン、オーボエは合格だと言われた。
「ホルンもできるんだっけ?」
「吹いたことありません」
「楽器貸してあげるから練習しなよ」
「はい。ありがとうございます」
 
またドラムスも覚えてといって指導してもらった。これ結構楽しい!と思った。
 
(レイア直伝!!)
 

ちょうど足の脱毛の跡も落ち着いて来た7月29日から8月6日に掛けて車持皇子(くらもちのみこ)の航海のエピソードを撮影する。これはたくさんセリフもあり、とても楽しい役だった。このエピソードの前半は男装、後半は女装で演じる、その途中、女人国で性転換してしまった時に着たのが東京に出て来た時にすぐ作った女子高生制服であった。なるほどー。ここで着るために制服を作ったのかと理解した。
 
一方で真理奈は信濃町ガールズに入ってなかったら自分が4月から着る予定だった制服を弥日古にあげた。これは弥日古が現在通学している高校の制服でもある。それを着たところを写真に撮って母に送ってあげたら、母も「可愛いね。9月からこの制服で通学するのね?」と言い、父は「お前、金玉取ってこのまま女になるか?」などと言っていた。
 
弥日古は本当に自分がこの制服で通学するシーンを想像(妄想)してドキドキしていた。
 

車持皇子の航海の撮影をしている最中。
 
女人国では皇子以外全員性転換してしまうのだが、弥日古が演じる船頭は航海のメンバーの中で最後に性転換する。それで「女子高生制服に着替えて下さい」と言われて船のセットから離脱し、セットの近くに用意されているドレッシングルームで着替えた。そして出ていこうとした時、山村マネージャーに声を掛けられた。
 
「お前、ちょっと喉貸せ」
「はい」
 
それで山村さんがしばらく喉に手を当てていた。
 
「これでいいぞ」
 
喉仏が無くなってる!
 
「喉仏必要なら後で元の状態に戻してやるけど」
「いえこのままでいいです」
「だったらそのままで」
 
「お前、女の子になりたいよな?」
「なりたいです!」
「撮影が終わった後、女になりたかったら俺に連絡しろ。女にしてやるから」
と言って名刺をもらった。
 
そうだよね。多分手術したら一週間くらい動けないだろうから、性転換するのは撮影が終わってからだよね、とこの時は思った。
 
でも山村さんって“俺女”なのね。どこか田舎の出身なのかな(←山村を女と思ってる)。
 

弥日古が急速に女性化しているっぽいのを心配した寮長(花咲ロンド)は弥日古に精液の冷凍保存を勧めた。ところが精液の保存をするためにはその前一週間程度の禁欲が必要である。これが全く自信が無かった。
 
そもそも撮影時以外はずっと女装していて、撮影所にも妹からもらった女子高生制服で出入りしているという状況は刺激が強すぎて、弥日古は日に2〜3回自慰をしていた。
 
悩んでいたら航海エピソードで競演している鈴原さくらちゃんが
「タックしておけば触れないからオナニー我慢できるよ」
と言った。
「タック?」
「あ、知らない?やってあげるよ」
 
それで彼女が弥日古の泊まっているマンションの部屋まで来てやってくれた。
 
「凄い!」
「知らなかったんだ?」
「これ画期的ですね!」
「何かもう性転換手術受ける必要が無いって感じだよね」
「ほんとですね!」
 
それで弥日古は8月中に4回、精液の採取をした。精子はとっても元気という話だった。ここしばらく毎日何度もオナニーしてたからかもと思った。しかしこの精液採取をしていたので、弥日古は8月中は性転換することができなかった。それに鈴原さくらちゃんが言ったように、タックしてたら性転換手術を受ける必要が無い気がしてきた。まあこの状態では男の人と結婚できないだけかな。
 
弥日古は女の子にはなりたいけど、恋愛対象はむしろ女の子なので、男の人とセックスすることにはあまり興味が無い。
 

撮影は若干の撮り直しもあったので、8月6日が過ぎたあとも、何度か千葉の撮影所に行った。それ以外にも弥日古は楽器が色々できるので、音源制作やテレビ番組などでのリアル伴奏も頼まれた。そういう時はスカートを穿いて出て行っていた。
 
真理奈はもう自分のことを“やーお姉ちゃん”あるいは単に“お姉ちゃん”と呼んでくれるようになった。
 
ドラマの制作が完全に終了した後は男子寮に移動したが、ここでセレン・クロムから幾つか注意された。
 
しばしば部屋のドアノブにビニール袋が掛けられているのは“怪人X”の仕業。お洋服やおやつなどはもらっていいが、機械類はとても危険なものが多いので捨てたほうがいい。“栄養剤”と書かれているのは女性ホルモンだから飲まないほうがいい
 
ドアノブのビニール袋は毎日掛けられていた。栄養剤と書かれているものは確実に飲んだ!そして3日目の夜、“おっぱい”が入っていた。
 
弥日古は「これすごーい」と思って、シャワーを浴びて身体をきれいにした上で胸に貼り付けた。鏡に映してみると豊かなおっぱいがあって、完全に女の子になっちゃった感じである。お股はタックしているから余分なものがぶらぶらすることもない。喉仏はすっきりしている。完璧な女体ヌードを記念撮影しようと思い、自分のスマホで撮影した。
 
(この写真が真理奈に見付かり、真理奈がこれを母に送ってしまい、両親は“とうとう性転換手術したのか”と思った)
 

精液の採取の4回目は
「少し活動性が悪いけど顕微鏡受精すれば大丈夫ですよ」
と言われた。
 
やはり女性ホルモン飲み始めたせいかなあと思った。
 
結局弥日古は山村さんに連絡してない。毎日お仕事があって、忙しくて性転換などしてられなかった!またロンドちゃんからも「本気で性転換手術受けるなら未成年でも手術してくれる病院紹介するけど」と言われたが、10月に来た時に考えますと言っておいた。
 
弥日古は8月30日の舞音ちゃんのライブ(越谷の小鳩ホール)でスカートの制服(正式にもらった)でバックダンサーを務めたあと、熊谷の郷愁飛行場から宮崎空港まて送ってもらった。
 
スカート穿いたまま帰宅したらお父ちゃんに叱られるかなと少し不安があったが父は叱ったりせず上機嫌で、高校の女子制服を着てみるよう言った。着てみせると両親も妹も「似合ってる」と喜んでくれた。
 

そして9月1日、学校に登校するのに制服を着ようとしたら、男子制服が見付からない。ワイシャツも見付からない。仕方ないので女子制服を着て「この制服で登校したら叱られるかなあ」などと妄想していたら母が来て「御飯食べなさい」と言われる。それで女子制服のまま食卓に出ていったが、父は別に怒ったりしない。
 
食事が終わってから、やはり男子制服を探して着替えようと思ったら
「何か忘れ物てもした?」
と聞かれる。
 
「いや男子制服に着替えなきゃと思って」
「男子制服とか捨てたけど」
「嘘!?」
「だってあんた女の子になったから今日からは女子制服で通学するんでしょ?」
 
母の話によると、弥日古の“ヌード写真”を見たので、学校にも性転換したので女子として通学させてほしいと申請し、認められたという。
 
なんでぼくが自分のスマホで撮っただけの写真がこちらにも来てるの〜〜!?
 
「だから安心して女子制服で登校しなさい」
と母は言って女の子らしい可愛いお弁当箱も渡された。
 
ぼく今日からは女子高生なの〜〜〜〜!??
 

それで男子制服ももう無いと言うし(妹の留依香はもちろん男子制服など着ないだろうし、そもそもサイズが合わないので男子制服は捨てたらしい)、仕方ないので、弥日古は不安感いっぱいのまま女子制服で学校に出て行った。定期券は母が買っておいてくれたが、券面に“性別:女”と印刷されている。
 
知ってる人に見られたら変に思われないかなあとバスの中では不安だったが、誰にも会わなかった(たぶん遭遇しても弥日古が気付いてない)。女の子らしい花柄内側のローファーを靴箱に入れる。
 
女子高生としての初登校!!である。
 
恐る恐る教室に行く。
「おはよう」
と声がかかるので
「おはよう」
と返す、自分の席に行くと、クラス委員女子の麻巳子ちゃんが寄ってきた。
 
「先生から聞いてるし、私と保健委員・体育委員・生活委員でも話し合ってるから心配しないでね。ヤコちゃんの扱いは完全に女子だから」
 
「ありがとう」
「あ、女の子らしい声が出るようになったんだ」
「うん。ボイトレに通ったら出るようになった」
「元々、ヤコちゃんの声は女の子っぽかったけどね」
「そうかな」
「きっと女性ホルモンのせいで女の子らしい声になってたんだよ」
「あっそうかもね」
 
なおこの学校は混合名簿なので、性別が変わっても出席番号は移動しない。
 

学期初めで全体朝礼があるので体育館に行く。
 
「ヤコちゃんはここに並んで」
と言われて、女子の列に並んで校長先生のお話を聞いた。
 
その後教室に戻り、担任の先生のお話があるが、結局、弥日古が“性転換して女子になった”ことは、朝礼でも何もふれない。どうもわざわざ取り立てて騒がないようにしようということで、クラスメイトには話が通っているようである。
 
やはりぼくもう完全に女子扱いなんだ。完全に不帰点を越えちゃったと思った。
 
休み時間トイレに行く時は、元々仲の良かった比奈美ちゃんが手を握ってくれて一緒に女子トイレに入った。
 
「ヤコちゃんって元々手を握った感触が女の子の感触だったもんね」
と言われる。
 
あれ〜〜?そうだっけ。
 
「やはりずっと女性ホルモン飲んでたんでしょ?」
「う、うん」
 
ここは話を合わせておいたほうがいい気がした。
 

昼休みにお弁当を食べるが
 
「可愛いお弁当箱だね」
とみんな言ってくれた。女子はみんな“シェリーメイ”と知っていたが男子は知らない子が多く
 
「なんかネズミのキャラクター?」
などと言われる。
「熊だよ!」
 
「熊だったのか。ごめんごめん」
 
ちなみに九州には熊かいない。(1957年に遺体が見付かったのが最後)
 
でも性別が変わっても人間関係は全く変わらないんだなと思った。いつも話してた比奈美ちゃんや一恵ちゃんとは普通に話す。一恵ちゃんには
 
「ヤコちゃん性別変わっても中身は全く変わらない」
と言われた。
「だって中の人は同じだから」
 
「中の人って背中にファスナーがあって、それで男子高校生から女子高校生に着替えたんだったりして」
「それで性別変えられるなら、私男の子になってみたい」
「ああ、一恵ちゃんは昔からよく男の子になりたいと言ってる」
 
ただ、自分が女子高生になったおかげで、夏休み前まではいつも1人でお弁当食べてたのが女子と一緒に食べるのに抵抗が無くなったかなという気がした。
 
弥日古は元々女子の友人が多く、男子の友人は少なかったが、数少ない男子友人の雅友君なども普通に話しかけて来て
 
「やはりヤっちゃんは性別が変わっても性格は変わってない」
などと言っていた。
 

お昼休みはお弁当を食べた後で職員室に行き、新しい生徒手帳用の写真を撮られた。
「新しい生徒手帳は来週には出来てくると思うから」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
 
そういう訳で、弥日古はその日、女子高生として無難に1日を送ってしまった。
 
性別が変わったと言っても特に何も変わらないんだなあ。女子トイレを使えるようになったくらい、などと思う。明日は時間割に体育あるけど、特に問題無いよね。ぼくテレビ局では女性用控室で他の女性たちと一緒に着替えてたし、などと思う。しかし、終わりの会で、弥日古は衝撃的な言葉を聞いた。
 
「明日の体育は水泳ですから、各自水着とバスタオル、着替えなどを用意してきてください」
と体育委員が言う。
 
水着か。スクール水着買って来なくちゃと思った。7月の水泳の授業は男子水着とか着たくないから全部見学しちゃったけど、これからは女子水着で出ればいいから、凄く気楽になるなと思う。ぼくのヌードは女の子にしか見えないから、更衣室も多分何とかなるだろう。
 
ここまでは良かった。
 
「春にコロナの影響で中止になり延期していた心電図検査と内科検診を、月曜日の午後に今月の身体測定と一緒に実施します」
と保健委員が言った。
 
心電図検査〜〜〜〜!?
内科検診〜〜〜!?
 
身体測定くらいなら、女の身体でないことを誤魔化しきれる自信あるけど、心電図検査でブレストフォームではきっと機械が反応しない。そしていくらなんでも内科検診だとお医者さんにはバレる!
 
(花園裕紀みたいにブレストフォームで内科検診・心電図検査を乗り切った人もいますけど?)
 

学校の帰り、しまむらに寄り、お店のお姉さんにサイズを測ってもらって女子用の競泳用水着を購入した。ここの高校ではワンピース水着で、華美でないものであればOKである。基本的に競泳用水着推奨なので、それにした。一恵ちゃんたちが「水着選ぶの手伝ってあげようか?」と言ったが遠慮した。
 
絶対恥ずかしい水着を選ばれるに決まっている!
 
他にビニールの水着入れ、着替え用バスタオル、ゴーグル、水泳帽なども買った。
 
そして自宅に戻りながら、弥日古は水泳の授業のことより、週明けの内科検診や心電図検査のことを考えていた。
 
絶対ヤバい気がする。
 
そして自宅に帰ってから少し考えていて、ある人物に電話した。
 
 
前頁次頁時間索引目次

1  2  3  4  5  6  7 
【夏の日の想い出・止まれ進め】(5)