【春紅】(7)

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桃香と季里子の結婚式が1日早くなったのはこういう事情だった。
 
桃香と季里子は、1月にパートナーシップ宣言をしていたのだが、季里子の母が「夏樹さんと結婚した時も結婚式をあげなかったから、今度こそ結婚式が見たい」というので、桃香が休みを取れるように、受験シーズンの終わるのを待って、この日に式を挙げることにしたのである。
 
桃香は玉依姫神社のオーナー代行(?)の千里3番に電話して
「季里子との結婚式を挙げたいんだけど、そちらで女同士の結婚式とかできる?」
と尋ねると
「全然問題無い。こちらの桃香が3月28日に結婚式挙げると言ってるから、日付を合わせよう」
と言って同じ日に挙げることにした。
 
(一時期1番が能力を失い、2番は海外に行っていたので、ここの管理は3番の担当となった)
 
ところがいったん3.28と決めてから、千里3が暦を再確認すると、この日の“適時”が17:22-17:58(千葉市での月出〜日入)の36分間しかないので、「げっ」と思った。
 
2番に確認すると、2番が完璧に暦を読み間違っていたことが判明した。間違って2001年の暦を見ていたらしい(2001/3/28なら月出7:40月入21:27)。貴司や千里たちの結婚式はもう3月28日という日程で動き始めていたので今更変更できず、その36分間でやってしまうことにした。
 
しかし36分しかないと、朋子たちを千葉の結婚式にも出席させることは不可能である。それで、千葉の桃香と季里子の結婚式は、1日前の3月27日に設定させてもらうことにしたのである。
 
3.27の場合はボイドには掛かっておらず、月出は16:11、日入は17:57(千葉市の場合)となっていて、適時は1:46あるので、余裕であった。それで朋子は27日にこちらに来たら、千葉に連れて行き、千葉の桃香の結婚式に出席させ、翌日は越谷で埼玉の桃香の結婚式に出席させるということにしたのである。
 
桃香が2人いるなというのは朋子は認識していたので、問題なかったが、典子は混乱しているようだった。
 
朋子は洋彦から「千里ちゃんとの関係はどうなったんだっけ?」と尋ねられたが、「あちらはあくまで良いお友達ですよ。千里ちゃんは明日男の人と結婚しますし」と言うと、「まあお友達であり続けるならいいね」と納得していたようである。
 
でも典子はやはり混乱していた!
 
朋子は
「ひとつだけ間違い無いことは、桃香も千里ちゃんも重婚はしてないってことね」
と笑顔で典子に言ったが、典子はさっぱり分からないようだった。
 
なお、27日の夜は、季里子と桃香は千葉市内のホテル(ダブルルーム)に泊まり、翌日から新婚旅行に行く、つまり浦和の桃香の結婚式の時、千葉の桃香は新婚旅行中である。
 
27日は、朋子と典子はふだん桃香たちが寝ている部屋に泊めさせてもらった(*17). 早月たちはいつもの自分たちの部屋で寝た。
 
(*17) 鏡が置かれた仏間は散らかりすぎていて人を泊められないが、最近は散らかっているのをいいことに、おキツネさんたちは早月・由美・伊鈴と一緒に隠れん坊をして遊んでいる。最近おキツネさんたちにお稲荷さんをあげるのは毎週末にここに来る早月の仕事になっている。
 

さて浦和組の方だが、千里・桃香・貴司の3人(4人?)は3月29日の朝から新婚旅行に出かけた。
 
貴司のランドクルーザー・プラド、千里のアテンザに分乗して、どこにも泊まらず、お店などにも一切寄らず、車中泊で、ひたすら走り回るだけ、という旅行を約2週間(4/11まで)設定している。食料も2週間分積み込んでいる。貴司はリーグの試合とぶつかっているが、貴司は今シーズンまでは選手ではないので、特にお休みをもらった。
 
新婚旅行中は、千里は休憩の度にアテンザとプラドを行き来することにしていた。千里がアテンザに乗る時は千里が運転するが、千里がプラドに乗っている間はアテンザを桃香が運転することになる(桃香はMTの運転自体は問題無い)。桃香にアテンザを運転させるのは不安ではあったが、この際“廃車覚悟で”任せることにした。
 
「桃香の葬式をするはめにだけはしないでよね」
「分かった。慎重に運転する」
 
実際には1回駐車に失敗してバンパーを壁にぶつけたのと、狭い道から出るのを失敗して、左前方を車止めにぶつけてひっこませただけで済み(修理代が5万円掛かった)、桃香の葬式はせずに済んだし、アテンザも廃車にならなかった。また他人に怪我させたり、他の車に被害を与えることも無かった(そっちが重要)。
 
なお新婚旅行中の4.3 20:00 (JST=4.4 3:00), 4.6 20:00 (JST=4.7 3:00)にフランスでは試合があったが、いづれも深夜だったので、貴司が寝ている間にフランスに移動して試合に出て来た(フランスのアパルトマンでシャワーを浴びてから日本に戻る:フランスでは多くの体育館でシャワールームが使用禁止になっていた)。
 

結婚式に参列した人たちで、典子は29日の午後、郷愁飛行場から能登空港へHonda-Jet で帰した。北海道組はお昼すぎにG450で旭川空港に送り届けた。
 
なお新婚旅行中、子供たちの内、早月と由美は季里子の家で預かってもらうことにした。これは東京に不慣れな朋子が子供4人見るのは無理だから、こちらに2人連れて来てと呼子が言ったのに甘えたものである。しかし呼子1人で4人見るのも大変なので、桃香がベビーシッターさんを頼んだ。
 
実際には子供たちは、ずっとおキツネさんたちと遊んでいたので、ヘビーシッターさんも小さな子供は何か見えるのかもと思いながら、仏間で楽しそうに遊ぶ子供たちを眺めていた。
 

季里子たちの方だが、桃香と季里子も1週間の車中泊新婚旅行に行った。車は季里子のアクセラを使用した。
 
ふたりの桃香は電話で連絡を取り合い、双方の新婚旅行コースがぶつからないよう計画したし、新婚旅行中もお互いのコースを確認していたようである。(1度だけニアミスがあり、ヒヤッとしたらしい)ちなみにアクセラは季里子がずっと運転する。桃香に任せたら、行き先が天国になっちゃう、と季里子は言っていた。
 

3月25日(木)は、§§ミュージックの報酬支払日(通称給料日)だった。舞音は1月に受け取った報酬はローズ+リリーさんのニューイヤーライブの出演料が大きくて30万円もあったが、2月はそういう特別な物は無かったので、最低保証の12万円だった(*18).
 
12万円とはいっても寮に居れば食事代と光熱費は無料だし、生理用品は自分の好きなのを無料でもらえるし(*19)、ランジェリーのクーポンを給料とは別に毎月1万円分(*20)もらえるし、むろん仕事で着る服は貸与されるから、むしろ使い道がないくらいである。
 
(*18) 名取り公演の費用はケイが全て出してあげているし、公演で着た振袖もケイが貸してあげたので舞音の負担はゼロであった。
 
(*19) 男子寮には(3月時点では)この制度がないが、ナプキンやパンティライナーの自販機があり、よく売れているらしい!?これはセレンがゆりこに「ナプキンとかが自販機で買えたらいいなあ」と言ったら設置してくれた。セレン本人に生理があるのかについては、本人はノーコメントである。
 
(*20) ランジェリークーポンはガールズは5000円でA契約の子が1万円。靴下やTシャツなどの購入にも使える。楽屋で他の事務所のタレントさんに見られても恥ずかしくない下着を着けてなさいという趣旨である。
 

舞音は1月に30万もらった時は実家に「お年玉」と称して3万円送金したが、2月は「今月は実入り少ないから、お小遣い無しにさせてね」と母にはメールしておいた。母からは「仕送りとか要らないから、ちゃんと貯金しておきなさい」とお返事があった。
 
しかし3月はかなりの仕事をした。CDも売れた。一応CDの印税等は3ヶ月単位なので、3月締めで事務所が4月末(一部は7月末)に受け取り、(4月受取分は)5月分の報酬に加算されるという話ではあった。しかしテレビ出演なども多かったので、結構もらえるんじゃないかなあと期待していた。
 
それでわくわくしながら、朝礼の後、8:30を過ぎたのでスマホで残高を確認した。
 
28万円?
 
(先月のお給料はほぼ使い切っているので、残高≒振込額のはず)
 
え〜?あんなにお仕事したのに、こんなもん?と舞音は少しがっかりした。でもお仕事って結構厳しいものなのかもね。そんなにガバガバと稼げたら苦労しないよね、と舞音は思い直し、また頑張ろうと思った(さすが前向きな牡羊座)。
 

その日はお仕事は無かったので、学校が終わると§§ミュージック・コールセンター(以下SCC)の女性ドライバーさんに、同じ学校に通っている甲斐波津子・山本コリンと一緒に女子寮に搬送してもらった。夕方5時からフルートのレッスンに出て、夕食の後は、楽典の授業とギターのレッスンに出るつもりだ。
 
甲斐波津子とはフルートのレッスン仲間だし、山本コリンとは大の仲良しなので、お互いに遠慮が要らない。車の中で、お給料の話も出る。
 
「舞美ちゃん、今月はお給料すごかったでしょう?ケーキか何かでもおごってよ」
とコリンが言う。
 
「ケーキはおごってもいいけど、そんな凄いってほどではないよ。やはりお仕事って厳しいよなと思った。それに私、まだ駆け出しだから、ギャラの相場も安いんじゃないかなあ」
 
「そういうもん?」
とコリンが訊くが、波津子は
「いや、いくら単価が安くても今月の舞美ちゃんはかなり凄かったはず」
と言う。
 
「だってお給料28万だったよ」
と舞音が言うと
 
「それは絶対あり得ない」
とコリンも波津子も言う。
 
「だって、ほら」
と言って、舞音はスマホの銀行専用アプリを開き、隣の席の波津子に見せた。
 
(この3人では、身体の大きなコリンがいつも助手席に座っている)
 
波津子は舞音が見せた画面を見て言った。
 
「舞美ちゃん、桁を読み間違えてる。これ280万じゃん」
 
「うっそー!?」
 

3月29日(月):千里の結婚式の翌日、地方信濃町ガールズの本部昇格希望者の昇格審査試験が熊谷の郷愁村にある、§§ミュージック分室で行われた。千里3は審査員として行ってきた(Wリーグはオフ期間に入っているし、日本代表の合宿にもかかっていない)。
 
今年は3名を昇格させることになったが、正直3人ともビデオガールコンテストで優勝争いするレベルだと思った。昨年春から、各地域に研修所を作りそこで毎月1回レッスンをするようになったので、地方ガールズのレベルが上がっているのだろうと千里は想像する。
 
今回落とした子たち(この子たちも多くが本選で10位以内に入れるレベル)には結構厳しいことを言ったが、昨年かなりきついことを言った子で、今年再挑戦して合格した子がいたので、その子はたくさん褒めた(本人は泣いていた)。それで今回落とされた子たちも、自分たちが来年再挑戦するには何をしたらいいのかが分かったようだった。
 
千里はコスモスに提案して、今回の落選者たちには、§§ミュージックで費用を持ってあげて、よりレベルの高いレッスンを受けさせることにした。事実上本部メンバーに準じる教育を課すのである。この話を聞いて、落選者たちは一様に張り切っていた。
 

千里は一度帰宅してからコスモスに電話して言った(その場で言わなかったのは、同席していた悠木恵美に聞かせたくなかったから)。
 
「コスモスちゃん、第2女子寮を建設しよう」
「やはり2棟目が必要になるか」
 
現在の女子寮は来年の春にも満杯になることが確実である。
 
「それとさ、男子寮をちょっと改造していい?」
「改造?」
「4階が今5階と同じ、2DK×3 なのを、2-3階と同じ、1K×5に変えちゃう」
「なるほどー」
 
「あるいは住んでる住人を全員女の子に改造してもいいけど。そしたら女子寮に移動できるし」
と千里が言うと
「うーん。みんな泣いて喜びそうだけど(篠原君はショックで泣きそうだけど)、今10人女子が増えると女子寮があふれるから、男子寮4階の改造で」
 
「了解〜」
 
そういう訳で、女子寮のキャパの問題で、男子寮生は今年は改造されるのを免れることとなった!?
 

3月26日(千里の結婚式の2日前)、千里はふらりと四谷の不動産屋さんを訪れた。
 
「友人の妹の女子大生が住むマンションを探しているんですよ。何か適当な物件がありませんか」
 
「どの界隈がいいんですか?」
「四谷・市ヶ谷付近がいいんですが」
「ご希望の広さとご予算は?」
「そうですね。3LDKで20-30万の物件無いかしら」
 
女子大生ならワンルームか1Kかなと思っていた窓口の男性は一瞬「え?」と声を挙げそうになったが、よく見ると客はエルメスのワンピースを着ている。持っているバッグはマリクレールだ。お金持ちかも知れないと判断した。
 
「そうですね。3LDKだとどちらかというファミリー向けの物件になりますが」
「ええ、それは構わないわよ。最近のワンルームとか2DKとかいう物件は狭いから可哀想で」
「なるほどですね」
 
それで窓口の人は市ヶ谷駅から歩いて10分ほどの家賃27万円の物件を薦めてくれた。下見担当のスタッフと一緒に見に行く。
 
「わりと新しいわね」
「はい。まだ築7年ですから」
 
304, 506, 801 と空いているということだったが、千里は持参の方位磁針を見て「801がいいです」と言った。それで、そこを見に行く。
 
(スマホの方位磁針アブリを使わないのが“静電気女”の千里らしい)
 
それで中も見せてもらう。うん。方角は問題無い。変なのは処分したし、などと考えながら、千里は室内をゆっくり歩き回る。千里の歩き回った後がどんどんクリアになっていくが、スタッフさんも何か感じているようでキョロキョロしている。
 
ベランダに出て窓の外も見た。なるほどねーと思う。だから27万なのか。安いと思ったよ。それに空き部屋は3つじゃないじゃん。半分以上空いてる。あまりたくさん空いてるように言うと何かあるかもと思われると思って、少しだけ言ったな?でもこれは前回の新宿のマンションより遙かに“処理”が楽だ。
 
「ここにします」
「ありがとうございます」
 
それで事務所に戻って、契約することになる。地下の駐車場も1枠借りることにした。千里の予想通り、枠はたくさん空いている雰囲気だった。それで、駐車場代に加え、共益費・保証料を入れて35万円といわれた。
 
「借主様はそのご友人のお嬢様ですか?」
「金額も“大したことないし”、私が借主になってもいい?」
「はい。責任を持って下さるのでしたら」
 
本当はそういう又貸し的な行為は困るのだが、35万円の家賃を“大したことない”と言う客なら、融通をきかせてもいいかと判断した。
 
「じゃ私が借主になるね」
「お支払いはカードまたは自動引き落としでお願いしているのですが」
「じゃこのカードで」
と言って千里は“例のカード”を出す。担当者が一瞬ギョッとする。しかし
「お預かりします」
と言ってそのカードを受け取り、普通に処理をしてくれた。またこのカードで払う場合は、このカード自体の持つ機能で保証料が不要になると言われ、3万安くなって毎月の引き落としは32万円になると言われた。敷金・礼金などの初期費用(81万円)もカードで決裁した。
 
正式な契約は不動産屋さんから千里の住所に書類を送り、それに返信してからということで、2週間後には店頭で鍵を渡せるということであった。
 
不動産屋さんを出てから千里は呟いた。
 
「あぁあ。浦和の家を買って(川崎と葛西を解約して姫路も売却して)、折角住所を減らしたのに、また1つ増えちゃった」
 

常滑真音がCDのセールスが10万枚を超えて“デビューしたことになった”のに刺激を受けて、甲斐絵代子のファンたちが盛んに“布教活動”をした結果(たぶんひとりで何枚も買った子たちも多い)、彼女が歌った『美味しい時間/飴のある町』の売上累計が10万枚を超えてゴールド認定された。
 
それを受けて、コスモスは甲斐絵代子についても契約をA契約に切り替えることを表明した。4月4日(日)に山梨から両親を車で連れて来て、コスモス・ケイと面談。契約に合意し、絵代子のお父さんが契約書にサインした。これで今年は4人も歌手デビューしたことになる。
 
お父さんは絵代子の性別問題を心配したが、コスモスは『絵代子ちゃんが元男の子だったことはファンはみんな知ってますけど、気にしてませんから大丈夫ですよ』と笑顔で答えた。
 

絵代子と同時進行で契約を進めたフラワーサンシャインの安原祥子・桜井真理子まで入れると今年歌手デビューしたのは、5組・6人である。この2人も保護者との面談をして契約変更している。
 
なお、舞音のCDの方は、3/29-4/4の週間統計で売上累計が100万枚を突破。§§ミュージック3番目のミリオン歌手となった。この数字が発表されると女子寮の舞音の部屋に、恋珠ルビー、水谷姉妹、白鳥リズム、姫路スピカ、山本コリン、安原祥子、が押し寄せてきて
 
「おめでとう!」
 
と言って、コーラで乾杯して祝福した。スピカが買ってきてくれたホールケーキをみんなで分けた。
 
(5人以上の会食は禁止なので、切り分けるだけにして、食べるのは各自の部屋に帰ってからということにした)。
 

3月30日(火).
 
千里は播磨工務店・黄組のメンツを連れて橘ハイツを訪れ、寮母の門脇さんに声を掛ける。
 
「ちょっと工事に入りますのでよろしく」
「あ、はいはい。4階を改装するとかでしたね」
「そうです。2-3日で終わると思いますから」
「そんな簡単な工事ですか」
 
ということで、千里は彼らを4階に連れて行く。
「じゃよろしく。何かあったら呼んでね」
と言って、姿を消す(板橋の練習場に移動した)。
 
それで播磨工務店のメンツはこのような作業をした。
 
30日 5Fに唯一人居たネオンの奥さんにいったんキュアルームに退避してもらう。それから、ジャッキとクレーンで5-6Fを支えておいて4Fの配管をいったん外してから、2DKユニットを全部取り外し、代わりに1Kユニットを填めて行く。これは↓の順序で行う(旧ユニットをABCで書く)
 
甲班 40A撤去→401,402設置
乙班 40C撤去→405設置→40B撤去→403,404設置
 

 
二手に分かれ、左右から同時に作業したので、ほんの3時間ほどでこの作業が完了した。眺めていたネオンの奥さんが「鮮やかですね!」と感嘆していたが、元々ユニット工法で作られているので、ボルトを外せぱユニットを簡単に交換できるのがミソである。その後、エレベータホールの位置がこれまでと逆になるので、エレベータが4階でどちらのドアが開くかの設定を変更した。
 
31日 配管・電気工事などをしてから、検査班を呼び、配管等が正しくされているかを検査してもらって完了。
 

2021年4月1日(木).
 
レッドインパルスで今年の発会が行われたが、千里は広川妙子の後任の主将に指名されてしまった。
 
千里が「主将」なるものをやるのは実に初めてである。千里は中学でも高校でも主将はしていないし、ローキューツでは主将は石矢浩子、40 minutesでは主将は秋葉夕子が務めていた。実は主将にされそうになる前に逃げ出していた。
 
「えー!?私、人望無いですよぉ」
と言ったのだが
 
「世界の3P女王が何言っている?」
と今季から引退してコーチ登録になった前主将・広川妙子が言う。広川は年齢は36歳でも動きはまだ20代だ。しかし昨年1年間コロナで長期間試合から遠ざかり、練習も充分できない中、もう実戦感覚を取り戻しきれないと自覚して引退した。
 
「私より年上の人もいるし」
「でもチームに加入してからは6年経ってる」
「サンは敵を作らない性格だから主将にいいと思う」
「絶対に諦めない性格もいいよね」
「単に諦めが悪いだけなんだけど」
 
「みんなサンのこと尊敬してますよ」
と28歳のポイントガード湊川妃菜乃は言った。(サンは千里のコートネーム)
 
「尊敬してるし頼りにしてるよね。負けててもサンが居るから絶対挽回できると信じてプレイしてるもん」
と26歳のスモールフォワード鹿島深月。
 
「前半30点差付けられたのひっくり返したこともありましたね」
と23歳のセンター春野さくら。
 
それで千里は初めての主将を潔く(?)引き受けたのであった。
 

レッドインバルスの主将を引き受けたばかりの千里(3番)は4月3日(土)から、北区のNTC(ナショナル・トレーニング・センター)でオリンピック女子代表候補の第1次合宿に入った。
 
今回の合宿に招集されたのは30名で、ここから3ヶ月後の本番までの間に半分以下の12名まで削られて行くことになる。
 
シビアな生存競争の始まりであった。
 
なお、この時期、千里1・桃香・貴司が新婚旅行中、千里2が新婚旅行をしながらフランスのLFBに参戦中、千里3が合宿中となったが、この他、青葉も日本選手権に参加中で、浦和の家には、おとなは多忙な彪志だけが残る形になった。
 
そこで結婚式に出席するためこちらに出て来た朋子が千里1が戻るまで、この家の主婦を務めた(典子はHonda-Jetを使って1人高岡に返した)。
 
「千里ちゃん、よく毎日これをやってるね!」
と朋子は感心していた。
 
取り敢えず早月と由美を季里子の家に連れて行っているので、子供は手の掛からない京平と緩菜だけだし、4/7までは幼稚園も休みで送り迎えが無いので比較的楽だった。それでも彪志は毎日朝早く出かけて夜遅く帰ってくるし、青葉は大会に掛かるので結構神経を使う。その2人のお弁当も作ってあげなければならない。
 
食事を作る量も最初は感覚が分からなくて苦労した。幸いにも食材については、お肉やお米は直送されてくるし、細かいものも買物代行の人が週に2回届けてくれるので自分で買物に出る必要はない。しかし買物代行を頼むということは数日先までお弁当やおやつも含めた、献立の計画を立てて、それに必要な食材を量まで計算して(高校の家庭科の授業を思い出した)それを伝えなければならないので、これまで適当にそのあたりをしていた朋子は結構疲れた。
 
また朝が早く夜も遅いので昼寝をしないととてももたないが、ずっと子供たちがいるので、いつ寝るか最初悩んだ。(実際には京平と緩菜は“おとな”なので気にせずに、いつ寝てもよい)
 
「千里ちゃん、この倍以上の人間がいる中でこれをやってるんだよね。桃香は家庭のことについては役に立たないだろうし。ほんと千里ちゃん、偉いわあ」
 
などと朋子は感心していた。
 

「舞音ちゃんがこないだマネキンって言ってたからこういうの考えたのよ」
と、すっかり舞音のプロデューサー気取りの雨宮先生は言った。
 
「あんた、花沢ロングだったっけ?」
と今日舞音を連れてきた花咲ロンドに言う。
 
「すみません。花咲(はなさき)ロンドです」
「あ、そうか、ごめんごめん。そのロンドンちゃんがお店の店員で、意地悪なコスモス店長にこきつかわれてるのね」
 
ロンドは笑っている。雨宮先生は気に入った子の名前はわざと間違って話す傾向があると、ケイ会長から聞いたな、と思い起こしていた。
 
「ロンドンは、ある日中国物産展で、怪しげなマネキン人形を買ってくる」
 
「それが私ですか?」
と舞音。
 
「そうそう。あんたは舞音マネキン(まねまねきん)だね」
 
雨宮先生は楽しそうに言う。
 
「それでこの怪しげなマネキン人形を店頭に飾ったら、その途端お店に客が来るようになって、店は繁盛。でもこのマネキン人形には秘密があったのよ」
 
「実は妖怪だったとか?」
と舞音。
 
「あんた、よく分かるわね。実はこの人形は肉食マネキンで、最初は、店の中で走り回っていたネズミを食べちゃったり、窓にくっついてたカエルを食べちゃったりしてたけど、ある日、迷い込んできた犬を食べちゃう」
 
「段々エスカレートしていくんですか?」
と舞音はわくわくした顔で訊いている。
 
「そうそう。その内、店が繁盛しているようだというので忍び込んできた泥棒を食べちゃう。店員の女の子のDVな彼氏を食べちゃう。やがて意地悪なコスモス店長まで食べちゃう」
 
舞音は面白そうな顔をして聞いている。
 

「リトル・ショップ・オブ・ホラーズ(*21)ですか」
と話を聞いていた千里が言った。
 
「なんであんた、そんな古い映画知ってるのよ」
と雨宮先生が言う。
 
「これファッションブランドのCMだから、そういうグロテスクなのはやめてください」
と千里は言った。
 
(*21)元々は1960年に公開された映画 "The Little Shop of Horrors".その後、ミュージカル化され、そのミュージカルをベースにして1986年に"Little Shop of Horrors" と Theの無いタイトルでリメイク映画が作られた。元の作品では主人公まで食べられてしまう(但し相打ちになる)バッドエンドだが、このリメイク版では公開直前に試写を見た人たちの意見を入れて最後に10分間のエピソードを追加してハッピーエンド(?)に改作された。
 
花屋の店員シーモア(Seymour ♂)は意地悪な店長ムシュニク(Mushnick)にこき使われているが、同僚の女性オードリー(Audrey ♀)に思いを寄せている。ある日、シーモアは不思議な植物を入手して育て始めるが、それ以来お店は繁盛するようになる。しかしこの植物には秘密があった。
 
1986年のリメイク映画が公開された直後、この人食い植物を人食い冷蔵庫に置換した「フローズン・ホラーSHOW」というドラマが1987.5.18 にフジテレビ系で放送されている。ストーリーは1986年版の映画にけっこう近い。主人公が女性に変更され、松本伊代が演じたほか、松本伊代が司会を務めていた『夕焼けニャンニャン』からおニャン子のメンツを始め、チェッカーズ・松尾貴史なども出演している(実はボンド・プロダクションのタレント総出演のドラマでもある)。
 
なお1960年版映画の脚本はCharles B. Griffithという人が書いているが、ルーツは「宇宙戦争」で名高い H.G.ウェルズが1894年に書いた"The Flowering of the Strange Orchid" (邦題:奇妙な蘭)という、人食い蘭を描いた作品ではないかとも言われる。筒井康隆『メタモルフォセス群島』(1976)には1960年版映画の影響が見られる。
 

千里の意見で雨宮先生は
「仕方ないわねぇ。マネキンが人を食っちゃうのは無し、その代わり、あんたはマネキン人形だから、一切顔を動かしてはダメ。そばでどんな面白い話が展開していても、たとえ人が襲われていようと、無表情で演じる」
 
「はい、無表情でいます」
「まばたきもダメ。息もしてはダメ」
「呼吸は勘弁してください」
「まあ呼吸はいいか。でもできるだけ目立たないように」
 
「まばたきも認めてください」
と千里が言うと
「じゃ最小限で」
と雨宮先生は言った。
 
それで舞音はマネキンを演じたが、本当にそばでどんな会話があっても、どんなできごとが起きていても、ずっと無表情で舞音は演じた。これについては、めったに人を褒めない雨宮先生が
「あんたは凄い」
と褒めてくれた。
 
まばたきについては、ロンドが
「まばたきもしなかったら、本当に人形で撮影しているのではと疑われるから、むしろした方がいいと思います」
と言った意見を取り入れ、積極的にまばたきすることにした。
 

結局ストーリーはこのような感じになった。
 
ブティック店長の花咲ロンド(最初は店員設定だったが、店長が食べられちゃう話がキャンセルされたので、ロンド自身が店長ということになった)が、倒産セールで古ぼけたマネキン人形(常滑舞音)を買ってくる。そしてこのマネキンに様々な服を着せて店頭に飾ると、不思議とよくその服が売れて、お店は売上げが上昇。店は売り場面積も広がり、店員も増えていく。
 
ある日、ずっと店頭に飾られていた舞音マネキンはそこから出されトラックに乗せられてどこかに運ばれて行く。ここはもしかして捨てられちゃう?と思わせる演出である。しかし着いた所は、店長・花咲ロンドのおうちで、ロンドと彼氏が舞音マネキンを迎える。そして可愛い服を着せて、家の玄関に飾るのであった。無表情でずっと演じていた舞音が、ロンドと彼氏が腕を組んで向こうに歩いて行った後、ラストで初めて微笑む。
 
「まあ、舞音の招きマネキン(まねのまねきまねきん)ね」
と雨宮先生が言ったのが、そのまま曲のタイトルになった。
 

青葉(主人公のはず)は4月2-10日の日本選手権に参加する。
 
27日にこちらに出て来てから、毎日15-16時間、地下のプールで泳いでいる。4月2日は公式練習日だったが、ちょっと顔を出しただけで、その後は熊谷の郷愁プールに行き。そちらで“津幡組”しか居ない中、50mプールの感触を確認するかのように泳いだ。
 
4月3日(土).
 
日本選手権が始まる。青葉は、ちー姉(どのちー姉か知らないけど)も今日からオリンピック代表候補の合宿だなと思い、お互いがんばろう!と北区NTCにいる千里姉の方を向いて心の中で言った。向こうから「青葉もがんばってね」と返事があった気がした。
 
初日は400m個人メドレーの予選と決勝がある。
 
取り敢えず午前中の予選はやや軽く流して泳ぎ予選3位で決勝に進出した。トップは金堂さん。彼女は実はこの競技の日本記録所持者である。2位は竹下リルで、4位が南野さん、5位が永井さんだった。決勝は当然この5人の争いになるものと思われる(ジャネは個人メドレーには出ない。足先が無いので、平泳ぎやバタフライでどうしても速度が出ないらしい)。
 
金堂さんと竹下さんは一緒にマクドナルドを各々3セットずつ食べて楽しそうにおしゃべりしていたが、青葉は朋子が作ってくれたお弁当も食べずに目をつぶって集中していた。南野さんと永井さんは食事はしたものの、誰とも話さずに青葉同様ずっと集中している。
 
17:44 400-IMの決勝戦が行われる。
 
青葉は予選3位なので3レーンである。左隣の2レーンが永井さん、右隣の4レーンが予選1位の金堂さんである。
 
号砲から一瞬置いて飛び込む。最初はバタフライである。青葉は無心である。往復してきてから背泳になる。ここで少し他の選手の位置を把握する心の余裕が出る。永井は遅れている。金堂・竹下は青葉の少し前、南野が少し後とみた。平泳ぎになる。個人メドレーというのは、急緩緩急という競技だ。
 
青葉はもうスパートを掛けた。最初に竹下、そして金堂を抜いてトップに立つ。金堂が必死に追いすがり、青葉を抜き返す。金堂さん頑張るなと思う。彼女は卒業式が終わったら津幡に来ると言っていたが結局来なかった。いい練習環境が確保できたと言っていた。かなり独占して使えるプールが得られたのだろうか。
 
しかしこちらも意地で抜き返す。
 
そのまま最後の自由形になる。
 
青葉と金堂さんのデッドヒートとなるが、竹下リルも必死でその2人を追う。
 
金堂さんは身長が185cmある。青葉は161cmで、腕の長さが10cm近く違う。10cmはタイムに直すと 0.06s である。彼女に勝つためにはその分青葉が早くゴールする必要がある。
 
タッチ。
 
時計を見る。
 
1.KAWAKAMI 4:30.79 NR
2.KANADO__ 4:30.81
3.MINAMINO 4:31.12
4.TAKESHITA 4:31.47
5.NAGAI___ 4:32.24
 
わずか0.02秒差で青葉の勝ちであった。ついでにこの競技で金堂さんがこれまで持っていた日本記録 4:30.82 を突破している。金堂さん自身もその記録を更新したが、青葉がその0.02秒上であった。南野さんは怒濤のラストスパートでリルを僅かに越えた。ちなみにこの上位5名は全員OQT (4:38.53)=五輪派遣標準記録を越えている。
 
金堂さんが悔しそうな顔をして隣のレーンの青葉と握手する。
 
しかしこれでまずは、青葉と金堂さんは日本代表決定である。金堂さんは2月のジャパンオープンでは1つもメダルが取れなかったが、あれで奮起して相当練習したんだろうなと青葉は思った。3位の南野さんは水連の判断次第になる。
 
なお、競技を見ていた人たちから、青葉と金堂さんの差が0.02というのはおかしい。もっと離れていたという意見があり、審判団では再度ビデオを確認したが、金堂さんの身体は青葉より大きく遅れているが、彼女の手が長いので、差がもっとあったように見えただけであることが確認された。
 
しかしタッチが下手だった昔の青葉なら完全に負けている所だった(南野さんにも負けて3位だったかも)。
 

2021年4月3日(土・大安・みつ).
 
西宮ネオン(本名:穂高充乃 21歳)が数年前から交際していた常念真史(じょうねん・まふみ)さんと結婚式をあげた。
 
ネオンの名前が女性的で、新婦の名前が男性的なので、会場となったホテルでは最初、新郎と新婦の名前が入れ替わっており
 
「これだと私がタキシード着て、みっちゃんがウェディングドレス着なきゃ」
などと新婦が笑って言っていた。
 
むろん本番までには正しく修正された。
 
披露宴はあけぼのテレビで2時間番組(スポンサー付き無料放送)として放送され、多数のゲストの歌唱で盛り上がり、接続回線数もかなり多かった。
 
アクアは「結婚式だから振袖着なよ」と川崎ゆりこに乗せられて、お気に入りの青い振袖でリモート参加。ゲストのトップで『ダイヤモンドの意志』を歌った。葉月は普通の(女性用)ドレスで参加しSuperflyの『愛をこめて花束を』を歌った。ゲストのラストはローズ+リリーが締めた。
 

映画『ロミオとジュリエット』の企画は『火の鳥』の企画に変更になったと聞いていたのだが、実はそちらはそちらで生きていた。
 
ロミオがアクアで、ジュリエットに木田いなほ、という配役で制作するという計画で進行していたのだが、木田いなほがコロナに感染して入院してしまった。彼女の治癒を待ったとしても、しばらくは後遺症で充分な仕事ができないかも知れない、ということで配役変更が行われ、アクアにロミオ・ジュリエットの二役をしてもらえないかという要請がされた。
 
アクアは「結局ジュリエットをすることになるのか」と思ったが、男女両役のオファーなので、引き受けることにした。
 
神奈川県内に作られたオープンセットを使用して多くの場面を撮影するが、舞踏会の場面は、信濃町ガールズ本部メンバー全員を含む§§ミュージックのタレント総出演で、物凄いボリュームの舞踏会となった。舞踏会の音楽を演奏する楽団も、当時の楽器を復元したとかで、見たこともないような楽器がたくさん並んでいた。
 
しかしその見たこともないような楽器を演奏できる人たちがいるのが、また凄いとアクアは思った。
 
この舞踏会の場面では、仮面をつけたロミオを演じたのは葉月で、主宰者の娘・ジュリエットはアクアが演じている。このドレスが大きく胸の所が開いたドレスで、アクアは生バストのかなりの部分を曝していて
 
「アクアの胸はDカップまで成長している」
 
と言われることになるのだが、実はバストは“寄せて集めて”いるので、アクアFの実胸はCカップ程度である。バストは流体である!?
 
でもさすがにこの衣装はMには着られなかった。
 

4月4日(日).
 
青葉が参加する水泳日本選手権は2日目になる。この日、青葉は400m自由形に出場する。午前中の予選は2位で通過した。それで決勝は5レーンに割り当てられる。1位で予選を通過して4レーンで泳ぐのは竹下リルである。
 
スタート直前、ジャネが義足を外してスタート台に立つと小さな悲鳴を含むざわめきがある。ジャネの義足はとても優秀な製品なので、普通にジャネが歩いたり走ったりしてると、まさか義足とは思いも寄らない。一般的な義足が身体に追随するだけなのに対して、この義足は“自分がどう動くべきか”を知っているので、本物の足のように動作する。ジャネは練習の時に、何度かこの義足をつけたまま泳いでみたことがあるが、軽く世界記録を突破した。しかしこの義足をつけたまま競技に出ることは許されない。実際これを許可したら物凄い議論になるだろう。
 
(過去に“義足のランナー”オスカー・ピストリウスの義足が本物の足より有利なのでは?と議論になったこともある:世の中はサイボーグの時代になりつつあるのかも知れない)
 
それでジャネは飛び込み台の所まで義足をつけたまま歩いて来て、義足を外してから、競技に参加する。
 
しかし義足と知らないとちょっとしたホラーである。
 
いつも大会を見ている人にはおなじみの風景になってしまったが、日本選手権は参加者が多いので、これを初めて見た人も結構あったようである。
 

17:28 決勝のスタートである。この競技では青葉はもう最初からスパートを掛ける感じで泳いだ。青葉やジャネにとって400mはほぼ短距離の感覚である。
 
結果
1.Minamino 4:04.81
2.Takeshita 4:04.85
3.Hatayama 4:05.01
4.Kawakami 4:05.02
5.Kanado__ 4:05.18
6.Nagai___ 4:06.39
 
「負〜け〜た〜!」
と言って青葉は頭を抱えた。
 
何と上位5人が0.37秒差以内にひしめく、大激戦だった。400mのレース結果とは思えない!これなら5人がほとんど同時にゴールするように見えたのではと青葉は思った。
 
しかし南野さんが優勝、竹下リルが準優勝で、いづれもオリンピック切符を手にした。日本記録(4:03.98)保持者のジャネは3位だった(例によって、ジャネより青葉の方が早かった気がすると言われビデオで確認して、以下略)。
 
ちなみにこの種目のOQTは 4:07.90, 日本水連の派遣標準記録は 4:07.10 で、6位の永井さんも派遣記録を超えている。しかし選ばれるのは最大でも3名である。
 

4月5日は女子1500mの予選が行われ、青葉は予選1位で決勝に進出した。
 
決勝は翌日4月6日17:43 決勝が行われた。青葉は無心で泳いだ。結果はこのようであった。
 
1.Kawakami 15:50.12
2.Takeshita 16:00.95
3.Hatayama 16:01.01
4.Kanado__ 16:02.63
5.Minamino 16:04.18
6.Nagai___ 16:08.29
 
青葉は自身が持つ日本記録(15:39.13)には及ばなかったものの、2位以下に大きく差をつけて優勝した。途中までジャネにかなり離されていたリルが若さを爆発させた物凄いラストスパートでジャネを抜き、2位に食い込んだ。ジャネはここまで1つも2位以内に入っていない。競技が終わった後のジャネの顔が般若のようだった。
 
400m, 1500m と2つの競技で竹下リルがジャネに勝った。
 
オリンピックが昨年開かれていたら、リルはまだジャネにとても追いつけなかったろうが、この1年で彼女は物凄く成長したのである。それはやはり津幡プライベートプールという24時間いつでも好きなだけレーンを独占して練習できる環境があったからだ。青葉が全財産の半分を注ぎ込んた投資が彼女を成長させたのである。
 
(元々は青葉に水泳を続けさせるために千里姉が仕掛けた壮大な罠ではないかという気もしないではない (*22))
 
なお今回は4位までがオリンピック派遣記録(16:02.75)、6位までがOQT(16:32.04)を越えている。
 
4月7日は青葉の参加する競技が無かったので、ひたすら千里宅の地下プールで泳いでいた。食事に関してはお腹が空いてラウンジに上がるとちゃんと用意してあった。誰が用意してくれているのかは、青葉は詮索しないことにして、ありがたく頂いた。
 

(*22)青葉が疑っているのはこういうシナリオである。
 
青葉は大学を卒業したら水泳は引退するつもりだった(そもそも1年生の時に1ヶ月だけで辞めるつもりだったのに退部届けを握りつぶされて辞められなかった)。だから卒業した後、どこかのスイミングクラブに入るつもりも無かった。
 
そこに千里姉が壮大な罠を仕掛けて、スポーツセンターの用地を青葉に買わせた。ジャネが「土地があるならプール作ってよ」というので、プールくらいいいかと思って、自分たち専用のプライベートプールを作った。
 
すると、青葉が次の日本選手権には“所属クラブが無い”ために参加できないと聞いた石崎部長が、勝手にそのプールを練習場所とするスイミングクラブを作っちゃった。そして青葉は勝手にそこに所属するということにされちゃった。そして勝手に日本選手権にエントリーされちゃった。それで青葉は大学を卒業した後も、そのスイミングクラブの選手として、様々な大会に出ることになっちゃった。
 

4月6日(火)20:00- (JST 4/7 3:00-).
 
フランスのLFBで千里が参加するマルセイユは2020/2021年レギュラーシーズン最終戦を戦って勝利。チームの最終順位は2位で、プレイオフに進出した。
 
プレイオフの準決勝は5月13日に行われる。
 
千里2は新婚旅行中であったが「ちょっとフランスに行って」試合に出て来ている。ちなみに千里2は、この新婚旅行期間中、実際にはほとんどの時間、市川ラボに籠もって、市川ドラゴンズの手の空いているメンバーとずっと練習をしていた(マルセイユのチーム練習にも参加している)。新婚旅行に“戻る”のは睡眠を取りたい時(貴司が運転するプラドの助手席で眠る:その間千里1はアテンザを運転している)と、貴司とセックスする時だけである!(寝る時と眠る時?)
 
新婚旅行で日中に車を運転しているのは、全て千里1である。
 
ただそれ以外にも少し“サービス”で毎日貴司とも2時間くらい手合わせしている。PAや道の駅のアスファルト路面を使って貴司と1on1をやるが、貴司が実際には全く千里に勝てないので(*23)
 
「俺は、なまってる!」
 
と言って、千里が(練習疲れで)仮眠している間もひとりでドリブルしたり、桃香に立っててもらってそれを敵選手に見立てて抜く練習などをしていた。
 
桃香は昔、玲央美と一緒にトレーニングをしていた時のことを思い出して、あの子、その後バスケットに復帰したのかなあ?などと考えていた。
 
(桃香と玲央美は一時期同じ電話受付会社に勤めていて、空き時間に彼女のトレーニングに付き合っていた)
 
(*23) 特に2番はマッチングにもぶつかり合いにも強い。千里2はフランスで日常的に190cm台100kg台の大型女子選手とわたりあっているので、188cm/95kgの貴司が168cm/68kgの千里に軽く吹き飛ばされる。
 

アクア主演『ロミオとジュリエット』の撮影は、“窓”のシーンの撮影に進んでいた。
 
基本的にアクアFとアクアMが各々ロミオとジュリエットの衣装をつけていて、着替え時間ゼロで両者を演じるので1人2役なのに、撮影はスイスイ進んでいる。そのため実は今回の映画で葉月がアクアのボディダブルを務めたのは舞踏会の場面だけだった。
 
有名な“窓”のシーンは、他の役者さんを入れずに、監督・助監督と、ふたりのアクアのみで撮影している。但し“アリバイ作り”のため葉月も同席し、撮影の助手を務めた。
 
ふたりのアクアは、基本的には「お互いの見た目を近づける」目的で、女の子のアクアFがロミオ(男声で演技する)、男の子のアクアMがジュリエット(女声で演技する)を演じているのだが、今回、この“窓”の場面だけは実は、Fがジュリエット、Mがロミオと、性別通りの役で演じている。
 
これはロミオが壁を乗り越えて庭に入ってくるシーンがあったので筋力のあるMが演じることにしたのもあるが、3月頭の“ちんちん消失事件”の結果、ふたりの見た目がこれまでより近づいたので試してみたものである。その結果、物凄く女らしいジュリエットと物凄く男らしいロミオになり、監督が感心していた。
 
でも撮影を見ていたケイさんは、いつものようにFがロミオ、Mがジュリエットを演じたと思ったようで、ふたりは
「成功、成功」
と言って後で(コーラで)祝杯をあげた。
 

4月8日(木).
 
青葉が参加する日本選手権はこの日青葉が参加する最後の競技、800m自由形の予選が行われた。青葉は予選1位で決勝に進出した。
 
翌9日、青葉は15:00頃会場に入ったが、ジャネの姿は見なかった。彼女はギリギリになってから控室に入ってきた。その顔はまるで悟りきった人のように清らかであった。
 
17:27 決勝の号砲が鳴る。
 
1500mの時と同じように青葉は無心で泳いだ。
 
ゴールして時計を見る。青葉は首を振った。
 
1.Hatayama 8:08.86 NR
2.Kawakami 8:09.24
3.Kanado__ 8:12:47
4.Minamino 8:14.71
5.Takeshita 8:15.23
6.Nagai___ 8:20.98
 
ジャネが自ら持つ日本記録を更新する好タイムで優勝である。これで彼女はやっとオリンピック切符を獲得した。青葉はジャネに握手を求め、彼女も満面の笑顔で握手に応じた。
 
その青葉が2位で3位に金堂さんが入った。今回金堂さんはかなり善戦した気がする。
 
上位6人がいづれも OQT (8:33.36), 派遣標準記録 (8:29.70) を大きく越えていた。
 
今回の日本選手権で、女子長距離陣はとてもハイレベルな戦いになった。
 
※現時点の日本記録
 
400m 幡山ジャネ 4:03.98 :2019世界水泳
800m 幡山ジャネ 8:08.86 ;2021日本選手権
1500m 川上青葉 15:39.13 :2019世界水泳
400iM 川上青葉 4:30.79 :2021日本選手権
 

競技が終わった後で、竹下さんと金堂さんが何か言い合っている。2勝2敗だと言っているようだ。
 
「どうしたの?」
と南野さんが聞くと、2人の順位優劣が2勝2敗だったらしい。
 
今回の競技結果
 
400IM 川上 金堂 南野 竹下 :金堂の勝ち
400m 南野 竹下 幡山 川上 金堂 :竹下の勝ち
1500 川上 竹下 幡山 金堂 南野 :竹下の勝ち
800m 幡山 川上 金堂 南野 竹下 :金堂の勝ち
 
「なるほど2人の順位か」
と、何とかオリンピック切符を確実に獲得して余裕の出たジャネが言う。
 
「今回負けた方がケンタッキーおごる約束だったんですけどねー」
「それ私がみんなにおごってあげるよ」
と青葉は言った。
 
「やった!」
 
それで青葉は会場を出てから深川アリーナに帰るバス(ジャネ・南野・竹下・金堂の4人は深川アリーナに泊まっている)に、青葉も同乗して途中ケンタッキーに寄ってもらい、チキンを1人10本!50本買ったのであった(さすがに30分くらい待った:近隣の店舗からも少し運んで来たようであった)。
 
「ごちになります」
「はいはい」
 
永井さんも誘ったのだが「ごめん。今日は帰る」と言って1人で帰った。今回の成績は彼女にとっては物凄く不本意だったと思う。タイムは良いのに順位で結果が出てない。出場した4種目全てでOQTを越えたし、3種目で五輪派遣記録を超えたのに4位にも入れなかった。今回の日本選手権はレベルが高すぎた。
 

青葉のチキン10本は浦和の自宅に持ち帰りシェアして食べた。子供たちにあげることを考えて4本は骨なしチキンにしてもらっていた。
 
この日浦和の家にいた人は朋子・彪志・青葉・京平・緩菜の5人で、1人2本だったのだが、朋子が「私は1本でいい」と言ったし、緩菜も1本で充分のようだった。青葉は余った2本を「夜中に食べる」と言って、地下ラウンジに持って行き「食事いつもありがとうございます」というメモを添えて置いておいたら、プールで泳いでいる内に無くなっていた。彪志は青葉は夜中は作曲作業でもしているのかなと思っていたようだが、毎晩地下のプールで泳いでいた。なお大会中はセックス自粛である(10日の夜だけセックスした)。
 
ちなみに竹下・金堂はチキンを10本食べた上で夕食も普通にお代わりして食べたらしい。若さって凄い!ジャネは半分筒石さんにあげたと言ってた(本当はマラを含めて3人でシェアしたのかも)。南野さんは夜通し深川のプールで泳ぎながら休憩中に食べて翌日の昼までには全部なくなったらしい。竹下・金堂も夜通し泳いでいたが、彼女たちは「お腹空いた」(!?)と言って、牛丼屋さんで牛丼やケーキなどを食べていたらしい。
 
この深川アリーナの牛丼屋さん(スタッフも40 minutesの選手だったりする)は24時間営業だし、頼むと系列のファミレスからケーキを取り寄せてくれるのでここでいつもバスケットの練習をしているローキューツや40 minutesのメンツにも好評である。ハンバーグランチやカレーなども頼める。
 

新しい学年度が始まる。みんな各々進学・進級する。
 
京平は幼稚園で年長さんになった。千里は、この子の年齢自体が自分と貴司の愛の軌跡だよなと思い、感無量になった。京平がいなかったら、自分と貴司の関係はとっくに消滅していた。
 
なお4/8-9(木金)の登園は朋子か京平を車で送り迎えした。緩菜も一緒に後部座席に乗せておいた。これはオーリスを使用した(チャイルドシートの装着は彪志に頼んだ)。
 
この時点で、プラドとアテンザは貴司と千里1が新婚旅行で使っている。インプレッサは3番が合宿に行くのに使った。青葉は(マーチ・ニスモは高岡にあるので)ヴィッツを借りて自分で運転していった。彪志はフリードで通勤している。早月と由美は“アクアのアクア”で千葉に行っている。つまり。車が7台稼働中!(それでもセレナが残っている)
 
千葉では次女の伊鈴が小学1年生になった。長女の来紗には夏樹の父がランドセルを贈ったのだが、今回は朋子が買ってあげている。実際には1月に来た時に桃香に資金を渡しているので、それで桃香が伊鈴を連れて行って選ばせている。来紗は青を選んだのだが、伊鈴はラベンダーのランドセルを選んだ。今回朋子が3/27に来た時に嬉しそうにしょってみせていたが、最近はランドセルもカラフルになったものだと朋子は思った。
 

2021年4月10日(土).
 
貴司の前々妻の阿倍子(41歳で、現在の苗字は立花)のお母さん・保子から千里に電話があり、阿倍子が5日前(4/5)に子供を産んだことが伝えられた。
 
この電話を受けたのは、新婚旅行中の千里1である。
 
「また不妊治療なさったんですか?」
「それなんだけど、不妊治療は合計15年くらいやったけど、とにかく辛くて精神的にクタクタになったということで、今度の旦那さんとはそういうのは一切しなかったのよ、ところが自然妊娠しちゃって」
 
「それは凄い。おめでとうございます」
 
保子は、阿倍子が貴司を“略奪婚”した当時のことをやっと阿倍子からちゃんと聞いたらしく「申し訳無かった」と謝っていた。千里もそれは過去のことだから水に流しましょうと言った。
 
なお、今回生まれたのは男の子で、明宏という名前にしたらしい。
 
しかし正直千里は、阿倍子はまだいいとして、よく晴安に精子があったものだと、そちらの方に驚いた。
 
女性ホルモンやってるような気がしたけどなあ。一時的にホルモンをサボってたら睾丸の機能が回復したのだろうか。睾丸ってしぶといもんね。やはり睾丸はさっさと取っちゃうに限るよ。
 

週刊誌がアクアの苗字に関する報道をした。それはアクアの本名は田代龍虎ということになっているが、本当は長野龍虎なのではないかということであった。
 
アクアは千里に付き添ってもらって記者会見をした。
 
(この会見は、千里1が新婚旅行から戻り、千里3?が第1次合宿を終えた直後のタイミングで行われた。そうでないと新婚旅行はいいとして合宿中であるはずの千里が会見に出るのを説明できない:そうなっている場合は頼むと冬子には言っておいた)
 
会見で龍虎は戸籍上の名前は長野龍虎であるが、自分は幼い頃に両親を亡くし、田代夫妻に育ててもらったので、田代龍虎を名乗っているのだと説明した。またID番号などをマスキングテープで隠した上で、“長野龍虎”と記載されている自分のパスポートを公開した。
 
この時ネットでは
「どうしてアクアの性別がMなんだ〜〜〜?」
「性別はFになっていると思ったのに」
という声が多数あがっていた。
 
両親が亡くなった状況について尋ねられたアクアは交通事故だったこと、自分は父の友人に預けられていたので無事だったことを説明した。またとても幼い頃だったので、母の記憶は、母が青い振袖を着ていたのをきれいだなあと思って見ていた記憶があるだけということ、その時母が着ていた振袖は後に預かっていた親族から、母の遺品としてもらい、自分の宝物になっているということ。それで自分は青い振袖が好きなのだといったことも述べた。
 
 
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【春紅】(7)