【夏の日の想い出・天下の回り物】(1)

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「月・花はさらなり、風のみこそ人に心はつくめれ。岩に碎けて清く流るゝ水のけしきこそ、時をもわかずめでたけれ。「沅湘日夜東に
流れ去る。愁人の為にとどまること少時もせず」といへる詩を見侍りしこそ、哀れなりしか」
と先生は本文を読み上げてから
 
「誰か分かる人?」
と言って教室を眺める。寝ている生徒がいることに気付く。
 
「天羽さん」
と名前を呼ばれて、ハッとしたように天羽飛鳥(松梨詩恩)は目を覚ました。
 
「はい、ここを訳して」
と言われて、慌てて後ろの池田由美に「どこ?」と訊いている。それで教えてもらって読みながら訳す。
 
「月・花はさらなり。月や花は言うまでもなく。えっと・・・ここの花は桜のことでしょうか?」
「うーん。ここは一般的な花ということでいいよ。ひとつ前の段では様々な花を褒めているからね」
 
「ありがとうございます。風のみこそ人に心はつくめれ。えっと『こそ−已然形』の係助詞構文ですね。風というものは実に人の心を突くもののようだ」
「その『めれ』の基本形は?」
「『めり』です。推量の助動詞。ラ行変格活用。未然形は無くて連用めり、終止めり、連体める、已然めれ、命令も無いです」
 
「完璧完璧」
と先生が褒めているのを見て、女子制服を着ている龍虎(アクア−実は龍虎F)は「詩恩ちゃん、すげー」と憧れるように見ていた。
 

「岩に碎けて清く流るゝ水のけしきこそ。岩に砕けて清く流れる水の様子も。時をもわかずめでたけれ。どんな時であっても、実に素晴らしい。ここも『こそ−已然形』の係り結びです」
 
「そうそう。岩に碎けて清く流るゝといったら、天羽さんの好きなのがあったね」
 
「はい。崇徳上皇の歌。『瀬を早み岩にせかるる滝川の、われても末に逢はむとぞ思ふ』です」
 
「似たような歌で京極為子の歌とか知ってる?」
「えっとえっと。『瀬を早み、あまりて越ゆる滝河の岩に砕くる水の白玉』です。崇徳院は12世紀、為子は14世紀の人なので本歌取りではないでしょうか?」
 
「うんうん。そんな気もするね。さすが『瀬を早み』専門家だね」
と先生から言われると、飛鳥は得意そうにガッツポーズをする。
 

「沅・湘、日夜東に流れ去る。これは川の名前ですかね?」
 
「そうそう。どちらも中国の湖南省を流れる川。沅江、湘江」
「沅江も湘江も昼夜、東に流れ去る。愁人の為にとどまること
少時もせず。愁いを持つ人のために留まってくれることは、少しの時もない。あれ?これは『方丈記』の冒頭を思い起こさせますね」
 
「うんうん。これは戴叔倫という8世紀の中国の詩人の絶句を引用しているのだけど」
と言って、先生はその元ネタを板書した。
 
盧橘花開楓葉衰
出門何處望京師
沅湘日夜東流去
不爲愁人住少時
 
先生はこれを読み下した上で言った。
 
「方丈記が13世紀初頭の作品だから意識しているだろうね。方丈記の冒頭は?」
 
「行く川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しく留まりたること無し」
 
「さすがさすが」
 
「そして徒然草の方は、といへる詩を見侍りしこそ哀れなりしか、という詩を見たけども、感慨深かった」
 
「完璧だね〜」
と先生から言われて、飛鳥は本当に得意そうだった。
 
(3人でやってる)私たちより忙しいんじゃないかと思っていた飛鳥がよくよく古文の勉強をしているようなのを見て、龍虎Fは「私たちも少し古文頑張ろうよ」と他の2人の龍虎に呼びかけた。
 
龍虎が憧れるように飛鳥を見ているのに気付いた先生が龍虎に行った。
 
「田代さんは熱い視線で天羽さんを見てるね」
「だって、本当にお仕事忙しいのに凄いなあと思って。私も頑張らなきゃと思いました」
「うん。君も頑張ってね」
「同性として憧れちゃいますよ」
などと龍虎Fが言うので、教室内で忍び笑いしている子たちがいる。龍虎の親友である入野桐絵は頭を抱えていた。
 
「そうだね。今日は田代さんも女子制服なんだね」
「はい。今日はそういう気分だったので」
と龍虎Fは開き直って答えた。
 

2018年8月3日、青島リンナ(32)が夫・百道大輔(37)との子供、夏絵を出産した。出産のすぐ後に大輔がツイッターに赤ちゃんの写真付きのツイートをし、翌日には各マスコミにも報道されたが、この時、私はこの子を数年後に自分が育てることになるとは、思いも寄らなかった。
 

アクアがこれまで出演した連続ドラマ・映画は(極めて多数あって本人も覚えていないスポット出演を除けば)下記である。
 
■連続ドラマ
2015春−秋『ときめき病院物語』
2015秋−16春『狙われた学園』(主演)
2016春−秋『ときめき病院物語II』
2016秋−17春『時のどこかで』(主演)
2017春−秋『ときめき病院物語III』
2017冬−18春『少年探偵団』(主演)
2018春−秋『ほのぼの奉行所物語』
 
■映画
2016夏『時のどこかで』
2017末『キャッツアイ−華麗なる賭け』
2018末『八十日間世界一周』(制作中)
 

『少年探偵団』では、いくつか挿入歌が制作されており、それは適宜オンライン・ストアから発売されていた。
 
少年探偵団(アクア・西原・山崎・鈴本・松田・内野・今井)『団員の歌』
怪人二十面相(大林亮平)『透明怪人』
怪人二十面相(大林亮平)『UFO-宇宙怪人』
女盗賊(丸山アイ)『真夜中のお化粧』
小林芳雄(アクア)『獅子が烏帽子をかぶる時』
小林芳雄(アクア)『ゆんでゆんでと進むべし』
花崎マユミ(元原マミ)『天空飛行』
明智文代(山村星歌)『眠りにつく町』
北里ナナ(アクア)『ナナの海』
 
山村星歌の音源が出たのは「結婚による休業」に入った2015年秋以来なので、彼女のファンだった人たちが飛びつき、物凄いセールスになり、CD発売の要望も多かったのだが、星歌の事務所は「本人は休業中なので」と言ってリリースせず、オンラインのみの販売となった。
 
元原マミはこれまでCDをリリースしたことが無かったので「音痴なのでは?」という噂もあったのだが、実はかなり歌がうまいことが分かった。
 
少年探偵団の『団員の歌』は今井葉月にとって初めて自分の歌が販売音源に入るものとなった。
 

ここで北里ナナ名義でリリースされた『ナナの海』がアクアが小林芳雄名義で出した曲より好評で、CDでも発売して欲しいという声がかなり来た。それで§§ミュージックでは、『少年探偵団』の放送が終わった後になったが、4月下旬にリリースした。
 
北里ナナ名義で、ドラマの中で出てきたような、可愛い女の子アイドルの衣裳を着けたアクアの写真がジャケットには使用されていて、ちょっと見ると、まるでアイドル少女歌手のCDである。
 
予想通り、これがミリオンになってしまった。
 
『やはりアクア様は女の子の格好が似合う。可愛い!このまま女の子になって欲しい』
『マジで俺、アクアと結婚したい』
といういつものファンの暴走気味の反応だけで無く
 
『ナナちゃん可愛い。アクアは好きじゃないけど、俺ナナちゃんのファンになる』
などといった感じで、これまでのファン層以外からの反応も良かった。
 
テレビ局が“北里ナナ”の歌番組への出演を打診したものの§§ミュージックは丁寧に断った。
 
この曲はそれまでダウンロードストアでも80万ダウンロードされていたので、CDの販売と合わせると200万件ほどの販売数となり、それまでのアクアの最大のヒット曲である昨年の『サンダーボルト』(220万枚)に迫る数字となった。
 
なお、CDはカップリング曲として、このCDのためにマリ&ケイが書いた『花の伝説』という、まさにアイドル歌謡という感じの曲とセットになっている。但し今年はケイがあまりにも忙しすぎたので、この曲を本当に書いたのは実はKARIONの和泉である!
 
ドラマも好評だったし、主題歌やこういった多数の挿入歌も好評だったので『少年探偵団II』の制作も決まった。アクア・元原マミ・大林亮平といった主要キャストもそのまま出演する予定と発表された。
 

2018年の春は、上島事件の影響で、発売中止や回収になるCDが相次ぎ、またライブが中止になったアーティストも多く、地方のイベンターで倒産寸前になった所も出た(今年はレコード会社が協力して積み上げた基金から融資をしたので多くが救済された)。
 
上島先生の曲が使えなくなった影響は、◇◇テレビの響原取締役や★★レコードの佐田副社長などを中心とするUDP(Ueshima Diversion Project)が4月中旬に活動開始して、5月くらいから何とか不足する楽曲が少しずつ供給され始めたものの、新曲の絶対数が不足する上に過去に上島先生の楽曲をたくさん出していた歌手が、歌う歌が無くて困るという事態に陥っていた。
 
それでこの年の4-5月のCD出荷統計は例年の半分ほどになってしまった。
 
また楽曲が提供できないことから、営業成績が微妙な歌手が多数レコード会社や事務所との契約を切られた。政子が何かで関わっていたらしい原野妃登美などもその口である。
 
政子は詳しいことを言わなかったが、政子はデビュー前に原野妃登美のバックダンサーをしていたこともあるので、その関係で交流があったのだろうか??原野妃登美は1987年生れで今年31歳になる。どうも30歳以上でCD年間売上が200万円未満かつ年間観客動員2000人未満程度でレギュラー番組などを持たない歌手には“肩たたき”が行われたようだ。原野妃登美も退職金に相当する慰労金を100万円くらいもらって事実上解雇されたらしい。
 

上島先生の楽曲が使えなくなった分の穴埋めとして使われたのはUDPが仲介して出す楽曲だけでは無かった。
 
UDPからの楽曲が提供され始めたのと同じ頃、ЮЮレコードから、島田春都という“女の子”歌手がデビューしたが、その作詞作曲者名としてクレジットされている《夢紗蒼依》は見慣れない名前だった。しかし、とても可愛い曲なので、特に10-20代のネットワーカーの間で評判になり、1ヶ月で8万枚を売る結果となる。これで彼女は今年の新人賞レースにも名乗りを上げた。
 
発売されてから1ヶ月も経って6月も中旬を過ぎてから、ぜひというマスコミ各社の要望に応じて島田春都は記者会見をした。
 
「春都さんは男の娘ではないのか?という噂が立っているのですが」
「はい、私は男の子ですけど、男の子に見えません?」
と彼女(彼?)は明るいソプラノボイスで答える。
 
「女の子に見えます!」
 
「私、2年前の《スター発掘し隊》、三つ葉さんたちが選ばれたオーディションでステージオーディションまで行ったんですが、その時一応、私の性別については説明していたんですよね」
 
「やはりそのオーディションに出ていた方ですね?」
 
当時高校生で男子制服で通学を強いられていた春都も高校卒業するとともに完全女装生活に切り替え、睾丸は除去したらしい(ただ父親の強い要望で精子の冷凍保存はしたという)。しかしお金もないし性転換手術の予定は未定ということであった。
 
「でも性転換手術に今年から保険が適用されることになりましたよね?それなら手術を受けられるのでは?」
 
「皆さんご存知無いですか?あれってホルモン治療を受けている人は対象外なんですよ。だから事実上全員適用外です。ホルモンをやっていない人は絶対に性転換手術はしてもらえませんから」
 
「え!?そうなっているんですか?」
 
このことは知らない人が多かったようで「それは酷い」「お役所仕事未満だ」という声もあがっていた。
 
なお、彼女の性別が明確になると、かえってCDセールスは伸びて(女性ファンが増えた)、最終的に10万枚を超えてデビュー即ゴールドディスクを達成した。
 

彼女の性別問題で10分ほど話した後で、作曲者についての質問がある。
 
「この曲が商業的に販売する楽曲としては第一作らしいんです。その記念すべき第1号を頂きました」
と春都は答えた。
 
「まだお若い方ですか?」
「それが会ってないんですよね〜」
と春都が言うので、ЮЮレコードの担当者に質問されるが、担当者も知らないと答えた。
 
「あるミュージシャンからの紹介で契約したらしいのですが、諸事情で表立った所には出て来られないのだそうです」
 
「それは何か本職との兼ね合いとかでしょうか?」
「分かりません。事情についても聞いておりません」
 
記者たちは結構食い下がったものの、夢紗蒼依の正体については不明ということのようであった。
 
「読み方は《むさ・あおい》でいいのでしょうか?」
「はい、それでいいです。苗字が“むさ”、名前が“あおい”です」
 
実は読み方もよく分からないのでFM局のナビゲーターたちが“むさ・あおい”、“ゆめ・さおい”、“ゆめさ・そうい”など様々な読み方をしていて混乱していたのである。しかしこの日の記者会見で“むさ・あおい”でよいことが確定した。
 
「性別は?」
「それも知りません」
 
「もしかしてその方も男の娘とか?」
「聞いていないので答えられません」
 

記者たちがここで食い下がったのは、実は春都の曲を皮切りに、夢紗蒼依の楽曲がЮЮレコードからどんどん出始めたのである。
 
新人としてデビューしたのは、この春に限っていうと島田春都だけなのだが、ЮЮレコードの歌手で上島雷太から楽曲をもらっていた歌手が、みんな夢紗蒼依の楽曲で新譜を出した。
 
更に、一部、上島事件の余波で他のレコード会社を首になった歌手がЮЮレコードと契約してこちらから新譜を出すという例が出始めたのである。
 
この結果、ЮЮレコードの営業成績が物凄いことになってきた。
 
夢紗蒼依の曲は、取り立てて凄いということもないのだが、しっかりした作りで、結構なレベルのプロの作品であることが感じられた。
 
最初は誰かプロ作曲家の変名ではとも囁かれた。
 
それはこの人の作品が“枯れて”いて、若い作曲家の作品とは思えなかったからである。それで実は既に別の名前で売っている作曲家なのでは、少なくとも30歳以上だろうという意見が最初からあった。
 
しかし、実際問題としてこのくらい書けるような国内のプロ作曲家・セミプロ作曲家は今年は、ほぼ全員上島代替作戦に駆り出されている。それでひょっとしたら韓国か台湾あたりの作曲家では?という説も浮上し、それらの国の作曲家で夢紗蒼依と似た傾向の曲を書いている人を探す人たちもあったが、なかなか該当しそうな人は見つからなかった。
 

この2018年という年は、後から考えると、日本のポップミュージックにおける作曲家の勢力図が大きく塗り変わった年であったと思う。
 
だいたい毎年日本国内でリリースされるCDはシングル・アルバムあわせて1万枚くらいで、その中に含まれる楽曲数はだいたい6万曲、内、新曲は4万曲程度と推測されるが、いわゆるプロの作曲家による作品はだいたいその中の1割の4000曲程度であろう。
 
これまでは、その4分の1に相当する1000曲程度を上島先生が書いていて、“東郷誠一ブランド”の曲が300曲程度、醍醐春海を含む雨宮グループの作曲家も300曲程度、マリ&ケイの作品が150曲程度、ヨーコージ、スイート・ヴァニラズ、後藤正俊、田中晶星、香住零子、といった中堅作曲家と呼ばれる人たちの作品が全部で200曲程度で、これで合計2000曲くらいだった。
 
ところがこの年、夢紗蒼依の名前で発表された作品は最初の頃こそ月に数曲程度だったものの、夏以降急増して最終的には2019年春までに300曲ほどに及んだ。ここまでの数をひとりで書く[のは不可能なので、恐らくは20-30人くらいの作曲家集団なのではと言われるようになる。しかし作品の品質がひじょうによく管理されていて、素人っぽい作品が無いので、恐らく数人のかなり熟練した管理者がいて、その人たちが品質管理をしているのではとも言われた。
 

更にあと2つ新興勢力が登場した。
 
ひとつが夏頃から活動しはじめた松本花子さんという作曲家である。この人は最初演歌の作曲家として認識された。
 
実は上島先生の作品の3割くらいが演歌だったのだが、そもそも演歌の作曲家は作品の生産ペースが遅い人が多い。それで上島先生から楽曲の提供を受けていた演歌歌手のほとんどが、当面の活動自粛(上島先生の作品利用が上島先生からJASRACへの要請によりロックされていたため、ライブにも使えない)か、引退かを迫られた。
 
(このロックは多くのプロダクションからの連名での要望に応えて解除され、8月以降は上島先生の作品は歌うだけならOKになった。著作権使用料はUDPに対して損害賠償額の一部として支払われた:寄付ということにすると贈与税を取られるので損害賠償という名目にした)
 
ところが6月頃から「近々演歌の大物作曲家が活動開始するらしい」という噂がどこからともなく立つようになり、結局、木ノ下大吉先生の監修で、松本花子さんの作品が提供され始めたのである。
 
木ノ下先生は1990年代から2000年代に掛けて活動した作曲家であるが、2010年に失踪騒ぎを起こして、その後引退してしまった。そして現在は沖縄に住み、琉球文化と琉球音楽の研究をしている。2017年春からは沖縄県と鹿児島県の国立大学で特任教授として琉球音楽の講座を持っている。また古いウタキを管理するノロとして2015年春から活動し始めた元アイドル・明智ヒバリのサポートもしている。
 

9月に松本葉子作詞・松本花子作曲のクレジットで原口猛瑠の新譜が出た時、木ノ下先生にインタビューを試みた記者があった。しかし木ノ下先生は
 
「松本葉子・花子のことは公表しないことにしているから」
と言い、経歴だけでなく、年齢・性別まで非公開というので押し通した。
 
「葉子・花子というのは姉妹でしょうか?」
「ああ。姉妹ということでもいいよ」
と木ノ下先生が言ったので、以後“松本姉妹”という呼び方が定着する。
 
「しかし性別も非公開って、まさか葉子とか花子という名前で男性なんですか?実は姉妹ではなくて兄弟とか?」
 
「勝手な憶測をしないように。全て非公開だから」
 
松本姉妹の作品はどうも7月中旬くらいから提供され始めたようで、演歌作品では、年間100曲くらい書いている海野博晃作品を越える大勢力に成長して行く。
 
「松本姉妹が気になりませんか?」
と聞かれた海野は
 
「助かった」
とコメントした。
 
「え!?」
 
「だって、上島がああなったから、俺の所に作曲依頼がいつもの年の10倍押し寄せてたんだよ。だから作曲料を1曲300万円にした」
 
「ひゃー」
「だってそのくらい提示しないと、とてもじゃないけど断り切れないんだもん。でも松本姉妹が量産してくれているから、こちらへの依頼が減って、ほんとに助かっている」
 
「なるほどー」
 

松本姉妹は演歌だけかと思っていたのだが、どうもポップスも書くようで8月から歌う曲が無くて困っていた多数のアイドル歌手に提供され始める。
 
それも何だか可愛い作品が多い。それでたちまち松本姉妹も人気となり、木ノ下先生の所にたくさん松本姉妹への作曲依頼が舞い込むようになった。
 
上島騒動の影響でこの春から事実上歌手活動停止状態にあったFlower Lights(バラエティ番組などには出ていた)なども松本姉妹から提供された楽曲を使って10月に新譜を出すことができ、年末のツアーを予定通りできそうということになって、とても喜んでいた。
 
そしてもうひとつ私は面白い話を聞くことになる。
 
東郷誠一さんのゴーストライターは現在、東郷E:吉原揚巻、東郷F:樋口花圃、東郷G:三田夏美、東郷H:醍醐春海、東郷J:大宮万葉、東郷K:紅型明美、の6人がメインとして認識されていたのだが、最近何人かの歌手に提供された“東郷ブランド”の作品が新たな作曲家の作品のようだというので“東郷L”と呼ばれていたのだが、その東郷Lが松本花子(松本姉妹)なのではないかというのである。
 
私もネットの論客たちが指摘していたポイントを確認すると、確かに同じ人の作品と考えてもいいような雰囲気だった。
 
東郷誠一先生は木ノ下大吉先生の兄弟子・東城一星さんの弟子なので、いわば甥弟子であり、木ノ下先生経由の作品が東郷ブランドに参加するのは不自然ではない。
 
しかし・・・ネットの論客たちはやがて彼女(?)の活動に驚くようになる。
 
「松本花子の作曲ペースが信じられない!」
 
松本姉妹の作品は8月に発表されたものだけでも60曲、9月に発表されたものは東郷L作品まで入れると100曲を越える。こんなペースで楽曲を書くのは、(上島雷太先生でもなければ)普通の人間には無理である。
 
結局、この「松本葉子・松本花子」というのは、恐らく30-40人の作詞家・作曲家の集団ペンネームなのだろうという結論に達する。実際歌詞の傾向から少なくとも松本葉子は4人以上いるという分析をしていた人もあった。言葉の使い方などから明らかに文化圏の違う歌詞があるというものであった。
 

「たぶん上島がダウンしたことから、ビジネスチャンスと思った誰かが、セミプロクラスの作曲家を集めて作曲プロジェクトを作ったんだと思う」
 
「それがたまたま2つ重なって、夢紗蒼依と松本花子になったんだろうな」
 
「でも両者の楽曲はかなり対照的だ」
 
「夢紗蒼依の作品って物凄く緻密」
「うん。かなり難しい和音とかも使われている」
「というか無調っぽい曲もある」
「臨時記号も多い。むしろほとんどの作品に含まれる」
「結構歌うのに難易度がある。音程も広い」
「おそらく音楽大学の学生とかを動員している」
「歌詞にも結構難しい単語や文語的表現が出てくる」
 
「松本花子の作品って凄く素朴」
「変化記号がほとんど無い」
「シの使用頻度が凄く小さい。ファも少ない」
「だから歌いやすい。音程もたいてい1オクターブちょっと」
「たまに和音の間違いとかもある」
「おそらく趣味で打ち込みとかやってた連中を集めている」
「歌詞もわりと素人っぽい素朴なのが多い」
「難しい単語がまず使われていない」
 
「しかしどちらも情報漏れが無いのが不思議」
「守秘義務だけはしっかり守らせているんだろうな」
 

“イリヤ”こと峰川伊梨耶(みねかわ・いりや)さんは2012年春に音楽大学の作曲科を卒業して、下川工房に入社。ポップスのアレンジャーとして仕事を始めたのだが、すぐに下川工房の中でも注目株となる。2014年には下川先生の勧めで“イリヤ”ブランドを確立。編曲したスコアに"Il y a"というサインをするようになった。
 
Il y a(イリヤ)というのはフランス語で「そこにある」という意味。英語のThere is に相当する言葉である。彼女にはローズクォーツやローズ+リリーの楽曲を随分たくさん編曲してもらった。
 
そして2018年2月に下川工房から独立して自分の工房“イリヤ”アン・ステュディオ(Il y a un studio - 直訳すると「ひとつの工房がある」)を設立した。
 
ところがその直後に上島騒動で楽曲制作が停滞することになり、彼女は雇ったスタッフの給料を払うのに、親戚に頼み込んでかなりの借金をしたらしい。
 
私もそのことに気付いて、彼女と接触し、これまでたくさんお世話になっているし、借金を肩代わりしましょうか?と言ったら彼女は意外なことを言った。
 
「実は名は明かせないのですが、ある有名作曲家さんから、親戚に借りたお金も、工房を開くのに使ったお金も全部肩代わりしてもらったんですよ」
というのである。
 
ともかくも誰かが救済したようだというので私は胸をなで下ろしていたのだが、その彼女の工房がこの夏から松本花子作品の編曲を手がけるようになったのである。そのために彼女の工房はスタッフを20名に増員した。それでもほとんど暇が無いらしい。月間100曲生み出す松本花子であれば当然そのくらい必要になるだろう。
 
つまりイリヤの借金を肩代わりしたのが“松本花子”の仕掛け人だということになるようだ。イリヤさんは「有名作曲家」と言ったので、松本花子プロジェクトには誰か、恐らくは私も名前を知っているような大作曲家が絡んでいるということのようである。
 
ちなみにその作曲家さんについて「木ノ下先生や(弟の)藤吉先生ではないし、東郷先生でもありませんよ」と彼女は言っていた。
 
「木ノ下先生は窓口になってくださっただけなんですよ。東郷ブランドの方はうちの工房は関わっていないんです」
 
と彼女は言っていたので、その作曲家は木ノ下先生と関わりのある人ということにはなるのだろうが、現在の日本の流行音楽の世界で木ノ下先生と関わりのある人は数百人いそうなので、ここからは見当がつかない。
 

「私だったりしてね」
などと、政子はその話を聞いて言った。
 
「マリちゃんなの?」
と私は訊く。
 
むろんマリの財力ならイリヤ工房の借金(多分5000万円くらい)の肩代わりは全く負担にならない。
 
「でも私なら多分《作曲家》ではなく《作詞家》と言われているだろうし」
と政子。
 
「そりゃそーだ」
 
「でも面白くなってきたね。上島先生の作品が使えなくなって音楽業界がパニックになったけど、冬が驚異的なスピードで作品を書いているし、夢紗蒼依、松本花子、望坂拓美、と量産作家が出てきて、これで完全に上島先生の作品数はカバーできる」
 
「うん。私もうこのペースで作品書かなくてもいいんじゃないかという気もするけど、約束は守らないといけないから、約束した数までは書くよ」
 
もっとも実際にはかなりの数を大西典香、福井新一、琴沢幸穂などが代筆してくれている。私はそれらを入れて、夏までにたぶん60曲くらいは書けたのではないかと思っていた(正直もう何曲書いたか分からない)ので少しペースダウンしてもいいかなとは思い始めていた。
 
私のことばを聞いて政子は少し考えるようにしてから
 
「ふーん」
とだけ言った。
 

マリが名前を挙げた《望坂拓美》は、今年登場した量産作家の中で唯一素性を明かしているペンネームである。
 
これを主宰しているのは、台湾系日本人の王絵美さんである。彼女は日本生まれの日本育ちで、国籍も現在は日本だが、両親ともに中華民国国籍(但し両親とも日本生まれ)であった。絵美さん自身は日本の音楽大学を出て、一時はテレビで番組アシスタントのようなことをしていた。この時、その番組の司会をしていたのが実は作曲家の本坂伸輔(2014.12.16没)であった。
 
本坂さんは実際には多数のゴーストライターを使用していて、自身の作品は初期のもの以外には無いと言われていた。しかし彼はゴーストの人たちから作品を納入してもらうと、翌日には現金で代金を払っていたので、下請けしている人たちにはとても評判が良かったらしい。しかしこの“本坂ブランド”は彼の死により活動停止していた。
 
絵美さんは本坂さんが亡くなる前年からイギリス人のボーイフレンドと一緒にインドのプッタパルティで暮らしていたのだが、今回の上島事件で多数の歌手が楽曲が無くて困っているという話を聞き、ボーイフレンドをインドに放置したまま緊急帰国した。
 
彼女はインドの習慣に従ってサリーを着ている。彼女のことを一部のマスコミが「宗教家」と紹介したものの、彼女は一切宗教活動はしていない。彼女がインドでしていたのは単なる奉仕活動である。特に女性への教育活動に力を入れている。
 
彼女たちのグループは貧困層の少女たちのための小学校を開いているのだが、この学校は「出席料を支給する」のである。つまり授業料を取らないどころか、学校に出て行くと1日100ルピー(約160円)もらえる。インドの貧困層は月に1000ルピー程度で暮らしているので、要するに学校で勉強することが良いバイトになるのである。
 
基本的に生徒は女子のみとしている(これは男女別学を希望する親が多いことも配慮したもの)が、女の子ならこの学校に行くことで給料がもらえるというので、時々サリーを着て女の子のふりをして入学してくる男の子(男の娘?)もあるらしいが、できるだけ気付かないふりをしてあげるのだそうだ。
 

絵美さんは帰国すると本坂さんの奥さんであった里山美祢子さんと接触して、本坂さんが使用していたゴーストライターの人たちに連絡を取る。その人たちに更に友人を紹介して欲しいと言って、7月末までに10人のプロレベルの作曲家を集めた。そして本坂さんのコネを利用して楽曲の制作を請け負い始めたのである。
 
楽曲は音楽理論に強い絵美さん自身がチェックして品質の維持を図った。そしてこのグループで作り上げた楽曲に《望坂拓美》のクレジットを付けた。望坂の坂の字は里山美祢子さんの許しを得て「本坂」から1字取ったものである。
 
このグループの作品が9月中旬から出始め、秋以降発売の歌手の新譜に使われるようになった。
 
本坂さんの友人だった人たちのコネ、里山美祢子さんのコネ、そして里山美祢子さんの母である作曲家・松居夜詩子さんのコネなどから楽曲が提供されたのである。松居さん自身が提供する楽曲とカップリングで望坂ブランドの曲を使うような例も出た。松居さんも普段の年の3倍くらい作曲依頼が来て、困っていたという。頼む側も松居さんの弟子格の作品になるならと受け入れてくれた。
 
1人の作曲家が楽曲を仕上げるのにだいたい2週間掛かるが、10人でやっているのでこのグループは月間20曲ほどの作品を生み出していった。
 
そしてこの活動で得た収益の10%は王さんが参加しているグループの活動資金に投入されることが明言されており、望坂拓美の活動がインドの少女たちの教育を支援することになる。
 

世間ではこの年の夏前後に登場したこの3つの量産作家、松本花子・夢紗蒼依・望坂拓美を《ま行トリオ》あるいは《チームまむも》などと呼んだ。ちょうどイニシャルが、ま・む・もだったからである。
 
「あと三田とか目良という作曲家も出てくるかも」
などという意見も出ていた。
 
この3つの中の夢紗蒼依は最も早い5月頃から活動開始していたのだが、私はその夢紗蒼依の正体を7月中旬になって知ることになる。
 
千里(千里2)から、丸山アイがスーパーコンピューターで作曲をしているがそのコンピュータを増設するのにお金が足りないから資金協力してくれないかという話が飛び込んで来たのである。
 
しかし実際に詳しい話を聞いてみると、千里の話はほとんど間違っており、スーパーコンピューターで作曲をしているのは確かなのだが、ひたすら赤字を垂れ流すプロジェクトなので、その赤字を負担してもらえないだろうかということだったのである。
 
そしてこのプロジェクトAI-Museが生み出す楽曲に夢紗蒼依のクレジットがされていたのである。つまり夢紗蒼依の正体はAI(人工知能)であった。
 
AI-MuseのAIは丸山アイとArtificial Intelligenceの掛詞である。ミューズは音楽の精であり、元々のギリシャ語ならムーサ(Μουσα)という。これが夢紗の由来だった。「あおい」はミューズの中で歌を司るアオイデー(Αοιδη)から取られた。
 

私たち(丸山アイ・若葉・私・千里2)は話し合って、数億円の資金を投入して人を動員し、松前さんの音源図書館のライブラリの音源を借りて楽曲のデータベースを作る作業、スーパーコンピュータの2号機を作る作業を急いで進めることにした。
 
それで9月には2号機が完成、楽曲データベースも2018年の年末までに9000曲もの楽曲データベースが完成するのである。
 
ここで登録した曲は、1945年以降の国内外の主なヒット曲と、過去20年間の主要アーティストの全楽曲、そして唱歌や童謡、主な民謡、アメリカのフォークソングである。
 
ここで「主要アーティスト」というのは過去20年間に5000枚以上のヒット曲を出したアーティストと定義した。これが丸山アイの計算では148組いた。そしてその人たちが過去に出したCDは全部で3120枚でその中に含まれる楽曲はアレンジを変えた重複を除くと5743曲であった。一方で1945年以降73年間の主なヒット曲を丸山アイ自身の感覚で1500曲ほど選び出したので、両者を合わせ重複を除いて約6500曲となる。この他に童謡や唱歌を1200曲、アメリカのフォークソング200曲、民謡100曲、クラシック1000曲を取り込み、全部で9000曲となったのである。
 

このデータベースは作曲人工知能が曲の作り方を学習するための素材とするのと同時に、過去の作品との類似チェックにも使用される。
 
ここでデータベースは音のつながりの索引が作られており、それぞれの繋がりの使用累計数も統計が取られている。ここで「使用頻度の少ない」音の繋がりと「特定の作曲家に使用例が集中している」音のつながりを、作品固有または作曲家固有のものと考え、「要注意つながりデータベース」として構成している。逆にいうと、よくある音のつながりは盗作とみなさないのである。例えば、ドレミソラとか、ドミミドみたいなものはみんなが普通に使う音の流れなので使用してもよいと考える。
 
(このあたりがこの春に須藤さんたちが作った「類似チェック」ロジックとは大きく立場を異にするところ)
 
作曲システムは自ら楽曲の制作をしていて、recently madeな音のつながりが、この要注意データベースに掛かった場合、回避するのである。またrecently madeな音のつながりが、音の繋がりのデータベースに全く無い場合も回避する。誰も使ったことのない音のつながりは、多分聴いて快適に感じられないものであると判断している。
 
またデータベースは楽曲のジャンル別に音の繋がりを管理しており、ひとつの楽曲の中でジャンルの混淆が起きないように気をつけている。Aメロが演歌調、Bメロがロック調になったりするのは困るのである。
 
人工知能は山鳩さんが定めたいくつかのルール、更に丸山アイが加えたルールの制約を受けながらひたすら試行錯誤を繰り返していく。丸山アイが加えた指標の中には「つまらない」指標というのがあり、この指標が低い作品は駄作としてボツにされる。音数の少ない作品、無難な音の繋がりの比率が多すぎる作品はボツになっていたのだが、私と千里(千里2)はそういう作品も演歌やフォークとして編曲すると結構使えると提言して、この「つまらない」の閾値(しきいち)を下げたのである。
 

このスーパーコンピュータを動かすために丸山アイは原子力発電所が稼働していて、比較的電力事情の良い鹿児島県某市の廃工場を1億円で買い取り、更に5000万円掛けて改修工事をして床の強化などをした。1台目のスーパーコンピューターは某大学で放置されていた1世代前のものを1000万円で買い取ったのだが、2台目は同じ仕様ではあるものの最新の素子を使ったもの(つまり同じソフトが動くが高速)を8000万円で組み上げた。
 
但しこのスーパーコンピューターを稼働させるための電気代が凄まじい。1台目は夜間だけ動かして1日5万円の電気代が掛かっていたのだが、2台目は昼間も含めて1日中動かしたので電気代は1日18万円掛かるようになり、空調代や端末・プリンタの消費電力の代金も入れると1日20万円ほど掛かるようになった。
 
しかしこれまで2曲に1曲をボツにしていたのを、私と千里の提案で編曲を変更することによってほとんどの楽曲を救済できるようになったことから、結果的に2台のスパコンで1日に平均4曲の作品を作ることができるようになった。
 
この結果当初1曲28万円(電気代2日分11万+設備費2日分15万+楽曲調整費2万円)掛かっていた楽曲制作原価は1曲11万円(電気代1/4日分5万+冷却用液体窒素代を含む設備費1/4日分3万+楽曲調整費3万円)まで低下させることができた。この年はこの手の量産作品は1曲20万円で売れたので1曲9万円の利益が出ることになり、このプロジェクトはようやく採算ラインに到達した。
 
千里(千里2)はその楽曲の一部を、自ら改造して“まるでケイが書いたような曲”に改造してしまった。それで千里2は自ら書いたものも含めてこの年40曲もの“ケイ名義”の楽曲を作り上げてくれたのである。
 
(処理的には千里2がAI-Museから楽曲を“未調整”の状態で15万円で買い取り、改造した上で私に35万円で売却。それを私がマリ&ケイの名前で40万円で提供している。私は千里2から仕入れたそのままの額で提供するつもりだったが「ケイのブランド料は取るべき」と千里2が言うので5万円上乗せさせてもらうことにした)
 

この年は『郷愁』の制作で死んでいた昨年とは別の意味で超多忙で私の精神は削られていたが、サマフェスには出て行くことにした。参加するのは7月20-22日に行われた苗場ロックフェスティバルと、昨年は欠場してしまったが今年は出場することにした横須賀のサマーロックフェスティバルである。
 
例年なら制作中のアルバムの中の曲をサマフェスで一部公開するのだが、私は今年は無理だと思っていた。しかし7月上旬に青葉から
 
「私がケイさん名義の楽曲を提供しますから、ぜひアルバム曲の一部ということにして発表してください」
という連絡があり、中旬には更に千里2からも同様の連絡があった。
 
それで私は2人の作品を使わせてもらうことにした。
 

ローズ+リリーの次のアルバムは『十二月(じゅうにつき)』という名前にすることを発表してある。この方針について、春の制作会議では他の人が意見を言う前に★★レコードの村上社長が「ケイちゃんがきちんと計画を立てて、それで行きたいということなんだからそれでいいでしょう」と発言し、会議は簡単にこちらの希望を通してくれた。
 
どうも、昨年はこちらの計画をひっくり返してしまったことから制作現場が混乱し、かえって発売時期が遅くなってしまったという認識が出席者全員にあり、今年はこちらの計画をそのまま容認するムードになったようである。○○プロの浦中副社長なども
 
「去年はごめんねー。社長(丸花さん)に、お前がケイちゃんを守ってやらなければ誰が守るんだ?って叱られたよ」
などと言っていた。
 
強面で、一見するとヤクザの大親分に見える浦中さんから謝られると、かえってこちらが恐縮してしまう!
 

十二月というのはロシアの児童文学作家マルシャークの「Двенадцать месяцев」、英語に訳すとTwelve Monthsという作品から採ったタイトルである。Decemberのことではなく、月(Month)を司る12人の神様(1月の神、2月の神、3月の神、・・・、12月の神)が出てくる物語だ。日本ではこの小説は「森は生きている」という邦題で出版されている。
 
今回のアルバムではそれにちなんで12の月にちなんだ作品を並べようという趣旨で、実は昨年ボツにされてしまった『四季』のコンセプトの焼き直しなのである。実は一部は『四季』で使うつもりだった楽曲も使用する。
 
青葉が提供してくれたのは『雨の金曜日』(6月)という作品である。昨年のアルバムのために青葉が「ケイ風」に書いてくれた作品は実際にはあまり私っぽくなく、最終的に千里が調整してくれたのだが、今回は青葉自身の手でかなり私らしい作品に調整されていた。
 
雨が降っていて、相合い傘で歩く友人を町で見かけたが、私は声を掛けることができなかった、といった感じのストーリーで、まるで女子中学生が書いたかのような可愛い作品である。青葉は今年21歳で、落ち着いた雰囲気を持つし地味な服を好むので、いつも「老けて見える」「千里さんのお姉さん?」などと言われているのだが、さすがに心の中は充分若いようである。
 
一方千里(千里2)が提供してくれたのは『紅葉の道』(11月)という叙情的な作品。実はAI-Museプロジェクトでボツにされていた作品を大胆に改造して仕上げたものである。サビの部分に百人一首の
 
《奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の声聞く時ぞ秋は悲しき》
 
という猿丸太夫の歌が詠み込まれている。
 

ふたりの力作に刺激されて私も『砂の城』(8月)という作品を書いたのだが、マリが「却下」と言った。
 
「え〜〜〜?」
「こんなの和泉ちゃんが見たら、千里に渡して修正させるよ」
「むむむ。それは微妙に嫌だ」
 
「だったら自力でリファインしなよ」
「どうすればいいんだろう?スコアをプリントするから問題箇所を指摘してくれる?」
 
「うん。いいよ」
 
それで政子にこの楽曲のピアノ譜を渡した。すると政子は赤いマジックインキで大きくスコア全体に×印を付けた。
 
「え〜〜〜〜〜!?」
「全体的な雰囲気がよくない」
「むむむむむ」
 

政子の話をよくよく聞くと、どうも全体的に和音が気持ち悪いのだという。政子はこのピアノ譜の伴奏部分だけ実際にマンションにあるクラビノーバで弾いてみせてから
 
「全ての音がスッキリしない」
と言う。
「確かに千里などもこういう私の和音使いが好きじゃないみたいで、彼女に譜面を渡すと、全部シンプルな和音に変えちゃうんだよ」
 
「私もきれいな和音の方が好きだ」
と政子は言う。
 
どうもそこを直さないと先に進まないようなので、結局私は+9,-9,+11のような和音を全部シンプルな三和音かせいぜい7thくらいの和音に直す。そしてsus4, dim, aug のようなのも外してしまった。
 
結果的に全体的に明度があがったような曲になる。個人的には軽すぎて好きではないのだが、政子はその方が好みのようである。
 
「うん。少し良くなった」
と政子も言い、改訂したピアノ譜で今度はもう少し細かい点を指摘しはじめる。
 
結局3日くらい掛けて修正した所で、私たちは和泉に聴いてもらった。
 

「冬、一時期よりは精神力回復したみたいね」
と和泉は言った。和泉には政子の手で調整されたことを言っていない。
 
「そう?個人的にはあまり好みではない部分あるんだけど」
 
「だけどこの曲はボツ」
と和泉は言った。
 
「え〜〜〜〜!?」
 
「これはケイの品質の曲ではない。これはタイトルを変えてUDP(上島代替プロジェクト)に回そう」
 
「うっ・・・」
 
「代わりに私が1曲書いてあげるよ」
と言って和泉は1日で新たな『砂の城』というタイトルの曲を書いてくれた。
 
「うん。こちらがずっといい」
と政子は言っている。
 
「冬はしばらく作曲しない方がいい」
と和泉は言った。
 
「うっそー!?」
 
「でないと、二度と作曲家として復活できなくなる」
「うーん・・・」
 
「昨年の『郷愁』で無茶苦茶、無理をした。それでこの4月から今月まで4ヶ月ほどで冬は既に250曲くらいの作品を書いている」
 
「私、そんなに書いたっけ!?」
「ああ、もう自分が何曲書いたかも分からなくなっているね」
 
「じゃ冬はしばらく作曲禁止で」
と政子は言った。
 
「そんなあ」
 
「じゃ月に1曲だけは書いていいことにしよう」
と和泉。
 
私は少し考えてから言った。
「分かった」
 
「心を休めないとダメ。冬は物凄い能力を持っている。だからみんな期待する。冬はその期待に応えようとする。でもそれは冬の能力限界を超える。私も代理してあげるし、青葉ちゃんや醍醐先生も代理してくれるんだから、今年は冬は名前だけ作曲家でいればいい。250曲も書けばこれ普通の作曲家の12-13年分だよ」
 
それって2014年4月1日の私の《ローズクォーツ卒業記者会見》の時、雨宮先生が言っていたことだと私は思い起こした。
 
「そうだなあ」
 
「だから夏フェスは青葉ちゃんの『雨の金曜日』、醍醐先生の『紅葉の道』、そして私が書いた『砂の城』の3曲で」
 
「じゃ、和泉ちゃん、2人で曲目ラインナップを決めようよ」
と政子。
「じゃ2人でやろう」
と和泉。
 
「私は?」
「気分転換に性転換するとか?」
「何のために〜?」
「冬が性転換しちゃったら、正望さんが困るよ」
「そうだ。正望さんの奥さんでもしてるとかは?」
「無理。正望は全国飛び回っている。下っ端だから使い走り」
「花嫁修業するとか」
「音楽したい」
 
「んじゃショパンコンサートでも開けるようにピアノの練習をするとか」
「ショパンか・・・・」
 
そういう訳でこの後、私は翌年6月に宮古島に行くまで、ほとんど曲を書かない(書けない)状態が続くことになる。
 

今年の苗場ロックフェスティバルの大まかな出演者はこのような感じであった。
 
7月19日(木) 前夜祭
7月20-22(金土日) 本番
 
■Jステージ(1000人)
20 品川ありさ、高橋ひろか、西宮ネオン、姫路スピカ、白鳥リズムなど21 ムーン・サークル、星原琥珀、松梨詩恩、田川元菜、アンミル、メグノンなど22 遠上笑美子、立山みるく、坂井真紅、紅梅、など
 
Jステージの20日は§§ミュージック専用になってしまった。実際の出演者は、このように発表されている。
 
10:00 石川ポルカ 11:00 桜木ワルツ 12:00 花咲ロンド 13:00 白鳥リズム 14:00 姫路スピカ 15:00 西宮ネオン 16:00 高崎ひろか 17:00 今井葉月 18:00 品川ありさ 19:00 川崎ゆりこ
 
いわく『出席番号逆順』である。出席番号が最も若い(=デビュー年が早い)桜野みちるは別格で22日のFステージ冒頭に登場する。
 
21日にはアクアの同級生・松梨詩恩と、西湖(今井葉月)の同級生・田川元菜が続けて登場する。星原琥珀(この子もアクアと同じ高校だが別クラス)や森風夕子、北野天子なども含めて、次の女性トップアイドルの座を伺う子たちである。
 
■Hステージ(5000人野外)
20 オズマドリーム、ミルクチョコレート、XANFUS、Hanacleなど
21 三つ葉、奈川サフィー、貝瀬日南、鈴鹿美里、KARIONなど
22 山森水絵、丸山アイ、小野寺イルザ、プリマヴェーラ、AYAなど
 
■Rステージ(5000人屋内)
20 ボニアート・アサド、クロコダイル、らべんだ、カチューシャ、ストーム5、など21 チェリーツイン、スリファーズ、ローズクォーツ、Wooden Four、スカイロード、など
 
ここは比較的安定した動員を稼ぐアーティストたちである。ボニアート・アサドは微妙なのだが、トップバッター(事実上の前座)として、ここに組み込まれた。若手の期待株である。
 
カチューシャというのは、線香花火(干鶴子+杏菜)、シレーナ・ソニカ(穂花+優香)にボーカルとして種田広夢(おいだ・どりむ)ちゃんが加わって編成された5ピース・ユニットである。
 
広夢(どりむ)ちゃんは三つ葉が選ばれたオーディションでステージ・オーディションまで行ってそこで落とされた子である。あの後、ストリート・ミュージシャンなどをしていたらしいが、食べ放題の店!?で穂花と遭遇して意気投合したのがこのユニットを作るきっかけになったらしい。スリムな体型なのに、ラーメン5杯完食したことがあるという。その話をしたらマリが「一度一緒にごはん食べに行きたい!」と言っていた。
 
広夢ちゃん自身はトレショトカという楽器を演奏?しながら歌う。万能プレイヤーの干鶴子(えつこ)がバラライカを弾き、杏菜がバヤンを弾く。そういう訳でロシア歌謡をメインとするユニットである。
 
広夢ちゃんの地元である長野県大町市の特別支援学校の学園祭のために編成した、臨時編成ユニットだったのだが、その学園祭で見た学校関係者から「うちでも演奏して」「うちにも来て」と言われて、あちこち客演している内に、どんどん来演依頼が舞い込んで、結果的に長野県中、やがて関東や富山・石川方面でも演奏するようになり、とうとう全国ツアーまでやってしまった。
 
広夢がソロ歌手を目指していたこともあり、2018年春に解散すると宣言したのだが、解散は惜しい!もっと聞きたい!という要望が凄かったので、取り敢えず2019年春まで活動を延長している。契約に関しては、線香花火(=e&a)の関わりで、現在◎◎レコードと事務処理代行の契約を結んでいる。
 
(バヤン(баян)はローズ+リリーの公演でも使用したがロシア式のアコーディオンである。バラライカ(балалайка)は三角形のギターに似た楽器。トレショトカ(трещотка)というのはウッドブロックが多数まとめられた楽器で、富山県のこきりこで使用する“板ざさら”などと同系の楽器と思うのだが、広夢ちゃんが歌いながらこれを鳴らす所は、それ自体がひとつの“芸”であり、とても見応えがある)
 
■Fステージ(1万人)
20 ラビット4(いちご組)、南藤由梨奈&レッドブロッサム、ラビット4(めろん組)、シュールロマンティック、ラビット4(さくら組)、など
21 ナラシノ・エキスプレス・サービス、ラララグーン、バインディング・スクリュー、など
22 桜野みちる、ステラジオ、スカイヤーズ、サウザンズ、スイート・ヴァニラズ、など
 
さて・・・昨年2つに分裂して世間を驚かせたラビット4はその片方が更に分裂して、いちご組・めろん組・さくら組という3つになってしまった。むろん○○組というのは区別するために放送局などが付けた通称であり、3組とも正式名称は全て同じ「ラビット4」である。従って進行係が紹介する時も「ラビット4です」としか言わないが、プログラム上では3組全部の承認を取って通称を表示している。
 
(世間では、きっと来年は4つになると予想されている)
 
「俺たちは緩衝材か?」
とラビット4とラビット4の間に挟まれたシュールロマンティックの野潟さんがぼやいていたが、同じく緩衝材にされた南藤由梨奈&レッドブロッサムの鮎川ゆまが「まあまあ」となだめていた。
 
南藤由梨奈&レッドブロッサムは3月までは普通に「南藤由梨奈」の名前で活動していたのだが、これまで上島雷太・蔵田孝治の2人で共同プロデュースしていたのが、上島先生の離脱で蔵田さんの単独プロデュースとなったことから、少し路線変更して、ポップロック寄りに制作することにし、バンド的な名称に改名した。南藤自身も間奏でピアノプレイを見せたりする(元々ギターとピアノが弾ける)。
 
上島先生が書いた曲が使えないので、一部鮎川ゆまの作品や、南藤由梨奈自身が歌詞だけ書き、曲はゆまと共同で作った曲、それに松本葉子・松本花子作品!も2曲ラインナップに加えた。この急遽加えた曲を秋頃にアルバムとしてリリースする方向である。
 
■Gステージ(4万人)
20日
1100-1200 アクア(日本)
 
21日
1030-1130 アクア(日本)
1300-1400 ゴールデンシックス(日本)
1500-1600 レインボウ・フルート・バンズ(日本)
1700-1800 愛戦士達(オーストラリア)
1859-1959 リダンダンシー・リダンジョッシー(日本)
2100-2200 ウォーター・ライフ(アメリカ)
 
アクアはとうとう2日間演奏になってしまった。しかも今年は抽選である。整理券を2日間合計で7万枚発行するので、それを持っていないと入場できない。
 
(本来4万人入る会場だが、アクアの公演ではロープを張ってブロック指定仕様にするので3.5万人しか入らない。アクアの次に1時間半あけるのはロープ撤去に時間が掛かるからである)
 
抽選は19日18:00〜20日8:00までに携帯(ガラケーまたはスマホ)でエントリーしてもらい、結果は9:00に発表される。エントリーの時に必要な入場者数の分、このフェスのチケット(または出演者パス・伴奏者パス)の一連番号を入力しなければならないので、二重に申し込むことはできない。二重に申し込んでいる場合は、全てのエントリーが無効になる。
 
22日
1000-1100 金属女給(日本)
1200-1300 セカンド・ディメンション(スペイン)
1400-1500 ハイライト・セブンスターズ
1600-1700 セクサゴン・パニック(イギリス)
1800-1900 ローズ+リリー(日本)
2000-2100 ドリームボーイズ(日本)
2200-2300 マニアル・ガーデン(イギリス)【Head Liner】
 
今年のヘッドライナーは2015年にヘッドライナーを務めたマニアル・ガーデンが帰ってきた。そしてそのひとつ前、日本人アーティストのラストには、この日だけ特別結成するドリームボーイズが入る。
 
私は
「ダンサーにカウントしているからな」
と蔵田さんから言われている。
 
「きついですー」
と言ったのだが
「ローズ+リリーより後の出番だから何とかなるだろ?」
と言われてしまった。
 
 
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【夏の日の想い出・天下の回り物】(1)