【夏の日の想い出・天下の回り物】(5)
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(C)Eriko Kawaguchi 2018-08-18
「でも確かに『つばさ』という名前は男女あるよね」
「ジャニーズの今井翼は男だけど、モデルの益若つばさは女だね」
と鷹野さん。
「キャプテン翼の大空翼は男だけど、ドラえもんの伊藤つばさは女」
「広島カープの會澤翼は男だけど、宝塚の真琴つばさは男役だったけど女」
「漢字で書くと男で、ひらがななら女?」
「だったら、谷口翼ちゃんも、名前ひらがきに変更しない?」
と言っているのはもちろんマリである。
「遠慮しておきます」
「漢字で女というのは、モデルの本田翼さんが漢字だけど女。実は益若つばささんも本名は漢字で翼」
「ひらがな書きで男というのは、みちのくプロレス所属のレスラーで、つばささんって居る。これは実は山形新幹線から採ったんだけどね」
「あぁ」
「ところで谷口翼ちゃんは女装するとか性転換するとかは?」
とマリは、しつこい。
「勘弁してください」
「セクハラはそのあたりでやめておきなさい」
アクア(龍虎)のスケジュールであるが、8月23日に世界一周の旅から帰国した後、24-26日の3日間はアクアも西湖も休みにしてもらった。8月24日には内輪の誕生会もした。
龍虎は8月20日が誕生日だが、撮影旅行中であった。一応その日は上海空港に到着した後、23時頃に市内のレストランで誕生会をしている。出席者はアクア・葉月・大林亮平の3人と山村だけで、亮平はマリからの誕生日プレゼントを渡したらしい。このメンツだから渡せたというところだ。実はマリから一行が泊まるホテル気付で亮平宛に送られてきていたのである。
「アーデンのお化粧品セットとかもらっても困るんですけどぉ」
「龍ちゃんも17歳だからそろそろお化粧覚えなきゃと言ってたよ」
「ボク男の子だから、必要ありません!」
「今は龍ちゃん女の子役する時も女子高生程度だからいいけど、もう少し大人になると20代の女性役をするだろうから、自分でメイクできなきゃ困るだろうと言っていたけど」
「20歳くらいになったら、女役からは卒業したいんですけどー」
「たぶんそれは世間が許してくれない」
(このアーデンのお化粧品セットはFがもらって、メイクの練習をしていたらしい)
「ついでに中国国内生産された女性ホルモン剤の注射薬も送られて来てたけど、それは要らないよね?」
「すみません。廃棄してください」
国境を越えるときに麻薬などと疑われると面倒である。
「ああ、それは私が廃棄しておくよ。処分の仕方が難しい。後で大林さんの部屋に行っていい?」
と山村は言った。
「うん。よろしく」
山村は物欲しげな目でこちらを見ている西湖に言った。
「それとも西湖が使う?」
西湖は一瞬悩んだものの
「使いません」
と答えた。
さて、帰国後の24日の誕生会に出席したのはこういうメンツである。
龍虎、彩佳・桐絵・宏恵、田代夫妻、志水照絵、長野支香・松枝、川南・夏恋
上島雷太から贈られた大きなケーキに17本のロウソクを立て、火を点け、一気に吹き消す。みんなで拍手して誕生会は始まった。
「ところで龍に素敵なプレゼントを用意したのだが」
と言って川南が箱を渡すが、女子高生に人気のブランド、ハニーズのロゴが入っているので龍虎は嫌そうな顔をする。
「着てみてよ」
箱を開けるとフェミニンなワンピースである。取り敢えず龍虎は着てみた。
「可愛い!」
「写真撮っちゃおう」
と言って支香がデジカメで撮影している。
「ちょっとぉ」
「大丈夫。どこにも公開しないから」
「彩佳か桐絵いらない?」
「じゃ私がもらう」
と彩佳が言う。
川南は不満そうだが、夏恋は笑っている。
「ファンの人から送られて来た服とかも、私たちかなりもらってるね」
と桐絵。
「売却とかもできないし。福祉施設にもかなりあげてる」
と龍虎。
同日夜、西湖のアパート(用賀)には桜木ワルツと、このアパートの主、千里2が来ていた。西湖も龍虎と同じ誕生日8月20日である。両親は公演中なので来られない。そもそも西湖は両親に誕生日を祝ってもらった記憶が無い。それでこの日はワルツから
「お誕生会しよ」
と言われて泣き出してしまったのである。千里がフライドチキンやクッキーなどを作っておき、ここに持ち込んだ。そして桜木ワルツが
「これアクアちゃんが、西湖ちゃんにって」
と言ってケーキを出した。
「大っきい!」
「本当は誕生会自分と一緒にしたいくらいだけど、一緒だと西湖ちゃんが居心地の悪い思いをするといけないからって、自分の所に届けられたのと同じサイズのケーキを用意して私に託したんだよ」
とワルツが説明すると、西湖はまた感極まって泣き出してしまった。
「アクアさん、ほんっとに優しい人なんですよ」
「そういうアクアちゃんのスタッフで良かったね」
「はい」
「それとアクアちゃんからの伝言。自分は西湖ちゃんのこと、最高のライバルだと思っている。世間の扱いでは西湖ちゃんは自分のスタッフかも知れないけど、実際に演技していると、負けそうと思うことが良くある。だから頑張って練習して、西湖ちゃんに負けないようにと日々努力している、って」
とワルツが言うと、西湖は引き締まった顔をした。
「だから西湖ちゃんも龍ちゃんに負けないように頑張るといいね」
と千里が言うと
「はい、頑張ります、醍醐先生」
と西湖も新たな決意をしていた。
「あ、それとアクアちゃんから大量のお洋服を預かってきたんだけど」
「あははは」
「アクアの所には女の子の服しか贈られてこないからなあ」
「それで私、ほとんど自分では服を買わなくていいんですよ」
と言いながら西湖は箱を開けていろいろ取り出している。
「可愛い服ばかりだ」
「どれか着てみたら?」
「そうですね」
と言って、西湖は青いワンピースを持って隣の部屋に行き着てきた。
「可愛い、可愛い」
「なんかこういう服を着るのにハマってきつつある気がします」
「身も心も女の子になりつつあるなあ」
「だから私自分が怖いんですよ。ふらふらと性転換手術とか受けてしまいそうで」
「まあ性転換しちゃったら、しちゃった時で」
8月27日から31日(金)までは都内のスタジオで映画の追加撮影が行われた。
世界一周の出発点・ゴールになったクラブの撮影では、アクアと過去のドラマや映画で共演している若い男性俳優に出演してもらっている。エンドロールに使用される結婚式のシーンでも彼らが参列している。
これでだいたいの撮影は終了した。あとは編集中に撮りたいシーンが出た場合は、あらためて日程交渉して撮影することになる。
エンドロールはNGシーンを集めて構成したのだが「NG出してるのスキ也ばかりじゃん!」という声が公開後に見た人たちからあがっていた。アクアのNGは1回のみ、葉月のNGも2回のみなのである(大林は4回)。
エンドロールの最後には、完全に無駄だった世界一周費用が天引きされ「Net Payment £0」と書かれた給与明細を渡されて情けない顔をする亮平の映像、そしてそれを押しのけるようにフォッグとアウダが頬を寄せ合っている映像、ハートマークに隠された向こうでまるでキスしているかのようなふたりの映像で終了する。
このラストシーンは映画公開後
「アクアと葉月はキスしたのか?」
という大論争を巻き起こすことになり、わざわざコスモスがアクアと葉月のふたりを列席させて
「キスはしてません。寸止めです」
と説明する記者会見を開くハメになった。でないと葉月が殺されかねない状況だった!
しかし葉月が記者会見に映るのはこれが初めてとなり、今まで葉月の顔を知らなかった人たちから「美少女じゃん!」という声があがり、また葉月ファンが増えたようであった(一応年末年始の§§ミュージック恒例のCMには出ているのだがアップ画像が映るのは1人1秒であった)。
1ヶ月間海外に出ていたのでCM撮影の依頼、バラエティ番組の参加依頼などが大量に貯まっていたのだが、元々映画の撮影が延びるかもというので9月上旬の日程は空けていた。
ここに実はローズ+リリーの『愛のデュエット』のPV撮影を入れたのである。9月1-3日(土日月)の3日間の予定だったが、実際には1日半で撮影は終了。日曜日の残りと月曜日の放課後、アクアはのんびりと自宅で過ごしたし、葉月も休暇をもらって身体を休めることができた。
このPV撮影はギャラが高額だったようだが、葉月は何もしていないのに300万円もらえると聞いて驚いた。
「そんなのいいんですか?」
「基本的に葉月はアクアとセットだからね。だいたいアクアのギャラの1割を葉月には渡すようにしている。もらえるものはもらっておけばいい」
とコスモス社長は言った。
「但し例によって半額近い額は税金として来年2月に払わないといけないから、いつものように半額の150万を葉月の口座に振り込んで、半額は納税準備金の口座の方に振り込むね」
「はい、お願いします」
「150万あれば性転換手術が受けられるけど」
とコスモス。
「え〜?どうしよう?」
と西湖。
「手術受けたいなら、いつでも受けられて傷の回復も早い医者知ってるけど」
と山村。
「その3日の休暇の間に受けられるよ」
「ちょっと待って下さい」
と言ってから西湖は尋ねる。
「結局アクアさんは性転換してるんですか?ここだけの話」
「してないよ。マジで。あの子はちんちんもタマタマもあるし、おっぱいはニセモノだよ」
「だったら私も性転換はしません」
「じゃ、もしアクアが性転換したら葉月も性転換する?」
と山村が訊く。
「その時考えます」
という答えにコスモスは笑っていた。
「でも1人2役の撮影で私がいなくても大丈夫だったんでしょうか?」
「特殊な撮影機械を使うみたいだよ。ローズ+リリーは年末年始のカウントダウンライブで立体映像のマリちゃんを使うから、たぶんその極秘のテストとかもしたいんだと思う」
と山村が言う。
「へー」
と言ってから葉月は不安になる。
「今後アクアさんの一人二役はそういう方向になっていくとかは?」
「かなり高額の費用が掛かるみたいだから無いと思う。立体映像を作るコンピュータの電気代だけで何百万円と掛かるみたいだから」
と山村。
「ひぇー!」
「だからコンピュータより人間使った方が安い」
すると葉月は嫌そうな顔をした
「人間の方がコンピュータより下なんですか?」
「人間がコンピュータに隷属する時代も遠くないかもね」
とコスモスも笑って言っていた。
ところでアクアの『愛のデュエット』の撮影は9月1日いっぱいと9月2日の朝だけで終わってしまったのだが、その場に居た千里の提案で、ちょっと面白い映像を撮ってみることにした。
「お昼までの暇つぶしに」
などと千里は言っていた。
アクア3人が演奏する『パッヘルベルのカノン』である。この曲は3つのヴァイオリンが少しずつ遅れて同じメロディーを演奏するという輪唱曲である。いわば『蛙の歌が』のヴァイオリン版である。
アクアがヴァイオリンが物凄く上手いというので3人のアクアにこれを演奏させてみようという魂胆なのである。
今『愛のデュエット』撮影に使用したArtidaが2本あるのだが、ケイは
「この型の楽器なら多分このスタジオにも在庫があったはず」
と言って倉庫から1本同じArtidaを持って来た。アクアのヴァイオリンとマリのヴァイオリンは今朝“通し練習”を始める前にいったん弦を張り替えておいたのだが、このケイが倉庫から持って来たヴァイオリンも同じ弦に張り替える。
「同じ型のヴァイオリンで同じ弦を張れば、ほぼ同じ音がするだろうね」
と山村が言っている。
「ええ。だからちょっと見た目にはアクアが男装・女装・男の娘装した状態で1本のヴァイオリンを弾いてそれを合成したように思うでしょうね」
「目のいい視聴者なら、ヴァイオリン本体のわずかな色合いの違いや傷の違いからヴァイオリンが実は3丁あることに気付く」
「まあ、そのあたりはお遊びということで」
そういう訳で3人はお着替えさせられる。
アクアMには可愛いピンクのドレス(サンローラン)を着せた。
アクアFには格好いい紺色の男性用スーツ(ダンヒル)を着せる。
アクアNには性別曖昧なパンタロンスーツ(一応女性用。ディオール)を着せる。
「なんでボクがドレスでFが男物なんですかぁ?」
「3人の性別感を近づけるため」
「あぁ!」
「Mの男装とFの女装ではもう同一人物に見えないから」
と千里が言う。
「3人は体液を共有しているんだよ。試しに1人にお酒飲ませてみたら全員酔っ払った。だからホルモン的には差が無いはずなんだけど、結構雰囲気に差があるよな」
などと山村が言っている。
「未成年に飲酒させないように」
と私は一応注意しておく。
『カノン』自体は過去に練習したことがあったのですぐ弾けた。それで2度ほど練習させてからその後撮影・録音したが、とても息の合った演奏を見せた。
演奏は最初「ヴァイオリンがいちばん上手い」と他の2人から言われたF(男装)が最初に弾き、その後N、最後にMが弾き始める方法で行った。
色々な角度から撮りたいというのもあり、また違う順序で弾いている様子も撮りたいということで、その後、M→N→F、N→F→M、更に他の3種類の順序も撮影・録音して6通りの順列での演奏が収録された。
あらためて聴き比べると本人が言うようにFがいちばん上手いようだ。
「記憶は共有しているはずが、何をやる場合でも若干のレベル差が出るんですよ」
とNは言っている。
「それは各々の身体のつくりの問題かも知れないね」
「ええ。睾丸のある子、卵巣のある子、どちらも無い子で差が出るみたい」
「筋力はどうしても差が出るでしょ?」
「そうなんですよ。だから今はお互いのボディサイズは完全に一致しているんですけど、将来的には差が出てしまうかも」
「まあそこまで差が出る前に1人に戻るかもね」
と千里が言っている。
「醍醐先生、ボクたちいつかは一人に戻れると思います?」
「たぶん2020年には」
「へー!」
「しかし1つに戻ったら、仕事が3倍忙しくなったりして」
「たぶん・・・その頃にはボクの人気、少し落ちてますよね?」
「まあ今年・来年くらいが人気のピークだろうね」
「少し仕事が落ち着けば何とかなるかな」
「ひとつに戻った場合、ボクたちの意識はどうなるんでしょうか?」
「戻ってみないと分からないけど、おそらく3人はひとつの身体の中の多重人格として残るんだと思う」
「なるほどー!」
そのことは3人は薄々予測していたようだが、千里から言われて少し安心したようである。3人とも1つに戻ることは願っていても、各々、自分が消えるのは怖いのだろう。
「心は残っても身体はどれか1つですよね」
「それもよく分からないね。どれかひとつにまとまっちゃうか、ふたなりになっちゃうか」
「ふたなりでもいいけどなあ」
Fが大胆なことを訊いた。
「私とMがセックスしたら妊娠する可能性あります?」
「ある」
「その場合、生まれた子供は3人がひとつになっても消えたりしませんよね」
「赤ちゃんが消えたりはしないよ」
「だったら、私ひとつに戻る前に赤ちゃん産みたいなあ。自分が生きていた証に」
おそらくFは自分(の少なくとも肉体は)は消えるのだろうと思っているのだろう。
「その子、誰が育てるのさ?」
と千里が訊く。
「ちゃんと育てますよ」
とNとMが声を揃えて言う。
「アクアに隠し子がいた、なんてバレたら凄い騒ぎになるかもね」
と私は微笑んで言った。
ヴァイオリンの演奏が短時間で出来てしまったので、次は歌わせようと千里は言う。3人のアクアは「え〜〜!?」と不満そう。
しかしカノン用の歌詞をちゃんと用意している所がさすが千里である。それでやや文句を言いながらも3人のアクアは練習する。歌詞はすぐに覚えてしまうので、あとは輪唱の練習である。
これも1時間ほどで6通りの順序での収録が完成し、撮影は完了した。
「これどうするの?」
と私は訊いた。
「次のシングルのカップリング曲にするとか?」
と千里が山村を見ながら言うが
「この曲自体は、3人のアクアがヴァイオリンを弾いている所で3人のアクアが歌っているように合成して公開しよう。6人のアクアだな」
「それは結構面白いかも」
「ついでにミニアルバムくらい作ってもいいかも知れない。10月まではわりと時間が取れるんだよ」
と山村は言っている。
「じゃそのあたりはコスモスちゃんと話して」
「うん。話してみる」
そこでアクアを帰したのだが、その後で山村が私と千里に言った。
「まあ万一Fが妊娠した場合ですが」
「それどうします?あの子たち興味本位でセックスしてみるかも」
「そのうちやっちゃいそうな気がします。妊娠した場合はFは休ませてMとNで仕事は乗り切ります」
「まあそうなるでしょうね」
「そして生まれた赤ん坊は黙って育ててくれる女性に託して私が責任持って面倒を見ていきますよ。アクアの負担にはしません」
「あの子たち、団結力あるから自分たちだけでも何とかする気はするけどね」
「しかし妊娠したら大量の女性ホルモンが出るだろうから、あの子たち3人とも女性化してしまったりして」
「ああ、その可能性はある」
「するともう男にはなれなくなるね」
「あの子、あまり男にはなりたくない気がするよ。Mもわりと女装が好き」
「その気もするする」
「あの子たちの前では言わなかったんだけど」
と千里が言う。
「たぶんね。ひとつに戻った後でも、緊急の時とかは3人に分離して行動できると思う」
「へー!」
「ちょっと似た例を2組見ているんだよ」
と千里は言った。
「似たケースが2つもあるの!?」
(ハルとアキのケース、マソとマラのケースである)
「どちらもふだんは1人の状態で行動しているけど、時々2人に別れて分離行動もしているんだよね。ただ3人という例は他では見てない」
「人間が分裂するというと、昔スキャンドールという漫画があったよ」
などと山村が言う。
「へー。そんな漫画があったんですか」
と私。
「その子の場合は元々女の子だったのが、分裂した内の片方はどんどん男性化して胸もペッタンコになってしまうし」
と山村。
「そのあたりはアクアの今の状況と似てない?」
と千里。
「うん。あいつら分離した当初よりMの男性化、Fの女性化が進んでいるよ」
と山村。
「しかしその漫画、マリに教えたら夢中になって読みそうだ」
「古い漫画だからコミックスの入手は困難かも知れないけどKindleとかで読めると思うよ」
「へー」
「ところで冬、そろそろ自白しなよ」
と千里が言う。
「何を?」
「実は冬って10人くらい居るでしょ?」
「そんなに居たら、作曲を分担してやりたいよ!」
「今度のツアーもね」
「うん。KARIONの蘭子と、ローズ+リリーのケイは別人でやりたい」
と私はマジで言ったのだが、千里と山村は何だか視線を交わしていた。
「でも冬だらけのバンド演奏というのも撮影してみたいんだけどなあ」
と千里は言っている。
「冬って何でも楽器できるから、冬がギター、ベース、ドラムス、キーボード、フルート、ヴァイオリン、サックス、胡弓を弾いている状態で2人の冬が歌う」
と千里。
「ここだけの秘密にするから、他のケイちゃんをここに呼びません?そのケイちゃんだらけのバンド演奏撮影・録画しちゃいましょう」
と山村。
「そんな分身いませんよ!」
「今更隠さなくてもいいのに」
アクアと葉月はそのローズ+リリーのPV撮影の後、次の週末(9月7-9日)には“北里ナナ”のセカンドシングルの制作に臨んだ。これは普段通りに葉月を使って流れを固めておいて、最終的にアクアで撮影するのである。
葉月がPVの作業をしている間にアクアは音源の方の練習・収録をするということで、短時間で音源とPVが完成する。二人三脚で短期間にシングルを制作できる。葉月はアクアと本当に雰囲気が似ているので、葉月で練り上げた映像が、最終的にアクアに代わっても、ほぼそのままのイメージで撮影できるのである。
今回の北里ナナのCDでは、前回と同様、加藤珈琲作詞・琴沢幸穂作曲の作品(『愁末日記』)とマリ&ケイの作品(『青い城の姫』)をカップリングしている。但し実際に『青い城の王女』を書いたのは青葉である。この曲を聴いて私は、青葉が一時期に比べてかなり精神力を回復させているのを感じた。自分の闘争心が奮い立たせられる思いだ。
『愁末日記』のPVでアクアは衣装の女子高生制服を着て、メタセコイアの並木道を散歩している。これは滋賀県のマキノ町で撮影したものだが、アクアはこの長い並木道を端から端まで歩かされている。もっとも前日にマキノ入りした西湖はここを10回歩かされた!
『青い城の姫』は北海道内の関係者の私有地に実際に青い城を建てて撮影した。ドイツのノイシュバンシュタイン城を参考に、川崎ゆりこが描いた絵をもとに建築したのだが、城は1/8スケールで作られており、窓やドアが小さく作られていて実際は本家(65m)の1/8の8mほどの高さしか無い。しかし周囲には1/8スケールのミニチュア樹木なども並べてジオラマにしているので、遠景ではノイシュバンシュタイン城と似たような大きさに見える。遠近法を利用した錯覚建築になっているので、アクアを所定の位置に立たせると、ちゃんとアクアが大きな城の前に立っているように見える。
一方、この城の裏には普通のサイズの豪華なドアがあり、そこを開けて中に入ると、お城の豪華な部屋や廊下が2階建てで再現されているのである。このセットは実は6月に計画して7−8月の間に建設を進めたもので建築費は5000万円掛かっている。
この映像に映るアクアは豪華なブルーのドレス(安芸千紗登デザイン豪華刺繍入り200万円のドレス)を着て、お城のセット内の部屋で歌っている。その映像、豪華なドアが開くシーン、廊下を歩くシーン、夜中にライトアップされた青い城を背景にアクアが歌うシーンなどが撮影された。
PV撮影の予算が恐ろしいが、コスモスが
「ケイ先生の作品だから、予算使っても文句言われないんですよ」
と言っていたので、私はさすがに罪悪感を感じた。
そういう訳でこの週末の葉月とアクアの日程はこのようになった。
葉月
9.7(Fri) マキノで1日掛けて予備撮影(学校は休む)。最終便で北海道へ。
9.8(Sat) 北海道で1日掛けて予備撮影
9.9(Sun) 午後からアクアの撮影に付き合い王子様役(顔は映らない)を演じる。一応最終便で東京に戻る。
アクア
9.7(Fri) 放課後都内で歌の練習
9.8(Sat) 1日掛けて音源制作。夜間に山村の車でマキノに移動(という建前)。
9.9(Sun) 早朝からマキノで撮影。お昼の便で新千歳に飛ぶ(という建前)。夕方から夜に掛けて青い城で撮影。10日朝1番の便で東京に戻った(という建前)。
(実際にはマキノで撮影したのはN、北海道で撮影したのはFであり、東京で音源制作したMは9日は一日マンションに居て、10日普通に学校に登校した。かくして日々葉月はアクアより重労働でたくさん学校を休んでいるのである)
2018年9月8日、葉月が道内でPVの予備撮影をしていた日(アクアが都内で音源制作をしていた日)の夕方17時、ローズ+リリーの2018ツアー初日公演が札幌で始まった。
5分前に1ベルが鳴り、ロビーに居る客に客席に戻るよう促す。そして2ベルが鳴り、客電が落ちた後、緞帳は上がらないまま、その前に下手からマリ、ケイが登場すると物凄い歓声があがる。更に左右から伴奏者たちが入ってくる。
ファンファーレのような香月さんのトランペットの音色に続いて近藤さんのアコスティックギター、そして七星・ゆま・翼によるアルトサックス・テナーサックス・バリトンサックスの音が鳴り、世梨奈のフルートと美津穂のクラリネット、更に千里のヴァイオリン、鷹野さんのヴィオラ、宮本さんのチェロ、酒向さんのコントラバスの音が鳴り響く中、満を持して田中成美ちゃんのヴァイオリンソロが物悲しいメロディーを奏でる。しばし観客がそのメロディーに聴き惚れたところで、やっとマリとケイの歌が始まる。
観客席から拍手が沸き起こる。
私とマリはいつものように3度唱メインで歌っていく。ただし所々、マリが基音を歌っている間に私のパートが自由に動いていく所もある。
全ての和音が三和音かせいぜい7thになっていて、その結果透明感のある音になっている。
美しいハーモニーの中で最後は成美ちゃんのヴァイオリンソロが悲しいモチーフを演奏して全ての音が一斉に停止する。
「こんばんは!ローズ+リリーです」
と私たちは挨拶した。
ここで下手舞台袖に豪華な振袖を着た品川ありさが登場し
「皆さんこんにちは、今日の司会進行役を務めさせて頂きます品川ありさです」
と言うと
「ありりーん!」
という声が客席から掛かり、ありさも手を振る。
「普段のローズ+リリーのライブでは、ケイちゃん・マリちゃんが自分たちでMCをするんですけど、今回はマリちゃんの体力が足りないので、不肖私がおしゃべりを代行させて頂きます。よろしくお願いします」
というので拍手がある。
「また今回のライブではマリちゃんの身体にできるだけ負担を掛けないよう、マリちゃん・ケイちゃんには座って歌ってもらおうということになったのですがよろしいでしょうか?」
と、ありさが言う。
「いいよー!」
「マリちゃん無理しないでねー!」
といった声とともに拍手。
それで上手からツアーに同行してくれる○○プロの男性スタッフ2人が座り心地の良さそうな椅子を持って来てくれるので、私たちは観客にお辞儀してからその椅子に座った。
今回○○プロの男性スタッフが4人ツアーに参加してくれている。
「え?UTPからはマルちゃんだけなの?女の子1人ではどうにもならないでしょう」
と言って丸花さんが付けてくれたのである。
「てっきりUTPでそのくらいのスタッフは用意しているものと思ってた」
と丸花さん。
「あそこも人数が少ないから」
「ローズ+リリーのための事務所のようなものなのに」
「うちは委託契約ですから」
「でもローズ+リリーからUTPに払っているマージンが年間3000万円はあるでしょ。事実上経費無しでの3000万だからね。ツアースタッフくらい5-6人付けさせなきゃ」
「そうですねぇ。でも制作にあまり口出しもされたくないので」
と私は本音を言う。
「ああそういうことか」
と丸花さんは納得したようである。
「だったら、うちに言いなよ。便宜を図るから。口出し無しで」
「分かりました。よろしくお願いします」
「ケイちゃんとは過去にたくさん『悪いこと』したしねぇ」
「そのあたりは言わぬが花で」
「うんうん」
ありさが今演奏した曲について説明する。
「ただいま演奏した曲は本邦初公開、来年にリリースを予定しているアルバム『十二月(じゅうにつき)』に収録予定の『ヴィオロンの涙』でした。実をいうと前回のアルバムとして企画していたアルバム『四季』に入れる予定だったのですが、そちらのアルバムの企画が頓挫してしまったので、こちらに流用されることになりました」
とありさは背景も説明している。
「実はとても古い曲で、ケイが小学生の頃に書いた曲がベースなんですよね。さすがに当時の作曲技術は未熟だったので、曲の構造はかなり改訂されていますが、ヴァイオリンソロのメロディーや、サビの部分などは初期の頃からのものです」
という説明にはざわめきが起きていた。
(実を言うと高岡さんと一緒に作った『フィドルの妖精』の直後にその余波で書いたような曲なのである)
「演奏者を紹介します。アコスティックギター・近藤嶺児」
「アルトサックス・近藤七星」
「ヴィオラ・鷹野繁樹」
「コントラバス・酒向芳知」
「都合によりまだ顔を見せておりません。緞帳の向こうで演奏してくれましたマリンバ・月丘晃靖」
ひとりひとりに拍手がある。
「以上、スターキッズ」
「トランペット・香月康宏」
「チェロ・宮本越雄」
「以上、スターキッズ&フレンズ」
「ヴァイオリン・謎の男の娘」
という声には多少のざわめきがあるが、過去に覆面の演奏者はローズ+リリーのライブに何度も出てきているので
「オクトちゃーん!」
という声も掛かり、覆面をした千里が弓を左脇に挟んで、右手を振っていた。
「彼女の性別はよく分かりません」
とありさが言うと、客席からは笑いが漏れている。
「テナーサックス・鮎川ゆま」
という声には、かなりの拍手と歓声がある。
「ゆまく〜ん!」
という声が掛かって、ゆまも手を振っていた。ゆまの今日の衣装は自衛隊の下士官の夏制服のような白い軍服である。
「彼の性別もよく分かりません」
とありさが言うと、会場は爆笑である。
「バリトンサックス、ローズ+リリーのライブには初お目見えの谷口翼くん」
とありさが紹介すると
「つばさちゃーん!」
という若い女の子たちの声が掛かり、翼はびっくりしていた。
「フルート・田中世梨奈」
「クラリネット・上野美津穂」
「これも都合により顔を見せていませんが、緞帳の向こうで演奏してくれたピアノ・近藤詩津紅。苗字は近藤ですけど、スターキッズの近藤嶺児とは別に親戚ではありません」
「そしてヴァイオリン・ソロを弾いてくれたのは女子高生ヴァイオリニスト、田中成美ちゃん。6月の***コンテストでは準優勝でした」
と紹介すると、大きな拍手とともに
「なるみちゃーん!」
という声が掛かり、彼女も笑顔で弓を持った右手を振っていた。
「ちなみにフルートの田中世梨奈とは特に親戚関係は無いそうです。田中という苗字は多いですからね」
とありさは補足する。
「そしてボーカルは、マリと」
マリが椅子から立ち上がってお辞儀をする。歓声と拍手が凄い。
「ケイ」
ケイも立ち上がってお辞儀する。歓声と拍手。
「ふたりでローズ+リリーです」
それでまた物凄い歓声と拍手がある。満員の札幌スポーツパークが割れんばかりの拍手である。
「この後は初登場の方があったら、その都度紹介していきます。それでは次の曲、『郷愁協奏曲』」
と言って品川ありさが袖に引っ込むとティンパニの大きな音が入るとともに緞帳がゆっくりと上がり始める。
ヴァイオリンが、トランペットが音を奏で始めて前奏を8小節演奏した所で停止する。ドラムスセットの所に移動した酒向さんのドラムスとともに、近藤さんのエレキギター、鷹野さんのベース、詩津紅の電子キーボードも音を出し始め、椅子に座ったままの私とマリも歌い始める。
曲のアレンジは原曲通りである。最初はスターキッズだけの演奏で歌ったあと、展開部ではオーケストラをバックに歌う。そして複雑な展開をたくさんやった後で再現部の所ではスターキッズも加わり、オーケストラとエレキバンドが一緒に演奏する。そして演奏は終止部まで行く。
大きな拍手の鳴る中、品川ありさが登場して
「札幌C大学の時計塔管弦楽団のみなさんでした」
と紹介し、また拍手がある。
そこからありさがしばらくMCをしている間にオーケストラのメンバーが退場。会場運営スタッフの手でオーケストラのメンバーが座っていた椅子が片付けられ、マリとケイの椅子の位置も少し奥側に修正される。オーケストラが去った後には和楽器奏者が多数入って来て『ふるさと』が演奏された。
「箏・若山鶴朋、琵琶・若山鶴朝、尺八・若山鶴鳴、鼓弓・若山鶴宮」
とありさが紹介するが、尺八の明奈と鼓弓の美耶はおなじみなので
「あきなちゃーん!」
「みやさーん!」
と本名で客席からコールされていた。
(あとで「明奈は“ちゃん”で私は“さん”か?」と美耶が悩んでいたが、11歳違うし、独身と既婚では仕方無い)
「三味線・若山鶴月、太鼓・若山鶴星」
と紹介すると
「月子ちゃーん」
「星子ちゃーん」
とこちらも本名で呼ばれていた。ふたりもこういう大観衆を前にするのは(復興イベントに続いて)2度目なので少し心理的に余裕ができたようで、笑顔で手を振っていた。
なお、星子が鶴星の名前を使うことにしたので、母親の聖見は鶴星から鶴聖に名前を変更している。月子・星子の姉妹をそのまま鶴月・鶴星にしてあげたかったので名前を移動したのだが、結果的には妹が母親の名前を襲名した形になって、お姉ちゃんは結構心情が穏やかでは無い。そしてこの姉妹がひじょうに優秀なので、ふたりの従姉である七美花は、お尻に火が点いた感じで、かなり対抗心を持っている。彼女も初めて追われる立場に立った。今回は複数の演奏会とダブるので七美花はツアーに呼ばなかったのだが「月ちゃん、星ちゃんと一緒にやりたかったぁ」と言っていた。
「そして龍笛・謎の男の娘」
と紹介すると、客席には笑いが起きていた。
和楽器をフィーチャーして『硝子の階段』を演奏する。更にヴァイオリニスト4人も加わって、豪華絢爛な『振袖』を演奏する。
「ヴァイオリン、伊藤ソナタ・桂城由佳菜・前田恵里奈・生方芳雄」
と紹介される。
「これで第1部の伴奏者はほぼ出そろいました」
箏の友見と琵琶の恵麻が下がり、他にも結構下がって『坂道』を演奏する。美耶の弾く胡弓の音色が美しい。今回のツアーでは古い民家と田舎の情景が舞台上のセットになっているのだが、その背景に降りてきた映写スクリーンに富山市八尾(やつお)諏訪町の石畳の道の両脇に燈籠が並ぶ様子、そこを街流しの人たちが踊っていく様子などが映し出された。
演奏が終わった所で「今流しました映像は今年9月3日の深夜、富山市八尾で撮影したものです」とありさが紹介し、撮りたてのほやほやの映像であったことを伝えた。
星子・月子がいったん下がるが次の『かぐや姫と手鞠』ではふたりが手鞠を持って出てきて撞き始めるので歓声があがっていた。
あらためて、ありさが
「手鞠を撞いてくれたのは月子ちゃん・星子ちゃんでした」
と紹介し、拍手をもらっていた。
2人はこれであがりである。今日はこのままホテルに帰すが、明日は函館から新幹線の乗り継ぎで名古屋まで帰ることになる。
(新函館北斗18:36-23:04東京(泊)東京6:00-7:34名古屋)
更に『紅葉の道』『雪虫』『ダブル』『渡海』『夜ノ始まり』と演奏して、ここで休憩を入れる。
「10分間の休憩を頂きます。なおトイレは演奏中でも曲と曲の間でしたら席を立って移動してロビーに出てトイレに行くこともできますので、遠慮無く行ってください。席で漏らしたら大変です」
とありさが言うと、客席は爆笑になっていた。
休憩時間にはマリが女性看護師さんに体調をチェックしてもらうが
「買物に行ってきた程度ですね」
と言われていた。念のため10分間横になっているように言われるものの
「お腹が空いた」
と言って、ジンギスカンを食べていた。食べる量は栄養士さんから予め指定されており、いつものように「ジンギスカンの一気飲み」はできないので、不満そうであった。
「食べ過ぎると難産になるからね」
「面倒くさーい」
ライブ再開を告げるブザーが鳴り客が席に戻る。そして第2部が始まるが伴奏者が違うので少しざわめきが起きていた。
最初の曲『同窓会』を演奏した所で、ありさが事情を説明する。
「今回のツアーでは10周年記念ということで曲数が30曲になっており、演奏時間も長くなったので、演奏者の健康に配慮して途中2回の休憩を頂くようにしました。それで途中にはさまれた第2部では、伴奏者を交替することにしました。ここから約30分お付き合い頂く伴奏者を紹介します」
「ギター・清原空帆。KARIONの『黄金の琵琶』で国宝級の華麗な琵琶プレイを聞かせてくれた」
とまで、ありさが言った時は客席でかなりのざわめきがあったのだが
「琵琶の名人さんのお孫さんです」
とありさが続けると、客席で笑いが起きた。
空帆は両手で客席に手を振り、それに応じて客席からは暖かい拍手が送られた。
「ベース・朝風美空」
とありさが紹介すると、物凄い歓声と拍手である。
「特に本人のコメントを」
「私この後、幕間ゲストでもGolden Sixとして出てきますので、よろしくー」
また拍手がある。
「アルトサックス・ココア。バレンシアのメンバーですが、ローズ+リリーのライブには度々参加しています」
とありさは紹介する。
実際彼女のことは覚えてくれている観客も結構あったようで
「ココアちゃーん!」
と呼ぶ声もあった。
「マリンバ・ミルク。同じくバレンシアのメンバーで、普段はフルートで参加なのですが、実は中学高校時代には吹奏楽部でヴィブラフォンやベルリラを弾いていたということで今回マリンバでの参戦になりました」
彼女にも「ミルクちゃーん」と声が掛かっていた。
「ピアノ・谷口翼。彼女には第1部から引き続き演奏をお願いします」
と言った所で近くに立っている風花が
「彼女じゃなくて彼」
と注意する。
「あ、ごめんなさい。彼女じゃなくて彼です。今本気で間違いました」
とありさは珍しく焦っている。
翼が頭を掻いている。
「それで彼はこの第2部であがりになります」
とありさは続けた。
「ドラムス・レイア。現在、イグニス、アレモナ、赤羽ドラゴン、ソルトレイクという4つのバンドのドラムスを兼任しています」
と紹介すると、それなりに拍手がある。
「ヴァイオリン・田中成美」
「同じくヴァイオリン・伊藤ソナタ・桂城由佳菜・前田恵里奈・生方芳雄」
「この5人も第2部で上がりになります」
「この他適宜演奏者が増えたり減ったりしながら30分ほど演奏を続けます」
とありさは言った。
それでこの「バックアップバンド」で『花園の君』『Heart of Orpheus』、『雨の金曜日』『砂の城』『言葉は要らない』『Long Vacation』と演奏を続ける。
第1部がほとんどアコスティックの曲だったのに対して、第2部は電気楽器で演奏するので、ノリが良く、観客はすぐに乗ってくれた。
特に各演奏者たちの能力を知ってもらうためにギターソロ、ドラムスソロ、サックスソロ、マリンバソロ、ピアノソロと入れているので、それを聴いて「結構やるな」と思ってもらえたようだ。
『Heart of Orpheus』は楽しく別れる!?歌だし、『雨の金曜日』『砂の城』は悲しい恋の歌だが、『言葉は要らない』で熱い恋になり『Long Vacation』の復活愛で美しくまとめる。
ここで司会者の品川ありさは
「では次の『愛のデュエット』で第2部は終了しますが『Long Vacation』まで演奏してくれた人の中で、ベースの美空さん、ギターの空帆ちゃん、バレンシアのミルクちゃんとレモンちゃんはここまでとなります。今一度暖かい拍手を」
と言う。
それで拍手の中4人が退場するが、ありさが話している間にステージ上に次の曲を演奏する準備ができている。
「では第2部最後の曲『愛のデュエット』です」
ステージ上には何人かの演奏者がいるのだが、ステージの照明が落とされている。私とマリの所、ヴァイオリニストたちの所だけスポットライトが当たっている。まずは私とのアイコンタクトで伊藤さんたち4人のヴァイオリンが奏で始める。
ステージ左側に置かれたピアノにスポットライトが当たる。風花と翼がその前に座っている。ピアノの連弾演奏と同時に私とマリの歌(Aメロ)も始まる。
8小節の連弾が終わると二人はすぐにそばに置いていたリコーダーに持ち替え、リコーダーの合奏(Bメロ)をする。
リコーダーで8小節演奏したところで、ふたりは更にフルートに持ち替え、Aメロを演奏する。これを8小節演奏した所で、風花を照らしていたスポットライトが少し移動して近くに立っていた心亜を照らす。心亜はクラリネットを持っている。翼もクラリネットに持ち替える。そしてふたりでBメロを8小節演奏する。
ここでサビに突入するが、心亜と翼はアルトサックスに持ち替えてこれを演奏する。ひじょうに上手い絡み合いで演奏したが、実は午前中に一度合わせただけである。もっともセッション経験豊富な心亜がうまく合わせてあげている部分もあるのだろうが。
サビが終わった所でスポットライトは右端の方にいるふたりに光を当てる。宮本さんと田中成美がヴァイオリンを構えている。ふたりがAメロを奏でて私たちはそれに合わせて歌う。8小節終わるとふたりはそばに置いているチェロに持ち替えてBメロを8小節演奏する。そして2回目のサビに入るが、ふたりはギターに持ち替えてこれを演奏する。2度目のサビは16小節あるがふたりはバリエーションも格好良く演奏して行く。
そしてサビが終わった所でスポットライトは中央奥のドラムスが置かれている場所に移る。そこには酒向さんとレイアが並んで座っており、各々1本のスティックを持っている。レイアが右手、酒向さんは左手に持っており、この曲の最後、Aメロを再現するコーダでふたりは普通にドラムスを演奏する。耳だけで聴いたら1人で演奏しているように聞こえるのだが、2人で演奏しているのに1人で演奏しているかのように聞こえるのが実は凄いのである。
ふたりでドラムスを演奏させるといったら物凄いプレイをさせることを普通の人なら考えるが、敢えて1人でも弾けるようなドラムスワークを2人でさせたのが、上島先生の発想の凄さだと私は思う。
そして終曲。このパフォーマンスをリアルで見た観衆から物凄い拍手が送られた。品川ありさが出てきて、演奏者を紹介する。
「秋乃風花、ピアノ・リコーダー・フルート」
「山本心亜、クラリネット・アルトサックス」
「谷口翼、ピアノ・リコーダー・フルート・クラリネット・アルトサックス」
「宮本越雄、ヴァイオリン・チェロ・ギター」
「田中成美、ヴァイオリン・チェロ・ギター」
「レイア、ドラムス」
「そして酒向芳知、ドラムスでした。今一度拍手を」
それで観客から大きな拍手が送られて全員が退場し、私とマリも退場した。
代わってステージに上がってきたのはゴールデンシックスである。
カノンがマイクを取ってアナウンス。
「ローズ+リリーが20分間の休憩に入ったから、トイレに行きたい者は行ってきてくれ。トイレまで響くように演奏するから」
とカノンは言ったのだが
「そんな音量出したら叱られるよ」
と覆面を付けた千里が言っている。
「仕方ない。私たちの演奏を聞き漏らした人はあとでゴールデンシックスのCDを買うこと」
などとちゃっかり宣伝をして笑いを取っている。
「それでは1曲目、ロール・オーバー・ローズ+リリー」
と曲を紹介すると会場は爆笑に包まれる。
それでカノンたちはこの「ローズ+リリーをリスペクトした曲」(?)を演奏した。観客の中にはこの曲を初めて聞いた人もあったようで、不快そうな表情を浮かべる人もあったようだが、周囲が笑っているので釣られて笑っている内に「まあいいか」という気分になってくれたようである。
この曲はビートルズのカバーでも知られる「ロール・オーバー・ベートーヴェン」からインスパイア?された曲である。
俺たちは下手くそな歌謡曲にハマってしまった(わざと男言葉で歌っている)。もう身体に下手くそな音楽が染みついてて俺は下手にしか歌えない。ローズ+リリーのCDを掛けてくれ。あんなきれいな音楽を聴けばこの病気も治るだろう。
要するにローズ+リリーの歌はきれいなだけで詰まらないと言外に言っているのだが、それをローズ+リリーのライブで演奏しちゃう所がゴールデンシックスの凄い所である。
(ロールオーバーというのは、元の歌での意味はRoll over in one's graveで「死者もショックで棺桶の中で身体をよじらせる」という意味なのだが、ゴールデンシックスの曲ではこの言葉の別の意味である、ディスクジョッキーがレコードを掛けるという意味に使用している。原詩者のチャックベリーはクラシックなんてつまらないから俺たちの音楽を聴けばベートーヴェンもチャイコフスキーも墓の中で身体をよじらせて感嘆するだろうとストレートに歌ったのだが、千里の歌詞は完全に逆説的な言い方をしている)
ゴールデンシックスが20分間に4曲楽しく演奏し、楽しいおしゃべりをしてステージを去った後、振袖を着た“ローズ+リリーっぽいふたり”が上手から登場するので凄い歓声と拍手が沸き
「マリちゃーん!」
「ケイちゃんー!」
という声が聞こえる。
が観客席の前の方に居た人たちがざわめき始める。この時点では後ろの方の人たちは何だろう?とお互いに顔を見合わせたりしている。
お腹が大きな“マリっぽい人”がマイクを取って観客に告げる。
「じゃ、第3部が始まるから、みんな聴いてね」
その声を聞いて多くの観客には今出てきた2人の正体が分かり、会場は爆笑に包まれた。
“本物の”私とマリが下手から出て行き、彼らに声を掛ける。
「君たちは誰?」
「あら、私たちはケイとマリ、ローズ+リリーよ」
「ケイもマリもここにいるんだけど」
「だったらきっと分裂したのね。私たちとそちらで1日交替で演奏しない?」
「ケイとマリが2人ずつ居たら楽だろうけど、だいたい君たち男なのでは?」
「あら、私は女よ」
「私も女よ。その証拠に妊娠しているんだから」
「本物のマリはまだそんなにお腹が大きくないんだけど」
「うっそー!?」
と言って、大きなお腹を抱えた子がこちらにやってきて、マリのお腹を見ている。
「まだこんなものだっけ?」
「マリナちゃんのお腹は大きすぎる。それ明日にも赤ちゃん出てきそうだよ」
とマリが言う。
「しまったぁ。少し小さな赤ちゃんに交換しなきゃ」
「そんな小さくとかできるの?」
「このサイズの赤ちゃんはもう少し後に使えばいいから」
「赤ちゃんは天下の回り物ね」
「何のこっちゃ?」
「ということで、君たち、本当の名前を名乗りなさい」
「失礼しました。私たちはマリナと」
「ケイナ。ふたりあわせてローザ+リリンでーす」
とふたりが言うと、笑い声の混じった拍手がある。2人とも
「じゃ2人は私たちを騙った罰として次の曲でダンスすること」
「おっけー」
それでこのやりとりをしている間に所定の位置に就いていたスターキッズが演奏を始める。ローザ+リリンの2人はそれに合わせてダンスを始める。
曲は『コーンフレークの花』である。
ケイナとマリナは最初は振袖を着て踊っているのだが、途中で振袖(ワンタッチ式)を脱ぐと、下にはドレスを着ていて歓声が上がる。そして曲の最後ではそのドレスも脱ぐと下はビキニ姿で客席からは悲鳴?まであがっていた。
そして彼女ら、もとい彼らがビキニ姿のまま踊る中、私たちは『青い豚の伝説』を演奏する。青い豚が魔物達と戦うところなどは、背景にアニメも流したのだが、ケイナとマリナも格闘するかのようなパフォーマンスをしていた。
ふたりのビキニ姿が、お股に変な膨らみも無く、バストも豊かで女性のビキニ姿にしか見えなかったことから
「ケイナとマリナは性転換しているのか?」
と議論されていたが、早まったことをしていなければ、彼らは男の身体のままのはずである。ウェストのくびれたボディラインや細い足は日々の努力の賜物だ。長い髪の毛も地毛である。日焼けに気をつけて白い肌を維持している。
彼らはこれを始めた頃は足のサイズが25cmだったものの体重を47-48kgまで落としたせいか足のサイズが24cmになり普通に売ってある女性用の靴が履けるようになった。
外見的には女にしか見えないので国内で飛行機移動になる場合は、女性として航空券を取っているらしい(彼らはステージでは敢えて男声を使っているが、実はちゃんと女声も出る)。
彼らは足の毛、お腹の毛、脇毛、顔の毛は全部レーザー脱毛していると言っていた。あそこの毛も女性的な逆三角形に整えているらしい。
しかし喉仏は削ったりしていないし、バストも形成していないし、むろん睾丸を取ったりはしていない(はず)。
事務所の社長から
「睾丸取りたいなら手術代くらい出すよ」
と言われたらしいが
「結構です!」
と言ったとか。(脱毛は事務所の費用で実施している)
なお、ローズ+リリーに似てるけど男、というのがコンセプトなので、ペニスの切断は契約書で禁止されているらしい!むろん本人たちは
「ちんちん切るなんて絶対嫌だ」
と言っている。
彼らに男性能力が残っているのかについては「秘密」と言っていた。
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【夏の日の想い出・天下の回り物】(5)