【春歩】(4)

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2022年5月20日(金).
 
バスケット女子日本代表の第1次合宿が終わり、オーストラリア遠征に行くメンバーが発表された。27名から一気に15名に減らされた。ここで佐藤玲央美は落とされたが、千里は残された。
 
「うっそー!?総合力では明らかにレオの方が上なのに」
「総合力の高い選手は多いけど、千里は特異だから残されたのだと思う」
「うーん・・・」
「頑張ってね。もし最後まで残ったらキャプテン確実」
「キャプテンはやりたくなーい」
「あはは」
 
ということで、千里(千里3)は5月21日から、オーストラリアに向かった。
 

5月21日(土).
 
アメリカで、WBDAのシーズンが“始まった”ものの、この日は1試合だけが行われ、他の試合は片方が出場辞退して試合としては行われなかった(辞退しなかった方(選手が最低5人居た側!)が 1-0 で勝利となる)。
 
コロナの状況が酷くて、とても試合が組める状況ではないようである。
 
次の試合の予定は未定ということであった。
 
千里(千里1)たちのスワローズは何とか開幕までに選手が7人まで揃ったものの、当面、試合は無さそうである。
 

その日の夕方、桜坂はお店を料理長の井原に任せて売上金を持ち、コンビニに行って、ATMで口座に入金した。父の代には銀行の夜間金庫を使用していたのだが、契約していた銀行から9月いっぱいで夜間金庫を廃止するという通知が来ていた。それで桜坂は売上金はコンビニのATMを使って口座に入金する方法を採ることにしている。
 
(夜間金庫の手数料がそもそも高い(月1万円程度)ので、近年経費節減のため、夜間金庫の契約をせず、コンビニのATMを使う商店が増えて、夜間金庫の利用者は激減している。それに伴い、犯罪も頻発していた夜間金庫を廃止する銀行が増えている)
 
コンビニを出た後、自宅に向かう途中、妻から「醤油が切れてるから買ってきて」と言われていたことを思い出す。妻は、全国メーカーの醤油は美味しくないと言い、地元の醤油製造所のものを好む。醤油が違うと料理の味付けが全く変わるので、醤油の味は結構重要な問題である。料理長の井原さんも、ここの醤油を使う。この醤油はスーパーに行かなければ売っていない(コンビニやドラッグストアには無い)ので、桜坂は近くのショッピング・センターに向かった。
 

醤油のついでに、食パンと明治チョコの大袋、ついでに金麦2本も買い、レジを出る。それで店を出ようとした所で、出入口そばにある、宝くじ売場のおばちゃんに声を掛けられた。
 
「桜坂さん、ジャンボ買った?」
 
御近所に住む紺村さんちのおば(あ)ちゃんだ。田舎はこういう付き合いが面倒臭いと思う。でも宝くじくらいはいいか。
 
「まだだった。じゃ1セットちょうだい」
「連番?バラ?」
「どうせ1等前後賞なんて当たらないからバラで」
と言って3000円出す。
 
「はい、どうぞ」
と言って、おばちゃんは1パック渡してくれた。
 
「でも1等3億円当たったらどうします?」
「そうだなあ。性転換手術と美容整形手術受けて、美少女に変身して櫻坂46にでも入ろうかな」
 
(↑放送局時代によく言ってた冗談)
 
「それ私もやりたい!」
「紺村さん、性転換して女の子になるの?」
「私は性転換したら男の子になるよ!ジャニーズに入ろうかな」
「それもいいかもね」
 
「でも私の兄の会社の同僚の人の従弟が去年1等前後賞当てたよ」
 
ほぼ他人じゃん!
 
「すごいね。性転換した?」
 
「性転換はしなかったけど、それを頭金に豪邸を建てたらしいよ」
「へー。凄いね」
と言いながら、無防備過ぎると思った。当たったことを従兄とかにまで話してしまうと、しばしば悲惨な結末になりがちである。宝くじの高額当選は、絶対に誰にも話してはいけない。話してよいのは配偶者だけである。特に親に知られると、物凄く悲惨なことになる。絶対に人間関係が崩壊する。それに家を建てるにも、それで全額支払うのではなく頭金って、ローンを払えるのか?
 
(↑多分住宅ローン減税狙い。現金で買うと減税対象外である)
 
それでお店を出たが、桜坂はこの宝くじをバッグの中に放り込み、きれいさっぱり忘れてしまった。
 

その日春貴は女子バスケット部の練習が終わった後、買物に行こうと思い、学校を通勤用のパッソで出てから、少し遠出(といっても5kmくらいだが)してマックスバリュまで行った。ひとり暮らしなので、食材の買い方がなかなか難しい。あまりたくさん入っているものを買うと、始末に困るので、お肉などもだいたい150gとか200gとかのパックを買っている。それにしてもロシアのウクライナ侵略開始以来、物がどんどん値上がりしているのには困っている。
 
取り敢えず1週間分くらいの食材を買って表に出る。ふと宝くじ売場が目に入った。
 
たまには買ってみようかな。
 
売場のおばちゃんに声を掛けた。
 
「今、何の宝くじ売ってます?」
「今ならドリージャンボやってますよ。いかがですか?」
「じゃ買っちゃおうかな」
「連番?バラ?」
「じゃ一等前後賞狙いで、連番で」
と言って3000円出す。おばちゃんが「はいどうぞ」と言って1パック渡す。
 
「やはり、当たったら大きいもんね。1等当たるといいね」
「ええ。1等前後書当たったら、それで自分専用の体育館建てようかな」
「そういう夢もいいね」
 

5月20日(金).
 
水泳のアジア大会・ユニバーシアードの代表はこの日、羽田からムーランエアーの所有機A330でスペインに飛んだ。水車マークの機体は見たことのない人も多く、搭乗前に写真を撮っている選手も多く居た。
 
ムーランエアーには元々はフライトアテンダントは居なかったのだが、A330を導入した時に6名採用しており(全員経験者。普段は郷愁・ミューズ・イムタのどこかでグラントホステス業務をしている)、今回の渡航には、全員投入された。
 

選手たちの多くは、グラナダ空港で、シェラネバダ行きのバスに乗ったが、一部の選手は降機せずに残るよう言われ、結局マルセイユ経由でフランクフルト・ハーン空港(*15)まで行った。そしてマルセイユで7人とハーンで13人(いづれもコーチ役の選手を含む)降りて、各々分離合宿となった。
 
津幡組の福山希美と広島夏鈴、同じ短距離選手でBB水泳部の吉岡さんと観鳥さん、ZZスポーツクラブの永井蒔恵、女子800mユニバ代表の田口さん(STスイミングクラブ)の選手6名、および臨時コーチを頼まれたZZスポーツクラブの七剣さんはマルセイユ・プロヴァンス空港(実際にはマルセイユから27km離れたマリニャーヌにある)で降りて、マイクロバスで30分ほど走り、マルセイユ郊外の邸宅に到着した。
 

(*15) フランクフルト・ハーン (Frankfurt-Hahn) 空港はフランクフルト・アム・マインから直線距離で100km, 道のりで125kmほど西にあるハーンという小さな村(人口200人:2000人ではない)にある空港である。元々はNATOのハーン空軍基地のあった場所だが、冷戦終了により1993年に基地は閉鎖。その跡地が民間飛行場に転換された。格安航空会社が多く利用している。
 
日本で“東京北空港”にしたいという意見もあった茨城空港は、東京から直線距離で80km, 道のりで100km ほど離れている。つまりこの空港にフランクフルトの名前を冠するのは、東京北空港より酷い。
 
なお距離がありすぎるとよく言われる仙台空港でも、仙台中心部から直線距離15km, 道のり20km程度である。
 
(福島空港はあれは多分“福島県にある空港”。福島市中心部とは直線55km, 道のり80kmほどある。また鹿児島空港は鹿児島市中心部から直線30km, 道のり40kmくらいである。さんざん批判されて新東京国際空港から改名した成田空港の場合は、東京中心部から直線55km, 道のり70kmであった:福島市と福島空港の関係に近かった)
 

「みなさん、お疲れ様です。ここの空港遠いですよね」
と邸宅から出て来た千里がにこやかに選手たちに言う。
 
「千里さん!ここは何かの施設ですか?」
と希美が尋ねた。
 
「ここは私の自宅のひとつ。この家の地下にバスケットボールのコートと、プールがあるので、そこで世界水泳の直前まで合宿していただこうと。でも今夜は遅いから、取り敢えず宿舎に案内しますね。詳しい説明は明日」
 
と言って千里は7人を邸宅の後方に建つ別棟に案内した。
 
「各々の部屋を合宿中、自由にお使いください。部屋の入口にお名前を書いています。1階に希美ちゃん、夏鈴ちゃん、蒔恵ちゃん、七剣さんのお部屋、2階に吉岡さん、観鳥さん、田口さん、のお部屋。1階と2階の間はエレベータでも階段でも移動できます」
 
(ここは女子ばかりなので“ゲート”は設置していない)
 

「名前呼びと苗字呼びの差は?」
と永井蒔恵が尋ねる。
 
「津幡組は身内だし。蒔恵ちゃんも一時期津幡に居たから、準津幡組ということで」
「うちの会長がそちらの会長と大バトルしたという噂が」
 
「最後は笑顔で握手したらしいからOKね」
と千里。
 
「部屋の中の最低限の説明をしておきます。夏鈴ちゃんの部屋をちょっと貸してね」
と言って千里は全員を部屋の中に入れた。
 
「お部屋にはお風呂とトイレが付属しています。湯沸かしケトル、電子レンジ、オーブントースター、IHヒーター、テレビ、パソコン、冷蔵庫、洗濯機、ご自由にお使い下さい。日本の雑誌も適当に揃えましたが、読みたい雑誌があったらリクエスト下さい。テレビはフランスの放送局のほか、日本のアベマTV・あけぼのTVなども映りますが、時差にご注意下さい。部屋ではWi-fiが使えます。暗号化キーは今お配りします」と千里は言って、全員にキーをプリントした紙と各々の部屋の鍵(電子キー)を配った。
 

「食事は朝昼晩、お部屋にデリバーしますが、お腹が空いたり、おやつが欲しい時は、いつでもそちらにある呼び鈴でお呼び下さい。スタッフがお届けします。日本のカップ麺や代表的なチョコ菓子も用意しています。欲しい食べ物や雑貨などがありましたら、可能な範囲で調達します。好みの生理用品は私宛てメッセをもらえたら、調達しておきます」
 
「一応この後、各部屋に今夜のお食事をデリバーしますが、食べずに寝る人はトレイごと冷蔵庫に入れておいて夜中に起きた時にチンして食べるといいと思います。明日の朝くらいまではもつと思いますが、お昼頃まで残っていたら捨てて下さい。こんな所でもったいながって、お腹を壊したら、いけません」
 
「こちらに控えておりますメイドは、フランス人のアナベルとロザリー(*16)です。呼び鈴を押したらどちらかとインターホンで話せると思います。日本語は分かりませんが英語は通じます。ドイツ語とスペイン語も話せます」
 
「明日朝9時にプールにお連れします。それまでゆっくりお休み下さい」
 
と言って千里はその日は出て行った。
 
(*16) アナベル(Annabelle) もロザリー(Rosalie) も、フランスではわりとありふれた女性名のひとつ。フランスでは近年まで、赤ちゃんの名前に使用できる名前のセットが定められていた(誕生日の守護聖人の名前の中から選ばなければならない:名前を聞いただけでフランス人には誕生日が分かる)ので、男性名も女性名も種類が少ない。
 
アメリカのフォークソング『テキサスの黄色い薔薇』に「You may talk about your dearest May and sing of ローザリー」という歌詞があるが、このローザリーは Rosa Lee で、名前はローザさん、リーは苗字である!
 

そして翌朝、7人をプールに案内し、1人1レーン割り当てるので、24時間好きな時に好きなだけ泳いでと言うと
「凄い環境!まさに合宿ですね」
と田口さんが感動していた。
 
「ま、これがいつも提供されているのが津幡組だね」
と永井蒔恵が言う。
 
「もしかして普段も専用レーンなんですか」
「うん。他の人は使わないから、いつでも好きなだけ泳げる」
「うらやましーい」
 
「欧米のトップクラスの選手もそういう環境で練習してると思う。Practice never tell a lie だよ。効率よく練習するのではなく、ふんだんに練習することが勝利への道だよ」
 
と永井蒔恵は言った。
 
「ま、疲れたら休んでね。プールは逃げてかないから、無理して溺れても責任持てないから」
 
「いつでも使えるという感覚があると、実は無理せず疲れたら寝るんですよ」
と希美が言う。
 
「その辺りも時間指定で練習しなければならない環境と、制限が無くていつでもできる環境との差だよね」
と千里は言った。
 

フランクフルト(実際にはハーン)まて選手たちを運んだA330だが、翌日、フランクフルト・ハーン空港からグラナダに回送。機体はここにしばらく駐機させてもらう。パイロットとフライトアテンダントの8人は、グラナダ郊外の千里の自宅に運び、ここで6月6日まで待機してもらう。
 
クルーの待機地として最初候補に挙がったのは、千里の自宅があるグラナダとマルセイユ、若葉の自宅(夫:紺野吉博の自宅)があるシュトゥットガルトであった。しかしマルセイユ空港もシュトゥットガルト空港も発着便が多く、駐機料も高い。また大きな都市はそれだけ感染確率が高くなる。それで地方空港で便数も少なく、人口も少ないグラナダを選択した。
 
(シュトゥットガルト 63万 マルセイユ 86万 グラナダ 23万)
 

千里のグラナダの自宅は元々10ベッドルーム(メイド部屋を覗く)の仕様である。1階にリビングと応接室、千里の自室、青葉(に割り当てた)部屋、2階に客室が8個ある。
 
↓グラナダの千里邸宅略図

 
(マルセイユの自宅もほぼ同じ仕様。選手宿舎の居室・寝室の区切りはアコーデオンカーテン。宿舎の窓は(自殺防止のため)填め殺しで開かない)
 
この2階の客室にフライトアテンダントの6人を泊めた。パイロット2人は、別棟1階に急遽部屋を2つ増築して家具を運び込み、宿泊できるようにした。この作業は播磨工務店の清川をスペインに送り込んで整備させた。客室が8個あるのだからパイロットもそこに泊めても良さそうなものだが、閉鎖環境で半月も暮らすと“うっかり不倫”してしまう危険があるので男女分離した。男性の部屋には選手同様テンガを配布したが「癖になったらどうしよう?」と言っていた。
 
待機期間中、感染防止のため、クルーも外出禁止である。でも庭でテニスやアーチェリーをしたり、体育館で卓球したり、部屋でゲームをしたり、フライトシミュレーターで操縦の練習をしたり(*17), プールの監視室で選手たちの練習を見たり、して過ごしていたようである。選手たちがひたすら練習しているのを見て「よくあんなにずっと泳いでられますね」と驚いていた。
 
グラナダでもマルセイユでも、コーチ役の人は、このレベルの選手たちには今更特に教えるようなことは無い。選手たちを見守るのが主な仕事になっているようであった。どちらも、自分でもかなり泳いでいた。
 
(*17) ムーランエアーはパイロットの資格を取りたい社員は、内部試験に合格すれば、年間最大2名まで、アメリカでライセンスを取ってくる研修制度がある。現在も2名(男1女1)派遣されている。
 

クルーは選手たちの練習を見学するのは自由だが、プールサイドには行かず、監視室から見学するように言っている。ひとりのフライトアテンダントさんが千里に尋ねた。この時、青葉もそばに居た。
 
「1階から2階にあがる階段と、地下に降りる階段が別の場所にあるのはなぜですか?」
 
「それは非常時に地下から階段を登って避難してきた人が、せっかく1階に辿り着いたのに、うっかりそのまま2階まであがってしまう危険を防ぐためです」
 
「やりそう!」
 
「ついでに、1階から2階や地下に行く時は階段は時計回り(右回り)、逆に2階や地下から1階に行く時は反時計回り(左回り)になるように作っています」
 
「あ、それ、なんで1階を境に逆になるんだろうと思ってました」
 
「人間は焦っている時は左に行くのが安心するんです。だから緊急時に避難する場合に、安心できる方角に移動できるようにしてるんですよ」
 
「なるほどー」
とフライトアテンダントさん。
 
「それで、そうなってたのか」
と青葉。
 
千里は青葉を見て言った。
 
「元々、西洋のお城とかは、2階・3階に行く階段は右回りに作られている。これは城を攻めてくる敵が右手に持った槍や剣を使いにくいようにするため」
 
「ああ」
と2人とも感心していた。
 

フライトアテンダントさんが地下に降りて行ってから、青葉は千里に尋ねた。
 
「昨日気付いたんだけど、私の部屋のお風呂って、部屋の枠組みから飛び出している気がするんだけど」
 
「ああ、それは面積を揃えるためだよ」
と千里は言った。
 
「揃える?」
 
「元々青葉の部屋は、私の部屋と同じ広さがある。専有面積12半間×6半間=72H2で浴室などを除いた居室の広さは10半間×6半間の60H2= 30畳。これに対して、選手を泊めている宿舎の部屋は、専有面積が7半間×9半間=63H2で居室は5x5+7x4=25+28=12.5畳+14畳=26.5畳」
 
「えっと・・・」
 
「だから本来の青葉の部屋は30畳あって他の選手の26.5畳より広い。でも私の妹だけ他の選手より広かったからアンフェアじゃん。だから仮設の壁を設置して居室を半間分・面積で5畳削った」
 
↓左側のオレンジ色で表示した部分が仮設壁で除外したエリア

 
(面積が、主人の部屋>選手の部屋>来客用の部屋>メイドの部屋となるように作られている。急遽作ったパイロットの部屋はフライトアテンダントを泊めた部屋と同じ広さ)
 
「これで青葉の部屋の居室面積は25畳になり、他の選手より1.5畳少なくなる。完全に同じにするのは難しいけど、妹の分が少ないのはいいだろうということにする。浴室は他の選手より少しだけ広いけどね。合宿が終わったら仮設壁は撤去する」
 
青葉は千里姉が図面をパソコンに表示させて説明するのを聞いて呆れた。
 
「ちー姉って、ほんとに“アンフェア”というのが嫌いだよね!」
 

「青葉はまた性別の再調査をされたみたいだけど、青葉は4歳、私は3歳で女の子になってるし、元々お母さんの胎内であまり男性ホルモンのシャワーを浴びてないから、許容範囲だよね。天然女子でも明らかに私たちよりたくさん男性ホルモンのシャワー浴びてる人たちが居る。顔見れば分かる」
と千里は言った。
 
青葉は後半は聞かなかったことにした。
 
「ちー姉って、3歳で女の子になったんだっけ?」
 
「3歳の七五三で女の子の和服着てお参りしたら、あら?変なの付いてますねと言われて、神社の人が、ちんちんを取って割れ目ちゃん作ってくれたよ(←ほぼ事実を言っている。但し“神社の人”は神職さんではなく神様!)。青葉は幼稚園に入る時の面接で、女の子として通園するなら、ちゃんと女の子になって下さいと言われて幼稚園の校医さんが性転換手術してくれたんでしょ?」
 
「2ヶ月後には、その説を若葉さんが人に言いふらしてそうな気がする」
 
「その話は、青葉の古いお友達の菊池(旧姓:小沼)早紀ちゃんから聞いたんだけど」
「え〜〜〜!?」
「だから青葉の古い友だちはみんな知ってるはず」
「うーん・・・」
 
「まあ若葉は、普通のことに関しては口が硬いのに、性別の件ではあれこれ勝手な噂をばらまいている」
「思う!」
 

5月21日(土).
 
この日から高校バスケット、インターハイの富山県予選が始まった。
 
H南高校女子バスケット部は“5月22日(日)”、朝から春貴の運転するキャラバンで、春季大会と同じ、福野体育館に向かった。今回、横田先生のアドバイスで、愛佳のお母さんをアシスタントコーチの名目でベンチに座らせることにし、それで一緒に体育館館内に入れることが出来た。
 
晃は、
「ぼく出場しないから背番号無しでいいのでは?」
と言ったものの
 
「マネージャーということにするんだったら、女子制服着てね」
と姉から言われて、結局背番号を付けたユニフォームでベンチに座ることにした。むろん今朝までに性転換手術は受けていないので、オンコートはできない!
 
代表者会議の時点で提出された選手登録簿では、晃は普通に選手として登録しているので、大会会場で頒布されたパンフレットにはH南高校の11番として高田晃の名前は掲載されている。
 
しかし春貴は今回、ちゃんと晃をマネージャーとして登録したエントリーシートを21日朝、大会本部に提出したので晃は実際オンコートできない(代表者会議後でも、選手とマネージャーの入れ換えは可能。選手追加は不可)。春貴は晃に予備の背番号の入っていないユニフォームを渡して着替えさせた。舞花と五月が悔しがっていた!
 

さて今回の大会の参加校は、女子では春より2校増えて34校である。
日程は、このようになっている。
 
21日 1回戦 6試合
22日 2回戦12試合
28日 3回戦 8試合
29日 準々決勝4
6/4 準決勝2試合
6/5 北信越大会出場順位決定戦+決勝
 
1回戦から出場:12チーム
2回戦から出場:18チーム
3回戦から出場:4チーム
 
そしてH南高校は、今回は1回線免除で2回戦からになったのである。
 

「1回戦免除って信じられない」
「春の大会でBEST16になったおかげだよ」
「春の大会より負荷が小さいから優勝を目指そう」
「頑張りましょう!」
 
そういう訳で、21日は朝の開会式に出る春貴とキャプテンの愛佳のみで行き、他の選手は21日はお休みで(特に許可をもらって体育館で練習していた)22日になって会場に向かったのである。
 
会場の更衣室は混むので、事前にユニフォームを着て、会場に入っている。
 
今日の対戦相手は1回戦を勝ち上がってきたチームだが、選手が6人しか居ない。
 
「うちと似たようなもんだ」
と夏生が言っていた。
 
しかし6人だけと言ってもさすが1回戦を勝ち上がってきただけあり、その6人が全員しっかりプレイする。
 
「向こうは明らかにうちよりたくさん練習してるな」
と舞花が言っていた。
 
勢いは向こうにあった気もするが、シュートの正確性でこちらが上回っていた、そして52-64で勝つことができた。
 
少人数チーム同士という親近感もあり、いい試合だったこともあって試合後はお互い握手して
 
「またやりましょう」
と声を掛け合った。
 

続きは来週である。
 
なお男子も今日の2回戦に勝って3回戦に進出した。
 
どちらもBEST16である!
 
「2大会連続でBEST16って、私たちわりと凄い?」
「うん。君たちは強い。頑張って優勝しよう」
「讃岐うどんですね!」
 

5月23日(月).
 
昨日の大会の結果を横田先生と一緒に教頭に報告したのだが、その時、そばに卓球部顧問の阪口先生が居た。
 
「女子バスケ部は練習場所が無いんですって?」
と阪口先生が言う。
 
「はい。でも旧美術室を今使わせてもらってるんですよ」
「ボールが天井にぶつかりません?」
「ぶつかります」
 
「今週いっぱいだけで良ければ卓球部の練習場所を半分貸しましょうか」
「え〜?いいんですか?」
「うちは団体戦敗退しちゃったんですよ。再来週に個人戦がありますけど、今週だけ・半分だけなら貸してもいいですよ」
 
「嬉しいです。貸して下さい」
と春貴は言った。
 
「阪口先生、旧美術室に卓球台並べる?」
と横田先生が言う。
 
「あ、それもいいね。男子は1回戦で負けたから、男子を旧美術室に放り込もう」
と阪口先生は笑顔で言った。
 
男子は1回戦敗退、女子は3回戦敗退だったらしい。
 

現在H南高校の体育館は、部活でこのように使用している。
 

 
卓球部は現在、第2体育館の約3分の2を使用しているが、その半分、端側を1週間だけ貸してくれるという話なのである。端側には折りたたみ式のバスケットゴールがあるので、それを引き出すと約18m×12mくらいのエリアでバスケットの練習ができる。偶然にも旧美術室の面積とほぼ同じである。ただし天井は10mほどある。
 
そしてそこに通常置いている卓球台3組をこの1週間は旧美術室に持ち込み、卓球部の男子たちが使うことになった。
 
これは先生同士の話し合いで決まったのだが、愛佳と舞花は、卓球部の男子部長さんの所に挨拶に行った。
 
「ああ、ええよ、ええよ。俺たちはまだ個人戦まで2週間あるしぃ、今週は狭いところで調整するわ」
 
「すみませーん」
 
しかし津幡まで行かなくても校内の体育館で練習ができるというのは嬉しかった。
 
それで女子バスケット部員は、この1週間は、ミドルシュート練習/ドリブル走/1on1という3組を10分交替で回して練習したのであった(美奈子と夏生は旧美術室の外でロングシュート練習をしている)。非常に満ち足りた1週間だった。
 
「あんたたち休まんの?」
と卓球部員女子が声を掛けたが
 
「折角練習場を借りたのに休むなんてもったいないです」
と言って、熱心に練習していた。
 

5月17,20,23日。
 
フランスLFBのプレイオフ準決勝が行われた。
 
千里が所属するマルセイユは、初戦を落としたものの2戦目を勝って勝負は3戦目にもつれこんだ。
 
しかし第3戦を激戦の末落としてしまい、今季千里たちのチームは3位で終了した。
 
これで千里2Bの今季のフランスでの活動は終了するが、2Bとしてはそのままフランスに留まるつもりである。
 

千里1は、その日、チームメイトのエマ(カナダ国籍)に誘われて、銃砲店に来た。エマ曰く
「コロナがまだ終息しそうにないから、銃は持ってないとダメだよ」
ということである。
 
このあたりのアメリカさんの感覚というのは、いまいちよく分からない。(2020年以降、アメリカでは弾丸の売上が急増しているらしい。アメリカでは弾丸はスーパーのワゴンに大袋に入って売られている)
 
しかしアメリカは国土が広く、911番(日本なら110番)掛けても警察が到着するまで数時間かかることもあるので銃による自衛は必須というのは理解する(でもさすがに最近の学校乱射事件とかを見ると、もう少し何とかならんかという気もする)。千里も以前は市街地のアパートに住んでいたが、感染確率の低い場所を求めて2020年にフィラデルバーグ郊外の1エーカー(1200坪)の土地を買い(アメリカでは、エーカーが土地売買の基本単位らしい)小さな家を建てて住んでいるので、自衛の必要性は感じていた。
 
「でも私グリーンカード持ってないよ」
「でも旅行者じゃないでしょ?」
「さすがにビザは取ってる」
「じゃ大丈夫だよ」
 
それで銃砲店に行くと、自分は永住者ではないと申告する。
 
「アメリカには何年住んでんの?」
 
「2017年の4月からですから5年になります。但し、ずっと住んでる訳じゃなくて、だいたい夏はアメリカ、冬はフランスに居るんですけどね」
 
「ああ、フランス人さん?」
「いえ、国籍は日本です」
 

「ふーん。色々複雑だね。ビザ見せて」
というので、千里がパスポートのビザ欄を見せると
 
「あんた凄いビザ持ってるね!全然問題なし!」
と店主さんに言われた。
 
「私にも見せて」
とエマからまで言われるので見せると
「オーグレイト!」
と感動していた。
 
実は以前はスポーツ選手に発行されるPビザを使っていたのだが、東京オリンピックで銀メダルを取り、個人成績でもスリーポイント女王になった。それでビザを更新しようとした時、身元を確認された上で、あなたなら“Oビザ”が取れますよと言われた。それで嘘でしょ?と思いながらも申請したら通ってしまったのである。それで千里は現在、トップアスリートのみに発行されるOビザ(有効期限3年)を持っているのである。
 
「ビクトリア、WNBAに行けるのでは?」
「それフランスリーグとシーズンがぶつかるから駄目」
「ああ、もったいない」
 
「それにどう考えても、WNBAに行くとあまり出場機会がもらえないから、それよりたくさん出場できるリーグがいい」
「それはあるよね〜」
 

それで銃を選ぶ。
 
店主さんは
「護身用なら絶対リボルバーですよ。オートマチックは日々メンテしてないといけないから、いざという時に故障で発射できなかったということがあるんです」
と言う。
 
「リボルバーだったら、まず故障することはありませんから。だから警官は昔はみんなリボルバーでした。最近は警察の仕事場がほとんど戦場化して、犯人が強力な銃持ってるから、警官はベレッタのオートになりましたけどね」
 
と店主さんは最後の方は怖いことを言っている。それでコルト・パイソン?を取り出してポンと叩いたら、いきなりバラバラになって落下した。店主さんが「オー、ヘル!」とか言って、足で蹴って!テーブルの下に隠す。
 
「ま、たまに壊れることもあるけど、めったに壊れませんよ」
などと言っている。
 

でもめったに使わないならリボルバーという意見には、千里も同意するのて。選択はリボルバーに限定する。
 
「エマも、リボルバー?」
「私は S&W M29」
と言って、大型のバッグから取りだして見せる。
「巨大だね!」
 
「.44マグナムだよ」
「恐ろしい!とてもそんな巨大な銃は持ちきれない」
と千里は言う。
 
「実際に使ったことある?」
「護身には使ったことあるよ」
「マジ?強盗か何か?」
 
「ボーイフレンドがさあ、今日は生理だからやめてと言ってるのに、無理矢理しようとするから、あそこに突きつけて、お股に穴開けて性別を変えてやろうか(*18) 穴が出来て、自分が入れられる側になると、よく分かるよと脅したら『ごめん』と言って謝ってた」
 
「恋人間でもレイプはよくないね」
「全く全く」
 
「でも、彼氏に銃を奪われたりしたら?」
「指紋認証の安全装置付けてるから大丈夫」
「ああ、これがそれか。万一彼も銃を持ってたら?」
「その時は銃撃戦だね」
 
「世界的に報道されるようなことはやめてね」
 
(*18) きっと映画『9時から5時まで』(1980)のドラリー(演:ドリー・パートン)のセリフ。原文は「I'm gonna change you from a rooster to a hen with one shot!」。字幕は「一発撃ち込んで性別を変えてやる」と出ていたが、直訳すると「一発撃ち込んで、あんたを雄鶏(おんどり)から雌鶏(めんどり)に変えてやる」。
 

「でもビクトリアは小さいのがいいの?」
「大きいと持ち歩くのも大変だもん。小さいバッグにも入る小型のかなあ」
 
「小型のリボルバーと言ったら、このあたりかなあ」
と言って、エマはJフレーム(*19) の拳銃 S&W bodyguard Model 38 を取ってくれた。
 
「軽いね!」
「アルミ製だからね」
「へー」
「14.2oz(約400g)ですよ」
と店主さん。
 
「試射してみます?」
「そうですね」
 
それでその銃を持って試射室に行く。弾丸を込めてもらい、耳保護用のヘッドホンを着けて、千里はその銃で5発撃ってみた。
 

「あぁん、やはり慣れてないから1発外しちゃった」
と千里は言ったが、エマも店主さんも無言である。
 
「ビクトリア、5発の内の4発が、ド真ん中に命中しているのだが」
「でも1発はひとつ外側の円に当たっちゃったよ」
「普通、的(まと)自体にもなかなか当たらないのに」
「え?そうなの?でも私、シューターだし」
と千里が言うと店主さんは
 
「シューター!?あなた射撃の選手ですか?道理で凄い腕だ。だったら、こんなちゃちな銃では不満でしょう。ぜひ、これをお持ちなさい」
 
と言う。それで渡されたのは同じJフレームであるが、 M60 というタイプである。
 
「さっきのより重い」
「そんなに重くないと思うけど」
「22.9oz(650g)ですよ。あなたの腕力なら大したことないでしょ」
 
さっきのM38はアルミニウム・ボディだったが、これはステンレス・ボディである。他に次のような違いがある。
 
弾丸
M38: .38スペシャルのみ。
M60; .38スペシャルと.357マグナムの両方が利用可能。(*20)
 
アクション
M38: ダブルアクションのみ
M60: シングルアクションとダブルアクションのどちらもできる(*21)
 
長さ
M38: 6.6in (18.8cm)
M60: 8.7in (22.1cm)
 
定価
M38 $449 (\57,472)
M60 $899 (\115,072)
 
価格はほぼ倍である!(むろん千里にとっては大したことない)
 

「試射してみましょう」
と言われて、試射場に行く。
 
弾丸(.357マグナム!)を込めてもらい、耳を保護するためのヘッドホンを付けて5発撃つ。
 
「ワンダホー!」
「ブラーヴァ!」
 
ということで5発全部、中心の円に命中した。
 
「やはりアルミは軽すぎて安定しないんですよ。鉄のほうがしっかり狙えますよ」
 
「さっきのが軽くていいのに〜」
「あれは素人向けの銃です」
「私素人ですぅー」
「全弾命中させる素人は存在しません」
 

ということで、千里は S&W(Smith & Wesson) Model 60 をお買い上げになったのであった。
 
これで強盗が来ても安心?
 
もっとも千里なら、強盗くらい素手で倒せるはずだが?
 
更にその前に眷属が何とかするだろう。アメリカで千里をガードしている<さくちゃん>は
「この館に銃とか持って入ってきた強盗は、明日の日の目は見られませんから」
などと言っていた!
 
あのぉ、殺さないよね?
 

(*19) スミス&ウェッソンのリボルバー(回転式拳銃)は、銃の基本構造部分のサイズにより、幾つかのフレーム(frame)に分類される。これは、小さい方から、I,J,K,L,M,N である。特殊なものとして X,Z,C もある。但し現在Iフレームの銃は製造されておらず、最小がJになっている。千里が買ったM60や、日本の警察官が所持している"SAKURA M360J"など、M36系の銃はJフレームである。エマが持っていたM29は最大サイズのNフレームである。
 
“ダーティー・ハリー”ことハリー・キャラハン警部(演:クリント・イーストウッド)が使用していたのが、この M-29 .44 Magnumである(初登場は1971年)。またその影響と思われるが、『太陽にほえろ』のブルース刑事(演:又野誠治/初登場は1983年)が使用していたのもこの M29である。また、コメディ映画だが『ポリス・アカデミー』シリーズ(1984-1994)のタックルベリー巡査部長(演:デヴィッド・グラフ)が使用していたのも、このM29である。
 
ダーティーハリーの時代には.44マグナムをぶっ放す警官は“荒っぽい”警官だったのかも知れないが、店主さんが言っていたように、その後、アメリカの犯罪はどんどん凶悪化し、最近は犯人がマシンガンを持っているので、へレッタの自動拳銃でも対抗できなくなりつつあるらしい。
 
(*20) .38スペシャル弾と.357マグナム弾は、直径が同じで長さが違うだけなので、ひとつの銃で両方撃つことが可能である。但し.357マグナムを装填できる弾倉の長さが必要。.38スペシャルのみに対応した銃はこの長さが足りない。
 
(*21) リボルバーを発射するには、撃鉄を上げてから引き金を引いて撃鉄を打ち降ろす、という2つのステップが必要だが、これを実際に2段階で行い、引き金は純粋に撃鉄を打ち降ろして発射させるためだけの役割として使うのをシングルアクション、引き金を引くだけで、撃鉄を起こしてそこから勢いよく打ち降ろし弾丸を発射するという2つの動作を連続して行なうことのできるものをダブルアクションという。
 
通常リボルバーはダブルアクションで使用するが、シングルアクションに比べて引き金を引くのに大きな力が必要である。またどうしても発射までのタイムラグが生じる。それで、シングルアクションができる銃の場合は、極めて危険度の高い状況にあるような場合(目の前に不審な男が立っているとかの状況)では、予め撃鉄を起こしておき、小さな力で素早く発射するという方法を採ることができる。
 

5月25-26, 28-29日.
 
日本水泳代表遠征組で、シェラネバダで合宿していたグループの一部が、バルセロナ(Barcelona)および、カネ・タン・ルシヨン (Canet-en-Roussillon フランス) で行われた水泳大会 Mare Nostrum に参加した。
 
バルセロナ大会のみに出た選手(全員が選手権代表)は近くのアンドラ公国に移動して後半の合宿をする。一方、カネ・タン・ルシヨン大会に出た選手はそのまま同地で後半の合宿をする。また大会に参加しなかった選手も、カネ・タン・ルシヨンの合宿地に移動した。
 

 
移動はムーランのA330を使用し、グラナダからバルセロナ空港に飛んで、そこから直接カネ・タン・ルシヨンに入る選手はバスで移動している。また両方の大会に参加した選手はバルセロナ大会後バスでカネ・タン・ルシヨンに移動した。
 
一方、グラナダ、マルセイユ、パリ、フランクルト及び個人的に分離合宿している選手はそのまま合宿を続けた。
 

グラナダ組は滞在が長期になっているので、気分転換にグラナダ市内の名所をマイクロバスに乗って循環するだけ!という観光をした。基本的にはバスから降りないが、アルハンブラ宮殿だけは少し歩いた。
 
またグラナダ名物の、アラビアン・マーケットの商人さん(英語が分かる女性で、ワクチン2回接種済みの人)に来てもらって(更に念のため入口で陰性検査させてもらって)、アラビアンなグッズやアクセサリーなど買い求めたりしていた。一部リクエストのあったもの(洋服など)は後日持って来てもらった。千里や青葉もかなり買っていた。
 
グラナダにしても、マルセイユにしても、髪を切りたい選手があった場合は、頼んでおいた日本語の分かる美容師さんに来てもらって髪を切っている。
 
腹痛などの場合はある程度の薬も用意しているが、ドーピングに引っかからないもので徹底している。万一症状が重い場合は病院に連れて行くが、これもドーピング対象薬物に詳しい医師を日本水連を通して契約してもらっている。代表選手は、うかつに病院にも掛かれないのである(実際には病院まで行くケースは無かった)。
 
「あと、美容整形とか性転換手術を受けたい方は、合宿終了後にして下さいと言われてますから」
「ヨーロッパは性転換手術のレベル高そうだなあ」
「おっぱいの大きな美少女に変身してから帰国する?」
「あら、素敵ね」
 

5月28日(土).
 
H南高校女子バスケット部はインターハイ予選の3回戦に出るのにまた福野体育館まで来た。
 
試合は10時に始まった。相手は今度は15人の選手を揃えたチームである。ヘッドコーチが怖そうな先生で試合前から、選手を叱り飛ばしていた。松夜がその怒声を聞いてビビっていた。
 
しかしさすが(2回戦を勝って)3回戦に出て来たチームである。かなり強いチームと見た。相手チームの選手たちは、みんなよく練習している感じだった。
 
しかし!
 
H南高校の部員たちも頑張っていた。
 
相手はどんどんこちらの制限エリアに進入してきてランニングシュートで確実に得点していく。うちのチームの技術では進入を止めるすべは無い。またこちらは向こうの制限エリアには全く進入できない。しかしこちらは中に入れなくてもミドルシュートで点を取っていく。
 
向こうのヘッドコーチの顔が次第に厳しくなってきた。
 

多分向こうはこの試合楽勝と思っていたのではないかと思う。毎年1回戦で敗退していた学校である。最初は4〜6番の選手が出ていなかった。でも、なかなか点差が開かないことから、第1クォーターの途中でその3人を投入してきた。
 
ところがその3人を投入しても状況はほとんど変わらなかった!
 
結局、うちの選手のレベルでは、相手のスターターであれ、控え選手であれ、簡単にこちらに進入してシュートを撃てる。またこちらの選手は相手が上手くても下手でも、どっちみち中に進入できない。
 
結果的に強い人を投入しても、何も違いが無いのである!
 
相手はこちらのパスカットを狙ったり、持っているボールを奪おうとしてきた。しかしこちらはそもそもパス練習などしていない。その時間があったらシュート練習をしている。それで元々パスが下手なので!少々パスカットされても攻める回数に大きな変化は出ない。ボールを奪おうとした時に、こちらの動きが(素人に近いので)相手の予想通りとはいかず、ファウルになってしまう例が多かった。
 

そういう訳で、前半終わって、40-38とわずか2点差である。
 
ハーフタイムが終わって控室から出て来た相手選手の数人が手で頬を押さえていた。愛佳と舞花が顔を見合わせている。
 
「あれ殴られてるよね?」
「暴力反対」
 
第3ピリオド、向こうは異様に気合が凄かった。でも状況は変わらない!
 
相手のプレイが荒っぽくなり、ファウルが増える。
 
とうとう相手チームで最初から出ていた10番の選手が、5ファウルで退場になる。更にチームファウルがかさんで、向こうがファウルする度にこちらはフリースローをもらう。みんなミドルシュートをひたすら練習しているので、フリースローは高確率で決める。
 
それで第3クォーターが終わった時にはとうとう55-60と、こちらが5点リードする状態になっていた。
 
第4ビリオドに入り、9番の選手、12番の選手と5ファウルで退場になる。あまりのラフプレイに審判が相手のヘッドコーチを注意した。するとヘッドコーチが
 
「うるさい、このヘボ審判。うちのファウルばかり取りやがって。どこに目を付けてんだよ」
と言った。
 
一発退場を食らった!
 
更に退場を命じられて怒って審判に掴みかかろうとしたのを選手たちが必死で押さえた。
 

キャプテンがコーチを兼任する形で試合は続けられるが、キャプテンがみんなに声を掛けて、プレイは正常化した。
 
向こうのラフなプレイが無くなり、やっとまともなゲームに戻る。
 
しかしそれでも、こちらのプレイスタイルが離れてシュートする形なので、それをブロックしたり、或いはスティールしようとして、どうしても相手のファウルは起きる。さすがにこの後は退場者は出なかったもののファウルの度にフリースローをもらい、それもあって点数は競っていく。
 
最後はお互いに抜きつ抜かれつのシーソーゲームとなった。こちらが美奈子のスリーで85-86と逆転した時、時計は残り12秒だった。相手チームが速攻してくる。向こうのキャプテンがランニングシュートする。ボールはリングの上をぐるぐると回り・・・
 
外にこぼれた!
 
リバウンドを河世が取り、すぐにセンターラインの所に居る美奈子にパスする。そこから美奈子が遠くのゴールに向けてボールを投げる。
 
でもボールが美奈子の手から離れる直前にブザー!
 
そしてこのシュートが入っちゃった!
 
シュートした本人もびっくりしていた。
 
無論この“ゴール”はノーカウントである。審判がゴール無効のジェスチャーをしていた。
 
整列する。
 
「86-85でH南高校の勝ち」
「ありがとうございました!」
 
愛佳が向こうのキャプテンに握手を求めると、向こうは「ごめんね」と謝って、それから笑顔を見せた。それで両者、健闘を称え合った。
 
なお、向こうのヘッドコーチ(顧問)は半年間の試合指揮禁止という重い処分が下されたらしい(つまり10月のウィンターカップ予選で指揮を執れない)。
 

でもこれでH南高校は3回戦を突破、何と準々決勝に進出したのである!
 
「準々決勝って雲の上の世界と思ってた」
「君たちはその雲の上まで来たのさ」
「すごーい」
「さあ、優勝して讃岐うどん食べに行こう」
「頑張りましょう!」
 
横田先生に連絡すると、ほんとに驚いていた。
「頑張りましたね!」
「部員たちはよくやったと思います」
「女子に負けないようこちらも頑張らなきゃ」
 
春貴たちは着替えて退去した。勝利のお祝いに、コンビニのハンバーガーで腹ごしらえした上で!?、洋菓子店でケーキを買って車内で食べた(春貴はこの手の出費がかさんでいる気がする)。氷見に到着した頃、横田先生からの連絡で男子も2点差で辛勝して明日の準々決勝に進出したということだった。
 
「おめでとうございます」
 
「お前ら負けたら男やめてもらって女子バスケ部に移籍だぞとハッパ掛けましたが、残念ながら女子バスケ部への移籍は無いようです」
 
「あはは。女子バスケ部への移籍は歓迎です。こちら交替要員が少ないから」
「ほんとによく8人で頑張ってますね」
 
そういう訳で男女ともにベスト8進出である。
 

5月29日(日).
 
H南高校は女子バスケットボール部創設以来初めてとなる、準々決勝に参加する。今日の会場は、男女とも富山市である。男子は富山県総合体育センター、女子は富山市2000年体育館で行われる。
 
福間体育館に行くのには7時半に集合したのだが、今日は富山市なので、7時の集合とした。「眠いー」と言っていた選手も居たが
「車内で寝てていいから」
と言って出発する。それで無事8時過ぎ、2000年体育館に到着した。
 
今日はここで女子の準々決勝4試合が行われる。コートが2面取れるので試合は2試合ずつ行われ、11時頃までには4試合全てが終わる予定である。
 

春貴は駐車場で部員たちと一緒に準備運動をし、筋をよく伸ばしてから入場する。入場の際も、バスケット協会の会員証を提示する。愛機の母だけは、アシスタントコーチとして届けてあるのでそれで入場した。
 
春貴たちは9時からBコートで試合が行われる。
 
「相手チームさん、まだ来てないんですかね」
「控室に居るのかな」
 
取り敢えず試合前の練習でみんなミドルシュートを撃ちまくった。その後、いつものように、晃をゴール前に立たせて、その防御にめげずにシュートする練習をした。
 
相手チームはまだ姿を見せない。
 
「どうしたんたろう」
 
やがて9時になる。春貴たちはベンチに座った。
 
相手チームが居ない。
 
館内呼び出しがある。
 
「****高校の選手は速やかにメインアリーナ、Bコートに来て下さい」
 
誰も姿を見せない。
 

運営スターッフは学校に連絡を入れたようである。すると何とまだ移動中ということである。選手たちを乗せたバスが高速道路走行中に、前方で事故が起きて通行止めになったらしい。警察の誘導で少しずつUターンして前のインターまで戻されたらしいが、同校の選手を乗せたバスは事故現場のすぐ近くだったので、高速から出るのが遅れ、さっきやっと一般道路に降りて、今こちらに向かっている所らしい。
 
「事情は理解しますが、9:15までにコートに来ていただかないと没収試合になりますが」
と大会の運営責任者が向こうの顧問と話す。
 
「頑張ります」
「頑張るのはいいですが、交通違反はしないでくださいね」
 

結局9:15の時点で相手はコートに到着していなかった。
 
審判が没収試合を宣告した、
 
この場合、20-0でH南高校の勝ちとなる。
 
「勝ちはいいけど、試合したかったよぉ」
と選手たちの声。
 
「まあ仕方ない。今日は帰ろう」
 
それでH南高校のメンバーは引き上げた。
 
横田先生に報告したらびっくりしていた。
 
「2020年以降はコロナによる出場辞退に伴う不戦勝というのはあるんですが、遅刻というのは珍しいです」
と言っていた。
 
相手チームが到着したのは9:30、アリーナに走り込んで来たのは9:35だったらしい。もちろん没収試合は覆らない。下道が混んでいて、移動に思った以上に時間が掛かったらしい。選手たちには気の毒だが、交通事故は不可抗力だ。
 

一方、春貴は火牛体育館に電話を入れてみた。
 
「1件キャンセルになったので、空いてますよ」
「そこ使わせて下さい」
 
それで春貴は部員たちを津幡の火牛体育館に連れて行った。今日はサンダーバードを指定された。9つの体育館の内8つが完成しており、残るはフェニックスだけのようである。
 
そこで紅白戦をさせたのだが、試合中に、ふらりと千里(*22)がやってきた。
 
「頑張ってるね」
「ありがとうございます」
 
生徒たちが「誰だろう?」という感じの顔をしているので春貴は紹介する。
 
「こちら東京オリンピックにも出た日本代表のシューティングガード村山千里さん」
 
「えー!?オリンピックに出たんですか」
「すごーい!」
というので、
 
「サイン下さい」
などと言われて、千里は8人全員にサイン色紙を書いてくれた。
 
「鳥が飛んでいくように見える」
「フェニックスだね。私は死んで生まれたから私にピッタリのサイン」
「死んで生まれた!?」
 
「お母さんの身体から出て来た時は息をしてなかった。ベテランの助産師さん身体をさすったり、ビンタしたり、激しく揺すったり、最後は台の上に叩き付けたら『おぎゃー』と産声をあげた」
 
「臍の緒が首に巻き付くか何かしてたんだろうね。それで仮死状態になってた」
「たまにこういう人あるみたいね」
 

千里さんが試合を見ていたが、アウト・オブ・バウンズなどで試合が停まった時に簡単なアドバイスをしてくれた。
 
河世にはボールの回転を見ているように助言していた。
「ボールの回転を見ていたら、ボールがバックボードに当たった後、どちらに飛ぶか見当が付くんだよ」
と言って、実際に前回転のボール、逆回転のボール、横回転のボールをボードにぶつけてみせて飛ぶ方向が変わることを教えてくれた。
 
「こういうのって勘だけじゃないんですね」
「リバウンドは観察70%勘10%タイミング20%」
「ああ」
 
美奈子にはロングシュートを撃つ時の膝の使い方を丁寧に指導していた。
 
「君は足腰を鍛えるともっと入るようになる」
「やはりジョギングですかね」
「うん。夏の間にそれを鍛えなよ」
 
晃にはランニングシュートを撃つ時の、目標の定め方を教えていた。
「君は背も高いし、センスを磨けば、かなり中に進入していけるようになると思うよ。チーム内で、敵の防御を突破して中に入れそうなのは、河世ちゃんと晃ちゃんだけど、性格的に河世ちゃんはセンター、晃ちゃんはパワーフォワードという感じだね。それで美奈子ちゃんがシューターとして開眼すると、これはかなり強いチームになるよ」
 

「でもぼく、試合には出られないんです」
「なんで?」
「男なので」
「は!?」
 
「千里さん、その子は舞花ちゃんの弟さんで、背の高い選手との対決を練習するために女子バスケ部に参加してもらっているんですよ」
と春貴が説明する。
 
「だったら君は性転換推奨だな」
と千里さんが言うとも多数の拍手がある!
 
「交替要員も1人増えるし」
と五月が言っている。
 
「ちょっと簡単な手術を受ければいいよね」
なとと姉の舞花。
 
千里は言った。
 
「痛み無しでほんの2時間ほどで性転換させてあげられる方法があるんだけど。君さえよければ今から女の子に変えてあげようか?」
 
「今からですか!?」
と晃は狼狽している。
 
「女子高生になりたいんでしょ?」
「別になりたくないですー」
「男の人と結婚して赤ちゃんも産めるようになるよ」
「5-6年、考えさせて下さい!」
「そんなに待つと、男っぽくなって女子選手で通らなくなるよ。取り敢えず睾丸だけでも抜かない?」
 
多数の拍手があるが、本人は
「取り敢えず今日は勘弁して下さい」
と逃げていた。
 
なお、バスケ部男子の方は、善戦虚しく、5点差で敗れ、BEST8停まりであった。
 

(*22) この日、H南高校のメンバーを指導したのは千里6である。千里6は“統合千里”の代理で日本代表の試合に出たこともあるので、自身も間違い無く元日本代表である。
 
5月28日の段階で、1番はアメリカ、2Aは妊娠中(浦和にいる)、2Bはフランスとスペインを掛け持ちして(すーちゃんに半分は代理をさせている)、水泳日本代表のお世話をしている。3はバスケット日本代表の活動でオーストラリア。ということで、日本国内のオペレーションは主として千里4がしている。この日は4番に頼まれた6番が、少し指導してあげた。
 
 
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【春歩】(4)