【春動】(5)
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(C) Eriko Kawaguchi 2022-10-02
優子は、高岡市役所に行き、まずは住民票で、奏音(かなで)を自分の住民票から世帯分離した上で、自分の住民票については、転出する手続きを取った。
「お子さんは転出しないんですか?」
「はい。子供は祖父母、私の両親に預けて、私は千葉で再婚するんですよ」
「なるほどですね。分かりました」
ということで、手続きをしてもらった。
優子はその転出届のほかに、自分の戸籍謄本も取った。そしてほんとに奏音を母に預けると、先日夏樹が残していったMX-30に乗り、ひとりで夜通し運転して千葉に行った。
それで1月20日(木・大安・なる) 朝、夏樹のアパートに転がり込んで“新婚生活”を始めた。
もっとも初日は、ひたすら寝てて、夕方会社から戻った夏樹に起こされ、ごはんを食べた後もひたすら21日朝まで寝ていて、“初夜”は空振りになった。育児疲れが普段から溜まっている所でほぼ徹夜(一応妙高SAで1時間と東部湯の丸SAで2時間仮眠した)で運転したせいだと思う。
でも21日(金)の夕方は優子が頑張って、ビーフシチューにフライドチキンを作った。シャンパンとバゲットも買ってきて、ふたりで祝杯を挙げ、その後、22-23日の土日は甘い生活を送った。
優子は24日(月)朝には愛夫弁当!?も作り、
「あなた、いってらっしゃーい」
と言ってキスで夏樹を送り出した。
その後、優子は一週間ほど千葉に滞在する。
妊娠検査キットの窓に「−」の表示が出るのを見て、千里は呟いた。
「やっと“自分で”妊娠できた。まあ五輪の後で良かったよ。シーズン前に出産できそうだしね」
「でも次は男の子かなあ、女の子かなあ」
などと呟いてから
「最初が男の子、次が男の娘だったから、次は女の子もいいかもね」
などと言った。
むろん龍虎の八王子の家と代々木のマンション10階に置いてもらった“鏡”はこの3人目の子供のためのものである(*14).
「しかし。最初の子が**、2番目の子が精霊の生まれ変わりで、3番目でやっと人間(?)になる」
(*14) 龍虎Fは2つの鏡の間を“通れる”ので、実は、龍虎Fは日常的にこの鏡を通って、八王子と代々木の間を移動している。仕事場に行くのがとっても楽!だし、帰りも代々木に送ってもらえば済む。結果的に八王子の家を知る人も最小限で済むので、マスコミなどにバレにくい。
鏡を通れる“人間”は限られている。セシルの友人・一希(だと後から知った)などは通れたようだが、龍虎Mが通れるのか、Fにも確信は無い。たぶん特殊な条件の巫女だけが通れるのだろう。
妊娠検査キットの窓に「−」の表示が出るのを見て、広紀は声を出した。
「そんなぁ。妊娠なんて心の準備ができないよぉ」
「ひろちゃん、でかした。ぼくたちのファーストベイビーだね。産婦人科に行って診断書を書いてもらって、市役所で母子手帳もらおう」
と歩が言った。
「産婦人科!?母子手帳!?」
と広紀は頭の中がパニックになっていた。
僕が産婦人科を受診するの!??
半分眠りながら、真珠は邦生に言った。
「でもくーにん、睾丸取ってるんでしょ?ぼくを妊娠させる可能性無かったら生でやってもいいよ」
「睾丸取ったりしてないよ!ちゃんと付いてるの分かるだろ?だから結婚するまではきちんと付けてするよ」
「これ本物は取って、取ったことバレないように入れたシリコンボールか何かじゃないの?」
などと真珠はそれに触りながら言う。
「本物だよ。だいたい何のために睾丸取らないといけないんだよ?」
「男っぽくならないように取ったのかと」
「俺は男なんだから、男っぽくなると思うけど」
「いや、くーにんは確実にここ2年くらいの間に女らしくなってきてる」
「そ、そうか?」
真珠にまで言われると、邦生も少し不安になった。
真珠がいきなり、握りしめた!
邦生が反射的に真珠の手を払いのけ、苦しそうにしている。声も出ないようだ。
5分ほどしてからやっと声が出る。
「何するんだよ!」
「本当に本物だったんだ!」
と真珠は驚いたように言った。
「だいたい玉が無かったら、ちんちんが立つ訳ない」
「あ、やはりそういうもん?オカマさん仲間で玉取った人もたいてい、取った後は全く立たなくなったと言うのよね」
「ちんちんを立ててるのはたまたまの力(ちから)だから。まだ痛い」
「ごめんねー。お詫びに入れてあげるよ」
「なぜそうなる!?」
「入れられるの好きでしょ?凄く気持ち良さそうにしてるもん」
「入れるほうが好きだ」
「ぼくたちの間で、恥ずかしがらなくてもいいのに」
1月27日(木).
優子の父は、ムラーノの後部座席にチャイルドシートを取り付け、そこに奏音を座らせて隣に優子の母が乗り、3人で能登空港に向かった。駐車場で待機していたら、16時頃、搭乗できますよという連絡がある。パイロットさんの案内で、Honda-Jet
Tigerに乗り込んだ。
「こないだ乗ったのと同じ飛行機だ!」
と言って、奏音が喜んでいた。
熊谷の郷愁飛行場には、優子の友人・千里がインプレッサで迎えに来てくれている。
「すみませんね」
「花婿に雑用はさせられませんから」
「ありがとうございます」
と言いながら、両親は
『やはり、あの子は“花婿”なのか』
と思った。
千里は3人にお弁当を渡す。ホテル昭和のお弁当である。優子の両親には松花堂を、奏音には“こども弁当”を渡した。ケチャップライス(日の丸が立ってる!さすが昭和である)。星型のハンバーグ、タコさんウィンナー、アンパンマン型の玉子焼き、など、子供の喜びそうなおかずが詰まったお弁当で、奏音も美味しそうに食べていた。おまけで付いてた料理遊びセットでも楽しそうに遊んでいた。
食事が終わって落ち着いた所で千里は車を出す。そして、千葉のホテルまで連れて行ってくれた。そこに優子が来ていたので、ここで奏音は優子に抱かれてしばし親子のふれあいをした。落ち着いた所で、ホテルの部屋に入り泊まった。
なお、千里や優子たちの関係の全貌を把握しているのは、実は桃香の母・朋子だけで、当事者たちは全く気付いていない(優子は気付いていいはずだが、何も考えていない!千里や桃香はそれ以上に何も考えていない!)。
↓朋子だけが気付いている "Marriage Ring"
(↑桃香は男子ポジション、千里は女子ポジションになっている。この6人の内で出産を経験していないのは信次のみ!)
翌日1月28日(金・先勝・さだん)、優子と夏樹はともにウェディングドレスを着て、千葉市役所でパートナーシップ宣言をした。これでめでたく夏樹と優子は夫婦(婦婦)になった。
宣言には、優子の両親と奏音、夏樹の両親と兄夫婦も列席した。
一同はそのまま写真館に移動し、ここで記念写真を撮った。優子と夏樹だけのもの、奏音も入れたもの。全員入ったものの3種類を撮っている。更にその後、ホテルのプライベートキッチンで食事会をして、披露宴代わりとした。
1月30日(日).
朝から千里がセレナでホテルに迎えに来てくれて、優子の両親と奏音を乗せる。そして、夏樹のアパートに寄って、優子と夏樹も乗せる。
(助手席:優子父、2列目:優子と夏樹、3列目:優子母と奏音)
そして熊谷の郷愁飛行場に連れて行った。
ここで、優子と奏音、優子の両親の4人がホンダジェットに乗り込み、能登空港に飛び立って行った(能登空港からはムラーノに4人で乗って帰宅する)。
そして千里はセレナで夏樹を千葉まで送っていった。
「新婚なのに別居生活って大変だね」
「それは割り切ってるから。でもごめんね。手間を掛けて」
「桃香じゃ運転できないしね。でも、モニカちゃんもこれでめでたく“奧さん”になれたから、良かったじゃん」
「あはは、その名前はもう勘弁して」
「青山さんが妊娠!?青山さんって男の娘じゃなくて天然女性だったの?」
と米田一子副所長は、青山広紀と藤尾歩の報告に驚いた。
「いえ確かに男の娘だったのですが、11月に急に体質が変化して女の身体に変わってしまったんです。実は私も同時に男の身体に変化しちゃって。それで私たち、私が男、青山が女という形でしばらく交際してたんですよね。でも、1月3日に私は元の女の身体に戻っちゃって。でも青山は男の身体には戻らず、代わりに妊娠が発覚したんです」
と歩は説明する。
「お医者さんの診断では、受精日はおそらく1月3日くらいではないかと。つまり、藤尾が男の身体から女の身体に戻る直前にした性行為で私が妊娠してしまったみたいで」
と広紀は補足説明する。
「えっと、そしたら2人とも性別ほ変更して、藤尾さんが男、青山さんが女になって結婚して出産するの?」
「いえ、私は女に戻っちゃったから性別訂正ができないんです」
「あっそうか!」
「青山は性別訂正の申請ができますけど、そうすると私たち女同士になるので、婚姻届が出せなくなっちゃうんですよね」
「日本の法律は不便ね」
「同性婚、認めて欲しいですよね。それで、青山には、私の保険証で藤尾歩として病院に掛からせました」
「ん?」
それでふたりは“藤尾歩”名義の母子手帳を見せた。
「えっと妊娠出産するのは藤尾さんだっけ?」
と副所長も混乱気味である。
本人たちも混乱してるし!
「たからこのまま青山は藤尾歩として出産して、子供は父が青山で母が私の子供として出生届を出すつもりです」
「待って。私分からなくなった」
と言って、副所長は椅子に座って悩んでいる。
「そういう訳で、青山は出産までの間、高所作業からは外して頂けませんか?私が倍頑張りますから」
「私まだよく分かってないけど、高所作業から外すのはOK。産休も必要だよね?」
「出産予定日の2ヶ月くらい前から、出産後3ヶ月くらい休ませて頂けたら」
「うん。それも全然OK。取り敢えず出産までは基本的には内勤だけにしようか。お使いとかは頼むかも知れないけど」
「ありがとうございます」
ということで、広紀は高所作業からしばらく外れることになったものの、副所長はまだ理解できないようで、悩んでいる様子だった。
ふたりは広紀の妊娠が分かったことで、すぐにも婚姻届を出し、早い時期に結婚式も挙げることにした。むろんウェディングドレス同士での結婚式になる予定である。
なお、翌日には幸花が“歩に”電話を掛けてきて、取材された。どこで情報を聞きつけたのか、さっぱり分からない!
夕方には幸花と真珠が青山家まで来て、ふたりの写真に母子手帳まで撮影していった。
「母子手帳の名前はモザイク掛けるか、あるいはフレームの外にするから」
「それでお願いします」
「でも元男の子が妊娠したとかいったら大騒動になりませんかね」
と広紀は不安そうに幸花に言う。
「大丈夫。『北陸霊界探訪』はバラエティだから、全部ジョークだと視聴者は思うよ」
「あれ、バラエティだったんですか!?」
撮影係として同行した真珠は
『青山さんすごーい!うちの、くーにんも妊娠させちゃおうかな』
などと思っていた。
金沢ドイルこと青葉は1月24日に、津幡組の他のメンバーと一緒に高岡に戻る予定だった。しかし23日の夜になって青葉から幸花に電話があったのである。
「すみません。報道部の方の新番組『ミュージシャンアルバム』というのの取材で、帰りが3日ほど伸びることになりました」
「え〜?それ困るよお」
「27日には絶対帰りますから、翌日にはそちらに顔を出しますので」
「分かった。よろしくね」
それで24-26日の3日間『ミュージシャン・アルバム』の取材をした青葉はコスモスから「ぜひお願いしたいことが」と言うのを断固拒絶する。そして1月27日(木)、千里に浦和から熊谷まで送ってもらい、能登空港へ飛ぶHonda-Jet
Tigerに乗った。
「じゃ、青葉さんは今日帰ってこられるんですね?」
と青葉の母に電話した幸花は確認した。
「はい。15時すぎに到着予定です。私が迎えに行くことになっていますが、明日はそちらに顔を出すつもりだと言っておりました」
「こちらはかなり切迫しているんです。こちらで迎えに行ってもいいですか」
「はい。いいと思いますよ。すみませんね。ご迷惑掛けて」
それで幸花は真珠に青葉を迎えに行くように言い、真珠は青葉家に駐めてあるマーチニスモ(青葉の車)を運転して能登空港に迎えに行ったのである。
そして真珠が迎えに来たことに驚いている青葉を強引に車に乗せ、金沢の〒〒テレビに連れて行く。真珠は運転しながら、今回取り上げる予定のテーマとここまでの取材経過を、道々説明した。
(青葉が乗ってきたホンダジェットの帰りに奏音と優子の両親が乗った。この分はついでだからタダでいいと言われたので、今回優子は1/30の1往復分3万円しか料金を払っていない)
真珠の説明を聞いて青葉は言った。
「人形が動くとか、盆栽が動くとか、自動車が勝手に動くというのは、実際問題として気のせいだと思うよ」
そんなことを言いつつ、小鳩ホールのは本当に動いていたかも知れないという気もした。
そういえば。あの時、リサさんが真珠に頼まれたと言って再現ドラマの撮影をしたけど、真珠たちはあの時期から“動く人形”を追いかけてたんだなあと青葉は思った(*15).
(*15) あれは実際には千里が、きーちゃんにリサの振りをして撮影してもらったもの。むろん撮影したビデオは真珠に送ってあげている。再現ドラマではあっても凄い迫力であったため、実際の番組クライマックスで使用された。
↑本当に再現ドラマか?間違って本物の浄霊シーンの方を送ってないか??
青葉が霊界探訪編集部に来ると、千里姉も来ているので呆れる。だって浦和の家から熊谷の郷愁飛行場まで、千里姉に送ってもらったのに!
しかし青葉が来た所で、神谷内・幸花・明恵・真珠・初海・青葉・千里による編集部全員会議が行われた。
ここまで取材したビデオを見たりもする。
「でも人形が勝手に動くというのは『おもちゃのチャチャチャ』とか『トイストーリー』とか『くるみ割り人形』とかの世界だ」
と千里が言う。
「どれも、そういう空想から生まれた物語でしょうね」
と神谷内さん。
「くるみ割り人形が書かれたのが19世紀初頭だから、それがこの手の話の起源かも知れないですね」
(ホフマンの『くるみ割り人形とねずみの王様』が最初に書籍の形で世に出たのは1816年であり、前述のドイツの素朴なチャイナドールが生まれるより前の時代である。恐らくもっと原始的な人形だったと思われる。デュマ親子によるフランス語翻案が出たのは1838年で、ここに出てくる人形はドイツの陶器人形かも知れない。プティパによるバレエ作品が初演されたのは1892年で、この頃はビスクドールの全盛期であり、その後の子供向け童話などでも、出てくるお嬢様人形は、フランス人形っぽいイメージが定着している)
「取り敢えず盆栽は全く怪しい所が無い」
というので、千里・青葉・明恵、3人の意見が一致した。
「まあ尺合わせに5秒くらい映してあげよう」
「せっかく取材に応じてくれたしね」
「この人形美術館はやばいね」
と千里も青葉も言った。
「やはりやばいですか」
と明恵は言っているが、明恵はたぶん取材の時も何か感じたはずだ。
「これ“処理”してあげなよ」
と千里。
「うん。どこかのタイミングで行こう」
と青葉。
「でも供養するのはいいけど、勝手に動くのを防止する対策って無いのかなあ」
と明恵が言う。
「それを何か考えたいね。2〜3日中に」
と千里。
この日は青葉が来てから休憩をはさんで5時間くらい打合せたのだが、妙案は浮かばなかった。この日は遅くなるので、いったん解散する。
もう23時すぎである。
「みんなタクシーチケットあげるね」
と神谷内さんは言ったのだが
「家まで帰るの大変だよ。“宿泊所”に行こうよ」
と真珠が言う。
「いいけど、スイートホームに私たちがお邪魔していいの?」
と明恵が訊く。
「全然気にしないで」
と真珠が言うので、結局、幸花・明恵・真珠・初海・青葉・千里の6人は2台のタクシーに分乗して金沢市内の“宿泊所”に向かった。
タクシーはほんの5分ほどで目的地に到着する。
マンションのようなので
「誰かの家?」
と青葉は訊いた。
「ぼくの別宅みたいなものかな」
などと真珠は言っている。
「へー」
それでみんなで7階まで上がる。真珠がカードキーでドアを開ける。
「お邪魔しまーす」
と明恵が言うので、(真珠を除く)他のみんなも同様に言って中に入ると、邦生が驚いたような顔をしている。
「今夜このメンツで泊まるから」
と真珠。
「ここ吉田君のマンション?」
と青葉が言う。
「そそ。ぼくと結婚することになったから、1Kじゃ子供産むのにも狭いし、ここに引っ越したんだよ」
と真珠。
「まだ結婚の約束までしてないぞ」
と邦生が抗議する。
「大丈夫、大丈夫。くーにんが性転換手術とかしてもちゃんと結婚してあげるから」
などと真珠は言っている。
「吉田君とまこちゃん、そんな話になってたんだ!」
と青葉は驚いているが
「ああ、そこまで進展したのね」
と千里が言うので、どうも千里は以前から2人の仲をある程度推察していたようだ。
「でも部屋足りるかな」
と邦生。
「大丈夫大丈夫。千里さんと青葉さんはいちばん奥の部屋使って下さい。幸花さんと初海ちゃんはその隣を使って。私とあっちゃんが手前の部屋を使う」
「ちょっと待て。俺は?」
と邦生。
「リビングで寝てね」
「結局そうなるのか」
“真珠が”冷凍室からピザを出してきてレンジに掛ける。冷蔵庫は大型のものが2台並んでいる。一方でヤカンを2つガス台に掛け。お湯を沸かしている。
「カップ麺くらいしかないけど適当に取って」
といって大量のカップ麺の入った箱を抱えてくる。
「たくさんあるね!」
「宿泊所だからね」
「ここ、布団は10組あるから最大10人泊まれるし、食器もだいたい12-13人分用意してるんですよ」
と明恵が言う。
「ほんとに宿泊所なんだ!」
と青葉。
「俺はもう諦めてる」
と邦生。
「くにちゃんの銀行のお友達もよくここに来て食事したり、家が遠い人は泊まって行ってるし」
と明恵。
それで真珠と明恵は、ペットボトルのお茶(6本入りの箱が10個くらい積まれていた)、人数分の皿とコップに箸を出してきて、ピザをレンジから取り出し、カップ麺にお湯を入れてタイマーを掛けた。
「まこちゃん、なんか既に主婦してる」
「ううん。ここの主婦はくーにんだよ。ぼくはほとんど料理しない」
「なんか料理がうまいの何のとおだてられてる」
「もう一緒に暮らしてるの?」
「ううん。ぼくは実家から大学に通ってるよ。ここは時々来るだけ」
と真珠は言うが
「まあ、時々というか、週に5日くらい来てるみたいね」
と明恵が言うので、青葉たちも2人の関係をだいたい把握した。
「結婚式はやはり2人ともウェディングドレス?」
「もちろんもちろん」
「何で俺がウェディングドレス着ないといけないんだよ!?」
「あ、分かった!まこちゃんがウェディングドレスで、くにちゃんは白無垢とか」
「なんか不思議な組合せだ」
「でも白無垢とタキシードというカップルはいるよ」
「あるよね!」
それでみんなピザを食べ、カップ麺を食べて、更に真珠が出してきた冷凍のチキンをチンしたのを適当に摘まんで食べた。真珠は紅茶を入れ、クッキーも出してきた。
「でも青山君というか、青山さんの所はマジで双方ウェディングドレスで結婚式をあげるみたい」
と幸花が言う。
「そういう方向に行っちゃったんだ?」
「青山さんが妊娠して9月に出産予定」
「青山さんが!?なんで彼が妊娠できるんです?」
「妊娠しちゃったものは仕方ない」
と言って幸花は取材で撮影してきた母子手帳を見せる。
「名前が違うけど」
「戸籍上の夫の妊娠というのは法的に難しいから、奧さんが妊娠したことにした」
「まあ夫が出産するというのは珍しいかもね」
「9年ほど前に大阪で夫婦の夫のほうが妊娠出産したことがあった(斎藤命→星)。2年前には、岡山でも夫のほうが出産したことがあって(武石満彦→令菜)、岡山の2人は病院には入れ替わって受診して、妻が妊娠・出産したかのように装った」
と千里。
「それ青山さんのケースと同じだ!」
青葉はそれって、ちー姉のせいじゃないの?と思った。そしてやはり、青山さんは、ちー姉の“余計な親切”のせいで、赤ちゃん産むことになったのだろうと思った。
「くーにんも、ぼくの赤ちゃん産まない?」
などと真珠は言っている。
「どこで妊娠して、どこから出産すればいいんだよ!?」
と邦生は言っている。
「私が今言った2人のケースはどちらも帝王切開」
「やはり男じゃ産むルートが無いよね」
「その前にどうやって妊娠したのかが疑問なんですけど?」
「でも、まこちゃんたち子供作れるの?くにちゃんは既に去勢済みでしょ?」
「ああ、冷凍精子があるから大丈夫ですよ」
「そうだったんだ、備えあれば安心だね」
「冷凍精子はあるけど、俺去勢とかしてないです」
「今更隠さなくてもいいのに」
冷凍精子は明恵と真珠に「性転換手術受けても子供が作れるように」などと言われて、うまく乗せられて作ったものだが、むろん性転換手術も去勢手術も受けるつもりはない(本人談)。精液の保管費用は“自動振替で”青葉が払っている(本人はたぶん忘れている)。
「睾丸があったら、くにちゃんが女性にしか見えない容姿なのが説明できないよね」
と明恵。
「だから会社ではもう女性行員なんですよ」
と言って、真珠が邦生の名刺をみんなに見せる。
「おお、可愛い!」
「これ撮させて」
と言って幸花がiPhoneを取り出す。
「どうぞどうぞ」
と真珠は言っている。
「銀行では女子制服着てるし、客先訪問する時とかはスカートスーツ着てるし」
(結局真珠はスカートスーツを買ってあげた、邦生はせっかく作ってくれたので一応銀行には持って行ったものの、ロッカーに入れっぱなしで着てない(本人談))
「男子制服着てるし、営業の時は男物のスーツだよ」
「分かった。男物のスーツだけど、ボトムはスカートなのね」
「さすがにスカートタイプの男物スーツは存在しないだろ?(*16)」
「くにちゃんも確実に女の子に進化してるなあ」
「妊娠まであと7cmくらいですよね」
(*16) ファッションショーなどでは、スカートタイプの男性用スーツはしばしば発表されているが、プレタポルテや一般既製品には無いと思う。理解のある百貨店とかでオーダーすれば作ってくれるかも?
筆者は以前、博多の天神コアでエスカレーターに乗ったら目の前に乗っている男性が上は紳士用の背広で、ボトムは共布っぽいプリーツスカートだったのを見たことがある。オーダーして作ったものか似た布のスカートを合わせたのかは不明。ヒゲもあったし、足の毛を処理していなかったので、たぶん女装ではない。
「そういえば、くにちゃんってヒゲ生えてるの見たことないけど、脱毛してるんだっけ?」
と初海が訊いた。
「それは脱毛した」
と邦生は言い、説明する、
「俺水泳部だったからさ。水泳部では体毛があると水の抵抗になるから、男もみんな体毛はきれいに剃ってる。でも毎日剃るのって面倒じゃん。それでいっそレーザー脱毛したら?と言われて、うまく乗せられてやっちゃった。体毛はどうでもいいけど、ヒゲ剃らなくていいようになったから、助かってる」
「ああ。水泳のためだったのか」
「筒石さんもレーザー脱毛しちゃったね」
「楽だよ」
「水泳してたのか」
と初海が言っている。
「くにちゃんは県大会とかなら上位に入れる実力」
と青葉は言う。
「でも大学出た後は、あまり練習してないから衰えてると思う」
「津幡に来ればいいよ。くにちゃんならいつでも泳いでいいから」
「それは行ってもいいかな。結構気分転換になりそうたし、時々運動はしたいし」
「泳ぐ時は女子水着着けてね」
「なんで?」
「あそこは女子専用だから。筒石さんも女子水着つけてるよ」
「筒石さんの女子水着姿はあまり想像したくない」
「うん。目を遣らないほうがいいよ。女子水着つけるとスピードアップするというので、筒石さんは楽しそうだけど」
「スピードアップするだろうな!」
「くにちゃんが女子水着を着けた姿は、実際に女子の水着姿にしか見えないだろうね」
と幸花が言うと
「それは間違い無いね」
と真珠が言っている!
「じゃぼくがくーにんの水着を選んであげるよ」
「お前に任せるとビキニとか選ばれそうだ」
「なんで分かったの!?」
「一応競泳用の水着以外は使用禁止ね」
と青葉は言っておいた。
例によって、布恋はビキニで泳いでいて取れてしまい。ジャネに叱られていた。竹下リルなどは、公式水着は高いし着けるのが大変なので、普段は学校で使っているスクール水着で泳いでいたりする。
青山さんや邦生の“女性化”で盛り上がって、結局夜1時頃に各自の部屋に入り、寝た。各部屋の押し入れには布団が3組ずつ置かれているのでその内の2つを出して使用した。明恵から、感染防止のため、布団の枕は反対向けてという指示があったので、全員それに従った。
青葉は布団がちゃんと乾燥機に掛けてあるようなので感心した。
(感染防止対策もあり、使用した布団は毎回乾燥機に掛けてから押し入れに戻す運用をしている。これは真珠と伊川峰代が話し合い、手の空いてる人が布団乾燥機を掛けるようにしている。布団の数が多いので、乾燥機は2台ある)
むろん邦生はリビングの隅に自分の布団を敷いていた!
明恵は夜中真珠がいなくなっていたので、邦生と少し一緒に寝たんだろうなと思った。真珠は朝にはこちらの部屋に戻っていた。
朝は、千里が割と早起きして、食パンが充分あるのを確認した上で、邦生から鍵を借りて、コンビニまで行きサラダを買ってきた。そしてウィンナーをボイルし、スクランブルエッグを作って7人分の朝食を作った。
6時半頃明恵が起きてきたので、彼女に皿を並べてもらって、そこに玉子とウィンナーとサラダを盛り付ける。その間に千里はお湯を沸かしてクノールのカップスープを人数分作った。千里と明恵で各部屋に声を掛け、みんなを起こす。
「完璧に熟睡してた」
と青葉。
「まあ疲れたろうね」
「朝食にサラダとかスープが付いてるのが素晴らしい」
「サラダはコンビニで買ってきたやつだし、スープはクノールだし」
「朝はギリギリになること多いから、なかなかそこまで余裕無いよね」
「でもこのマンション、学校にも行きやすい気がする」
と初海が言っている。
「**番系統の東部車庫行きのバスに乗ればいいよ」
と真珠。
「帰りは**番系統に乗って、放送局に行けばいいし」
と明恵。
「そうか。バイクは放送局に駐めたんだった」
「まあ自然に夕方はまた放送局に集まることになるね」
「今週は、竹本(初海)さんはリモート授業だよね」
と邦生が訊く。
真珠が今週はリアル授業で毎日大学に行っているので、明恵は真珠と同じで、初海は反対の組なので、リモートのはずだ。
「はい。授業が終わるまでここに居ていいですか」
「もちろんもちろん。あ、W-Fiのパスワードを」
「それはこのスマホに登録してるから大丈夫です」
「なるほどねー」
「ほんとにここは宿泊所だ」
「でも郵便局行ってこなきゃ」
と初海。
「郵便物なら出してきてあげようか」
と真珠。
「いや。これ払ってこないといけなくて」
と言って“青紙”を見せる。
「切符切られたの?」
「ええ。兄が」
「ああ」
「給料日までお金無いから貸してと言われて」
「働いてるお兄さんより大学生の初美ちゃんの方がお金持ってるのか」
「青葉さんのドライバーの報酬もらってるから。青葉さんが不在で、仕事全然してないのに」
「私たちも何もせずに報酬だけもらってるー」
と真珠。
「いや。お仕事は時間拘束だから、仕事があるないに関わらずちゃんと報酬は払うよ」
と青葉。
(でも真珠は「青葉さんまだ戻って来てないから」と言ってビール飲んでた!実家で飲むと叱られるから、邦生のマンションで飲んでる)
「ま、それでトイチで貸すことにしました」
「おお、高利貸しだ」
「でも何やって切符切られたの?」
「指定時間進入禁止の標識に気付かなくて、入っちゃったらしいんですよ。そこスクールゾーンで7:00から8:30まで軽車両以外・車両通行禁止だったのを、8:29に進入したらしくて」
(軽車両とは自転車やリヤカーの類い。軽自動車ではない!!)
「惜しい!」
「いや、警察ってそういう時間に張ってるんだよ」
「8:30なんて、小学生はみんな登校済みで、8:30まで規制する必要無いのに。8:10くらいで解除すればいいのに、とか文句言ってました」
「違反者ホイホイだったりして」
「警察って、スピード違反の取り締まりでも、誰も見てないだろうと思ってついスピード出しちゃいそうな所に隠れてるよね」
邦生。
「直線の快走路で、80km/hくらいで走りたくなるのにスピード規制がなぜか50km/hみたいな所には警察がよく居るんだよ」
と千里も言っている。
「あれ汚いよね。私もそういう場所は気をつけてる。絶対先頭にならないようにする。万一先頭になったら速度厳守。誰かが追い越していったら、それに付いてく」
と幸花。
(↑幽霊ワゴン車に簡単にやられそうだ)
「誰も居ないだろうと思って安心する所に、実は見張りがいるんだよ」
と真珠が言った。
青葉は「ん?」と思ったものの、その場ではあまり深く考えなかった。
リモートで授業を受ける初海以外はみんな出掛ける態勢になった所で、真珠はルンバを起動した。
「あ、ルンバが居るんだ」
「ぼくのペットだよ」
と真珠は言っている。
「ほほお」
「しっかりお掃除してくれるいい子だよ」
「うん。確かにルンバはいい子」
「前のアパートではルンバの通り道を確保できなかったけどね」
「あのアパートじゃ無理だったね」
この日は全員バイクを放送局に駐めているので、真珠が邦生の Ninja1000 を借りて明恵を後ろに乗せて大学まで行った。
真珠は大型二輪の免許を取ったのは、ついこないだ12月(邦生が不在なので、それでNinja1000を乗り回していた)なのだが、普通二輪は高校2年の時に取得しているので大型二輪でも2人乗りが可能である。二輪免許取得から既に4年経過しており、高速道路での2人乗りも可能だが、邦生から「大型二輪取ってから1年経つまでは高速2人乗りは禁止」と言われている。
幸花・青葉・千里はタクシーで放送局に移動した。
そして邦生は徒歩で銀行まで行った!
服装は、唯一の紳士用スーツを銀行に置いたままなので、真珠から女性用のビジネススーツ(ボトムはもちろんスカート!)を着せられそうになったのを拒否して、ワイシャツに適当なズボンを穿く。フリースのジャケットの上にダウンコート(もちろんレディス仕様)を着て歩いて行った。歩いても、ほんの10分ほどで到着した。この距離だから、女子たちのたまり場にされるよなあと改めて思う。
(金沢市の中心部まで歩いて10分なんて、物凄く良い場所に住んでいる)
放送局に戻った3人は、幸花が別の番組の仕事で呼ばれて行ったので、青葉と千里は、取り敢えずこれまでのビデオを再度見て、2人だけで再検討した。
「人形美術館はさ、こういうことしたらどうだろう?」
と千里がある提案をする。
「それはいいかも知れないね。でもその資金は?かなりお金かかるよ」
と青葉は尋ねる。
「それはこういうことしたらどうかな」
と言って千里は別の提案をする。
「ああ、それなら行けるかも」
と青葉も言った。
「だったら、今日か明日にも一度S市に行きたいね」
「うん。急ぐ必要がある」
お昼頃、幸花が別件の仕事を終えて戻って来た。
「疲れた、疲れた」
と言って、毎日放送局にお弁当を売りに来ている業者さんから買ったお弁当を食べている。千里と青葉はさっき一緒に金沢名物・笹寿司を食べた所である(千里姉のバッグから出て来た。製造日が今日なのに!一体いつ買った?)。
「そちら何か発見ありました?」
と訊くので、青葉は午前中に千里と話したことを言った。
「それ神谷内から石崎部長に言ってもらいましょう。たぶん放送局が後援できますよ」
「そういう形にできると、オーナーさんもやりやすいでしょうね」
「午後からは広い駐車場とかを実地に見てこようかと思います」
と青葉が言うと
「ああ。だったら私も同行しますよ。ドライバーと撮影係を兼ねて」
と幸花が言う。
「じゃお願いしようかな」
そんなことを話している時に、カメラマンの城山さんが入ってきた。この時、幸花・青葉・千里は、入口に近い側に3人並んでいた。パソコンの画面を一緒に見られるよう並んでいたのである。それで城山は自然にテーブルの向こう、奥側に座った。
「いやあ、疲れた疲れた。これお土産です」
と言って、“おたべさん”を出す。
「京都に行ってこられたんですか?」
「いえ。大阪の娘のところに行ってきました。大阪のお土産ってよく分からなくて、結局これを買いました」
「大阪って定番のお土産が無いですよね」
「そうなんですよ。東京なら東京ばな奈とか人形焼き、名古屋ならウイロウとかゆかり煎餅、博多なら通りもんとかひよこ、北海道なら白い恋人とか六花亭、金沢ならあんころ、柴舟小出、中田屋のきんつば、でも大阪はそういう定番が無い」
「私も大阪に行く度に悩むんですよねー。神戸プリン買って帰ったり」
などと千里も言っている。
「お嬢さん、そろそろ卒業でしたっけ?」
「そうなんです。それで就職関係の書類が色々あったので」
「ああ、大変ですね」
「サンダーバードに乗っていたんですが、乗る時間が分からなかったので、飛び込んで、取り敢えず指定席の空いてる所に座って、車掌さんが回ってきて検札ですと言われたんで、ギリギリで飛び込んだから乗車券しか持ってなかったと説明して、指定席の切符を買いたいと言ったのてすが、指定席は売り切れだと言われて」
(どうでもいいが文章が長い!)
「あらら」
「調整席は空いてないんですかと言ったら、最近は調整席用意しないんですよと言われました」
「昔は必ず調整席ってあったから、旅慣れた人は最初からそこに座ってましたよね」
「ええ。でもコンピュータで完全に管理するようになって、二重発券とかが起きることも無くなったので、調整席は作らないようになったという話でした」
「うん。どうもそうみたいですね」
昔は何かの間違いで二重発券してしまった場合や、政治家などが無理を言ったような場合に備えて、必ず列車には“調整席”が用意されていた。しかも昔は調整席の位置は決まっていたので、旅慣れた人は最初からそこに座っていたりした。しかし、後に調整席の位置はランダムになり、どこが調整席かは分からないようになる。そしてやがて完全なネットワーク管理の体制ができて、二重発券の恐れが無くなったこと、政治家などの無茶な要求へのマニュアルが整備され、断固としてお断りするようになったことから、調整席は現在ほぼ設けられていない。
「まあ結局自由席の切符買って、そちらに移りましたが、けっこう空席があって助かりましたし、かえって指定席より密度が低かったですよ」
「それは良かった」
と幸花は言ったのだが、千里は言った。
「でも城山さん、感染してますよ」
「え〜〜〜!?」
「感染してから1日くらい経ってます」
「うっそー!?」
千里姉の眷属に病気に詳しい子がいるみたいだから、その子が気付いたんだろうな、と青葉は思った。
「ただちにかかりつけの病院などに電話してPCR検査受けてください」
「分かりました!」
「簡易検査キットさしあげますから自分で確認してください。簡易検査キットで陽性になったと言えばPCR検査してくれますよ」
と言って千里はキットを1個渡した。
「ありがとう」
それで城山さんは部屋を出た。
千里たち3人も部屋を出て廊下に立つ。
幸花はすぐ神谷内さんに電話したが掴まらないので、石崎部長に電話した。すぐに消毒班が来て、部屋を消毒始める。城山さんから電話があり、簡易検査キットで、しっかり陽性が出たということだった。それで病院に連絡してPCR検査してもらえることになったらしい。
「君たちどのくらい彼と接触した?」
と石崎部長が訊く。
「10分くらいかな」
「マスクは?」
「もちろん全員してます」
「この部屋、換気扇も回ってますし」
「城山さんは換気扇のすぐそば、つまり風下に居ました」
むろん彼がそこに座るように千里姉がうまく誘導したのだろうと青葉は思った。
「じゃ大丈夫かな」
「濃厚接触条件にはならないと思います」
「テーブルをはさんで座ってたから2mくらい離れてるし」
「良かった良かった。でも万一体調が悪かったりしたらすぐ言ってね」
「はい、もちろん」
それで部長は帰って行った。
「この“おたべさん”はどうする?」
と幸花。
「アルコールで外側を消毒すれば平気ですよ」
と千里。
「そだね」
ということで、もらうことにした。
(城山は結局、無症状ということで自宅待機になった)
部屋の消毒も続いているので、3人は出掛けることにした。
まずは、多数の車が並んでいる、示野のイオンタウンに行ってみた。
「壮観だけど、この車が勝手に遠くに移動したりはしないだろうなあ」
「自分で移動しておいて、移動したことを忘れてるというのはありそう」
「ああ、それは私もよくやる」
と千里は言ったが、青葉は『ちー姉は車の位置を自力で見付けられるから実害は無いだろうけど、忘れ物の天才だからなあ』などと思った。
人形供養のW神社にも行ったが、青葉と千里は顔を見合わせた。
「何体居る?」
「・・・・8体」
「え?7体かと思った。ちょっと待って・・・あ、8体目見っけ」
「これ許可取ってからやるべきだよね」
「宮司さんと話をしよう」
それで青葉は社務所に行き『〒〒テレビ・北陸霊界探訪・霊界探偵・金沢ドイル』の名刺(恥ずかしい!)を出して宮司さんと話をしたいと言う。
宮司さんは歓迎してくれた。あらためて『心霊相談師・川上瞬葉』の名刺も出す。千里は『越谷F神社・名誉副巫女長・村山千里』の名刺を出していた。
「へー。ドイルさんの妹さんは巫女さんですか」
と宮司さんか言うのは、気にしない!(幸花が楽しそうである)幸花も『〒〒テレビ・サブディレクター・皆山幸花』の名刺を出していた。
「実は今境内を拝見させて頂いていたら、供養してあげたほうが良さそうな人形に気付いたものですから」
「どの子ですか」
と訊かれるので、現地に案内する。青葉が指し示した人形全てについて、宮司さんは
「実は私も気になっていました」
と言った。
「供養してあげていいですか?見ていられなくて。料金とか取りませんから」
「はい、お願いします。料金の件は後ほど」
ということで、青葉が一体ずつ、きれいに供養してあげた。明らかに人形の表情が変わったのを幸花さえも認識した。
8体全ての処理が終わった所で、幸花は
「さて再現ドラマの撮影しようか」
と楽しそうに言う。
「宮司さん、いいですか?」
「どうぞどうぞ」
と言って、今度は宮司さんも楽しそうに見ていた。
「でも浄化の供養している実際の映像は映さないんですね」
「そんなのとても放送に流せません」
「そうですよね!」
タクシーただのり幽霊の時はリアルに処理中の映像を流しちゃったけどね!
「ところで宮司さん、お願いがあるのですが」
と千里は言った。
「はい」
「そこにビスクドールが12体並んでいますよね」
「あ、はい」
「その子たちを養女に申し受けることはできませんでしょうか?」
「え?」
「かなり貴重な人形も含まれているんですよ。元々ここに持ち込まれた方にはそれなりの補償金をお支払いしますので」
「でも、処分を依頼されたものなので・・・」
と宮司は困っている。
「ここに居る、ジュモーのパプリカに380万円、ケストナーのエリーに85万円、ティルダに45万円、他の9体は一律6万円、合計564万円を元の持ち主の方に、神社さんにはその1割の56万4千円の手数料をお支払いするというのではどうでしょうか」
「500万円ですか!?」
と宮司は度肝を抜かれている。
青葉はこんな計算を暗算でしたということは、今ここにいるのは3番さんか、と思った(←甘い!)。
「特にこの3体は失われてはならない貴重な作品です」
「分かりました。持ち込まれた方と連絡を取ってみます」
取り敢えずこの12体のビスクトールは、庭から社務所内へ移されることになった。
W神社では他にも打ち合わせたことがあり(後述)、この日W神社を辞したのはもう17時だった。
「明恵ちゃんたちが来てるだろうし、いったん局に戻りましょう」
ということで、3人は局に戻った。
編集室には、明恵・真珠・初海・邦生が来ていた。神谷内さんも居て、城山さんが自宅待機になったことを話してくれた。
「濃厚接触者になるお嬢さんにも連絡をとって、PCR検査受けてもらったら、向こうも陽性だった。無症状で自宅待機になる」
「一人暮らしなのに大変だ」
「これってひとり暮らしの人はほんとに辛いよね。自治体が食料とか届けるのも全然間に合ってないみたいだし」
「そうそう。だから緊急に必要そうな食料を奧さんが買って宅急便の置き配で送ったらしい。サトウのごはんとか、カップ麺とかレトルト食品とか。多分明日には到着する」
「いろいろ大変だ」
この日(1/28 Fri)は、明恵と真珠は、いったん局に来て、真珠は明恵を降ろし、初海をマンションから連れてきて、更に邦生の銀行まで行ってこちらに連れてきたらしい。真珠大活躍である。初海は郵便局には授業の空き時間に行って来たらしい(真珠がマンションの鍵を貸していた)。
「くーにんたら、さっき放送局内で男子トイレに入ろうとして、50歳くらいの男性に叱られていたんですよ」
などと真珠が言っている。
「そりゃ叱られるに決まってる。ちゃんと女子トイレ使わなきゃ」
と神谷内さんからまで言われて、邦生が困ったような顔をしていた。
幸花がみんなに、今日W神社で“供養”をしてきたことを報告し、再現ドラマも見せる
「早速ひと仕事してきている。青葉さん凄い」
と初海。
「私、水泳の練習したい」
と当の青葉。
「だったら、会議が終わったら津幡まで送りますよ。それで今夜は津幡に泊まるといいです。夜中でも好きなだけ泳げるもん」
と真珠。
「あはは」
(この後、青葉は取材や浄霊で2月中旬まで飛び回ることになり、取材先の近くのホテルに泊まったり、あるいは“宿泊所”や津幡に泊まったりして、結局高岡の新居では1泊もしないまま、また代表選考会のため熊谷に移動することになる。こんなことなら、コスモスの用事を受けた方がマシだったかも、などと後から思った)
「明日は青葉と2人でS市の人形美術館に行って来たいんだけどね」
と千里。
「それ明恵ちゃんと真珠ちゃんに付き添ってもらおう。ドライバーとカメラマンも兼ねて」
「じゃそうします。じゃ明日朝そちらに迎えに行きますね」
「了解」
青葉はおもむろに、みんなの前で言った。
「動く人形対策は、基本的には“見張り”を置くといいと思う」
「へー!」
「昨日まこちゃんが『誰も居ないだろうと思って安心する所に、実は見張りがいる』って言ってたじゃん」
「そんなこと言ったっけ?」
「ああ。警察の話ね」
「あ、そういえば言ったかも」
「お昼に城山さんが来てた時、特急の指定席に車掌さんが検札に来た話をしてたんだよ」
「へー」
あれはその話を自分に聞かせるため、千里姉は彼の感染に気付いてもそこまて話させたのだろうと青葉は思った。
「11月に私が埼玉のホールで、客席に座らせた人形の念を成仏させた時も、その後、見回りロボットを導入したんだよ」
と青葉が言うと千里が
「その映像あるよ」
と言って、パソコンを開いてみせる。
そのロボットの動きを見て、みんな
「面白ーい」
と言っている。
「このロボットはオーケストラの演奏が終わった後、18時から、翌朝人が来る朝9時までの間、1時間に1度客席を巡回する」
と千里は解説する。
「凄いですね」
「これは津幡パークに導入予定の警備ロボットの簡易版」
「わぁ」
「スーパーの駐車場も、警備員が巡回するのがいいとあっちゃん言ってた」
と初海が言う。
「羊飼いが犬に群れを制御させるのにも似てるかも」
と千里が言う。
「すると動く人形への対策は見張りを付けることか」
「でも概して費用が掛かるよね」
「広い駐車場は、警備員さん雇っても1人ではとても無理ですね」
「イオンタウン程度の規模なら4〜5人必要だと思う」
「あまり費用掛かると無料で駐車場を運営できなくなる」
「その見回りロボットはいくらするんですか」
「津幡に導入予定の物(12月に§§ミュージック社員寮に導入したのとほぼ同仕様)は色々な機能が付いてるから、1体300万円の予定だけど、小鳩ホールで使ったのは、巡回する機能だけのもので100万円」
「なるほど」
「人間雇うよりは安いかな」
「小鳩ホールでのお仕事は終了したから、今はF神社で自宅待機中」
「ふむふむ」
「まあ見張りを付ける場合、できるだけ費用を掛けずにするというのがポイントだろうね」
「でもIT(アイティー)の時代、結構安い費用で実現する手はあると思うよ」
「多分発想の問題だろうね」
「羊飼い犬だと餌あげるだけでいいし」
「家の中だと猫ちゃんでも結構役立つ」
「ルンバ一匹飼っておく手もある」
「お掃除もしてくれるから、いいね」
「ルンバはたぶん現代の羊飼い犬だ」
「土星の羊飼い衛星とかがまさに掃除屋さん」
(羊飼い衛星 Shepherd moon とは、土星や木星などの環のすぐ内側・外側を周回している衛星で、この衛星の働きにより、環から飛び出してきた粒子はまた環の中に押し戻され、環が維持される。まさに羊飼い犬の役割を果たしている)
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【春動】(5)