【春歩】(6)
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(C) Eriko Kawaguchi 2022-12-09
6月6日(月).
春貴が橋口教頭に土日の結果を報告し、3位の賞状を見せると驚いていた。
「3位と北信越大会進出は素晴らしい」
「準決勝は負けましたし、順位決定戦はコロナによる不戦勝ですけどね」
と春貴は言ったが、横田先生が
「準決勝の対戦相手、高岡C高校は春の大会の優勝校です。そこと1点差のゲームをしたのは凄いですよ」
と口添えしてくれた。
「女子バスケットボール部の練習場所については再度早急に検討しよう」
と教頭は言ってくれた。
部員勧誘だが、絵心のある舞花がポスターを作り、生徒会の許可を取って廊下の掲示板に貼った。愛佳は放送原稿を作って放送部に頼んで校内放送してもらった。
「女子バスケットボール部では新加入部員を募集しています。今なら先着7名まではベンチに座れます(←晃が女子選手になる前提!)、女子バスケ部はインターハイ予選で3位になりました。みんなの力でウィンターカップ予選では優勝して東京体育館に行きましょう!なお、あまり運動神経無いけど興味あるという人はマネージャーになりませんか?主としてスコアを付けたり用具やユニフォームの管理、連絡事項の記録、雑用などのお仕事です。うちの部ではユニフォームの洗濯とかはありません。マネージャーは性別も不問です」
女子バスケット部の練習については、当面の処置として、昼休みに第2体育館を使ってもよいという許可が出た。
本来、H南高校の部活は平日の各学級での終わりの会が終わった後、18時までと限定されており、早朝・昼休み、また土日祝の活動は大会などの場合を除いて原則禁止である。しかし女子バスケットボール部は、北信越大会出場という快挙を成し遂げたので、特別に17日までの2週間限定で昼休みに練習することを認めてもらった。
部員の勧誘は個人的にも進めた。
まず河世が、中学のバレー部で一緒だった同学年の津田秋奈(162cm)と1年先輩(2年生)の砂井梨央(163cm)を勧誘した。2人とも、この学校には女子バレー部が無いので、どこにも入っていなかったのだが、「県大会で3位になるようなチームならバスケットしてもいいかな」と言った。
そして夏生が従妹の2年生・山口一恵(158cm)を勧誘した。彼女は中学時代は水泳をしていたが、H南高校には水泳部が無いので、手芸部に入っていた。でも何か運動したいと思っていたらしい。夏生は「顧問の先生はインカレや国体にも出た元水泳選手だよ」と言って勧誘した!ほとんど関係無い気がする。彼女はバスケ未経験だが、水泳をしていたので身体能力は高い。
更に美奈子が友人の藤永弘絵(154cm)を「マネージャーでもいいから」と言って引き入れた。彼女は中学時代は陸上部に入っていたが、陸上部ではあっても100mのタイムが18秒で、中学では400mに出してもらう他は駅伝要員だった。上り坂要員をしていた。彼女はスピードは無いがスタミナはあるタイプである。中3の時は上り坂で10人抜きをしている。但し最下位の30位から20位への浮上である!
「自分の力では高校陸上ではみんなに迷惑かけるだけ」
と言って陸上部には入らず、JRCに籍だけ置いていた。でも実際には全く部室に顔を出しておらず幽霊部員だったという。彼女は春貴が副担任をしている1年3組の子である。
新入部員は6月7日(火)の昼休みに第2体育館に集めたのだが、個人的に勧誘した4人に加えて「ポスターを見て」と言って、2年生の子が来た。菓子弥生(かし・やよい)である。松夜が手を振っていた。同じ中学の出身ということだった。彼女は中学時代は弓道部だったらしい。この高校には弓道部が無いこともあり、これまでは部活はしていなかったという。でも何か運動してみようかなと思って来たという。
「名前と苗字をよくひっくり返されて記載されます」
「えっと“菓子”が苗字だよね」
「はい、そうです。でも“子”の字が付いてるから、そちらを名前と思われることがよくあるんですよ」
「弥生という苗字もあるもんね〜」
春貴は友人の呉羽大政(現ヒロミ)などの類いだなと思った。
ちなみに“菓子”は富山県では、たまに見る苗字である。
入部する5人に自己紹介してもらった後、4月から居るメンバー8人の紅白戦を少し見学してもらった。すると、その途中、体操服を着た背の低い子がもじもじとした感じで入ってきた。メンバーの中で1年生の数人はその子を知っていた。春貴も授業をしているので知っていたが、面白い子が来たなと思った。
愛佳が
「入部希望者さん?」
と声を掛ける。
「あのぉ、放送を聞いたんですけど、マネージャーとか、まだ募集してますか?」
と可愛い声で言う。
「うん、OKOK。大歓迎だよ」
と愛佳が言うと
「良かったぁ」
と言う。
「じゃこの部員名簿にクラス、名前と生年月日に身長、出身中学を書いてね」
と言って登録用紙を渡す。
その子は“1年2組 吉川日和 2006.9.22 148cm T中学”と書いた。
「名前の読み方は、“ひな”ちゃんかな?“ひより”ちゃんかな?」
「“はるかず”と読むんです」
「まるで男の子みたいな読み方するね」
と愛佳が言うと、その子は真っ赤になって俯いている。
それで同じクラスの五月が言った。
「その子、少なくとも学籍簿上は男子なんですよ」
「え〜〜〜!?」
「だって女の子にしか見えないのに」
「ごめんなさい。やはり女でないと駄目ですか?」
「そんなことないよ。マネージャーは性別関係無いから。ぜひ入って」
と愛佳。
「ありがとうございます!」
と彼女、じゃなかった彼は、嬉しそうに言った。
春貴は、この子、千里さんに「女の子にしてあげようか」と言われたら、女の子になってもいいかなあ、とか言いそうと思った。
彼(彼女?)の加入で女子バスケ部員は14人になったのである。県大会までの範囲なら14人全員ベンチに入れる。晃と日和も選手登録したとしても!
(バスケットは本来ベンチ入りは12人までだが、都道府県大会以下では15人までベンチに入れる大会が多い)
春貴は横田先生に頼んで新加入の6人をバスケットボール協会に登録してもらい、またスポーツ保険にも加入させた。またすぐにこの6人を含む14人を記載した北信越大会の登録名簿を作成して、主催者にFAXした。新規加入部員はマネージャーの日和以外は誕生日順に登録したので登録はこのようになった。
4 谷口愛佳 153 PG
5 高田舞花 159 C
6 山口夏生 154 SF
7 竹田松夜 155 PF
8 原田河世 165 C
9 鶴野五月 152 PG
10 綾野美奈子 158 SG
11 高田晃 168 PF
12 砂井梨央 163 F
13 菓子弥生 161 F
14 山口一恵 158 F
15 藤永弘絵 154 F
16 津田秋奈 162 F
17 吉川日和 148 Manager
日和をマネージャーとしてエントリーシートに記入したので晃は選手にしておいた。小柄で華奢な日和は、いかにもマネージャーというのが説得力がある。
コートネームは3年生2人の独断で次のように定められた。
4 谷口愛佳 ラブ
5 高田舞花 ルツ
6 山口夏生 サマー
7 竹田松夜 パイン
8 原田河世 キュー
9 鶴野五月 メイ
10 綾野美奈 ビナ
11 高田晃 ルミ
12 砂井梨央 ペア←梨
13 菓子弥生 マーチ←3月
14 山口一恵 ワン←one
15 藤永弘絵 イド←wide
16 津田秋奈 タム←autumn
17 吉川日和 デイ←日
ちなみに日和は本当は“はるかず”と読むということは、みんなから速攻で忘れられ“ひより”ちゃん、更に短縮して“ひよ”ちゃんと呼ばれるようになった。女の子っぽい呼ばれ方をするのが本人も快適っぽかった。彼は教室では概ね“吉川さん”と呼ばれている。彼を“吉川君”と呼ぶ子は居ない。
この日、昼休みは既存メンバー8人の紅白戦とその見学だけだったが、放課後は、旧美術室に集める。
新規加入メンバーは、美術室というので、そこでルールの説明とかでもするのかと思ったようである。ところがそこでドリブル練習とシュート練習をするというので、仰天していた。
「こんな所で練習してるんですか」
「まあ体育館が空いてないから仕方ない」
「先生、宝くじ当てて
専用体育館を建てましょう」
「ドリームジャンボ買ったよ」
「当選金はいくらですか?」
「一等前後賞当たったら5億円。だから連番で買った」
「当たるといいですね!」
なお、日和には取り敢えずバスケットのガイドブックを渡して、基本的なルールを勉強してもらった。彼(彼女?)を練習のサイクルに入れると邪魔になってしまうのでやむを得ない。
新規加入メンバーは、最初は美術室でバスケの練習なんてと当惑したものの、その濃厚な練習に驚いていた。
「これ結構きついです」
「疲れたら休んでね。部活は楽しく」
「そうそう。辛かったら続かないもん。楽しいから部活するんだよ」
「無理して故障したら元も子もない」
それで新規加入メンバーの中でスタミナのある弘絵以外はかなり休みながら練習していた。ても雰囲気が明るいので
「なんか楽しいから続けてもいいかな」
と言っていた。
元バレー部の2人は
「さすが県3位になるチームですよ。練習の密度が濃いです」
「かなりやる気が出て来ました」
などと言っていた。
17時半くらいで切り上げて、(日和も含めて)終わりのジョギングに出る。
「ぼくがヒヨちゃんには付いてますから、先生は他の女子の後尾に付いてください」
と晃が言うので、日和は彼に任せて、春貴は他のメンツの最後に付いた。最後尾を走るのは、元陸上部の藤永弘絵である!
「練習の最初じゃなくて最後にジョギングするって変わってますね!」
「だって、最初にジョギングしたら疲れて練習できないじゃん」
「女子バスケット部って、なんかイメージしてたのと違う」
「思った。北信越大会に行くなんて、凄い厳しい練習してるかと思ったのに」
「今は根性漫画とかの時代じゃないよ」
それでジョギングコースを走っていたら、焼肉店跡の所で何か工事中のようである。工事用のシートが掛かっている。
「背の高い建物みたい」
シートの高さから見て4階建てくらいの高さがありそうだ。
「何かのビルかなあ」
「工場とかかも」
「コンビニではなさそうだ」
「残念」
「でもビルができて1階がコンビニかもよ」
どうも何とかコンビニができて欲しいようだ。
「でも昨日ジョギングした時は何も無かったのに」
「今日から工事始めたのかもね」
「今日一日で足場を組んだんでしょうね」
「仕事が速いですね」
折り返し点では晃と日和が到着するのを待ってから出発した。
「ごめんなさい」
「ノープロ。こちらは休めていい」
それで帰りもゆっくりと走って戻った。
6月7日(火).
日本水泳代表で、フランスのカネ・タン・ルシヨン (Canet-en-Roussillon) で合宿していたグループはいよいよハンガリーに入国。ホードメゼーヴァーシャールヘイ (Hodmezovasarhely 正確には Hódmezővásárhely. (*30)) に移動した。
カネ・タン・ルシヨン近郊のペルピニャン・リヴサルト (Perpignan-Rivesaltes -PGF) 空港から、ムーランのA330で、ブダペストのリスト・フェレンツ (Liszt Ferenc -BUD) 空港に移動。そこからバスで3時間ほどかけて到着した。
ここはハンガリー南部の都市で人口は5万人ほどである。
(*30) őはウムラウトëではなくダブルアキュートő. 長音を表す。
6月8日(水).
H銀行の一部社員が主導して4月下旬から行われていた「女子社員のボトム自由化」の署名が、全社員の6割にも達したことから、この日の役員会で議論が行われ、ボトムは自由化されることになった。
但し、女子だけスカートでもスラックスでもよいとするのは不公平であるとして、男子社員の制服もスカート・スラックスどちらでもいいことになった。
ただ、社員は全部で3000人ほどおり、すぐには全社員分は用意できないので、生産が追いつき次第、女子でスラックスを希望する人、男子でスカートを希望する人に支給するということになった。移行は恐らく8月頃まで掛かる。
女子でスラックスを希望する人は、女子社員の2割ほど出たが、今後また希望者が増える可能性はある。男子でスカートを希望する人が3名おり、彼らは男子用スカート制作のモデルになってもらい、詳細な体型の採寸をし、幾度かの試着を経て7月中旬に支給された。
スカートを本人か希望したし、またちゃんと似合うようなデザインで制作したことから、彼らのスカート姿には全く違和感が無く、それを見て今後男子のスカート制服希望者がまた出るかも知れない。
「本当に男性向けスカートという感じ」
と彼らの同僚の声。
「多分女の子になりたい男の子はこのスカートは穿きたくないと思う」
と彼らは言っていた。
なおH銀行では「女になりたい男」「男になりたい女」については、以前から一定の条件を満たしている場合は移行希望する性別に沿った制服の着用を認めている。
「ぼくスカート穿こうかなあ」などと言っていた、投資課の花畑係長は「女房の許可が下りなかった」と言って、残念がっていた。でも制作するだけ制作してもらい(スカート勤務に切り替えた3人には含まれない)、試着している所を投資課のメンバーには披露したが
「格好い〜〜い!」
という声が多数であった。
「そうか。男性のスカートは格好いい路線に行けばいいのか」
「男の娘なら可愛い路線だろうけどね」
「だってスコットランドのキルトみたいなもんだよ」
と係長本人。
「確かに。キルト穿いてる男性に違和感は無いですもんね」
男子スカート解禁の情報は、もちろんその日の内に瑞穂から真珠に伝えられた。
「くーにん、性別に関わりなくスカート穿けるんなら、くーにんもスカートにしたら?」
「でも“お姉ちゃん”は女子行員なのでは?」
「女子はもちろんスカート穿いていいよね?」
「俺、自分の性別が分からなくなって来た」
6月9日(木).
春貴が6月4日に申し込んでいたD級コーチ講習会はコロナの蔓延が酷いため中止になったことが発表された!新たな講習会は10月に行われる予定である。
この日の女子バスケ部の練習で終わりのジョギングをしていたら、焼肉店跡に工事中だった建物が姿を現した。
「体育館ができてる!」
「でも3日くらいでできてません?」
「仕事速い!」
春貴はこれって播磨工務店さんの仕事ではと思った。それ以外にこんな短時間で体育館を建てられる工務店を知らない。普通ならこの規模の体育館を建てるにはPC(プレキャスト・コンクリート)工法でも1ヶ月は掛かる。
実は播磨工務店は“熔接”の必要が無いので仕事が早い。彼らの腕力で鉄骨と鉄骨を合わせてぎゅーっと押しつけるとくっついてしまい、熔接より丈夫である。
「市か県の施設か何かでしょうかね」
「何だろうね。体育館を新築するみたいな話は聞いてなかったけど」
「どこかの企業の体育館かなあ」
「この付近で専用体育館を持つほどスポーツの強い企業ってどこだろう?」
そして体育館が建ったその隣のスペースに今度は同じくらいの高さの骨組みが作られたようで、工事用シートが掛かっていた。
「そちらは何だろう」
「宿舎か何か作るのかも」
「きっとそちらにはコンビニがあるよ」
やはりコンビニが出来てほしいようだ。
6月10日(金).
日本水泳代表でアンドラ公国で合宿していたグループもハンガリーに入国した。バスでバルセロナに移動し、ムーランのCRJ700でバルセロナ=エル・プラット空港(BCN)からリスト・フェレンツ空港(BUD) に移動。そのあとまた、バスでホードメゼーヴァーシャールヘイに移動した。
(アンドラ公国には空港が存在しない)
6月11日(土).
遙佳と歩夢はこの日の午前中、母の運転する車(インサイト)で、輪島市の中心部まで出て来た。来週から歩夢の中学で水泳の授業が始まるので、そのためのスクール水着を買いに来たのである。
スクール水着くらいS市でも売っているが
「世間体が・・・」
という母の声で、わざわざ輪島まで出て来たのである。
(歩夢が女子用スクール水着を買っていても誰も変には思わないと思う。男子水着を買おうとしたら止められると思う)
遙佳はついでである!
広詩はゲームしてると言った。
なお、昨年は歩夢は「水泳の授業には出ない」と言ったので水着も買わなかった。実際全て見学で押し通した。小学校の時もずっと見学で押し通しており、歩夢はこれまで人前で水着姿になったことは無かった(ことにしておく)。
遙佳も歩夢もごく普通の、Tシャツにスカートという格好である。普通に姉妹にしか見えない。この日は、歩夢が遙佳と一緒に女子トイレに入って行くのを母は黙認した。あくまで黙認であり、認めた訳ではない。
まずは、価格の安いコスモのGSで満タン給油してから、しまむらに行き、歩夢の水着を選ぶ。お店の人に測ってもらったら
「微妙ですけど、来年も使われるのでしたらMが良いかも」
と言われて、Mサイズを買った。
水着は普通の服と違い水中で伸びるので、あまり大きすぎるサイズだと恥ずかしいことが起きる危険もあるので、なかなか難しい。
サイズに融通の利くセパレート型にした。これは構造的にセパレートなだけで、パッと見た目はワンピース型とあまり見分けが付かない。よく見ると境界線がある(女子の水着姿を“よく”見ては、いけない)。なお、セパレートでもお腹が露出するタイプは禁止である。
遙佳の高校では水泳の授業は無い。それで代わりに(普通の衣服の)ワンピースを1枚買ってもらった。
その後、コメリに行き、布団の上に敷くクールパッドとタオルケットを買う。また掃除機が最近調子悪いので、新しいのを1個買った。100円ショップのダイソーとポピアを梯子し、昼食用にファミィの中のパン屋さんでパンを買う。最後にクスリのアオキに行き、冷凍食品とお肉を大量に買った。持参の発泡スチロールの箱2つに入れ、氷点下タイプの冷却剤も入れてS市に帰った。冷却剤は、来る時はアルミの保冷バッグに入れて持って来ている。
「何でも高くなってるから、アオキかゲンキーでないと牛肉なんて買えない」
などと母は言っていた。
発泡スチロールの箱の内1つはレストラン用の買い出しである。
「最近、牛肉料理がめったに無いよね」
「プーチンのせいよ」
6月12日(日).
一週間延期されていた、インターハイ富山県予選女子決勝が、高岡S高校の体育館で行われた。
濃厚接触者となっていた富山B高校のメンバーには、幸いにも陽性者は出なかった。順位決定戦に涙の辞退となった高岡S高校は、迷惑を掛けたお詫びといってこの日は会場を提供したし、部員たちがTOやモップ係を務めて大会に貢献した。
試合は高岡C高校が20点差で快勝し、インターハイ本戦進出を決めた。高岡C高校は富山県大会春夏連覇である。
6月12日(日)夕方。
H南高校の橋口教頭は積もり積もっている書類を片付けるため、土日も出勤してきて作業をしていた。
19時頃、いいかげん帰ろうと思い、無理矢理仕事を切りあげて帰り支度をする。
昼休みに買っておいたケーキを冷蔵庫から出して、戸締まりをして職員玄関を出た。それで校門の方に向かっていたら、いきなり何かに飛び付かれた。
「わっ」
と声を挙げて、思わず荷物から手を離してしまった。
あーっ!
ケーキの入った箱も落としてしまった。
見ると飛びかかったのは野良猫のようである。教頭は怒って近くに落ちていた石を拾うと、そのネコめがけて投げ付けた。
ところがコントロールが悪くて、その石は野良猫には当たらず、その先の旧美術室の柱に当たった。
すると・・・・
旧美術室が、ガラガラと音を立てて、崩壊してしまった。
うそーー!?
石がぶつかったくらいで崩壊するもん!??
教頭は“ブラジルの1羽の蝶々が羽ばたいただけで、テキサスで竜巻が起きることもある”(*31)という話を思い出した。
「取り敢えず帰ろ」
と言って、教頭は、旧美術室が壊れたのには、気付かなかったことにして校門を出て帰宅した。
(*31) エドワード・ローレンツという気象学者が1972年に講演で述べたもので、“バタフライ効果”(butterfly effect) と呼ばれる。自然現象は非常に複雑に絡み合っているので、小さなできごとにより、何かの閾値(しきいち)を超えることで、大きな事象の引き金になることもあるという話である。
例えば2000万m
3= 20兆cc までの貯水に耐えられるダムに 19兆9999億9999万9999cc の水が既に貯まっていた時、ほんの2ccの水をそこに加えただけで、ダムの貯水能力を超えてダムが決壊し、大洪水を引き起こす可能性はある。
だからダムは大雨が予想される時は、予め“放水”してキャパを空ける。
閾値(しきいち)というのは本当に怖い。そして思わぬ結果を生み出す。
60年ほど前、長崎県佐世保市では貯水池の堤が大雨で決壊して水害を起こしたが、貯水池の水が流出して無くなってしまった結果、深刻な水不足が発生した。
金属製のハンガーの首を鴨居に掛けるのに何度も曲げているとその内ポキリと折れてしまう。あれも歪みの蓄積が限界を超えることで起きる。「ちょっと曲げただけなのに」と思うが、そこまでたくさん歪みが生じていて耐えられる限界に近づいていたのである。
閾値は社会的な現象でもよく現れる。
よく、ささいなことから口論になり刺し殺した、みたいな事件が報道される。なぜその程度のことで?と思うが、そこに至るまで我慢に我慢を重ねていたからこそ、その小さなことで限界を超えて殺人事件が起きてしまう。
この夜も、既に限界に達していた美術室が、教頭のぶつけた小石で閾値を越えて崩壊したのだろう。
(長い言い訳)
6月13日(月).
朝登校してきた先生が旧美術室が崩壊しているのを発見し、取り敢えずコーンを立てて「立入禁止」と書いた紙を貼った。
教頭は出勤してきてから、自分に何か訊かれるのでは?とドキドキしている。教室ひとつ壊したと分かったら、始末書かなあ、進退伺いまで出さなくてもいいよね?などと考えている。そんな不祥事起こしたら校長にはなれないかも?
生徒たちも登校してくると、何が起きたのだろうと遠巻きに見ている。3年生の愛佳は人だかりができているので見に行くと、旧美術室が壊れているので
「私たちの練習場所が!」
と悲鳴を挙げた!
「大事なものとか置いてた?」
と生徒会長さんが愛佳に尋ねた。
「たぶん無いとは思うけど、練習ができないよう」
「なんで崩れたんだろうね」
朝8時、H南高校に、女性用のビジネススーツを着た村山千里、やはり紳士用のビジネススーツを着た徳都縦久(こんな格好のじゅうちゃんは珍しい。たいてい作業服か、よれたジャージなどを着ている)が訪問してきた。2人はちょうど職員室に居た校長に
「うちの社員がクレーンを倒してしまい、おたくの学校の教室を壊してしまった」
と謝罪した。
「そちらの重機ですか!」
「昨日までこの近くで建設作業をしていたのですが、作業が終了したので、今日の早朝から工事器具の撤去作業をしていました。クレーンを運んでいた社員がクレーンを倒してしまいまして(本当は抱えて飛んでいて、うっかり落とした)」
「クレーンはすぐどけましたが、万が一にも中に誰かいないか心配で。取り敢えず人数を集めましたので、すぐにも瓦礫の撤去作業をさせたいのですが」
と千里は言う。
「それは何時頃ですか?」
「4時頃なんです。一応近くに居た社員で声を掛けたり、生体センサーとかで探した範囲では反応は無いのですが」
「分かりました。すぐ作業お願いします。うちの職員とかも手伝いますよ」
教頭は思わぬ展開に、これなら実は自分が壊したことはバレないかもと期待した。
それで工務店の作業員だけでなく、男性教師や、運動部の男子部員なども手伝い、瓦礫の撤去作業をする。単純な木切れやコンクリート片の類いは工務店が持って来たダンプに積まれた。
瓦礫の中からバスケットリングが3つ出て来て、これは愛佳に預けられた。愛佳が大事そうに抱きしめる。
播磨工務店の社員が40-50人も入って作業したことから、撤去作業は1時間ほどで完了した、
「誰もいませんでしたね」
「良かった」
「まあ実際午前4時に誰かいたら空き巣くらいでしょうけどね」
播磨工務店は、旧美術室と一緒に壊してしまったフェンスはあっという間に修理してくれた。
「校長先生、補償の話をしたいのですが」
「でしたら、教頭と、あの建物を使っていた、バスケット部の顧問さんにも同席してもらいましょう」
ということで、播磨工務店側が千里と徳部、学校側は、校長・教頭に、横田先生、春貴が入り、6人で話し合う。
「あの教室は何に使われていたのですか?特別教室ですか?」
「元は美術室だったのですが、今はその用途には使っていなくて、バスケットボール部が練習に使っていたんですよ」
「バスケットの練習に使うのなら、天井は高かったんですね」
「いやそれが4メートルしかなくて」
「ロングシュートがぶつかるじゃないですか」
「他に空いてる所が無くて」
「でしたら、お詫びに体育館1個建てましょうか?」
「いや、そんな大きなものを建てると校庭が狭くなってしまうので」
千里は少し考えるようにしてた。
「だったら、先日から、この近くで、うちが建てていた体育館をそちらで自由に利用できるようにしましょうか」
「もしかして、あの焼肉店跡に建てていた体育館ですか?」
と春貴が訊く。
「そうです。11日に完成して昨日検査が終わり、播磨工務店からフェニックス・エステートに引き渡されました。ま、どちらも経営者は私で、引き渡しは書類上のものなんですけどね」
「あの体育館はどこかの企業か何かが使うのに建ててたんですか?」
「いや、実はうちの工務店の若手の技術研修のために先輩社員が指導して作らせていたんですよ。建てたのは若手ですけど、きちんとベテランの社員が監督していますから、手抜きや欠陥は無いことを私が保証します。ただ撤去作業をしている最中に事故を起こしてしまって」
と千里は申し訳無さそうに説明する。
亡霊の住処(すみか)だなんて言えない!
「なるほどそういうことでしたか」
と校長は納得している。
教頭は「この展開なら自分が壊したことはバレずに済むかも」と思っている。
「事故を起こした奴は罰として去勢しますから」
と徳部は言っているが
「去勢は可哀想です。許してやってください」
と春貴が言った。
春貴は、九重さんなら、ほんとに去勢くらいしかねんと思って止めた。
「そうですか?まあこちらさんが言うなら今回だけは許してやるかな」
「するとその体育館をこちらに貸して下さる形ですか」
と教頭は、後ろめたい気持ちを隠しながら言った。
「はい。自由に使って下さい。管理人は24時間居るようにしますから、24時間365日使っていいですよ」
管理人には実は、おキツネさんを数人(数匹?)雇う予定である。報酬は、油揚げの載った氷見うどん食べ放題!
「一応、うちは部活は終わりの会の後18時までなのですが」
と横田先生。
「体育の授業とかにも使っていいですか?」
と校長が尋ねる。
「どうぞどうぞ。ただ、バスケットボール部の練習場を壊してしまったお詫びなので、できたらバスケットボール部優先ということで」
「分かりました。ちなみに借り賃は」
「もちろん無料で」
「1年くらい?」
「永久に無料でいいですけど、念のため1年更新にしましょうか」
「それがいいかも知れないですね」
「ほかに確認したいのですが、あの教室に先生や生徒さんたちの私物はありませんでしたか?」
と千里が尋ねた。
「おそこに、奥村先生が個人で買った、ドリブル練習用のウッドカーペットがあったのですよ。多分床などと一緒に壊れたのではないかと」
と横田先生が言う。
「それは申し訳無い。いくらくらいのですか?」
「1万円のを3枚です」
「でしたら、それは今現金で補償しましょうか」
「そうしてください」
と横田先生が言うので、千里はその場で現金で春貴に3万円渡した。春貴はすぐに受け取りを書いて渡した。
「生徒の私物は無かったはずです」
「良かった」
その後、この6人で体育館を見に行った。
歩いて行ける距離だが、諸事情で、千里が持って来ているエスティマに全員で乗っていく。
「学校から400mくらい離れてるかな」
「生徒はここまでウォーミングアップで走ってくればいいね」
「ここは市道ですよね。一応街灯はあるようですが、もし学校側で市に働きかけて頂けたら、うちの費用で街灯を追加したりガードレールを設置したりしてもいいですが」
「それは市に話してみます」
「お願いします」
体育館の敷地は幅が40-50m, 奥行きが100m近くありそうである。前面がアスファルト舗装の駐車場になっており、ドア開閉スペースのための隙間がある、U字型の駐車枠が多数描かれている。
「一応普通車用の駐車枠を50台分引いています。大型を駐める時には適当に」
「なるほど」
「黒いアスファルトに白線ですから、夜間も見やすいと思います。一応ライトはセンサー式のものが立っていますが」
「ああ、立っているライトはセンサー式ですか」
「はい。照度計が750LXを切った状態で人や車が居るのを感知したら点灯します。また、夕方17時から20時までは強制的に点灯しています。このあたりの照度基準や時間帯は設定変更可能です」
「21時までがいいかも。あの付近暗いから防犯に」
「ではそうしましょう」
と言って、千里はスマホにメモしている。
「750ルクスといったらどのくらいですかね」
「晴れてる日の日没7分前(*32)、曇ってる日の日没20分前くらいの明るさですね」
「それなら充分でしょうね」
「運用してて、もう少し水準上げたほうがいいかもと思ったら管理人に言ってください」
「分かりました」
(*32) この数値はJAFがおこなった実験で測定されたもの。測定は(2021年?)11月4-5日に行われている。詳細は↓
https://bit.ly/3Wln1OH
中に案内する。
「あれ?思ったほど広くない」
「これは2つの体育館を並べて建てているんですよ。法的な問題で(*33)建物としては1つの建物になっていますけど」
と言って、千里は図面をプリントしたものを全員に配る。
「不思議な構造ですね」
と校長や教頭は言ったが
「これ火牛北体育館と似た仕様てすね」
と春貴は言った。
「そうそう。体育館は二重壁になっています。コロナが落ち着くまでは内壁の窓を全て開放しておき換気をよくしますけど、外壁があるから練習の音が外に響かないです。内壁と外壁の間の通路では強制換気するので、空気が内壁の外に出て行きます」
「なるほどー」
(*33)ひとつの筆には建物はひとつしか建ててはいけない(一敷地一建物の原則)。この原則の例外となるのは、倉庫・浴室棟・プロパンガス室・管理人室などの“付属する”建築物の場合。学校の付属体育館もこれに準じる。
この“火牛・氷見南体育館”の場合、学校の体育館同様、一体の建物であるとの主張は可能と思われるが、面倒を避けるため、屋根と壁を繋ぎ、間違い無く一体の建物にしている。
「コロナが終わったら、二重壁が音響にいいので、ライブとかするのにもいいんですよ。この外壁はロックウールを使用した防音壁で、内壁は適度の反響がある音響壁になっています」
と千里は言うが、ここに音楽の先生とかが居ないので、よくは分からないようだ。
「それなら、近隣から苦情は出ないでしょうね」
と校長先生が言っている。
「ひとつのフロアに2コート取れるようにするのではなく、わざわざ2つのフロアに分離したのも感染拡大防止のためですね」
「です。場所を共用しないというのが、感染拡大防止の基本です」
「徹底してますね」
「火牛アリーナさんは感染拡大防止対策に物凄くお金を掛けてますね」
エレベータで2階に上がる。むろん階段でも上がれるが、エレベータを使うのは諸事情!による!
「生徒は階段だな」
と横田先生が言っている、
↓2階図(フラミンゴ)
「手摺りが高いですね。それにアクリル板ですか」
「手摺りは2階で運動していても転落の危険が無いよう、高さ2mで作りました。刑務所に入ってる気分かも知れませんが。手摺りの隙間は子供が転落しないと言われる15cm間隔です。ミニバス用の5号ボールが直径22cmだからボールもすり抜けないはずです。透明の板はアクリルではなくポリカーボネイトです。アクリルは火事になった時に有毒ガスを発生するんですよ。ポリカーボネイトなら大丈夫なので」
「有毒ガスというのは考えてなかったなあ」
「アクリルのほうが安いし、透明度が高いので」
「ああ透明度ですか。これでも充分透明だと思うなあ」
「左右に控室が1つずつですか」
「試合をする場合に対戦チームがひとつずつ使えるようにですね」
「そうか。そのためにエレベータがわざわざ2個あるのか」
「はい。相手チームと呉越同舟にならないよう2個です」
「でも若いもんは階段を使ったほうがいい」
「この2階席をぐるっと1周走れば1階のゲームに影響無いですね」
「1周は102mですよ」
「じゃ約100mで計算しやすいですね」
「あれ?トイレは両方とも女子トイレですか?」
と教頭が言う。
「試合をする時に両方女子チームだと、小便器があるのはまずいので。男子チームの場合も、個室を使ってもらうということで。トイレは基本的にその隣の控室を使うチーム専用です。ま、一応1階には小さな男子トイレ・女子トイレもありますが」
「あまり観客を入れて試合をすることは想定してないんですね」
「火牛北体育館と同様に、練習用の施設ですね。今はどっちみち客は入れられませんし。コロナが終わったら観客席とトイレを増設するかも知れません」
校長たちは
「なるほどー」
と感心していた。
千里は補償は補償として、お詫び金として学校に100万円払うと言ったので、これは寄付金として処理することになった。きっとその方が書類が簡単になるのだろうと千里は思った。学校側としても元々あの旧美術室は取り壊す予定だったので、うやむやにした方が色々助かる。実は教頭先生も助かる!!
教頭が何か胸が痛むような顔をしているのは何だろう?と千里は思った。
そういう訳で、この日から、男女バスケットボール部は、練習場所をこの“火牛・氷見南体育館”(愛称“Fire birds”:氷見市の語源は“狼煙”(のろし)を見る“火見”だったという説もある)に移すことになったのである。昼休みの第2体育館での練習は北信越大会まで限定で先週同様認めることになった。
2個ある体育館のうち、女子がフラミンゴ、男子がピーコックを使うことにした。坂下君が
「だって“コック”ってチンコだろ?Pもペニスだし」
と言ったのは、女子から非難されていた!
「だったら女の子はプッシーカント?」
と言った五月は蹴りを食らっていた。
「暴力反対」
「君のコートネームはプッシーか、カントにしようか?」
「やめてー。除名される」
しかしバスケット部はそもそも男子でも、これまで体育館でハーフコート分しかもらえてなかったので、今までは試合形式の練習ができなかった。フルコートで練習ができるのは嬉しい、という声が多かった。
「これ床がフローリングじゃないみたい」
「タラフレックスだよ。学校の体育館とかは何種類ものラインが引かれていてどれがどの競技のラインか分かりにくいじゃん。これは本来のフローリングの上にバスケット専用のラインを引いたものを載せている。タラフレックスを交換すれば、バレーとかバドミントンの専用コートにも変身する」
と春貴は説明した。
「へー!初めて見た」
「ウィンターカップ本選に行けば、東京体育館の床もこれと同じタラフレックスが敷いてあるよ」
「ぜひそこでプレイしたいですね!」
旧美術室から回収した3個のゴールリングだが、「これ使い道無いですかねー」と愛佳が言ったら、
「取り付けましょう」
と播磨工務店の徳部が言い、愛佳が取り付けて欲しい場所を伝えた。
↓フラミンゴ2階図(再掲)
左右の2個はロングシュート練習用、真ん中のはミドルシュート用である。
「これネットは美術室が壊れた時に破れちゃったのかな」
と千里さんが言うが
「いえ、最初から無かったんです」
と愛佳は正直に言う。
「バックボードは?」
「それも無かったんです」
「あなたは正直者だ。あなたにはこの純金のゴールを」
「いえ鉄のゴールがいいです」
「了解了解。じゅうちゃん、何か適当な板とかネットとか“あれ”とか持って来て」
「了解です」
と言って、彼は30分ほどで板、ネット、フェンスおよび多少の部材を持って来た。
千里さんがゴールにネットを結び付け、徳部さんが板をバックボードのサイズ (f80cm×105cm) に切り、黒いシートを貼り付けた上で、外側の線と内側の四角(ウィンドウ 59cm×45cm)の白線を引く。彼がハケを使いフリーハンドでまっすぐの線を引くので凄いと思う。
と思ってたら少し曲がった!
「ごめん」
「その程度問題無いです」
ゴールをボードに取り付ける。そのボードに2本のアームを取り付ける。一方でフェンスを板一枚介して床に固定し、更に板一枚介して壁にワイヤーで留める。正確に高さを測定してバックボードのアームをフェンスに取り付けた。
「アームが曲がって高さが合わなくなったら、この紐を引っ張って調整して」
「分かりました!」
結構原始的っぽい。
「でもゴールを壁に直接は取り付けないんですね」
と愛佳が言った。
「そりゃそうだよ、ゴールを建物の壁に直接取り付けたら、その振動に壁が耐えられない。建物の壁とは別の物に取りつけるのが常識」
と千里さんは言った。
愛佳と舞花は無言で視線を交わした。
『ひょっとして旧美術室は実は、毎日数百回のシュートの振動に耐えきれずに崩壊寸前になっていたということは?』
「はい」
と言って千里さんが美奈子にリモコンを渡した。
「これバックボードのアームのリモコンね」
「これで使わない時は壁に寄せておけばいいんですね」
と美奈子は答えながら、なぜスティックが2本なのだろうと思う。
「2本のスティックは各々左右のアームに対応してるから、片方だけ引き出すことで、ボードが斜めになって、斜め方向からのシュート練習ができる」
「すごーい!!」
「狭い場所でシュート練習するための工夫だよ」
「なるほどー」
「でも千里さん、随分お金が掛かっている気がするけど」
と春貴が心配して言う。
「板とかネットとかフェンスはその辺に転がってるの持って来ただけだし、リモコンアームは材料費3000円程度だよ。みんなの練習場所を壊したお詫びで」
「なんか10倍くらい返してもらってる気が」
と愛佳。
「ウィンターカップ頑張ってね」
「はい!」
「でもわらしべ長者みたい」
と夏生が言う。
屋外のゴール1個
↓
屋外のゴール4個+ウッドカーペット3枚
↓
旧美術室+ドリブル練習レーン
↓
体育館の一部を一時的に借りる
↓
実質専用の体育館
「君たちが頑張ったからだよ」
この新しい体育館で、春貴は各々の部員に次のような練習を課した。
美奈子:3Pシュート・ドリブル走!
夏生:3Pシュート・1on1
松夜:ミドルシュート・1on1
河世・晃・舞花:ランニングシュート・1on1・リバウンド
愛佳・五月;ドリブル走・パス・1on1
梨央・秋奈・ミドルシュートとリバウンド
弘絵・一恵・弥生:ミドルシュートとドリブル
日和:ルールのお勉強、時々ジョギング
ドリブルの練習をする子たちには、相手選手に見立てたコーンを置いた所を避けてジグザグに走る練習もだいぶさせた。
横田先生は春貴に言った。
「播磨工務店さんから頂いたお金の一部で女子のユニフォームを作りましょう」
「え?今のと変えるんですか?」
「いや、そうじゃなくて。今女子は白1セットと、濃緑1セットのみですよね」
「はい」
「男子は白・紺2セットずつ持ってるんですよ」
春貴はすぐ意味が分かった。
「1日2試合ある時に確実に着替えられるんですね!」
「そうなんです。女子は今までいつも1回戦で負けてたから1セットで足りていたのですが」
「それはすぐ作りましょう」
これはすぐにスポーツ用品店に制作を依頼した。
制作には1ヶ月ほど掛かるので、北信越大会には間に合わないが、来月の地区リーグでは使えそうである。
6月13日(月).
歩夢が通うN中学校では、今年最初の水泳の授業が行われた。
もっともN中はプール施設を持っておらず、近くのG小学校のプールをこの日の午後借りることになっている。12時台に1年生、13時台に2年生、14時台に3年生、ということで歩夢は13時台である。
更衣室としては、G小学校り空き教室を2つ(男1女1)使わせてもらう。それでこの日はこのようなスケジュールになっていた。↓は脱衣/授業/着衣
J1 1140-55 1200-55 1300-20
J2 1240-55 1300-55 1400-20
J3 1340-55 1400-55 1500-20
歩夢たち2年生は早めに給食を食べ、12:30に中学を出て5分ほどでG小学に入る。そして男子は2階の教室、女子は3階の教室で水着に着替える。1年生女子が教室の後ろ半分に荷物を置いていたので2年生は前半分を使用した。
歩夢は例によって、中学に登校するとすぐ女子制服に着替えている。女子制服を着ているので、自然に他の女子と一緒におしゃべりなどしながらG小に向かい、彼女たちと一緒に3階の教室に入った。
誰も歩夢の行動に疑問を持った女子は居ない。しかし水着に着替える時に、同じ教室に居る女子たちの熱い?視線を受けた。歩夢はそんな視線に全く気付かないかのように、セーラーブラウスを脱ぎ、ブラジャーを外し(熱い視線)、水着のトップを着たが、ヒバリが
「よく育ってるよね」
と言って生バストに触っていた。(ヒバリは朝にも生バストに触ってるのに!)
その後、歩夢は制服のスカートを穿いたままショーツを脱いで、水着のボトムを穿いた。それからスカートを脱いだ(肩透かし!)。
でも肌にピッタリした水着のボトムを見て「本当に付いてないみたい」と囁く声があった。
そけで歩夢は他の子と一緒にシャワーゾーンを通ってプールサイドに出た。
水泳の授業は、A:ターンできる人、B:25m泳げる人、C:10m以上泳げる人、D:10mも泳げない人、と4つのグループに分けられた。Aは7-8レーンで好きに泳いでということになり、Bは5レーンでターンの練習をする一方、6レーンでは自由に泳ぐ。Cは多くは泳ぎ方に問題があったり息継ぎがうまくできてない人なので、クロールの型の確認をし、息継ぎの練習をする。そして息継ぎの時に体勢が崩れないようになどといった注意があり、3-4レーンで練習する。
歩夢は当然Dに入る。Dは桜原先生(女性)が指導する。最初は1レーンで端に捉まりバタ足の練習からである。歩夢は先日少し真珠に手ほどきを受けたおかげでバタ足が割としっかりしていた。
「川口さんはビート板に行こうか」
と桜原先生に声を掛けられ2レーンに移動してビート板につかまり足だけで泳ぐ練習である。それが結構沈まずに進めるので、授業の後半ではビート板を使わずに泳ぐ練習に進んだ。
それでこの日は最長不沈距離13mを達成した。
「川口さんは次回はCクラスだね」
と桜原先生に言われた。
「え〜?でも13mは1度だけですぅ」
「次はきっと20m泳げる」
と先生は言ってから、
「川口さんはフォームはきれい。でも筋力が無いから力尽きて沈む。あまり筋肉付けたくないのかも知れないけど、普通の女の子ても、もう少し筋肉はあるよ。川口さんは多分筋肉付けても女子の筋肉の付き方がするから、男っぽくなることは無いよ。今の筋肉では腕立伏せはできないだろうけど、腹筋とか少しやってごらんよ」
と言っていた。
授業が終わった後はまた3階の教室に戻り、水着から制服に着替える。水着に着替えた時以上に熱い視線があるが、歩夢は気にしない振りをする。
歩夢はまず、水着を上下とも脱いだ(周囲の強烈な視線!)。
何人か、腕を組んで見ている子もある。
歩夢はそんな視線に全く気付かないかのように、バスタオルで身体を拭き、ショーツを穿く。それからブラジャーを着けて、セーラーブラウスを着る。最後にスカートを穿いた。
歩夢はヒバリ・ツバメとおしゃべりしながら着替えたのだが、ヒバリもツバメも着替え用のバスタオルを使用した。歩夢も着替え用のバスタオルは先日水着と一緒に買ってもらったが
「使わない方がいい」
とツバメが言い、ヒバリも賛成したので、恥ずかしかったが、裸体をさらけ出して着替えた。歩夢が完全に女の子の身体であることをみんなに見せた方が女子と一緒に着替えることについて反感を買わない、というのが2人の意見だった。
「隠したら絶対怪しまれるもん」
ということで歩夢は全裸になって着替えたのである。
それで靴下と靴を履いて、みんなと一緒に中学に戻った。
とても平穏な1日であった。
6月15日(水).
歩夢は2度目の生理が来た。
数日前から下腹部が痛かったし、前回の生理から28日経つので、そろそろかなと思い、一昨日くらいからずっとナプキンを付けて生理用ショーツも穿いていた。結局ジャスト28日で来た。女の子って身体にカレンダーを内蔵してるんだなあと思った。
女の子って大変だけど、頑張る!と歩夢は思った。
6月16日(木).
2:27、S市では震度2の地震があった。
この地震自体は大したことなく、深夜でもあるので気付かなかった人も多かったのだが、後から考えると3日後の地震の前震だったと思われる。
歩夢はまた夢を見ていた。
目の前に川が流れていたが、橋は架かっていなかった。歩夢は時代劇のお姫様のような格好をしていたが、おもむろに刀を抜くと、そばに生えていた竹を縦にまっ二つに斬った。きれいに割れたなと思った。そして歩夢はその半分になった半円状の竹を2本、川に渡した。
「これで安心して川を渡れる」
と思ったら、その橋の上を、アリが行列を作って渡って行っていた。アリたちが「道が短くなったね」と話していた。
朝起きてから、歩夢がトイレに行くと、またおしっこの出方に微妙な違和感があった。何?と思い、トイレを出て自分の部屋に戻ってから確認する。
「小陰唇が出来てる!」
既にできていた大陰唇の内側にもうひとつのシャッターが出来ていた。
嬉しい・・・これでもう完全な女の子だよね!
歩夢は涙が込み上げてきた。
この日、歩夢は女子制服を着て朝御飯の食卓に出て来た。そして母の前で宣言した。
「私、今日からはこの制服で登校する」
遙佳、そして祖母の薫がパチパチパチと拍手する。
「で、でも・・・」
と母はためらっている。
「もう衣替えから半月経ったもん。いいかげんちゃんと夏服にすべきよね」
と遙佳は言う。
母は少し考えた。そして言った。
「そうだ!上半身はその格好で、下半身はズボンにしたら駄目?」
「女子の夏服にズボンは無いもん」
「あれ、ズボンがあってもいいと思うんだけどねー」
と遙佳。
「この服にズボンで出て行ったら、校門の所に立ってる先生から叱られるよ。ちゃんとスカート穿いてこいって」
と祖母の薫も言う。
母はそれでも「うーん・・・」と悩んでいたが、歩夢は悩んでいる母を放置して「行ってきまーす」と言って出掛けてしまった。
そういう訳で、この日から歩夢は完全女子制服生活に移行したが、先生たちは誰も何も言わなかった。
クラスメイトたち(特に女子の大半)は
「やっと“正しい”制服を着て出てきたか」
と言った。その後、女子トイレや女子更衣室もごく普通に利用した。水泳の授業でみんなに全裸の状態を見せていることもあり、歩夢を女子として受け入れてくれる子は確実に増えて行った。
先生たちが何も言わないのは、歩夢の女子制服姿があまりにも違和感が無く、不自然さを感じないことが最も大きい。担任の先生などは校長との話し合いで女子制服の着用許可が下りたのだろうと思いこんでいる。何人かの先生は「確か4月に異装許可が出てたはず」と思っている:4月に正式に許可を取って1日だけ女子制服で過ごしたのが実は利いている。
その日の夕方、歩夢が自分の部屋でモーツァルトのフルート協奏曲1番をマイナスワン音源で吹いていたら、祖母が入ってきた。最後まで聴いてから拍手をするので、歩夢はカーテシーで応える。
「上手に吹くね」
「おばあちゃん、美術館のほうはいいの?」
「今日は少し頭痛がしたから、お母ちゃん(歩夢の母)に任せて帰ってきた」
「大丈夫?寝てたほうがいいよ」
「御飯食べたら寝るけどね。ふと思い出したことがあって」
「うん」
「あんた、金沢での展示会の後で、お人形さんの中に“プリエール・ヴィエルジュ”って子が居ないかと訊いたじゃん」
「うん」
「それはフランス語で“乙女の祈り”という意味だと言ったけどさ、よく考えたら“いのり”というのは、あんたの亡くなったお姉ちゃんの名前じゃん」
「あ・・・」
遙佳(はるか)は現在高3、歩夢(あゆむ)は中2であるが、本来はその間の高1になるはずだった姉:祷里(いのり)も居たが、死産だったのである。
「あんたは祷里と同じ誕生日だったし、亡くなったお姉ちゃんが、あんたを守ってくれているのかもね」
そうか。もしかしたら、お姉ちゃんが私に女の子の身体をくれたのかも、と歩夢は思った。
「お祖母ちゃんには見せてあげる」
と言って、歩夢は服を脱いで全裸になった。
「え〜〜〜〜!?」
Timeline
24朝 -Testicle ビスクドールが合体する夢
25朝 +Ovary 卵がお皿に載っている夢
27朝 -精嚢+スキーン線 セーラー戦士がラグビーボールみたいな物体を破壊
28朝 +卵管 トロンボーンの夢
5/1 -Prostate 兵士と天女の夢 吹奏楽の大会
5/2 +womb 風船の夢 女子更衣室初体験 ナプキンを買う
5/3 姉にブラをもらう。ホルモン中断
5/4 排卵(+14=5/18) 卵を産む夢
5/5 柱を埋めていく夢
5/6 おしっこが近くなったと言っている
5/8 短くなっていることに気付く
5/14 +Vagina 最終意思確認 ペニスが5mmサイズまで縮小。5/9 34mm 5/10 29mm 5/11 24mm 5/12 18mm 5/13 12mm 5/14 5mm
5/18 初潮 洪水の夢
6/01 2度目の排卵
6/03 +labia majora クレバスの夢
6/04 吹奏楽 一言主神社到達不能 アクアゾーンで泳ぐ
6/13 水泳の授業
6/15 2度目の生理
6/16 +labia minora 竹を割る夢 女子制服登校開始
1 2 3 4 5 6
【春歩】(6)