【春動】(6)
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(C) Eriko Kawaguchi 2022-10-07
「ちんちん邪魔だよね。ぼくが取ってあげるね」
そんな真珠の声を聞いた気がしたが、あまりにも眠かったので、邦生はそのまま眠ってしまった。夢の中で邦生は真珠とお揃いの白いドレスを着て記念写真を撮られていた。
1月28日は編集会議を19時で終えて解散することにした。青葉・千里は明恵・真珠にマーチニスモで津幡に運んでもらい、火牛ホテル(ここ結局営業してるんだっけ?)に泊まった。
(千里と青葉を津幡で降ろした後、明恵と真珠は高岡まで行き、青葉の自宅に駐めた真珠のバイクを回収してきた)
青葉と千里は御飯をデリバーしてもらって休んだが、青葉は仮眠した後、4時間くらいプールで泳いだ。昨日泳げなかったので、たくさん泳いで満足だった。
翌日(1/29 Sat) は朝食をデリバーしてもらっていたので、それを食べてから出発する。青葉はマーチニスモを使うつもりだったのだが、千里が
「少し大きめの車を使おうよ」
と言って、Mazda CX-5を持って来ていたので、それを使うことにする。
明恵が運転席、真珠が助手席に座り、後部座席に千里と青葉が乗る。
「この車、パワーある〜!何ccですか?」
「2500だよ」
「さっすが」
(実はマーチニスモとCX-5は、長さと高さはほとんど同じだが、幅が広い。それより1500ccと2500ccの違いが大きい。馬力があるので田舎道に強い)
「こんな車、前からあったっけ?」
と青葉は訊いた。
「私も何台車があるのか、もう分からなくなった。車検証上の所有者は雨宮先生だけど、あの人、車も女も半年くらい乗ったらすぐポイするから」
「困った人だ」
「それ絶対その内、女に刺されますよ」
「それ多分確実」
「でも雨宮先生って、女の人とはレスビアンセックスしてるんですか?」
と真珠が訊いた。
“実用的な質問”かなと青葉は思った。
「まさか。女の人に、ちんちんを入れてると思うよ」
と千里が言う。
「ちんちんあるんですか〜?」
「ある。玉は除去済みだけどね」
「玉無しで立つんですか?」
「立つ人はわりと居る。取ったら立たなくなる人が多いけどね。あの人の場合、自分は玉が無くて妊娠させることはないから、生でやらせろと言ってるみたい」
「まさか、そのために去勢したとか」
「あり得る、あり得る」
真珠が考え込んでいるようなので、やはり邦生と真珠の関係はレスビアンなのかな、と青葉は思った。
邦生って、たぶん去勢済みだよね?女の子になりたいようには見えないけど、あまり男性化したくなかったんじゃないかなあ。そういえば以前、精液の冷凍を作ってたけど(←その保管料金を自分が払ってあげたことを忘れている)、きっとあの後、去勢したのだろう。更に、恐らく女性化しない程度の微量の女性ホルモンも飲んでるのでは、と青葉は思った(←それ小学生の時の青葉自身じゃん!)。
途中のサービスエリアで運転交代する。しかし2人ともさすが田舎道の走り方が上手い。加速度が最少になるように急カーブの連続を曲がっていくし、坂道に掛かる前にシフトを切り替えるから、同乗者も酔いにくい。
目的地近くのポケットパークでトイレ休憩した後、10時頃、S市の人形美術館に到着する。
明恵と真珠は3度目の訪問となった。
「まあ金沢ドイルさん!」
とオーナーさんは大歓迎してくれた。
ケーキ付きのチケットを4枚買い、ケーキを食べながら人形たちを観賞した。そして青葉と千里は頷きあっていた。
食べ終わってから、青葉はオーナーさんに言った。
「お人形さんの中に、辛そうな顔をしている子が何人かいるんです。その子たちのヒーリングをしてあげてもいいですか」
「はい。えっとどの子ですか?」
「全部で・・・28?」
と言って千里姉の顔を見る。
「私も28と思った」
「28体いるんですか!」
「よろしかったら、一体ずつ教えてください」
「はい」
それで青葉はオーナーさんを連れて28体全部のそばまで行き、ひとりずつ
「この子です」
と指し示した。オーナーさんも
「確かに気になってました」
と言った。
「でもヒーリングするのは、開館中はお客さんに迷惑だから、夕方閉館してからにしようか」
と千里が提案する。
「そうしようか」
それで青葉たち4人はその日はS市に宿を取って休み、夕方19時に再度人形館にお邪魔した。
最初の一体から処理を始める。明恵と真珠にはバックアップとして観覧席に座って控えているように言い、千里と青葉がオーナーさんと一緒に回る。
「ヒーリングした結果、表情が変わる場合がありますが、いいですか?」
「はい。それで人形の心が安らぐのでしたら」
青葉はその人形を抱えて自分の膝に抱くと、般若心経を唱える。人形がその読経の声を気持ちよさげに聞いているかのようだ。そして人形の心か開放的になったところで、青葉は珠を起動し、その人形の中にあったマイナスの気を浄化した。
「終わりました」
「人形の表情が穏やかになった!」
「このように表情が変わりますが、続けていいですか?」
「はい、お願いします。きっと今まで苦しんでたんですよ」
それで青葉・千里・オーナーは28体のひとつひとつについて供養を進めた。1体の処理に“軽症”の子でも5分掛かる。青葉は先に軽症の子20体をヒーリングしたが、これだけでも2時間掛かった。
「一休みしましょう」
「余ってるケーキでも良かったら出します」
「お願いします。カロリーが欲しい」
それで30分休んでから、残り“重症”の8体に取りかかる。
最初の3体は各々10分ほどで供養できた。次の2体が各15分くらいずつだった。
残り3体である。
次の子は30分掛かった。でも表情が物凄く可愛くなった。
「この子、本当はこんな可愛い子だったんだ!」
とオーナーさんも驚いていた。
10分休み、コーラを一気飲みしてから次の子に行く。青葉は“取り付く島”が無い感じで、どこから攻めようと思った。すると千里が
「ドイル、これ使って」
と言って、大粒のサファイアの玉を渡した。
何これ!?凄まじいパワー!!
青葉はそのサファイアをその子の胸の所に当てる。
するとこちちらの呼びかけに何も答えなかった人形の心が開く!
「ボンジュール・マドモアゼル。怖がらなくてもいいんだよ。ここのオーナーさんは優しい人だよ」
と青葉はフランス語で語りかけた。
「ママン?」
「そうだよ。そして私は君のお姉ちゃん」
「おぉ!マサール!(お姉さん!)」
と言って、やっと心を開く。色々心の中にあった哀しみを自ら語り始めた。青葉は人形が自分で語るのを静かに聴いてあげた。
そして30分後。
人形が自分を取り戻し心が安定したのを見て青葉は人形内の邪気を浄化した。
人形の表情はとても優しいものに変わった。
「終わったね」
「疲れたー」
「30分休もう」
千里が全員に“暖かいハンバーガー”と缶入りの飲物を配った。
全くもう!
オーナーさんは、明恵たちが今コンビニで買ってきてくれたのだろうと思ったようで「すみません。頂きます」と言って食べていた。
そして最後の子に取りかかる。
サファイアを使う。
千里が賛美歌110番「愛しきイエス様、優しきイエス様(O Jesulein Süß, O Jesulein Mild)」をドイツ語で歌唱した。
微かにハートが動く。
千里は更に「シューベルトの子守唄 (Wiegenlied)」を歌う。
但し歌詞の「Schlafe, schlafe, holder süßer Knabe」(眠れ眠れ優しく愛しい息子よ)の所を「süße Tochter」(愛しい娘よ)と歌った。
微かに開いた!!
千里が更に「明日サンタクロースがやってくる(Morgen kommt der Weihnachtsmann, きらきら星のドイツ語版)」を歌うと、人形はドイツ語で唱和した!
それで青葉はドイツ語で語りかける。
「グーテン・モルゲン、フロイライン」
「あなたは誰?」
「私は君のムターの代理だよ」
「子守女さん?」
「似たようなものかな」
それで少し会話している内に、彼女は青葉に心を許したようで、少しずつ、辛かったことを語り始めた。
そして・・・
人形は3時間しゃべり続けた!
(完全に聞こえてるのは青葉・千里だけだが、明恵とオーナーもある程度感じとっていたようだ。オーナーさんは涙を流していた。真珠は寝てた!)
彼女か落ち着いた所で、彼女の心を覆っている闇を珠で浄化した。
そして、人形は穏やかな表情になった。
凄い美人だった!
「お疲れ様!」
「疲れた!」
「この子はガラスケースに移そう」
「それがいいかも。デリケートな子みたいだし」
「さっきの子も」
「ですね」
「今の子はスペイン風邪とか言ってたから、1920年代には居たということでしょうね」
「ですよね?この子てっきり戦後生まれの子かと思ってた」
どうもあまり有名ではない工房の生まれで(でも人形の品質自体は良い)、それでビスクドールに詳しいオーナーさんも知らなかったようである。更に人形の傷みが少ないので古い時代の子であることに気付かなかったようだ。
終わったのは、もう午前4時近くである。
「ホテルに帰ろう」
「あなたたち、この状態で車を運転したら駄目。うちに泊まって」
とオーナーさんが言うので、結局青葉たちはここから歩いて5分ほどの所にあるオーナーさんの御自宅にお邪魔し、そこの客間で寝せてもらった。
翌日(1/30 Sun) の朝、千里はホテルに連絡し、もう1泊したいと伝え了承を得た。供養の最中に寝ていて、いちばん元気のある真珠に現金を渡してホテルに行かせ(自転車を借りて往復した)、手続きをしてもらった。
オーナーさん本人より少し遅れて11時頃、青葉たちはオーナーさんの御自宅から人形美術館に移動する。
「お早うございます」
「お早うございます。何か人形たちの雰囲気が凄くいいですよ」
「やはり辛そうにしている子に同情していた子たちもいたでしょうしね」
「そうみたいです」
青葉たちはオーナーに幾つかの提案をした。
「女の子のお友達になるように作られているから、だいたいフレンドリーな子が多いみたいですが、中にはプライドの高い子もいますよね」
「確かにそういう子も多分5%くらい居ます」
「その子たちは、他の人形と一緒に並べられているのが不満だと思うんですよ。その子たちをちょっと分けて展示しませんか」
「それは考えたことありますけど展示スペースが」
「ここの壁の、そうですね、高さ70-80cmくらいの所に奥行き30cm程度のバルコニーを設置してですね、そこにその子たちを並べたらどうでしょう?」
「それなら行けるかも知れないですね!」
「何なら私が関与している工務店に作業させましょうか?彼らなら1日でやってくれるし、費用も材料費だけの工賃ゼロでいいですよ」
「そんなに早くできるんですか!?」
「いや、実はテレビの放送に間に合わせたい人がいるみたいだから」
とと言って明恵を見ると頷いている。
「分かりました。金沢コイルさん紹介の工務店なら間違い無いでしょうし、それお願いします」
「ただ工事中は何かの間違いで人形を壊したらいけないから、一時的に全員退避させて欲しいんですけど」
「それ信頼できる人何人かに頼んで、早急にやります」
これはオーナーの孫・遙佳さん(レストランのジュニア看板娘!)が通う高校の女生徒たちが20人ほど(男の娘2名を含む!)が協力してくれることになったらしい。それで今週月〜木の4日間で、人形の退避作戦が実施されることになった。退避先は、その高校の空き教室である!(学校自体が協力してくれた)それで翌週の土日はこの高校で人形たちを見ることができ、休館を知らずに来た客はそちらに案内した。
むろん翌週には人形たちを戻す大作戦も実施された!
(結果的に2週間臨時休館して、2月11日(金)に美術館は再開された)
青葉はオーナーさんに言った。
「プライドの高い子たちと結構ダブると思うんですが、集団が苦手な子もいますよね」
「それはわりと多いです」
「その子たちは周囲に不透明のプラスチックの板とか立てて、ひとりだけで落ち着けるようにしたらどうでしょう」
「それは使えますね!」
「実は以前、ここの近くの支援学校にお邪魔したことがあるのですが、発達障害の子には集団が苦手な子が多くて、そういう子は教室の中でも左右に仕切板を立てて、教師だけが見えるようにしていたんですよ。それを思い出しました」
「いや、そのやり方は有効だと思います」
とオーナーさんは言った。
結局、集団が苦手な子たちは最後尾にひとりずつ仕切りのある所に並べることにした。これはバルコニー工事のため、人形たちをいったん退避させた後、再度戻す時に作業する。
また、ガラスケースに入れられているアンティークドールたちは孤独癖が無い子でも仕切りがあった方がいいかもということで、全員の間に仕切り板を立てることにした。但し、フレンドリーな子は集めて、その子たちの間は透明仕切りにすることにした。この子たちは仲間が居たほうが安心するのである。
真珠がオーナーさんに言った。
「正式には、後日放送局の責任者が申し入れると思うのですが、この子たちの展示会を開くことはできないでしょうか。金沢の適当な施設で」
「展示会ですか!」
「〒〒テレビの主催で。“ビスクドール展・フランス人形・ドイツ人形の魅力”みたいな感じて。3月あるいは4月くらいにでも」
「それは考えてもいいです」
「もちろんテレビ局から、こちらの美術館さんには適当なお礼をお支払いしますし、運搬はテレビ局が責任もって行います。なんでしたら、特に大事な子は私と沢口が責任持ってお運びするのでもいいですし」
「それは、業者さんより、あなたたちに是非お願いしたい!」
とオーナーは言い、これから日程を詰めるものの、金沢でビスクドール展が開かれることになった。結果的にはこの展示会の協力金により、今回の美術館の改装費(材料費だけだけど)はほぼ、まかなえたのである。
青葉がオーナーに言った。
「ここに居る人形たちって、たぶん各々固有の名前を持っていますよね」
「はい」
「その名前を確認できますか?」
「受け入れ簿を調べればほぼ分かると思います」
「もし可能だったら、その名前をですね。人形の前に会議室の名札みたいにして表示してあげられないかなと思って」
「それは膨大な手間がかかりますけど、やる価値があると思います」
これは実は駐車場で自分の車を駐めた場所が分からなくなる対策のひとつとして、いくつの商業施設の大型駐車場が、行っているものの真似である。明恵・真珠・初海があちこちの駐車場を見て回っていて見付けた。
各駐車枠に固有の番号(N347みたいな)を大きく表示しているので、利用者はその番号を覚えておけば、容易に自分の車を見付けることができる。実際には多くの利用者はスマホでその番号を撮影しているようだ。
人形美術館でも、各々の人形の前に自分の名札が出ていれば、万一人形が勝手に移動しても、最終的には自分の席に戻るだろうという考え方である。
青葉がその趣旨を説明すると、
「小学校の教室みたいで面白いかも知れないですね」
と楽しそうに言った。
青葉はこの機会に人形の名簿をパソコンで管理しませんかと勧め、それは名札の件と合わせて孫に相談してみると言っていた。
この作業は、実際には業者に依頼して受け入れ簿を丸ごとパソコンに入力してもらった上で、複数の名前を持っている子の名前選択に関しては渡辺さんとプログラマーさんが話し合いながら試行錯誤した(結構微妙なロジックになった)。名前が不明な子については、孫の遙佳に投げて、彼女が命名してあげた。
そしてこの作業中にオーナーも人形の性別を勘違いしていた子が数人あったことが判明した!優しい顔立ちだと大抵女の子だと思っちゃう!!。
(その子たちはかえって女の子の服を着せられて喜んでいたりして!?)
名札の制作も業者に丸投げしたが、名札を立て、また人形の服にも名札を貼り付ける作業は、デリケートな作業なので、孫の遙佳とその友人たちがやってくれた(報酬はパン食べ放題!←バイト代払うより高くついたりして)。それで夏までには、全ての人形に名札が付くことになる。
千里がオーナーに言った。
「渡辺さんは、W神社をご存じですか」
「あ、はい」
「実はそこで供養を待っている人形たちの中にビスクドールが居るのに気がつきまして」
「ああ。居ますか。捨てられた人形たちを見るのが辛いので、あそこには行かないようにしていたのですが」
「ビスクドールを12体保護しました。この子たちはかなり心が疲れているし、雨風に曝されて身体も傷んでいるので、身体と心のオーバーホールが必要です。それはこちらでしますから、そのオーバーホールが終わった後で、こちらで養女にして頂くことはできないでしょうか」
「オーバーホールを終えた後だったら、引き取れると思います。でもあまり予算が無いのですが」
「無償譲渡でいいんですが、それだと人形たちが「私たちタダなの?」と嫌がりそうなので、1体5000円、12体合計で6万円とかでは如何でしょうか」
「そのくらいなら全然OKです」
「これ現在の写真です。まだオーバーホールしてないので、顔が疲れていますが」
と言って、千里は12体の写真を見せる。
「パプリカ!エリー!ティルダ!」
とオーナーは驚いている。
「この子たちを見て保護しなければと思ったので、神社さんと交渉して引き取らせて頂きました」(*17)
「保護してくださって、ありがとうございます。こんな子たちがいたなんて」
とオーナーは言った。
「良かったら、この子たち12体のお洋服を作っていただけません?着ていた服は雨で傷んでるんですよ。たぶん脱がせる時に崩壊します。身体のサイズは後で連絡しますので」
「作ります!」
実際には身体が“全交換”になった子がほとんどであった。千里の眷属・太陰が、元の身体のサイズを推定して、元のボディと同じ形式のボディを新製した。
ビスクドールの多くは首から上(ヘッド)だけが陶磁器で、身体はコンポジションや、ぬいぐるみである。(ごく一部全身ビスクの子もいるがこの12体には居なかった)。これらの素材は雨に当たると崩壊したり悪臭を放つようになり、全交換が必要である。
この子たちの心のメンテは多分、新しい身体に新しいお洋服を着せて落ち着かせた後で(青葉が!)始めることになる。
(*17) 実は昨日の午後、ホテルで待機している間に神社から全員引き取りOKの連絡があり、“千里”に行って引き取ってもらったのである(自分使いが荒い)。補償金は実際問題として、ほとんどの人が不要と言ったらしい(2人だけ受け取った)。神社は供養料に関しては全員に返金し、これは全員受け取った。
高価な3体の元持ち主は金額に仰天したものの、お金を受け取ると罪悪感が増すからといって、全員辞退したらしい。また神社も手数料を辞退した。
だから千里が払ったのは12万円だけである。
またW神社の宮司さんと、人形美術館の渡辺オーナーが直接話し合い、今後、ビスクドールは神社では供養の受付をしないことにし、こちらの人形美術館を紹介するということで話がまとまった。ただし「売却」の話は受け付けず「無償譲渡」のみを受け付ける(引取料1000円:ほぼ実費)
またS市(しかもかなり端)まで来るのが大変なので、金沢市に人形美術館の“金沢事務局”を設置し、そこで無償譲渡の受付をすることにした。なお事務局の場所は〒〒テレビ内である!!
千里は言った。
「あと最後にひとつお願いがあるのですが、ひとり人形をこちらで預かって頂けませんでしょうか」
「あずかるんですが」
「はい。養女ではなく出張で」
「どういう子でしょう」
(実は養女として引き取ってもらうには、あまりにも高価すぎるのである。渡辺さんには多分とても払えないし、無償譲渡すると高額の贈与税が掛かるので、所有権を移転しないまま、単に客人として預かってもらう以外無い)
「私の友人が所有しているお人形なのですが、ここの話を聞いたら、人形たちのお母さん代わりになってあげられないかと言って」
「ああ、おとなのドールですか?」
「微妙ですね。雰囲気は10-11歳くらいです。だからベベ(bebe) というよりアンファン(enfant) という感じです。身長は80cmくらいです」
「かなり大きいですね!」
「今度連れてきますので、他の子たちと仲良くできそうだったら」
「分かりました。ではその子を見てから」
2月7日(月).
邦生は「研修受けて来て」と言われた。窓口係の伊川峰代、融資係の河合さくらも一緒に行くということで、峰代の車を3人で交替で運転して、研修の行われる高山市まで行った。東海北陸道を走って金沢から2時間ほどである。服装は銀行の制服ということだったので、邦生は朝礼が終わったらすぐ、そのまま駐車場で峰代・さくらと待ち合わせ、峰代の車、ホンダ・ヴェゼルに3人で乗り込む。
「お父さんの車?」
などと、さくらが訊く。
「だいたいみんなそう言う」
などと峰代は言う。
「伊川さんの車なんだ!」
「峰代ちゃんはモコとかタントに乗る子ではない」
と邦生。
「うん、くにちゃん、私の性格をよく分かっている」
「へー」
「くにちゃんは、ミラココアに乗ってるの見たことある」
「あれは母ちゃんの車なんだよ。僕は四輪は持ってない。通販もバイク」
「ああ、吉田さんも“僕少女”か」
えっと・・・
「まあこの3人はあまり、女女(おんなおんな)してないのが共通点かもね」
などと峰代は言っている。
「そうだね。私なんて“かわい・さくら”という名前だけ聞くと、可憐な少女を連想するのにと言われる」
と、さくら。
「女子トイレや女子更衣室で悲鳴をあげられたこと多数という伝説が」
「その情報も広まっているか」
と、さくらは言っている。
「女子の新入社員は窓口にまず配置されること多いのに、私は最初から融資課に入れられたから。しかもひたすら回収専門」
「ああ」
「必殺・はがし人などと呼ばれている」
彼女の迫力で迫られると返すかも!?
「吉田さんもわりと背が高いね」
「そうかな?168cmくらいしか無いけど」
「充分背が高いじゃん!」
と、さくら。
「くにちゃんは身長があるから、普通のキャミソール買うとおへそ出ちゃうというのでミニスリップをキャミソール代わりにしている」
と峰代が言う。
「あ、私もそれ!」
と、さくら。彼女は身長が173cmくらいありそうである。高校時代はバレーをしていたということで、腕も太い。髪もわりと短いし、女子トイレ・女子更衣室で悲鳴をあげられる訳だと邦生は思った。
「でも今回の女性幹部候補生研修に参加するということは3人とも4月には転勤だろうね」
と峰代が言う。
(邦生は↑の“女性”ということばを聞いていない)
「え?そうなの?」
「たぶん主任か何かに任じられて他の支店に行くんじゃないのかなあ」
そうなると、引っ越さないといけないのだろうか。あまり遠くになるのは真珠との交際に不便になるなあ、と邦生は思った。
「まあそもそも銀行は、不正防止の問題で、ひとつの支店の同じ部署に長期間勤めることはないからね」
と、さくらも言っていた。
車は途中不動寺PAまでを峰代が運転し、その先、目的地までを邦生が運転した。目的地はカーナビに入れてあるので、その指示通りに運転して辿り着く。
会場となる高山市の研修施設は、市街地からも離れていて、周囲に住宅や商業施設などは見当たらない感じであった。
受付で3人の名前の所にチェックを付けてもらう。
「ちょっと待ってください。そちらは男性の方ですか?」
と受付の人は、さくらを見て言った。
「この子、よく間違われるけど女です」
と峰代が言い、さくらは健康保険証を見せる。ちゃんと性別:女と書かれている。
「確かに女性ですね。失礼しました」
ということで、さくらも受け付けられた。
1人ずつ部屋番号が印刷された紙のカードキー(磁気ストライプ付き)をもらう。峰代が714, 邦生が715, さくらが716だった。それで一緒に7階に登り、714, 715, 716 が並んでいる所で
「じゃお互いがんばろう」
と言って別れ、カードキーで各々のドアを開けて部屋に入った。
キーを室内の差し込み口に差し込むと灯りが点く。
邦生は荷物からパソコンを出すと、電源とイーサーケーブルを繋いだ。
講習は全てLAN経由で行われる。講習テキスト表紙に書かれているアドレスを打ち込むと、出席確認の画面が出るので、そこで自分のidを入力し、出席のクリックを入れておく。出席確認はこの後、抜き打ちで行われるので、10分以内にクリックしないと、どこかに行っている、あるいは寝ているとみなされるので、結構気が抜けない。10分というのはトイレに入っていた場合の考慮である。
なお食事はお弁当が朝昼晩、部屋の前に置き配されることになっている。邦生たちが到着してまもなくお昼がデリバーされたので、それを食べ、13時から研修は始まった。
主催者の挨拶の後、この日は講演が2つあった。最初の講演では最初に出欠確認があったのですぐクリックしたが、2つ目の講演は途中で出欠確認があった。邦生は完璧に寝ていたが、峰代からショートメールがあり、それで目を覚ましてクリックした。峰代・邦生・さくらの間では、出欠確認があったらショートメールでお互い連絡しようということにしている。
講習が終わった後の夕食は、峰代の部屋に、邦生とさくらが自分のお弁当を持って集まり、3人でおしゃべりしながら食べた。一応4人以上の会食は禁止という通達が出ているのだが、H銀行金沢支店組は3人なので、問題無しである。
「でもここは個室にバストイレが付いてるから安心」
と、さくらが言っている。
「お風呂はまだいいとして、トイレが別なのは凄く困るよね」
「さくらちゃんの場合は、女子トイレでも、女湯の脱衣室でも悲鳴をあげられるという意味ね」
「そうなのよ!私、小学校でも中学校でも修学旅行の時に女湯からつまみ出された」
「たいへんねー」
「それで男湯に入った?」
「さすがに無理だから、女の先生に付き添ってもらって確かにこの子は女ですと言ってもらって、仲居さんの前で裸になって、やっと納得してもらった」
性別が誤解されやすい子は大変だなあ、などと邦生は思っていた。
この日は御飯が終わった後、おやつを食べながら21時頃までおしゃべりをし
「あまり遅くなると明日に響くから」
ということで解散。各自の部屋に帰って寝た。
邦生は真珠と1時間ほどLINEで話してから寝た。
1日目の講習は2件で、企業の創業者と2代目さんで、会社を育てて来た経緯、またカリスマ経営者だった父が死んだ後、会社をどうシスマティックにして行ったか、などという話だった。結構興味深い話だった(でも寝てた)。
2日目は午前中に1件、午後から3件の講習があった。コンプライアンスの話、個人情報保護の話、知的所有権の話、労働法規の話など、実務的な話が並んだ。邦生はまた峰代のメールで目を覚まして出欠のクリックをした。
3日目は、午前中1件と午後1件だった。B/S(貸借対照表), P/L(損益計算書), 決算報告書などの見方や経営状態を数値で捉える手法の話、人間関係について心理学者の立場 からの話で、2日目の話よりはまだ眠くなりにくかった。これで3日間の研修 は終わり、夕方研修所を出た。
3人は高山市内でラーメンを食べた後、交替で運転して金沢に戻る。帰りは前半をさくら、後半を邦生が運転した。ただし、金沢市内で、まず邦生のマンション前で邦生が降り、その後、さくらが運転して自分のアパート前で降り、最後は峰代が運転して自宅に戻った。
「ただいまあ」
と言って、邦生はマンションに帰り着くと、疲れが出て、リビングの床に寝転がった。
「おかえり。お疲れ」
と言って、真珠は邦生にキスをした。
「御飯できるまで時間が掛かるから少し寝てるといいよ」
「そうする」
と言って、邦生は起き上がると、トイレに行ってから、寝室に入り、布団に潜り込んだ。
真珠は邦生が放置していった資料を見る。
「うーん・・・」
“銀行協会・女性幹部候補生研修会”と書かれている。
「やはり、くーにんは女子扱いなんだな」
とあらためて思うと同時に、真珠は疑問を感じた。
「果たして、くーにんは女性講習会であることを意識して参加したのか、あるいは女性向けの講習会であることに全く気付かなかったのか」
もちろん後者!!!
真珠は『ぼくレスビアンの勉強した方がいいかなあ』などと考えていた。
2月14日(月・友引・なる).
夕方、金沢市内のホテルで、藤尾歩と青山広紀は結婚式を挙げた。広紀の妊娠が判明したことで、早めに式を挙げようということになり、この日の挙式となったのである。コロナの折、式はお互いの家族のみ。祝賀会もネット形式となった。結婚式は人前式で、ふたりはともにウェディングドレスを着て、式に臨んだ。
なお婚姻届はこの日の日中に金沢市役所に提出した。男と女の婚姻届なので、何の問題もなく受け付けられた。なお苗字は事実上の夫(法律上は妻)の苗字、藤尾を使用する。
祝賀会には、神谷内・幸花・邦生も、広紀の友人としてネット参加している。青葉も“某所”からネット参加した。
そしてこの様子は当然『北陸霊界探訪』でも60秒ほども時間を取って紹介された!!(盆栽よりよほど長い)
岡山市内。
武石満彦は自分のおっぱいに吸い付いている令菜(2020.6.20生)の背中を撫でていた。
「令菜は、私のおっぱいより、みっちゃんのおっぱいが好きだね」
と紗希が嫉妬するように言う。
「だって、さっちゃんのおっぱいは“出ない”けど、ぼくのおっぱいは“出る”からね」
と“母親のゆとり”で満彦は言う。
「まあいいや。次の子は私が産むよ」
「よろしくー。妊娠出産はほんと大変だったよ」
「まあ頑張ったね」
「身体も男に戻ったし。おっぱいだけはそのままだけど」
「そりゃおっばいが消えたら、令菜が困る」
「でも完全な女のままで居たかったんじゃないの?」
「ぼくの性別意識が揺れてるのは認めるけど、ぼくはやはり女として生きていくだけの覚悟は無いよ。ほんと一時はどうなることかと思った」
「そうかなあ。みっちゃんは女として立派に生きていけると思うけど」
「まあ男に戻れたし」
「レスビアンもいいと思っていたのに残念だ」
「ちんちんも立つし」
「もう長らく立たなくなってたね」
「立ったの見た時は、男に戻れたぁって感動した」
「がっかりしたんじゃないの?」
「取り敢えず胸があるからいいや」
「やはり女の子になりたいのね。女性ホルモンの注射してあげようか?」
「さっちゃんが妊娠してからにする」
「OKOK。私が妊娠したら、みっちゃんは去勢して女性ホルモン投与ね」
「去勢するの〜〜!?」
「邪魔でしょ?」
武石満彦と紗希は、2019年9月28日(誰かさんのせいで)突然2人とも性転換してしまった。そして紗希は翌日女に戻ったものの、満彦は女のままで、やがて妊娠が判明する。
要するに妊娠してしまったため、赤ちゃん保護のために性別回帰が保留されてしまったのである。満彦はそのまま妊娠生活を送り、2020年6月20日、令菜を出産した。
そして満彦はそのまま令菜の母親を1年間した後、出産の1年後、2021年6月20日、唐突に股間の形だけ、男に戻ったし、女性ホルモンの摂取を始めて以来勃起しなくなっていた陰茎の久々の勃起も経験した(挿入と射精もちゃんとできた)。
それで満彦も1年9ヶ月ぶりに男に戻ったのだが、おっぱいはそのままで、ちゃんとお乳も出るので、令菜はいつも、満彦のおっぱいに吸い付いているのである。むろん1歳をすぎで、令菜はふつうの御飯をもう食べてはいるが、やはりおっぱいに吸い付いていると、安心するようである。
おっぱいは紗希にもあるが、そちらのおっぱいは“出ない”ので、令菜にはお気に召さないようである。
このおっぱいがずっとこのままなのか、授乳が終わると消えるのか、それはふたりにも分からない。
その日、&&テレビの取材班は、W神社に何か面白いものができているという情報を掴み、ローカル番組の取材班が訪問してきた。
「鉄道ができたんですか」
「はい。社内鉄道です」
と宮司さんは笑顔で語った。
境内に大量に人形が並んでいる中、レールの絵が描かれた“線路”が設けられていて、そこを機関車トーマスのパーシーがゆっくりと走っているのである。
「ひとつは、あの世へ旅立つ人形たちへの餞(はなむけ)に鉄道模型で楽しんでもらおうということ。ひとつはたくさん人形が並んでいるのが恐いとおっしゃる参拝客さんもおられますので怖さを軽減しようということ。そして、あとひとつは人形たちが勝手に動いたりしないように見ている羊飼い犬、シープドッグの役ですね」
「羊飼い犬ですか!」
「羊たちが勝手な動きをしないように羊飼い犬が見張ってますよね。この蒸気機関車はガードマンなんですよ」
「なるほどー。見張りがいたら、勝手に移動したりできないんだ」
「だからこの蒸気機関車は雨や雪が降ったり、風が強い日を除いては夜中もずっと動かし続けます」
「電池持ちます?」
「簡単な電子工作で、30分に一度だけ巡回するようになっていますし、駅にいる間は充電しますので、大丈夫ですよ」
「結構ハイテクな気がします」
「他の局で申し訳無いんですが、実は〒〒テレビの『北陸霊界探訪』のスタッフの女性の中に、この手の電子工作が好きな人が居て作ってくれました」
↑少なくとも全員女性に見えた!
「ああ。石川ドイルさんの番組ですか!」
とレポーターは言ったのだが、カメラマンから小声で言われて気付く。
「あ、すみません。石川ドイルじゃなくて、金沢ドイルさんだった。〒〒テレビさん、ごめんなさい」
と、その場で訂正していた。
なおこの局の番組のほぼ1ヶ月後に放送された『霊界探訪』(2022.3.18)では、この“社内鉄道”の制作の様子も映っていた。主として工作事をしていたのは、邦生であり、駅も彼が作った(女性スタッフと言われたのは気にしない)真珠と千里が力仕事担当で協力している。線路を専用マットの上に描いたのは真珠である。
最初はプラレールを考えたのだが
「風で飛んでいく」
ということになった。
神社側は
「台風とかの前に取り入れたり、その後設置したりくらいやりますよ」
と言ってくれたが、それをずっとやっていくのはどう考えても大変である。
そこで雨風に強い“描いたレールの上を走る”センサー型の汽車を採用した。これなら線路が雨で薄くなったり消えても、描き直すだけで済む。経路を変更するのも簡単である。
機関車は市販の模型機関車にセンサーやタイマーを組み込んで作ったものである。邦生と後藤(後述)は改造方法を文書にまとめ神社さんに渡した。ある程度電子工作と組み込み機器のプログラミング経験のある人なら同様の改造ができるはず、と邦生は言っていた。
なお、駅は社務所の建物の軒下で窓の傍にあり、アクリル板で守られているので、出入口のふたを閉めるだけで、雨風から守られる(この部分の工作は真珠がした)。本当に風が酷い時は、窓を開けて駅舎ごと室内に退避させることもできる。
この“社内鉄道”の導入後、これを見るために神社に来る人も結構増えたらしい(30分に1度走るので、走るまで待っている)。
人形美術館の改造(施行:ムーラン建設!:播磨工務店だと危ない)と人形の移動が終わった直後、2月10日(木・さだん)、千里・青葉・真珠(ドライバー兼カメラマン)と“マリアン”は、S市の人形美術館を訪問した。
下記の場面は、真珠によりリアルタイムに撮影され、今回の『北陸霊界探訪』のラストシーンとして放送された。
この日は、先に真珠と青葉が中に入り、オーナーおよび人形移動作戦の中心となった孫娘・遙佳に挨拶する。美術館は既に改装工事が終わっており、バルコニーが新設されている。ムーラン建設は、今の美術館の壁が弱くてバルコニーを設置すると壁ごと崩れる恐れがあるとして、壁自体を鉄板で補強してくれていた。
そしてプライドの高い人形たちはそのバルコニーに並べられている。また孤独が好きな子たちは、仕切りのある所に並べられている。2週間弱休館した美術館も明日の建国記念の日から再開の予定である。
名札付けについて現時点では、ガラスケース内のアンティークドールだけ作業しており、真珠はそれを撮した。そして全ての人形に同様に名札を付けるので、この後は人形が一時的に勝手に移動しても、最終的には自分の名札のある席に戻るはずとオーナーさんが説明した。なお、本格的な名札付けは、たぶん4月以降の作業となる(これは業者にはさせられないので)。
真珠が美術館の入口を撮影している。
そこに千里が“マリアン”の手を引いて、一緒に歩いて入ってきた。
「ウォーキング・ドール!」
とオーナーさんが声をあげる。
「フランス生まれ、ウォーキング・ドールの“マリアン”です。よろしくお願いします」
と千里が言う。
「マリアンちゃん?こちらこそよろしくね」
と、屈み込んで人形と同じ視線で、遙佳が挨拶した。
それでマリアンはこの日から、ここの美術館に長期出張することになったのである。
千里が提案したのはこういうことであった。
人形たちが勝手に動き回らないようにするには、見張りを付けるのがいい。でも例えば警官とかの人形に巡回させるのは、デリケートな人形たちが萎縮する。怖がる子もいる。
むしろ人形たちに必要なのは、お母さんである。
お母さんが見回るのは、人形たちもかえって安心する。
それでウォーキング・ドールの登場となったのである。
ウォーキングドールというのは、子供が手を引いてあげると、しっかり一緒に歩いてくれて(家の中くらいなら)お散歩のできる人形である。100年前の技術で、これだけのことができる人形が作られたのは、本当に凄いことである。但し千里が連れて来たウォーキングドールは2000年代に作られたリプロダクションである。さすがに19世紀当時のウォーキングドールで現在でもしっかり動くものは、恐らく世界中でも数体しか残っていないものと思われる。
通常リプロダクションは、実際のアンティークドールから型を取ってヘッドを作り、それを焼成するため、オリジナルより2割ほど小さくなる。しかし、マリアンは3Dプリンタで25%ほど大きい型を作っているので、焼成後は、オリジナルとほぼ同じサイズになっている (1.25×0.8=1.0).
“マリアン”は人形作家が、からくり人形師と組んで、既に動かなくなっていたウォーキングドールを研究し、当時の歩行機構を再現して、電子回路など無しでお散歩できるようにしたものである(歩行機構の部品には耐久性の問題から一部ファインセラミックスやプラスチック製品も使用している、また靴もしっかりしたラコステのスニーカーを履かせている)。
制作したのはマルセイユの人形工房で、マリアンの姉妹は実は全部で20体ほど居る(同じ型から作っているが、例によって顔は一体一体微妙に異なる)。量産できるものではないし、1体の制作には半年くらいかかる。お値段は聞かないほうがいい。
千里は自分で手を引いてマリアンを館内に連れて来たが、この子に人形たちの間を巡回させるには、手を引いてあげる人物が必要である。
それで千里は、その導き役としてて、先日小鳩ホールで使用した後、自宅待機していた巡回ロボット“”(オーケストラ団員たちの命名で、舞音の手で“Sui Sui 1”という名前が描かれている)を連れてきた。なお、車の中でマリアンは座席に座らせたが、スイスイ1号は荷室に入れていた!
それでスイスイ1号にマリアンの先導をさせようというのが千里の提案だった。
実際にスイスイ1号がマリアンの手を引いて人形たちの間の保守用通路を一緒に巡回している様子を見て、オーナーさんも遙佳も
「すごーい!」
と言って感動していた。
展示されている人形たちも、この“お母さん”には興味を示していたようである。スイスイ1号(水谷妹の手で顔も描かれている)については「何か変な子がいるが、まあいっか」程度。
マリアンはちゃんと導けば方向転換もできる。この導き方は、急遽プログラムを組んで、スイスイ1号に覚えさせた。万一マリアンが倒れた場合はスイスイ1号から指定の電話番号に電話が掛かる。が、通報があったのは、運用開始後1度だけ、通路に掃除用のモップを置き忘れていたのにマリアンが躓いたのがあっただけである
巡回のインターバルは調整出来るので、日中は30分に1度、夜間は1時間に1度巡回させることにした。人形の歩みはスローなので、1回の巡回に10分くらいの時間がかかる。
今回の『北陸霊界探訪』は、このスイスイ1号に導かれて、ウォーキングドールのマリアンが人形たちの間を歩き回る様子の映像で閉じられた。
2月11日(祝).
編集会議が終わり、解散になった後、青葉は千里と一緒に、真珠が運転するCX-5で帰る態勢だったが、千里が
「ちょっと用事を思い出した。先に帰ってて」
と言って、離脱した。
(それで青葉を運ぶ車はマーチ・ニスモに変更された)
テレビ局廊下の自販機の前に、邦生がボーっとして立っている。
「くにちゃん」
「あ、千里さん」
「何か最近悩んでない?」
と千里が言うと
「千里さん、ちょっと相談に乗ってもらえませんか」
と邦生は言った。
「うん。何?」
「どこか他人の聞いてない所で」
「じゃ私の車の中で話そう」
「はい、すみません」
それで千里は邦生を駐車場に連れて行き、駐めてあるCX-5の鍵をアンロックして後部座席に一緒に乗った。
車内に常備している缶コーヒーを1本渡す。
「済みません」
「まあ襲ったりしないから、気楽にね」
「はい」
と言い、邦生は缶のふたを開けて一口飲む。千里も一口飲んだ。
「実は私の体質がここ数年女性的になってきているのではないかと、周囲の人からよく言われるんですけど」
「ああ、けっこう女性化してきてるよね。でも女性的になりたいんでしょ?」
邦生は少し考えていた。
「私自身は男っぽいとか、女っぽいとか、あまり気にしないんですけど、女性ホルモン摂ってないのに女性化しているのなら、肝臓疾患とかも考えられるから、病院を受診した方がいいと言う人もあって。千里さん、どう思います?」
「私は医者じゃないよ」
「病院行ったら、男性ホルモンとか投与されそうで。でも自分をあまり薬漬けにしたくない気分で」
千里は
「手を握らせて」
と言って、邦生の手を握った。しはらく何か探るようにしていたが、やがて頷くようにしてから言った。
「女性化が進む場合、アロマターゼが過剰になっている可能性がある。アロマターゼというのは、体内で生産された男性ホルモンを女性ホルモンに性転換する物質。女性の身体の中では、いったん作られた男性ホルモンがアロマターゼの働きで、女性ホルモンに変化し、女らしい身体を作る」
「アロマターゼは男性の身体の中にもあるけど、本来は肝臓で分解されて過剰にならないようになっている。しかし肝臓疾患があると、この分解がうまくいかず、アロマターゼが過剰になり、男性ホルモンがどんどん女性ホルモンに転換され、女性ホルモン過剰になって女性化が進む。だから男性なのに女性化乳房とかがある場合、真っ先に肝臓疾患が疑われる。またアロマターゼは脂肪の中にあるから、脂肪の多い人はアロマターゼが多く、女性化しやすい。お相撲さんのおっぱいが大きいのも多分このせい」
と千里は前提の解説をした。
「でも私が見る限りは肝臓にも副腎にも異常は無いよ」
「本当ですか」
「私は医者じゃないから、保証はできないけどね」
「はい」
「くにちゃんの女性化は、むしろ性別軸がずれてることによるもの」
「性別軸!?」
「性別軸は、女性なら0度、男性なら180度、いわゆるふたなりの人は270度、90度も男女中間の形だけど270度とは別の形態」
(デンデンクラウドは最初270度“ふたなり”に近い285度に設定したが、その後、バストがあるのは困ると言われて90度“中性”に近い120度に再設定した。その結果クラウドは現在立っておしっこができない(おしっこは女性の位置から出る)が上半身の裸だけ見ると一応男みたいに見える:本当は思春期前の少女に近い。どっちみちもう“裸芸”はできない。彼は男のままにしておくと絶対性犯罪者として捕まる、というのでマリナ・千里・丸山アイ3者の意見が一致した。彼の身体のことを知っているのはケンネルのみ)
「角度があるんですか!」
「いわゆる男の娘には、これが180度に到達してなくて、150度くらいの人がいる。アクアなんかがそのくらいだよ」
「へー」
「だから彼は思春期前の男の子のように性的に未成熟」
「アクアの性別もよく分からないですね」
「普通20歳で思春期がまだ来てないというのは考えられないから、多くの人がアクアは去勢しているのか、あるいは実は女の子なのではと思っている」
「ええ」
「女性ホルモンを摂取して女性化していきつつあるMTFさんは190度くらいの状態に近い」
「なるほど」
「あくまで人工的にそれに近い状態にしているだけだけどね」
「ああ」
「くにちゃんの場合は、性別軸が今175度くらい。だから睾丸の機能が低くなっている。それで男性ホルモンの分泌が少ない。でもアロマターゼは通常の男性と同程度あるから、結果的にわずかに女性ホルモン優位の状態になっていて、女性化が進行しているのだと思う」
「なぜ軸がずれたんでしょうか」
「笑劇団の呪いのせいだと思うよ」
「やはりあれ呪いなんですか!」
「恐らく性転換しちゃった人たちは160度から、ひょっとしたら140度くらいまでずれたと思う。でも、くにちゃんは早々に逃げ出したから軽く済んだ。それでも、たぶんこれ放置してたら、軸はもっとずれていって、女性ホルモンが多くなると睾丸の機能が弱くなるからいづれ加速度的に女性化が進み、乳房も膨らんでいって、5年程度以内に、くにちゃん、性転換手術を受けたい気持ちになっちゃうと思う」
「それは困ります!」
「真珠ちゃんと結婚できなくなるよね。その呪いを除霊してもいい?」
「お願いします」
それで千里は、靴を脱ぎ靴下も脱いで、スカートがめくれるのも気にせずあぐらをかくと、右手の薬指と左足の中指を接触させた。
邦生の身体の中から何かが抜けていく感じがした。
邦生はすごくスッキリした気分になった。
「次は君の右手薬指で私の左の第10肋骨に触って」
「千里さんの胸に触るんですか〜?」
「除霊に必要なんだよ。人体模型にでも触る気持ちで」
「分かりました」
邦生は“第十肋骨”がどこにあるかは知っていたようである。千里が場所を教えなくてもそこに触った。
「その状態のまま左手薬指で自分のちんちんに私がストップと言うまで触って」
「はい」
「ストップ」
千里はすぐ「ストップ」と言った。触っていたのは数秒だったが、下腹部付近の“暖かい部分”(実は卵巣のできかけ!)が少し減った気がした。右手も外していいと言うので外す。
「これで呪いは除去した」
「ありがとうございます!!」
「もう性別軸がこれ以上ずれることはないよ。ついでに睾丸が女性ホルモンに曝されて機能を失いつつあったのを少しだけ回復させた」
「助かります!」
(実は千里は後半の操作で軸を177度くらいまで戻したが、そのことは(言わない方が面白そうだから)言わない。睾丸の機能回復は軸を修正した副作用である。この程度の角度なら、身体は男っぽくもならないが女性化はほぼ停止する(物凄くゆっくり女性化する)はずである:多分真珠の好み)
「これ見料はいくらくらいお支払いすればいいでしょう?」
なんか凄いことしてもらった気がするから100万円くらいかなあ、などと思う。
「そうだなあ。ダイヤの指輪が欲しいかな」
「ダイヤの指輪ですか!?」
「真珠(まこと)ちゃんに買ってあげなよ」
邦生は一瞬顔を赤らめた(やはり性格が女性的になっている)が、すぐ元気な声で言った。
「そうします!」
「ところで、性別軸はどうする?」
「え!?」
「このままにしておけば適度に女らしくなれる。私も気付かなかったけど、175度は、男の娘として最高の角度だよ。外見的には女に見えるから無理なく女装できるし、たぶん女湯に入ってもバレない。一方で男性機能はあるから、男としてセックスできるし、最高かも」
「女湯に入るとか無茶です」
「女湯に入ったら女の裸とか見放題なのに」
「真珠に殺される気がする」
「そうかもね。いっそ0度にしようか。完全な女性になって妊娠も可能になる。真珠ちゃんの赤ちゃんを産んであげられるよ」
「私が産むんですか〜?」
「あるいは270度にする手もある。ペニスもヴァギナもあるふたなり状態になるから、男とも女ともセックスできる。真珠ちゃん男役が好きみたいだし、そういう身体も便利じゃない?真珠ちゃんに入れてもらえるよ」
ヴァギナが無くても日々入れられてるんですか?(さすがに言えない)
「あのぉ、完全な男にして頂くことは?」
「せっかく女らしくなってきてるのに、そんなのもったいないじゃん!こんな可愛い、くにちゃんを、男にしてしまうなんて犯罪だよ!」
と千里は本当に嘆くように言った。
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【春動】(6)