【夏の日の想い出・天下の回り物】(2)

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当初アクアのGステージ登場は21日だけの予定で、その後20日が追加されたのだが、これに伴ってJステージの20日のスケジュールが改訂された。
 
11:30 石川ポルカ 12:20 桜木ワルツ 13:10 花咲ロンド 14:00 白鳥リズム 14:50 姫路スピカ 15:40 西宮ネオン 16:30 高崎ひろか 17:20 今井葉月 18:10 品川ありさ 19:00 川崎ゆりこ
 
10:00-11:00にアクアの演奏があるので、その後から始めることにしたのである。そうしないと§§プロのスタッフのやりくりができない!
 
ちなみにアクアのライブが終わった後、アクアのステージ衣装と同じものをつけた“おとり”が、アクア専用車である白いトヨタ・アクアに乗って会場を脱出するが、20日の公演ではこの役を石川ポルカが務める。それで車を追いかけていった人たちはJステージに辿り付き、石川ポルカはステージに登場すると、上につけているアクアの“男の子のような”衣裳を脱いで、下につけて女の子仕様の石川ポルカのステージ衣裳に早変わりするという趣向になっている。
 
なお21日のJステージは最初から11:30以降の演奏予定になっている。
 
11:30 矢上アキエ 12:00 平原優美 12:30 松元蘭 13:00 星原琥珀 14:00 アンミル 15:00 メグノン 16:00 松梨詩恩 17:00 田川元菜 18:00 ムーンサークル
 
21日の場合はアクアのおとり役は実は彼の同級生である松梨詩恩が務めて、アクアの衣裳を着たままステージに登場し、矢上アキエちゃんを紹介して演奏が始まる趣旨だ。詩恩は§§プロのタレントではないが、§§プロとしては、ほぼ身内のようなものである。実際よく信濃町の§§プロの事務所にも顔を出して勝手におやつや夜食を食べている(彼女の事務所は夜食が有料らしい)。
 

私と政子は19日に越後湯沢に入り、ホテルに入った。むろん私の分と2人でアクアのライブの抽選に申し込んだが、政子は20日の公演に当選したものの私は落選した。しかし政子をひとりで行かせるのはとっても怖い。誰か20日に当選した人がいないか訊いてみたら、小風が20日に当選していることが分かったので同伴をお願いすることにした。
 
「美空は21日で当たったのよ。冬も21日だったの?」
「ううん。私は落選」
「・・・」
「どうしたの?」
 
「今回アクアのライブに申し込んだ人は8万人近くあって、その中の7万人を当選にしたんだよ。確率は90%近いんだよ」
「私、ジャンケンにも弱いし」
「クジにも弱いのか!」
 

しかし結局アクアのディレクターである和泉の権限で私は楽屋からアクアのライブを聴くことができるようになった。それで20日の朝から政子や美空・小風と一緒に佐良さんの運転するバスで現地に入り、ステージ傍にある楽屋に入った(小風と政子は客席の方に行き、私と美空が楽屋に入る)。
 
この日のアクアはかなり男っぽい。アクアMだなと私は思った。トイレも男子トイレに入っているみたいだし!
 
実際この日の観客は
「アクアちゃん、凄く男っぽかった」
「やはり男の子になりつつあるのかなあ」
「もう声変わりも近いのかも」
「少し悲しいなあ」
 
などという感想をもらしたようであった。客席で見た政子など
 
「やばい。このままでは声変わりが来てしまう。一刻も早くあの子を拉致して去勢してしまわなければ」
 
などと言っていた。私はアクアに護衛を付けた方がよくないか?という気がした。
 

ところが21日のアクアのステージを見た観客の感想は真逆だった。
 
「アクアちゃん、凄く女の子らしくて良かった」
「可愛いかった」
「もっと女の子っぽい服を着ればいいのに」
「やはりアクアちゃんはこうでなければ」
 
本気でアクアって声変わりが来る前に性転換させちゃった方が人気を保てるのでは?と思いたくなる反応である。
 
この日のアクアは女子トイレを使用していたし、アクアFだったようである。同級生で、この日の“おとり役”を買って出た松梨詩恩とふたりで手を繋いで!?女子トイレに入ったりしていた。
 
龍虎の通うC学園は男子生徒は全校で6人しか居ないので、教室の近くには女子トイレしかなく、男子生徒は職員室そばのトイレを使うよう言われているものの、龍虎は同級生の女子たちと一緒に女子トイレを使っているらしい。
 
(龍虎Fは女子トイレしか使わないし、龍虎Nは女子トイレを使いたがるが、龍虎Mも女子トイレを使うこと自体は平気らしい)
 

この日の龍虎は本番前に楽屋で政子や小風などとも話していたが
「大丈夫ですよ。ボクまだ声変わりが来ることはないと思いますよ」
などと言って、政子たちを安心させていたようである。
 
いや、そうしておかないと、アクア自身の身が危ない!
 
ところで、21日はいつもアクアの代理を務めている今井葉月はお休みであった。これはこの苗場のステージが終わったらすぐに『八十日間世界一周』の撮影旅行に行くので、その前に身体を休めておいて欲しいということで、山村マネージャーが21-22日は葉月に休暇を与えてくれたためである。
 
どう考えても、撮影の時はボディダブルの方が本人より辛い。それにアクアは3人いても葉月は1人だけである!
 

なお、20日の今井葉月のステージだが、ほぼ女の子アイドルという感じの可愛いドレスで登場し、この日は小泉今日子のヒット曲を歌っていた。
 
『半分少女』『艶姿ナミダ娘』『渚のはいから人魚』『迷宮のアンドローラ』、『ヤマトナデシコ七変化』『常夏娘』『ウィンク・キラー』『魔女』、『東の島にブタがいた Vol.2』『怪盗ルビイ』
 
若い男性からの声援が物凄い。どうも本当に《葉月ファン》が形成されつつあるような感じだ。それも10-20代の男性が多い(小泉今日子の曲を歌うというので40-50代男女も結構見た)。最近葉月はもう今更「男の子です」とは言えなくなりつつある感じもする。
 
ちなみに今日は全曲ソプラノボイスでの歌唱(原曲より少しキーを上げてある)である。
 
彼は学校ではずっと女声で話していることもあり、男声の出し方忘れそうです、などと言っていた。彼(彼女?)は例年女性楽屋に拉致されてきていたのだが、今年は最初から女性楽屋に居て、スピカやひろかと普通におしゃべりしていた。
 
冒頭の『半分少女』を歌っていた時、政子は
 
「西湖ちゃん、今はまだ半分少女だけど、早く完全少女になれるといいね」
などと言っていた。
 
(曲のタイトルの意味は「まだ大人の女になりきれていない半分女・半分少女という意味で、半分少女・半分少年ではない!」)
 
「取り敢えず拉致しておちんちん切ってあげようかな」
「それ犯罪だからね」
 

私はアクアの男性器が《風前の灯火》なら、ひょっとして西湖の男性器は《扇風機の前の蝋燭》くらいかもという気がしてきた。
 
アクアの契約書には30歳になるまで性転換は禁止という条項が入っているらしいが、西湖の契約書にはそのような条項は無く、むしろ他の女性タレント同様に、26歳になるまで結婚・男性との交際?と妊娠!?が禁止されているらしい。
 
(コスモスも西湖のことはわりと適当に扱っている気がする)
 
「契約書には『いつも少女アイドルらしい行動を心がけ、日常生活においても女性にあるまじき言動、アイドルにふさわしくない言動や服装を控えること』
なんて項目もあるので、ボク、中学時代に学生服で通学していたのは、厳密にいうと契約違反だったみたいです」
などと西湖は言っていた。
 
「西湖ちゃん、中学時代はセーラー服で通学してたんでしょ?」
と政子が言う。
 
「セーラー服は持ってましたけど、通学は学生服ですよ」
「学校の先生注意しなかった?」
「しません!」
「じゃ学校で学生服で女子トイレに入ってたの?」
「男子トイレですよ〜」
「でも立ってできないでしょ?」
「もちろん個室です」
「だったら女子トイレ使えば良かったのに」
「逮捕されます!」
「男子トイレ使った方が逮捕されそうだけどなあ」
 

さて、今回ローズ+リリーの公演に参加してくれる人たちは下記である。
 
ローズ+リリー マリ ケイ
スターキッズ 近藤(G) 鷹野(B) 酒向(Dr) 七星(Sax) 月丘(Marimba)
青葉の友人 田中世梨奈(Fl) 久本照香(Fl) 上野美津穂(Cla) 日高久美子(Sax)キーボード 詩津紅
 
事務方 風花、妃美貴、鱒渕水帆
レコード会社担当 氷川
UTP担当 江口マル
 
これに“謎の男の娘”さんが龍笛とヴァイオリンを弾いてくれて、風花にもキーボードと篠笛で入ってもらう。妃美貴もいるし鱒渕さんもいるので風花が何曲かステージに出ていても、何とかなる。それから風帆伯母がどっちみちフェスには参戦しているのでそのついでに箏とギターを弾いてもらうことにした。
 
今回の龍笛であるが、青葉も千里(千里3)も日本代表の合宿中である。しかし千里2が例の覆面をして“謎の男の娘”名義で参加してくれるということだったので助かった。彼女はアメリカのリーグ戦が7月21日夕方(日本時間では22日早朝)に終わるらしいので、それから日本時間の日中寝て苗場22日18時のステージに出るのは問題無いらしい。
 
アメリカと日本の移動に半日かかるのでは?と思ったのだが、青葉が「2番さんの移動時間の問題は考えるだけ無駄です」と言っていたので、考えないことにした。なお苗場のステージが終わったら、フランスに移動するということだった。(アメリカに戻ってからフランス行きの飛行機に乗ると言っていたので、たぶん日本には密入出国!)
 

青葉は言っていた。
「信次さんのお葬式の時に、千里姉の親友の佐藤玲央美さんが来ていたでしょ?」
「うん。来てたね」
「だいたい千里の3番さんも、佐藤さんもあのお葬式の時はスペインで日本代表の合宿やってたんですよ」
「え〜〜〜!?」
「だから佐藤さんも、スペインに居る最中に日本にピンポイント・リターンする手段を持っているようです」
 
「うーん・・・」
 
私はふと思い出した。
 
「2年前に私が震災イベントの前日に奈良の山奥の町に閉じ込められて困っていた時、とりあえずスノーモービルで脱出して、その後、車で移動していた時、ふと気付いたらもう福島に着いていたんだけど、あれもその瞬間移動なのかな?」
 
青葉は言葉を選ぶように言った。
「私もどうなってんだ?と思って訊いてみたんですが、絶対口を割らないんですよね〜」
 
「ああ、しらばっくれるよね」
「でも多分あれはそういう超常的な力を使ったのではないと思います。あれはですね」
「うん」
「どうも小型の飛行機のようなもので移動したっぽいです」
 
「へー!!」
 
確かにあの時私たちはかなりの時間眠っていたので、飛行機に乗せられて移動したのなら、ありえる時間だ。
 
しかし道路から離着陸でもしたのか!?
 

千里2が参加する、フランスのリーグ戦は9月開始らしく、2ヶ月近く比較的時間が取れる状態が続くので、何かあったら言ってくれと彼女は言っていた。私はアルバム制作に協力して欲しいと言い、彼女も「どうせゴールデンシックスの制作にもカウントされているし、できるだけ参加するよ」と言ってくれた。
 
なお千里1はまだ茫然自失状態で、康子さんや桃香などが声を掛けてもほとんど反応が無いらしい。御飯を目の前に置いて「食べていいよ」と言うと食べるし、言えばお風呂くらいひとりで入れるし、トイレくらいは自分で行くし、眠くなったら寝るものの、自力では生活できない状態にあると桃香は言っていた。まるで重度の自閉症にも似た状態のようである。実際おそらく自分の心を守るためにinput/outputを抑制して閉じこもり、自分を少しずつ治しているのだろう。
 

21日はアクアのステージを楽屋から見たあと、KARIONの公演があるので日中はパフォーマーズ・スクエアで本番近くまで寝ていた。KARIONは現在新しいアルバム『1024』の制作中なので一部の楽曲を公開した。
 
21日の夜には越後湯沢のホテルで、ローズ+リリーの出演者で一室に集まり、演奏曲目と各々の担当を確認した。
 
「いつものようにステージの出入りと使用楽器について表示するスマホをお配りしますので、その指示に従って下さい」
と風花が出演者みんなに言う。
 
それで出入りだけリハーサルしたが、「謎の男の娘」さんがまだ来ておらず今夜は欠席なので妃美貴が代理を務めた。
 
「今回は出演者が少ないね」
と風帆伯母が言う。
 
「上島先生の問題で疲労している音楽関係者が多いので、体力が足りないと言っている人が多いんですよ。今少しでも楽曲が書ける人はほぼ全員作曲に動員されている現状なので」
と私は説明した。
 
「たいへんね〜」
 
「それでコーンフレークの花も今年はダンサー抜きで」
と私が言ったら
「私がダンサーやってあげようか?一緒に来ている友だち連れて来てもいいよ」
と風帆。
 
一瞬シーンとなる。
 
すると美空が手を挙げた。
「私と小風でやってもいいですか?」
 
「ああ、その方がいいかもね」
となぜかここに居るアクアのマネージャー・山村が言った。
 
「大御所さんのダンスも圧巻でしょうけど、ここは若い人に出場機会を多く与えるということで」
と山村。
 
「あんた口が上手いね」
と風帆。
「それで50年ほど芸能界で生きて来ているので」
と山村は笑顔で答えた。
 

妃美貴が後で言っていた。
 
「謎の男の娘さんって、何か会う度に雰囲気が違う気がするんですが、ひょっとして、中の人が何人かいるとか?」
 
「よく分かるね。それもあって覆面をしているんだよ」
「プロレスなんかでも、覆面レスラーの中身が違うことってたまにあるらしいですね」
と江口マルが言っている。
 
「大きな会場でするようなものではそんなことないだろうけど、地方の公演とかでは、そういうのもあるという噂はあるね。覆面レスラーを描いた『A・O・N』という漫画にはそれっぽいことが書いてあった」
と鷹野さんが言っている。
 
(鷹野さんはしばしば女性用楽屋に居る)
 
「知り合いのレスラーが『覆面は天下の回し物』と言ってたよ」
と山村マネージャーが言っていた。
 
(山村さんは女装者なので当然のような顔をして女性用楽屋に居る)
 
「凄い表現だ」
「決められた時間に、そのリングの上に、その覆面を付けたレスラーがいれぱいいのさ」
 
「うむむ」
 
どうもこの人は芸能界やその周辺の闇を知り尽くしているようである。
 

結局今回のフェスで演奏した曲目は下記である。
 
『青い豚の伝説』『雨の金曜日』『紅葉の道』『砂の城』『斜め45度に打て』、『ふるさと』『コーンフレークの花』『苗場行進曲』『ピンザンティン』、
『あの夏の日』
 
郷愁協奏曲も検討したが、その1曲だけのために弦楽器奏者を多数呼ぶのは申し訳ないのでやめた。『フック船長』も検討したが、演奏者のやりくりが難しかったので断念している。『ふるさと』の三味線は省略である。風帆伯母には『ふるさと』で箏を弾いた後、『コーンフレークの花』ではギターを弾いてもらった。“謎の男の娘”さんは『ふるさと』で龍笛を吹いた後、『コーンフレークの花』ではヴァイオリンを弾いてもらっている。夕方ではあるものの今年は猛暑で、熱中症で搬送される観客も発生しているので、ヴァイオリンはサマーガールズ出版が所有する電気ヴァイオリンSV250を使用している。
 
苗場行進曲に行進してくれるチームだが、昨年は政子がオーナーをしている江戸娘のメンバーにお願いしたので、今年は私がオーナーをしているローキューツの人たちにお願いした。
 
2014苗場 ローキューツ
2014大宮 ローキューツ・ジョイフルゴールド
2015苗場 40 minutes
2016苗場 レッドインパルス
2017苗場 江戸娘
2018苗場 ローキューツ
 
「4年ぶりの苗場だ」
「出演者パスのおかげで凄い演奏をいくつも聴けた」
と彼女たちも喜んでいた。
 
「この勢いで全日本を目指すぞ!」
と最後は気合いを入れていた。
 

ライブが終わった後、メイクを落とし着換えていたら、鮎川ゆまが来て
 
「洋子〜、いくぞ」
と言う。
「はいはい」
と私は力なく返事すると、一緒にドリームボーイズの楽屋に向かった。
 
入って行くと、蔵田さんからいきなり言われた。
 
「お前は既に死んでいる」
 
「へ!?」
「こいつ、生気が無いと思わないか?」
と蔵田さんが言うと、なぜかここに来ている雨宮先生が
「性器は手術で除去したから無いはず」
などと言っている。
 
「でも女の性器を作ったんじゃないの?」
と蔵田さん。
「まあ純正部品じゃなくて代用品だからね」
と雨宮先生。
「まあ医者は神様ではないから仕方ない」
「もっとも私の経験では、使用感にほとんど差が無いけどね」
「ああ、そういうもん?」
 
この人たちは何の話をしているんだ!?
 
「蔵田君も性器を取っ払って代用品に変える?」
「俺はただのホモであって女になりたい訳じゃ無いから。雨宮こそそろそろ手術して女にならないの?」
「あら、私はふつうの男だけど」
 

「でもネットにも早速、ケイちゃん元気が無かった。大丈夫かな?という書き込みがだいぶある」
と言って雨宮先生は自分のスマホを見ている。
 
「そういうのはすぐに観客には分かるよな」
「ケイちゃん、ひょっとして妊娠しているのでは?という書き込みもあるが」
「妊娠はしてません。だいたい私卵巣も子宮もないから妊娠しません」
「いや、ケイなら妊娠しても驚かない」
 
「しかし俺たちのバックで元気の無い所を見せられたら困るから、これ飲め」
「何ですか?ドリンクですか?」
と言って、私は受け取ると、そのペットボトルをグイっと飲んだ。
 
「うっ」
 
「まさか一気飲みするとは」
 
「これお酒ですか〜?」
「一口飲んだ段階で気付かない所が、やはり死んでるからだな」
 
「今飲んだ分くらいなら死なないから大丈夫だな」
と私が飲んだ残りの量を見て蔵田さんが言っている。
 
「うん。全部一気飲みしてたら一時間後くらいに死んでたね」
と雨宮先生。
 
勘弁して〜。
 
「取り敢えずこれを飲むといいよ」
と凛子がポカリスエットの2L瓶をくれたので、それを私は一気飲みした。
 
「まあ水分を身体に入れればその分アルコール濃度は落ちるからいちばん正しい対処だな」
と雨宮先生は言っていた。
 

それで私は酔った状態でドリームボーイズのバックで踊ったが、アルコールでブーストしているので、私は結構良いノリで踊ることができた。
 
しかし足がまるで雲の上を歩いているみたいだ!
 
それでそちらが終わってからいったん自分の楽屋に戻ると、覆面を付けたままの千里が寄ってきて言った。
 
「冬、これこのままにしておくと、あと30分くらいで意識を失って、1時間後に死ぬかも」
「え〜〜〜!?」
 
「私に任せて」
と言って、千里は自分の服をめくり、私の手を千里の胸に付けた。
 
「ここから手を放さないで」
「うん」
 
千里は右手と左手で印でも結ぶようにする。すると急激に酔いが冷めていくのを感じた。
 
「これで大丈夫だと思う」
「ありがとう!」
 
「冬らしくもない。こんなに飲むなんて。たくさん楽曲書いてて辛いかも知れないけど、ヤケを起こしちゃ駄目だよ」
 
「違うよ。欺されて飲まされたんだよ」
と言って私が状況を説明すると千里は笑っていた。
 
「作曲禁止か。今年冬はここまで既にひとりで300曲くらい書いているもん。この後は休んでなよ。政子ちゃんが作曲禁止を言い渡したのなら、それに従えばいい。代わりに名画を見たり、クラシックのコンサートに行ったりして、自分のセンスに栄養をあげればいい」
 
「うん。私も美術館とか行こうかなと思ってた。でも私300曲も書いた?」
「過去の楽曲を再利用したものも入れたらそのくらい行ってると思う。でも、夢紗蒼依が本格活動開始するから、代替曲はそちらに任せればいいよ」
 
「そうだね」
 
「元々上島さんが作曲できなくなったのを冬を含めて多くの人で代行した。でも実際問題としてこの代行作戦は半ば冬が頼りだったと思う。でもさすがに冬の力でも無茶すぎた。だから、それを私や青葉、それに夢紗蒼依で代行する。代行の代行を代行するって感じで、作曲は天下の回し物だね」
と千里は言った。
 
「何か今年は色々なものが回っている」
と私は力なく答える。
 
「でもそんなの飲まされるとか、やはり基本的に注意力が落ちているね」
と千里は言ってから小さな声で言った。
 
「政子ちゃん妊娠しているみたいだけど、冬が妊娠させたの?」
「え!?」
 

政子の妊娠は翌週明らかになるのだが、この夜は桜野みちると森原准太の熱愛が発覚し、大騒ぎになっていた。しかし私はそれもこの日は全然気付かなかった。ふたりの記者会見は翌23日月曜日に行われることになった。
 

さてアクアは7月20-21日の2日間苗場で歌った後、22日は休ませてもらい、23日から「八十日間世界一周」の旅に出発した。一緒に世界一周するのは下記25名である。
 
アクア(主役)、大林亮平(刑事役)、スキ也(召使い役)、今井葉月(アクアのボディダブル)、
 
中村監督(M)、高原助監督(M)、稲本(脚本)(M)、梨山プロデューサー(M), 撮影係4名(M4)、照明係2名(M2)、女性衣裳(アクア・葉月担当)(F), メイク担当(F)、男性衣裳(大林・スキ也担当)(M)、音響担当2名(M2)、男性助手(雑用と運搬係)2名(M2)、通訳(M)、
 
山村勾美(アクアのマネージャー)、桜木ワルツ(マネージャー助手・会計兼務)、雪原克人(大林のマネージャー)。
 
スタッフは男性16名・女性2名、マネージャーは男性1名、女性2名、そして出演者は男性4名なので、全部で男性21名、女性4名、と会計を制作委員会から委託された桜木ワルツは思った。
 
が・・・微妙な人がいることに気付く。ワルツは事務所内でパソコンに向かって作業していた山村に尋ねた。
 
「山村さんはパスポートの性別どちらなんですか?」
「あら、私は男よ」
「やはりそうなんですね」
「だから航空券も男で手配してもらったはず」
「なるほどー」
 
確かに手元にある航空券を見ると山村の航空券は KOMI YAMAMURAで SEX:M となっていた。名前だけ改名したのだろうか?それとも元々男女どちらでも通じる名前だったのだろうか。しかし年齢が32になっているのには顔をしかめる。32歳ってことはないだろう?彼の年齢は見当が付きにくいが、普段話している内容から50歳以上なのは確実だ。
 
「山村さん、生まれ年の干支は?」
「私は1985年8月生まれ丑年よ」
「・・・・」
「どうかした?」
「いえいいです」
 

搭乗拒否されたら自己責任よね、とワルツは考えた。
 
ワルツは全員の航空券に誤りが無いか最終チェックしていたのだが、ふと手が停まる。
 
「葉月ちゃんのチケットがFになってる!」
 
大変だ。すぐ変更してもらわなくちゃ。でも間に合うかな、ESTAはどうしよう?と焦る。そしたら山村が言った。
 
「西湖ちゃんのパスポートは女の子になってたよ。だから航空券もFでいいよ」
「え?うそ!?」
 
慌てて金庫の中からパスポートを取り出した。アクア・葉月のパスポートは念のため預かって、ワルツ自身のものと一緒にこちらで保管していた。
 
天月西湖のパスポートを開く。中を見る。このように書かれている。
 
Surname AMAGI
Given name SEIKO
Nationality JAPAN Date of birth 20 AUG 2002
Sex F Registered Domicile SAITAMA
 
「うっそー!?何で??」
 
「あの子、こっそり性転換したんじゃないの?」
「そんな馬鹿な」
「じゃなかったら間違いかもね。だけど今更パスポートの取り直しなんて無理」
「それはそうですけど」
 
「まあもし問題になりそうなら出発前に性転換しちゃうとか。行けば即性転換手術してくれる病院知ってるけど」
 
「うーん・・・」
 
ほんとに性転換させちゃおうか?と一瞬ワルツは考えた。
 
「でもあの子は女の子のパスポートになってても、入出国の係官は何も疑問に思わないよ」
と山村は言う。
 
ワルツは少し考えたが、山村の意見に同意する。
 
「確かにあの子、男の子のパスポート持ってた方がトラブるかも」
「そうそう。アクアは絶対トラブるから気をつけて」
 
「あの子は仕方ないですね〜」
とワルツもあきらめ顔であった。
 
昨年香港に行った時も向こうの入出国で揉めたのである。日本の入出国はアクアが有名人なので「ああ、あのアクアちゃんか!」で済んでしまったのだが。
 
それでワルツは葉月に電話を掛けた。
「葉月ちゃん、明日出かける時の服装は何を着てくる?」
「ハワイに行くから、暑いだろうし、半袖のTシャツとショートパンツにしようかと思ったんですが」
「出発の記念撮影とかもするからさ。学校の夏制服着てきなよ」
「制服なんですか?でも女の子の格好してたら、入出国で揉めませんかね?」
「あんたのパスポート確認したけど、あんた女になってるんだけど」
 
「え〜〜〜!?」
 
自分で気付いていなかったようである。
 
「だから撮影旅行中はずっと女の子で通してね」
「身体検査とかされたらどうしましょう?」
「いっそ明日出発前に性転換手術受けて女の子になる?」
「・・・・」
 
西湖が黙ってしまったので、この子ほんとうに性転換手術を受けることを考えているのでは?という気がした。
 
「まあ冗談だけどね」
「良かったぁ」
「でも女の子の格好で通してね」
「分かりました。頑張ります」
 
そういう訳で西湖は女の子として世界一周をすることになったのである。
 

一行は7月23日(月)の午後、成田空港に集合した。記念写真を撮ってから出国手続きをする。ワルツはアクアの次、葉月の前の位置に陣取り、何かあったらサポートできるようにと考えた。
 
実際アクアは「あなた女性では?」と言われたものの、
「ボク、タレントのアクアです」
と自己申告すると
「ああ、あのアクアちゃんか。お仕事?頑張ってね」
と言われて通過できた。
 
ワルツは自分が通過してから葉月の様子を見る。
 
しかし葉月は何の問題もなく出国手続きを通過した!
 
ワルツはホッとしている様子の西湖の肩をトントンと叩いた。
 

一行は20:10の全日空184便ホノルル行きに搭乗する。
 
NRT 7/23 20:10 - 8:45 HNL (7h35m)
 
みんな機内では寝ていたようである。ハワイで入国審査を受けるが、アクアは性別を疑われて結局別室で検査までされて男であることを確認されたものの、葉月は何の問題も無く女性のパスポートと航空券で入国してしまった。ワルツは、いっそのことアクアも女性のパスポートだったら問題が起きないかも、と考えてしまった。
 
空港内で朝御飯を食べるが、この席で監督がアクアと葉月に尋ねた。
 
「今日は何日?」
「え?成田を昨夜7月23日に出発して一夜明けたから7月24日ですよね?」
とアクア。
 
「大林君?」
「今日は7月23日なんだよね。今7月23日の朝9時過ぎ」
と、自分の腕時計の時間帯をホノルルに変更している大林が言う。
 
「え!?」
「アクアちゃんの時計は、それベビーGだから世界時の機能があるでしょ。ホノルルに変更してごらんよ」
 
アクアの時計は調整していなかったので、7月24日4:12になっていたのだが、ワルツに教えてもらって場所をHNLに変更すると7月23日9:12になってしまった。
 
「うっそー!?なぜ?」
「日付変更線を越えたからだよ」
とスキ也が言っている。
 
「あ」
と口に手を当てて葉月が言った。
 
「これがフォッグ氏が約束の時間に間に合った理由ですか?」
 
「そうそう。フォッグ氏は実際に80日掛けて世界を一周したんだけど、実はその中で日付変更線を西から東に越えているんで、同じ日を2回やっているんだよ。だからフォッグ氏たちは80日間掛けたのに、その間、日付としては79日しか経ってなかったんだな。同じ日が2回あったから」
 
「だから1日の余裕が生まれたんですね」
「そうそう。フォッグ氏たちが80日で世界一周した、その“1日”というのは、実は24時間÷80日=0.3時間ずつ短い1日だったんだよ」
 
「なるほどー!」
 
「これを『時間は天下の回し物』というんだな。地球が丸いから起きること」
と山村が言っている。
 
なんじゃそりゃ!?とワルツは思ったが、アクアと葉月は納得しているようだった。
 

ハワイでは、観光船に乗って港に入る所・出る所の撮影をしたり、フォッグとアウダが夕焼けの浜辺を散歩する所などを撮影する。また、パスパルトゥがハワイ王国(当時)の儀式を邪魔して拘束され、フォッグが多大な賠償金を払って解放してもらうという話を、現地の俳優さん・エキストラさんと一緒に撮影した。
 
国王カメハメハ5世を演じてくれた俳優さんは妙に威厳があって龍虎たちは感心したが、実はハワイ王家の血筋を引いている人ということで、ローカルなドラマなどでもよく王様役を演じているらしい。
 
大林が
「You are great! That's why you are filled with dignity.(あなたは凄いです。(王家の血を引いているから)それでこんなに威厳があるんですね」
 
と言ったら、彼はお茶目な顔をして答える。
 
「My dignity is no more than bluff. 日本語で言う所のハッタリね」
と後半は流暢な日本語で応じた。
 
「ちなみにボクは相撲も強いよ。ハッタリテ(張り手?)も強いし。大林さん、運動神経良さそうね。やってみる?ハッタリー、ノコッタ!」
などとダジャレまでかましていた。
 
でもこのカメハメハ役の人と大林亮平の相撲対決はほんとに撮影した!
 
「まさかハワイでまわし姿になるとは思わなかった」
と亮平は言っていた。
 
ちなみにこのシーン、パスパルトゥを解放する条件として神意を問う相撲をやって、亮平が勝てば解放してもらえるというエピソードを急遽脚本変更して組み込んだのだが、向こうが本気なので相撲を5番取って、やっと亮平が勝った。
 
「相撲は神意の回し物ね」
と山村マネージャーはよく分からないことを言っていた。
(相撲の「まわし」に掛けているようだ)
 

浜辺のシーンはこのような筋立てになっている。
 
アウダが考え事をしながら浜辺をサリー姿で散歩していた時、向こうからハイビスカスのレイをつけた紳士服姿のフォッグが歩いて来てふたりは偶然遭遇する。するとフォッグは
 
「花は御婦人にこそふさわしい」
と言って、自分が掛けていたレイをアウダに掛けてあげる。
 
するとアウダはドキッとした表情を見せる。実は彼女の住んでいた地域では男が女に花を贈るのは、愛の告白の意味があるのである(ということを後にアウダは独白で語る)。
 
「故郷の村を離れて寂しくありませんか?」
とフォッグ。
「いえ。私はもうあの村には帰られないのです。だからどこかで生きて行くしかありません」
とアウダ。
 
「そうですね。アメリカに住んでいるという伯母さんと少し話してみるとよいです。アメリカは自由な国です。色々な国出身の人がいるから、インド出身のあなたも何とかなるかも知れない」
「そうですね」
 
そのような会話が続くのだが、このシーンはフォッグ:アクア、アウダ:葉月で撮影してから、衣裳チェンジしてフォッグ:葉月、アウダ:アクアで、と2度続けて演じている。ふたりは同じ場所で会話し、それを同じ位置のカメラで撮影するのだが、あまりゆっくりやっていると時間経過で太陽の高さが変わってしまう。NGを出したりすると困ったことになる可能性もあったのだが、アクアも葉月も全くNGを出さなかったので各々1発で撮れた。
 
「ふたりとも凄いな」
と言って、NG常習犯のスキ也が感心して見ていた。
 
「あの子たちはうまいよね」
と大林も言う。
 
「でもアクアちゃん凄い。男役やる時は高校生ならではの男らしさが醸し出されているのに、女役やる時は色気のある女の子の雰囲気が出てるんだよね。俺至近距離にあの衣裳で立たれたら冷静さが吹き飛びそうだよ」
とスキ也。
 
「アクアはその切り替えが凄いんだよ」
と大林は褒めていた。
 
「ちなみにスキ也さん、新聞に報道されるようなことにはならないようにね」
「気をつける」
「アクアを襲ったなんて報道されたら、間違い無くアクアのファンに暗殺されるから」
「怖い・・・」
 

一行は7月23日の朝から25日の朝まで約2日間にわたる撮影を終えると、ホノルル空港からアメリカ本土に飛ぶ飛行機に乗った。
 
HNL 7/25(Wed) 13:00 - 21:06 SFO (5h06m)
 
サンフランシスコでは夜景の中での撮影をした後、翌日はやはり観光船に乗り港に入るところの撮影などをする。その後、ラスヴェガスに移動した。
 
SFO 7/27 21:10-22:46 LAS
 
このラスヴェガスでアウダはフォッグと一緒にアウダの伯母の家に行くのだが、伯母の一家はイギリスに移住したことが近所の住人によって語られる。それで結局アウダはイギリスまで行くことになった(というストーリーである)。
 
28日はグランドキャニオンに行き、ここでも色々撮影する。崩れそうな橋を勢いを付けて全速力で列車を走らせて通過するシーンはここで大勢の俳優・エキストラさんたち(グランドキャニオンに来ていた観光客から募集)と一緒に撮った。
 
なお、橋が崩れるシーン自体はCGで作成してつなぎ合わせる予定である。
 
グランドキャニオンの後はフェニックスに移動する。
 
LAS 7/28 22:50-23:50 PHX
 
フェニックス郊外にあるアパッチトレイルという所に行く。ここはまさに西部!という感じの風景が広がる場所である。ここで湖を渡る蒸気船に乗るとともに、強盗団に襲われたのをインディアンの若者たちに助けられるというエピソードを撮影する。
 
原作ではインディアンに襲われるエピソードなのだが、それは現今の事情では人種差別だ!とか言われかねないので、逆にインディアンに助けられる話に改変したのである。フェニックスで1日掛けた後、ニューヨークに飛ぶ。
 
PHX 7/30(Mon) 6:25-14:13 EWR
 

ニューヨークではイギリス行きの船に乗り遅れてフランス行きの貨物船に乗り込むエピソードを撮影する。予めそれっぽい中型船を調達してもらっていたので、それを使って撮影した。この貨物船のクルーを演じる人たちは一緒にイギリスまで同行してもらう。
 
EWR 8/02(Thu) 8;30-20:40 LHR
 
例によってアクアはアメリカ出国でもイギリス入国でも揉めた!
 
一方葉月は何の問題も無く女性として国境通過している。
 
ロンドンのヒースロー空港に到着したので、そのままリバプールに移動して2日はリバプールに宿泊した。翌日はまずリバプールに船が到着するシーンから始める。これはニューヨークで撮影したのと似た船が調達されていて、その船でアメリカから同行した船員役の俳優さんたちと一緒に撮影する。
 
それからイギリスで用意してもらっていた警察署に見立てた建物、スタジオ内に作られた監獄のセットなどで撮影をする。
 
ここで大林がアクアを逮捕する所、アクアが大林を殴る所などを撮り、4日はロンドンに移動して、フォッグとアウダのプロポーズシーン、教会に行ってきたパスパルトゥが
 
「旦那様、今日は土曜日です!」
 
と言って、戸惑うフォッグを無理矢理馬車に乗せるシーン、などを撮影した。
 

これで日本からイギリスまで旅の後半の撮影が終わったので、続いてイギリスから日本まで、旅の前半の撮影を始める。
 
旅の出発のシーンをロンドンの古い建物が残っている地区を使って撮影していく。ロンドンの撮影は5-6日の2日間掛けておこなわれた。そしてその後、ドーバーに移動して連絡船に乗る所を撮影する。
 
Dover 8/07(Tue) 11:00-13:30 Calais
 
フェリーの乗船時間は1時間半なのだが、フランスはイギリスより1時間時計が進んでいるので、カレーに到着したのは13時半である。例によってフランス入国で揉めるが、アクアも面倒くさくなって山村のアドバイスで
 
「Je suis transsexuel(私は性転換者です)」
と言ったら、すんなり通してくれた!
 
列車でパリに移動して、7日はパリに泊まる。パリでも2日掛けて色々撮影した。
 

9日の夕方、パリ郊外のレストランで食事をしていた時のこと。
 
このテーブルにはアクア、葉月、大林、スキ也、監督、それにワルツが座っていた。
 
「撮影も山場は越えたかなあ」
などと話していたら、ウェイターがやってきて
 
「Ce sont pour les femmes」
と言って、グラスに入ったプリンのような感じのデザートを、アクア、葉月、ワルツの3人の前に置いた。
 
「何て言ったんだっけ?」
と監督が言ったが、今のフランス語が聞き取れた大林が言った。
 
「女性のお客様へといってましたよ」
 
「うーん・・・」
と一瞬みんな考え込んだものの
 
「まあその3人は女の子だよね」
とスキ也が言い
 
「まあアクアちゃんも女の子の一種ということでいいよね」
と監督も言った。
 
(監督は葉月のことを最初から女子と思い込んでいる)
 

10日は早朝にホテルを出て、列車でローマまで移動する。車窓の風景やそれを見ている一行の様子も撮影する。
 
Paris 8/10 6:37 (TGV9241) 12:24 Torino Porta Susa
Torino 12:35 (Italo AV8985) 13:26 Milano
Milano 13:35 (Italo AV9931) 16:53 Roma Tiburtina
 
パリからトリノまではフランスの新幹線TGVに乗った。そしてトリノからミラノ経由でローマまではイタリアの“超新幹線”Italoに乗っている。
 
このItaloは実はフランスでTGVの後継車両として開発されたAGVを使用している。フランス国内ではまだ置き換えが行われていないのに、先にイタリアで採用されたのである。
 
イタリアの鉄道はローカル線や普通の特急や新幹線などを運行しているトレニタリア(Trenitalia)社と超高速鉄道Italoを運行するNTV社とが主力である。
 
トレニタリアの新幹線にはフレッチャ・ロッサ(赤い矢)300km/hとフレッチャルジェント(フレッチャ・アルジェントの音便。銀の矢)250km/hがあり、その下に200km/hの高速列車フレッチャ・ビアンカ(白い矢)もある。
 
しかしイタロは高速新線TAVを使い、AGVが最高速度360km/hで運行されている。Italoはフェラーリと同じ赤い色に塗装されている。イタリアは赤が最高の色を表す感覚のようである。
 

ローマではまた船が出港する所を撮った上でローマのフィウミチーノ空港からエジプトのカイロに飛ぶ。
 
FCO 8/11(Sat)18:20-21:30 CAI
 
ローマとエジプトは時差が無い。実はフランスやイタリアは中央ヨーロッパ時間(UTC+1), エジプトは東ヨーロッパ時間(UTC+2)を使っているのだが、エジプトは夏時間を採用しないので、夏の間はフランスやイタリアと同じ時間になってしまうのである。
 
エジプトでの入出国で揉めるとまずいと考えた山村はアクアに男装させた!
 
子供用の背広を着せ、付けひげまで付けさせたのである。
 
これで何とかアクアはエジプトにノートラブルで入国することができた。
 
ちなみに葉月は普通に!自分の学校の夏制服のブラウス・スカート姿で問題無く入国できた。エジプトは西洋並みに開けているトルコに比べるとかなり保守的ではあるものの、アラブの中では比較的柔軟なので、外国人女性の場合は服装もあまりうるさく言われない。ただ、ワルツや衣裳さん・メイクさんはあまり肌を露出しない服を着ている。
 
エジプトではあまり表だった所で撮影していてトラブルが起きるとまずいので、大半の撮影をホテルの中庭で行った。屋外ロケは女性スタッフを外して行っている。ただ出演者は何とかしなければならないので、アクアはしっかり男装させて連れ出している。エジプトはまだアウダが合流する前なので、西湖もホテルで休養させ、アクア・大林・スキ也の3人だけで撮影している。
 

インドのムンバイ(旧ボンベイ)に移動する。
 
CAI 8/13(Mon)16:50 - 8/14 2:00 BOM
 
インドも保守的な国だが、エジプトよりはずっと楽なので、スタッフも緊張感が解ける思いだった。
 
ここでアウダがフォッグたちに救出される場面を描くことになる。原作ではサティで殺されようとしていた所を助けるのだが、サティというものを描くことがインドの観客に反感をもたせる可能性を考慮して、ここも大胆な設定変更をしている。
 
アウダは人身売買組織に売られようとしていた所をフォッグたちが助ける設定にしたのである。
 
この撮影はムンバイの映画制作スタジオを借りて3日掛けて撮影が行われ、インドの現地俳優さん・女優さんたちが多数参加してくれた。彼らがノリが良くてどんどんこちらに提案してくれる。監督も面白がってその変更をどんどん採用したので、このインドでの物語は結局30分近く使う長いエピソードとなった。
 

コルカタ(旧カルカッタ)に移動する。
 
BOM 8/17(Fri) 20:30 - 23:15 CCU
 
ムンバイでの撮影が膨らんでしまったので、コルカタでの映像はあまり使われない可能性も出てきたのだが、予定通りの絵を撮っておく。その後バンコク経由で香港に移動する。
 
CCU 8/19(Sun) 2:00 - 6:10 BKK 10:45 - 14:30 HKG
 
香港では主として風景の撮影を多く行っている。更に上海(浦東)に移動する。
 
HKG 8/20(Mon) 19:10 - 21:55 PVG
 
そして上海から日本へは、本当に客船・蘇州號での旅をするのである。丸2日掛けての旅であるが、これは今回の撮影のエポックとなった。
 
上海 8/21(Tue)11:00 - 8/23(Thu) 9:00 大阪港
 

船は少人数用の船室に乗るのだが、男女を分ける必要があったので、こういう分類になった。
 
貴賓室1(2) 監督(M) プロデューサー(M)
特別A1(2) 大林(M) 雪原(M)
特別A2(2) アクア(M) 山村(?)
特別B1(4) 葉月(F) ワルツ(F) 女性衣裳(F) メイク係(F)
1等室1(5) スキ也(M) 脚本(M) 助監督(M) 男性衣裳(M) 通訳(M)
2等室1(5) 撮影係4人、助手
2等室2(5) 照明係2人・音響2人、助手
 
貴賓室(料金10万円)を1つ借りたのはこの部屋でフォッグ氏やアウダが船内で過ごしている様を撮影するためである。物語ではフォッグ氏とアウダは別の部屋に泊まっている設定なので、一部カーテンを交換したり調度を変えたりして別の部屋であるように演出した。
 
せっかく借りているので夜間は監督とプロデューサーがここに泊まることにした。
 
主役のアクアと準主役の大林は貴賓室より1ランク落ちる2人用特別室(料金4万円/人)に各々のマネージャーと一緒に泊まる。
 
女性4人は4人用特別室(料金3.7万円/人)に入れる。これは女性は上等な客室に入れた方が、様々な問題を回避しやすいからである。葉月はここまでホテルはいつもワルツと一緒の部屋に泊まっていたのだが、ここでもワルツと一緒なので、最初は他の女性もいるということで少し緊張したようだが、すぐにリラックスすることができた。衣装係さんとメイクさんは葉月の性別に全く気付いていない。
 
スキ也は半ばスタッフ扱いで、それでも2等室ではなく脚本家などと一緒に1等室に入れてもらった。
 
なお、アクアと山村はここまで来る途中のホテルでもだいたい2人で一室ツインの部屋を使っていたのだが、そうしていたのは、実はその部屋に3人のアクアを泊めるためという深い理由もあったのである。
 
2つのベッドに4人でどう寝るかというと、アクアFがひとつベッドを占有し、アクアNとアクアMがひとつのベッドに一緒に寝て、山村はソファか、ソファが無い所では床に寝ていた!
 
なお船が出港するシーンの撮影は、別途日本から上海に入った撮影スタッフが撮影してくれている(彼らは飛行機で日本から上海に入り、撮影後飛行機で日本に戻る)
 

船内では、デッキでフォッグとアウダが会話するシーン、パスパルトゥが船内のカジノで大損するシーン、フィックスが何やら書類を見ながらぶつぶつ言っているシーンなども撮影する。
 
この船にはカジノは無いのだが、特に許可を得てラウンジにルーレットを置き、営業時間外の深夜にこのシーンを撮影した。乗客の中で協力してくれる人たちにカジノの客の役を演じてもらった(出演料1000円または60元+お食事券)。
 
実はこのカジノのディーラー役で、昨年の『キャッツアイ』でディーラーに扮した(正確には泪役だが、泪がディーラーを命じられた)ハイライト・セブンスターズのヒロシに特別出演してもらった。
 
「女ディーラーと男ディーラーとどちらを演じたい?」
と訊かれてヒロシは
 
「一応、ボク男なんで男ディーラーでお願いします」
 
と言っていたのに、女ディーラーの衣裳を着せられていた!
 
彼は出港シーンを撮影するスタッフと一緒に飛行機で上海に入ってこの船に乗船した。彼には1人用特別室に泊まってもらっている。
 

8月23日に大阪港国際ターミナルに到着。この到着するシーンは国内のスタッフ(実は上海で出港するシーンを撮ったのと同じクルー)で撮影される。一行は新幹線で横浜に移動して、横浜でのシーンを撮影して、この世界一周の旅を終えた。
 
7月23日に出発してから、ちょうど1ヶ月の撮影旅行であった。その間に両端を入れて32日間掛かっているが、1日重複しているため、アクアたちは32泊33日の旅をしている。
 
『八十日間世界一周』はこの後、一部のシーンをスタジオで撮影した上で、年末に公開される予定である。
 
 
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【夏の日の想い出・天下の回り物】(2)