【春一】(3)
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8月16日(火).
東京で妹の萌花と一緒に『竹取物語』の制作に参加していた吉川日和(はるかず/ひな/ひより (*19) )は、この日の夕方、熊谷の郷愁飛行場から能登空港へHonda-Jet
blackで送ってもらった。
「何か往復ともぼくひとりって申し訳無いですー」
と日和は言ったが、外人女性のパイロットさんは
「でもこの飛行機を飛ばす燃料費は、東京から富山まで自動車で走る場合の燃料費より安いんですよ」(*18).
と言う。
「うっそー!?」
「なにせホンダの製品ですからね」
「日本のメーカーって凄いですねー」
(*18) 燃費はもちろん自動車のほうが良いが、関東−富山間はアルプスを迂回して走る必要があるので飛行機の倍の道のりを走るため、こういう逆転現象が起きる。むろん飛行機にしては燃費が無茶苦茶良いホンダジェットのみの話。
(*19) “日和”は、みんなが色々な読み方をするので本人もどうでもいいと思っている。学校ではバスケ部を震源に“ひより”という読み方が広がり、よく“ひよちゃん”と言われる。行きつけの美容室の先生は“ひな”と読む。かかりつけの病院でも「よしかわひなさん」と呼ばれる。両親まで“ひーちゃん”などと言うので、今や“はるかず”と読む人は居ない!
兄は“はるな”と呼んでいた。多分“日和”を“はるな”と読むのは兄だけ。
妹の萌花は“お兄ちゃん”と呼ぶが
『お小遣いくれたら“お姉ちゃん”と呼んでもいいよ』
などと言っていた。
「別にぼく女の子になりたいわけじゃないよ」
「そんな見え透いた嘘を」
日和は小学生時代から、妹に“お下がりのスカート”をよくもらっていた。日和のほうが身体が小さいから、吉川家では萌花のお下がりを日和がもらう。
『竹取物語』は登場人物が100人を越える、映画並みの大作(制作予算20億円と聞いた)で、それを8月20日に放送するというのに、主演のアクアは8月8日からしか参加できないという、あり得ない日程で制作されていた。
一応今日で日和を含む大半の役者さんは解放されたものの、明日ラストシーンの撮影があるらしい。このドラマは大量のCGも使用されるが、それは撮影前から作業が進んでいたと聞いた。
このドラマは夏休み中に放送しなければならない→8月20日に放送する必要がある/それなのにアクアの日程が鬼畜すぎる
というので、こんなギリギリのスケジュールで制作せざるを得なくなったらしい。
だからアクアが絡まない部分は実は7月頭から撮影・録音が行われていたという。
「なんかこの半年くらい『アクアの日程の都合がつかないので、このCMは代理の松梨詩恩(羽鳥セシル・水森ビーナ・白鳥リズム・町田朱美(*20) )がお送りしております』なんてのが多かったもんなあ」
などと日和は思っていた。
アクアの忙しさが限界を越えてCMにも出られなくなり、同じ事務所の他のタレントさんが臨時代理を務めていたようである。テレビ番組への出演も少なくなっていたし、と日和は思った。
(アクアのテレビ出演がこの春以降減っていたのは、コロナ対策でテレビ局と事務所の話し合いが決裂してアクアを初めとする∞∞プロ系列のタレントが降板したものも半分くらいはあった。しかしアクアは多数の番組から降板したおかげで、何とか日程の都合が付いた)
(*20) 東雲はるこの演技力にあまりにも問題があるので、最近はCMとかには町田朱美のみで出ることが多い。それでもギャラは、朱美の希望により、2人で山分けしている。
朱美の弁
「歌ではラピスラズリはほとんどはるこの力だけで売れてるのにギャラを山分けしてるから、こういうのでは私が頑張らなきゃ」
※アクアの日程
2.26-3.04 『陽気なフィドル』制作
3.05-06 震災イベント
11月−3月中旬『少年探偵団』制作
3月下旬−5月上旬『黄金の流星』制作
5月上旬−6月下旬『お気に召すまま』制作
6.08 『黄金の流星』サントラ(舞音)発売
6.14 『黄金の流星』公開
7月いっぱい:アルバム制作
8/1-8/7 アルバムのMV制作
8/8-8/17 『竹取物語』制作
8.10 『お気に召すまま』公開
8.10 『お気に召すまま』サントラ発売
8.17 アルバム発売
8.20 『竹取物語』放送
結局様々な事情により映画を2本続けて制作せざるを得なくなり、営業上の問題から8.17にアルバムを発売せざるを得ず、一方で“昔話シリーズ”では夏休みの目玉として『竹取物語』をアクア主演で撮りたかったので、こういう無茶な日程で進行した。
8.20をすぎると、北海道・東北、また関東や北陸の一部では夏休みが終わって学校が再開されてしまうので、このドラマ(実質映画)は8月20日放送という日程が動かせなかった、
アクアも大変だったが、『竹取物語』も含めて映画を立て続けに3本、厳しい日程で撮った河村監督のチームも全くお疲れさんである。チームは実は『お気に召すまま』の撮影が終わった所で、編集作業をする河村・美高の2人以外の(矢本かえでを中心とする)スタッフにより、『竹取物語』のアクアが絡まないシーンの撮影がスタートしていたのである。
他のチームで撮影できたら良かったのだが、物語進行と撮影日程をバラして予定調和的に撮影を進めていくし、出演者がダブらないシーンは同時に別の場所で撮影し、またボディダブルを積極的に使って出演者のダブりを解消するという手法は、ハリウッド仕込みの河村監督のチームにしかできないことでもあった。
しかしこのシステムのおかげで、役者さんは自分が絡まないシーンまで立ち会わなくても済み、体力消費が少ないし、スケジュールがあまりずれないので予定時刻まで休んでいることが出来て、演技の品質もよくなりNGも減る、という好循環ができている。しかも週休2日である(但し今回はさすがに休み無しでお願いした)。
元々はクラウス・ユンケル監督がハリウッド時代に開発した手法で河村はユンケルの助手をしていた。撮影のスケジューリング・ソフト(Perl)も元々はユンケルが書いたものである。但し現在このソフトのユンケル版と河村版はスプリットしており、仕様が微妙に異なっている。
日和が能登空港に到着し、パイロットのエリッサさんにお礼を言って降機すると、母が車で迎えに来ていてくれた。
「お母ちゃんありがとう」
「楽しかった?」
「うん。楽しかった。奈良時代の物語だから、まだ十二単(じゅうにひとえ)とかは無いんだって。遣唐使が行われていた時代だから天皇やお役人の服も民間人の服も唐風なんだって言ってた」
「へー。それで何の役をしたの?」
「萌花と一緒にかぐや姫のお付きの役。かぐや姫が舞を舞うシーンではその介添え役とかもしたよ」
「ふーん」
それってやはり女性のお付きだよね?と母は思った。
「そうだ、日和。先週担任の寺下先生が来たんだよ」
と母は運転しながら言った。
「あ、何か用事だった?」
「あんた、6−7月はブラウスとズボンで通学してたでしょ」
「うん。ぼくがワイシャツ買いに行っても、ブラウス渡されるんだよねー」
(↑女子がワイシャツ下さいと言ったら普通ブラウスのことだと思う)
「それはいいんだけど、ブラウス着るのなら学校指定のブラウス着て欲しいと言われて。私とりあえず3枚買ってきたから」
「あ、ありがとう」
でもそれって結果的には女子制服なのでは?と日和は思う。
「新学期始まったらそれ着て行きなさいね」
「うん。そうしようかな」
「先生が『スカート穿いてないのは、何か健康上の問題ですか?いかにも身体弱そうですもんね』と言ってたけど。『確かに中学までは毎月1回休んでいたんですよね。高校に入ってからは4月に1度休んだだけですけど。でもスカートの件は本人と少し話し合ってみます』と言っておいた。念のためパンティストッキングとかタイツも買ってきたけど、あんたスカートとタイツとかで登校する?先生は『吉川さんなら、夏にタイツ履いててもいいですよ』と言われたけど」
「えー?どうしよう」
でも・・・寺下先生、ぼくの性別誤解してるってことないよね?と日和は思った。
(↑いやきっと“正しく”理解しているのだと思うぞ:学籍簿上の性別も既に修正済みだったりして!)
家に帰ると父が
「萌花、寂しそうにしてなかったか?」
と訊いたが
「元気そうだったよ」
と日和は答えておいた。寂しくしてたのはむしろ父だろうなと思う。
「お前も東京に行くのなら、いっそ一家で東京に引っ越そうか」
などとも言っているが、日和は言っておいた。
「タレントを全部寮に入れてるのは、感染防止対策もあるんだよ。だから東京に実家がある人でも寮に入っている。面会も制限されている」
「そうなんだ?」
「アクアとかラピスラズリは独立して別の所に住んでいるけど、買物係を雇って、自分では直接お店には行かないようにコントロールしてるんだよ。ウィルスフリーの状態を作るのに凄いお金掛けてるんだよね」
「大変そうだな」
「所属タレントは外食禁止、一般のコンビニも5分以上滞在禁止で、お昼などの混む時間帯はそもそも利用禁止。タクシーを含めて公共交通機関使用禁止。毎朝体温測定とか厳しく健康管理されている。ハイヤー会社をまるごと買って私用でもそこの車で移動するようにして、飛行機を10機くらい買って専用の飛行場まで作ったのも、感染防止のため。何百億というお金を掛けてタレントをウィルスから守っているから、家族と会うのにも制限があるんだよね」
「凄いことしてるな」
「寮は凄く強い換気が掛かってたね」
と母が言う。
(引越の時、父は車の中で寝ていたので寮内には入っていない)
「うん。30分で空気が完全に入れ替わるようになってるらしい。ウィルスは空気より重たいから、基本的に天井から給気して床から排気する(*21)。フロアとフロアの間に換気のための層が作られている。それから寮内に銀行のATMを設置してるから銀行やコンビニにお金下ろしに行く必要がないし、寮自体にコンビニまで併設している。そこで振込とかの手続きもできる。門の中にあるから一般の人は利用できない」
「徹底してるなあ」
「きちんと健康管理されてない家族と頻繁に会ってて、それでタレント本人が感染したら、そこから感染が広がって、アクアとか舞音ちゃんとかにも移す危険がある。そしたら被害は測り知れない。せっかく何百億もかけて感染対策しているのが無駄になっちゃう」
「とても補償しきれないな」
「だから全員を厳しく健康管理する必要がある」
「コロナが終わるまではどうにもならんなぁ」
というので父も面会が制限されていることを理解してくれたようである。
「でもみんなが我慢しているおかげで、タレントやマネージャー・バックバンドの人にはまだ1人も感染者出してないからね」
「さすがだな」
(*21) 新館は最初からこの層を作り込んでいるが旧館でも全部屋に配線用スペースを兼ねてOAフロアを敷いてそこから排気するように工事した。また給気用の二重天井も作ったので5cm×2=10cm 天井が低くなった計算になるが、元々天井の高さは270cmで作られていたので充分な余裕があった。
日和は東京から帰った翌日、津幡で§§ミュージック音楽教室のレッスンがあるというので行ってみた。母の車で津幡の火牛スポーツセンターまで送ってもらう。教室はここのアクアゾーン2階にある。母は金沢で買物しているということだった。
日和は川内峰花(←多分花ちゃんの本名)音楽部長名のインビテーションをもらっていたので、それを提出して登録してもらった。
参加者は10人ほどである。意外と少ないんだなと思ったら、先月までは北陸三県から集まって来ていて50人くらい居たのが、各県内に数ヶ所ずつ教室ができて分割され、津幡教室はこの人数になったらしい。
でも歌・ダンスなどのレッスンはネットでつないで合同でやりますということだった。
最初に歌のレッスンがあるが、みんな凄い上手いのでびっくりした。高い音などもD#6くらい出る子がザラで、中にはF6まで出る子もいる。
「こんなハイレベルの所に自分みたいなのは場違いでは?」
と思ったが、日和もその子たちに混じって歌っていたら今まで出たこともないD6が出ちゃった。そしてみんなから言われる。
「吉川さん、上手いね」
「さすが萌花ちゃんの妹さん」
萌花はこの春の昇格オーディションで北陸トップで推薦されてリモート審査に出たが、同じ北陸の観音倭文に逆転されて昇格はならなかった。でもその後のビデオガールコンテストで入賞した。
「妹さんもビデオガールコンテスト出てたら絶対上位に入ってたよ」
「中学1年生?まだおっぱい小さいし。来年出なよ」
「いや年末の昇格試験の強力なライバルだ」
などとみんなから褒められた。
あ、でもぼく萌花の“妹”に見えるかな?
(↑うん見える。絶対こちらが下だとみんな思う)
音楽部長さんも。ぼくを中学1年と思った感じもあったし。高校の生徒手帳見せたのに!などと思っている。だけど女子の年齢っておっぱいのサイズで見分けるんだっけ??
(↑自分を“女子”に分類してる)
「いや吉川さんの場合、姉妹特別推薦で、そのまま本部生になる道もある」
「へー。そんなのあるんだ?」
と日和は言う。
「姉妹タレントってセット売りすると売れるから、現在の本部生の妹は、ある程度の実力があったら、無試験で本部生になれる特例がある」
「そんな制度があるんだ?」
「そして概して、それで入った方がお姉さんより売れる」
「ありがちありがち」
「水谷妹も、甲斐妹も、お姉さんより売れてる」
「コスモス社長自身、すごく歌のうまかったお姉さんのついででデビューした」
「へー。社長にお姉さんがいたんだ?」
というかコスモス社長が歌手してたなんて知らなかったなあ。一度聴いてみたいな。
(↑いや聴かないほうがいいと思うぞ。姉のメロディーの歌ならいいけど)
「吉川さん、萌花ちゃんに妹がいると知れたらきっと勧誘されるよ」
「なんか誘われて先週ドラマに出て来たけど」
「もう勧誘されたんだ!」
これでみんなからは“強力なライバル”ではなく本部生予定者で、むしろ仲良くしてた方がいい子、とみなされて、みんなが優しくしてくれるようになったのだが、空気が読めない日和はそのあたりの変化が分からない。
歌のレッスンが終わった後、なんとなくみんなで連れ合ってトイレに行く。
バスケ部でもそうだけど、なんで女子って一緒にトイレに行きたがるのかなあなどと思う。トシレの前まで来て、日和が男子トイレの方に行こうとしたら
「ひよりちゃん、そっち違ーう」
と言われて女子トイレに強制連行される。
「ひよりちゃん近眼?」
などと言われた。
まあいいか。女子トイレに入るのは慣れてるし!と思う。東京のスタジオ(*22)でも女子トイレに連行されてたし。
(*22) 『竹取物語』の撮影をしたのは“千葉市”のララランド・スタジオである。でも関東外の人はわりと、千葉も埼玉も神奈川も“東京”の範疇であったりする。
しかしこれで日和はここの教室に来る時は女子トイレを使うことになった。津幡の生徒には1人男子もいるが、彼はもちろん男子トイレを使う!
歌のレッスンはなぜか見学してた子で、ダンスのレッスンに参加した子がすごく身体の動きが良かった。
「君、凄くダンス上手いね」
と声を掛けられている。彼女もどうも今回が初参加だったようである。
「あ、あなたアクアちゃん映画『お気に召すまま』に出てた子でしょ?」
などと言われてる。
へー。映画に出たんだ?でもそんな子がなんで今更こんな田舎でレッスン受けてるんだろう?
(↑なんでドラマに出た日和が今更こんな田舎でレッスン受けてるんだろ?)
「この子、男の子?女の子?とよく分からなかったけど女の子だったのね」
と言っている子がいる。
「ごめんなさい。私男の子ですー」
「うっそー!?」
日和も「うっそー!?」と思った。だって女の子にしか見えないのに。
(↑日和も女の子にしか見えないけどね)
彼?彼女?を知っている子がいたようで
「墓場劇団のカノンちゃんだよね?」
と声を掛けていた。
「はい、そうです」
へー。何か劇団に入っているんだ?やはりみんな色んな活動してるんだなあ。
「でも実質ほぼ女の子だよね。写真集も出てるよ」
「へー。見てみたい」
と言っていたら、本人が持っていた。これまでの活動内容とか訊かれた時のために持って来ていたらしい。
みんなで閲覧したが、全部女の子の服を着て金沢の名所で写っている。兼六園、金沢別院、長町、老舗記念館、尾山神社、東茶屋街。
すっごく可愛い。
これで男の子なんて絶対嘘だと思った。男の子であっても絶対生理くらい来てそう。
(↑日和も生理きてるもんね)
「でもなんで歌のレッスンは見学してたの?」
「私ひどい音痴だから」
「へー。これだけダンスうまいのにもったいないね」
ダンスのレッスンの後は、汗を掻いたので全員着替える。日和は他の子と一緒に、もちろん女子更衣室を使った!でも女の子たちと一緒に着替えるのはバスケ部でもやってるし、先週の“東京のスタジオ”でもやってたしと思った。
唯一の男子・塩谷君はもちろん男子更衣室に行く。カノンちゃんも男子更衣室に行こうとしたが、女子たちから
「カノンちゃんはこっち」
と言われて女子更衣室に連行された。
「女子更衣室とかまずいよー」
と本人は言っているが
「いや多分問題ない」
とみんなに言われている。
「女の子が男子更衣室で着替えたら、塩谷君が困っちゃうよ」
うん。この子は絶対男子更衣室では着替えられない、と日和も思った。
実際彼女のレオタード姿を見ると、おっぱいは一応Aカップくらいあるし、お股の所に膨らみは無いので、どう見ても男の子の身体ではない。多分何年も女性ホルモン飲んでて、既に性転換手術も終えてるんだろうなと日和は思った。多分18歳になったら性別も女性に変更するのだろう。
(↑君のレオタード姿も女の子にしか見えないのだが)
だけど女子更衣室では、みんな歌音の着替えに注目していたので、日和を見る子はいない。それで日和は手早くブラとパンティも交換してしまった。後ろを向いて着替えたが、たぶん恥ずかしがって後ろを向いているのだろうと思ってもらえたろう。
歌音はみんなから見詰められている。
「そんなに見ないでよ」
「気にしない気にしない」
それで彼女はレオタードを脱くが、下着は交換せずにTシャツを着ちゃう。
「ブラジャー交換しなくていいの?」
「パンティ交換しなくていいの?」
「私あまり汗掻いてないから」
でもブラジャーの外側からも胸の膨らみは確認できたし、パンティには膨らみが無いので、やはり男性器があるとは思えない(←日和もしっかり見ている)。
「でも男子更衣室で着替えられない身体であることは間違い無い」
うん、そうだと思うと日和も思った。
「次回からも女子更衣室で着替えなよ」
「みんながそれで構わないなら、私は構わないけど」
「うん。全く構わない」
と全員が言った。
歌音は朗読のレッスンでもとても上手かった。さすが劇団に参加しているだけのことがあるなと思った。とても聞き取りやすいし、本当に人が話しているような読み方をする。
トークのレッスンとかもある。これはパソコンが並んでいる教室で行なった。写真を見せられて、それを描写する文章を5分以内に書きなさいと言われる。日和は3分ほどで書いて提出。90点をもらった。
おやつが出て来て、それを食べてから褒める文章を作りなさいと言われる。かなり悩んで何とか作文したが、60点だった!これ難しいよ。
先生のボケに対して、うまく受けてくださいと言われる。
「夏はやはりストーブ焚くのがいいよね」というのに対して日和は1分くらい考えてから「冷暖房費節約で南の地域に移動しましょう。南極とか」と回答したが、70点と採点された。少しひねりが足りなかった?(←たぶん時間がかかりすぎたのが問題)でもこういうやりとりを瞬間的にできるようにならないとテレビとかに出られないと言われた。
模範演技といわれて、浜菜ちゃんという子が指名されて前に出て行く。ここはネットでつないで北陸の全教室に披露された。
さっきとは違う写真を見せられて説明するが、よくこんなにしゃべるネタを見付けられるなと思った。さっきとは違うおやつが出て来て、それを褒めるが、それを聞いただけで食べてみたくなるような上手い解説だった。
「こういうの普段から、おやつ食べた時とかにグルメ番組に出ていたら自分ならどう感想を言うかって考えるんですよね」
と本人は言っていた。
「グルメ番組の場合、前に言った人と同じことばは使えないから難易度が高いです」
と先生がコメントする。
だったら5〜6人いたら、最初の人がいちばん楽で、後の人ほど大変?
最後は先生と漫才?をする!はじめは普通のやりとりをしていたが、いきなり
「なんで北陸があって南陸が無い?」
と言われる。すると瞬間的に反応して
「南海はあったけど、博多に引っ越したね」
と答えて、日和は「すごー」と思った。自分なら20-30秒考えないと答えきれない気がした。
(↑日和は南海ホークスを知らないので実は意味が分かってない)
「この模範演技、6月までは萌花ちゃんがしてたんだよ」
と隣に座っている知代ちゃんが小声で言った。
へー!あの子そんなに頭の回転よくない気がするのにと日和は思った。
「萌花ちゃんは『“おとこのこ”にあって“おんなのこ”にない物は?』と聞かれて歴史に残る迷回答をした」
え?ちんちん?と日和は一瞬思った。
「模範解答は『“と”の字』だけどさ」
日和は4〜5秒考えて意味が分かった。すごー!
「萌花ちゃんは『素敵な物いっぱい』と答えて『それ女の子だけのものやろ?』と言われてドつかれた」
↑日和は意味が分からず知代ちゃんに5分くらい掛けて説明してもらった!(*23)
(*23) 解説するのも野暮だが、元々マザーグースの一節から来ている。
What are little girls made of?
Sugar, spice, and everything nice;
That's what little girls are made of.
小さな女の子は何でできてるの?
砂糖、スパイス、そして素敵な全てのもの。
それで小さな女の子はできてるの。
What are little boys made of?
Snips, snails, and puppy dog tails;
That's what little boys are made of.
小さな男の子は何でできてるの?
切れ端、カタツムリ、小犬のしっぽ。
それで小さな男の子はできてるの。
これを使用してアニメ『Powerpuff Girls』ではガールズたちが次のようにして生成されたと説明された。
Professor Utonium in an attempt to create the "perfect little girl" using a mixture of "sugar, spice, and everything nice". However, he accidentally spilled a mysterious substance called "Chemical X" into the mixture.
この部分が日本語版では「お砂糖、スパイス、素敵な物いっぱい」と翻訳された。
最後はピアノのレッスンがあった。タッチの弱い子はエレクトーンでもよいと言われたので、指の力が無い日和はエレクトーンの所に座った。
日和はピアノやエレクトーンを習ったことはないと言ったので、最初は『中高生のバイエル』という本を渡されたが、
「なんだ弾けてるしゃん」
と言われて、『ピアノで唱歌』(きっとダジャレ)という本に交換された。伴奏はギターコードのみが表示されているが、それで左手と左足の弾き方は分かる。
「君、家にピアノかエレクトーンある?」
「はい」
「それで弾いてたのね。だったらこの本あげるからたくさん弾くといいよ」
と言われた。
萌花が生まれてから買ってもらったエレクトーンだが、結構日和も弾いていた。それで日和はちゃんと“ピアノの指”になっていた。本当の初心者だと、まずそこから指導される。
でも「君、指潜り・指替えが苦手みたいだね」と言われて、そこは教えてもらった。こんな画期的な方法があったのか!と感動した。これまで結構“指が足りなくなって”苦労していたのである。
でも丸一日、レッスン漬けでとても充実していた。これなら毎週来ようかなと日和は思った。
人形美術館跡の土砂を取り除いて“整備”した件は千里がN議員の秘書に連絡しておいた。
「一応簡単に整備しておきましたから」
「ありがとうございます」
などとやりとりをしたのだが、8月も中旬になってから秘書さんは土砂がきれいに取り除かれていることに気づき、
「全部取り除いて下さったんですね。ありがとうございます」
と連絡してきた。
「捜し物をして結果的に全部土砂を取り除くことになりました」
と言って、千里が渡したビデオを更に真珠が編集して5分にまとめたものを送ってあげた。
「人形見付かってよかったですね!」
「いえ。捜索の許可をしていただいたおかげです。やはり地震が起きている最中に多人数でやってるとよけい見落としがありますね。今回は4人だけで探したからかえって見付かったのかも」
「なるほど。ありそうですね」
あの場所は相変わらず崖崩れ危険地帯であることには変わらないので公園として整備することにし、冬が来る前までには花壇なども作って休憩所として整備されたようである。美術館の駐車場はそのまま公共の駐車場とし、トイレも設置してポケットパーク化したら、結構一般の利用客があったようである。また一般道からここに到達するのに、すれ違い困難な細い道を通る所は、道路拡張工事をして、アクセスしやすくなった。その工事で、地元の土建屋さんも潤ったようである。
『霊界探訪』取材班は、11月になってからその公園として整備された様子も取材に行った。
2022年8月19日(金・なる)
S市の人形美術館の建物(?)が竣工した。
以前の美術館は展示スペースが50坪(通路を除く)、建物全体は72坪(240m
2) くらいの長方形であったが、新しい建物(?)は、約7倍の500坪(1660m
2)ほどの円形!になっている。展示スペースは本来228坪だが、仮壁を設置して144坪に制限している。
今までが密集しすぎていた(適正密度を超えているのは分かっていたが拡張するまたは建て直す予算が無かった)のを適正密度にするのと共に、見学スペースを広く取った。
旧館 168m
2÷5000体=0.0336 (18.3cm四方)
新館 477m
2÷5000体=0.0955 (30.9cm四方)
これまでは後ろの子の足を前の子の間に入れるなどして無理矢理なレイアウトをしていたが、密を回避して、取り敢えず身体が重なりあわないようにした。
金沢の展示会でやったように、人形を春夏秋冬の4つの季節に分けて展示する。それとVIPドールの特別展示室を作る。
春の桜
夏のビーチ
秋のコスモス畑
冬の子供部屋
観客は春→夏→解説室→秋→冬→VIPドール→喫茶スペース、という動線で見学することになる。
人形の展示場所は、人間が歩く通路より50cmほど高くなっていて、人間の目との距離を小さくしている。子供の観客でも見られるように50cmという高さを決めた。通路と展示スペースの間はポリカーボネイト板で仕切る。薫館長としてはほんとうは人形に触って親しんでもらいたいのだが、少なくともコロナが収まるまでは接触禁止にせざるを得ない。
清掃会社と契約し、12時・15時・閉館後の18時半に清掃・消毒作業をしてもらうことにしている。
解説室は人形展示室より3mほど低くなっている。それで↑の図では分かりにくいが、喫茶室はレジの所から全体が見渡せる。また観覧通路とカフェの間は透明の難燃性ポリカーボネイト板で仕切られているので、喫茶室からは全ての人形を見ることができる。人形たちもお互いに全員の姿を見ることができる。
透明のポリカーボネイト板は大量に使用されており、この“建物”の“柔構造”の一部となっている。強い地震に曝された場合は自ら壊れることにより、揺れのエネルギーを吸収する。伝統工法の建物の土壁が大地震の時は自ら崩れることによって揺れのエネルギーを吸収するのと同じ考え方である。ガラスに比べて軽いし丈夫でまた割れた時の人的被害が起きにくい。また火事になった時にアクリルと違って有毒ガスを発生しない(但しアクリルより高価である)。
“夏”から解説室に行く所と、解説室から“秋”に戻るところはエスカレーターになっている。ベビーカーや車椅子の人のためにエレベーターも設置している。
この解説室の天井=喫茶室の中央の床は、鉄骨を組んだ上に半透明の繊維強化プラスチック(FRP)の板を敷いて、透明ボディのグランドピアノ(Kawai CR-40A) を置いている。このピアノは某公共施設に死蔵されていたものを千里が100万円で買い取り(売主の自治体は喜んでいた)、オーバーホールさせて再調律したものを“置いている”。
(館長は買う予算が無いし、プレゼントすると贈与税が高い!)
ピアノは多分誰かが弾く・・・かも知れない。きっと館長が自分で弾く。薫館長はヴァイオリニストではあるがピアノもプロ並みに上手い。
だから薫館長は、館長兼グランド看板娘兼カフェのウェイトレス兼ピアニスト。
(薫がグランド看板娘、珠望がシニア看板娘、遙佳がジュニア看板娘)
半透明の板を置いたのは、解説室の採光の問題である。ここは最初吹抜けで設計したが、吹抜け構造はどう考えても地震に弱いし、転落する人があってならないので、代わりに明かりが採れる半透明の床にした。FRPはプラスチックではあっても、自動車や飛行機のボディにも使われる丈夫な材料である。下に鉄骨も格子状に組んでいるので、地震の時に床を破ってピアノが転落する恐れは無い。
竣工したので、輪島に退避させていた人形は、この日の内にこちらに持って来た。
最初に遙佳は輪島の倉庫にも掲げていた琥珀の絵を美術館の奥に掲げた。琥珀は結果的に長年住んでいた場所に戻ってきたので、嬉しそうにしていた(*25).
開封作業は、真珠や貴恵たち『霊界探訪』の関係者10人(*24)と、真珠や初海が所属しているTIF(バイク仲間)の男の娘たち(一部天然女子も)8人とでやってくれた。
彼らはまず金曜日の内に輪島の倉庫内の箱を3台のトレーラーに積み込み、トレーラーを千里がS市に運んだ。
「千里さんが3人居た気がするけど」(*24)
「きっと気のせい」
その後、協力者たちは、輪島からS市まで千里の友人・星子が運転するバスで移動した。
彼女たちは人形美術館内でゴロ寝し!(女の子部屋と男の娘部屋を分けた(*26))土日いっぱいかけて人形の開封作業をし、日曜日の午後星子のバスで輪島に戻り、全員仮眠を取ってもらってから解散した。仮眠のつもりが朝まで寝ていた子もいた!
(*24) 千里を3人とカウントすると12人になる。高さんの手伝いをして、おやつや飲み物を配っていた小杉まで入れると13人。
(*25) 琥珀は元々この土地に建っていたレストラン琥珀に住みついていた白い虎の精霊である。レストランに住んでいたので食べ物には困っていなかった。しかしオーナーが亡くなりレストランが閉鎖されたことから、食べ物に困り、夜な夜な出歩いては、妖怪などを捕食していたのが1月に起きた“白い虎”事件である。
事件後遙佳に保護された。遙佳は琥珀の依代(よりしろ)となる絵を2枚描き、1枚を祖父が経営しているレストラン・フレグランス、1枚を祖母が運営している人形美術館に掲げた。絵を2枚描いたため、エイリアスが生れ、遙佳と歩夢に1体ずつ付いている(2頭居るわけではない)。
(*26) 女の子と男の娘の分類基準は、ペニスの有無なので、明恵や真珠は女の子部屋に寝たが、アリスやエリザは睾丸は除去済みだがペニスが残存しているので男の娘部屋に入れた。邦生は「ぼくは純粋男」を主張したが男の娘部屋に入れられた。(だいたい“男の子”部屋なんて設定してないし)
土日に行った作業は4ステップである。
(1) 箱を開封し、中の人形を確認して受け入れ登録する。
(2) 人形を春夏秋冬に分類する。
(3) 分類した人形を取り敢えず仕分けエリアに置く。
(4) 仕分けエリアの人形を実際に春夏秋風の展示場所まで運ぶ
受入登録の作業は、珠望・初海・明恵・真珠・邦生・瑞穂の6人で作業したが、トレーラーの中から箱を彼女たちの場所まで持っていくのは、TIFの男の娘たちがしてくれた。
春夏秋冬に分類するのは、薫館長と遙佳の2人であるが、判定に基づきシールを貼るのは、歩夢と広詩で作業した。
受入作業が済んだ印:名札の裏に金色のシール
春:プリキュア、夏:仮面ライダー、秋:ミニオンズ、冬:ちいかわ、のシール
分類した人形を仕分けエリアに置く(結構体力を使う)のは月見里姉妹がやってくれた。水泳選手なので体力がある。
そして仕分けされた人形を展示エリアに移動するのもTIFの男の娘たちがやってくれた。
これらの作業を幸花が撮影していた。
作業は1時間ごとに15分休むパターンで行った。休憩時間には高がみんなにおやつやサンドイッチを配る。この他に朝食・昼食・夕食はゆっくり取る。
この人数でかかったので、土日2日間で全部とにかく展示エリアまでは移動することができた。しかしこの人数がいないと、遙佳と歩夢・広詩だけではとても無理だった。
後は各季節ごとの展示エリアで人形を並べて行く作業だが、これは遙佳以外にはできないので(薫館長は体力的に厳しい)、遙佳が頑張って美術館のリニューアルオープンまでにやることになる。
受入登録をしていたら、金沢のビスクドール展に行っているはずの人形が全部で6体あった。恐らく金沢に出品した時の登録ミスと思われたが、あとで調査することにした。
今回受入登録されず、金沢に行っている人形でも館長が自宅に置いている子やレストランに出張している子でもなく、先日美術館跡から発掘した人形でもないもの(つまり行方不明!)が4体あった。おそらく↑の登録ミスの子と思われたが、数が合わないので、これも後で確認することにした。
「でも人形が勝手に移動するの対策で全員に名札を付ける作業をしていてほんとうに良かった」
「名札が付いてなかったら全く収拾が付かなかったね」
「なんか予定調和すぎる」
ところでこの美術館なのだが、S市はまだ数年群発地震が続くことが予想される。それで地震に強い“建物”を造ることにした。
播磨工務店がしたのは、巨大な“船”を作ることだった。
まずは敷地の奥側に直径30m, 深さ7mの穴を掘った。そこに船体を作るのと同じ要領でFRP製の外壁・床(船腹・船底)を作った。風による横揺れ防止でビルジ・キール、更には台風対策でフィン・スタビライザーまで取り付けてある。
この“船体”の中に地下一階、地上一階(一部2階)の建物を客船の内部を作るような要領で作り上げたのである。
それで全部できたところで8月13日(土・みつ)に。池に水を入れて(進水式!)、19日(金・なる)に壁屋根付きの渡線橋を渡して竣工とした。
通常は風で揺れたり位置がずれないように周囲の地面と位置固定軸で固定しているが、地震の初期微動(P波)を感じたら即、軸は外れるようになっている。
地震の揺れは主に、初期微動を起こす縦波(P波)と、主要動を起こす横波(S波)から成る(この他に表面波などもある)。この内、縦波のP波はどこでも伝わるが、横波のS波は固体中のみで伝わるので、空気や水などの流体中は伝わらない。
だから池の上に浮いている船にS波は来ないのである。
これは例えば、水を入れた深皿に銀紙の船などを浮かべて、手で皿を横に揺すってみるといい。すると皿は揺れているのに、浮かんでいる船は慣性の法則で同じ位置に留まっている。
それと同様のことをしようという作戦なのである。似たようなことをするのに、マンションの下にゴムの層(ダンパー)を入れる手法などがあるが、それをもっと徹底的にしたものである。
地震が頻発している場所で地震に強い家を建てる手法として、究極の免震建築“船”というのを選択したのである。
実際既に水を入れて浮かべた翌日8月14日に中規模の地震(震度2-3)が2つ連続であったが美術館内部は全く揺れなかったし、震度3の初期微動で位置固定軸が外れるのも確認することができた。
なお、美術館の1階の高さを周囲の地面と合わせるために、池の水を適宜地下にある調整池との間でやりとりする。敷地内に降った雨水は基本的に調整池に集め、余った分は池から川に流す(水質を毎日検査して報告する条件で放水許可は得ている)。なおこの美術館の電気は太陽光パネルで作り出している。ガスは使用していない、上下水道は、揺れが伝わらないジャバラ型のパイプで接続している。また位置固定軸が外れる仕組みは機械的な機構で動作するようになっており電気を必要としない(戻すのは電気でモーターで戻す)。ウォーキングドールを誘導するスイスイ1号はバッテリー作動である。
S市もこういう挑戦的な試みには興味を示していた。
「9月の放送ネタどうする?」
と人形の開封作業をした帰り、真珠が運転するエスティマの中で幸花は訊いた。この車に乗ったのは、真珠と明恵、幸花・初海・瑞穂、邦生・月見里姉妹である。
3列目は邦生が真ん中に座ったので両側の月見里姉妹から
「すっかり女の子らしくなったね。もう性転換手術は全部終わったんでしょ?」
などと言われて随分触られていた。
「ネタ考えてみたんですが、今こんな感じですね」
と明恵はGoogle Keepのメモを見ながら言った。
5分 青山さん妊娠レポート
5分 青葉さん妊娠レポート
5分 願い石
5分 きつねうどん
5分 人形救出大作戦
5分 人形再搬入大作戦
「今の所30分程度の長さにしかならないんですよね。あと2つくらいネタがほしいです。できたらマジで心霊っぽいもの」
「人形美術館ネタはまとめて15分くらいにできるよね?」
「はい。他に青葉さんの妊娠レポートを長めにしたり。それにしても後ひとつくらいはネタが欲しいです」
8月19日(金).
夏休み最後の部活が終わった後、舞花は晃に声を掛けた。
「来週から学校始まるからさ、日曜日、髪を切りに行こうよ」
「そうだね。夏休み中全然切ってなかったもんなあ」
「私##さんに予約入れるから、その時“妹の分”もお願いしますって頼むから」
「え?でもぼくは**さんでいつも切ってもらってるから」
「女の子が床屋さんで髪を切ることはできない。女の子は美容室で髪を切ることになっている」
「あ、そうか!」
「女の子が床屋さんで髪を切ることは法律で禁止されてるんだよ(*27)」
「そんなの法律で決まってるの〜〜?」
「ということで予約入れるね」
「うん。まあ」
性別が変わると髪を切る所まで変わるなんて!
男と女って、一緒の世界で生きているようで、実は全然違うところで生きているんだったりして!?
晃は蚊取り線香が2つ組み合わさっている状態を連想した。まるでひとつの平面を作っているようで、実はきれいに2つに分かれている。それが男と女なのかも。
(*27) かつては美容師が男性の髪を(パーマを掛けること無しに)カットだけしたり、理容師が女性の髪を切ったりするのは禁止されていた。但し高知県など一部の都道府県以外では事実上黙認されていた。
また1980年代以降、都会を中心に、おしゃれな男性が美容室でカットだけしてもらうというのが増え、理容室側も事実上美容室に近いコースを揃えた所が出てくるなどお互いに領域侵入が進んだ。またその頃から増えた1000円カットの店は、男性客が多いものの、たいてい設置基準がより緩い美容室として開設された。
法律もそういった状況を追認する形で少しずつ規制緩和が進み、2022年現在は性別制限は存在しない。
8月20日(土).
3年生の舞花と愛佳はこの日わざわ金沢市まで行って、準大手の予備校が実施する模試を受けた。この模試は受ける人が少なく、北陸では金沢のみで実施されたのである。
2人とも先日受けた時に比べてかなりスムースに解けるので自分でもびっくりした。
結果は9月中旬に返される予定である。
8月20日、日和(ひより/はるかず)の母は電話を切ってから
「しまった!2人分予約しちゃった」
と言った。
「ああ、つい人数、間違うよね。ぼくが訂正の電話入れようか?」
「ううん。私が入れる」
と言って母は再度美容院に電話して
「すみません。娘2人分予約しちゃったんですけど、1人でお願いします」
「ありゃ日和(ひな)ちゃん風邪でも引いた?」
「いえ。萌花が東京のほうに行っているんで日和(ひな)のみでお願いします」
「あ。そうなんだ。了解了解」
ぼくって身体弱いとみんなから思われるよなー、と日和は思っていた。
(実際毎月1回学校を休んでいた。6月にバスケ部に入ってから休まなくなった)
ちなみに日和は多分今まで床屋さんで髪を切ってもらったことは無い!(*28)
(*28) 小さい頃、父親が連れて理髪店に行き、
「この子の髪もお願いします」
と言ったら
「済みません。理容師が女の子の髪を切るのは禁止されているので、美容院に連れて行ってあげてください」
と言われてそのまま帰ってきた。
「なんでこの子は男の子ですと言わないのよ」
「いや何となく」
ということで母親が美容院に連れて行くと何の問題もなく切ってくれた。とても女の子らしい可愛い髪型にしてもらった。
「可愛すぎる気がする」
「まあいいんじゃない?小さい内は」
などと言っていたが、“小さい内”だったはずが10年ほど続いている。
8月20日(土) 18:30-21:30.
ΛΛテレビで昔話シリーズの夏休み3時間スペシャル、アクア主演『竹取物語』が放送された。18:30からという設定は、このドラマは子供も見るだろうから、子供が最後まで見せてもらえるギリギリの時間帯という選択である。18:00から始めると最初のあたりを見逃す人が相次ぐと思われた。
アクアがちゃんと、かぐや姫を演じているのでホッとしたと言われる。
「車持皇子(くらもちのみこ)あたりだったら見るのやめてた」
などという声もあった。
基本的に男役のアクアにはあまり需要がない。
その車持皇子(くらもちのみこ)はキャロル前田が演じていたが、
「いかにも嘘つきっぽくて適任」
「でもこの車持皇子のデタラメ話だけで、映画が1本作れる」
という評価であった。
(昔からこの話は劇中話に留めるのはもったいないと言われている)
物凄く多数の人物が出て来て、しかも大物が続々出てくるので
「このドラマどんだけ予算掛けてるのよ?」
などという声もある。
主役級の役者・タレントのカメオ出演が物凄く多い。
「でもみんなアクア主演だから出てくれたんだろうなあ」
という声もあった。
クライマックスの月の使者を帝の軍隊が待ち受けるところは多数の兵士が並んでいて、
「凄い大規模な撮影したんだな」
と言われたが、実はこの場面はCGである!
『黄金の流星』で多数の国の軍隊がグリーンランドに集結した様子をCGで生成したのと同様の、まほろばグラフィックスの力作である。現在はコロナのせいで人間のエキストラを使うと感染防止対策で1人あたり10万円以上掛かる。2000人のエキストラを使うと2億円以上掛かり、それよりはCGにした方が、まだコストが抑えられるし、他の出演者に感染させる心配も無い。そもそも制作側の意図通りに動いてくれる。このCGは6月頃から制作していた。
単純コピーではなく、ひとりひとりの動作タイミングが微妙にずれているし、ひとりひとりの体型、着けている装備の色あせ具合も全員違うので、あまりCGっぼく見えないのがこの会社の技術の高さである。
結末に関しては
「まあこういうのもありかもね」
という意見が大半だった。
結構「最後泣いた」と言っていた人も多かった。
「松田理史とくっつくかと思ったのに」
という声もあった!
「これ劇場の大画面で見たい」
という声もあり、放送局では劇場での公開も検討することにした。
この『竹取物語』が放送された8月20日、アクア本人は特別休暇をもらい、彩佳たち3人と松田理史、今井葉月と桜木ワルツ+比奈、も八王子の家に集まり、8+1人で、
“龍虎たちと西湖の誕生を祝う会”
を開いた。
3つのケーキを並べ、2つには21本、1つには20本のロウソクを差して火を点けふたりのアクアと葉月が各々“団扇で扇いで”消した。
(ケーキのロウソクを息で吹き消すのは§§ミュージック内部で禁止されている)
この日は田代夫妻がたくさんお料理を作って差し入れしてくれた。
ワルツは最初の乾杯に参加しただけで、比奈と一緒に客室に移動。後は7人だけでパーティーをした。ワルツの部屋には竜崎由結が食事を適当に取って持って来てくれた。
パーティーでは、どうしてもアクアたちが中心になる所を宏恵が葉月に振ってくれて、葉月も充分楽しむことができた。でも葉月も21時にはワルツと同じ部屋に引っ込み、ゆっくりと過ごした。
アクアたち6人は夜遅くまでおしゃべりしている。
「このままずっと話していて疲れて龍たちが眠ってしまい今夜はセックス出来ないようにしよう」
などと桐絵が言っている。
「だけど最近新たにアクア“双子姉妹説”というのが出て来ているみたいね」
「“双子姉弟説”は昔からあるじゃん」
「いや“姉弟”じゃなくて、ひょっとして“姉妹”なのではという話なのよ」
「ほう」
「姉弟説の弱点は、ふたりがたとえ双子でも姉弟ならホルモンの作用でどうしても体型に差が出るはずだという問題なんだよね」
「うんうん」
「ところがふたりが姉妹であればどちらも女性ホルモンの影響を受けるから、同じ体型になることもありえる」
「ふむふむ」
「元々アクアは『男の子みたいな声は声色です』と言っていた。それが事実なのではないかと。つまりアクア姉妹は2人とも女の子の声で声質もよく似ているけど、声色で男の子の声も出せる」
「へー」
「だから2人は男役・女役を固定しているわけではなく、体力に余裕があるほうが出演している。だからこんなハードスケジュールをこなすことができるし、撮影の時は1時間交替とかで出演している。2人並ぶ場面は実際に2人が並んで撮影されている」
「事実じゃん」
「もうそれが正解ですと認めていいのでは?」
「ぼくは男だよー」
とM(みちお)。
「彩佳さんの見解は?」
「そうだなぁ。龍はちんちんもたまたまも無いし、おしっこは女の子の位置から出るし、ヴァギナもあるけど、自分は男だと主張しているみたいですねー」
「ちょっとぉ」
「婚約者の証言により、“双子姉妹説”は正しいことが証明されました」
と桐絵は言った。
F(ふじえ)が拍手していた。
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【春一】(3)