【春歩】(2)
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(C) Eriko Kawaguchi 2022-11-25
ビスクドール展・最終日は18時でクローズする。邦生・双葉・遙佳・歩夢の4人で、1930年以前に作られたアンティークドールおよびそのリプロダクション、またそれ以外にも特に貴重なドールたちを丁寧に梱包する。一体一体発泡スチロールの箱に入れクッション材を詰める。名前を書き、駐車場に駐めている千里さんのXC-40、および館長のミラージュに運んだ。車を2台使うのは、万一事故が起きた場合の全滅を避けるためである。
車には、お留守番として、瑞穂と、この日の午前中に出て来た珠望が待機している。
19時頃、これらの“VIPドール”を載せて、XC-40には、真珠と明恵、ミラージュには初海と幸花が乗って、交代で運転してS市に向かった(このため、4人は14時頃から仮眠していた)。
他の人形たちは明日、〒〒テレビが手配した業者さんの手で運ばれる予定だが、残ったメンツで人形の梱包作業をした。作業したのは、VIPドールの梱包をした4人+真珠の友人の男の娘マリアとルチカ(どちらも女子にしか見えない)、それに薫館長の合計7名である(珠望と瑞穂は仮眠している/それに瑞穂は荒っぽい性格なので参加させない)。
お人形は全部で300体ほどある。1体の梱包には1分以上掛かるが、7人がかり、1時間ほどで、全部のお人形の梱包と箱詰めが完了した。
「お疲れ様でしたー!」
それで、遙佳、歩夢、薫館長は、珠望が運転するインサイトに乗ってS市に帰って行った(“金沢事務局”で受け付けた20体の人形はこの車に乗せて持ち帰った)。
帰りの車の中で歩夢は訊いた。
「ねえ、お姉ちゃん。お人形さんたちの中にさ“ピエール・ビエジュ”とかいう名前の人形居る?」
「さあ、私は記憶無いなあ」
と遙佳は言う。
「私も記憶無い」
と祖母は言ったが付け加えた。
「でもそれ、多分“ピエール・ビエジュ”じゃなくて“プリエール・ヴィエルジュ”だと思う」
と薫。
「あ、そうかも」
「それだと“乙女の祈り”という意味だよ」
「わぁ」
それって、一言主神社で自分がフルートで吹いた曲じゃん!
だったら、やはり一言主神社、あの夢、そして玉が無くなったことは連動してるんだろうなあ、と歩夢は思った。
でも玉が無くなったことは、お母ちゃんには秘密にしておこう、と歩夢は思う。勝手に闇の手術受けたのでは?とか疑われて叱られそうだもん。
遙佳たちが帰った後、もうお店の営業も終わり、周囲の灯りも落ちている会場に残ったのは、邦生・瑞穂・双葉の3人と、真珠の友人2名である。邦生は真珠の友人2人に「ありがとね。これ気持ち」と言って、2000円チャージしたケンタッキーのカードを1枚ずつあげたら喜んでいた。それで2人は各々自分のバイクで帰って行った(男の娘仲間+バイク仲間らしい:美少年を見たら、女装してみない?とか勧誘するらしい!?−男の娘育成計画)。
「双葉ちゃんちに送っていくね」
「ありがとうございます」
それで(梱包作戦に参加してないので疲れてない)瑞穂が真珠のスペーシアを運転して、まずは双葉を家に送り届ける。邦生が放送局の人の代わりに、お母さんに挨拶した。それから邦生と瑞穂の2人でマンションに帰還した。
「お腹空いたぁ。今日の晩御飯は何かな」
などと瑞穂が言っているので、邦生は
「この子、嫁に行けるか?」
と疑問を感じながらも豚肉の生姜焼きを作り、冷凍御飯をチンして夕食とした。瑞穂はチューハイを飲みながら御飯を食べ終わると
「今日は疲れたぁ」
と言って、茶碗はテーブルの上に放置して、自分の部屋に入った。
邦生は本当に妹の行く末を心配した。
人形を運んだ真珠たち4人は、館長の家に一晩泊めてもらい、翌日の午前中、運んできたドールたちを取り出して美術館に並べた。薫館長が
「ここまでして頂いてありがとうございます」
と感謝していた。
「でも人形が無事で良かったです」
「ほんとにホッとしましたね」
「残りの人形たちも今日の午後には到着すると思いますので」
「その子たちを並べるのは来週にしよう」
などと館長は言っていた!
真珠たちは美術館を出た後、桜坂さんがリニューアルオープンさせた料理店“琥珀”に寄ってみた。金曜日(4/22) にオープンしていたようである。
幸花が代表して挨拶し、編集部一同からの御祝儀、金沢ドイルから頼まれた御祝儀を渡した。そしてこのお店で、お弁当とお茶のペットボトルを4人前買って出た。お弁当は、近くの道の駅で食べた。隣にコンビニがあるので、そこで、おやつなども買ってきた。
「とてもあの場では言えなかったけど、お店の雰囲気が暗いのが気になった」
と初海が言った。
「古い店舗を無理矢理改修して使っているからね。昔の建物だから、採光があまり良くないのよ。照明も古い蛍光灯だし」
と幸花は言う。
「あの数の蛍光灯をLEDに交換するには工事費も入れて100万掛かるかもね」
「店が大きいからなあ」
「そういう工事すると、天井が崩壊しないか不安らしい」
「やはり建て直すべきでは?」
「換気も微妙な気がしました」
と明恵。
「それも古いから仕方ない。取り敢えずテーブルと椅子は新しいものに入れ換えたらしい。清掃消毒しやすいように、表面がツルツルのステンレス、椅子もビニール張りのに。以前は木製だったから、食べ物の汁とかがこぼれると掃除が大変だったらしいんだよ。ステンレスにしたのは、木とかプラスチックの表面ではコロナウィルスは2週間近く生きてるけど、金属表面では数時間で死んでしまうから」
「ステンレスには理由があったのか」
「でもそれだけでもかなりの費用ですね」
「どうもそのあたりで改装費用を使い果たした気もする」
「でもこのお弁当は美味しいですよ」
と真珠。
「お弁当屋さんとして繁盛したりしてね」
「その方向性なら、あの駐車場は広すぎますね」
「そういう気はする。あの4分の1でいい。あの広さだと閑散としている印象になるし、道路からお店が引っ込みすぎている感じになって、人が入りにくい」
「青葉さんが言ってました。間口の広さより長いアクセスの所に建っている家は来訪者を拒否する感じになるんだって」
「あの店舗は明らかに間口の広さより遠い所にある」
真珠はこのメンツにも、とても言えなかったが、料理長の井原さんについて、3月30日に会った時にも“影が薄い”感じがしていたのが、ますます薄くなっているのに気がついていた。ひょっとしてこの人、何か持病を抱えているのでは?と真珠は思った。
「レストランなら、2時間とか滞在する客のことを考えると、駐車場はあの広さが必要なんでしょうけどね」
「昔はあそこ、団体さんのお食事場所とかになって、何台も大型バスが駐まっていたらしいよ」
「それであの広さを確保したのかね〜」
「コロナでその手のツアーも激減してますね」
「レストランとして再度流行ることかできるかは、このままコロナが落ち着くか、第七波が来るか次第かもね」
「コロナも、そろそろ落ち着いて欲しいね」
「お弁当屋さん路線を主軸にするなら、ロケーション問題も出てくるんだよね〜。あそこは大型バスでやってくる観光客を当て込んで、S道路沿いに建っている。市街地の中心からは少し離れてるから、他所から来るには便利だけど、地元の人は行きにくい」
「色々問題があるなあ」
優子は夏樹に訊いた。
「ね、あのバス、バッテリーが上がって、ドアが開かなくなったりしたらやばいから、時々でもエンジン掛けたほうがいいよね」
「中に入っている時にバッテリーが上がると奏音は手動ではドアを開けられないかも知れないよね。確かに時々エンジン掛けたほうがいい」
「それでガソリン切れたらどうする?」
「うーん・・・・」
それで優子は千里に電話してみた。
「あれ?バスもう戻したんだ?」
千里さんは知らなかったのか!
「ユニットハウスをどけたから、もういいだろうと徳部さんが。でも奏音がバスで遊んでるから、まあいいかなと思って」
「ああ、子供には楽しい遊び場かもね」
「それで心配なんだけど」
と言って、優子は、バッテリーあがり問題・ガス欠問題を訊いてみた。
「了解。何とかさせる」
「ありがとう」
すると、翌日には徳部がやってきて、このような工作をしてくれた。
・バスの屋根に小型の太陽光パネルを載せ、そこからバスのバッテリーに充電するようにした。
・優子が「そうだ。エアコンがひとつ余ってるんですけど、バスに取り付けられませんよね?」と言ったら「ああ、そんなのがあるなら取り付けましょう」と言って、取り付けてくれた。これでバスのエンジンを掛けなくても、車内を快適な温度に保てる。
・バスの給油口のそばにポリタンクを載せられる台(高さ10cm)を置き、そこから給油口に電動ポンプ(乾電池式)で給油できるようにした。これで燃料はポリタンクで買ってきて、ここに置き、タンクのふたを外してポンプの端を入れた上で、ポンプのスイッチを押せば簡単かつ安全に給油できるようになった。
「ガソリンって、ポリタンクで買えるんでしたっけ?」
「このバスはディーゼルですから、軽油はポリタンクで買えますよ。緑色のポリタンク使って下さいね」
「ディーゼルだったんですか!」
「ガソリン入れたら壊れますよ」
「知らないと、やりかねないところだった」
「ちなみに灯油でも動きますけどね」
「いいこと聞いた」
「灯油を入れて“公道を走ったら”違反ですから気を付けて下さい」
「なるほどー。やはり、いいこと聞いた」
灯油なら、ボイラー用のストックが転用できるじゃん!
「この作業代はお幾らくらい払えばいいですか??」
「私の趣味の工作だから要りませんよ。太陽光パネルも余ってた1世代前のだし」
と言って、徳部は楽しそうに作業していた。ほんとにこの手の工作をするのが好きなようである。
優子は、徳部に、
「おやつにでも」
と言って、牛肉を2kg、保冷バッグに入れてあげたら喜んでいた。
「長期間エンジン掛けないと、システムが傷むので月に1度くらいはエンジン掛けてください。あと真夏にはエアコンだけでは冷やしきれないかも知れないから、その時もバスのエンジンを掛けてください」
「分かりました!」
4月25日(月).
歩夢は明け方また夢を見ていた。歩夢はパーティーに招かれていて、釣り鐘みたいな形の白いドレスを着ていた。テーブルに就き、ウェイターがクロッシュ(*7) をかぶせた料理を運んで来る。どんな料理だろうと思ってわくわくする。
でも、ふたが取られると、その中にあったのは、お皿に載った2個の卵だった。
卵なの〜〜!?絶対ステーキかシチューが出てくると思ったのに〜。
と思った所で目が覚めた。
平日なので、学校に行かなければならない。歩夢は溜息をついて、トイレに行く。
便器に座っておしっこをしている時、下腹部が何だか温かいような気がした。
お腹が冷える感じは問題だけど、暖かいのは問題無いよね?
(*7) クロッシュ(cloche)とは、レストランで料理の上にかぶせられている銀色の金属のふたのこと。元々clocheとは“鐘”のことで、それと形が似ているから。歩夢は父のレストランのお手伝いをしているので、こういう言葉を知っている。
4月25日(月).
春貴は、昨日の春季バスケットボール大会の結果を横田先生と一緒に教頭に報告した。教頭は
「男子も女子も頑張ったね」
と喜んでくれた。
春貴は練習場所について要望を出してみた。
「考えていたんですが、例えば、早朝とかお昼休みにサブ体育館でもいいので、使わせてもらえないでしょうか」
「今どこで練習してるんだっけ?」
「校舎の裏で、古いバスケットゴールの前で練習しています」
「まさか屋外なの!?」
「はい」
「それはさすがに気の毒だね。雨や雪が降ったら練習できないじゃん」
と教頭。
「それで女子バスケット部は梅雨の間や冬季はほぼ自動的に活動休止になっていたんですよ」
と横田先生も口添えしてくれる。
「だってバスケットって冬のスポーツなのに」
「そうなんですよね」
「その件はちょっと話し合ってみる」
「すみません。お願いします」
でも今回2勝をあげることができたから、検討してもらえることになったんだろうな、と春貴は思った。
その日の放課後、春貴は女子バスケットボール部員を化学実験室に集めた。
「みんな、土日は頑張ったね」
「頑張った気がしますー」
と2年生から声が出る。
「まあ、昨日は強い所に当たって負けちゃったけど、その強い所と試合をしたことで得られたものもあると思う。それを糧(かて)に、来月のインターハイ予選では優勝を狙おう」
「優勝、いいですねー!」
「今年のインターハイは香川県だよ」
「おぉ!」
「讃岐うどん食べに行こうよ」
「讃岐うどん、いいですねー」
「練習場所については、とにかく屋根のある所で練習したいと要望を上にあげているから、もしかしたら何かしてもらえるかも知れない。あまり期待せずに待ってて」
「体育館、少しでももらえたらいいなあ」
「さて、それで、インターハイ予選までの練習なのだけど、ここ半月ほどやってきた、ミドルシュートの練習に加えて、プレイの正確性というものを練習に入れていこうと思う」
「正確性ですか」
「こちらはあまり、おかさなかったけど、対戦チームの選手がボールを奪おうとして、こちらの手とかに触れてしまい、ファウルを取られる例が多かったよね」
「多かったてすね!」
「うちはあまり取られなかった」
「というか、今のうちの技術では相手が持ってるボールを奪うのは無理」
「ま、それでその練習をしようというと所なんだよ」
「私たちにできます?」
「正確なプレイに心がければできる。ファウルになっちゃうのは、不正確に相手に手を伸ばすからだよ。相手の動きをよく見て、自分が手を伸ばした時、相手の持つボールはこの付近に来るはずだと予想して、そこに手を伸ばせばボールを叩き落としたり奪ったりできる」
「動体視力ですね」
「そうそう。それを鍛えよう。それで相手からボールを奪ったり、パスをカットしたり、シュートをブロックしたり、できるようになる」
「たくさん練習すればできるかも」
「その練習場所が確保できるかですね」
「うん。それは私の仕事」
と春貴は言った。
春貴は翌日(4/26 Tue) 教頭と体育主任の先生から呼ばれた。
「練習場所としては不満だと思うんだけど、屋外よりはマシだと思ってね」
と言って連れて来られたのは、プレハブ造りの古い教室のようである。どうも美術室か何かとして使っていたようだ。
「ここは元は美術室だったのだけど、4年前に特別教室棟を建て直した時に美術室はそちらに移って、ここは空いていたんですよ。取り壊す予定だったのだけど、実は取り壊すための予算が出なくて」
「あぁ」
「窓が破れているのは直させますが、ここは板張りだということに気付いてね。Pタイルとかではなく板張りの方がいいですよね?」
「はい。その方が助かります」
「天上が低くて申し訳無いけど、ここを自由に使って下さい」
「いえ助かります」
この教室は天井の高さが約4mである。バスケットのゴールの高さは3.05mなので、ロングシュートを撃つと天井にぶつかりそうだ(*8) でも屋外よりは随分マシかな、と春貴は思った。
なお、校舎裏の壁に打ち付けて留めていたゴールリングはその日の内に3つとも横田先生がこの部屋の壁に移設してくれた。多分、教頭にバレない内に移設したのだと思う!
(*8) 美奈子(158cm)が自分の頭と同じ程度の位置から高さ3.05mのゴールめがけてスリーを撃った場合、最も効率の良い50度の仰角(*9)で撃つと、最高点の高さは4.04m という計算になり、天井に美事にぶつかる。
(*9) 高校の物理では45度の仰角で発射するのが最も小さい力で済むと習うが、それは発射点と到達点の高さが等しい場合である。高低差がある場合は、方程式を代数的に解くことができず、数値的に解く必要がある。プログラムを組んで計算してみると、発射点が1.58m, 着地点が3.05mなら、最も小さい力で到達させられる角度は仰角50.02度という計算になる。
春貴は「ロングシュート練習のため」と言って、移動ゴールは旧美術室内ではなく、そのそばの屋外に移動してもらった。
翌日(4/27 Wed) には割れていたガラスを交換してもらうことになったが、春貴はガラスではなくベニヤ板か、予算が無ければ段ボールとかにできないかと要請した。
「ボールがぶつかってもベニヤなら平気だよね!」
それで結局現在のガラスを全部取り外して、ほんとに段ボールを貼ってくれた。この作業は、手の空いている男性教師数人と男子バスケ部員!でやってくれた。きっと使用予算はゼロだろう。女子部員たちがクッキーを焼いて(材料費は春樹が出した)、手伝ってくれた先生や男子部員たちにプレゼントしていた、
更には取り外した古ガラスは売却して3000円くらいになったらしい。古ガラスはグラスウールの材料になる。
しかしこれで女子バスケット部は取り敢えず、雨が降っても練習できることになったのである。
4月27日(水).
この日から、H南高校(*10)の女子バスケットボール部は、念願の屋根のある所で練習することができようになった。
「屋根があるって、いいですね」
とみんな言う。
「風があるとパスしたボールがカーブするんだもん」
「先生にウッドカーペット買ってもらうまでは、ボールがイレギュラーバウンドして」
ここの広さは12m×18mくらいなので、コートの端から端までの長さ(28m)には足りないが、16mくらいならドリブル走できそうだ。
ところが・・・
「先生、床が波打ってるから、ドリブルしたら、ボールが変な方向に飛んで行きます」
「うむむ」
「先生、これまでドリブルの練習に使ってたウッドカーペットを敷いて、その上でドリブル走は練習したらどうでしょう?」
「でも距離が足りなくない?」
あれは1枚1万円したので買い増しは辛い!
「細く切っちゃうとかは?」
「計算してみる」
春貴が(ポケットマネーで)買っていたウッドカーペットは3畳サイズ、つまり2.7m×1.8m である。これを半分に切ると、2.7m×0.9mのウッドカーペットが2枚できる。これを3組並べれば全部で2.7m×6=16.2m のレーンが生まれるはずである。幅は0.9mになっちゃうけど!
春貴は体育館で男子たちを指導している横田先生に相談してみた。
「ああ、そのくらいやってあげますよ」
と言って、3枚のウッドカーペットを技術室に持ち込み、電動鋸を使って、全部真ん中で2つに切断してくれた。
「ありがとうございます!」
「ちょっと曲がったのは愛嬌」
「いえ、全然問題無いです。助かります」
それで春貴は、その6枚のカーペットを、女子部員たちと一緒にガムテープで旧美術室の床に貼り付けた。これで16.2mのドリブルレーンができた。
なお、この日には間に合わないが、部員たちが勢い余って壁にぶつかった場合の用心に、バスマットを買ってきて、翌日両端に貼り付けた。
この後は、8人の部員の2人にドリブル走の練習(右手でドリブルして向こうまで行ったら左手でドリブルして帰ってくる)をさせている間に残りの6人は3個のゴールを使ってシュート練習をする。これで回していく。
しかしドリブル走した後は、息があがるので
「1分休ませて」
という声が出る。それで3年生2人の話し合いで、ドリブル走の後は1分休んでよいことになった。
こういう細かいことは、生徒たちに任せているが、練習のルールを自分たちで決めて行くのも楽しいだろうなと春貴は思った。
「でも春貴先生は私たちと一緒に練習してくれるから嬉しいです」
とキャプテンの愛佳が言っていた。
「前の顧問の先生は練習に参加してなかった?」
「練習には全く顔を見せませんでしたよ。部員の名前も覚えてくれなかったし」
「それでは事故があった時にまずい」
「横田先生はずっと男子バスケ部に付いているけど、ああいう先生の方が少数ですよ」
「まあ色々な先生がいるかもね」
と春貴は言っておいた。
「移動コールは中に、いれないんですか」
という質問がある。
「あれはロングシュートの練習に使う」
「なるほどー」
「このま部屋の中でロングシュート撃つと天井にぶつかるからね」
「ぶつかりそうです!」
それで比較的ロングシュートが入っている感じの、美奈子と夏生をペアで外に出し、春貴も見ている中でスリーを撃つ練習をさせた。ライン引きを持って来て。ゴールを置いた場所から、6.75mの所に半円を描いた。そしてそこから場所を移動しながら撃つ練習をする。
「ビナちゃん、凄い。スリーが3回に1回“は”入る」
と夏生が言う。
「え?3回に1回“しか”入らないと思ってました」
「いや、3割入れば、シューターを名乗れますよ」
と夏生が言う。
「じゃ、美奈子ちゃんは次回からはSG(シューティングガード)登録にしようか」
と春貴は言った。
「“ガード”を名乗るには、私ドリブルが下手なんですけど」
「それは愛嬌で。インターハイ予選が終わってから少し練習しよう」
「予選前には、しないんですか」
「だって、苦手なものを練習するより、得意なものを練習するほうが楽しいじゃん」
と春貴が言うと
「そうですよね!」
と2人とも同意していた。
もっとも、ロングシュート練習は、雨の日はお休みになる。
この日の練習では17:35で旧美術室での練習を切り上げ、その後全員でジョギングに出た。これまで軽いウォーミングアップで校舎の裏を往復500m程度は走っていたのだが、やはり足腰を鍛えようよということで、この日からジョギングを練習メニューに取り込んだのである。
普通ジョギングは練習前にウォーミングアップを兼ねてやるものだが、練習の最後にすることにしたのは
「ジョギングやったら疲れて練習ができない」
という意見があったからである!
ジョギングのコースとしては体育館や校庭が使えたらいいのだが、生憎どちらも他の部が使っている。それで春貴は横田先生に許可を取って校外のコースを走ることにした。事前に春貴自身で走ってみた、学校から出て片道1km程度のコースである。往復2kmでは大した量のジョギングではないのだが、現在の部員たちの体力を考えると、この程度が限界だろうと思った。
このコースは車の通りが少なく、走りやすい。
キャプテンの愛佳が先頭、最後尾を春貴が走る。
「両側がほとんどたんぼばかりだ」
「元々そういう所に学校が建っているから仕方ない」
「でも街灯がずっと立ってますね」
「そうそう。だからジョギングコースとして使えると思った」
「街灯が無くて真っ暗闇の場所を走っていたら、部員が1人また1人と行方不明になっていったり」
「悪魔教信者の黒ミサに生け贄としてささげられたり」
「安いホラー漫画にありそうだ」
「私は、悪の組織に拉致されて改造人間にされるかと思った」
「あの改造人間というのも、いまいち目的が分からない」
「美少年を美少女に改造してあげるといいと思いまーす」
「昔そんな漫画があったなあ」
「あったんですか!」
高速道路の高架があるので、そこで折り返して帰って来る。
「そこ、何かお店があったのかな」
結構広い土地があり、廃業したっぽい何かの店舗が建っている。ロープが張られていて「売地」と書かれている。
「2年くらいまでは焼肉屋さんがありましたよ。でもコロナで営業自粛させられたし、緩和されても、お客さん来なくて、潰れたんですよ」
「ああ、それは気の毒に」
「結構広い土地だね」
「田舎はみんな車で来るから、駐車場広く取らないと」
「そしてみんなお酒飲んで帰る」
「うーん・・・・」
「警察もこういう所のそばで待機してればたくさん検挙できるのに」
「田舎はそういう取り締まりが緩いよね〜」
(*10) おことわり
氷見市にはリアルには「氷見高校」という高校がひとつあるだけで「H南高校」は架空の高校です。最初「氷見S高校」と書くつもりだったのですが、読者さんがリアルの氷見高校と混同するのを避けるため、こういう変則的な書き方をしています。“心(こころ)的”には「氷見南高校」です。
この高校は氷見南ICの近く(高岡市との境界近く)にあるという設定になっています。ですから実は春貴は実家(高岡市北部の伏木)からも通勤できるはずですが、たぶん9年間一人暮らしして今更実家には戻りたくないのだと思います。性別も変わっちゃったし。それであれこれ言われそうだし。
氷見市の市街地は市の中央に宝達丘陵から海岸に向かって伸びた尾根・朝日山で南北に分断されています。氷見高校はこの朝日山の上にあります。恐らくは市の北部からも南部からもアクセスしやすいようにという配慮か。
この朝日山の南側には、古くは布勢水海という湖があり、大伴家持(おおとものやかもち)なども記述しているのですが、長い年月の間に少しずつ埋め立てられ、現在では十二町潟という小さな池が残るのみです。
氷見には以前もうひとつ有磯高校(*11)というのもありました。これは氷見女子高校・氷見農業水産高校という2つの高校が(実質的に)合併して作られたものでしたが、この学校は現在の氷見高校のすぐ近くにあったもようです。2012年に氷見高校に統合されています。
(実は1948-1951年にも氷見高校に一時的に統合されて“氷見高校分室”と呼ばれていた。氷見女子高校の校舎を使用したらしい←トイレの改造が大変だった気がする)
そういう訳で、氷見市の最南部には高校は無かったものと思われます。
(*11) “有磯海”(ありそうみ)は富山湾の古称。越中国司だった、大伴家持(おおとものやかもち)が『万葉集』巻17-3959に
かからむとかねて知りせば越の海の荒磯の波も見せましものを
と詠んでおり(天平18年9月25日(Greg 746.10.18)に弟の死の報せを聞いて歌った歌)、これがこの言葉の語源と考えられる。つまり最初は荒磯だった?
↓富山県略図
“有磯”を冠したものは富山湾沿岸のあちこちに見られる。有磯海サービスエリアは県東部の魚津市にある。筆者が車で東京や東北から戻ってくる時は、たいていここで朝御飯を食べる。
この物語内部の架空の病院・有磯海クリニックは射水市にあるという設定。
4月27日(水).
歩夢は夢を見ていた。目の前にラグビーボールを大きくしたような物体があり、左右にパイプが出ていた。
そこに
「お嬢さん、下がってて」
という声がする。
見るとセーラー戦士の格好をした、真珠さんと明恵さんである。
2人は歩夢の傍まで走り寄ると歩夢をかばうように前に出る。そして、剣のようなものを振って、右側のパイプを切断した。
そして
「ムーン・ウォーター・パワー・メイクアップ!」
「ソラリス・ファイアー・パワー・メイクアップ!」
と呪文?を唱えると、ふたりの合わせ技?で光線のようなものを発射して、ラグビーボールのような物体を爆破した。爆破された物体の中から大量の白い液体が流れ出した。真珠さんが、破壊した物体の代わりに小型の物体を左側のパイプに取り付けた。
「これで安心だね」
「敵の弾薬庫は破壊した」
と2人は言っていた。
弾薬庫だったの!?白い液体は爆薬か何か??でも弾薬庫を爆破するって凄く危険な気がする!
4月27日(水).
春貴はここ1ヶ月間オンラインで受講していたE級コーチ、およびE級審判の講座をこの日修了し、試験にも合格して各々のライセンスを取得した。
「まあ、次の大会からだな」
と春貴は思った。
春貴は、翌日(4/28 Thu) 横田先生に報告し、横田先生は Team JBA のシステムを操作して、春貴の登録情報に、コーチと審判のライセンス番号を登録してくれた。
「6月にD級コーチの講習会があるから、それも受けるといいですよ」
「分かりました」
「6月に入ってからの申し込みですから」
「忘れないようにしないといけないですね」
「D級審判はどうします?」
「もう少しバスケットのルールをしっかり理解してからにします」
「あはは、それがいいかもね」
と横田先生は笑っていた。
4月28日(木).
この日の朝、歩夢はまた夢を見た。歩夢は、吹奏楽部で
「この曲ではトロンボーンを頼む」
と言われて、トロンボーンを渡されたのだが、
2本!?
「2本もどうすんの?」
「頭数が足りないから、2人分吹いて」
「私、口はひとつしか無いんだけど」
「2本咥えることはできるはず。手は2本あるから、2本同時に吹けるよ」
それで言われて2本同時に咥え、左右の手を伸ばしたり縮めたりして各々の音階を鳴らすが、頭の中が混乱しそう!それに息が物凄く苦しい。そしてある部分で思わず止まる。
「バルブ操作ができない!」
「足で回すとか」
「スカートめくれちゃう!」
と言ったところで目が覚めた。
変な夢を見たせいか、お腹の中でトロンボーンが伸び縮みしてるような感覚を覚えた。
「トロンボーンのスライドを伸び縮みさせるのって、おちんちんが伸びたり縮んだりする象徴かなぁ。私のおちんちんはもう伸びなくなってから久しいのに、まだ男の子の機能は完全には死んでないんだろうか。しつこいな」
と、歩夢は少し憂鬱な気分になった。
4月29日(金).
朝7時頃、歩夢がセーラー服姿で
「行ってきまーす」
と言って、出掛けようとするので、母は焦って
「待って。あんた、今日もその格好で登校するの?」
と呼び止めた。
「お母ちゃん、今日は休みだよ。吹奏楽部の練習があるから行ってくるんだよ」
「なんだ部活か」
と母。
「お母ちゃん、今日は昭和の日だよ」
と、パジャマのまま、のんびりとコーンフレークを食べている遙佳が言う。
「ああ、ゴールデンウィークが始まったのね」
などと母は言っている。
それで歩夢はショートブーツを履き、水玉模様の可愛い傘を持って出掛けて行った。
「でも今年はあまり連続して休みが無いよね」
とロングTシャツにハーフパンツという、女の子と見紛うような格好をしてハムとチーズを挟んだ分厚いトーストを食べている広詩が言った。
28平29○30○1○2平3○4○5○6平7○8○9平
「どうでもいいけど、広詩、まるで女の子みたいな格好してる」
「楽だから着てるだけだよ。僕は女装趣味は無いよ」
「だったらいいけど」
「広詩、精液の冷凍を作っておく?」
などと遙佳が言う。
「何それ?」
「万一、朝起きたら女の子になってたとかいう場合でも、冷凍精液があれば子供を作れる」
「そんなラノベみたいなこと起きるわけない」
「事実は小説より奇なり、と言うからね」
「女の子になっちゃったら、広詩が子供を産めばいいんじないの?」
などと祖母が言う。
「僕が子供産むの〜〜?」
4月29日(金祝).
富山県春季バスケットボール大会の男女準々決勝が行われた。H南高校男子は、これに参戦したが、大差で負けてしまった。それで今年春の男子はBest8どまりということになった。
女子は見学を兼ねて応援に行きたい所だったが、ベンチに座る人以外は入場できないので断念した。
4月30日(土).
富山県春季バスケットボール大会の準決勝と決勝(+シード順決定戦)が行われ、女子では高岡C高校が富山B高校を破って優勝した。
結果的に春貴たちの学校は、BEST16ではあるが、優勝したチームに負けたチームということになる。
5月1日(日).
歩夢はまた夢を見ていた。歩夢が学校でトイレに行き、ドアの前で迷った末に男子トイレのドアを開けて中に入ると、槍を持って甲冑を着けた兵士がずらっと立っているのでギョッとする。
「お前は女ではないのか?ここは男便所だぞ」
「女の子になりたいけど、まだ女になってないんですー」
「だったら今は男なのか?」
「はい」
「では男かどうか、確認するから、我々が見ている前で排尿しろ」
「え〜〜!?」
それで歩夢はズボンを脱ぎ、透明の便器に腰掛ける。
「やはり、チンコが無い。お前は女ではないか」
「小さいだけですー」
そんなことを言っていたら、そこにセーラー服を着た・・・真珠さんと明恵さんではなく、クラスメイトのツバメとヒバリがやってくる。そして2人でマシンガンを構えると、槍を持った兵士を全員倒しちゃった!
うっそー!?
「あゆちゃん、君は女の子なんだから、ちゃんと女子トイレを使わなきゃダメだよ」
と言って、ふたりは歩夢を女子トイレに連れて行ってくれた。
トイレの中にはふわふわした感じの衣裳を着けた美しい天女がたくさんいて、
「のんびりとトイレタイムを楽しんでね」
と言った。
それで歩夢はホッとして、便器に座り、おしっこを・・・
しようとした所で目が覚めたので、慌ててトイレに行って、(夢の続きで?)おしっこをした。
歩夢は、朝食の後、ひととおり曲を練習してから、フルートを分解し、ケースに入れた。セーラー服を身につける。
そして、デイパック(*12) にハンカチ・ティッシュ・生徒手帳・財布などの入っているバッグと、フルートケースに楽譜を入れる。スマホは制服スカートのポケットに入れて
「吹奏楽大会、行ってきまーす」
と母に声を掛け、茶色のローファーを履いて出掛けた。
この日は吹奏楽の大会がある。
歩夢はセーラー服で“学校外”に出掛けるのが好きだ。ふつうに誰もが自分を女の子として扱ってくれるし、女子トイレも普通に使えるし!
それでS市民ホールに行き、演奏に参加した。S中学は地区1位で来月の県大会に進出した。
(*12)よく誤解・誤記されるが、デイパック(day pack) が正しい。デイバッグ(day bag) は誤り。「1日分の荷物をまとめたもの」という意味。
ちなみに、紅茶の茶葉が入っているのはティーバッグ(tea bag) であって、ティーパック(tea pack) は誤り。ティーバック(T-back) ならパンツ!
pug パグ:犬の一種。
bug バグ:虫。プログラムやシステムの誤り。
hack ハック:プログラムの上書きによる変更(悪い意味は無い)。
bag バッグ:かばん。
pack パック:包んだもの。まとめたもの。
Puck パック:妖精の名前。
back バック:うしろ。
大会が終わった後、友人たちと別れて父のレストランに向かう。休日なので人手が足りない。それで歩夢は土日にはレストランのお手伝いをすることが多い。実はウェイトレスさんのユニフォームを着られるのも楽しみである。基本は給仕を担当するが、実は一部調理もする。
それで、レストランに行き、18時頃までお手伝いをした。
給仕していて、ひとりのお客さんに言われた。都会人っぽい。
「ここのテーブルクロスって物が滑らないのね」
「申し訳ありません。最近S市は地震が多いので、万一大きな地震があった時に、テーブルの上の皿やナイフ・フォークが落ちにくいように、摩擦の大きなテーブルクロスを使用しております」
「ああ、そういうことだったんだ!」
「滑らないから掃除が大変なんですけどね。アルコール入りのお掃除シートで押さえるようにして掃除しています。フォーク・ナイフ類も柄が付いてて滑りにくいタイプを使用しています」
「色々工夫してるね!」
「スープ類も本来のサイズよりひとつ大きいサイズの器を使用して、揺れた時にこぼれにくいようにしてるんですよ」
「なるほどー!いや、洋食屋さんって、一般にお皿だけ大きく料理はちょこっとという所が多いから、そういう流儀かと思った!」
「以前はうちは並々と盛る流儀だったんですけどね」
「へー!」
バイトを終えてから、セーラー服に戻る。歩夢は中学生なので、基本的にはバイトは18時までということにしている。
着替えていて思った。。
「なんかここ数日ブラがきついような気がする」
でもAカップのブラを3月に買ってもらったばかりなのに!
「中学2年生なら、そろそろジュニアブラは卒業しようか」
と言われて、Aカップのブラを取り敢えず5枚買ってもらった。もっともAカップなんてたくさん“余る”ので、カップが潰れないように、歩夢はウレタンパッドを入れていた。パッド用のポケット付きのブラなので“落下”事故は起きる心配が無い(小学生の時、一度落として、友だちのヒバリちゃんに拾ってもらって、あれは恥ずかしかった)、
でも歩夢は、例の玉が無くなった日以降、パッドを入れなくてもいい気がして、ここ一週間はパッド無しで着けている。
そういえば、お姉ちゃんが、女の子の胸って、突然急成長する時期があるのよね、とか言っていた。私も急成長の時期なのかなぁ?
その日の夜、お風呂に入っていて、胸を洗っている時
「やはり、大きくなってる気がする」
と思った。ほんとに私、おっぱい成長期なのかも。
でもこないだ買ってもらったばかりなのに、新しいブラジャーが欲しいとかお母ちゃんに言えないよぉ、と歩夢は思った。
「そうだ。明日の帰り、取り敢えずスーパーフック買って来よう」
と歩夢は考えた(←セーラー服で下校する気満々)。
「あん、もうこれ少し触るとすぐ大きくなっちゃう」
と真珠は文句を言った。
「そりゃ大きくなるよ」
と邦生。
「せっかく、女の子みたいに、ぐりぐりしてあげようと思ったのに。あれ凄く気持ちいいんだよ」
「構造が違うんだから仕方ない」
「いっそ玉を取る気無い?そしたら大きくならなくなるよ」
「嫌だ」
「精液の冷凍はあるんだから、玉は用済みじゃん。取っちゃわない?」
「用済みなのかよ!?」
「くーにんみたいな美人が男っぽくなったら世界の損失だから、25歳になるまでには玉を取ろう」
「あと4ヶ月しか無いじゃん!」
4月30日(土)夕方。
舞花は晃の部屋に、ノックもせずにいきなり入ってきた。
「ノックくらいしろよー」
と晃は毎度文句を言う。
「あーきーらーちゃん、いいものあげる」
と言って、舞花が見せるのは、女子制服!?
「昨日街で卒業した先輩と遭遇してさ。今年2勝したと言ったら、凄い喜んでくれてさ。それで制服もしまだ持ってたらもらえません?と言ったらOKしてくれて、もらったのよ。念のためクリーニングに出して、今受け取ってきた」
姉の文章って、論理が成立してないよな、と晃は思った。
「・・・それをどうしろと?」
「あんた、ユニフォームでベンチに座ってると、どうも選手と誤解されてるみたいだからさ。制服で座ってたらマネージャーだというのがはっきりするなと思って。だからインターハイの予選ではこれ着てベンチに座りなよ」
「女子制服着るとか恥ずかしいよぉ」
(↑嫌だとは言ってない)
「だったら、あんたも選手としてコートインする?」
「そんなことできる訳無い。ぼく男なのに」
「某所に美少年が行くと、即性転換手術して女の子に変えてくれる病院があるらしいよ。手術代もローンで払えるんだって。あんたならきっと手術してくれるよ。今から行かない?」
「今から〜〜〜!?」
「それが嫌なら、これを着てベンチに座るか」
「その二択なの〜〜?」
「取り敢えず着てみてよ。試着試着」
「じゃ試着だけ」
と言って、晃は女子制服を受け取った。
姉がこちらを見ているので
「そっち向いててよ」
と言う。
それで舞花が向こうを向いているので、晃はズボンと長袖Tシャツを脱ぎ、恐る恐る女子制服を身につけてみた。
「もういいかい?」
「リボンの結び方が分からない」
「結んであげるよ」
と言って、舞花は晃の制服のリボンを結んであげた。
「かっわいー」
と舞花は喜んでいる。
「記念写真、記念写真」
と言って、自分のスマホで撮影する。
「恥ずかしいよぉ」
「似合ってるよ。学校にもこれで登校しない?」
「そんなことしたら叱られるー」
などと言っていた時、
「晃〜、舞花も居るの?タイヤキ買ってきたから・・・」
と母の声がして、ドアが開く。
母の目の前に女子制服を着た少女が居る。
「あ、晃のお友達ですか?」
と母は言った。
「お母ちゃん、晃本人だよ」
と舞花は言った。
母は目をゴシゴシした。
「晃、あんた、“やはり”女の子になりたいのね?」
と母は言った。
4月30日(土).
LFBの2021-2022レギュラーシーズンが終了した。千里(千里2B)が所属するマルセイユは最終戦は落としたものの、4位でプレイオフに進出した。
5月2日(月・平日!).
歩夢はまた夢を見ていた。道を歩いていたら、ハンプティ・ダンプティのコスプレをした人がいたので、歩夢は一週間ほど前に見た、パーティーの料理で卵を2個出された夢を思い出した。
その人が風船をくれたので、何気なく受け取る。この“浮かぶ風船”って童心をくすぐるよね、などと思う。
それで紐を持って歩いている内に少し縮んでくる。空気を吹き込めばいいんだっけ?と思う。よく見ると、風船の上の方に2本の細いストローが刺さっている。下部には1本太いパイプが刺さっている。
どうして3本も刺さっているんだろう?どこから吹き込めばいいんだろう?と疑問を感じた。
そこで目が覚めた。
目が覚めた後、自分の下腹部の付近に風船があって、今はしぼんでいる気がした、それを膨らませるのは、もっとおとなになってからだよ、と誰かに言われた気がした。
その日、学校では5時間目に体育がある。
歩夢は、着替えは、学校から割り当ててもらっている専用更衣室で着替えることになっている。歩夢を男子と一緒に着替えさせるのは、あまりに問題があるが、女子と一緒にする訳にはいかないのでは?と言われて、このような対応になっている。
この日の昼休みは、吹奏楽部で
「昨日の総括をします」
という連絡があったので、歩夢は給食を食べてから、(専用更衣室で)セーラー服に着替えて部室になっている理科室に行った。
県大会までの練習スケジュールなどが伝達された。
その後、5時間目の体育のために体操服に着替えなければと専用更衣室に向かっていたら、その途中を友人のツバメちゃんとヒバリちゃんに身柄確保される。
「何するの〜?」
「我々はプードル団だ」
「プードル??」
「ブンドル団(*13) の親戚だ」
昨日の夢でこの2人に女子トイレに連れて行ったもらったことを思い出す。しかし連行先は女子トイレでは無かった。
「君を女子更衣室に連行する」
え〜〜!?
「それまずいよぉ」
「いや多分問題無い」
「でも体操服が」
「あゆりんのスポーツバッグは持って来たよ」
とヒバリが言う。
「だいたい、あゆちゃんって、こうやって触っていても完璧に女の子の感触なんだもん」
とツバメちゃんが言っている。2人に両脇を抱えられて女子更衣室に入る。きゃー!っと思い下を向くが、中に居た女子たちは、特に騒いだりしない。
セーラー服を着た子が女子更衣室に入って来ても、誰も変には思わない。
(*13) ブンドル団は『デリシャスパーティ♥プリキュア』に登場する秘密組織。
「はい、着替えて着替えて」
「もう!」
それで他の子の着替えを見ないように下を向いたままセーラー服を脱いでいたら、やっと、歩夢に気付く子が出た。
「あれ?あゆちゃんだ」
「今日からは女子更衣室使うの?」
「多分問題無い気がするんだけどね」
と体育委員!のツバメが言っている。
この時、ちょうど歩夢はセーラー服を脱いで下着姿になった所だった。
「女の子の下着姿にしか見えない」
「あ、ちんちんはもう取っちゃったのね」
「ちんちん無いのなら、女子更衣室で問題無いよね」
歩夢はタックしているのでショーツに変な膨らみは無い。だからそれを見れば、既に男性器は除去済みなのだろうと思われる。
「でも胸が大きい」
「あゆちゃん、その胸はパッド入れてるの?」
と花凛ちゃんに訊かれる。
「先月まで入れてたけど、外したぁ」
と正直に答える。
「これかなり大きくなってるよね」
とヒバリちゃんが歩夢の胸に触りながら言う。
「どれどれ」
と言って、みんな触る!
「これほんとに生胸?」
「うん」
「これもう完全に女の子の胸だよ」
「私負けたぁ!」
などといった声。
「このブラジャーのサイズは?」
「A60」
「この胸はAじゃないよ。Bあるよ」
「お母さんに言って、新しいブラジャー買ってもらいなよ」
「心臓を圧迫して、よくないよ」
「やはり大きいのにしないといけないかなあ」
「うん」
とみんなの声。
この日は雨だったので、体育館でバスケットをした。男子と女子に別れ、各々を半分に分けて試合する。歩夢は当然女子の方に入れられた。
男子の試合は102対96というハイスコアゲームになったようだが、女子の試合はランニングシュートとかできない子も多いので、シュートがなかなか入らず、45対38というロースコアゲームになった。歩夢は3回シュートしたが、1本も入らなかった。
終了後は他の女子たちと一緒に女子更衣室に戻る。歩夢も2度目だし、そもそも自分の着替えがそこにあるので、さっきよりは少ない抵抗感で中に入ることができた。
汗を掻いたので、歩夢は下着を交換する。
歩夢は壁を向いて下着交換をするつもりだったのだが、身体を掴まれて
「こちら向きなさい」
と言われて半回転させられ、みんなの方を向いて着替える羽目になった。
開き直って、ショーツを脱ぎ、新しいショーツを穿く。みんなの視線を感じる!
「やはりちんちんはもう取ってたのね」
「ちゃんと割れ目ちゃんもあったね」
「でも毛が無いのね」
タックのためには毛はいつも処理しておく必要がある。皮膚の柔らかい部分の毛を処理する必要があるので、歩夢は焼き切るタイプで処理している。
「私、発毛遅れてるのかも〜」
と言っておく。
「胸の発達も遅れてたから発毛も遅れたんだよ」
「でも、女子と一緒に着替えても何も問題無いことが明確になった」
「これからは女子更衣室使いなよ」
「そうだなあ」
「みんなとおしゃべりしながら着替えればいいよ」
「それは楽しい気がする」
ブラジャーも交換する。また熱い視線を感じる!
生胸を触られる!
「ほんとにこれ大きいよ」
「乳首もかなり大きくなってる」
「誰かメジャー持ってない?」
というので、メジャーが出て来て生胸のサイズを測られた。
「アンダー62cm トップ73cm」
「差が11cmだからAカップではきついはず。やはりBカップ買ってもらいなよ」
「この胸サイズならB65で行けるはず」
「B・・・・」
歩夢は“Bカップ”という単語を頭の中で思考するだけで、ドキドキした。何だか嘘みたい。小学生の頃、姉の胸が膨らんできたのを見て羨ましく思っていた頃を思い出す。
「あゆちゃん、胸がこれだけ大きくなってきたら、きっと生理も来るよ」
とアカリちゃんが言う。
「せ、せいり!?」
「うん、きっと来る」
と多くの子の意見であった。
この日、6時間目の終わり頃、地震があった。
S市は数年前から群発地震が続いており、みんな一瞬動きを止めたもののすぐ終わったので
「またか」
という声があがる。
「震度3くらいかな」
「4月頭に数発あって以来、1ヶ月ぶりくらいかなあ」
放課後の部活の後、学校から(セーラー服を着て)帰宅する途中、歩夢はショッピングセンターに寄った。衣料品コーナーでスーパーフック2個入り×2セット買う。これで取り敢えずは乗り切ることも可能なはず。
“琥珀”が歩夢に声を掛けた。
「あゆちゃん、パンティライナーとかナプキンとか持ってる?」
「何個か持ってるけど」
「どちらも1パック買っておきなよ」
「・・・・・」
私、ほんとに生理が来るの?
でも琥珀ちゃんが言うことには何か根拠があるはずだ。
それで歩夢は、ショッピグセンター向いのマツキヨに寄った。
買物カゴを持ち、まずはおやつのLOOKチョコをカゴに入れる。それからドキドキしながらナプキンコーナーに行く。実を言うと、歩夢は自分でナプキンを買ったことがない。
「だって私、初潮が来るの遅れてたしぃ」
などと思う。
まずはパンティライナーを選ぶが、歩夢は過去にいくつかサンプルでもらったり、友だちや姉から分けてもらったものを試着してみて、表面が硬いのは嫌だなと思っていた。店頭のサンプルなどにも触ってみて、ロリエの商品を試してみようと思った。買物かごに入れるが、入れる時どきどきする。
それからナプキンを選ぶ。
ナプキンってあまりにも種類がありすぎるよなと思う。どれ買うか迷っちゃう。取り敢えず、姉が使っているセンターイン、母が使っているエリス、以外のブランドにしようと思う。
それでパンティライナーを選んだロリエの商品を見ていて、スリムガード羽無し無香料がいいかなあと思った。
今日みたいに、みんなに下着姿見られた時、厚いナプキン着けてたら、パンティに膨らみができて、そこにちんちんがあるのかと思われそうな気がした。歩夢はタックしているので、パンティに盛り上がりができることはない。それなのにナプキンで膨らんだら台無しだ。だから薄さは最優先だよねと思う。また、香料があると、それで母や姉に着けてること気付かれるかもと思ったので無香料にした。
これだけ買うのが恥ずかしいので、他にもおやつを買うことにして、MKブランドのチョコ大袋とポテチもかごに入れて、レジに持って行った。
すると、レジのお姉さんが、ナプキンとパンティライナーを黒い袋に入れてから精算済みのカゴに入れてくれた。こういうことをしてくれることは知っていたけど、自分の買物としては初体験なのでドキドキした。
詰め台では、スポーツバッグの底のほうに生理用品の入った黒い袋を入れ、その上に、体操服や男子制服をかぶせ、いちばん上におやつの入ったエコバッグを入れた。
それで歩夢はお店を出ると、ちょっとした冒険をしたような気分で帰宅した。
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【春歩】(2)