【春社】(6)

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「そうだ。川上さんにお願いがあるのですが」
と社長は帰り際に言った。
 
「はい」
「ホシがかなり意気消沈しているようなのです。何か詩も曲も全く浮かばないというのですよ。彼女の心のヒーリングをしてあげてもらえないでしょうか?」
 
「分かりました。高野山でボイスレコーダとカーナビを処分したら、向こうの旅館に行ってみます」
 

それで青葉はその日の夕方の新幹線で京都に移動。瞬環さんにお願いして借りておいてもらったレンタカーを使って真夜中に★★院に着いた。
 
「こないだ持って来たのと同系統のものだな」
と夜中なのに起きてきてくれた瞬醒さんが言う。
 
「そうです。どなたか付き合ってもらえます?」
「醒練!」
「はい、お供します」
 
それで2人でまた一緒に封印の場所まで行き、2つのアイテムの封印を終えた。
 
★★院に戻ったのはもう明け方である。4時間ほど休ませてもらい、御飯も頂いて5月17日午前10時頃、★★院を出た。
 
名阪国道まで北上してから、東名阪道→伊勢湾岸道→東海環状道→東海北陸道と走り、夕方近くに、ホシとナミが滞在している旅館に行った。
 

ホシたちは社長から連絡を受けていたのもあり、先日、溺れた子供を助けた時にけっこう会話を交わしていたこともあり、青葉を暖かく迎えてくれた。それで青葉はホシにできるだけ楽な服装をした上で横になってと言った。
 
「できるだけ楽な服装というと、下着姿でもいいですか?」
「はい。できるだけ身体を拘束するものが無い方がいいんです」
「だったら、裸でもいい?」
「実は裸がベストです」
「じゃ、裸になっちゃおう」
と言ってホシは服を脱ぎ始める。
 
「ホシ、ちんちんが付いているのを川上さんに見られちゃうよ」
とナミがからかう。
 
「守秘義務があるから、私にちんちん付いていても、川上さん誰にも言いませんよね?」
「言いませんよ」
「じゃ安心」
 

それでともかくもホシは全裸で青葉の前に寝た。
 
ホシの手を握って、ゆっくりと体内をスキャンする。
 
「あれ?ホシさん、卵巣の調子が悪くないですか?」
と青葉が言うと、ホシはちょっとショックを受けたような顔をする。
 
「実は・・・もう生理が5年くらい来てないんです」
とホシが言うと
「じゃ妊娠中なんですね」
と青葉は言った。
 
「え〜〜〜〜〜!?」
 
「出産させちゃいましょ」
「嘘!?」
 
青葉はホシの卵巣から膣口に至る女性器の経路上の全体を把握しながら、膣口の側から順に少しずつ活性化させて行った。
 
「なんか・・・・」
とホシが言葉を漏らす。
 
「どうしたの?」
とナミ。
 
「すごーくHな気分!」
「性器を活性化させてますから、当然そうなります」
 
「えーん!セックスしたいよぉ」
「それは我慢してください」
 
「私もちんちん付いてないからなあ」
とナミは言っている。
 
青葉はホシの子宮上部から卵管の付近になにやら黒い固まりがあるのを認識していた。それを少しずつ外側に押し出していく。念のため、おまたの付近に防水シートを敷く。そして20分くらい掛けて、それを膣の外に排出させてしまった。
 
「わっ」
とナミが声をあげた。
 
《何か》が飛び出して外に飛んでいこうとする。
 
青葉はそこに気を集中して、それを「強い風」で粉砕してしまった。先日千里から伝授してもらった秘法である。ついでに部屋の窓ガラスが粉々に割れた。
 
「きゃっ」
「ごめんなさい。窓ガラスまで割れちゃった。弁償しますから」
「いえ、それはうちで払います。でも・・・」
 

などと言っている内に、音を聞いて旅館の人、隣室にいたサニー春吉さんと森さんが飛んできた。ホシは取り敢えずガウンを着た。
 
「すみません。倒れかかったら割れちゃって。弁償しますから」
とホシが言ったが
 
「いや、たぶんガラスが老朽化していたんですよ。おけがはありませんか?」
と旅館の人は言い、弁償は不要と言って、掃除をして新しいガラスを填めるので、その間他の部屋に居て下さいと言って、案内してくれた。
 

「でも川上さん、あれは何だったんですか?」
とホシが訊いた。
 
「悪魔の子供ですよ。薬をやった時にあれを妊娠してしまったんです。でも今私が粉砕しましたから、もう大丈夫です」
と青葉は事も無げに言った。
 
恐らくは薬で自我が崩壊している間に、何か変な物が体内に侵入してしまったのだろう。
 
「これで3〜4ヶ月もしたら生理が再開すると思いますよ」
「ほんとに!?」
 
と嬉しそうに言ってから、ホシは数日前に見た悪夢を思い出し不安になる。
 

「でもあの悪魔、戻って来たりしない?」
「大丈夫ですよ。何なら強力なお守りあげましょうか?」
「あ、欲しいです」
 
「じゃこれを」
と言って、青葉は自分の数珠の房の所に付けている針水晶の珠をひとつ取り外す。
 
「これをあげますよ」
と青葉が言うと、ホシは驚いて
「それ大事なものなのでは?」
と言う。
 
青葉は裁縫セットの中の糸を通してホシに渡す。
 
「紐は適当なものに交換してください」
「でも・・・・」
 
「ある人が、たくさんの人を救いたいという祈願をしてこの珠に託したのです。ホシさんとナミさんの歌は、何万人もの人の心を癒し、希望を失いつつある人の命を救います。ですから、ホシさんはこの珠を持っているにふさわしい人です」
と青葉は言った。
 
ホシは引き締まった顔をして
 
「お預かりします」
と言い、その水晶の珠を受け取った。
 

それでホシはまた全裸になってセッションを再開する。
 
「裸になるの〜?」
と驚いていたサニーさんたちもしばらく見ている内に
 
「あ、なんか凄い効いているみたい」
と言う。
 
「凄く気持ちいいですー」
とホシは言う。
 
「なんかこのセッション受けてたら、作曲のほうのスランプも脱出できるかも」
とホシ。
 
「私は心の痛みは治療しますけど、詩や曲ができないというのはホシさんが自分で乗り越えなければならない壁です。挑戦できそうな気がしたら、少し頑張ってみましょう。でもまだしばらくは単純に休んでいていいと思いますよ」
 
と青葉は笑顔で言った。
 
青葉は女性器付近が全体的に傷んでいるのを修復しながら、心のヒーリングも進めていった。ホシはたくさん涙を流していた。
 
セッションはその部屋で1時間ほど、元の部屋に戻ってからも夕食をはさんで4時間ほどに及んだ。
 

5月18日(水)、青葉はやっと大学に出て行くことができた。16-17日の2日間は最初明日香がアクアを往復運転すると言っていたのだが、美由紀が騒ぐもので結局、ラッシュに掛かったりする可能性もあり、8号線の金沢市内部分が首都高並みの「戦場化」する朝は明日香のお母さんが運転して明日香は助手席に座り、比較的楽な帰りは明日香が運転するもののお母さんが助手席で細かく指示を出してあげたらしい。
 
この日、ジャネさんが「外出」の名目で大学に出てきて、早速プールで泳いでみるということだったので、青葉もそれを見に出て行く。
 
「凄い凄い。これ動画撮影しよう」
と言って、筒石部長がデジカメを構えて、ジャネさんの泳ぎを撮影していた。
 
「あれ、なんでだろう。最初の2分しか撮れてない」
と筒石さん。
 
「2分間撮影したら自動的に撮影終了するとか?」
 
古いデジカメには動画の撮影時間に制限のあるものが結構あったのである。
 
「そんなの聞いたことないけどなあ」
と言って筒石さんが見ているが、どうも筒石さんは機械音痴っぽい。
 
「ちょっと貸して下さい」
と言って青葉が見てみると、メディアがいっぱいになっていることが分かる。
 
「部長。これカードがいっぱいになってますよ」
「あ、ほんと?じゃ新しいSDカード買って来なきゃいけないんだっけ?」
 
「パソコンに移して消せばいいんですよ」
「あ、そんなことできるの?」
 
どうも本格的に機械音痴のようである。確かに写真が満杯になる度に新しいSDカードを買う人というのは時々いる。
 
「取り敢えず私のパソコンに移しましょうか? あとでCDにでもコピーしてお渡ししますよ」
 
と言って青葉は自分のバッグからパソコンを取り出し、筒石さんのデジカメからもSDカードを取り出す。SDカードにはハートマークが印刷されている。どういう趣味なんだ!?
 
それでカードをパソコンに差してメディアを開いた。
 

「え!?」
 
いきなり何かのプレイヤーが立ち上がり、曲を再生しようとしたので青葉は反射的に停止ボタンを押した。
 
そしてそこに表示されている文字を見てぞっとする。
 
そこには『20100722-001342』という文字があった。
 
「どうしたの?」
「ちょっと待って下さい」
 
青葉はSDカードの中身を確認する。DSPlayというアプリが入っている。自動起動が設定されていて、挿入したらこのアプリが起動される仕組みになっているようだ。普通なら自動起動をしていいかどうか自体をこちらに聞いてくるのだが、おそらく何か特別な仕掛けで強制的に自動起動しているのだろう。
 
「部長、このSDカード、誰かにもらいました?」
「ああ。こないだ何かのDMに入っていたんだよ。それでちょうど、俺、SDカード1枚壊してしまって、デジカメ使えなくなってたんで、ちょうどいいと思って、それ挿してたんだよね」
 
「そのDM、まだとってありますか?」
「どうだろう?」
 

青葉は、人の命に関わることなのでと言って、結局圭織さんと2人で筒石さんのアパートまで押しかけていった。ジャネさんの方は同じ4年女子の寛子さんがフォローしてくれるということだった。
 
「あ、これだ」
と言って筒石が取り出したのは、およそDMという雰囲気ではない。
 
「差出人が水渓十二六って書いてある」
と圭織さん。
 
「誰か知ってる人?」
と筒石。
 
「それマソさんの名前ですよ」
と青葉。
 
「嘘!? それでマソと読むの?」
と筒石さん。圭織も驚いている。
 
「筒石さんも知らなかったんですか?」
 
「でもこれ女の字じゃないよ」
と横から圭織が言う。
 
「たぶん、サトギさんがマソさんの名前を騙って直接郵便受けに投函したんですよ。だってこれ切手は貼ってあるけど、消印がないですよ」
 
「あ、ほんとだ」
 
手紙も入っている。宛名書きと同じ字で《私が作ったアプリですの。毎日お休み前に音楽が鳴りますから、スマホにコピーして使ってくださらないこと?》と書いてある。
 
「マソさんがこんな女言葉を使うとは思えません。あの人は良い意味で漢らしいさばさばした人ですよ」
「あ、だったらジャネさんに似てる?」
「ええ、凄く似てますよ」
「やはり男が女を装って書いたんだろうね。だいたい今の時代にこんな言葉を使うのって、あったとしてもお嬢様学校の中くらいだと思うよ。それか勘違いしたオカマさんか」
 
SDカードの中身をあらためて見てみると、20100601-121421 というファイルから最後の20100722-001342まで21個のmp3ファイルがあり、それとDSPlayのほか、JPEGファイルが20個ほどある。これは新しい日付なので、筒石さんが撮影したものだろう。
 
青葉はこれは木倒真良(マラ)が持っていたボイスレコーダーに入っていた21個の演奏データだと思った。カーナビのフォルダの中にコピーされたものでもある。
 
青葉は千里に電話した。
「忙しい所申し訳ないんだけど、分析して欲しいアプリがある」
といって事情を話した。
「了解〜。誰かに分析してもらうね。こちらにメールして」
 
というのでアプリと、ファイルのDirリストを送信した。
 

ふっと息をついた時、圭織さんが「きゃっ」と声をあげた。
 
「どうしました?」
「いや、何でもない。ゴキブリが足に乗ってきたから払っただけ」
 
「ああ、このアパート、ゴキブリ多いんだよね〜」
と筒石さんが言っている。
 
「台所のシンクに食器が積み上げられてるし、カップ麺のからが放置されてるし、ゴキブリを飼育しているようなものですよ」
と圭織さん。
 
「マソちゃんが何度か掃除してくれたんだけどね〜」
「あの騒動の後は放置ですか?」
「そうかも。そうそう。木倒さんが生きてた頃は、度々ゴキブリ・ネズミ退治してくれたんだけど。このアパート全体まとめて」
 
「バルサンか何かですか?」
「何か超音波使った退治だと言ってた。ただし人が居てはいけないからって、アパートの住人全員待避して。ほんの10分くらいで見事に完全退治。それをしてもらうと、しばらくはゴキブリ出なかったんだよね〜。料金5000円」
 
青葉は腕を組んだ。
 
木倒ワサオはしばしば「死の曲」の録音媒体を持ち出していたという。まさかそれでゴキブリ・ネズミ退治をしていたのか? それで小遣い稼ぎをしていた!?しかしあれって、人間だけじゃなくてゴキブリにも効くのか!!
 

そうこうしている内に千里から連絡があった。
 
「お友達に検査してもらった。Javaで書いてあったんで、比較的簡単に動作が分析できた。フォルダが作成された日を基準に毎日1回、そのフォルダにあるmp3ファイルを順番に鳴らす。21日目以降には問題の《死の曲》が演奏される」
 
「分かった。ありがとう」
 
「どういうこと?」
と圭織さんが訊く。
 
「つまりですね。この犯人は巧妙なんです。マソさんと会って21日目にはサトギ自身がマソと付き合っている男の子を殺そうとするけど、それで殺しきれなかった場合も、このアプリが本人を殺すんです」
 
「アプリで死ぬの?」
「聞くと死ぬ音楽が流れるんですよ」
「そんな曲があるのか!」
「ここに入ってるこの曲がそうです」
と言って青葉はSDカードの該当の曲を指さす」
 
「じゃ、筒石さんが助かったのは、機械音痴でそもそもスマホに放り込めなかったからかな」
と圭織さん。
 
「へー。機械音痴って役に立つんだな」
と言って、筒石さんは大笑いしていた。
 
彼はどうも事態の深刻さを認識していないようだ。
 
「でもそれなら、亡くなった多縞さんたち3人の家にもそのSDカードとか、アプリをインストールしたスマホが残っていたりしない?」
と圭織さんは心配した。
 

そこで、圭織さんは亡くなった多縞さんたち3人の遺族に連絡し、遺品の中にハートマークの印刷されたSDカードが無いか、あるいは故人が使っていたスマホが残っていないか調べてもらった。なおスマホは電源を入れると理科の実験で作った高周波の含まれるmp3ファイルが自動再生されるおそれがあり、耳を痛める危険があるので電源を入れないようにしてくれと伝えた。
 
その結果、3人ともスマホはまだ取ってあり、それらしきSDカードもあることが分かった。危険なので回収させて欲しいと言うと3家族とも同意してくれた。青葉と圭織はすぐに車で3軒をまわり、その日の内に回収を終えた。中に入っている写真などのデータはその場で青葉がコピーしてUSBメモリーで家族に渡した。クラウドにはコピーされていないことも確認する(正直クラウドにも問題の曲がコピーされていたらどうしようと思っていた。多分消去する方法が存在しないし、へたするとおびただしい数の犠牲者が出る)。また、青葉がスマホを回収させてもらう代償として1万円のQUOカードを渡したら、みんな喜んでいた。
 
「あのUSBメモリとQUOカードは自腹?」
と圭織に訊かれる。
 
「USBメモリはしばしば必要になるので大量に買っていつも用意しているんですよ。QUOカードも色々協力してもらった人に渡すためのストックがあります。でもジャネさんのお母さんから祈祷御礼で80万円もらったし」
と青葉。
 
「いや、あれは多分1000万くらい払ってもいいくらいの治療だと思う」
 
青葉は微笑んだ。
 
「でも私、またこれを処分しに高野山まで行って来なくちゃ」
「大変そうね」
 
「私はまあいいんですけどね〜。その間に死ぬ!死ぬ!と泣き叫ぶ子が若干1名いそうで」
「は?」
 

幡山ジャネはその後、入院中の身ではあっても、毎日のようにK大医学部構内にあるプールを借りて水泳の練習を重ね、6月頭に退院した後はスイミング・クラブに行って毎日4時間くらい泳ぐとともに、ジョギングもして体力を付けた。ジャネは「走れるっていいね!」と嬉しそうにしていた。
 

ホシとナミはその後、毎週一度自分たちで高岡まで出てきて、市内のホテルで青葉のセッションを受けた。ホシは急速に元気になっていった。例の事件の細かい展開については青葉と春吉社長の他は各々部分的にしか知らない。むろんホシたちには何も言っていない。
 
ホシは7月には生理が再開した。ホシはその出血を見て涙を流した。
 
「停まってたほうが楽だったんじゃない?」
とナミは言ったが、
 
「私、また女になれて良かったなあと、今日はつくづく思った」
などとホシは言った。
 
「女になれてって、今まで男だったの?」
「今日は性転換記念日かも」
「ほほお」
「私、スカート穿こうかなあ」
「それもいいんじゃない?結構気分が変わると思うよ」
 

7月頭のインカレ予選。見事に標準記録を突破して本戦出場を決めたジャネは1位で入ったH大学4年生の月見里公子と、ゴールした後、抱き合って喜んだ。
 
レース後、更衣室で着替えながら、公子はジャネの義足に興味を持ち、
 
「すごいね〜、これ」
などと言って触ったりしていた。
 
「でもジャネさん、うちの兄貴の件では本当にごめんね」
と公子はあらためて謝った。
 
「ううん。お兄さんはお兄さん。公子ちゃんは公子ちゃん。関係無いよ。もし良かったら、これからも仲良くしようよ」
 
「そうだね。ありがとう」
と言ってふたりはまた握手した。
 
「元々私公子ちゃんのことも、夢子ちゃんのことも好きだし」
「なんか熱い視線を感じることがあるんだけどぉ」
「うん。結婚してもいいくらい」
「ごめーん。私、レズじゃないから」
と公子は少し焦って答えた。
 

月見里公子はジャネを窓から突き落としたあと自分も死んだ木倒ワサオの実妹である。公子と妹の夢子は母親のクミコが、6月下旬、数虎のチーママをしていた玉梨乙子(たまなし・おとこ)こと、本名・月見里折江(やまなし・おりえ)と再婚したため、月見里の苗字になった。
 
玉梨乙子は、出生名は月見里折人(やまなし・おりと)だったのだが、数年前に法的に改名して折江(おりえ)になっていた。
 
しかし彼女は、おっぱいは大きくしているものの性転換手術は受けていないので、戸籍上は男性であり、名前も女性名にしているものの、クミコと法的に結婚することが可能であった。実は折江は前々から、数虎のママとして慣れない水商売で頑張っていたクミコのことが好きだったという。しかしプロポーズしようと思っていた時に息子のワサオ君が死んでしまったので、一周忌が過ぎて少し経つまで待っていたらしい。
 
「おっぱいのある男の人との結婚生活はもう私慣れてるし」
などとクミコは苦笑いしながら言っていた。
「私、ひょっとしたら元々バイなのかなあ」
とも彼女は言っていた。
 
娘2人もクミコの新しい夫が女装男と聞き、半ば呆れたものの、折江とは元々これまでも親しくしていて人柄もよく知っていたので、母親の再婚を祝福した。
 
「でも両親の名前がクミコとオリエだと、どちらが父でどちらが母かって、聞いた人が悩むよね」
と姉妹は言い合った。
 

数虎の経営はここしばらくうまく行っておらず借金が増えていたのだが、折江は自分で数虎の権利をオーナーである木倒カタリ(サトギの父)から300万円で買い取った。父親はそのお金で数虎の借金を返済した上で運営会社カマカマを清算した。
 
そして折江が新たな運営会社タマタマを設立して、数虎の店名をスートラとカタカナ書きに改名し、やや老朽化していた店内も500万掛けて改装した上で自分がママとなり運営することにしたのである。また東京時代の友人歌手でこの時点ではほぼ引退状態になっていた女声で歌えるニューハーフ歌手・新田安芸那を呼び寄せて、サクラ・アキナの名前で、5年前から不在だったスートラ・バンドのメインボーカルに据えた(彼女は出生名が桜田安芸男だが、性転換手術も終えているので戸籍上も桜田安芸那・性別女になっていた。後のバラエティタレント・桜クララである。彼女のお笑いセンスはこの金沢時代に鍛えられることになる)。
 
このお店には結局、クミコもキトウ・クリコあらためタマナシ・クリコの名前で、料理担当として参加することになった。従業員も数虎のホステスさんたちをほぼ全員再雇用した(数人この機会に「オカマを引退」して「普通の男の娘に戻りたい」と言った人が離脱した)。
 
またお店は夕方からの営業なのだが、昼間の時間帯をこの店に以前ホステスとして勤めていた元オカマさんで、その後和食の料理人に転じていた人が借りてランチ専門店として営業することになった。いわゆる「二毛作店」である。場所柄ビジネスマン・OLの利用が結構あり、お店は繁盛した。
 

「私、本当に自分が元男で性転換して女になったような気がしてきた。去勢や性転換手術の様子とかも、他のホステスさんの話聞いている内に、自分もそんな感じの手術受けたような気になってきたし」
などとクミコは言っていた。
 
数虎のホステスにはポストオペ(手術済み)の美人さんが多い。しかも10代の内に去勢している人が多い。
 
「お母ちゃんが元男だったら、私たちは誰から生まれたのよ?」
「そりゃ、マラ父ちゃんが産んだんだよ」
「そうだったのか?」
「衝撃の事実を知ってしまった」
 
「あんたたちも就職先見つからなかったらうちの店に勤めてもいいよ」
「オカマでなくてもいいの?」
「あんたたちは生まれてすぐ、お医者さんにおちんちん取ってもらって女の子に性転換したんだよ。だから実は2人ともオカマなんだよ」
「うっそー!?」
「凄い出生の秘密だ」
 
娘たちと冗談を言い合うクミコは心底幸せそうな顔をしていた。
 

青葉は7月、ΘΘプロから「新経営体制のお知らせ」というハガキを受け取ったが、内容に少なからず驚いた。
 
春吉高也(シアター春吉)社長に次ぐNo.2の副社長に、前副社長・大堀清河(ピュア大堀)さんの長女でまだ大学生の大堀浮見子さんが就任したというのである。通称はフロート大堀らしい。記念写真では、旅芸人の扮装の春吉社長の隣にムスカ大佐のコスプレをした浮見子さんが立っており、それにサニー春吉常務とターモン舞鶴取締役が、各々自動車の整備工、黒田武士のコスプレで並んでいる。写真だけ見ると楽しい会社だ。
 
でも浮見子さん、男装が好きなのかもね〜、と青葉は思った。
 

インカレ予選の後も水泳部は様々な大会に出場していた。青葉は一応5月いっぱいで退部届けを出したはずだったのだが
 
「メンツが足りん。ちょっと出て」
と言われていくつかの大会に出場するハメになった。
 
「在籍してない学生が出てもいいんですか〜?」
「大丈夫。青葉の退部届けは私が預かったままだから」
と圭織。
「そんなぁ」
 
青葉は実際問題として、現在の水泳部女子の中で、ジャネさんに次いで自由形が速いのである。
 
金沢市の水泳大会のメドレーリレーでは、背泳=圭織/平泳ぎ=寛子/バタフライ=青葉/自由形=ジャネと泳いで1位で入った。
 
「ジャネさん、毎日速くなっている気がする」
とそばで見ていた蒼生恵が言っていた。
 

「ジャネさん、プールに居ると活き活きした顔してますね」
とちょっと椅子に座って休んでいたジャネに青葉は話しかけた。
 
「うん。私は水泳命だから。水泳してたら彼氏なんか要らないよ。プールと結婚したいくらい」
とジャネ。
 
「ああ、それもいいんじゃないですか。2次元キャラと結婚式あげる人もいますしね」
 
青葉は次のことばをとってもさりげなく言った。
 
「歌の方はあまり練習しなくてもいいんですか?マソさん」
 

「うん。夏の間は水泳100%.取り敢えずパラリンピックが終わるまでは水泳だけで行くよ。その後、また歌の練習もする」
 
と彼女は答えてから
 
「あ・・・・」
と言った。
 

「やはりあなたマソさんだったんですね?」
 
マソが筒石とのデート中にサトギに襲われ、そこに青葉たちが介入して筒石たちを守った。そのあとマソは青葉や筒石と一緒にプールに行き、たっぷり泳いで「成仏」したはずだった。
 
そして、その翌日、ジャネが「意識回復」した。
 
ジャネ(マソ?)は微笑んでいたが言った。
 
「私は最初からマソなんだよ」
「どういうことです?」
 
「28年前に、私、サトギに突き落とされて死んだんだけど、そのあと、ジャネとして生まれ変わったんだよ。でも私、小さい頃からマソとしての前世の記憶を持っていた。だから、マソ以上に水泳の練習をした」
 
とジャネは語る。
 
「じゃサトギさんが一度死んだ後、生き返った後、マソを名乗ったのは妄想だったんでしょうか」
 
「あれも私だよ。マソは元々2人いたのさ」
「え?」
 
「私はマソとして生きていた頃、いつも自分の中に2つの人格がいるのを意識していた。水泳が大好きなマソと、歌が大好きなマソ。一度死んだあと、水泳が好きなマソがジャネとして転生し、歌が好きなマソが死んだサトギの身体に転移してマラになったんだと思う。ちなみにマラがサトギの身体に入った時、そのあたりにサトギの魂は見あたらなかったよ。とっくにあの世に旅立ってたんだと思う」
 
「じゃその後は2人の人間を生きて来たんですか?」
「そうそう。だから1人は若い水泳選手、ひとりは中年のオカマ歌手として生きていても、私たちは常に意識を共有していた」
 
「もしかして浮気性なのは歌が好きなマソさんの方ですか」
「そうなんだよね〜。あの子はボーイフレンドが5〜6人はいないと気が済まないんだよ。私は男と遊んでる暇があったら泳ぎたかった」
 
マラが死んだ後、恐らく「幽霊のマソ」が水泳部の男たちを誘うようになったのだろう。その間「生きているマソ」の方は、水泳選手として実績をあげてきた。
 
「あ、ちなみにクミコちゃんのことは好きだったよ。今でも好きだよ。だから月見里公子は私の娘なんだよ。もう可愛くて可愛くてセックスしたいくらい」
 
「近親相姦ですよぉ」
と青葉は苦笑して言う。
 

「しかし新しい身体に転生したのに、また事故に遭って、また突き落とされたんですね」
と青葉は笑いを停めてしんみりと言った。
 
「たぶん古い呪いなのだと思う。七代先まで呪っちゃるという感じの。マソの母ちゃんの妹も交通事故で死んでいるし、お祖母ちゃんの姉は戦時中の女子挺身隊で工場労働している時に事故死している。マソは交通事故に遭った上で結局サトギに殺された。その後、マラが悪魔の歌を演奏して死んで、ジャネも交通事故に遭って落とされて。これで7回殺されて終了。つまり私は1人で5回殺されたんだけどね」
 
「5回も殺されるって凄いですね!」
「私はたぶん巫女体質なんだよ。だから真っ先に人身御供にされる」
 
「ああ。霊感があるのは気付いてました。ジャネさんって家系的にもマソさんと関係があるんですか?」
 
「ジャネの母ちゃんとマソは三従姉妹(みいとこ)」
「遠いですね!」
 
「両方完全女系でつながっていて男を経由してない。だから苗字もころころ変わっているし、その親族関係は私以外知らないと思う。でもこの家系は女子にスポーツ得意な子が出る家系でもあるっぽい。男はダメ。そして呪いが発動するのは18歳以上の女系未婚女子っぽい。マソの祖母さんは17歳で結婚、マソの母ちゃんも17歳で1度結婚している。そのあと離婚してマソの父ちゃんと結婚した。早い時期に結婚したんで、呪いを免れたんだろうね。それでマソが3回死んだ後は、マソの生まれ変わりでもあり、遠い親族でもあったジャネに飛んできたんだと思う」
 
「先日池に落ちた時に会った紗早江さんですけど」
「うん。あれはマソの姪だよ」
「やはりそうでしたか」
 
「紗早江は自分の叔母のマソは若くして死んだと認識しているだろうね。マソがサトギに転移したなんて話は聞いてないはず。マラを名乗る人物の身体に元々宿っていた人物が自分の叔母を殺した犯人なんてのも知らなかったろうね。その話はマソの親とサトギの親との間だけで決着して警察沙汰にもしてないし」
 
「なるほど」
 
一瞬、それは仇討ち(かたきうち)だったのではという気もしたが、多分考えすぎだろうと青葉は思い直した。
 
「でも水泳が得意なのはさすがうちの家系の女子だよ。だけどあちらも魔絡みの事件に巻き込まれたみたいね」
 
「あの曲は先に紗早江さんが自分で演奏して死んでいてもおかしくない事件でした」
「私はあの子を守りたいと思っていた。そう神様にもお願いしていた。マラが死んだのは、神様がその願いを聞き届けてくれて身代わりになったんだと思う。あるいは、あの娘は高校時代にボーイフレンドとセックスしているから、それでもう未婚ではなくなったから助かったのかも」
 
「そうでしたか。マラさんだけが年齢が高いのが気になってました」
「もっともサトギが死んで、マラになってからなら22年弱なんだよ」
「なるほど!」
「マラは実は処女だったしね」
「え!?」
 
青葉はその問題に突っ込みたかったが、マソは話を変える。
 
「LSDは引き金にすぎない。悪魔は自分が出現する機会を狙っていたのさ。でもマラが身代わりになった上に、あの子の守護霊が強いから、紗早江自身は死から逃(のが)れられたんだろうね」
 
「今回の事件の死者が水泳部関係でワサオさんまで入れて4人、ステラジオのマネージャーが3人死んでますが」
「うん。そちらの犠牲者はその7人で終了だと思う」
「やはり両者は関連している訳ですか」
「でもその件、あまり首を突っ込まない方がいいよ」
 
「そうします。マラさんが死んだ時の記憶はありますか?」
「実況中継してもいいくらいに鮮明な記憶があるよ。かなり怖いよ。でもそれをしゃべると、聞いた青葉ちゃんも死んじゃうかもよ。聞いてみたい?」
 
「遠慮しておきます。想像もしない方がいいですよね」
「それがいいよ。あんたみたいに勘の良い子は想像するだけで本物にぶつかる危険がある」
「それは小さい頃から指導されていました。でも、自分が死ぬことが明確に意識できる何かがあったんですね」
 
「うん。そういう感じ」
 
だから、長浜はカーナビを投げ捨てたし、大堀はSDカードを焼却したのだ。舞鶴もおそらく社長に楽譜やSDカードの処分を依頼しようとしたのだろうが文章を書く前に力尽きてしまった。
 

「じゃ、もしかして今はふたりのマソさんが同居してるんですか?」
「うん。だからこの子が」
と言ってジャネは左斜め後ろを見た。
 
「男と遊びたーいと言っているけど、しばらく我慢しろと言ってる。あんたのせいで水泳部の男が3人も死んだんだからねと言ったら反省してると言ってる」
とジャネは言う。
 
青葉は少しジャネの背景を霊査した。
 
「少なくとも今、ジャネさんには家系的な呪いはありませんよ」
「ワサオに落とされた時、地面に激突した瞬間、全てから解放される感覚があったんだよ。ああ、これで呪いが解けたんだと思った。すぐ意識失っちゃったけどさ」
 
「やはりそれで呪いは終了したんでしょうね」
 
「ワサオがサトギの生まれ変わりなのは分かってた。あの子、物心つく前からクミコ母ちゃんのおっぱい以上に、マラのおっぱいに触りたがってさあ」
「なるほどー」
 
「マラとセックスもしたがってたけど、じらして絶対に身体を許さなかったよ。あの子、もし女の人の方がいいなら自分が性転換してもいいと言ってたけど、性転換してもセックスなんかしてやらないと通告しておいた。あいつ実際問題として結構女装が好きだったし、お化粧もうまかったよ」
 
「どっちみち、父と息子では法的に結婚できませんよ」
 
「それも何度か言ってやったよ。まあ、その分、ジャネの方ではデートしてあげたこともあるけど、あの子、ジャネ=マソだということには最後まで気付かなかったと思う。だけど、いきなり落とされるとは思わなかったよ」
 
「ワサオさんも色々屈折しているようですね。ところで結局マラさんは性転換手術は受けていたんですか?」
 
と青葉が訊くと、ジャネは意味ありげな微笑みを浮かべたあと
「内緒」
と言った。
 

突然ジャネの表情が変わり、口調も変わってこんなことを言った。
 
「こいつは私の良心なんだ。こいつがイブ・ホワイトで、私がイブ・ブラックかな」
 
「あなたがもうひとりのマソさん?」
 
「私をたっぷり泳がせて、成仏させてくれたのはありがとね。あれで私は幽霊やめることができて、ジャネの所に戻って、眠っていたもうひとりの私を起こそうとした。でもなかなか起きなくてさ」
 
それ《成仏》と違うぞと青葉は思う。
 
「でもその内、青葉ちゃんが来てジャネの脳の怪我を治療してくれたから、あれでやっと起こすことができた。あ、なんか文句言ってる。隠れるね」
 
またジャネの表情が元に戻る。
「もう。勝手に出てくるなって言ってるのに」
とふだんのジャネが言う。
 
しかし、結局はそのマソのお祖母さんのお姉さんを恨んだ人が、根本的な事件の犯人なのかも知れないが、あまりに古すぎて調べようが無いし、調べたくもない。調べることは掘り起こしてしまうことにもなる。
 
マソとマラについて、ジャネを精神科医が診察したら乖離性同一性障害いわゆる二重人格と診断するかも知れない。しかしこの2人の場合は、1人の人間にふたつの人格があるのではなく、むしろ2人の人間が1つの身体を共有しているというべきところだろう。だからエネルギーも最初から2人分持っている。以前関わったハルとアキみたいな関係だ。
 
あれ?
 
「もしかしてマソさんとマラさんって、長距離泳ぐ時に50mとか100mごとに交代で泳いだりしてます?」
 
「企業秘密」
と言ってジャネは微笑んだ。
 

「でもまあ、私は足の先は失ったけど、足を失うのも2度目だからさ。めげてないよ。このくらいのハンディは乗り越えて頑張るつもり。リオ五輪には間に合わなかったけど、2020年の東京五輪では、パラリンピックではなくオリンピック本戦を目指す。その前に当然来年の世界選手権は狙う」
 
ジャネは今年のリオ・パラリンピックの代表に内定している。
 
「はい、頑張って下さい」
と青葉は笑顔で言った。
 

■簡易系図
   ┏━━┻━┓
   女    女
  ┏┻┓   ┃
 早子 姉■  女
┏━┻┓    ┃
妹■ としみ  女
 ┏━┻┓   ┃
マソ ホップ くろみ
■   ┃   ┃
   紗早江 ジャネ
        ■
 
※マソはマソとして2度死に、マラとして1度死に、ジャネとして2度死んで1人で5回分の死を引き受け、七人殺しの呪いを早めに解いてしまった。
 
■簡易年表(最終版)
1920 早子の姉 →1944年に工場で事故死
1922 仲邑早子(はやこ:俊足の母=マソの祖母)生まれる
1937 木倒カタリ(サトギの父)生まれる
1940 砂羽俊足(としみ:マソの母)生まれる
1942 俊足の妹 →1960頃に事故死
1954 中川恵一生まれる 1988年当時34歳(講師) 2016年時点で62歳(教授)
1965.10.31 城金自由(くろみ:ジャネの母)生まれる
1967.1.23 水渓一二三(ほっぷ)生まれる
1967.8.3 城金平泳(ひらみ)生まれる
1969.4.27 6:13 木倒サトギ生まれる (牡牛座生.金星逆行中 ボイド中) 牡牛と射手はincon
1969.12.6 0:27 水渓十二六(マソ)生まれる(射手座)
1988.06 水渓マソ(18歳.大1)が事故に遭い、足の先を切断
1988.08 木倒サトギ(19歳)が水渓マソを突き落としマソ死亡。サトギも自殺を図るが蘇生
1989.07 クミコが妊娠。9月婚姻届けを提出
1989.09 ほっぷが結婚
1990.04 木倒ワサオ生まれる
1990.08.04 双紗早江【ホシ】生まれる
1990.07.03 林波流美【ナミ】生まれる
1993.8.28 16:35 幡山ジャネ生まる
1994 木倒キミコ生まれる
1996 木倒ユメコ生まれる
2008.10 ステラジオ結成(高校3年)  2009.08 ホシがLSDにはまる。3ヶ月(10-12)入院して薬を抜く。
2010.01 ホシたちがメーン長浜と知り合う
2010.07 木倒マラ(サトギから改名.数えの42歳)がDSを演奏して死亡。この時木倒サオ(20歳)は浪人中。メーン長浜が自分で1000万円調達してマラの遺族に補償金を払う。
2011.02.21 メーン長浜が死亡 カーナビを投げ捨てる
2011.06 ステラジオ・デビュー
2014.12 幡山ジャネが事故で足の先を失う
2015.01.12 木倒ワサオ(24歳.4年生)がジャネ(21歳,3年生)を突き落とす。ワサオは自殺?。
2015.01.12 キャッスル舞鶴が自宅マンションで死亡。
2015.07 多縞部長が一酸化炭素中毒で死亡
2015.11 **が白血病で死亡
2016.03 溝潟部長が感電死
2016.03.下旬 カーナビが回収される。中身を聞いてピュア大堀が公演先で膵臓癌により死亡。SDカードを焼き捨てる
 

7月の中旬。ホシとナミが青葉のセッションを受けるため高岡に来たのだが、この日は青葉が忙しかったことから、青葉が中心部のホテルまで行くのではなく、ふたりに自宅まで来てもらった。
 
「今日はスカートなんですね」
と青葉はホシに言う。
 
「うん。来る途中、ファボーレで買ってきた。気分変えてみようかと思って」
とホシ。
 
「いいと思いますよ」
 
ふたりを自室に案内する。
 
「すみません。散らかってますけど」
と青葉。
 
「いや、多分ホシの部屋よりマシ」
とナミは言ったが、実際の青葉の部屋を見ると
「これで散らかっているのなら、ホシの部屋はもう夢の島だ」
と更にナミは言った。
 

「しかし結局フロート大堀さんがステラジオのマネージャーになったんですか?」
「あの人、お母さん以上のやり手っぽい。マネージャーやるのに大学生まではできんと言って退学しちゃったし」
「覚悟してますね」
 
「うん。あの思い切りは見習いたいと思った。リハビリに小さなイベントに予告無しで出ないか?と言って地方のイベントをいくつか提案してくれたから、出てもいいかなと思っているんですよ」
「そういうのもいいかも知れないですね」
 
それでいつものようにホシが裸になって青葉のセッションを受ける。
 
「卵巣はしっかりお仕事してますね。一時期より感情の起伏があるでしょ?」
と青葉は言った。
 
「そうそう。生理周期に合わせて感情的なものが変わる感じなんですよ。なんか女って面倒くさいですね」
とホシは言っている。
 
「やはり性転換しちゃう?」
とナミか言う。
 
「性転換してもいいなあとも思うけど、性転換しちゃったら今回事務所に多大な補償金を払ってもらったのに応えられないからなあ」
とホシは言いつつ、自分の作詞作曲能力が戻ってこなかったらどうしようかと少し悩んでいた。
 

その時、ホシは青葉の勉強机の下に転がっている1枚の紙に気がついた。何だろうと思って手に取る。
 
「あっ」
と声を挙げた青葉が
「済みません。それ見ないで下さい」
と言って紙を取ろうとしたのだが、ホシは起き上がって紙を青葉に取られないようにする。
 
「何これ?」
「あ、えっと・・・作曲依頼なんですけど」
「岡崎天音(*2)の詩じゃん」
 
と言って、ホシは詩を読み出す。
 
(*2)岡崎天音はローズ+リリーのマリの別名。
 
青葉は参ったなという顔をして
 
「済みません。それ見なかったことにしてください」
と言った。
 
「それはいいけど、何よこの詩!?」
とホシは声をあげた。
 

エメラルドの太陽の、光が響いてくる/
ヒスイの砂浜の、ざわめきが見える/
アメジストの海に、泡立つ波が甘くて/
スミレ色のパパイヤ、白く流れる。
 
夜になると空には、ダイヤモンドの月が/
アクアマリンの星たちと一緒に/
柔らかに輝く。/
 

「太陽がエメラルド色とか、海がアメジスト色とか、色彩が無茶苦茶」
とホシ。
 
「まあ、マリさんですから」
と青葉。
 
「光が聞こえるとか、ざわめきが見えるとか、五感が混線してるし」
 
「マリさんですから」
 
「この子、クスリやってるんじゃないの〜? LSDとか、PCPとか、DMTとか」
 

LSDは強い幻覚剤で五感が混線し遠近感や形状認識が崩壊する。座禅の浅い状態で見やすい幻覚:まさに魔羅:に似ているため、ヒッピーが流行した時代に「インスタント禅」と呼ばれた。ビートルズのLucy in the Sky with Diamondsは頭文字がLSDで歌詞もかなりぶっ飛んでいるためLSD体験から書いたのではと言われたが本人達は否定している。スティーブン・ジョブスはインドで瞑想集団に入っていた時期LSDをしていてLSDの合法化に賛成だったとも言われる。
 
LSDのいちばんの怖さはフラッシュバックで薬を止めてからかなりの時間が経っているのに突然幻覚状態に陥ることがあり、運転中などに発生すると極めて危険である。
 
LSDは元々麦角という穀物の病気の研究から発見された物質で、中世の魔女狩りの発端となった「サバト」は麦角に感染した穀物を食べたことによる幻覚ではという説がある。魔女狩りは麦角の流行地域で激しかったらしい。
 
DMTは異次元に居るような感覚になり、これをやると高確率で宇宙人と遭遇する。LSDとDMTは似た性質を持ち交叉耐性がある。
 
PCPは別名エンジェルダスト。元々麻酔剤として開発されたものなので外部刺激を感じなくなるが、錯乱して統合失調症:昔の言葉でいう精神分裂病:に似た症状が1年ほど継続することから使用禁止になった。
 

青葉は言う。
 
「マリさんはあまりにもぶっ飛んだ詩を書くので、これまで何度も薬物検査を受けさせられていますけど、完全に陰性なんですよねー。別にクスリとかしなくても、御飯たくさん食べて、半ばまどろみながら瞑想というより妄想している内に不思議な世界にトリップしてしまうことがよくあるそうです」
 
「うっそー!?」
とホシが驚く。
 
「マリさんにとっては、音が見えたり、色が聞こえたりするのは別に変でもなく、普通の感覚だそうですよ。遠近感が崩壊したり、ものの形が変形するのも珍しくないらしいし、妖怪や宇宙人とはお友達らしいし。UFOには10回以上乗っているそうですし」
 
「あの子、頭壊れてるんじゃないの?」
「ああ、壊れているのは昔から自覚しているみたいですね。中田マリ詩集って読んだことありません?これまで5冊ほど刊行されてますが、もっと凄い詩がたくさん載ってますよ」
 
「あれは見たこと無かった。なんか怖そうだったし」
「ええ。あれ見て気分が悪くなる人も結構いるみたいです。だから表紙も怖い感じの絵にしてますし、中高生が安易に読まないようにわざと高い値段付けてるし、買ってから1週間以内なら返品も受け付けているんです」
 

ホシは腕を組んで考えた。組んだ腕の上にバストが乗ってちょっと重い。こんなに胸無くてもいいけどな、と少しよけいなことを考える。
 
しかし・・・クスリなどしていないマリが、こんなに「壊れた」世界観の詩を書いている。だったら、だったら、・・・・これまで自分が、あまりに異常すぎると思ってボツにしていた詩だって、許されるんじゃないかなあ。
 
「よし。詩を書く。川上先生、ヒーリングちょっと待ってて」
とホシは言うと、バッグの中からいつも持ち歩いている五線ノートを取り出した。
 
「じゃそれが書き上がるまで休憩で」
と青葉。
 
「服着なくていいの?」
とナミが言うが
 
「裸の方が発想が豊かになる気がする」
と言ってホシは裸のままあぐらをかくという危ない格好で、ノートにサインペンで詩を書き綴っていった。
 
「ハル、浮見子さんに電話してさ」
「うん」
「今からでも苗場ロックフェスティバルに出演できないか聞いてみてよ。私凄く歌いたい気分」
 
「それ来週だよ」
「場外のフリーエリアでの演奏でもいいからさ」
 
「うん。聞いてみる」
と言ってナミはスマホをタップした。
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【春社】(6)