【春逃】(1)

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1月28日(金)10:55.
 
真珠は1時間目と2時間目の間の休み時間のはずである。
 
邦生は情けない声で真珠に電話した。
 
「朝はみんな居たから言えなかったけど、これどうなってんの?」
「タックしただけだよ。残念ながらちんちんは切ってないからごめんね」
 
そういえば、中学の修学旅行の時、青葉が、呉羽の(当時はまだ存在していた!)男性器を上手に接着剤を使って隠してしまったな、というのを思い出した。
 
あれか!
 
(タック作業をする前に真珠は(セックスで疲れて)眠っている邦生に「ちんちん取ってあげるね」と言っているが、これを邦生は夢うつつで聞いていた:その後、白いドレス同士で並んで記念写真を撮られる夢を見た)
 
「これどうすれば外れるの?」
「瞬間接着剤でくっつけちゃったから、永久にそのままだよ」
「それは困る。これじゃトイレにも行けないじゃん」
 
まさかずっと我慢してるのか?
 
「トイレはそのままできるよ」
「ほんとに?」
「便座に座って普通にすれば普通にできるはず」
「だったら、まだ何とかなるかな」
「くーにんは、小便器とか使わないから問題無いよね」
「まあ確かに使わないことは使わないけど」
 
このあたりの実態は峰代たち女子行員がバラしているので、今更隠そうとしても仕方ない。
 
「ちょっと見には、ちんちん無くて割れ目ちゃんあるように見えるから、そのまま女湯にも入れるよ」
「おっぱいないから無理〜」
「豊胸手術する?」
「そんなのしたくない」
 
「まあ女子水着を着てもお股に変な盛り上がりが無いから、女の子だと思ってもらえるよ」
「それまた変な誤解を招く〜」
 
「みんな理解してるから大丈夫だよ。くーにん、女の子になりたいんでしょ?心配しなくても性転換しても結婚してあげるから。今日は性転換の予行練習ね」
 
(こういうこと言ってあげれば邦生が喜ぶだろうと思って真珠はわざと言っている)
 
「じゃ今日1日何とか頑張るから、今夜戻って来たら外してくれる?」
「明日そのまま津幡のプールに行っといでよ。女子水着買って」
 
「・・・それもいいかな」
「頑張ってね〜。プール行って来たら外してあげるよ」
「頼むよ」
 
邦生はこの電話の後、トイレに飛び込んで便座に座った。それで恐る恐る出すとちゃんとすることが出来たのでホッとした。ただ、おしっこが物凄く後ろの方から出るので驚いたし、出た所を拭くのに普段からすると相当手を伸ばす感じだった。
 

青葉と中学・高校で一緒だった山田星衣良は大学も青葉や邦生と同じK大法学部に入った。青葉がマスコミ指向、邦生が金融機関指向だったのに対して、星衣良は法律家を目指していた。3年生の時に、司法試験予備試験の短答式(5月)に合格したが、論文式(7月)で落とされた。もし3年生で予備試験に合格すると、4年で司法試験に合格し“大学中退”で司法修習生になり弁護士などになるという法曹人として最高の名誉を得られた可能性もあったのだが、それはかなわなかった。
 
(司法修習が12月から始まるので、大学在学中に司法試験に合格した人は大学を中退することになる。だから法曹界で最高の経歴は“東大法学部中退”である。卒業した人は1回以上浪人したことになる)
 
星衣良は4年生の時に再挑戦して論文式(7月)を美事クリア。口述式(11月)にも合格して司法試験の受験資格を得る。そして大学卒業後は、法科大学院には進学せずに予備校(大学1年の時からずっとここでも学んでいる。法律家を目指す人は事実上ダブルスクールする必要がある)のみで勉強。2020年5月、司法試験を受け、9月に合格通知をもらう。それで2020年12月から司法修習生になった。
 
(司法試験を受けてから司法修習が始まるまでの半年間は合格することを前提に法律予備校で物凄く濃密な勉強をする。何の準備もなく司法修習に入ったら、どんな天才でも僅か1年の間に膨大な知識を獲得し習熟することは不可能である。そもそも司法修習生になって最初にやらされる課題は、最低数ヶ月の勉強をしてないと絶対にできないシロモノである)
 
星衣良は2021年11月に約1年間の修習を終えて“2回試験”を受けた。そして12月に合格通知をもらい、美事、法曹資格を獲得した。24歳での取得は充分優秀である(青葉・邦生を含め、元同級生から大量のお祝いをもらった)。法科大学院経由だと、法曹資格を取れるのは最短でも26歳になる年である。
 
そして星衣良は2022年1月から、金沢市内のHS法律事務所に入った。ここで当面は“イソ弁”(*1)として、弁護士活動を始める。
 

(*1)弁護士にも様々な活動の仕方がある。
 
イソ弁:法律事務所に雇われて活動する弁護士。イソは居候(いそうろう)。給料がもらえる。ボス弁から仕事を回してもらえるし、助手を務めたりもしながら、弁護士の仕事の実務や事務所経営について学ぶ。これを何年か務めたら独立して自分の事務所を持つのが理想(友人弁護士、あるいは司法書士などと2-3人でマンションなどを借りて事務所を作る人も非常に多い)。
 
ノキ弁:大きな法律事務所の軒先を借りて活動する弁護士。給料は無く家賃を払う。おこぼれの仕事にあずかれる。イソ弁からノキ弁を経て独立する人もあるが、最近はイソ弁の口(くち)が見付からず、やむを得ず法曹資格取得後最初からノキ弁をする人もある。
 
タク弁:自宅を事務所として使う弁護士。自宅外に事務所を構えるには資金が足りない場合にこれをする人もあるが、事務所専用に、生活空間を経ずに入れる部屋を最低1部屋確保する必要があり、ある程度広い家が必要。最近では法曹資格取得後、イソ弁の口もノキ弁の口もすぐには得られず、一時的に?タク弁になってしまう人もある。
 
スマ弁:事務所が無く、スマホだけで営業する弁護士。ほぼ信用が無い。スマホ以前は“ケー弁”(携帯電話弁護士)と言われていた。クライアントの家・事務所を訪問したり、ファミレスなどで会って相談を受ける。最近は法曹資格取得後、イソ弁にもノキ弁にもなれず、タク弁をするには家が狭くて困難で、スマ弁になってしまう人もあるらしい。
 

1月29日(土)
 
(この日真珠は青葉たちと一緒にS市に行っている。戻ってくるのは31日昼)
 
邦生はその日、まずは金沢市内のスポーツ用品店に行くと、FINA認定“されてない”女性用競泳水着を買った。サイズが不確かだったので、お店のお姉さんに測ってもらった(お姉さんは邦生の性別に何の疑問も持たなかった!たぶん微乳女と思われた)。
 
そしてNinja1000に乗って津幡タウンまで行き、VIP駐車場に駐める。守衛室でidカードをタッチしてゲートを通りエレベータでプライベートプールに降りた。
 
男子更衣室に入ろうとしたら、ちょうど女子更衣室から月見里(やまなし)公子・夢子の姉妹が出てくる。
「あ、お久〜」
「お久〜」
と挨拶を交わす。
 
「しばらく遭遇しなかったね」
「1年ちょっとぶりくらいかなあ」
 
2020年秋に“巨大熊”を追いかけていた時期、練習中の青葉に緊急連絡が入った場合に、報せる役として、何度かここに来た。その時以来である。
 

「そちらはどう?」
と邦生は訊いた。
 
「去年の国体では(姉妹)ふたりとも決勝には進出したんだけど、メダルには手が届かなかった」
と公子。
 
「頑張ってるじゃん。今年はメダル狙おう」
「うん。そのつもり」
「じゃまた」
と言って、邦生が男子更衣室に入ろうとしたら
 
「こら、何やってる?」
と言われて、公子に掴まる。(ついでにお股に触られた!)
 
「酔ってる?そちらは男子更衣室だよ」
「だから男子更衣室に入る」
 
「聞いてるよ。くにちゃん性転換手術受けたんでしょ?だったらちゃんと女子更衣室使わなきゃ」
「そんな手術受けてないけど」
 
(でもさっきお股を触られて、お股に突起物が存在しないことを確認された!)
 
「性転換手術は大学生の頃に済ませてたんだっけ?とにかくくにちゃんはこっち。男子更衣室は筒石さんだけだよ」
 
と言われて、邦生は女子更衣室に押し込まれた。
 

中には誰も居ない。
 
まいっか、と思って邦生はそこで女子水着に着替えることにする。そもそも男子更衣室が出来る以前は、全員女子更衣室で着替えていた。だからここは過去に何度も使っている。
 
その時、女子更衣室内にちゃんと自分の名前が印刷された札の入っているロッカーがあることに気付き、腕を組んで悩んだ。
 
このロッカーいつからここにあるんだ!?
 
ちなみに邦生が「津幡においでよ」と青葉から誘われたのはつい一昨日、1月27日の夜である。その後、空きロッカーに自分の名札を入れたのだろうか?それとも以前からあったのだろうか。なお一昨年の秋に来た時は男子更衣室を使用して着替えはカゴに入れている。
 
ここに男子更衣室がてきたのは2020年4月でクマ騒動は2020年秋である。
 
ともかくも邦生は着替えを自分の名前があるロッカーに入れた。
 
(実は女子更衣室の邦生用ロッカーは、2020年4月に男女の更衣室が分離された時からある!だから巨大熊事件の時、邦生は本当は女子更衣室を使っても良かった。邦生なら女子たちは誰も文句言わない。奥村春貴や桜池裕夢のロッカーも当然女子更衣室である。男子更衣室は、事実上、筒石の隔離用である。なお、現在、着替え用のカゴは感染拡大防止のため撤去されているので、ロッカーの無い人がここで着替えることはできない)
 

更衣室を出てシャワーを浴びた上で中に入ると、1人(フォームから見て多分竹下リル)泳いでいて、南野さんが休憩中のようである。
 
「お久〜」
「お久〜」
と邦生は南野さんと挨拶を交わす。
 
「くにちゃんは第1レーンを使ってね」
「ありがとう」
「一応代表候補選手以外は原則第1レーン、そこが塞がってたら第0レーンということで」
「了解、了解」
 
邦生は日本選手権の参加資格記録をクリアしてないので、代表候補ではない。
 

それで準備体操をしていたら
「でも、くにちゃん、かなり女らしくなったね」
と南野さんに言われた。
 
「そうかな?」
「腰の線とかすごく色っぽい。押し倒したい気分になる」
 
この子レズか??
 
「おっぱいまだ小さいみたいだけど、きっとすぐ大きくなるよ」
「あはは、ありがとう」
 
やはり、俺は性転換して女になったと思われているようだ、と邦生は思った。なんで俺、こんなに女っぽくなってきたのだろう。
 
邦生はそもそも雰囲気が女性的だし、女子水着姿に、(真珠にタックされたため股間の膨らみが存在しないので、当然性転換済みと思われていることを邦生は意識していない!
 
(これは千里に除霊してもらう前。この日は1/29, 除霊は2/11)
 
この日は2時間泳ぎ、1時間採暖室で休憩して、再度2時間泳いだが、久々で気持ち良く泳げた。そして、女子水着を着けていると、確かに水の抵抗が少なく、随分泳ぎやすいのを感じた。筒石さんは多分この“速度感覚”に慣れるため、女子水着で練習しているのだろう。筒石さんの実力で女子水着で泳いだら多分日本記録を軽く突破する。
 
邦生があがる時、3人がまだ練習していた。竹下、金堂、南野の3人のようだった。みんな頑張るなあと思った。
 

津幡“火牛タウン”開発の経緯
 
2019.09.16 青葉が究極の自爆営業で津幡のスポーツセンター跡地を7億円で買っちゃう。
2019.09.30 売買契約
2019.10.09 地鎮祭
2019.10.16 起工式
2019.11.06 プライベートプール&VIP駐車場竣工
2019.12.13 追加土地取得
2019.12.23 体育館竣工・ムーラン開店
2020.04.17 アクアゾーン&火牛ホテル限定開業。
2020.07.06 辺来の里神社鎮座
2020.09.02 テニスコート竣工・開業
2021.02.13 グラウンドゴルフ場竣工・開業
(以上で第1期開発終了)
2021.03.30 第2期開発用土地購入
 
運営主体
プライベートプール:グリーンリーフ(〒〒スイミングクラブに管理委託)
火牛アリーナ:SP
アクアゾーン・火牛ホテル:ムーランリゾート
ムーラン移動レストラン:ムーランダイニング
テニスコート・グラウンドゴルフ場:GP(町との共同運用)
 
グリーンリーフは青葉の個人資産管理会社である。作曲印税などはここに入金される。一部の資産は投資顧問会社が運用している。
 
SP(C) = Summergirl Phoenix corporation 冬子と千里の共同出資会社。アリーナをライブ会場として使うため冬子が絡んでいる。
GP(C) = Green Phoenix corrporation 青葉と千里の共同運営会社
GMP = Green Moulin Phoenix : 青葉・若葉・千里の共同出資会社
 
なお、仙台の開発では下記のような共同出資会社を作っている。
CMP (Clair Moulin Phoenix) 和実・若葉・千里。クレール青葉通り店の建物所有者
SMP (Summergirl Mouline Phoenix) 冬子・若葉・千里。若林植物公園の所有者
 
津幡町のこの場所は“火牛アリーナ”あるいは“火牛タウン”と呼ばれている(大手のネット地図にも“火牛アリーナ”と書かれている)が、正式名称はエグセルシス・デファイユ津幡である。しかし青葉以外に、この名前を使う人はひとりもおらず、既に忘れられている。
 

青葉は人形美術館のヒーリング処理が落ち着いた1月30日の夕方、S市内のホテルから邦生に電話して言った。
 
「津幡パークの敷地に隣接してね、第三期工事ということになるけど、昇降式のサッカー場・陸上競技場を建設しようという計画が進んでるんだよ。その資金をH銀行に借りられないかと思って。梨田さんに話してくれない?」
 
「それいくらくらい?」
「土地は200m×200mの4万平米で6億円で大したことないけど、建設費が今の所80億円の見積もり」
 
6億円は大したことないのか。さすがだなと思う。しかし・・・
 
「80億程度借りる必要無いんじゃないの?自己資金で行けるでしょ?」
「まあでも『ワンザナドゥ』の制作の件で、お世話になったしね。少しくらい借りようかなと思って」
「了解、了解。話しておくよ」
 
それで邦生がまずは自分の上司の森田課長に上げ、森田と邦生で一緒に融資課に行き、梨田課長に話すと、早速
 
“川上さんがこちらに居る内に”
 
ということで、2月1日(火)、青葉・千里と、H銀行の渉外課:森田課長と邦生、融資課:梨田課長が、津幡火牛アリーナの会議室で会ったのである。
 

話は極めてスムーズに進んだ。
 
「借主の主体はどちらになりますか?」
「私の会社グリーン・リーフと、姉の会社フェニックス・トラインの共同出資会社である、GPC (Green Phoenix corporatioion)」になるかと思います」
「すみません。その会社の実績は」
 
「現在火牛アリーナの南側に立つ、屋内テニス場と、屋内グラウンドゴルフ場はこの会社の所有物件です。これを津幡町と共同で運営しています」
「その会社の資本金は?」
 
「20億円てすね。ただサッカー場建設前に100億円に増資しようかと思っています」
 
「あのぉ〜。ひょっとしてお金を借りる必要無いということは?」
 
「いや、銀行さんとのお付き合いは色々しておきたいですし。第一期開発ではR銀行さんにお世話になりましたが、やはり複数の銀行さんとの関係を作っておきたいですし」
 
(R銀行の当時の津幡支店長は転勤で他店に移動しており、青葉が今回H銀行と契約したことで、現津幡支店長は注意をくらったらしい。しかし異動が激しい銀行の人事システムは、常に異動により顧客を失う危険を伴う。またライバル行の担当者交替を狙って営業するのが逆に各銀行の常套戦術でもある)
 
「分かりました!工事費の見積もりとかはありますか」
「はい、こちらに」
と言って、分厚い書類を渡す。
 
「すみません。一応これ持ち帰って、本部の専門家にチェックさせていいですか」
「どうぞどうぞ」
 
邦生が言った。
「川上も村山さんも人が悪いから、そのことに触れてないけど、グリーン・フェニックスというのは、今音楽業界で評判の“松本花子”の運営会社“結実”とほぼ同じ資本構成の会社ですよ」
 
「え〜〜!?松本花子って、年間数百曲の音楽を作って、年間1000万枚のCDを売っているという、あの作曲家集団ですか?」
 
(多くの人には作曲家集団と思われている)
 
「はい。今回のプロジェクトは松本花子とは無関係ですけどね」
 
「まあテニス場を建てる時に、火牛アリーナを作ったSPC (Summer-girl Phoenix corporation) で作ろうと思ったら、サマーガールズ出版側が、テニス場には興味が無いというので、代わりに妹を引き込んで、結果的には松本花子と似た資本構成になっただけというのが実態ですね」
 
(結実は96%の株式を青葉と千里で所有している)
 
梨田課長は、出資者のグリーン・リーフおよび、フェニックス・トラインの企業資料が無いかと求めた。グリーン・リーフはほぼ青葉の資産管理会社に等しく多数の出資はしていても本体としての営業実績はあまり無いものの(一応財務諸表のコピーを渡した)、フェニックス・トラインは、きれいに印刷されたIR資料を渡した。
 
全国に多数の森林と製材所、化学工場・製紙工場、体育館、牧場・農園・養殖場を所有。関連事業として、スポーツ用品店、アクセサリーショップ、布製品・宝石・紅茶の輸入、きのこの生産販売、野菜・食肉・魚介缶詰などの生産販売もしているというので、そんな大きな企業だったのかと驚かれた。
 
(青葉にも初耳の事業も多く、青葉は“この千里”はどの千里だ?と悩んだ)
 
「フェニックス・トラインさんのメインバンクはどちらですか?」
「特にメインバンクというのは無いですね。ほぼ無借金経営ですので」
「それは凄い!」
 
「会社設立の時は###銀行札幌支店のお世話になったのですが、北海道での事務的な処理以外にはほとんど関わっていません。むしろ小切手帳などは山形の荘内銀行さんに発行してもらっています」
 
「山形ですか!ではぜひ北陸方面では、当行のご利用を」
「じゃ取り敢えずH銀行さんにも当座預金の口座を作ろうかな」
「はい、よろしくお願いします。小切手帳も発行致しますので。じゃそれは吉田さん、手続きを」
「分かりました」
 
「ではぜひこの機会にうちともぜひ色々お付き合いを」
「はいはい。あれこれ銀行さんと付き合っていれば何かの時に助かりますよね」
「そういってくださるお客様が多いです」
 
と言いながら、梨田はもしかして、この会社、H銀行より巨大なのでは?などと考えていた。
 
(H銀行と青葉の契約に驚き、頭取からも注意されたR銀行の津幡支店長は慌てて、この月の下旬高岡の青葉宅を訪れた。青葉は不在だったが、朋子に電話で指示して1億円の定期を作ってあげたら、涙を流して喜んでいたらしい。それでR銀行とも今後付き合っていくことになった)
 

2月2日(水).
 
この日、邦生は銀行には出社せず、火牛アリーナに行き真珠および千里さんの友人という、五島節子さんという女性??と3人で、“機関車”の改造と走行実験に取り組んでいた。
 
(千里・真珠・五島・邦生という組合せは凄い。女4人に見えるのに全員染色体はXYである。内実は完全女性?、性別が変わっちゃった人、女装者、普通の?男子)
 
センサーで線路を見分けて走る機関車のおもちゃは市販品もあるが、勝手な改造はライセンス問題を引き起こしかねないので、ごく一般的な模型機関車にセンサーを取り付ける形で改造を進めた。カラーフィルターを入れることで特定の色の線路にだけ反応するようにする。これによって数種類の色違いの線路を描いた時に、混線が生じないようになる。また、前方に障害物があったら衝突する前に停止し、その状態が30秒以上続く場合はアラームを出すなどの機能を組み込んだ。もし機関車同士がお見合いになった場合もそれで事故を防げる。線路の障害物は恐らくはゴミか人形が風などで倒れたものだろう。
 
あれこれ試行錯誤と実験を繰り返した結果、夕方にはわりと満足できる状態になった。
 
邦生はこの日は有休を取るつもりだったのだが「川上さんの案件の手伝いなら業務でよい」と言われ、仕事の一環としてこの日は作業した。
 
邦生が関わったのはこの日だけだが、真珠と後藤さんは2月3-4日も実験を続けて回路やプログラムを微調整したようである。
 
そして2月5-6日(土日)にはまた邦生も入って、W神社に“社内鉄道”を設置したのである。
 

2月3日(木).
 
人形美術館では、この日までに人形の退避がだいたい終了したのだが、その作業が終わりかけの夕方、〒〒テレビの石崎制作部長が美術館オーナーの渡辺さんを訪ねて来た。
 
大半の人形が移動されているS高校の人形たちを見て
「凄い量ですね」
と部長は言っていた。
 
その後、ほぼ空っぽになりつつある、美術館の観覧席で、打合せをした。
 
事前の電話による話し合いで、3月19日から4月24日までの約5週間、金沢市内のALショッピングプラザ特別展示場で、ビスクドール展を開くことになっている。入場料は税込み500円、展示する人形は、アンティークドールを含む400体程度、という線で話がまとまっている。
 
この日は、早急にまとめた、展示方法の詳細と、契約書類の交換が目的だった。
 
「展示区域を4つに分けようと思っているのですよ」
と石崎は言った。
 
「はい」
「それぞれ、春の小川、夏のビーチ、秋の紅葉林、冬の子供部屋、というのをテーマにしてセットを作り、それを背景に人形を並べて展示します」
 
「面白いですね。それ、むしろ本館をそういう構成に改造したいくらい」
「ああ。いいんじゃないですか。アイデア料とか取りませんし」
「考えてみます!」
 
実を言うと、これは真珠と明恵からの提案だったのである。
 
「アンティークドールは入口付近の特別展示台ですね」
「そうなるでしょうね。目玉だもん」
「万が一にも人形たちに危害が加えられることがないよう、観覧通路と人形たちの間にはアクリルの板を設置します」
「そういう賑やかな所で展示するなら、それが安心です」
 
この他、ビスクドールの歴史、製法、などについて説明パネルを作って設置したいとし、これは後日PDFで送るのでチェックして欲しいということになった。(これは明恵・真珠・初海・双葉の4人で作った!)
 
ということで話は簡単にまとまったのである。
 
両者は契約書にサインし、握手を交わした。
 

2月4日(金・ひらく・立春).
 
昨年4月以来、“火牛タウン”第2期工事として整備が進められていた、“火牛パーク”が完成し、開園した。
 
これは火牛スポーツセンター(火牛アリーナ・アクアゾーン・屋内テニスコート・屋内グラウンドゴルフ場)に隣接する、ほぼ同程度の広さの土地に、公園を作ったものである。
 
自然の樹木(ブナ・トチノキ・カツラ・オニグルミなど)に加えて、桜を多数植樹しており、これから4月に掛けて、お花見に良い感じになりそうである。このほか、すみれ、ツツジ、あじさい、ばら、ゆり、ひまわり、サルビア、コスモス、4色の彼岸花、などを植えた領域もあり、季節ごとに目を楽しませてくれるはずである。
 
このあたりは仙台の若林植物公園と似ているが、こちらはより自然な植生を活かしているし、地下にスポーツ施設を造り込んだりはしていない。
 

緊急時の避難のことを考え、道は縦横10本ずつ、まっすぐの道を通している。公園の縦横の長さが各300mあり、約33mごとに道路が1本ある形である。友人や家族が離れ離れになってしまった時の目印に、縦の通路は縁石の色を
 
赤・橙・黄・黄緑・緑・青・菫・黒・灰・白
 
にしており、横の通路は縁石の形を
 
三角・四角・五角・星・月・土星・家・車・特急・人
 
と形を変えている。また交差する道によって区切られる各部分に、縦の通路には
 
A1-9, B1-9, C1-9, E1-9, F1-9, G1-9, H1-9, J1-9, K1-9, L1-9
 
といった記号を付け(Dを飛ばしたのは発音しにくいから。I(アイ)を飛ばしたのは1(いち)と紛らわしいから)、
 
横の通路には
 
あ1-9, う1-9, お1-9, か1-9, く1-9, こ1-9, さ1-9, す1-9, せ1-9, そ1-9
 
を振っている。
 
(「い」は「E」と紛らわしい、「え」は「A」と紛らわしい、「け」は「K」と紛らわしい、「し」は「C」と紛らわしい)
 
これらの区域表示のプレートは夜間は周囲のLEDライトで照らされるようになっている。
 

道路の総延長は 300m×20=6000m ある。道路は原則として車両乗り入れ禁止(車椅子・ベビーカーのみ許可)だが、緊急時には車止めを外せば消防車・救急車は通れる。
 
なお、コロナが終息するまでは密回避のため入場者数制限を行う。
 
道路の表面は、透水性ブロックであり、雨が降っても水たまりはできないし、ヒールのある靴が引っかかる恐れも無い。降った雨水は、後述の水路に導かれる。
 
道路に沿って、ジョギングコースが空中に屋根付きで作られており、散歩道とはエレベータで行き来できる。屋根と壁があるので、天候に左右されずにジョギングできる。縦方向と横方向は高さが変えてあり、両者は立体交差する(階段で行き来可能)。外縁部は2段構造になっている。コースをジグサグに走ると一周 300mx10+300mx2 = 3600m を走ることになる。適当に間引きするともっと短くなる。外縁のみ走ると 300mx4=1200m で済む。縦ジグザグと横ジグザグを続けて走ると7200m(+階段の上下)を走ることになる。
 
ジョギングコースには矢印が入っており、その方向に走らなければならない。逆走は危険なので緊急時以外は原則として禁止である。
 
ジョギングコースの屋根には合計4万個ほどの太陽光パネル(K製作所の“アマテラス”)が載っていて、生み出す電力は6万kwh/day。一般家庭6000軒分くらいの電力を生み出す。もはや小型の内燃力発電所並みのパワーである。
 

散歩道に沿って多くの屋根付きベンチがあり、また多数のトイレ付き休憩所とお店が設置されている。飲食店や食品販売店の無い休憩所には飲み物の自動販売機が並んでいる。
 
結局この公園は全く採算を度外視している!
 
所有者のGMP(青葉・若葉・千里)としては『特に儲ける必要も無いし』という所である。
 
結局、火牛スポーツセンターのジョギングコース(1200m)が混むので、拡張して欲しいという要望が強かったので、それを広げてついでに散歩道も作ったというのが実態である。そして散歩してたらお腹が空くので、飲食店や食品の売店を誘致したという所で、最初から採算とかは考えていない。
 

公園は24時間開けており、昼間は制服を着た騎馬!警備員(*2)が巡回しているが、夜間は人間の警備員は詰め所に居るだけで、代わりに“巡回ロボット”10台(+ジョギングコースに4台×2段)が動き回る。夜間に散歩やウォーキングしている人たちは、このロボットが近くに見えるのだけで結構安心するし、悲鳴や防犯ブザーの音を聞きつけると、近くのロボットが集まってきて写真を撮った上で警告。人間の警備員も駆け付ける。しかし夜間はできるだけ、複数人で入って欲しいと呼びかけている。むろん多数の防犯カメラが設置されている。
 
なお、性犯罪との見分けが付きにくいので?園内では合意の上でのセックスも禁止である!(ホテルに行きなさい)
 
巡回ロボットは18台で運用しているが、実際は24台(*3)存在し、交替で“勤務”するようになっている。故障したりした時にも戦力を落とさなくて済むフェイルセーフである。
 
公園の道路に沿って水路も流れており、鯉が放流されている。この水路は公園の植物に水を与えること、また公園内に降った雨水を集めることにも利用されているし、夏は気温を下げ、冬は寒さを和らげるのにも使用される。また、水路と並行して、ビニールのシートが貼られ、そこに線路が描かれていて、その描かれた線路の上を列車が走っていく。
 
このシステムはW神社に導入したもののと同様のもので、実はこちらが実験線だった、W神社に設置したのは火牛パーク開園後の2月5-6日で、パーク開園日の2/4は「実験中」の看板を立てて走らせていた。
 
最初は実験線だったので、2月4日の開園時にはほんの30m程度だったのが、後にH銀行女子行員たちの協力で、3月中には、公園全体を周回する大規模鉄道になった。道路を横切る時は地面の下を走るが、透明ブロックで屋根が作られているので、足元を通過して行く様子も見ることができる。
 
公園全体を走る列車は最終的に3編成になった。走行経路はH銀行女子行員たちが考えてくれた複雑な一筆書きである。列車には監視カメラも付いており、これも“見張り”の役割を果たす。
 
(*2) この制服が格好良いので、記念撮影を希望する客が多く、警備員さんたちも、なかなか大変だったようである。そもそも騎馬警備員というのがインスタ映えする!
 
(*3) 24台の警備ロボットには、線路設置に協力したH銀行女子行員たちにより各々の固有名が付けられ、各命名者の手で名前が記入された。
 

公園の入口には更衣室!?も設けられていて、そばには貸衣装屋さんもあり、侍・お姫様・着ぐるみなどのコスプレ衣裳での散策もできる(貸した衣裳は感染予防のため洗濯してから次の客に貸す。それで洗濯代で1着100〜1000円を徴収する)。持ち込み衣裳でのコスプレもOKである。男装・女装もOKだが、更衣室は自分の“日常生活上の”性別のものを使用するよう呼びかけている。なお更衣室は男性用・中性用・女性用が並んでいる。女性用更衣室には監視カメラがあり、場合によってはお声をお掛けしますとしていたが、河合さくらは、声掛けられ第1号になった!邦生は女子更衣室に連れ込まれたが、声を掛けられることは無かった。
 

2月11日(金).
 
夕方、〒〒テレビで編集会議が行われた。
 
青葉・千里・真珠が2月10日にS市の人形美術館に行ってきて、この日の昼頃戻って来た。邦生は7-9日は高山市まで研修に行っていたのだが10-11日は出社している。それで邦生が銀行の勤務を終えた時間に、こういうメンツが集まったのである。
 
神谷内、幸花、明恵、真珠、初海、双葉(初海の妹)、邦生、青葉、千里
 
番組の構成について再度検討し、だいたいの流れを決めたので、あとは実際のビデオの編集を幸花・明恵・真珠・初海の4人でやることになる。多分ほとんどの作業は明恵と真珠ですることになる。多分邦生も手伝わされる。
 
それでこの日は20時頃で解散した。
 
青葉は真珠が津幡まで送ることになった。
 
千里は邦生が何か考えている風なのが気になった。
 
(それでこの後、除霊してあげることになる)
 

2月12日(土).
 
熊谷の§§ミュージック分室で、信濃町ガールズの本部生昇格オーディションが行われた。このオーディションに、信濃町ガールズ北陸からは、福井県の糸川穂美ちゃんが参加して合格した。
 
彼女は金曜日の夕方、Honda-JetSilverで小松空港から熊谷に連れて行き、土曜日のオーディシションの後、2月13日(日)に、同じ機体 Silver で小松空港に送り届けた。(Silverは本来高崎三姉妹と姫路スピカの優先機。実際には水森ビーナが使うことが多い)
 
送り届けたパイロットは、青葉も顔なじみの間宮優杏さんである(ムーランエアーのサイトに表示されている)。青葉は小松空港まで来て、ホンダジェットが着陸し、駐機場に移動した所で彼女の(業務用)スマホに電話した。こういう電話番号を知っているのはごく一部の関係者に限られる。
 
「こんにちは、間宮さん。大宮万葉ですが、急ぎの用事で東京方面に向かいたいのですが、帰りの便に乗せてもらえません?」
 
「大宮先生。お世話になっております。今どこにおられます?」
「小松空港に居ます」
「だったら、機体の整備と給油が終わったらご連絡しますね」
「よろしくお願いします」
 
ということで、青葉は2月13日(日)の午後、誰にも告げずに熊谷に“逃亡”!してしまったのである。
 
青葉は熊谷に着くと、ホテル昭和のマネージャーに電話して、コテージ“さくら”を取り敢えず25日までリザーブ(13日間・上得意様の特別割引で91万円!)すると、そこに入り、まずは郷愁プールに行って、ひたすら泳いだ。
 
青葉は翌日14日の昼間になってから幸花に「東京に戻ります。後は編集で適当によろしく」とメールしておいた!
 
そういう訳でこの後しばらく、ケイやコスモスは青葉が高岡にまだいると思い、幸花たちは青葉が浦和に移動したと思って、青葉はどちらからも干渉されずに、練習に集中できる日々を送ることができたのである。ホテル代は90万円掛かったけど!
 
(さくらの良い所は他の宿泊客とほぼ顔を合わせることがなくプライバシーが保てることである。もちろんムーラン・エアーのパイロットやグランドホステスは守秘義務により、誰を乗せたかは一切口外しない。日誌に書くだけである。この日誌は基本的に誰も見ない。パスワード制御されており、上司でも理由なく閲覧はできない)
 
ちなみに津幡プライベートプールは青葉個人の所有物だが、郷愁村の50mプールは千里個人の所有物である(25mプールはムーランリゾート所有)。それでどちらも津幡組が独占して使用できる。最近の津幡組の(特に長距離陣の)成績の良さは独占して練習できる環境があることによるものが大きい。公共のプールでは特に長距離選手は充分な練習ができない。
 

2月12日(土).
 
(除霊してもらった翌日)
 
邦生と真珠のマンションに、邦生の妹・瑞穂が来た。
 
「ああ、瑞穂ちゃんもH銀行に入るんだ?」
と真珠が言う。
 
「うん。“姉貴”のコネ」
「別に俺は紹介とかもしてないんだけど」
 
瑞穂が“姉貴”と言ったことはスルーしておく。
 
「金沢店の吉田さんの妹さんですか。お姉さんとよく似てますね、と言われた」
 
「確かにわりと顔立ち似てると思うよ」
と真珠も言う。
 
多分邦生がここ数年女子化してきたことで、結果的によく似た顔立ちになったのだろう。また邦生は高校時代は「大学生さん?」とか言われたりして、結構年上に見られていたのが、ここ5年ほどの“女子化”で見た目年齢も年相応、時には若く見られることが増えた。『霊界探訪』の視聴者の中には、邦生を真珠たちと同年代と思っている人も多いようだ。
 
(邦生は1997.8.28生まれ、真珠は2000.6.30生まれ:誕生石は真珠!なお邦生の月サインは蟹11.97で、真珠の太陽サインも蟹8.79。ふたりは結婚相性が良い)
 
「どこに配属になるか分からないけど、金沢市内の店舗になったら、ここから通勤しようかな」
と瑞穂が言うと
 
「ああ、いいよ。家賃は要らないから」
と“真珠”が言っている。
 
「俺は他の店に異動になるかも知れない。もう2年勤務してるから」
と邦生は言っておく。
 
銀行では不正行為防止のため、特に他の人に代われないような特殊な業務をしている人を除いては、だいたい2〜3年で異動になるのか常である。特に新人の内は転勤サイクルが短い。また特殊な業務の人でも5年程度以内には異動する。しかも不正行為をしていた場合に証拠隠滅できないよう、内示などはせずにいきなり辞令を渡され、3〜4日以内に後任の人に引き継いで異動しなければならない。(但し海外支店への転勤はパスポート・ビザの関係で2-3ヶ月前に言われる)
 
「単身赴任頑張ってね〜。ぼくは後1年ここから通学するほうが楽だし」
などと真珠。
 
うーん。俺が遠隔地の店に異動になったら、もしかして真珠と瑞穂がここで暮らすのか?女子行員の集会所は継続される訳だ!そして俺は週末同棲?
 

2月14日(月).
 
邦生は融資課から呼ばれた。青葉の融資の件かなと思って行くと、応接席にとっても怪しい風体の2人組が居るので、邦生は思わず頭を押さえた。
 
「吉田さん、こちらのお客様が、吉田さんの知り合いだというのだけど」
と松浦係長が(明らかに不審そうな顔で!)言うので
 
「まあ知り合いですね」
と邦生は投げ槍気味に言った。
 
2人は笑顔で手を振っている。
 
「こちらは、津幡の〒〒スイミングクラブに所属している月見里(やまなし)姉妹の“お父さん”の月見里折江(やまなしおりえ)さんで、片町でスートラという二毛作店を経営しています」
と邦生は説明した。
 
月見里姉妹とは先日プールで会ったばかりだ。
 
「二毛作?」
 
「お昼の時間はごくふつうのランチ専門店、夕方からはオカマバーですね」
「経営者は同じなんだ?」
「スタッフは丸ごと違いますが、経営者はどちらも月見里(やまなし)さんです」
 
(正確には、スートラのホステスさんの中で本当に女にしか見えない数人はランチ店でも普通のウェイトレスとして働いている。また調理スタッフにも兼任者が居る)
 
「オカマバーのスートラでは、スートラバンドというバンドを組んでいて、そのステージが店の目玉になっています。これまでにCDを確か10枚くらい」
と邦生が言うと
「12枚」
と折江は訂正する。
 
「まあそのくらい出していて、他地域に住んでいる人の中にもファンがいるし、度々雑誌に紹介されているんですよ」
「ほほお」
 
こんな話を聞かなかったら、きっと松浦さんは到底こいつらを信用する気にはならないだろうなと邦生は思った。
 
「そしてこちらは、桜田安芸那さん。現在の芸名はサクラ・アキナですが、以前は新田安芸那の名前で、東京でタレントをしていてテレビとかにも出ていたんですよ。この人がそのスートラバンドのボーカルです」
 
「へー。じゃ人気あるんだ?」
「一定のファン層は居ますね。まあオカマバーとしては、わりと営業成績は安定してるかも。少なくとも娘2人が水泳活動をして、国体とかには出られる程度には稼いでいるみたいです」
 
「娘さん2人というのは学生さん?」
「いえ、一応金沢市内の普通の会社に勤めています。26と24くらいかな」
「27と25ね」
「まあそんなものですね。彼女たちは度々競技会に参加するのと練習時間確保のため、正社員ではなく、敢えてパートで働いています。でもパートの給料では遠征費も辛いし、その前に公式水着買うのだって大変なんです」
 
「ああ、そういうのも高いんだろうね」
「高い上に数回しか使えませんし」
「大変だね!」
 
「有名選手だとスポンサーが付くけど、そうでない場合は、親に経済的なゆとりが無いと結構大変だと思いますよ」
「なるほどね」
 
「まあこの2人、風体は怪しいですけど、中身はわりとしっかりしてますよ」
と邦生は言ったが
 
「まあ風体が怪しいとか失礼ね」
などと折江は言っていた。
 

真珠は、2月10日(木)には、青葉さん・千里さんと一緒に、放送局から千里さんの Honda CX-5 に乗ってS市まで行き、人形美術館にウォーキングドールのマリアンを預けてきた。翌日2月11日の美術館リニューアル・オープンまで取材して、CX-5で青葉さん・千里さんを運んで金沢に戻る。
 
そして2/11夕方、テレビ局での編集会議の後、20時過ぎに、CX-5で青葉さん・千里さんを津幡・高岡に送ろうと思ったら、千里さんは離脱した。それで千里さんのためにCX-5を残し、マーチ・ニスモに青葉さんを乗せて津幡まで行った。
 
「私は月曜までここで泳ぐから、まこちゃんは帰ってて」
と青葉さんは言う。
 
「すみません。バイクを放送局に置いたままで」
「だったら、マーチで金沢に戻るといいよ。マーチは放送局じゃなくて、まこちゃんち(邦生のマンションのこと!)の近くの時間貸し駐車場にでも駐めといて。何かで急に頼むことがあるかも知れないし」
 
と言って「駐車場代」と言って1万円渡された。
 
それで真珠はマーチ・ニスモに乗って金沢に戻り、邦生のマンション近くのTimes 駐車場に車を駐めたのである(結果的にバイクは放送局に置いたまま)
 
そして12-13日は、邦生と2人で(甘い時間?を)過ごしたが、12日は邦生の妹で大学4年生の瑞穂さんが来て緊張した。でも瑞穂さんとはすぐ仲よくなったのでホッとした。
 
瑞穂さんは「新婚家庭を邪魔しちゃ悪いし」と言って、夕方には高岡に戻る。彼女はミラ・ココアに乗ってきていて、その車で帰宅した。
 
つまり、12日夜の時点で、邦生のマンション近くにはマーチ・ニスモが駐められたままである。青葉さんは月曜日まで泳いでいると言っていたから、多分呼び出しがあるのは、月曜の夕方くらいかな、と真珠は思っていた。
 

2月13日(日).
 
朝御飯を食べている最中、唐突に邦生は言った。
 
「まこ、指輪買いに行こう」
「指輪って?」
と言って、真珠は戸惑っている。
 
「エンゲージリングだよ」
 
真珠は口に手を当てて驚いたように邦生を見ている。
 
「受け取ってくれる?」
と邦生が確認すると、真珠は声も出せないまま頷いた。
 

それで朝御飯を終えた後、出掛けようとするのだが、邦生の格好に真珠はダメ出しをした。
 
「エンゲージリング買いに行くのにライダースーツはあり得ない」
「そうか?」
「スーツ着よう」
「でも唯一のスーツは銀行に置きっぱなしだし、休日は中には入れないし」
 
銀行はセキュリティが厳しいので、勤務時間外に中に入ることはできない。
 
「このスーツがあるじゃん」
と言って、真珠は“スカートスーツ”を出してくる。
 
「女装して指輪買いに行くとかあり得ない」
「くーにんは、男物着てても女にしか見えないから、男物着るのも女物着るのも一緒」
「そんなあ」
 
でも着せられた!
 
ついでにお化粧もされた!!
 
『これじゃまるで女装してるみたいじゃん』
と邦生は思った。
 
女装以外の何だというのか?
 

真珠は可愛い白のドレスを着た。
 
邦生はドキッとした。この白いドレス、どこかで見た気がした(1/28明け方の夢で見ている)
 
ちなみに真珠は自分の服はほぼ全部こちらに持って来ており、実家には2〜3日分の着替えしか置いていない。教科書やパソコンもこちらに置いており、12月の内にほぼ引っ越して来てしまっている。(実は押し掛け女房では?)
 
邦生も女物の服を着るのは今更なので「まいっか」と思い、その格好で出掛ける。むろん冬なので厚手のウォームタイツを履いた。
 
「でもどうやって町に出る?歩いて行く?」
 
ここからは金沢市の中心部・香林坊(こうりんぼう)まで歩いても7-8分で行ける。
 
「青葉さんのマーチ・ニスモを借りよう。近くに駐めてるんだよ」
「私用で使っちゃダメだろ」
「青葉さんからは突然呼び出しがあるかも知れないから、ぼくがすぐ行ける場所にあったほうがいい。ガソリンは個人的な補給しておくし」
「そうか。だったら借りようか」
 

ということで、ふたりはTimes駐車場に移動し、マーチ・ニスモに乗った。11日夜からの料金は夜間料金と日中の上限料金に掛かって、2泊2日6000円だった。これ月曜(2/14)夕方まで駐めていたら10000円になって、ちょうどもらった1万円ジャストになっていたなと思った。
 
11夜1000 12日2000 夜1000 13日2000 夜1000 14日2000 夜1000
 
それでマーチに乗って香林坊(こうりんぼう)に出て、香林坊の地下駐車場に駐めた。
 
そして一緒に百貨店・大和(だいわ)に入る。これが10時過ぎだった。
 
ここには、1階の化粧品・アクセサリーコーナーの一角にスタージュエリーと4℃が入っている。
 
「どっちにする?」
と邦生は小声で訊いた。
 
「そうだなあ」
と真珠は悩んでいたが、やがて言った。
 
「そっちじゃダメだよね?」
と言って、真珠はスタージュエリーと4℃の間を指さす。
 
「うっ」
 
そこにはティファニーのわりと広い店舗があるのである。
 

「うーん・・・」
「やっぱ無理?」
と訊く真珠が可愛い。
 
その可愛さに負けた!
 
「入っちゃおうか」
「やった!」
 

それで、邦生と真珠はティファニーに入っちゃったのである。
 
「いらっしゃいませ。どのようなものをお求めですか」
とスタッフが訊く。
 
「婚約指輪を買いたいと思って」
「はい」
と言ってから、
 
「申し訳ございませんが、ご予約は?」
と訊かれる。
 
「あ、予約が必要でした?」
「はい。コロナの折、時間待ちを減らすため、エンゲージリング・マリッジリングをお求めの方には、ご予約をお願いしております」
 
「予約が必要だって。他の所にしない?」
と邦生は言う(正直びびっている)が、真珠は店員さんに訊いた。
 
「私たち、今朝、指輪を買おうよって話がまとまったんです。今日中に買うことできません?」
 
店員は(訓練されているので顔には出さないが)内心、婚約指輪を夫予定者本人を伴わずに夫予定者の姉妹か何かと、妻予定者で買いに来たのだろうかと疑問を感じていたのだが、真珠のことばで“この2人が”結婚するのかと理解した。こういうお客様はわりと時々居る。
 
「でしたら、今ご予約頂きましたら・・・」
と言って、別のスタッフに確認している。
 
「17時からでしたら、御商談可能ですが」
「じゃそれで予約します」
と真珠は言った。
「かしこまりました。お名前と、よろしかったら携帯の電話番号を頂けますでしょうか」
 
それで邦生が
「吉田です。電話番号はこれです」
と言って、自分の銀行の名刺(女子の名刺にしか見えない!)とスマホの画面を提示した。
 
それでスタッフはその情報を端末に入力していた。
 
スタッフは邦生の名刺を見て、銀行員なら上客だと判断した。
 
「ちなみに、大雑把なご予算あるいは石の種類とサイズだけでも承ってよろしいでしょうか」
 
「サイズは、ほれ、まこ、指出して」
「うん」
 
それで、真珠が左手薬指を出すので、お店の人はサイズを計っていた。同時に指輪を付けるのはこちらかと思ったようであった。この時点まで、どちらがどちらに贈るのか、判断できなかった。
 
「石はダイヤモンドのソロで。大きさは・・・」
と言って真珠が邦生を見る。
「1カラット程度で」
 
「承知いたしました。そのあたりのランクのカタログをご用意しておきます」
「よろしく」
 
(エンゲージリングは女がデザインを、男が石を決めるとされるので、2人の応答はとっても正しい)
 

それでふたりはいったんお店を出た。
 
「5時まで、何してる?」
 
「折角車で来てるし、少しドライブする?」
「そんなに私用で使っていいのかなあ」
「もし青葉さんから呼び出しがあったら、車と一緒に居るのが、一番素早く対応できるからね」
「それは確かにそうかも知れない」
 
というので、津幡からあまり離れない範囲で、というのでマーチに乗る。百万石通りを広坂方面に東進して、橋場交差点方面、城北大通りを進む。
 
ここで“タクシータダ乗り幽霊”の調査をしたなあ、と邦生は懐かしくなった。
 
あれ(2017.8)が自分にとっても、青葉にとっても『霊界探訪』との関わり始めである。当時はまだ真珠はこの番組の編集グループには関わっていなかった。真珠が関わってきたのは、御神木伐採事件(2019.8)からである。だから邦生と真珠の関わり合いは2年半程度なのだが、邦生は真珠との関わり合いっていつからだっけ?4年くらい?などと考えていた。
 

とっても乗り方が分かりにくい梅田ICから、山環(金沢外環状道路山側幹線)に乗り、そのまま、初心者なら恐怖に震える大合流点・今町JCTで津幡バイパスに合流する。
 
津幡バイパスからは、(高岡方面の)津幡北バイパスではなく(能登方面の)月浦白尾インターチェンジ連絡道路に進み、狩鹿野ICで降りてイオンかほくに行った。
 
羽咋(はくい)まで行こうかとも思ったのだが、急に呼ばれた場合、羽咋からだと1時間近く掛かる恐れがある。
 
イオンでは、まずユニクロで真珠にジーンズのパンツを買ってあげたら、真珠は邦生に可愛いスカートを買ってくれた!?(かくしてスカートがまた増える)
 
セリアで適当に1000円くらい買ってから、スタバで石窯フィローネとコーヒー(邦生はショートドリップ、真珠はキャラメル・マキアート)をテイクアウトした。邦生も真珠も“外食”は原則として禁止されている(真珠が大学の学食で食べる分はOK)。
 
車に戻り、アイドリングしている車内で食べた。石窯フィローネは2種類買ったのをシェアして半分ずつ食べた(恋人同士だとこうするのが楽しいのである)。
 
「お腹も満ちたし、セックスする?」
と真珠は言うが
 
「さすがにまずいよぉ」
と邦生は言った。
 
「そだね。昼間だし人に見られるかも知れないし」
 
そういう意味では無い!
 
他人の車の中でセックスするのはさすがに倫理違反。
 

でもセックスはせずに車内で横になって仮眠した。
 
真珠はリアシートの上、邦生はその足元の床である!
 
(この車は車中泊しやすいように、座席や床をフラット化するためにカットした発泡スチロールも積んである)
 
毛布はいつも積んであるので、それを借りて身体に掛ける。むろんアイドリングしたままである。エンジンを停めたら凍死しないまでも確実に風邪を引く。
 
12:58.
 
真珠のスマホが鳴る。
 
青葉からである。
「まこちゃん、今大丈夫?」
「全然OKです。真珠(まこと)は100%稼働しています」
「じゃちょっと津幡まで迎えに来てくれない?幸花とか明恵には内緒で」
「いいですよ。ただ、吉田と一緒なのですが、吉田はどこかに置いていきましょうか」
 
邦生は頷いている。後で迎えに来てもらえばよい。
 
「ああ。くにちゃんなら一緒でいいよ。どのくらいで来れる?」
「今イオンかほくなので、多分15分です」
「了解。デート中にごめんね」
「いえ。すみません。勝手に私用に使ってて」
「それは全く問題無い。車のそばに居て欲しいから、デートするなら、車も一緒に持ってってもらったほうが助かるから」
「ありがとうございます。すぐそちらに向かいます」
 
それで邦生は「お前はもう少し寝てろ」と言って、自分が運転席に座り、給油して満タンにした上で津幡のプライベートプールに向かった。給油した後、10分で到着した。
 
真珠を起こす。真珠は指示通りに青葉のスマホを鳴らした。
 
守衛室に入り、トイレを借りてから待っていたら、守衛室のエレベータから青葉が出て来た。
 
「くにちゃん可愛い!」
と青葉が言った。
 
「うまく乗せられて着てしまった」
「くにちゃん、そういうの似合うから、普段からもっと着ればいいよ」
「ですよねー」
と真珠は言っている。
 
それで3人でマーチ・ニスモに乗る。
 
「小松空港に向かって欲しい」
「分かりました」
と真珠は言って、車をスタートさせた。
 
「理由とか聞かないんだね?」
「よけいなことは聞いてはいけないと明恵・初海とも話し合っています」
「じゃ、私の行動は、他の人には言わないで」
「守秘義務がありますから、誰にも言いませんよ」
「ありがとう」
 
それで真珠は助手席に邦生、後部座席に青葉を乗せて、小松空港まで行った。
 
「車は火曜日以降に、高岡に戻しといてくれる?」
「分かりました。火曜日以降ですね」
 
真珠は火曜日まで駐めておくと駐車場代が合計14000円になるのですがと言った。すると青葉は「ごめんねー」と言って、念のためと言い、あと1万円くれた。
 
11夜1000 12日2000 夜1000 13日2000 (小計6000)
13日2000 夜1000 14日2000 夜1000 15日2000 (小計8000)
 
「無理に急がなくても都合のいい時でいいからね。足が出たら言ってね。すぐ振り込むから。ただ14日の日中までに戻すのは困るんだよ」
 
「分かりました」
 
やがて空港に到着する。
 
「ありがとう。デートの邪魔してごめんね」
「いえ、何も問題ないですよ。お気を付けて」
「ありがとう」
 
それで、青葉は無事?逃亡したのである!
 
 
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【春逃】(1)