【夏の日の想い出・天下の回り物】(3)
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(C)Eriko Kawaguchi 2018-08-11
「お疲れ様でした」
と声を掛け合って、西湖はスタジオを出た。
スタジオへの出入りは学校の制服を着なければならない定めなので、西湖は通学しているS学園の夏制服(ブラウスとチェックのスカート)を着ている。
しばしば無視されてしまうのだが、一応西湖は高校生なのでお仕事は夜10時で終わりである。これがアクアの場合は超人気アイドルの特例(光GENJI通達)で労働法の適用外らしく、深夜近くまで撮影が続く。
(この通達が適用されるのは国民的な超人気アイドルのみなので、過去にふつうのアイドルが適用対象外と認定されて事務所が摘発された例がある)
アクアさん大変だよなあ。よく体力もつよなあ、などと思いながら西湖は帰ったらすぐ寝ようと思う。あくびが出たりする。
玄関はもう閉まっているので、通用口を出て、地下鉄の駅の方に向かおうとしていた時、数人の人影が寄ってきた。何だろう?と思ってそちらを見ようとした西湖はいきなり口と鼻の所に何か薬のようなものを染み込ませた綿のようなものを当てられた。
何?何?
と思うが意識が遠くなっていく。その遠くなって行く意識の中で
「アクア確保」
という30代くらいの女性の声が聞こえた気がした。
西湖が意識を失って崩れるように20代くらいの男性の腕に支えられると一緒にいた女性は
「これがアクアちゃんか。女子制服よく似合うね。この女子制服にふさわしくないものは取ってしまおうね」
などと言っていた。そのままそばに停まっているレクサスの後部座席に西湖を乗せる。そして車は静かに夜の町に出た。
1時間ほど走って郊外の病院に入る。運転していた男性が西湖を抱えて手術室に運び込む。
スカートがめくられ、パンティが下げられる。
「あれ?女の子なのでは?」
「偽装しているんです」
と言って、運び込んだ女性は接着剤の剥がし液とハサミを使ってタックを解除した。
「へー。うまく偽装するもんですね」
と医師は感心しているようである。
ついでに陰毛を全てハサミで切り、シェーバーで短くなった毛も全部剃ってしまう。
「じゃ去勢手術しますよ」
「よろしくお願いします」
それで手術が始まる。医師は部分麻酔をすると、陰嚢を少し切開して睾丸を1個ずつ取り出し、精索を結索すると切断した。切開した陰嚢を縫合して手術は終了する。
「よかったねぇ、これでもう男にならなくて済むよ。君の可愛い声は永遠だよ」
などと女性は言っている。
そして患者の性器をもてあそんでいたが、ふと思いついたように言った。
「先生、いっそのこと、このおちんちんも取ってしまえません?この子にはこんなもの、ふさわしくないわ」
「まあいいですよ。取った後はどうしますか?何も無い状態にしますか?それとも女の子のように割れ目ちゃんを作ります?」
「何も無いのは可哀相だから、割れ目ちゃんを作ってあげて」
「分かりました」
それで医師は患者に全身麻酔を掛けると、まずペニスを切断する。そして、その付近の皮膚を巧みに加工して、女の子のような形にしてくれた。手術は2時間ほどかかった。
手術終了後回復室に運び込まれる。
やがて西湖は意識を回復した。
「アクアちゃん。目が覚めた?あなたを男にしてしまう毒素は除去したからね」
と女性は声を掛けた。
西湖はまだボーっとしていたものの言った。
「すみません。私、アクアさんじゃないですけど」
「え!?」
「でも男の子なのに女子制服を着ているなんて、アクアじゃなかったら誰なのさ?」
「私、アクアさんの代理を務めている今井葉月です」
「嘘!?だって葉月ちゃんは普通の女の子だよね?」
「何かみんなから誤解されちゃって、女の子だと思い込まれているんですけど、私、男の子です」
「うっそー!?だってタマタマもおちんちんも取っちゃったよ」
「え〜〜!?」
慌てて西湖は身体を少し起こすとパンティを少しさげてそこを見た。そこにはいつものように女の子のようなお股がある。でもこれは本来偽装されたもののはずであった。
西湖はおそるおそるそこに触った。
割れ目ちゃんが開ける!?
本来ここは偽装なので割れ目ちゃんは接着剤で固定されており開くことはできないはずなのである。これをアクアや西湖は「とじ目ちゃん」と呼んでいる。(「閉じ目」なのか「綴じ目」なのかは意見が別れる)そしてその「とじ目ちゃん」の中には、実はおちんちんが隠されているはずなのだが、西湖が今割れ目ちゃんの中をまさぐってもおちんちんは見当たらない。
「うっそー!?無くなってる」
どうしよう?ボク女の子になっちゃった!??
その時、病室に西湖も顔を知っている有名女性歌手が入って来た。
「手術終わった?」
と西湖のそばに居た女性に尋ねる。
「手術は終わったのですが・・・」
と女性は言う。
「誰これ?」
と女性歌手は言った。
「ごめんなさい。間違って別の男の娘を拉致してしまったみたいで」
「え〜〜!?」
と言ってから、今入って来た女性歌手は西湖の顔をじーっと見た。
「あんた今井葉月ちゃんだったっけ?」
「はい、そうです、松浦紗雪さん」
「その名前はここでは言わないで」
「ごめんなさい!」
「でもごめん。アクアを拉致する所をうっかり間違ってあんたを拉致して去勢してしまったみたいなんだけど、あんた、タマタマ必要だった?」
「えっと・・・」
「無くてもいいよね?タマタマなんて」
「あのぉ、おちんちんも無くなっているようなんですけど」
「あら、そうなんだ?でも、おちんちんも要らないでしょ?それにおちんちんもタマタマも無かったら、戸籍上の性別を女の子に変更できるよ。あんた、女の子になりたかったんだよね?」
彼女はアクアのデビュー前からのファンなので、西湖の性別も知っていた。
「なりたくないですー」
「そう?でもせっかく女の子になっちゃったんだから女の子として生きて行けばいいよ。可愛い服も着れるしさ。あんたくらい可愛ければお嫁さんになってという男の人もきっと居るって」
え〜?ボクお嫁さんになるのぉ?と西湖は困ったような顔をした。
「そこで目が覚めたんです」
と西湖が言うのを聞いて、桜木ワルツは大笑いした。
「でもそれ現実に松浦紗雪さんはそのくらいのことしかねないよ。ローズ+リリーのマリちゃんも危ない。このふたりは特にお金も持っているから怖い。他にも数人危険な人がいるし、暴走したファンが似たようなことをする可能性もある。強制性転換じゃなくても誘拐とかされる可能性もあるし。アクアに護衛をつけるべきかも知れないなあ」
などとワルツは言っている。
アクアさんに護衛か。ボクにまでは護衛はつけてもらえないだろうな。拉致されてほんとに性転換されちゃったら、どうしよう・・・
「ところで西湖ちゃん、パスポートの件だけどさ」
と桜木ワルツは訊いた。
「あ・・」
「どうする?間違ってますと言って再発行申請する?」
「どうしましょう?」
「西湖ちゃんがこのまま女の子になってしまうのなら、そのままでもいいけど、男の子として生きて行くのなら、あれはまずいよ」
「私そのあたりが分からなくなってきて」
と西湖は言った。
昨夜見た夢で自分が女の子に改造されてしまった時の様子を思い出す。女の子の形になった股間を触った感触がリアルに蘇る。ドキドキする。
「取り敢えずパスポートは放置で」
と西湖は言った。
「分かった。放置で」
とワルツも答えながら、この子、本当に女の子になりたい気持ちが出てきているのかもという気がする。
ワルツはふと気になって訊いた。
「あんた、健康保険証持っているよね?」
「はい」
「見せて」
それで西湖はバッグの中から国民健康保険被保険者証を取りだして見せる。
「これ、性別:女って書いてあるけど」
「うっそー!?」
「西湖ちゃん、パスポート申請した時に、身分証明書に健康保険証とか生徒手帳とか見せてない?」
「そのふたつを本人確認に提示しました」
「あんたの生徒手帳は女になっているよね?」
「はい、そうです。S学園は女子校ですから、生徒も女子です」
「だからパスポートが女で発行されたのかも」
「あ、そうかも!」
「だったらあんた、男のパスポートを取ることができなかったりして」
「うっ・・・」
「西湖ちゃんが男だということを示す公的書類がまるで無かったりしてね」
とワルツは笑いながら言う。
「ボクどうしよう?」
と西湖はマジで悩んだ。
「いっそのこと本当に性転換手術しちゃう?」
とワルツが冗談(と思う)で言うと
「でもあれって手術したら1ヶ月くらい入院しないといけないですよね?その間のアクアさんの代理のお仕事が」
などと西湖は言っている。
ワルツは顔をしかめた。
「自分の身体のことより仕事を心配するって、あんたホントにワーカホリックだね!」
ところで1月程前の7月23日、「§§プロ」の最大の稼ぎ手であった桜野みちるがWooden Fourの森原准太との結婚、それに伴う引退を発表したが、§§プロはこれで大きな稼ぎ手が居なくなってしまった。
一時は秋風コスモスが社長を務める「§§ミュージック」への吸収も検討したようだが、そもそも若いコスモスに自由に腕を振るってもらうために、彼女より年齢の高いタレント・歌手を全部「§§プロ」に集めた(正確にはアクアをはじめとする若手を§§ミュージックに分離して年齢の高い人は残留させた)経緯があるので結局、§§プロは鈴木社長の∞∞プロに吸収してもらうことにした。
それで紅川さんは引退して郷里の宮古島に戻るということだったが、その件で私は紅川さんから個人的に相談された。
「僕は自分の息子が心配なんだよ」
「ご子息は何をなさっていたんでしたっけ?」
「息子は今30歳で九州大学の工学部を出た後九電(九州電力)に勤めていたんだよ」
「エリートじゃないですか!」
「でも26歳の時に地元で泡盛作りをしたいといって結婚したばかりの嫁さんを連れて宮古島に戻ってきてね。当時嫁さんが妊娠中だったことあり祖母さん(紅川社長の母)は凄い喜びようでね」
「そりゃ喜ぶでしょう」
「まあ泡盛の工場作る時は私も建築費を借りる保証人になってやったんだけどね」
「駄目だったんですか?」
「本人が泡盛作りの経験が無い。加えてこれまで営業経験も客商売の経験も無い。電力会社なんて独占企業で殿様商売だからさ。それにそもそも泡盛の売上げは10年くらい前をピークに年々減少している」
「あぁ・・・」
「2年で倒産して借金だけが残ったよ。結局息子一家は今福岡に出て住宅管理会社に勤めている。借金は少しずつ返して行っている」
「自分で返すのは偉いです」
「借金の肩代わりなんて絶対しないから。そんな甘いことしたら駄目になる」
「会長も息子さんもしっかりしていると思います」
「それで心配しているのは、僕が死んだ時に、僕が保有している§§ホールディングの株を息子が相続した場合に、経営に口出しをしてこないかということなんだよ」
私は考えた。
「会長、先日引退するというお話を聞いた時にも少し思ったのですが、もしかして健康に不安がおありなんでしょうか?」
「糖尿は抱えている。これはやはり若い頃無茶やり過ぎたからね。だけどそれ以外は特に不安は無いよ」
「それは良かった」
「でもこの年になると同年代の友人がどんどん死んで行っている。それも昨日まで元気にしていたのがという話も結構聞いてさ」
「そうですねぇ」
「だから僕に何かあった時にコスモス君が困り、アクア君にも影響が出るようなことが起きては困るんだよ」
「もしかして会長がお持ちの株を私に買い取ってもらえないかとか?」
「うん。そういう話なんだよ」
「幾らですか?」
と私は単刀直入に訊いた。
「僕としてはタダであげてもいいんだけど、そうすると贈与したとみなされて高額の税金を掛けられる可能性があると思うんだよ」
「面倒くさいですね〜」
「そういう訳で昨年度の経常利益が20億円だったから、その5倍で100億円とかではどう?10年払いでいいけど」
私は苦笑した。
「そのくらい全然平気です。会長###銀行の口座はお持ちですか?」
「うん。あるけど」
「口座番号を教えて下さい。今、振り込みますので」
「今現金で持っているの〜!?」
さすがにこの金額はネットバンキングでは振り込めないようだったので、私はその日の午後銀行の窓口に行って振り込みの手続きをした。すると顔見知りの支店長が出てきて
「唐本様、本当にこの金額でよろしいですか?」
と尋ねられた!!
(銀行の一般的な振り込み用紙には一応百億の桁までは印刷されているのだが、私もこの振込用紙の桁を全部使ったのは初めてであった)
更に900億円もの現金が普通預金口座に半年以上入ったままになっていることに気付いた支店長は投資信託でもしないかと勧めてきたが、丁重にお断りした。
しかしそういう訳で私は§§ホールディングのオーナーになったのである。ただしこのことはマリには秘密である!私がアクアの事務所のオーナーになったと聞いたら、アクアに無茶なことを言い出しかねない!性転換してね。これはオーナー命令ですとか。
なお、紅川さんは私が払ったお金を利用し、∞∞プロの鈴木社長、○○プロの丸花社長、ζζプロの兼岩会長と共同で芸能人年金基金を立ち上げ、長年芸能界で活躍した人の引退後の生活支援をするシステムを作ることになった。この基金は当初210億円で設立された。200億ではなく210億にしたのは紅川さんの出資額を49%以下に抑えるためだろうと私は想像した。
コスモスは私が§§ホールディングのオーナーになったと聞いて驚いたが、
「何か知らない人に所有されるんじゃなくてケイさんなら安心です」
と言っていた。私は彼女にこれまで通り、自由な才覚で経営して欲しいと言った。
「分かりました。頑張ります。もう結婚適齢期は逃しちゃうけど、私は仕事に生きる女です」
「結婚かあ。コスモスちゃん、好きな人とかいないの?」
「全然居ないんですよね〜」
「ちなみに好きなのは男の子?女の子?」
「男の子が好きですよ〜。アクアにバージンあげちゃおうかとも思ったんですけどね。もらってくれませんでした」
「その話、他の人にはしない方がいいよ〜」
「ゆりこからも言われました」
私が§§ホールディングのオーナーを継承して間もない頃、アクアに関して重大な事故が起きた。
その日、アクアはサブマネージャー高村友香が運転するベンツSクラスに乗って放送局に行く途中であった。普段は「白いアクア」を使うのだが、実は昨日、そのアクアを運転していたもうひとりのサブマネージャー緑川志穂が乱暴な運転の車を避けようとして縁石にぶつけてしまったのである。但しこの時はアクアは乗っていなかった。
(実際にはコスモスはその「乱暴な車」はパパラッチではないかと言っていた)
それで白いアクアが修理中だったので、この日はたまたま紅川さん所有のベンツが空いていたのでそれを借りたのである。
さてこの日の状況だが、高村が運転していて放送局に入ろうとしたらゲートの所に唐突に年配の女性が、よろけるような足取りで出てきたのである。
高村は焦った。ブレーキが間に合わない!ハンドルで避けるしかない!しかしどこに?通行人もいるので歩道は駄目だ。高村は目の前に街路樹があることに気付いた。ここにぶつければ歩行者も怪我させないし、車のスピードも殺せる!
そう瞬間的に判断した高村は物凄い急ハンドルで運転席がその樹木に正面衝突するように進路変更したのである。むろん同時に急ブレーキも踏んでいるが、自分が正面衝突するようにしたのは助手席にいるアクアを守るためである。
門の所にいた警備員さんがすぐに救急車を呼ぶ。救急車が来た時、高村は
「私より助手席の子を先に運んで!」
と言ったが、救急隊員は
「君の方が怪我が大きい。助手席の子は大した怪我はしていないようだよ」
と言い、高村を救急車に乗せる。
「高村さん、アクア君は僕が病院に運ぶよ」
と出てきてくれた放送局の見知ったスタッフが言うので
「すみません。お願いします」
と言って高村は病院に運ばれていった。
さて・・・
今回の事故では車は門内に進入しようとしていた時で車が低速だったこと、そして車がベンツだったという要素が大きかった。高村はフロントグラスを突き破り車内に飛び込んできた枝で頬を少し切っていたのと腕にも切り傷があり、右手小指を骨折していた他はそんなに大きな怪我は無かった。
結局小指の骨折は全治2ヶ月だが、それ以外はすぐに治ると言われた。顔の傷も跡は残らないだろうと言われた。入院の必要も無かった。アクア自身は無傷であった!念のため全身検査されたものの、何も異常は無いと言われた。
ちなみにアクアの送迎は1日交替なので、翌日は緑川が運転し、高村は翌々日にはもう仕事に復帰した(アクアもさすがに当日は休みにしてもらった)。
なおこの日事故に遭ったのは実際にはアクアMであったらしい。医者に精密診断をされながらMは「自分で良かったぁ」と思ったという。これがFだったら
「アクアは性転換していた!」
というニュースが翌日の新聞に載って大騒ぎになる所だった(病院には大量の記者が押し寄せていたので、女の子の身体だったら誤魔化しようが無かったところである)
それにMは反射神経が3人のアクアの中でも最も良いので、高村が
「アクアちゃん、頭をヘッドレストに付けて!」
という声に反応して、予め頭を後ろにやっていたのも、怪我が無くて済んだ要因だったかもとMは思ったらしい。
事故の様子は門の警備員が全貌を見ていた。通行人の目撃者も多数あった。そして事故の原因となったベテラン女優さんも証言してくれた。
ネットの反応。
第一報が流れた時は「アクアが乗った車が事故」というのでアクアを心配する声が多かったが「アクアは無事。無傷」という報道が出ると「良かった!」という声と共に、ドライバーに非難が集まる。
「運転していたのは誰だ?高村か?緑川か?桜木か?死刑にしろ」
などと厳しい声。
社長の秋風コスモスはその日の夕方19時に緊急記者会見をして状況を説明した。
(すぐに記者会見しないと、本当に高村が殺されかねない!)
・ベテラン女優さんはドラマで共演していた男性俳優さんがふざけて驚かしたのにびっくりして飛び出してしまったこと。
・運転していたのは高村であるが、飛び出して来た女性を轢かないように、歩道の通行人にぶつけないように、車道を走っている車と万が一にも接触しないように、しかもアクアに怪我させないようにと、自分自身が樹木に正面衝突するようハンドルを切ったということ。つまり樹木にぶつけて車の勢いを止めようとしたのだと説明した。
・このことは単に女性を避けようとしただけなら不自然な車の曲がり方を現場に居た多くの人が見ていて証言してくれているし、防犯カメラにも全貌が映っていたし、車のドライブレコーダーにも
「アクアちゃん、ヘッドレストに頭を付けて、目をつぶって、顔を手で覆って!」
「木にぶつけるから」
という高村の声が入っていたことでも裏付けされた。
(実際には助手席部分のフロントグラスは割れず、ヒビが入っただけだったので、アクアは無傷で済んだ)
・プロのドライバーに映像を見てもらったが、普通の運転者なら、そもそも女優さんを避けることが困難だったと思うと言った。通常ブレーキを踏む時の反応時間は若い人でも1秒と言われる。1秒あればほんの3-4mほど前に飛び出した人を避けきれない所だった。20km/hの車は1秒間に5.5m進むのである。しかしプロのレースドライバーには0.1-0.2秒で反応できる人がいる。
・同じくプロのドライバーさんの意見で、自分を犠牲にして、他の人には誰も怪我をさせないようにした瞬間的な決断力が凄いと言っていた。普通はパニックになってどうすればいいか考えつかないものである。それを少なくとも0.2秒程度以内にしていないと、あそこまでの急ハンドルで街路樹にぶつけることはできなかった。その急ハンドルもかなりの腕力を必要としたはずだ。
このコスモスの記者会見を受けてドライバーに対するネットの意見が180度変わる。
「高村さん、すげー!」
「さすがA級ライセンス持ち!」
高村友香は大型二種や大型自動二輪免許も持っているが、四輪の国内A級ライセンスも持っている。もっとも取ったのはもう5年くらい前で、当時はかなりハマっていて年間10回くらいサーキットに行っていたものの(愛車はインプレッサ)、アクアのサブマネージャーになった後は、忙しくて全く行っていない。
「高村さん、早く良くなるといいね」
という声が圧倒的となり、実際§§ミュージック宛にお見舞いが大量に届いて高村本人がびっくりした。
ネットでは
「しかしこのくらいで済んだのはやはり車がベンツだったからでは?」
「普段の(トヨタ)アクアならもっとひどい怪我していたかも」
という声も出ていた。
なお事故の原因を作ったベテラン女優さんと、その根本的な原因を作った男性俳優さんは平謝りであった。
・破損した車は弁償する。
・怪我した高村さんの治療費、アクアの診察費はむろん全て出す。
・損傷した街路樹の植え替えなどの原状回復は責任持っておこなう。
・休業補償を含む損害賠償の交渉には誠意をもって応じる。
ふたりから豪華なお見舞いの品が届いて、アクアも高村もびっくりした。
車の問題についてコスモスはすぐに手を打った。
アクアの送迎に使用する車をトヨタ・アクアではなく丈夫さでは定評のあるボルボ車に変更することにし、これは山村マネージャーが翌日午前中!に調達してきた、Volvo V40 PHV !? (Color:White)という特殊な車を使うことにした。これを早速調達してきたその日から送迎に投入した。
Volvo V40はボルボ車の中では最もコンパクトな車種である。
コスモスが心配したのは、あまり大きな車を使うと先輩の俳優や歌手などから
「売れてると思っていい気になって、でっかい車に乗っている」
と思われることである。
それでできるだけ小さな車を使おうと考えていた。V40 は 4370×1800×1440 というサイズで、車体のサイズで言うとプリウスの 4540×1760×1470 よりも少し小さい(幅は4cm広いが)。今までのアクア3995×1695×1455よりは大きいものの、それほどの“巨大感”は無い。
V40はVolvoのロゴさえ見なければ外車とは思われないコンパクトさである。(ついでに言うと、Volvoの車体前面のエンブレムは一見Nissanのエンブレムに似ている)
ボルボは現在高級車を中心にPHV(プラグインハイブリッド車)を導入しつつあるが、まだV40のハイブリッドは存在しない。ところがこの山村が調達してきた車は元はV40のガソリン車だったのを改造してハイブリッドにしてあるのである。改造には大量の電池を搭載するなど極めて大きな工程が必要だったと思われるが、車の床を本来の高さより3cm高くする(結果的に天井が3cm低くなる)だけで改造を達成している。それでちゃんと構造変更などの認可を取っているのが凄い。
それでV40のハイブリッド車という珍しい仕様の車が存在しているのである。恐らくは何か別のプラグインハイブリッド車のパワートレインを丸ごと持って来て載せ替えたのではないかと思われるので、改造費はハイブリッド車1台買える価格が掛かっていると、話を聞いた私は思った。元々そういう車を所有している人を知っていて、大枚(きっともう1度そういう改造ができる程度)を積んで譲ってもらったのだろう。
が、その件で千里(千里2)が笑っていた!
何なんだ!?
そういえば山村さんは千里ともAYAのゆみとも旧知という話だったが、どういう関わりだったのだろうか。
ちなみにこの車は通常はモーターだけで動作するのでこれまで乗っていたアクアと同様、とっても静かな車である。PHVなので夜間などにコンセント(200V)から充電していれば結果的にガソリンはほとんど使わない。また、室内高が低くなる問題は、乗るのが女性と、元々身長の低いアクアなので、むしろ快適になる感じだった。
なお、西湖の送迎車もこれに合わせて変更された。丈夫さについてボルボよりは少しランクとして落ちるものの、アウディA3のPHVを使うことにした。これは一週間ほどで調達され、学校や放送局などにも車種・ナンバーの届け出を済ませた。
アクア送迎車 Volvo V40 4370×1800×1440 1496cc (Plugin Hybrid) White
西湖の送迎車 Audi A3 (ETRON) 4330×1785×1465 1394cc (Plugin Hybrid) White
実は・・・アクアの送迎車と西湖の送迎車はサイズも似ているし、どちらも白いハイブリッド車である。コスモスはこの2台の車を出し入れすることにより、“目くらまし”をするつもりなのではと私は思った。
要するに葉月をアクアの影武者にする意図があるのだろう。
葉月、アクアと間違えられて拉致されて女の子に改造されちゃったりしないよね?と私は少しだけ心配した。
なお、この2台はどちらもガソリンはハイオクである。これはドライバーが混乱しないようにそろえたのもあるだろう。普段西湖のドライバーをしている桜木ワルツや河合友里も、忙しい時はアクアを担当することもある(西湖は人手が足りないとタクシーで移動しろと言われる)。
この夏は実に様々なイベントが詰まっていて、笑顔も涙もあり、生も死も婚もあった。
2018.06.03 私が正望と婚約。結納を交わす。
2018.07.03 UTPの菊山悠子(旧姓桜川)が美季を出産
2018.07.04 千里1の夫である川島信次が事故死。
2018.07.23 桜野みちる・森原准太の記者会見。結婚へ。
2018.07.29 政子が妊娠を発表。
2018.08.03 青島リンナが夏絵を出産
2018.09.12 淳が性転換手術を受ける
信次の突然の死亡で千里1は茫然自失となり、お葬式の時はまるでお人形さんのように、何を話しかけても無反応の状態だったので、私たちは彼女を精神科に入院させた方がいいのではと話し合ったほどだった。
しかし8月19日に四十九日の法要を終えて少しした所で、千里がかなり元気になっているという話を私は揚羽から聞いた。それで見に行くと、ほんの数日前に見た時とまるで違うので驚く。
「何があったの?」
「私、女の子のママになったから、頑張らなくちゃと思った」
「今、仙台で代理母さんのお腹の中で育っている子のこと?」
「ううん。あの子の性別はまだ分からない。でも一昨日、私の血を引く女の子が生まれたんだよ。カンナちゃん」
千里(千里1)が語るところによると、その子こそがローズ+リリーのツアーや制作に随分協力してくれた(本物の)“謎の男の娘”さんらしい。前世では小春という名前だったらしいが、生まれ変わったら「かんな」という名前にして欲しいと本人が言っていたのだという。
この子は法的には千里の思い人・細川貴司さんと、彼の現在の奥さんである美映さんとの間に生まれたことになっているものの、本当は千里の遺伝子を引き継ぐ子なのだと千里1は言った。
(緩菜の本当の遺伝子的両親については、この時点で真実を知る人は誰もいなかった)
千里1の様子を見て私はその状況を千里2に連絡した。すると千里2も驚いていたが、千里1のリハビリのために、バスケットの適当な練習パートナーを行かせると言っていた。バスケの力が回復すれば、きっと精神力も、音楽的な能力も回復していくだろう、と私は思った。
実際千里1はこの後、10月から編曲作業に復帰するのである。
政子の妊娠発表、私の婚約報道が続いたことから、★★レコードの町添部長が『お嫁さんにしてね』というシングルを企画した。部長が付けたキャッチフレーズは
《婚約したケイ、出産するマリ、があなたに贈るラブソング》
というものだったが、ネットでは『結婚が抜けてる』という声が多数出ていた。
このシングル(『祝愛宴』『Long Vacation 2018』とのカップリング)は大きな編曲の変更はせずに(表題曲を少しカントリーっぽく演奏しただけ)短期間で収録してリリースしている。
更に町添部長はブライダルやベビーをテーマにしたミニアルバムの制作を打診し、私は快諾した。
が、開き直ってほぼ既存曲とカバーで構成している。
『ふたりの愛ランド2018』エレクトーン版
『振袖』(同名CD)和楽器mix
『夜宴』(Flower Garden) ブラスmix
『ずっとふたり』(Heart of Orpheus) ストリングmix
『愛のデュエット』(幻の少女)
『城さんの赤ちゃんが風邪引いた』
『My Baby Baby Balla Balla』
『マイ・ハッピー・デイ』(新曲)
『ふたりの愛ランド』はローズ+リリーの初期の人気曲である。過去に2012年版もリリースしたことがあるのだが、今回は詩津紅の弾くエレクトーン STAGEA だけの伴奏で歌っている。
私は高校1年の時、様々な子と組んで音楽活動をしているのだが、世間的には和泉とのペア《千代紙》が最もよく知られている。結果的には政子とのペア《チューカラ》が須藤美智子の命名で《ローズ+リリー》としてデビューすることになる(*1)。
そして私と詩津紅のペアは《綿帽子》という名前で主として体育館の用具室のピアノで詩津紅の伴奏+私の歌で活動していたが、何度か街頭ライブ(*2)も敢行している。今回詩津紅のエレクトーンで歌っていて、私はふとあの頃のことを思い出したりした。
(*1)私と政子のペアについて加藤課長は《イチゴ・シスターズ》というのを考えていたらしいのだが《イチゴ・シスターズ》よりは《ローズ+リリー》の方がずっと良い気がする。須藤さんの功績だ。
(*2)詩津紅がカシオトーンSA-75(mini37鍵1.5kg)をショルダーストラップで吊って使用した。SA-75はどうかしたショルダーキーボード(*3)よりずっと軽い優れものである。私はヴァイオリンを間奏で弾いていた。
(*3)ショルダーキーボードとは、ギターみたいな形状のキーボードである。最近ではRoland AX-Synthなどが人気だったが販売終了。現行ではAlesisのVortex wireless 2くらいが主な機種。但し古い製品でも良ければYamaha KX5などは結構中古市場に出回っていて、若いミュージシャンの愛用者もいる。
『夜宴』(Flower Garden)と『ずっとふたり』(Heart of Orpheus) に『振袖』は新規の録音はおこなわずにリミックスだけした。
『城さんの赤ちゃんが風邪引いた』は『太郎さんの赤ちゃんが風邪引いた』などのタイトルで知られる曲であるが、ここでは「城(じょう)さん」にした。
城さんの赤ちゃんが風邪引いた (x3)
そこでヴェポラップを塗った。
なぜ城(じょう)さんなのかというと、この曲は元々がJohn Brownだからである。
この曲は最初このような形で現れる。
■ジョンブラウンの身体
John Brown's body lies a-mouldering in the grave; (×3)
His soul is marching on!
(ジョン・ブラウンの身体は墓の中にある/しかし彼の魂は前進する)
ここで"Body"は「遺体」ではなく、あくまで「身体」と訳すのが正しい。実はジョン・ブラウンというのは、南北戦争の時に北軍のボストン第2歩兵大隊に居た軍曹さんの名前なのだが、彼は死んでいた訳ではない!生きていたから前進できたのだが、遅刻したりした時にからかわれて、このような歌ができたものらしい。
(南北戦争の直前に処刑された同姓同名の過激活動家も存在したため、彼はからかわれたのである。だから墓の下にあるのは活動家のジョンブラウンで、前進するのは軍曹のジョンブラウンとも考えられる)
この曲は日本ではよく『リパブリック讃歌』の名前で参照されるが、実は『リパブリック讃歌』より『ジョンブラウンの身体』の方が少し古い。
これのバリエーションとして、やがてこのような歌が現れる。
■ジョンブラウンの赤ちゃん
John Brown's baby had a cold upon his chest; (x3)
And they rubbed it with camphorated oil.
(ジョン・ブラウンの赤ちゃんが風邪引いた/それで香油を塗った)
『太郎さんの赤ちゃんが風邪引いた』はこれのかなり忠実な訳である。
日本には「太郎さん」版と「権兵衛さん」版があるが、英語圏ではJohn BrownをEva Brownに変えたものも現れている。Eva Brownといえばヒットラーの恋人の名前である。
Eva Brown's body lies a-mouldering in the grave; (x3)
Her soul is marching on!
(エヴァブラウンの身体は墓の下にある/しかし彼女は前進する)
この替え歌を元ネタにして『歌う白骨(Jane Brown's body)』という小説も書かれている。作者はサスペンスの名手コーネル・ウールリッチ(Cornell Woolrich)である。死んだ女性をマッド・サイエンティストが蘇生させたが、彼女は全ての記憶を失っており、最初は字も読めなかった。数年後、ノヴァと名付けられたその女性に恋した男性が彼女と駆け落ちしてしまうが・・・というお話。結末は想像できる通り。
この曲には日本でも様々な替え歌が作られており、オリジナルに近いこんなのもある。
『進め進め』(戸川安宅 1902)
太郎がむくろも倒れたり、次郎がむくろも倒れたり、死すも生くるも君がため。進め、進め。
まるで二百三高地ですが、作られたのは日露戦争前夜ですね。嫌な歌だ。
大正時代にはこういう可愛い歌も出来て女学生たちが愛唱した。
『薔薇の歌』(神長瞭月)
小さい鉢の花バラが、貴方の愛の露受けて、薄紅の花の色、昨日初めて笑ってよ
『おたまじゃくしは蛙の子』は1940年に永田哲夫・東辰三作詞で灰田克彦のレコードに収録されたものである。ただし、このレコードではこの歌詞は実はハワイアンの「Na Moku Eha」という曲に乗せられている。ところがこの灰田版では間奏部分に『ジョンブラウンの身体』のメロディーが引用されていた。そのため、いつしか『ジョンブラウンの身体』のメロディーに乗せて「おたまじゃくしは・・・」と歌う人たちが現れたという。
(「おたまじゃくしは蛙の子」は「水戸黄門」や「どんぐりころころ」とも歌詞交換可能である!)
『権兵衛さんの赤ちゃん』『太郎さんの赤ちゃん』は戦後間もなく出版されたキャンプ曲集にも収録されているらしく、ひょっとすると戦時中くらいの作品なのかも知れない。
更にこの曲は「おはぎがお嫁に行く時は」とか『ともだち讃歌』などのバリエーションを産み近年では『ヨドバシカメラの歌』としても広く知られている。
私たちはこの曲はスターキッズの近藤さんのギター、鷹野さんのベース、酒向さんのドラムスの3人の伴奏だけで歌っている。30分くらい練習してその後は1発録りである。
ところでこのアルバムが発売された後のネットの声。
「“城さんの赤ちゃん”って“お嬢さんの赤ちゃん”にも聞こえるよね」
「いや、わざとそう聞こえるように歌っている気もする」
「太郎さんの赤ちゃんだと男の子だけど、お嬢さんの赤ちゃんなら女の子か」
「いや待て。太郎さんの赤ちゃんって、太郎さんの子供って意味だろ?太郎という名前の赤ちゃんではないはず」
「あれ〜〜?」
「お嬢さんの赤ちゃんって、未婚の母という意味では?」
「おぉ!」
「つまりこの“お嬢さん”ってマリちゃんのことか!」
このあたりのネットの書き込みを見てマリはニヤニヤしていた。
「この子が万一男の子だったら、おちんちん取って、ちゃんとお嬢さんにしてあげよう」
などと政子は言っていた。
(実際には8月の段階でDNA鑑定により胎児の性別は女の子と確定している)
『My Baby Baby Balla Balla』はドイツの4人組バンドDie Rainbowsの1966年のヒット曲である。日本でもスパイダースがカバーしている。歌詞は極めて単純で
My Baby Baby Balla Ballaというフレーズに、更にひたすら Balla Balla
と歌い続けるものである。歌詞中にBallaという単語(意味不明)は64回も出てくる。日本では「マイベビーベビー」を聞き取れなかった小学生たちが
「アベビバビブベ・バラ」
と歌い、ついでに
「お前の父ちゃんバラ、お前の母ちゃんバラ」
などとやっていた。
歌詞自体が『つけまつける』並みに意味不明だが、Babyは恐らく赤ちゃんではなく恋人への呼びかけ。しかしベビーという単語が入っていることから、採用させてもらった。
これはオリジナルのRainbowsの構成(Gt/Gt/B/Dr)で演奏することにし、宮本さんにセカンドギターに入ってもらって、近藤・宮本・鷹野・酒向4人の演奏をバックに私とマリが歌った。マリが物凄く楽しそうだった。
「バラバラだから、それに刺激されてユリユリという詩を書いたんだけど」
とマリは言った。
「じゃ来年くらいに曲付けるね」
と私は答えた。
「マイ・ベビー、ベビー、ユリユリ」
「ふむふむ」
「女の子はみんなでユリ」
「ちょっと待て」
「男の子はちんちん取ってユリ」
「却下」
と私は言った。
「なんで〜?」
「そんな歌、発売したら発禁処分になるから」
さて今回のアルバムで町添さんが「うーん・・・」と悩んだものの、私は押し切らせてもらったのが『愛のデュエット』である。まさにブライダルにふさわしい名曲なのだが、実はこの作品の作者は上島先生である。
上島先生の作品は既にロックが解除されており、使用することは可能である。それで使うことにさせてもらったのだが、ローズ+リリーの名前があるからこそ許してもらったのだと思う。
私たちがこの曲を使ったことで、上島先生のファンと称する方から「使ってくれてありがとう」というお手紙を100通くらい頂いてしまった。
この曲のオリジナルのPVは、ハイライトセブンスターズのヒロシ(男役)とRainbow Flute Bandsのフェイ(女役)で撮影した。しかし私はこれを今回アクアにやらせたいと思った。
彼に男役・女役の双方をやらせようという魂胆なのである。
コスモスに連絡すると案の定
「アクアは忙しいんですけど」
と言われる。
「出演料3000万円払うから」
「3000万円!?」
そのギャラの高額さに驚いたコスモスは「検討する」と言ってくれて、結局彼のスケジュールを3日空けてくれた。
このPVの撮影はアクアと私と醍醐春海、山村マネージャーの4人だけで行い、他の人は同席させないでやりたいという私の申し出も「山村が同席するのならOKです」と言ってもらった。
「葉月も一緒ですよね?」
「いえ、葉月君はお休みで。アクアだけで大丈夫です。うまく合成しますので」
「分かりました」
「葉月君は本来セットでしょうから、彼にも300万円ギャラを払います」
「いわゆる“お笑い”ですね。頂きます。全額彼に渡します」
「それで何の楽器を演奏すればいいんですか?」
とアクアは事前に電話で私に尋ねてきた。
「ピアノ、リコーダー、フルート、クラリネット、トロンボーン、ヴァイオリン、チェロ、ギター、ドラムス」
「たくさんありますね!」
「デビュー前にハワイでビデオを撮影したとき、ピアノ、ギター、サックス、フルートは吹いているところを見た。ヴァイオリンもレッスンに通っていたよね」
「はい。今ケイさんがおっしゃった楽器は大丈夫ですが、クラリネット、トロンボーン、チェロ、ドラムスが経験ありません」
「ヴァイオリンは上手いと聞いたし、それならチェロはすぐ弾けるようになると思う。今思ったけどサックスが吹けるなら、トロンボーンをサックスに変更して、クラリネットの代わりにEWI(イーウィー)でもいいかも」
「イーウィー?」
「ウィンドシンセサイザね。要するに電子サックスだよ」
「だったら行けるかも」
「じゃEWIは楽器1個プレゼントするから、移動中の車の中ででも練習してもらえば」
「分かりました」
「残りはドラムスだけど、アクアちゃん運動神経がいいから多分半日も練習すれば打てるようになると思う」
「分かりました。練習しておきます」
それで当日、祐天寺のXスタジオの一室に、私とアクア、千里(千里2)、山村マネージャーの4人が揃った。麻布先生に言って今日から3日間、この祐天寺店全体を貸切り、スタジオにはスタッフを含めて誰も近づかないようにしてもらっている(ここの鍵は私が預かっている)。
「まあそういう訳でですね。山村さん」
「うん?」
「この撮影をアクアMとアクアFでやりたいんですよ」
と私が言った。
アクアは口に手をやって
「え〜〜〜!?」
と言っている。
「なるほどねぇ。だからこの4人だけな訳だ」
と山村は楽しそうな表情で言う。
「でも機器の操作は?」
「私は音響技術者の資格を持っていますよ。ここの常務の弟子なんです」
「ほほぉ。撮影は?」
「山村さんにお願いできますか?」
「いいよ。カメラの扱いは割と自信ある。それに千里には撮影なんて無理だからな」
と山村は千里を見ながら言った。
「私は何すればいいの?」
と千里が訊く。
「ディレクター。私が機器の操作するから、私はアクアの演技までは見てあげられない」
「了解〜」
「要するに千里がいちばん偉い人だな」
と山村。
「まあ、私はこの3人の誰にも負けないよ」
と千里は言っている。
負けないって、何の勝負なんだ!?
それで千里の指揮のもとで、まずは練習を始める。
山村は他の2人のアクアを呼び出した。すぐにその2人はやってくる。恐らく近くに待機させておいたのだろう。彼らは3人とも、事前に私が送っておいたEWI5000は完全に吹きこなしていた。
「さすがだね」
「タッチするだけで音が出るので最初戸惑いましたけど、慣れるとサックスとほぼ同じ感覚で吹けました」
「そうそう。最初そこに戸惑うよね」
チェロはまだ道半ばという感じだったので、千里がアクアFにチェロを教え、一方ドラムスは私がアクアMに指導した。その間アクアNはフェイとヒロシで撮ったPVの映像を見ながら全体的な練習をしていた。
3人は誰かひとりが覚えたものは他の2人も覚えているのだという。それでシナリオも他の人の3倍の速度で覚えてしまうらしい。
だからあんなに仕事をこなせるのかと私は納得した。しかし逆に言うと、アクアは3人に分裂していなかったら、あまりの多忙さで身体を壊していたのではと私は思った。
一方山村はカメラでその練習の様子も撮影し、カメラワークの練習も兼ねていたようである。もっとも山村は練習中のアクアは、絶対に同時に2人以上顔が映らないように、気をつけていた。
初日は個々の楽器練習で終わってしまい、2日目から通しの練習になった。
が・・・1発でうまく行ってしまった。
「今の撮影してた?」
と千里が訊く。
「もちろん」
と山村。
バックに予め録音しているストリングスのサウンド(私と鷹野さんで弾いたもの)が流れる中、アクアMとFはピアノの連弾に始まり、リコーダーの合奏、フルートの合奏、ウィンドシンセの合奏、アルトサックスの合奏、ヴァイオリンの合奏、チェロの合奏、ギターの合奏ときて、最後は1つのドラムスセットを2人で一緒に叩く。
これが全て1発でうまく行ってしまったのである。
「ひとつのドラムスを2人で叩くのはさすがに自信無かったんですけど、今のはうまく行きましたね」
「よし。念のためもう1度撮影しよう」
それでもう一度やるが、アクアたちは美事に全ての楽器を弾きこなすし、ふたりはひじょうに息の合った演奏を見せた。ストリングスのサウンドが流れているので、楽器から楽器へと移動する時間も限られているのだが、それを全部リアルタイムで間に合わせてしまった。
「ほんとに君たちは凄い」
と私も千里も褒めたのだが、アクアたちは顔を見合わせている。
「どうしたの?」
「私たち3人になった時、これバレたらきっと3人分のお仕事させられるようになると言ったんです」
「なんかそれが現実になりつつある気がします」
「ああ。北里ナナちゃんが誘拐される所をNとFで撮ったんでしょ?」
「普段の倍たいへんでした」
「まあこういう撮影はめったにないから大丈夫だよ」
「本当ですか〜?」
あまりこちらを信用していない感じだ。まあ分裂を知っているのはここにいるメンバーくらいだから、大丈夫であろう。
多分。
なお、今回使った楽器であるが。
ピアノの連弾はスタジオ備品のSteinway D-274 "Concert Grand Piano" を使った。またドラムスもスタジオ備品のドラムスセット Yamaha "RYDEEN" RDP0F5 を使用した。
リコーダーはアクアが小学校の時に使っていたヤマハのリコーダー(ABS樹脂製)を持っているのでそれでいいかと言っていたので、同じ製品をもうひとつ用意しておき、2人に吹かせた。ウィンドシンセはEWI1500を予め1本渡しておいたのだが、同型機をもう1本渡した。
「EWI(イーウィー)は2本ともプレゼントね」
と私。
「ありがとうございます。これホントに合奏して遊ぼう」
とアクアF.
「もう1本あれば3人で合奏できるけどね」
と(恐らく何気なく)アクアNが言った。
「ん?」
「だったら後でもう1本そちらに届けさせるよ」
「わっ、すみません!」
アルトサックスはアクアは Yamaha YAS62 を所有している。これはマウスピースだけ用意してもらって、サマーガールズ出版の備品の Yamaha YAS875EX をFに吹いてもらった。
「これいい音が出ますね!」
と言っている。
「いや。いい楽器を使ったら即いい音を出せるアクアが凄い」
と千里が言っている。
「うん。普通はその楽器の能力を引き出すのにある程度の日数が必要」
と私。
「まあ数ヶ月、どうかすると数年かかるよね」
「そうそう」
「やはりこの子は天才だよ」
と山村も言っている。
ヴァイオリンはアクアが自己所有しているのは Yamaha 'Artida' YVN500S である。同じ型のヴァイオリンをマリが所有しているので、私が勝手に持って来た。自分のヴァイオリンをアクアが弾くなんて聞いたら、絶対自分も見に行くと言い出すに決まっている。それでこっそり持って来たのである。
しかしアクアの楽器は上島先生が買い与えていたものだと思うが、どうも先生はYamahaが好みのようである。ほぼヤマハの製品で揃っている。
なお、アクアの実家(田代家)にはヤマハのグランドピアノ S6A があるが、これは上島先生が買ってくれたものではなく、音楽の先生をしているお母さんが長期ローンで買ったものである。なおアクアが現在住んでいる自宅マンションにはクラビノーバ CLP-685PE が置かれている。グランドピアノの鍵盤システムを採用した製品である。
チェロはサマーガールズ出版が所有するカールへフナーのチェロを2点持ってきている。今回アクアは昨日初めてチェロという楽器に触ったのだが、やはり普段からヴァイオリンを弾いているせいか(忙しくて疲れた時に弾くと疲れが取れる、などと本人は言っている)、わりと早く弾きこなした。
フルートはアクアが自己所有していたものは
Yamaha "Ideal" YFL-877: offset ringkeys E-mechanism "all sterling silver" soldered であった。
「それ何代目?」
と私は尋ねたのだが
「小学4年生の時に上島さんに買ってもらったんです」
などと本人は言っている。
「まさかそれが1本目」
「はい。これ以外には持っていません」
普通なら数年のキャリアがあり、かなり腕が上がってきた人が買うようなプロ仕様の製品である。こんなものをいきなり買い与えたのが上島先生らしい。もっともお金に充分な余裕があるのなら最初から良い楽器を使った方が良いことは良い。
「でもオフセットを使っているのならインラインも試してごらんよ」
と言って私は同じクラスのインライン型を買ってきた。
Yamaha "Ideal" YFL-897: inline ringkeys E-mechanism "all sterling silver" soldered
「それあげる」
と私は言ったのだが、アクアNが私を見ている。
「んじゃもう1本、サンキョウのNew E-mecha のフルートでも適当に見繕って送ってあげるよ」
「やった!ケイ先生大好きです」
「はいはい」
そしてギターはアクアはヤマハのLS-56を持って来ていたのだが、私は彼らにギブソンのJ-185を渡した。
「わあ、ギブソン触るのは初めてですー」
などと言っている。
J-185は結構大きいのでそれをアクアMが弾き、自身のギターLS-56はアクアFが弾くことにしたようだ。
しかし例によってアクアはこの高級ギターを簡単に弾きこなしてしまった。
それで収録が終わった後で彼は訊いた。
「このギターはかなり使い込まれている感じですね。どなたかの愛用品ですか?」
それで私は答えた。
「それ、お父さんが使っていたギター」
「・・・」
アクアは驚いたような顔をしていたが、やがて訊いた。
「高岡猛獅ですか?」
「もちろん」
するとアクアはボロボロと涙を流して泣き出してしまった。最初に泣き出したのはJ-185を抱えているMだが、すぐにFとNにも伝染して3人とも泣き出す。
この子たち“長期記憶”を共有すると言っていたけど、ひょっとして感情も共有してないか?と思う。
「高岡さんがワンティスを結成して最初の曲『無法音楽宣言』が大ヒットして、入ってきた莫大な印税で買ったものらしい。このGibson J-185というモデルは1951年から1958年までのごく短期間しか生産されていない。ギタリストの間では伝説的なヴィンテージ品。当時100万円以上したみたいね」
スターキッズの近藤さんもJ-185の愛用者だが、たまたま楽器店で見かけたものを七星さんからお金を借りて買ったらしい。
「ボク最初の印税で何も買ってない」
「まあお金を使う暇も無かったしね」
「そうなんですよ!」
「お祖父さん、高岡猛獅のお父さんから預かってきた。猛獅の息子が弾いてくれたら供養になるだろうしって」
「はい」
(お祖父さんは「猛獅の息子が弾いてくれたら」と言ってから「息子でいいんだよね?娘じゃないよね?」と私に訊いて確認した)
「だからそれあげるということだから」
と私は言う。
「分かりました。大切にします」
とアクア。
「お父さんが使っていた楽器、他にも色々あるからさ。いつでも好きなものを持っていっていいと言っていたよ」
「でもそれ、もっと大きくなってからにします」
「そうだね。何か辛いこととかあった時に、おじいさんちに行って何か1つもらってくるのでもいいかもね」
「そうですね」
と言ってアクアは3人とも泣いていた。
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【夏の日の想い出・天下の回り物】(3)