【夏の日の想い出・止まれ進め】(4)

前頁次頁時間索引目次

1  2  3  4  5  6  7 
 
萌花からの返事はお昼休みに見た。
 
《こちらの荷物に間違って入ってたみたい(←もちろん本当は取り上げた)、ズボンとか要らないでしょ。女子の制服はスカートだし。こちらで捨てとくね》
 
《捨てないで!スカートで登校とか恥ずかしくてできないよぉ。こちらに着払いでいいから送ってよ》
 
《女子高生になったんだからちゃんとスカートで登校すればいいと思うけどなあ》
《そんなこと言わないでお願い》
《はいはい》
 
ということで一応送ってもらえることになった。
 
「よかったぁ。何日も下だけ体操服で登校とかできないし」
と日和は思った。
 
ちなみに日和の身体に合うような小さいサイズの“女子用”学生ズボンなんて既製品には無いのでオーダーする必要があり、頼むと1週間は掛かる。むろんウェストとヒップの比率の問題で男子用では合わない。
 
五月は
「もう今更なんだから、いいかげんスカートで登校すればいいのに」
と言っていたが。
 
その日学校では
「ライブ見たよ。ひよりちゃんヴァイオリン弾けるんだね」
「やはりこのまま信濃町ガールズに入るの?」
などと言われて
「実は迷ってる」
と正直に答えた。
「ウィンターカップ終わってから考えるよ」
「なるほどー」
 
本人はそのことより、スカート姿をみんなに見られたって恥ずかしーなどと思っている。
 

水戸市に住む杜屋鈴世(もりや・りんぜ)は7月29日(金)、タレントになるといって2日前の27日に東京に出て行った妹・幸代(水巻イビザ)からの電話を受けた。忘れ物でもしたのかと思って出ると、幸代はいきなりこう訊いた。
 
「お兄ちゃん、もう性転換した?」
「・・・まだしてないけど」
と答えながらも少しドキドキする。
 
「男役ができる人を探してるのよ」
「は?」
 
「アクア主演のドラマの撮影をするんだけどさ、うちの事務所が端役をまとめて3000万とかで請け負ったらしいのよ。でもうちの事務所女ばかりだから、兄弟とか居る人頼めないかと言われて。お兄ちゃん、まだちんちん付いてたらやってくれない?」
「へー。でもぼくあまり大した演技できないよ」
 
でもちんちんの有無が関係あるのか?まさかエロ動画とか撮るんじゃないよね?
 
「今感染対策でエキストラが使えないらしいのよね。エキストラ使うには5日前から隔離して外部と接触しないようにしないといけないから、その間の宿泊費、食費、そしてその人が宿舎から外に出て飲み屋さんとか行ったりしないように、そして相互で接触して飲み会とかしたりしないよう監視する警備員の費用とかまで入れて1時間の撮影でも1人30万円くらい掛かるらしい」
 
「そりゃ大変だ」
 

「だから撮影中は外出しない、多人数集まっての飲食をしない、とかのルールを守ってくれることを期待できるタレントの家族を使いたいらしいのよ。規律と監督の指示さえ守ってくれたら、この際演技力は問わない」
 
「なるほどね。ぼく程度でもいいのなら、していいよ。いつ行けばいいの?」
 
「8月7日まで主演のアクアちゃんの予定があかないらしいからそのあと制作するんじゃないかな」
 
「じゃ8日くらいに行けばい?」
「あまり早く来てもすることないだろうし、12日くらいでいいんじゃないかなあ」
 
(↑この娘は半分しか話を聞いてない)
 
「そう?じゃ12日に出て行くね」
 

それで鈴世が8月12日に出て行くと、
「え〜〜!?今出て来たの?」
などと部長さんから言われる。どうも大半の撮影は既に終わっていたようだった。もっと早く出てくればいいのなら、幸代のやつ、そういえばいいのに!と思った。
 
(全くである)
 
でも部長さんは
「せっかく出て来てくれたから」
と言って、和紙の集積所?の主人とかいう役を作ってくれた。
 
それで奈良時代の平民の服というのを着せられ、美豆良(みづら)髪の鬘(かつら)を着けて店頭でお客さんに挨拶する所、お客さんに説明する所をその日に撮影、翌日には同じ衣裳で、本店の番頭さん?と製紙工場長さん?の3人で会議をしている所を撮影した。その他、アフレコをお願いしますと言われ、最初短いセリフの吹き替えをしたのだが
 
「あんた。上手いね。だったらそれやめてこれやって」
と言われ、鈴原さくらちゃんのセリフをかなり吹き替えた。
 
鈴原さくらちゃんが演じる旅村という従者(ずさ)は航海の前半は男の姿だが後半では性転換して女の姿で出ている。性転換した後は本人の声でいいが、前半男の格好で出ていたところの声を吹き替えた。
 
「君は雰囲気がさくらちゃんに通じるところがあるから、親和性があっていいよ」
などと女性の監督さん(?)が話していた。
 
鈴原さくらちゃんって可愛いよね。多分デビュー予備軍なんじゃないかなあと思って見ていたので、その憧れのさくらちゃんの吹き替えというので気合が入った。彼女に握手もしてもらったので感激した(←鈴世はさくらを女の子だと思っている)。
 
さくらちゃんの手は柔らかくて「女の子の手っていい感触だなあ」と思った。
 

鈴世同様、信濃町ガールズのメンバーのお兄さんで制作に参加している松崎兄弟(元紀・真和)の喉に、アクアのマネージャーさんが手を当てて何かしていた。
 
「あ、アバサちゃんもしてもらうといいよ。喉仏が目立たなくなるから」
と松崎真和ちゃんが言った。彼は凄く女の子っぽくて、きっと自分同様睾丸の働きを阻害する何かをしてると思っていた。
 
それで
「私もお願いしまーす」
と言うと、マネージャーさんは鈴世の喉に手を当ててしばらく何かしてた。
 
「もういいよ」
と言われて手を放す。それで自分の喉を触ってみると、喉仏が無くなっていた!
 
嬉しい!
 
これまで隠すのに苦労してたのよねー。
 
「まあ男性化を止めて女性化を進めるのが10代の男の娘の課題だな」
などとマネージャーさんは言っていた。
 
それで気付いた。この人MTFだ!全然気付かなかった。普通のおばちゃんに見えるのに。でも音楽業界って、そもそも性別の微妙な人多いよね?
 

鈴世は制作中、ずっと妹(水巻イビザ)が住んでいる寮の近くにあるマンションに部屋をもらって生活していたが、食事が無料で配送してもらえるのは助かった。
 
撮影は千葉市のドーム球場みたいに広い屋根付きスタジオで行われる。ここに居る間は食事はお弁当が配られ、各々個室で食べる。仲の良い同士や兄弟姉妹などで一緒に食べるのは良いが、5人以上集まっての飲食は禁止と言われた。でもここのスタジオは天候に左右されずに撮影できるので、ほとんど予定がくるわずに撮影スケジュールが進んでいたようである。
 
制作終了後も
「今夏休みだし時間あるよね?」
と言われ、あけぼのテレビのドラマに(むろん男役で)出たり、空いてる時間には女子寮の地下にあるレッスン室でトークや朗読、演技、また歌のレッスンなどにも出た。
 
撮影終了の2日後に、副社長さんが来て訊いた。
「何か不便してることとかはない?」
「特にないです。快適ですね。食事無料ってのもいいし」
「何なら性転換して信濃町ガールズに入る?ずっと無料だよ」
 
ドキッ。
 
自分が女の子になっちゃった状態を想像する。女の子になったら女子制服を着て学校に行くのかなあ。それもいいなあ。成人式は振袖を着て。ブラウスにタイトスカートとかで会社勤めをして、その内花嫁さんになって・・・
 
妄想している内に副社長さんがこちらを見ているのに気づき、我に返る。そして言った。
 
「ぼくの実力じゃ無理だと思います」
 

鈴世は女装はわりと好きである。実は自分のスカートを持っている。姉の月夜の服のお下がりを彼が着て、そのお下がりを幸代(イビザ)が着ていた。服のリユーズはそこまでて弟の和誉(かずほ)は男の子でもあるので新しい服を買ってもらう。
 
つまり実は鈴世は“女子サイクル”に組み込まれていて、制服や学校に着て行く服以外は、あまり男物の服を持っていない。普段着のズボンとかも実は女子仕様である。彼は W61 H89 で、男物のズボンが穿けない。学校の体操服も姉が着ていた女子用を着ている。
 
実は姉・月夜が高校時代に着た(女子)制服を今は彼が持っている。もっともその制服ではさすがに登校していない。一応男子制服で登校しているが、実は上着だけ男子制服でボトムは汎用品の女子用スラックスを組み合わせている。実はこのスラックス、前開きがダミーだが、彼は小便器は使わないので問題無い。
 
幸代が高校生になったら今鈴世が持っている女子制服を着るかも知れなかったが、幸代は東京に出て行ってしまったので、この後、この女子制服を着る人のあては無い。弟は女子制服を着ないだろうし。
 
そもそも弟は身体が大きいので、月夜や鈴世が着た服はサイズ的に入らない。月夜・鈴世・幸代の3人、そして彼女たちの母は服が共用できる。実はジーンズのパンツなど誰の物か分からなくなりがちである。
 

副社長は鈴世を女子寮地下の音楽練習室に連れて行った。副寮母さんも来た。ピアノの音に合わせてドレミファソファミレドで歌う。
 
「結構音域は広いね。F3からE5まで2オクターブ出てるじゃん」
「これで“ぼくの実力じゃ無理です”は無いわ」
 
E5まで出たのか。これまではD5までしか出なかったのに。やはり喉仏を消してもらった効果かなと思った。きっとそれで高音が出やすくなったんだ。
 
「でも声が出るだけでほんと下手なんですよ」
「じゃ『帰れソレントへ』を歌ってみて」
「Cの音を下さい」
と彼は言った。この曲はCから始めるとC-minor / C-Major になり最高音はE♭5 である。しかし花ちゃんはDの音をあげた。Dで始めると D-minor / D-Major になり、最高音は F5 である。彼はさっきは E5 までしか出なかった。
 
彼はナポリ語(*15) で歌い始めた。
 

Vide 'o mare quant’e bello,
spira tanto sentimento,
Comme tu a chi tiene mente,
Ca scetato 'o faje sunna.
 
海を見てください。何と美しいのでしょう。
海は多くの感情を呼び起こす。
君を人々が見る時のように
まるで夢でも見ている気分になる。
 
Guarda, gua’ chistu ciardino;
Siente, sie’ sti sciure arance:
Nu profumo accussi fino
Dinto 'o core se ne va…
 
この庭を見て
そしてオレンジの匂いを嗅いで。
その素敵な香りは
君の心にそのまま入るだろう。
 
E tu dice: "I’ parto, addio!"
T’alluntane da 'stu core…
Da la terra de l’ammore…
Tiene 'o core 'e nun turna?
 
そして君は言った。“行くわ。さよなら”と。
君は僕の心から去ってしまった。
この愛の国から。
君はもうここに戻る気はないのかい?
 
Ma nun me lassa,
Nun darme stu turmiento!
Torna a Surriento,
famme campa!
 
僕を捨てないでくれ。
僕にこの苦しみを与えないでくれ。
ソレントに帰ってきてくれ。
僕を助けてくれ。

(*15) イタリアで話されている言語は地方ごとにかなりの差がある。お互いに意志疎通が困難なほど違う。一般に日本で“イタリア語”という時は、トスカーナ方言をベースにした標準語を言う。しかし一般にカンツォーネはナポリ語で歌われており、そのままでは他の地域の人には理解できないので、イタリアのテレビでは標準イタリア語の字幕が付加される。
 
『帰れソレントへ (Torna a Sorrento)』(作詞:Giambattista de Curtis (1860-1926)、作曲:Ernesto De Curtis (1875-1937))はナポリ語で書かれている。鈴世はその原詩で歌った。きっと音楽の時間にこの歌詞で習ったのだろう。
 
この歌詞だけ見るとまるで自分を捨てた恋人に戻って来てくれと言っているようであるが、実はこの歌は、首相がソレントに来訪した時のレセプションの席で歌われた歌で、ソレントの下水道整備のための予算を出してくれるという約束があったのを実行して欲しいと懇願して歌われた歌らしい!
 

さて、この歌で最高音を歌う所は最初のほうに1ヶ所と後のほうで1ヶ所の2ヶ所である。1ヶ所目では彼はその音を出そうとしたものの声が出ず、空振りした感じになった。しかし2ヶ所目ではきれいにF5が出た。
 
彼が歌い終わったところで副社長は言った。
 
「なるほど、君が自分は信濃町ガールズのレベルではないと言った意味が分かった。君ってリズム感があまり良くないんだ」
「そうなんです。今もだいぶ出出し(でだし)のタイミングを失敗しました。ダンスなんかでも人とタイミングが合わないんですよ」
「そしたらバックダンサーとかにも使えないなあ」
と副社長は残念そうである。
 
「リズム感さえ何とかなれば歌自体はかなりうまい部類」
「それ音楽の先生にも言われます」
「ところで今私はCではなくDの音をあげた」
「え?そうだったんですか?」
「だから君は今F5まで出た」
「すごーい」
「君アルト歌えるでしょ?」
「はい。リズム感が悪いこと除けば。音楽の時間のアルトパートはだいたい歌えます」
 
「取り敢えず性転換してみる?」
 
ドキッ。
 
10秒ほど妄想中・・・・・・・・・・
 
「でももう少しうまくならないと、信濃町ガールズにはなれません」
 
(結局「性転換する?」という質問には答えてない)
 

彼は月末までメゾン・ドゥラ・カデットに滞在した。
 
彼は妹から
「東京に居る間だけでも女の子の服着てればいいよ」
と言われ、実際レッスンなどにはスカートを穿いて出ていた。
 
「もうお姉ちゃんと呼んであげようか?」
「・・・・・」
「じゃ呼んであげるね」
 
ということで、彼はすっかり
「水巻イビザの姉の水巻アバサでーす」
と自分でも名乗っていた。
 

幸代(イビザ)は自分で煽っておいて、少し不安になった。それで女子寮の看護師・山口さんに相談した。
 
「うちの姉の精液を冷凍保存してくれる病院とかあったら紹介してもらえませんか」
「ああ、海老原さんに付き添ってもらおう」
 
本人に訊いてみると、自慰はもう3年くらいしてないというので、そのまま採取できる可能性があると考える。それでいつも男子寮の住人の精液保存をしてくれている病院に連れて行った。鈴世はスカート姿でいいのかなあと思ったものの海老原さんは
 
「男子寮の住人はスカート穿いてる子ばかりだから全く問題無い」
と言っていた。彼がスカートを穿いていてもお医者さんは何も変な顔はせず
「自分で射精できる?」
と尋ねた。
「もう3年くらいしてないので自信ありません」
と正直に言う。
「もし自分で逝けなかったらローター使ってみようか」
と言われた。
 
実際自分ではどうしても逝けなかったが、ローターでかろうじて射精に至り、その液を採取した。お医者さんが顕微鏡で確認している。
 
「密度が低いけど活動性はいいから、濃縮すれば使えると思う」
ということだった。
 
密度は低いけど活動性はいいって、やはり睾丸ってしぶといなと鈴世は思った。
 

「でも精液保存したから、これでいつでも去勢できるね」
と幸代が言うと鈴世は無言になった(妄想中)。
 
「・・・・・」
 
ああ、悩んでる悩んでる。きっと去勢したいけど、親に叱られそうで実行できないのだろう、などと幸代は思った。
 
一応彼も10月の時代劇の撮影に出て来てくれることになった。
 
「“男役”を頼むね」
と副社長は言った。
 
たいてい煽るゆりこも、この子にはストッパーを掛けないとやばい気がした。下手すると10月に出て来た時はもう性転換済みだったりしかねない!
 
「はい!」
と彼は悩むように答えた。彼にも一応信濃町ガールズのユニフォームをあげた。もちろんあげたのはスカートタイプのみである!
 
ユニフォームを着けて妹と並んだところを仲の良いサリナちゃんに写真撮影してもらった。母に写真を送ってあげたら「ふたりとも可愛い!」と喜んでいた。父にも見せたが呆れてたらしい。
 

8月31日に彼を迎えに来た母は、高校の女子制服を着ている鈴世を見て
 
「あんた性転換手術受けた?」
と訊いた。
 
「まだ我慢してる」
と彼は答えた。
 
幸代も含めて3人で2時間ほど、幸代の部屋でおしゃべりしてから車で帰る、
 
「明日からはその制服で学校に行く?」
と訊くと、鈴世は10秒くらい悩むようにしてから
「どうしよう?」
と反問してきた。
 
これが「私女子制服で通学したい」と本人が言い出すまではそのままでもいいかなと母は思った。彼は女子制服のまま帰宅したが、その格好を見た父は
「おお、可愛い、可愛い」
と笑顔で言った。
 
彼がスカート穿いてるのはいつものことなので、父も今更怒ったりはしない。
 
彼はこの制服で通学したいよぉと思った。
 

七石プリム(杉本ひかり)は、夏休みが始まるのと同時に男子寮304から女子寮A608に部屋が移動された。終業式が終わって男子寮に戻ると、もう寮自体に入れなくなっていて女子寮に行ってと言われる。女子寮の指定された部屋に入ると、男子寮の荷物が丸毎そこに移動していたので呆れた。そして不安を覚えた。
 
「ぼく夏休みが終わった時、男子寮に戻れるのだろうか。このままずっと女子寮に住んで女子中学生としてこちらの中学に通ってねと言われたりして?」
 
でも女子寮に住んでいると、あけぼのテレビの五反野サテライトまですぐなので、あけぼのテレビに出演するのがとても楽であった。それで松島ふうかとかは言っていた。
 
「ひかりちゃん、正式に女子寮に移っておいでよ。そしたら9月以降、17時台を担当してもらえるし」
 
確かにぼくもおしゃべりするのは好きだけどねーと思った。
 
足立区のE中学に通っている子だけが、17時のあけぼのテレビの番組に間に合うのである。
 
「どうしても男子寮に住みたいのなら、男子寮からこちらのE中学に通う?」
「それはあまりにも大変な気がする!」
 

8月31日の朝、ひかりはサロンに呼ばれた。
「まあ座って」
と花ちゃんから言われて椅子に座る。ひかりはあけぼのテレビに行くのにレディスーツ(ボトムはもちろんスカート)を着ている。
 
ミルクティーが出てくる。ケーキも出てくる。それをゆっくりと飲んで食べたところで尋ねられた。
 
「女子寮の生活楽でしょ。女の子ばかりだから変に構えなくていいし」
「そうですね。男子寮より緊張しないのは確かです。隠しカメラ仕掛けられるのだけ阻止すればいいし」
 
花ちゃんは笑っている。
 
「君E中学の制服も持ってたよね」
「はい、持ってます」
「どうする?このまま女子寮の住人になって、E中学に通う?」
 
ひかりは答えた。
「まだしばらくは男子寮の住人でいたいんです。戻して下さい」
「了解了解。帰るフロアは4階でいいよね?」
「え〜〜!?」
 

ゆりこ・花ちゃん・ロンドの3人で話し合ったのだが、
 
「どう考えてもプリムに睾丸は存在しない。あるいは完全機能停止している」
 
という結論に達したので、本人がどうしても男子寮に戻りたいと言った場合は4階に入れることにしたのである。
 

ということで、プリムは男子寮に戻ることはできたものの“女の子”フロアの4階に移動されてしまった。
 
彼はその日の仕事を終えてから夕方男子寮に戻った。40日ぶりの橘ハイツが凄く懐かしくて実家に戻った気分だった。
 
女子寮はパレ・ドゥラ・メール "Palais de la Mer" 龍宮城でお魚さんたちと遊ぶ所、こちらは橘ハイツ、たちばな→キツ→キツネでおキツネさんたちと遊ぶ所かな。お魚の海とおキツネさんの陸で対比になってるんだ!と思う。
 
(ひかりにはこのマンションに住んでいる?おキツネさんたちが見える。彼女たちは色々ひかりに親切にしてくれる。「ひかりちゃん、完全な女の子にしてあげようか?赤ちゃん産めるようになるよ」と言われたけど、怖いので取り敢えず遠慮しておいた)
 

住人たちが歓迎してくれた。
 
「Welcome back to Boys' Dormitory」
とセレン・クロム。
 
「Welcome to girls' floor」
と鈴原さくら。
 
部屋は401(夢島きらら) と403(鈴原さくら) の間の402 になった。彼(彼女)は半年もしないうちに、203(男の子フロア)→304(男の娘フロア)→402(女の子フロア) と移動したことになる。
 
部屋の中身は今朝までの女子寮608号室の状態がそのまま再現されていたので呆れた。
 
結果的にプリムのidカードの性別は女子に変更された。女子の性別になってないと、男子寮4階には入れない。
 
性別が男→男子寮2-3F○ 4F× 女子寮×
性別が女→男子寮2-3F× 4F○ 女子寮○
 
但し性別が男でも女子寮OKのフラグが立っていると、女子寮に入れる(男子寮4Fには入れない)。今これが立っているのは、花園裕紀のみ。ただし、セレン・クロム・パフェの3人は顔パスでゲートを通してもらえる。
 

松崎元紀は薩摩川内(さつませんだい)市の出身で、鹿児島市の高校→福岡市の大学と進学して、現在法学部の1年生である。男らしく中学高校の野球部で活躍し、現在は鹿児島市の大学に通い野球をしている兄に対して彼は運動が苦手で、中学・高校と英語部に居た。数学や理科も得意なので高校の先生は医学部を勧めたが「人の命を預かる仕事はできない」と言って法学部を選んだ。将来的には司法試験を受けて民事の弁護士になるか企業の法務部に入りたいと思っている。
 
夏休みはバイトでもするつもりだったのだが、弟の真和(まさかず)から電話がある。
 
「典佳が入ったプロダクションでさ、ドラマ制作で端役をしてくれる男の子を募ってるらしい。モラルの問題で、タレントの兄弟限定らしいんだよ。ギャラは演じる役割によって5万から50万くらいらしいんだけど、もと兄ちゃん、やる気無い?たか兄ちゃんはやると言ってる」
 
「やる。東京に行けばいいの?」
「藺牟田飛行場まで迎えのビジネスジェットをやるって」
「藺牟田飛行場?ビジネスジェット?」
 
彼はバイトの金額よりそちらに興味を持った。
 
プライベート飛行場にビジネスジェットなんて、そう簡単に体験できるものではない。
 
それで、電話を受けるとすぐ、つい先月、3万円!で買った中古(大古?)のタントに飛び乗り、薩摩川内市まで一晩で走った。
 

タントを買ったのは、安かったのもあるが、“女の子らしい”車だからであった。彼は元々女性指向があり、大学に入るとすぐにスカート、ブラジャーを数着、女の子パンティをたくさん買って、それを日常的に着るようになった。ダイソーで化粧品を買い、メイクの練習もした。眉毛はもちろん細く切り揃えた。
 
まだ女の子の格好で大学に出て行く勇気は無いが、女の子の服を着て
 
(1) ゴミ捨てに行く
(2) 自販機までジュースを買いに行く
(3) コンビニに行ってくる(声を出さなくて済む)
(4) 地下鉄に乗って天神まで往復してくる
(5) 天神の本屋さんに行ってくる(本棚で隠れるからあまり見られなくて済む)
(6) マクドを買ってくる(声を出して注文する)
 
などと少しずつ女装外出に慣らしていった。
 
顔のむだ毛は毎日時間は掛かるが毛抜きで抜くことにした。剃るのではどうしても剃り跡が残るからである。足の毛はソイエの抜くタイプを使ってみたが物凄く痛いので剃るので妥協した。
 

5月には生まれて初めて美容室なるものに行った。実は彼は高3の春以降髪を切ってない。先生に注意されても勉強が忙しくてで押し通した。それでかなり髪が伸びている。
 
「あーりんみたいな髪型にできませんか?」
と言って“LARME”から切り抜いた佐々木彩夏の写真を見せる。
 
「もしかして女の子っぽい髪型にしたいの?」
「はい」
「OKOK。可愛くしてあげるね」
と言って、美容師さんは凄く可愛い髪型にカットしてパーマも掛けてくれた。
 
自動車学校は女装で通う自信が無かったので、男装で通っていたが、しばしばトイレで「ちょっと女子トイレが混んでるからって男子トイレに入らないでよ」と注意された。でもこの時点ではまだ女子トイレを使う勇気は無かった。
 
でも免許試験場の写真撮影では、スカートを穿き、お化粧した写真で写っちゃった。女の子っぽい写真の運転免許証を手にして、凄く嬉しい気分になった。免許証って性別が表面に印刷されてないのが凄くいい!
 
この運転免許証を使って、銀行口座も「まつざき・もとき:女」の名義で作っちゃったし、市立図書館の登録証もやはり女性名義で作った。
 

車を入手してからは、週末ごとに女装で車に乗ってあちこち出掛けた。糸島の二見ヶ浦(夫婦岩がある)、太宰府天満宮・だざいふ遊園地、津屋崎のおっぱい山、南畑ダム、などなどに出掛けて、リモートシャッターで自分を入れた記念写真も撮った。
 
だざいふ遊園地では生まれて初めてナンパされる経験をしたが、女でないことがバレない自信が無かったので「友だちと来てるので」と言って逃げた。
 
4ヶ月ぶりの帰省では、行程の大半を女装で走り、向こうに到着する少し前、道の駅阿久根で休憩してトイレに行った後、メイクを落とし、スカートを脱いでズボンを穿いた。でも実はストッキングは履いたまま!もちろん下着は全部女の子下着でブラジャーも着けたままである。
 
飛行機に乗る時は、パイロットさんから
「お兄さん3人と聞いていましたが、お兄さん1人とお姉さん2人になったんですね」
と言われ一瞬互いに顔を見合わせた。
 
「はい。予定が変わったんです」
と貴美(たかよし)兄が言って、それで運んでもらった。
 
なお、貴美兄は“ドライブしたい”友人がここまで送ってくれたらしい。
 
友人って・・・多分女の子だよね?と元紀は思った。兄は中学時代から女の子にもてていた。兄へのラブレターの仲介までよく頼まれていた。女の子たちからは自分は同性に準じる存在と思われていたようである。
 

「“お姉ちゃん”去勢したの?」
とスカートを穿いている!真和(まさかず/まな)が訊いた。
 
「まだしてない。手術代も無いし」
「あれ30万円くらいするみたいね。犬の去勢なら安いのに」
 
でもさすがに獣医さんに去勢を頼む訳にもいかない。
 
「ホルモンは?」
「まだ飲んでない」
 
実を言うと買ったけど怖くてまだ未開封である。
 
貴美(たかよし)兄は
「どうもうちの兄弟は女2人・男3人になってしまいそうだな」
などと言っていた。
 
もちろん典佳(のりか:月城たみよ)を男の子に分類している!
 
「まあ男5人の兄弟なら2人くらい女の子になってもいいよね」
などと真和(まな)は言っていた。
 
「お姉ちゃんもスカートに穿き換えたら?いつもスカート穿いてるんでしょ?」
「着替えちゃおうかな」
 
ということで、結局、元紀もスカートに着替えてしまった。
 
「でもまーちゃん、随分荷物多いね。まるで引越でもするみたい」
「のりの奴が何も持たずに東京に行って、荷物は後で送ってなんて言ってたんだよ」
「のりらしい」
「だから結局、ぼくが持って行くことになった。お母ちゃんと2人で荷造りしたけど大変だった」
「ああ」
「この荷物、のりの部屋に運び込むの手伝って」
「OKOK」
 

結局それで元紀も真和もスカートを穿いたまま、熊谷から東京五反野の女子寮に行き、3人で荷物を典佳の部屋に運び込んだ。この時、元紀と真和は"Guest"と書かれた入館証をもらったが、貴美兄は写真を撮られて、運転免許証で本人確認された上で名前・写真入りの特別入館許可証を発行してもらって首から下げていた。でも貴美兄がいちばん戦力になった。
 
3人は、女子寮近くのメゾン・ドゥラ・カデットに案内された。貴美には2階のシングルルームの鍵、元紀と真和には5階のツインルームの鍵が渡された。
 
「なぜこんなにフロアが離れたんだろう?」
と元紀は疑問を感じたが
「きっと低層階は男子で、高層階は女子」
と貴美が言うと
「なるほどー!」
と真和は納得していた。
 

翌日撮影現場に行く。元紀と真和は自粛してズボンを穿いていった。
 
3人を見て、向こうの人は一瞬悩んだようだが
 
「男役をしてもらっていいんですよね?」
と確認され
「お願いします」
と言って
3人とも男役になった。
 
長男の貴美(月城朝陽)は、体格がいいので、帝の手紙を富士山頂まで持っていく武人の役をもらった。セリフは少ししかないが、彼の体格が登山路のまだ開発されてない時代に山伏たちと一緒に富士山頂まで行く役というのに説得力があった。一緒に富士山頂まで行く役をしたのが、元野球選手の新田金鯱さん、プロレスラーのタイガー沢村さん、そして本物の山伏さん?2人の合計5人である。
 
撮影後、新田金鯱さんからは
「君体格いいね」
と声を掛けられた。
 
「僕、野球してるんです。もし良かったらサインいただけませんか」
と言ったら
「OKOK」
と言って、気軽に応じてくれた。(妹の典佳(月城たみよ)から色紙をもらった)
 

真和(月城利海)は、かぐや姫家の宅司(上級貴族の家司に相当する)の役をもらった。これはセリフは無いものの映る場面が結構あった。演技は無難にこなしていた。また彼は、男装で出演している信濃町ガールズの声の吹き替えを頼まれていた。
 
元紀(月城硯文)は地理博士の役をもらった。登場するのは1シーンだけで、セリフもひとつだけだが、この手の、普通の俳優さんに頼むには申し訳無い程度の端役をさせる男性が足りないのだということだった。なお出演の際は
 
「君そのままだと女の子にしか見えない」
と言われて、眉毛フォームで太い眉にした上で撮影された。でも髪の毛は自毛を美豆良に結ってもらった!
 

3人のうち元紀と真和は、着替える時、男子更衣室で着替えるのは恥ずかしいけど、まさか女子更衣室で着替えてと言われないよね?などと妄想したが、着替えは、感染防止のため全員個室着替え室を使うということだった。
 
多数の個室が並んでおり“消毒済み”という紙テープが貼られているのを、そのテープを破って中に入り、使用する。部屋の中にカードキー(紙製)があるのでそれでロックして外に出る。元の服に戻る時、また荷物を取りたい時などはそのキーで開けて中に入る。
 
使用を終える場合はカードキーの裏側を部屋の入口のキー置きの所におく。このカードキーの裏側に“使用終了”と書かれていて、それを見て消毒班が消毒し、新しいカードキーを中に置く。カードキーは再利用しない。長時間使用中になっている部屋は見回り班が中に入って確認することもある。
 
アクア、七浜宇菜。など大きな役の人だけが固定の控室を使用する。
 
お弁当もこの控室で食べる。多人数集まって飲食するのは禁止らしい。
 
感染対策に物凄くお金を掛けているのが分かった。
 

しかし自分たちのようなほとんどセリフも無いような端役をしてもらう男性をわざわざ飛行機を飛ばしてまで呼び寄せたのは10月に大型時代劇の制作をするので、それにも参加してほしいということで、そのテスト出演も兼ねていたようだ。
 
§§ミュージックの一般の男性社員とかもどんどん端役に使われているらしい。
 
貴美(月城朝陽)と真和(月城利海)は「ではまた10月に来ます」と言っていたが、元紀(月城硯文)は9月末まで夏休みなのでそれを言うと
「撮影スケジュールにもよるけど、もしかしたら9月末に君の分を撮影して、それから徳岡に送り届けることになるかも」
と言われた。
 
「藺牟田がいいです。そこに車を駐めたので」
「それ帰った時にはバッテリーあがってる」
「あぁ!」
「こちらに来て半月でしょ?もう既に上がってるかも」
 

8月14日頃、元紀たちと同様、信濃町ガールズの兄弟で撮影に参加している、広瀬のぞみ君(高3)に喉仏が無いことに気付いた。彼も“女装っ娘”っぽいので親近感を感じていたし、声を掛けてみた。
 
「喉仏が無いのは手術とかで削ったの?」
「あ、これアクアのマネージャーの山村さんにやってもらったんだよ、君たちもしてもらうといいよ」
などと言う。
「山村さんってどの人だっけ?」
「50歳くらいで、女の服を着ているMTFっぽい人」
「ああ、あの人か!」
 
それで山村マネージャーが手が空いてそうなタイミングを見て声を掛けてみた。
 
「ああ、お前たちも目立たないようにしてやろう」
などと言うので
 
「お願いします!」
と言って、元紀と真和は2人ともやってもらった。
 
喉に触っても出っ張りが無い。鏡に映しても喉仏が見えない。
 
これいーい!と嬉しくなった。
 
水巻アバサ君がこちらをじっと見ていたので
「アバサ君もしてもらうといいよ」
と声を掛け、彼もやってもらった。
 
「でもこれあまり人に言うなよ。あまりやってると社長に叱られるから」
「分かりました!黙ってます。ありがとうございました」
 
もちろん喉仏を消してもらったのは、元紀と真和だけで、貴美は何もしてない。彼は喉仏を無くしたいとは思わないだろう。
 

ドラマの制作が終わった所で、貴美兄は、鹿児島空港に送ってもらって帰った。
 
元紀と真和はその後も滞在するので男子寮に移ってと言われた。その時初めて信濃町ガールズに男子メンバーなるものが存在していることを知った。2人は兄弟用の部屋205号室に入った。広瀬のぞみ君も201に入った。
 
水巻アバサ君はこちらには移らずカデットに泊まったままだったので、彼は早めに引き上げるのかなと思ったのだが、結局彼も月末まで東京に居たようである。予定が変わったのかな?と思った。
 
男子寮に移って最初戸惑う。
 
だって館内を歩いているのが女の子ばかりである。
 
戸惑っているようなので、鈴原さくらちゃんが説明してくれた。
 
「ぼくたち男の娘だよ」
「うっそー!?さくらちゃんって女の子と思ってた」
 
でも彼女が男の娘と知ってますます彼女を好きになった!
 
さくらちゃん、セレンちゃん、クロムちゃんなどは女装のテクニックや性転換のこと、ホルモンのことなどをたくさん教えてくれた。それで元紀と真和はここに来てからすっかり完全女装生活になってしまった。広瀬のぞみちゃんはスカートを穿いて伴奏の仕事などに出掛けていたが、2人はそこまでの勇気はまだ無かった。でも下着女装してレディス(ただしパンツルック)でレッスンやお仕事に出掛けた。
 
(一般の人には女性にしか見えないと思う)
 
真和は歌が上手いので、音源制作にコーラスで参加していたようである。真和は元々アルト領域の声が出ていたが、元紀もボイトレを受けさせてもらい、一週間で女の子のような声が出るようになった。喉仏が無くて女の子の声なら、かなりパスすると思った。
 

元紀と真和が急速に女性化しているのを心配した、男子寮の女性看護師・海老原さんに言われて、元紀と真和、それに広瀬のぞみちゃんは精液の冷凍保存をすることになった。保管費用は事務所が出してくれるらしい。
 
しかし精液を採取するには数日間の禁欲が必要である。
 
これが物凄く苦しかった。その禁欲のためも含めて、セレンちゃんたちにタックを教えてもらった。こんな画期的な股間成形法があったのかと驚いた。まるでもう性転換手術しちゃったみたいと思う。
 
ただ夜中に突然衝動が起きて、それを抑えるのに苦労したりした。激しい音楽とかを聴いて気持ちをそらせた(←80年代男子アイドルみたい(*16))。
 
でも精神消耗して我慢しただけあって、3人ともちゃんと品質のいい精液が採れた。真和のは少し薄いけど許容範囲と言われていた。まあ薄いだろうなと思う。2度目の禁欲は1度目に比べるとそれほど辛くは無かった。
 
(*16) 80年代の男子アイドルは建前上自慰などはしないということになっていた(60年代女子アイドルはうんこしないなどというのよりはまだマシな伝説)。ある時、したくなったりすることないですか?と訊かれたアイドルが「そういう時は激しい音楽聴いてダンスして気を紛らわせます」と答えた。
 

月末、お昼頃、都城の広瀬のぞみちゃん、夕方、真和が各々飛行機で帰っていった。真和は8/31のアクアのライブにはキュロットを穿いてバックダンサーを務めた。まだスカートを穿いてカメラの前に出る勇気は無いようだ。
 
元紀はこのあと更に1ヶ月東京に滞在する。真和はドラマ制作後2週間弱の滞在だったので精液の保存も2回しかしなかったが、元紀はまだ1ヶ月滞在するのであと2回、精液の保存をすることにしている。それで9月中旬まで彼の禁欲も続くことになった。でも2週間、精液採取の時以外は射精してないと、しなくても大丈夫のような気がして、最初の頃よりは随分苦しみは減った。
 
タックしていて男性器に直接触れないというのが大きい。触れたら絶対我慢できない気がする。
 

8月31日の夜、今日からは1人かと思いながら夕食を取り、お風呂に入った後、コンメンタールを読んだりする(法学生はゲームで遊んだりする時間は無い)。24時になったので、そろそろ寝ようかと思った。クロミのパジャマに着替えてお布団に入る。それで目を瞑っていたら突然人の気配がしたので目を開ける。
 
「あれ?妹さん今日は居ないの?」
と10歳くらいの女の子が言った。
 
「君誰?どこから入ってきたの?」
「ぼくは男の娘の味方、魔女っ子千里ちゃんだよ」
「え、えーっと」
「妹さんと今日は睾丸を取ってあげる約束してたのに」
 
それで“妹”というのが典佳(月城たみよ)のことではなく、真和(月城利海)のことと理解する。睾丸を取る?ぼくが取ってもらいたい!
 
「マナは鹿児島に帰ったけど」
「え〜〜?鹿児島まで行くの大変だなあ。代わりにお兄さんの睾丸取ってあげようか」
 
ドキッ。でも・・・
 

「取ってほしいけど、精液の採取をして冷凍保存してもらうことにしているから、それが終わるまでは取れない」
「なるほどー。でもお兄さんの場合、睾丸取るのより骨格の修正が必要だなあ」
「骨格?」
「妹のマナちゃんの場合は、本人が言うのにはずっと睾丸を体内に入れたままにしてガードルで押さえておいて、ホッカイロとかも着けて高温にして睾丸が働かないようにしてたんだって。だから15歳にしては男性的な発達が遅くて、顔のむだ毛も薄かったし、声変わりもソフトにしか起きてなかった。骨格もまだ性別未分化という感じだった」
 
あぁ。
 
「でもお兄さんの場合は、体毛も濃くなって声変わりも明確にしてるし、骨格も男性的な骨格に変わりつつある」
 
実は真和の場合は
「男になるのを止めたかったら睾丸に仕事をさせるな」
と言って睾丸の機能が低下するやり方を自分が指導していた。でも自分の場合は“もう間に合わなかった”。
 
「実は肩の骨が発達してきているのが気になってた。撫で肩にしたい気分。でもあれ骨を削るのは大変みたいだし」
 
「ぼくがもっと女性的な骨格に変えてあげようか?腰の骨とかも妊娠が維持できるような形に」
「変えられるの!?」
 
妊娠は卵子が無いから無理だけど女性的な骨格になれるものならなりたい。
 
「いったん骨を融かして、型に流し込んで固めれば」
「ちょっと待って」
「というのは冗談で骨を少しずつ動かす。痛みは無いよ」
「ほんとに?」
 

「ここまで発達したのを女の子の骨格に変えるには、さすがのぼくでも半年くらいかかると思うけどね」
 
「半年かかってもいいから変えて欲しい」
「いいよ。じゃ変えてあげるから、ぼくの形代(かたしろ)に、こういうマークを自分のおへその下にマイネームか何かで描いてくれる?」
と言って、魔女っ子何とかちゃんは、道教の呪符か魔法円かという感じの図形を描いた紙を渡してくれた。
 
「こちらが上ね」
「うん」
「だから自分で描く場合、逆さにして描き移せばいい」
「そうする」
 
「そうだ。マナちゃんと連絡取れる?」
「取れる」
 
「だったら彼女にもこの形代(かたしろ)を送ってあげてよ。それをおへその下にマイネームか何かで描いてくれたら、睾丸を取りに行ってあげるから」
「・・・分かった」
 
もうあの子も高校生だし、去勢するかどうかの決断は自分で下せるだろうと思い、元紀は真和にこの呪符を送ってあげることにした。
 
「形代はコピー機でコピーしても無効だし電子メールで送っても無効だから。手で描き移してね」
「了解」
 
でも元紀はこの夜以降、男性的な衝動を感じることが無くなった。結果的に禁欲が全く辛くなくなった。骨格が変化し始めたのかどうかはよく分からなかったが、きっと身体の女性化が始まったせいかもと思った。
 

宮崎県都城(みやこのじょう)市の藤弥日古(ふじやひこ)は夏休みに入ってすぐに東京に出て来た。信濃町ガールズのメンバーの兄弟たちの中では最も早く出て来たので、結果的に大きな役をもらうことになった。“広瀬のぞみ”の芸名をもらい、妹の広瀬みづほ(藤真理奈)と一緒に、ドラマ『竹取物語』の制作に参加。船頭の役をしたが、セリフもたくさんあり、撮影は5日に及んだ。
 
ちなみに彼の名前は“やひ・こ”で女名前ではなく“や・ひこ”で男名前である。きょうだいは全員3文字名前である。苗字が“藤”と1文字だから名前は3文字がいいだろうというので3文字になっているが、名前の区切りを間違えられやすいという問題もある。
 
藤井寿海(いずみ 2002)→藤井・寿海(ふじい・ひさみ)
藤弥日古(やひこ 2004)→藤弥・日古(ふじみ・はるこ)
藤真理奈(まりな 2006)→藤真・理奈(ふじま・りな)
藤留依香(るいか 2008)→藤留・依香(ふじとめ・よりか)
 
ちなみに父は那水貴、母は元恵である、
 
藤那水貴(なみき 1972)→藤那・水貴(ふじな・みずき)
藤元恵(もとえ 1978)→藤元・恵(ふじもと・めぐみ)
 
全員女の子の名前に見えるのはきっと気のせい。
 

ドラマの制作が終わった後は、足立区の宿舎から世田谷区の男子寮に移動し、主として音源制作やテレビ番組などの伴奏に参加した。彼はサックス、オーボエ、クラリネット、トランペットが吹けるので、とても使い勝手があった。
 
こういう時彼は妹に乗せられて、女の子の衣裳で伴奏を務めた。
 
「あのサックス吹いてる女の子かっこえー」
「広瀬みづほちゃんのお姉さんらしいよ」
「へー。姉妹そろって美人だね」
「『竹取物語』では車持皇子の船頭の役してた」
「ああ。前半は男装してたけど、この子女の子だよね?と思って見てたら後半は普通に女の子の格好に戻ってたね」
 
彼は元々女顔であったが、東京に出て来てすぐに美容室で女の子らしい髪型にしてもらっているので、ますます女の子のように見える。
 
真理奈(みづほ)が信濃町ガールズ本部生になっていなかったら着るはずだった地元の高校(=弥日古が通学中の高校)の女子制服を兄に着せ、写真を母に送ってあげたら
 
「可愛いね!この制服で9月から登校するの?せっかく作った制服が無駄にならなくて良かった。性別変更届け出しとくね」
 
などと母は言い、父も
 
「なんでこいつこんなに女の制服が似合うんだ?このまま女になるか?」
と喜んで??いたようであった。
 

彼は東京にいる間に顔のむだ毛と足のむだ毛のレーザー脱毛をしちゃった。また声もボイトレを受けて女声が出せるようになった。彼はタックも覚えたし、男子寮の“ドアに掛けてあったビニール袋”に入っていたブレストフォームも胸に貼り付けてみた。それで完璧に女の子のヌード写真にしか見えない写真を密かに自分のスマホで撮影し、それを見て、うっとりしていた。
 
「ぼくほんとに性転換手術受けちゃおうかなあ」
などと思ったりする。
 
女の子ライフを1ヶ月以上続けて来て、もう9月から男の子に戻るのが嫌だと思うようになってきた。副社長から「性転換手術受けさせてあげようか」と言われた時、断らなければ良かったなどとも思った。
 
(むろん、ゆりこはジョークで言っている)
 

彼(既に彼女かも)は妹の広瀬みづほや春野わかななどと一緒に“まろみJunior”として、8月22日のルビー&パールのライブで幕間のパフォーマンスその他を務め、27日のネットフェス・常滑舞音のステージでは幕間に登場した薬王みなみの伴奏をした。そして28日のネットフェスでは、ロマン&ポルカの伴奏をした。
 
彼女は8月30日の常滑舞音のネットライブにもバックダンサーとして参加した。この時も、スカートのユニフォームを着た。のぞみは信濃町ガールズのユニフォームは正式に練習用と本番用を2セットずつもらった。もちろんもらったのはスカートタイプのみである!
 
しかし夏休みは終わってしまう。
 
彼女は溜息を付いて男子寮を退去する。
 
31日のお昼過ぎ、SCCの車で送ってもらい熊谷の郷愁飛行場に行く。そして Honda-Jetgoldで宮崎空港まで運んでもらった。
 
ドラマ『竹取物語』で着た女子高校制服っぽい服、そして妹からもらった現在通学中の高校の女子制服を持ち、そのほか40日間ほど東京に滞在している間に大量に増えた女物の服や下着(これだけで旅行鞄2つある)を持ち帰る。帰路で着たのは、水色のTシャツと膝丈の黄色いスカートである。もう男の服は着たくない気分だった。
 
なお藺牟田飛行場に送ってもらった月城利海と別行動になったのは、利海が31日のアクアのネットライブ(13:00-15:00) に出演するのでそれが終わるのを待っていると、その日の内に宮崎空港と藺牟田飛行場の両方に行くのが困難になるためである。特に発着の多い宮崎空港は着陸時刻を厳守しなければならない。
 

宮崎空港には、母が車で迎えに来てくれていた。到着ゲートを出てきた弥日古を見て「あら可愛い」と笑顔で言う。スカートとか穿いてたらお父ちゃんが怒るからズボン穿きなさいとか言われるかと思ったが何も言われないので、いいのかなあと思う。
 
帰りの車の中では東京での生活やお仕事の話、また妹の様子などもたくさん話した。
 
「音楽部長さん(花ちゃん)が多久市の出身だし、他に鹿屋市とか福岡とか津屋崎とか有田とか、九州出身者も多いんだよね。普通の事務所のタレントさんって東京近辺出身の人多いみたいだけど、信濃町ガールズは毎年全国オーディションやるだけあって全国に出身地が広がってる。高崎ひろかちゃんは帯広だし、夕波もえこちゃんは与那国だし」
 
「北から南までいるんだね!」
「逆に全国から選抜するからレベル高いんだと思うよ」
「なるほどー」
 

自宅に帰っても、父は弥日古がスカート姿なのには何も触れない。少しお酒が入っているようで上機嫌で妹の様子なども聞きたがった。服装に付いては女子制服を着てみるようリクエストされたので着てみたが
 
「普通に女子高生にしか見えん」
と言って感心していた。
 
更に父と並んだ記念写真、母・妹(留依香)と並んだ記念写真まで撮って、それを真理奈(広瀬みづほ)に送ってやっていたようであった。
 
「あんた女の子の声が出るようになったんでしょ。聞かせてよ」
「え、そんな恥ずかしい」
「おお、可愛い声だ!」
と両親は喜んでいる。妹も
「ああ、これなら元男の子だとはバレないね」
などと言った。
 
“元男の子”ってまるでぼくもう女の子になっちゃったみたいと思う。
 
弥日古もその日はさすがに疲れているのでお風呂に入って(実際にはシャワーのみ)、タックのメンテをした後、20時半で寝た。
 

翌日、朝6時で目覚める。トイレに行く。もちろん座ってするし、おしっこはとても後ろの方から出る。
 
この出方いいなあ。もし性転換手術受けたら、これがもっとストレートに出る感じになるのだと聞いた。ぼく20歳になる前に性転換手術しちゃうかも、などと思った。女性ホルモンも飲んだ方がいいのかなあ。飲み始めたらもう後戻りできないから少しでも迷いがある内は絶対飲んではいけないって、ゆかりちゃん(セレン)が言ってたけど。
 
もう女の子になりたい気持ちは動かない気がした。
 
おしっこの出た所を拭き、パンティとパジャマのズボンを上げて部屋に戻る。パジャマを脱ぎ、寝る間は外していたブラジャーを着ける。それで鏡に映してみると女の子みたいな下着姿が鏡の中にはある。
 
バストはBカップくらいのサイズだし、お股はスッキリしたラインだし、喉仏も無い。足にはむだ毛はなく美しい脚線美がある。
 
この下着のまま学校に行っちゃだめかなあ、などと思う。そうだ。黒いアンダーシャツ着てれば分からないんじゃないかなあと思い、それを着てからワイシャツを着ようとして・・・
 
戸惑う。
 
ワイシャツが無い。
 
なんで?
 

何も着ない訳にはいかないから、取り敢えず東京に居る間に買ったブラウスを着てみる。これで学校行っちゃダメかなあ、などと考えてドキドキする。(既にワイシャツを探す気は無くなってる)
 
「上半身にブラウスを着る場合はボトムはスカートにして下さい」
と生活委員から言われたりして、などと妄想する。
 
それで制服のスカートを穿いてみる。鏡に映す。
 
ドキドキ。
 
ついでに胸元にリボンも結んでみた。
 
鏡の中には可愛い女子高生の姿がある。この格好で出掛けても道行く人は変に思わないような気がする。この格好で学校に登校したらさすがに叱られるよね?
 
「女子制服で登校するなら女子制服を着る権利があるか検査します」
とか言われて
 
「お股に変な物が付いていますね。これが付いてたら女子制服を着ることは認められませんから没収します」
とか言われて取られちゃったりして。それで
 
「お股に余分なものが無くなったので、あなたは今日からは女子制服で登校して下さい」
と言われちゃったりして、などと妄想する。
 
かなりドキドキしている。
 

いきなりドアが開く。
 
「きゃっ」
「あ、着替えてた?ごめんごめん。でも早く御飯食べなきゃ」
「あ、うん」
 
それで結局、弥日古はブラウスにスカートのままキッチンに行って朝食を食べた。留依香は弥日古の格好を見て、
「ほんとにこれなら性別を疑われることもないよ。自信持っていいと思うよ」
と言った。留依香は朝練があるからと言って先に出掛けた。
 
父も弥日古を見て
「娘が増えたのはいいことだ」
 
などと言っている。父は弥日古が朝御飯を食べている内に
 
「じゃ行くな」
と言って出勤して行った。
 
弥日古も朝食を食べ終わる。「おごちそうさま」。自分の分の茶碗、父と妹の分の茶碗をシンクに入れる。それで部屋に戻ろうとしたら
 
「何か忘れ物?」
と母から訊かれる。
 
「いや着替えようと思って」
「だってもう制服着てるじゃん」
「いや女子制服で登校するわけにも行かないし男子制服に着替えるよ」
「男子制服とか捨てたけど」
「嘘!?」
 

「だってあんた女の子になったから今日からは女子制服で通学するんでしょ?」
「え〜〜!?そんなの叱られるよぉ」
「心配しなくてもちゃんと性別変更届け出しといたから。それで今日登校してきたら、女子制服を着た写真を撮影して、それで性別を訂正した生徒手帳を発行するって先生言ってたよ」
 
“提出済み”の性別変更届けを見せてもらう。
 
性別変更届 3年2組藤弥日古
 
性別が変わりましたので届けます。
 
旧性別 男
新性別 女
旧姓名 藤弥日古 ふじやひこ
新姓名 藤弥日古 ふじやひこ
 
保護者名 藤加寿栄
 
嘘〜〜!?性別変更届けって冗談じゃなかったの??
 
「ふりがなは変わらないけど、今までは“や・ひこ”で男名前だったのが、これからは“やひ・こ”で女名前と説明しておいた」
などと母は言っている。
 
まさかぼく今日からは女子高生なの〜〜!??
 

「だって、あんた性転換して女の子になったんでしょ?あんたのヌード写真見たよ。お父ちゃんびっくりしてたけど、女になってしまったのなら仕方ない。これからは娘と思うことにするって言ってたよ(理解がありすぎる)。学校の先生にもあの写真を見せて『性転換したのなら女子として扱うことにします』と言ってもらったし」
 
ヌード写真を見た?それを学校の先生にも見せた!??なんでぼくが自分のスマホで撮っただけの写真がこちらにも来てるの〜?
 
(↑もちろん犯人は真理奈(広瀬みづほ)。スマホはきちんとロックしよう。でも真理奈も、両親がここまで“理解”してくれたのは計算外)
 
「だから安心して女子制服で登校しなさい」
と母は言った。
「これお弁当ね。留依香がこれ選んでくれたんだよ」
と言って、シェリーメイの絵が入ったピンクの可愛いお弁当箱を渡される。箸箱・お弁当箱入れも同じシェリーメイである。
 
ぼくもしかして“Point of no return”を越えちゃった?
 
 
前頁次頁時間索引目次

1  2  3  4  5  6  7 
【夏の日の想い出・止まれ進め】(4)