【春一】(4)

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「ねえ、お姉ちゃん」
と“妹”は言った。以前は“お兄ちゃん”と言っていたのだが、6月に突然
 
『兄ちゃんってもう女の子だよね。お姉ちゃんて呼んでいい?』
と訊かれたので
『どっちでもいいよ』
と答えたら
『じゃお姉ちゃんと呼ぶね』
と言って、以降“お姉ちゃん”と呼ぶようになった。
 
「私最近乳首が立ってる感じで、シャツに擦れて痛いんだけど何か対策無いかなあ」
 
「4年生にもなったら、そろそろブラジャーが必要かもね。ジュニアブラ着ければいいよ、お姉ちゃんが買ってあげようか?」
 
あ、自分で“お姉ちゃん”って言っちゃった。
 
「うん!」
と“妹”は嬉しそうに答えた。
 

それで2人で出掛けた。ふたりとも半袖Tシャツに膝丈スカートである。
 
売場のお姉さんに声を掛ける。
 
「すみません。この子のジュニアブラが欲しいんですけど」
「はいはい。ちょっとサイズ測ろうね」
と言って、お姉さんがメジャーで“妹”の胸囲を測ってくれる。
 
「これまではブラジャー着けてなかった?」
「ええ。でも最近乳首が立って来ているらしくて」
「じゃSTEP1のブラでいいかな」
と言ってお姉さんが選んでくれた。それを取り敢えず3着買った。
 
「もう少し必要そうだったらまた買ってあげるね」
「うん」
 
それでお店を出た。
「そうだ、お姉ちゃん。パンティライナーが残り少なくなってきたんだけど買ってくれない?」
「了解了解」
 
それで2人はドラッグストアに向かった。
 

8月21日(日).
 
墓場劇団と死国巡礼はこの日火牛アリーナで“モニター練習”をした。あけぼのテレビのフィードバックシステムでリアルで観客がいるのに近い感覚の公演ができるのはいいが、観客が多数いる中で演技をした経験の無いメンバーが実際の公演の時にあがってしまうことを亡原死亡や地獄大佐は心配した。
 
それでまるで多数の観客が見ていて、歓声・笑い・拍手を送ってくれる状態をシミュレーションできないかと相談したら実際にネットライブをする歌手が大観衆を前に歌う練習をするためのシステムがあるということだったので使わせてもらうことにした。
 
「拍手・笑いなどの操作をうちの技術者にさせる場合、20万円頂いておりますが、そちらで操作するのでしたら10万円でいいです」
「こちらのスタッフにやらせます!」
 
ということで、地獄大佐の奧さん・ステージ名“地獄提督”に操作してもらうことにした。地獄提督は本名:四国貞子で、本名の方が怖いと言われる。ついでに奧さんの方が地位が高いんだ!と言われる。(提督とは海軍の将軍のこと)
 
地獄大佐本人は金沢市内の企業に勤めており、奧さんは現在白山市内の公立高校の教師をしていて奧さん“が”単身赴任中である。ふたりはもう10年以上“週末同棲夫婦”をしている。しかし土日しか会えないという環境のせいで、かえって仲が良い。現在小学1年生と幼稚園の子供は、父親の元で暮らし、金沢市内の学校・幼稚園に通っている。
 
奧さんは公務員の兼業禁止規定で劇団を離れているが、中学高校では英語部、大学時代では喜劇部に居て、演技はうまい。実際大佐ともそこで知り合った。学校では国語の先生をしているが(英語も教える)、日本語でも英語でも朗読が物凄く上手いので生徒たちに人気がある。ついでに授業中のジョークも多い!
 

それで舞台稽古前にモニター(プロジェクターとスクリーン)を全部点けてみる。
 
「凄い迫力だ」
「これ10万円というのは、このモニター群の電気代だよね」
「実際そうだろうね」(*29)
 
地獄提督が操作して、歓声・失笑・小笑い・中笑い・大笑い・爆笑・拍手と出してみる(他に手拍子の機能もある。テンポとバターンを設定できる)。
 
「物凄い」
「この雰囲気に飲まれたら演技できなくなるな」
「みんな観客は畑の野菜だと思うように」
 
それで舞台稽古を始めたが、あがってしまい、台詞を忘れてしまう人、立っていられなくなって座り込んでしまう人が相次ぐ。最後までちゃんと立っていて演技ができたのは、泣原死亡、地獄大佐、境界迷子、歌音、安里愛の5人だけだった。残りの8人は
「雰囲気に飲まれた」
と言っていた。
 

(*29) 使用しているプロジェクーは色々なメーカーのものが混じっているが、平均して16W程度の消費電力である。またスピーカーの消費電力は平均2W程度、パソコンの消費電力は(液晶をオフにしているので)平均10W程度である。
 
パソコン1万台・プロジェクター1万台・スピーカー2万台の電力消費は30万W=300KWで、3時間で900KWhになる。1Kwh=27円で計算すると2.4万円くらいになる。実際にはLANケーブルの電力消費があるのでこの倍くらい電気を使う。地獄大佐の推察はほぼ当たっている。ただし火牛アリーナの電力は太陽光パネルが生み出しているので、北陸電力の電気は使ってない。太陽光パネルの減価償却費に充てられることになる。
 

地獄大佐はおそるおそる、火牛アリーナの技師さんに尋ねた。
 
「あのぉ、これ1万人じゃなくて、例えば5000人とか3000人とか1000人とかの設定にはできませんよね?」
 
「ああ、できますよ。何人の設定にします?」
「だったら3000人で!」
 
それで再度10万円払って(地獄提督がPayPAyで!払っていた)、3000台のモニターを点けてやってみたら、さっきよりは小規模であるのと2度目だったこともあり。全員ちゃんと演技ができた。
 
「でもこれ1万人を経験したから3000人でできたんだと思う」
「最初から3000人なら、やはりあがってた」
と夜野棺桶と黒衣魔女が言い合っていた。
 

「安里愛ちゃん、初めてなのに、よく1万人でも上がらずに演技できたね」
「学習発表会で劇をしたのの、少し人数が多いくらいですよ」
「偉ーい」
 
「境界迷子ちゃんも初めてだよね。大舞台の経験あった?」
「私は英語部で毎年文化祭で英語劇してたから」
「なるほどー。どんな役したの?」
「中1の時が白雪姫の母親、中2の時が眠り姫のカラボス、中3の時は小公女のミンチン先生、今年の文化祭では青い鳥のチレットをする予定です。文化祭まで出てから退部します」
 
「女の悪役ばかりだ!」
「女子がやりたがらないから、私がしてたんですよね」
「・・・・・」
「どうかしました?」
「君女の子じゃないんだっけ?」
「私男の子ですけど」
「うっそー!?」
 
「歌音ちゃん・安里愛ちゃんといい、劇団のコンセプトが変わってきたりしてね」
などと黒衣魔女が笑っていた。
 
「そういえばマミ(黒衣魔女の本名)ちゃんは病院でニューハーフさんと間違われたとか」
と死神大鎌。
 
「そうそう。性転換手術を受けたのはいつですか?と訊かれた。ってなんでオカマちゃん(*30) が、そんな話まで知ってるのよ!?」
 
(成仏霊子がかなり脚色して広めた。男子トイレを使うように言われたとか、男と一緒にお風呂に入れられたとか)
 

(*30) 死神大鎌の本名は西岡馬守(にしおかまもり)。これを高校の担任が“うまのかみ”と大誤読して、すっかり“にしおかうまのかみ”とみんなから呼ばれるようになる。
 
ここで演劇部の友人が、それをアナグラムすると“しにかみ・の・おうかま”になることを発見。演劇部の台本を“死神王釜”のペンネームで書いていた。でも“オカマちゃん”と呼ばれていた!実は本名の一部でもある。
(にし・おかま・もり:西“おかま”森?)
 
夜野棺桶(本名:春野歓太)に誘われて墓場劇団に加入した時少しアレンジして“死神大鎌”に改訂した。でも“オカマちゃん”のニックネームは引き継がれている!
 
ちなみに地獄大佐によると彼にはあまり女装させないほうがよいらしい。本当にオカマにしか見えないからとか!?
 

8月21日(日).
 
舞花と晃は、母の車に乗って##美容室までやってきた
 
「あら、舞花ちゃんに妹さんいたんだ?」
「これまではお友達のお母さんがやってる美容室に行ってたんですよ。でもそこがやめちゃったから」
「ああ。この業界、開業する人も多いけど、廃業する人も多いのよね。毎年全国で1万軒開業して1万軒廃業するらしいし」
と店長さんは言っていた。
 
この日は晃を店長さん、舞花をデザイナーさん(事実上の副店長:店長より上手い!)がやってくれた。なお母はその間に買物に行っていた。コロナ以前はソファに座って雑誌など読みながら待っていたのだが、この美容室では待合場所が閉鎖されている。全て時間指定の予約制である。
 

晃は髪を切るのに普通の椅子に座るという時点でまず驚いた。床屋さんならあの、いかめしいバーバーチェアに座るのに。洗髪の時だけ似たような感じの椅子に座るが、前向きに俯せになるのではなく、後ろ向きに仰向けにされたのでびっくりした。男と女って、髪の洗い方まで違うなんて。
 
晃の髪を切ってくれた店長さんは何か話好きっぽい雰囲気だったが、会話すると色々“バレる”かもと思って寝たふりをしていた。でも美容室初体験はなかなか刺激的だった。
 
でも床屋さんで髪を切られる時より、スッキリした気がした。
 

8月22日(月).
 
この日から千里3は東京NTCで女子バスケット日本代表の第5次合宿に入った。現在メンバーは13人で、この合宿の最終日に1名落とされて残り12名でワールドカップ出場のためオーストラリアに渡航する。
 

人形の移動(8/19-21)が終わった翌々日8月23日(火)、歩夢は遙佳と一緒に歩いて、予約していた“いつもの美容室”にやってきた(月曜日は定休日)。
 
「こんにちは〜。予約していた川口です」
「はいはい。待ってたよ」
 
それで2人は、いつものように髪を切ってもらった。
 
「遙佳ちゃんは高校出たらどこ行くの?」
「金沢美大に」
「凄い」
「行けたらいいんですけど、入れてくれる可能性は低いかも」
「大変だね」
「富大芸文になるかも」
「そっちの方がお金はかからないでしょ?」
「そうですね。国立は安いし。美大は海外研修とかもあるから結構高く付くし」
「最近は海外研修のある大学多いよね」
「ええ。でもコロナが落ち着くまでは、あまり飛行機自体に乗りたくないです」
「船で行く?」
「お金と時間があったら、それもいいかも!」
 
「歩夢ちゃんは今、中2だっけ」
「はいそうです」
「あんた身体の発達が遅いみたいと心配してたけど、けっこうおっぱい大きくなってきたね」
「なんかこの春から急成長したんですよ。2月頃まではAカップ着けてたのが今Cカップだから」
「ああ、女の子は急成長する時期があるのよね〜」
「短期間でブラを買い直してもらって悪かったです」
 
歩夢は遙佳が“心の声”で笑っているので、わざわざこちらに“聞こえる”ように笑わなくていいじゃん、と思った。でも琥珀まで失笑していた!
 

8月23日(火).
 
H南高校はこの日から授業が再開された。高田晃は姉に宣言したようにズボンで登校した。クラスメイトから言われる。
 
「晃ちゃんスカートじゃないの?」
「だってスカート穿くの恥ずかしくて」
「ああ、まだ慣れてないのね」
 
晃はトイレも女子トイレには入らず、わざわざ本棟1階の職員室近くにある多目的トイレを使用した。また体育の時の着替えも女子更衣室を使わずに面談室で着替えた。
 
「やはり急に女の子になっても、15年間男の子の振りしてたら最初は怖いのかもね」
と言ってクラスメイトの女子たちも理解してくれた。
 
晃はこのまま卒業までこの方式で押し通すつもりである。
 

もっとも部活の時は他の女子と一緒に着替えているし、更衣室付属のトイレを使っているので
「意味なーい」
とクラスメイトでもあり同じバスケ部の美奈子に言われた。
 
男子部から“留学”してきていた青木君と湖中君が男子部に戻ったので日和が唯一の男子(?) になるが
 
「ひよちゃん、恥ずかしがらずに前向いて着替えなよ」
などと言われて前を向かされる。日和も§§ミュージック音楽教室では毎週女子たちと一緒に着替えていることもあり、素直に前を向いた。
 
それでAカップサイズの胸が確認できるブラジャー姿、何も膨らみが無い股間が確認できるショーツ姿を見られて恥ずかしそうにしていた。
 
「ひよちゃん、少し胸が膨らんできたね」
「そうですか?」
「きっと生理が来たせいだよ。これからきっと急成長するよ」
などと言われていた。
 
晃は「やはりこの子女性ホルモン飲んでるんだろうなぁ」と思って見ていた。
 

ところで日和は、夏休み前は無地のブラウスとズボンという格好で登校していたのだが、夏休み明けからは学校指定の校章が入ったブラウスにズボンという格好で登校してきた。襟元に女子と同様のボウタイも結んでいる。
 
それで2時間目が終わって女子が数人トイレに行こうとした時、ちょぅど日和が男子トイレに入ろうとした。
 
そこを五月にキャッチされる。
 
「ひよちゃんは、こちらに入らなきゃ」
「え〜?女子トイレに入ったら叱られますよ」
「いや君はむしろ男子トイレに入ると叱られる」
と言って強引に女子トイレに連れ込んだ。
 
それで列に並ぶが、むろん誰も変な顔とかはしない。むしろ
 
「ひよちゃん、『竹取物語』に出てたね」
と他のクラスの子に言われる。
 
「あ、ひよちゃんだ!と思った」
「凄く可愛かった」
「はずかしーですー」
などという会話をみんなとした。
 
「どこかの事務所と契約したの?」
「妹がオーディションに合格して契約したんです。それで引越の手伝いに行ったら音楽部長さんに声掛けられて、とりあえずドラマに妹と一緒に出ただけですー」
 
「ああ、それで姉妹タレントとして売り出すのね」
「そんなことないと思いますー」
「でもひよちゃん歌も上手いもん。きっと売れるよ」
「あのドラマでもいい動きしてたもん。きっとファンメールとか来るよ」
「でも殆どセリフらしきセリフも無かったし」
「いやセリフはちゃんとあった」
 
などという感じで、土曜日に放送された『竹取物語』のことをたくさん話した。
 

そういう訳で、日和はこれ以降、学校“でも”女子トイレを使うことになった。
 
日和が女子トイレ“慣れ”している感じなので、たぶん学校外ではいつも女子トイレを使っていたのだろうなと、みんな思った。
 

音楽の時間には
「ひよちゃん凄くうまくなってない?」
と言われる。
 
ピアノ係の子が
「ちょっと音域確認しようよ」
と言ってドレミファソファミレドで半音ずつ上げながら歌わせて音域確認するとD#6まで出ていた。
 
「凄い高い声まで出てる。コーラス部でもここまで出る子は居ない」
と言われる。
 
「音楽教室に3回行っただけで、出るようになったぁ」
「どこの音楽教室?」
「§§ミュージック音楽教室というんだけど」
「ああ、音楽系高校に通るレベル歌えないと入学試験にパスしないという噂の所」
「ひよちゃんなら試験通るかもね」
「試験受けてない。招待されてレッスン代もタダにするからと言われたから行ってみた」
「特待生!?凄い優秀なんだ!」
 

グラナダに来ている青葉Rはここでは誰にも邪魔されずにたっぷり泳ぐことができて満足だった。世界水泳まではたくさん泳いでいたものの、その後、編曲の仕事あり、妊娠して行動に制限がかかったりで、7月は全く泳げなかったのでかなりストレスが溜まっていた。
 
“ここにいる”千里は、どうも地元の新聞社の仕事をしているようである。
 
「世界各地のスポーツ関係の報道を翻訳する仕事をしている。もう6年くらいになるかなあ」
「へー。そんなことしてたんだ?」
 
「だからずっとスペインの就労ビザを維持している。来年にはスペインの永住権が取れる」
「へー!」
 

一方伏木にいる青葉Lは、とても不満だった!
 
妊娠が発覚してから水泳が禁止されるし、活動時間も制限されて21時には寝るように言われるし。それでも7月27日まではアクアのアルバム編曲作業をしていたので張り合いがあった。しかしそれが終わると、暇で暇でたまらない!
 
「何かお仕事したいよぉ」
と、ワーカホリックの青葉は、暇な状態に耐えられない気分だった。
 

真珠が青葉の所に来て言った。
 
「わざわざ青葉さんに頼むほどのことでもないのですが、『霊界探訪』の9月放送分のネタが足りないんですよ。詰まらない案件で申し訳無いのですが、お願いできませんか?」
 
「やるやる!」
と言って青葉は喜んで真珠と一緒に出掛けた。
 
朋子が
「どこ出掛けるの?」
と尋ねる。
 
「多分夕方までには戻れます」
と真珠が言う。
「まこちゃんなら大丈夫と思うけど、あまり体力使うことしないでね」
「はい」
 
真珠は妊婦って大変そう〜。やはり赤ちゃんは、くーにんに産んでもらおう、などと考えていた。
 

「どこまで行くの?」
と真珠が運転するスバル・BRZの後部座席に座り、青葉はワクワクした顔で訊いた。
 
「七尾城です」
「昔一度処理したことあるなあ」
「へー。だったら好都合です」
「もう7年くらい前だよ」
と青葉は言う。
 
「凄く古い封印に関わる事件だった。あまりにも複雑すぎて私も取り敢えず被害を受けている家を一時的に守ることしかできなかった。深入りすると、こちらが命を落とすと思った」
 
「ああ、この世界にはその手のものがありますよね。関わってはいけないもの」
「うん、まこちゃんには真剣に言っておくけど、自分の力量と目の前の事件とを勘案して、手に負えないものには手を出さないこと。それが“長生き”するためには必要」
 
「肝に銘じます」
 

真珠は高岡北ICから能越道に乗ったが妊娠している青葉に配慮してゆっくり走った。後ろからどんどん車が追いついてくるので、真珠は非常駐車帯を使って道を譲り(本当はこういう目的で使ってはいけない)、後方の車を先に行かせた。
 
やがて七尾城山ICで降りる。そのまま七尾城に登って行く。
 
「実はですね。この途中に1ヶ所お地蔵様があるのですが」
 
「ああ、あったね」
と青葉は7年前に来た時のことを思い出して言った。
 
「城山に登って行く時はいいのですが、降りる時に、そのお地蔵さんを2-3回見るという噂があるんですよ」
 
「ありがちな話だね〜」
と青葉は苦笑する。
 
「その手の話って全国的にありますよね」
「全く全く」
 

七尾城は、七尾市街地から少し離れた場所にある山城である。それは現在市の中心部にある小丸山城とは別の物である。
 
山の7つの尾根(松尾・竹尾・梅尾・竜尾・虎尾・菊尾・亀尾)に曲輪(くるわ)を築いたので“七尾城”と呼ばれた。ここを舞台に、日本海交易の拠点である能登国の支配権を巡り、上杉謙信と織田信長が熾烈な戦いをした。信長も結局謙信が生きている間はここを落とせなかった。
 
謙信が亡くなって上杉家で後継者争い(御館の乱(おたてのらん))が起きている間に奪い取り、前田利家がここを任された。利家は、七尾城は防御には強いが国の支配には不便と考えた。港近くの平地に小丸山城を築き、そこで能登国を支配した。現在の七尾市街地はその小丸山城の周囲に発展したものである。
 
青葉が7年前に関わった事件はその450年ほど前の戦乱に関わるものだった。数十年前に誰か物凄い行者さんが封印をしていたのが壊れかけていたので、青葉と千里が協力して補修したのである。
 

真珠の車が山道を登って行っている最中、その道を歩いて登っている女性の姿があった。
 
「あ、停めて」
と青葉が言うので真珠は車を停める。
 
窓を開けて青葉は女性に声を掛けた。
「真白ちゃーん!」
 
向こうも笑顔になる。駆け寄ってきて言った。
「川上先生、お久しぶりです」
 
「ウォーキングか何か?」
「実は“お地蔵さんの謎”を調べてみようと思って歩いてました」
 
青葉と真珠は顔を見合わせた。
 
「実はこちらもそれを調べに来た。真白ちゃんはどうしてそれに関わってるの?」
「実は私、今年の春から七尾のローカルFM局のレポーターをしてるんてすよ。もしかして、川上先生は『霊界探訪』ですか?伊勢さんもおられるし。こんにちは」
「こんにちは」
と真珠も笑顔で挨拶を交わす。
 
「そうそう。こちら、遊佐真白さんね」
「伊勢真珠です。よろしく」
「こちらもよろしく」
 

「でもだったら目的は一緒かな?」
「実は車で何度か走ってみたのですが全然現象に遭遇しないので歩いてみてたんですよ」
 
「それは遊佐さんが強すぎて、現象が出ないのかもね」
と真珠は彼女の後ろに付いている“者”を意識しながら決して目を合わせないようにして言った。
 
「そうだとすると、この3人では現象に遭遇する確率は低いかもね」
と青葉。
 
青葉も彼女のバックの“者”を意識しながら言う。青葉はその“者”が真白に完全に服従しているのを感じ取り満足した。でも青葉のバックで雪娘や海坊主が警戒している。向こうは雪娘は完全黙殺、海坊主でさえ全く意に介していない。桁外れに強い。
 
「でも車より徒歩の方が少しでもヒントが得られるかも」
と真珠は言った。
 
ということで、3人はお地蔵さんの近くまで一緒に車で行き、その後歩いてお地蔵さんまで行ってみた。
 
まずはお参りする。青葉が
「3人分」
と言って、五百円玉を3枚備えた。それで全員合掌した。
 
「あ、分かった」
と真白が言った。
 
「私も分かった」
と真珠も言った。
 
「当然青葉さんも分かりましたよね?」
「もちろん」
 
「警察を呼びましょう」
「現場を確認してから」
 

それで3人は探るようにして、お地蔵さんより少し上まで歩いた。
 
「ここですね」
 
真白が七尾警察署に連絡した。七尾警察署は放送局のレポーターと真白が名乗ったので、すぐ来てくれた。
 
「そこ、何かを埋めたように見えますよね」
「掘り返してみましょう」
と言って警官は現場写真を撮ってから掘ってみて、すぐにそこに人間の遺体が埋まっていることを認識した。多数のパトカーが来て、捜査が始まる。
 

真白がラジオ局の名刺を出したし、真珠が〒〒テレビの名刺を出したし、青葉も僧侶の名刺を出したので、3人は警察に、とっても信用された。
 
「先日からここの道を降りて行く時に1ヶ所しか無いはずのお地蔵さんを2回・3回見るという噂が立っていたんです。それって、お地蔵さんが何かを知らせようとしているのではとも思って調べに来たんですよ」
と真白は警官に説明した。
 
それで3人はこの日はこれだけで解放してもらった。真白と真珠!はメールアドレスと電話番号を交換していた。
 

後は警察のお仕事になったので、真珠と青葉はこの日は名刺を警察に渡しただけで伏木に戻ったが、その後の続報は真白から真珠にもたらされた。
 
遺体は30代の女性で4月に捜索願いが出ていた。よくウォーキングをしていたので、どこかで遭難でもしたのではと家族は心配していた。遺体の骨が酷く折れていたので、猛スピードの車にはねられたことが推測された。
 
はねた車の手がかりがなかなか見付からないようだったので、青葉Lは動きやすい青葉Rに“水見式”をしてくれないかと頼んだ。
 

「毎日水の中で泳いでいるのに」
と文句を言いながら青葉Rは3週間ぶりに日本に戻ってきた。
 
天野貴子さんに頼んで車を用意してもらい、彼女の運転で★★院に乗り付けた。
 
「瞬葉ちゃん!妊娠しているのに車とかに乗って大丈夫?」
「マラソンとか走らない限り大丈夫です。水見式させてください」
 
それで奥の部屋に行き、水盤に水を入れる。ロウソクを所定の配置に置く。被害者の持っていた水筒の蓋を置いた。これは真白が遺族に頼んで、被害者が亡くなった時に身に付けていたものを借りて来たものである。千里経由で天野さんが持ってきてくれたので、青葉Rはそれを借りた。
 
青葉Rはここに来る前にグラナダで3時間泳いでいる。この儀式は自分が朦朧とした状態でないとできない。しかしその状態で車は運転できないので、天野さんに運転をお願いしたのである。
 
「*・・・*・・・*・・・*・・・*・・・*・・・*」
 
青葉は数字を7つ言った。それを天野さんが記録してくれた。
青葉はそのまま眠ってしまった。
 
天野さんは眠ってしまった青葉にタオルケットを掛けてくれていた。
 
目が覚めたところで瞬醒さんにお礼を言って退出した。
 

青葉Rは天野さんにメモしてもらった数字を青葉Lに伝えた。それで青葉は眷属の玉鬘に命じて、公衆電話からそのナンバープレートを警察に密告させた。
 
その結果9月中旬に犯人が逮捕されたのである。
 
『霊界探訪』は、放送(9/30)直前ギリギリにこの逮捕のニュースまで番組に取り込むことができた。
 

「今回結局私何もしなかった気がする」
と青葉(L)は言ったが
「真白ちゃんととても仲よくなりました」
と真珠は楽しそうに言っていた。
 
「元気そうにしてたからホッとしたよ」
と青葉は言った。
 

8月26日(金).
 
日和はまたお股から出血していたが、そろそろかなと思い一昨日からナプキンを着けていたので、パンティーを汚さずに済んだ。また日和は学校で女子トイレを使うようになっていたので、交換したナプキンの捨て場所に困ることもなかった。
 
日和は東京に行った時以外はずっとマジメに部活に出てきていたので、6月に入部した頃は100m走るのに1分以上掛かっていたのが、40秒で走れるようになり
「頑張ってるね」
と奥村先生から褒められた。
 
美奈子や五月は、
「ひよちゃん、たくさん運動して手足の筋肉も付いてきたから、胸の筋肉も付いてきてAAカップからAカップに進化したのでは?」
などと思っていた。
 
彼女は夏休みが終わる前にブラジャーを全部買い直してもらったと言っていた。
 

部活では、4月の段階ではゴール前で立っているだけだった晃が少しバスケットを覚えて積極的に守備するようになったので、ゴールの難易度があがり、結果的に全員ランニングシュートのゴール率が落ちることになるが
 
「このルミちゃんの守備をかいくぐってゴール決められないとウィンターカップには行けないよ」
と春貴がハッパを掛け、みんな練習に熱が入っていた。
 
また晃は基本的にゴール妨害役しかしていなかったのだが、春貴は彼にランニングシュートとミドルシュートの練習もさせた。
 
「でもぼく公式戦には出ませんよ」
と晃は先生に言っておく。
 
「分かってる、分かってる。でも練習するの楽しいじゃん」
 
春貴は晃を紅白戦では河世と反対側のチームに入れ、河世vs晃でマッチングして対決させるようにした。これでお互いにかなり鍛えられた。
 

8月26日(金).
 
歩夢は母と一緒に中学に行き、校長先生・教頭先生・担任の先生・保健室の先生と面談し、昨日裁判所から来た通知を提出した。
 
「分かりました。では来週から歩夢さんは女子生徒ということで」
と校長先生は笑顔で言った。
 
「これ作っておきましたから」
と教頭先生が言って、新しい生徒手帳を渡してくれた。最後のぺージを見ると女子制服を着た自分の写真がプリントされており、性別も“女”と記されている。
 
この新しい写真は、裁判所に性別の訂正を申告したことを学校側に連絡した時点で、女子制服を着て印刷屋さんに行って撮影してもらったものである。写真屋さんは転校生だろうと思った雰囲気であった。
 
男子制服で写っていて、性別が男になっている、古い生徒手帳は最後のページの所に“無効”というスタンプを押された。そこに“無効”のスタンプを押された瞬間、歩夢は
「ああ、ぼくとうとう男の子ではなくなったんだ」
と思った。
 
これからは性別:女、という生徒手帳でやっていくことになる。
 

先生たちとの話し合いが終わった後、男女のクラス委員がきてくれていたので、学校生活のことを色々話し合ったが
 
「特に何も変わりは無いよね」
と言われた!
 
「トイレはこれまで通り女子トイレでいいし」
「更衣室はこれまで通り女子更衣室でいいし」
「身体測定もこれまで通り女子と一緒だし」
 
「つまり何も変わらない!」
 
母が
「あんた身体測定も女子と一緒に受けてたんだ!?」
と少し呆れていた。
 

8月26日(金).
 
新学期を前に、梨原可能(槇原歌音(カノン))は妹?の有明(槇原安里愛(アリア))と一緒に美容室を訪れ、カットをお願いした。
 
直前だと混みそうなので今日予約しておいた。
 
「こんにちは〜。予約していた梨原です」
「はい、いらっしゃーい」
と言われ、
「お姉ちゃんはこちらの椅子、妹さんはこちらの椅子で」
と指示され、そこに座ると2人の美容師さんが髪を切ってくれた。
 

「可能(かの)ちゃんは中学3年だよね。行く高校決めた?」
「S高校とか」(*31)
「おっすごい」
「でもそれ言ったら担任に鼻で笑われたからH高校かなあ」
「S高校とH高校の間は無いの〜?」
 
「でも笑うのは酷い」
と隣で有明の髪を切ってる美容師さん。
「ですよねー」
と可能。
 
「密かにC高校も狙ってるんですけど、C高校受けるならどこか私立の滑り止め受けとけって言われてるし。でも滑り止めでP高校とか行くくらいならいっそH高校あたりにしてもいい気がするんですよねー。H高校からでも富大(とみだい:富山大学のこと)とか福大(ふくだい:福井大学のこと。福岡大学ではない!)に行く子は居るし」
 
「なるほどねー」
 
(*31) 金沢S高校は金沢市内の公立高校の中ではトップクラスの進学校。今年の春、 福井貴京(福井新一の娘)がそこに入った。彼女は東大理3狙いである。また琥珀のオーナー桜坂康秋の長女・奈那も、この高校を狙っている。彼女は東大を狙うほどではないが、金大か新大(しんだい:新潟大学)を狙っている。
 
H高校はまあまあの高校で、トップレベルの子は富大・福大に行く子もいるがさすがにそこから金大(きんだい:金沢大学。“きんだい”といっても近畿大学ではない!)に行く子はほぼ居ない(10年前に入った子が1人いたらしいが、もはや伝説化している)。
 
C高校はS高校とH高校のちょうど中間くらいのレベルの高校である。ここからなら、毎年金大に数人入っている。
 

可能と有明はTシャツに膝下スカートという格好で出てきたが、出掛けに母が
 
「あんたたちその格好で行くの〜?」
などと言っていた。
 
でも可能はこういう服で出歩くのが普通になってしまって、ズボンなんて特に夏は暑くるしいと思う。有明は元々スカート穿くのが好きである。ちなみに幸助は普通にズボンを穿いて床屋さんに行った!
 

可能は小学6年生だった2019年秋までは男の子の格好で床屋さんで髪を切ってもらっていた。でも12月の終業式が終わった後、唐突に
 
「2月の公演で女の子役をしてくれ」
と父から言われ、母と一緒に美容室に行って、凄く女の子らしい髪型にされちゃった。そして「練習、練習」と言われて、お正月は女の子用の小振袖を着せられ、それで初詣に行った。当時はむっちゃ恥ずかしかった。
 
その後、更に役作りのためといわれて家の中ではスカートを穿いているように言われる。またトイレは必ず座ってするように言われる。更には女の子パンティをたくさん買ってきて
「家の中ではこれを穿いてなさい」
と言われ、更にブラジャーまで着けさせられた。
 
「あんたのことは公演まで“よしこ”と呼ぶね」
「まあいいけど」
 
(家庭内強制性転換)
 
うちの両親って極端だよなと思う。ついでにジョークとマジの境界がよく分からない。
 
そして外出練習と言われて女の子の服を着たまま、母と一緒に外出して、武蔵・近江町市場・香林坊・片町・竪町と連れ回される。母と一緒に女子トイレに入る。
 
「一緒にスーパー銭湯とか行く?」
「無理〜!」
 

でもプールに行って、母と一緒に女子更衣室に入り女子水着に着替えて2時間ほど泳いだ。この時は最初から水着の上に服を着ていき、プールで泳いだ後は着替え用バスタオルで水着から普通の下着(ブラとパンティ)に交換した。
 
冬で人が少なかったからまだ何とかなった気もした。
 
一方で、女の子らしい話し方の練習をさせられた。母は
 
「人が声を聞いて男と思うか女と思うかの境界は、声のピッチより話し方」
 
と言って、女優さんが話している録音をたくさん聴かせて女性の話し方を可能に身に付けさせた。
 
また「女の子の感覚になるように」と言われて少女漫画をたくさん読まされたが、これは面白いじゃんと思った。可能が読んだ漫画は、そのまま有明も読んでいるようだった。
 
(精神的女性化教育)
 

こうして、学校が再開されるまで3週間の完全性転換ライフを送ったら、学校に男子制服を着て出て行くのに違和感を覚えた。
 
「梨原君、なんか女の子っぽい髪型だね」
「お父ちゃんの劇団の2月公演で女の子役をしてと言われてその役作り」
 
下着も学校に行く時初日は男の子下着をつけていたが、自分で違和感を覚えたので翌日から女の子下着に戻しちゃった!
 
体育の時間とかに女の子下着を着けているのが他の子に分かると思うが、誰も何も言わなかった。トイレでは小便器を使うのをやめ、いつも個室を使うようにした。
 
女子の友人たちは可能のことを“かのちゃん”と呼ぶようになった。
 
「“かのう”ちゃんだと男の子みたいだけど、“かの”ちゃんだと女の子らしい」
と彼女たちは言っていた。
 
ここで“可能”は本来“よしたか”と読むことは全く認識されていない。
 
可能が「学校で“かのちゃん”にされちゃった」と言ったら、両親までこれまでの“よしこ”から“かの”に変えちゃった!
 
(有明の場合は“ありあけ”から最後の“け”を取って“ありあ”または略して“りあ”と呼ばれている)
 
身体測定は保健委員が先生と話し合ったみたいでひとりだけ個別測定にされた。体育の時の着替えも1月下旬には個室を指定されて男子更衣室立入禁止と言われた!
 
「女子で話し合ったけど、梨原さんんなら女子更衣室に来てもいい」
「それはパスで」
 
↑女子たちが女子更衣室に来た可能を“解剖して性別確認”するつもりでいたことに可能は気付いていない。
 

そして可能は公演の前日
「今から性転換手術を受けてもらう」
と言われて、実際にはタックされちゃった!
 
「まるで本当に女の子になっちゃったみたい」
「あんたいっそ本当に病院で性転換手術受ける?」
などと、この頃は母もジョーク(と信じたい)で言っていた。
 
でも1ヶ月間の女の子ライフのおかげで、2月公演では女の子の役を無難にこなすことができた。
 
「君うまいねー。演技力あるよ」
と他の劇団員さんたちにかなり褒められた。
 
「でも座長のところ、こんな大きなお嬢さんいたんですね」
「あ、これうちの息子」
「うっそー!女の子にしか見えない」
 
可能は「女の子にしか見えない」と言われて凄く嬉しい気持ちがした。
 

2020年2月には5回の公演があったが、その中の2回目、2月8日の公演を偶然観た東京の俳優・村里泰蔵さんがブログに書いてくれた。
 
すると興味を持った人が来てくれて、それまでは観客が20-30人だったのが、2月15日の公演では100人くらい、22日の公演では500人くらい、そして2月29日の公演では墓場劇団始まって以来初めての満員札止め、約1500人の観客があって、出演者ひとりあたり10万円の特別ボーナスを配った。
 
そして可能は父から言われた。
「お前、毎回女の子役で出てくれ」
「いいよ」
 
可能としても約2ヶ月間の女の子ライフで、女の子の服を着る快適さに味をしめてしまったし、女の子の格好で出歩く快感が完全にやみつきになってしまったのである。可能はタックの仕方を覚えて結局いつもタックしておくようになった。だからトイレの時もおしっこが後ろの方から出るのが普通の感覚になった。
 

可能は髪を切ってもらいながら2年前のことを思い起こしていたが、思えばあれから2年、当初70%くらい、今や95%くらい女の子生活をしてきて、自分はもう男の子には戻れないポイントまで来てしまっている気がした。
 
ぼくやはりその内、性転換手術とか(自主的に)受けちゃうのかなあ。
 
本当の女の子になりたい気持ちとか全く無かったし、今でも無いつもりだけど、寝ている間に性転換手術されちゃっても、女の子として生きていける気がする。
 
目が覚めたら女の子の身体になってて
「性転換手術してあげたよ」
と事後に言われるとか、うちの親だと充分ありそう!
 

昨年、2年生になってから何度か(体育の無い日に)女子制服で学校に出て行ったけど、先生たちからもクラスメイトたちからも何も言われなかった!
 
でもその日は
 
「この服着てる時は女子トイレ使っていいからね」
 
とクラス委員から言われた。女子トイレ使うのに今更緊張しないけど、学校で女子トイレ使うのは、その時が(公式見解としては)初めてとなった。
 
そしてそれ以降、可能は男子トイレ使用禁止!と言われた。だから女子制服を着てない日は職員玄関近くの多目的トイレを使っている。
 
「いつも女子制服で出てくればいいのに」
「その内そうするかもー」
 

でも3年生になってからは半分くらい女子制服で登校している気がする。特に6月以降は、下がズボンの時もスカートの時も上はブラウスを着ていたので(実は冬服の間も制服の下にはブラウスを着ていた:ワイシャツは1年以上着てない)
 
「これは女子制服とみなす」
とクラス委員から言われて、いつもトイレは女子トイレを使うように言われた。
 
9月は夏服だけど゛10月からは冬服に戻る。可能はその時自分はもう学ランは着られない気がしている。
 
「10月以降はセーラー服着て、完全女子中学生生活かなあ」
などと思ってしまう。
 
学校の友人たちは、可能が性転換手術を受けたい、あるいは既に受けていると思っているみたいだし。多分7-8割の子が手術済みと思っている。
 
(↑きっと生徒も先生も全員そう思っている)
 
だから女子の友人たちは可能をほぼ同性として扱ってくれる。女子の友人たちと一緒にバレンタイン・チョコとか買いに行くのはとても楽しかった。
 
映画『お気に召すまま』でハイメンの役をしたけど
「女神様の役をしたのね」
「可愛い女神様だったね」
と言われた。まあ花柄のドレス着てたら、ハイメンという神様のこと知らないと女神と思うかもね。
 
だけど、有明こそマジで既に女の子の身体になっちゃってない?と、可能は隣の席で髪を切られている有明にチラッと視線をやりながら考えていた。
 
(↑可能も既に女の子の身体になってたりして)
 

可能が進学先高校としてH高校を考えているのは、実はH高校は性別に関して許容的らしいという情報があったからである。以前からH高校には、戸籍上は男だけど女子制服で通っている子が各学年に数人いるという情報があった。更に今年18歳から性転換手術が受けられるようになって、早速H高校3年の生徒が7月に性転換手術を受けたらしいという情報をある筋から聞いていた。
 
そういう高校なら、自分も曖昧な性別のまま通えるかもというのを期待しているのである。
 
(↑多分“曖昧な”性別ではなく“明確”な性別で通学することになりそうな気がするなあ)
 

8月27日(土).
 
お昼過ぎ、有明がトイレに行って来てから恥ずかしそうに言った。
「私、生理来ちゃったかも」
 
へ?と可能は思ったが、母は平然としている。
「あら、それはめでたい。カノ、今日はお赤飯炊いてあげなよ」
「いいけど」
と可能は答える。
 
「でも、アリア、パンティ汚さなかった?」
「2〜3日前からお腹が痛かったから、もしかしたら初潮かもと思ってナプキンつけてたから大丈夫だった」
「それは良かった」
 
それで可能は“お赤飯のもと”と餅米を買ってきてお赤飯を作り始めたが、生理が来るとかどうなってんだ?と思った。母はジョークと思っているみたいだけど、アリア、本当に生理来たということは?
 
ぼくもその内、生理来たらどうしよう?
 
(↑中学3年生なんだから、生理来てないほうがおかしいよ)
 

8月28日(日).
 
墓場劇団と死国巡礼は今週も火牛アリーナでモニター練習を2回行った。2回で20万円という出費は痛いが、万が一にも本番であがってしまいまともに演技できないなどという恥ずかしい所は見せられないので、万全を期した。
 
先週もやったので今度はだいぶちゃんとできた。特に2度目には全員普段の軽妙なノリが出て、アドリブも出ていた。夜野棺桶のムチャ振りを成仏霊子がきれいに返す場面もあった。すかさず地獄提督がシステムを操作して爆笑を入れる。
 
「今のやり取りよかった。本番でもやろう」
「OKOK」
 
「でも今のは観客がいたからできた」
「うんうん。観客が居ないとノリにくいんだよね。これいいね」
とみんな少し精神的な余裕も出てきたようである。
 

8月29日(月).
 
真珠は朝から石川県免許センターにバイクで行き、自動車学校の卒業証書を提示。筆記試験を受け合格して、四輪の大型免許を取得した。
 
これまでも中型免許で運転できる範囲のトラックやバスは運転していたので一発試験を受けても通る気はしたのだが、邦生から「ちゃんと教習所で鍛えられたほうがいい」と言われて半月ほど自動車学校に通って卒業した。教習所の先生には「あんた二種でも通るよ」と言われたが、まずは一種である。
 
これで真珠は大特以外の全ての車両を運転できるようになった。
 

8月31日(水).
 
この日、桃香・朋子・由美・緩菜、朋子の妹の典子夫妻、朋子たちの母・敬子および付き添いの女性看護師さんまで入れて8人は、千里のG450 で能登空港から熊谷の郷愁飛行場へ飛んだ。9月2日の青葉の結婚式(越谷)に出席するためである。
 
一方、青葉本人は千里が運転するダイハツ・ロッキーで伏木の家を出たが・・・
 
「面倒臭いし疲れるからワープするね」
と言って瞬間的に浦和の家に来ちゃった。千里姉も最近大胆だなと青葉は思った。
 
青葉の結婚式には、友人たちは全員ネット参加することになっており、リアルで参加するのは基本的に親戚だけである。88歳と高齢の敬子についてもネット参加を考えたのだが、本人が
 
「多分東京に行くのはこれが最後になる」
と言うので、一緒に連れて行くことにした。念のため看護師さんに付き添ってもらった。敬子は
 
「ビジネスジェットなんて初めて乗った。いい冥土への土産ができた」
なとと言い
「まだ冥土に行くのは早いですからね」
と朋子たちに言われていた。
 
「お祖母ちゃん、メイドさんになる?」
などと桃香が言う。
 
「なってみたーい」
と言うので、向こうに着いてから、若葉に頼んでエヴォンのメイド服を1着(コロナ以前のデカダン・スタイル(*32) のもの)分けてもらい、着せたら喜んでいた。
 
「若いメイドさんのサイズの服が着られるってお母さん凄いよ」
と典子が感心していた。
 
「ちゃんとファスナーは上がったね」
 

(*32) 2020年春まで神田店で使用していた、英国ヴィクトリア朝時代のメイド服をベースにした制服。コロナ以降は感染防止対策のため空気を遮断した防護服としての機能がある“プラスチック・スタイル”の制服になっている。
 
ちなみにコロナ以前、エヴォン新宿店はルイ王朝風、銀座店は現代英国王室風、渋谷店はロマノフ王朝風であった。コロナ以降に出来た秋葉原店は最初からプラスチック・スタイルである。
 

盛岡組はHonda-Jetgold, 北海道の玲羅夫妻をHonda-Jetblueを借りて運んだ。
 
そして佐賀の古賀太兵・梅子夫妻(青葉の実父の両親)は、千里のHonda-Jetblackで運んだ。古賀夫妻が青葉に会うのは、震災直後の2011年3月以来実に11年ぶりである。太兵さんが“女みたいな格好してる”青葉をずっと認めていなかったのが、東京五輪で金メダルを取ったことから
 
「こいつ凄いな」
と太兵さんは言い、それで梅子が
「だったら電話しておめでとうと言ってあげなさいよ」
と言った。
 
実際には電話番号が分からないので大船渡の佐竹慶子に手紙を出し、それで連絡を受け、青葉から電話したが、それでついに太兵は青葉と和解したのである。一度会いに行きたいと言っていたが、コロナ下でもあり、また青葉のスケジュールに全く余裕が無かったことから、実現していなかった。
 
それが結婚式を挙げるということで来てくれることになった。太兵たちは自分たちの曾孫が生まれる予定と聞いて物凄く喜んでいた。
 
佐賀空港に迎えに行った時は
 
「こんなおもちゃみたいな飛行機がほんとに飛ぶのか?」
などと不安がっていたが、実際に離陸すると
 
「すごーい!ビジネスジェットって結構乗り心地いいね」
などと、はしゃいでいた。
 
太兵は実は生まれて初めて飛行機に乗ったらしかった。コーパイ席に座らせたら更にはしゃいでいた。
 
「でもこれの運賃いくらなの?」
「青葉の義理のお姉さんの千里さんの所有機だからタダですよ」
とパイロットのエリッサが説明すると
 
「飛行機を所有してるってすごいね!」
などと感心していた。
 

9月1日(水).
 
歩夢は夏休み前と同様に女子制服を着て、学校に登校した。
「おはよう」
「おはよう」
とクラスメイトたちと声を掛け合う。
 
体育館で全体朝礼があり、教室に戻ってから担任の先生がみんなに言う。
 
「川口さんはこの春頃から身体が女性化し、大学病院で診察を受けた結果、完全な女性であると判定されましたので、戸籍も女性と修正し、学校の登録簿も女子生徒に変更になりました。今日からは完全な女子生徒として就学しますので、皆さん、特に女子のみなさん、仲良くしてあげて下さいね」
 
「あゆちゃんは、とっくの昔に女子だった気がします」
という声。
「うん。だから事前にクラス委員2人で彼女と話し合ったけど、今までと何も変わらないよね、と話した」
とクラス委員の女子が言った。
 
そういうわけで、歩夢の新しい性別でのスクールライフは夏休み前と全く変わらない状況で始まった!
 

9月1日(水).
 
梨原可能は今日から学校が始まるのだが、朝出かける準備をしていて困惑した。
 
キティちゃんのパジャマのまま居間に出ていき父に尋ねる(母はまだ寝ている)。
 
「ねえ、お父ちゃん、ぼくの制服のズボンとか知らないよね?」
「ああ、母ちゃんが29日の布紐類の日に全部捨ててたぞ。お前のワイシャツとか学ランとか、学生ズボンとか」
 
「え〜〜!?」
 
「だってどうせお前ズボンなんか穿かないだろ?スカートで通学するんだろ?」
 
そんなぁ。スカート通学とか恥ずかしいよぉ。これまでも気分が乗っている時はスカートで出て行くこともあったけど、と思う。
 
(↑うそだ。半分はスカート穿いてたぞ)
 
「ま、どっちみちズボンとか無いんだしスカート穿いて出て行きなさい。みんな男の子が女の子になるのは受け入れてくれるけど、男と女の間をふらふらされると困惑するものだよ。もうお前も覚悟を決めて女子中学生になればいい」
と父は言った。
 
えーん。まだ覚悟ができないよぉ。
 
「中学卒業するまでに性転換手術受ける?」
「受けない」
 
今のはマジで訊かれた気がした。曖昧な返事したら本当に手術を受けることになりそうなので速攻でしっかり断った。
 

でもズボンが無いならスカートを穿いていくしかないので、可能はこの日、ブラウスとスカートで学校に出て行った。胸元にはリボンも結んだ。
 
「おはよう」
「おはよう」
と、みんなと声を掛け合う。
 
可能は結構ドキドキしていたのだが、彼女の服装のことについては誰も何も言わない。1時間目の後、トイレに行くときは他の女子と一緒に女子トイレに行く。でもこれは6月からずっとそうなっていたから、これまでと同じだなと思った。
 
2時間目には身体測定があったが
「かのちゃん、もう女子と一緒でいいよね」
と保健委員の子から言われて女子と一緒に保健室に行った。
 
中に入り、他の女子と一緒に下着姿になり、並んで体重と身長を測られる。
 
「かのちゃん、体重38kgしか無いんだ?」
「やせすぎだよ。もっと御飯食べなきゃ」
「そ、そだね」
「しっかり食べないと、おっぱい大きくならないぞ」
などと言われてブラの上から胸に触られた!
 
(きっと性別の再確認)
 
触られて赤くなり俯いていると
「可愛い」
と言われた。
 
それでこの後、可能は学校でも完全に女子扱いとなり、彼女の生活は10月を待たずに100%女子中学生生活となったのである。
 
可能に生理が来る日も近い!?
 
 
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【春一】(4)