【春紅】(3)

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青葉たちは2月10日には、元ロングノーズの堂崎隼人・前川優作・松崎連鹿の3人をまとめて取材した。これは堂崎さんからセット取材にして欲しいという要請があったので、こうなったものである。堂崎さんの御自宅に前川さん・松崎さんが来ていて、そこに取材に行っている。
 
ロングノーズというのは1992-2002年に活動していたバンドで、そのマネージャーをしていたのが、現在∴∴ミュージック(KARIONの事務所)社長をしている畠山裕光である。実は元々∴∴ミュージックはロングノーズの解散後、ボーカルの前川優作がソロ歌手としてデビューするのに、畠山が彼のために設立した個人事務所だった。この時、前川は全く資金を持っていなかったので、会社の設立資金は全額畠山が出している。前川は、どうも目の前にあるお金は全部使ってしまう性格のようである(現在は使いすぎたり、勝手に借金したりしないよう、カード類も印鑑も全て奥さんが管理している)。また前川は遅刻魔で、彼が結婚するまで、畠山は、かなり苦労させられている。
 
堂崎さんはスリファーズおよびそのお姉さん格ピューリーズのメインライター・プロデューサーとして知られる。それ以外にも多数のポップス歌手・ユニットに楽曲を提供している。また堂崎さんは現在、★★レコードの社外取締役でもある。
 
松崎はアマチュア作曲家に物凄く多数の“信者”のいるカリスマ作曲家であるが、「5m以内に近寄ると妊娠する」という伝説のある男でもある。養育費も10人くらいの女性に毎月合計1000万円くらい払っているのではといわれている。音楽による収入のほとんどが養育費で消えるので、いつも貧乏だという噂がある。(青葉はどこかで似たような話を聞いたなと思った:桃香のこと!)
 
松崎を慕っていて、しばしばウィスキーを酌み交わしながら夜通し音楽論議をしているのに、妊娠しないのが、ステラジオのホシである。それで世間では
 
「やはりホシは実は男の娘たから妊娠しないのでは」
と随分噂されている。
 
もっとも実態はふたりの音楽的価値観が近いので夢中になって話している内に夜が明けてしまうというだけである。「セックスより楽しい」などとホシが発言したことがある。だから、ふたりの間には性的な関係も恋愛感情も無い。しかしここ数年のステラジオの“商業性を無視”した作品の数々は松崎の影響と言われている。ホシは三つ葉にもかなり楽曲を提供しているが、そういう作品は多分相棒のナミか、同じ事務所の北野裕子あたりが調整しているのではとも言われている。
 

今回の取材では、テーブルをはさんで向こう側に3人が座り、(間には透明アクリル板で仕切り)こちらは松崎さんの前に妊娠しにくそうなテレビ局の男性!カメラマン、前川さんの前に青葉とケイが座り、ラピスの2人はいちばん安全そうな堂崎さんの前に座らせた。
 
ラピスたちには、堂崎さんが書きスリファーズが歌ってヒットした曲と、松崎さんが書き三つ葉が歌った曲を歌わせたが
 
「ぜひどちらも君たちのアルバムにでも」
と言われた。また「懐メロ」用の楽曲がたまっていく。
 

ロングノーズというと、車が好きな人は Long Nose というスペルを連想する。これは巨大なエンジンを積んだスポーツカーの象徴である(長いフロント部分を鼻にたとえたもの)。おそらくパンド名もリーダーで車好きの松崎がそこから付けたものと思われる。
 
松崎連鹿の初期の愛車はアメ車のDodge Viper ... の中古車、正確には大古車!だった(信じがたいことに5万円で買ったらしい)。走行中に壊れないか?と怖がり誰も乗りたがらなかった。あまりにも危なそうなのでレコード会社から使用を禁止され、キャデラックのエルドラドに乗り換えた(ヴァイパーは自宅ガレージに飾られている)。このド派手なクーペ Cadillac Eldorado は、“キャー!”と“歓声”をあげて“乗りたがる女の子”と“キャー!”と“悲鳴”をあげて“見ただけで逃げる女の子”が両極端である。
 
ホシはよく松崎の運転するエルドラドの助手席に乗っており、しばしば写真がネットに投稿されている:松崎もホシも気軽に写真撮影に応じ、カメラに向かって手を振っている。
 
松崎はアメ車好きでアメリカン・ロックが大好きなのに英語に弱い!それで、初期の頃の彼らのサインには Rong Nose, Rong Nows, Long Knows など実に様々なスペルが見られ、ついには開き直って Wrong Knows (間違って知っている)を正式スペルということにしてしまった。
 

3日目は元モンシングVersion 2 の堂本正登さんであった。モンシングはワンティス活動停止(2003年末)後、★★レコードを支えたバンドである。その活動は2007年8月にリーダーでメインボーカルで全ての楽曲を書いていた弥無が突然脱退するまでと、その後、堂本正登が加入してVersion 2 として活動再開した後に分けられる。
 
弥無が脱退した当時は、★★レコードのトップアーティストはラララグーンに移ってはいたものの、まだモンシングの売上は★★レコードの総売上の2割程度を占めていた。堂本さんを見つけて来たのは、加藤課長(当時)なのだが、彼を選んだいちばんの理由は、顔つきと声質が似ていたからであった!
 
(バンドのボーカルが抜けた後、こういう理由で後任者を選ぶことは時々あるようである。ヴァニラ・ニンジャもその例)
 
実際、モンシング Version1, Version2 の演奏をランダムに聞かせて、ちゃんとどれがどちらと正確に答えられる人は、よほど熱心なファンに限られる。
 
モンシングは Version 2 の方がファン層も広がり、セールスも数倍に大きくなったが、弥無の居た頃を懐かしむ古くからのファンもあった。堂本さんはそういう古くからのファンを意識して、いつも弥無を尊敬していると発言し、彼の音楽にはとても手が届かないとも発言し、何度か雑誌で彼との対談などもセットしてもらったりして、融和に努めた。
 
弥無がひとりで突っ走るリーダーで、他のメンバーとの間に意識の乖離(+収入格差に対する不満)ができていったのに対して、温和な性格の堂本さんは楽曲もメンバー全員でまとめていく方式を採り、バンドも一体感が出た。また編曲印税を全員でシェアすることで収入に対する不満も無くなった。弥無時代を懐かしんでいたファンも次第に堂本さんの音楽を受け入れてくれるようになっていった。
 
今回のインタビューでも、堂本さんの穏やかな性格が出て、ラピスの2人も本当にリラックスしてインタビューしていた。特にふだん発言の少ない東雲はるこがよく発言し、堂本さんもジョークを交えて丁寧に答えてくれていた。
 

「弥無さんっても今はどうしておられるんですか?」
と堂本さんの家を出てから、町田朱美がケイに尋ねた。
 
「行方不明」
「そうなんですか!?」
 
「失踪したのが、もう10年以上前だよ。生きてないかもね。青葉どう思う?」
とケイが訊くが
 
「ご本人と会ったことがないので、何とも見当が付きません」
と青葉は表情を崩さずに答える。
 
「ああ、本人の波動みたいなのが残るものがないと無理だよね」
「まあそうですね」
と今日の青葉は素っ気ない。
 
「かなり無茶苦茶な生活してて、多数の人から訴訟も起こされていた。彼の脱退で億単位の損害が生じたレコード会社と事務所は、残留メンバーからの嘆願で損害賠償請求は起こさずに過去の楽曲の著作権をレコード会社に譲渡するだけで和解したけど、音楽活動以外でも結婚詐欺とか代金未納とかで大量に訴訟を起こされた。だから、ヤクザに消されたのではとか、警察が薬あるいは恐喝や詐欺事件とかで内偵していたのではとか、色々噂は飛び交ったものの、分からず。警察もノーコメント。既に失踪宣告されていると思う」
 
とケイは言う。
 
「いや、今日のお話聞いてても何か闇のようなものを感じました」
と東雲はるこが言っている。
 
「うん。私も何か感じたけど、あまり関わらない方がいいと思った。岬ちゃんも、その件は深く考えない方が良い」
と青葉は、東雲はるこに本名で注意した。
 
「はい、考えません!」
 
彼女もこの手の問題については、考えること自体が危険であることは理解しているようである。
 

青葉は水連からも呼ばれていたので、堂本さんのインタビューが終わった2/11夕方には水連に行き、強化部長さんと少しお話しした。そしてこの日はもう遅くなったので、そのまま浦和に泊まった。
 
「これ3日早いけどバレンタインね」
と言って、 彪志にピエール・マルコリーニのチョコと、おまけ(?)でバーバリーのジャケットをあげた。
 
「ありがとう。なんかこのジャケット高そうな気がする」
「気にしない気にしない。もうひとつプレゼントがあるんだけど」
「何かな?」
「あ・た・し」
と言って青葉は彪志にキスする。
 
「それがいちばん嬉しい」
と言って彪志は青葉をしっかり抱きしめた。
 

青葉は、翌日2/12、早朝から彪志に送ってもらい、熊谷の郷愁飛行場からホンダジェットで能登空港に戻った。
 
しかし§§ミュージックが所有または借りている機体の中ではホンダジェットの稼働率がいちばん高いようである。ケイは
 
「ホンダジェットもう1機買おうかなあ」
などとも言っていた。
 
「どうせなら、あと5機買って、虹の七色で揃えるとか?」
「ホンダジェットのカラーって何色あるんだっけ?(*9)」
 
青葉はジョークで言ったのだが、ケイはマジで考えているような気もした。
 
(*9) 最初 red, silver, blue, green, yellow の5色だったが、2018年に発売されか"Elite"仕様で、Ice Blue, Ruby Red, Monarch Orange の3色が追加された。
 

今回、ジャパンオープンに参加する“津幡組”の移動については、最初は千里姉所有のG450を使うと言われていたのだが、アクアのCM撮影に使うことになったとかで、代わりに Do228 の使用になったらしい。Do228 はプロペラ機なので
「プロペラ機って初めて乗った」
と言っていた人が結構居た。
 
この機体は離着陸距離が短く、800mしか滑走路のない調布飛行場に降りることのできる数少ない機体らしい。ただし航続距離が短く、400kmしか飛べないので、熊谷からなら、能登空港・小松空港・小牧飛行場・仙台空港などまでならよいが、伊丹や山形まで飛ぶのは厳しい(運が良ければ辿り着けるが危険なのでフライトの許可がおりないと思う。特に西向きは風上に向かって飛ぶので厳しい)。なお、ホンダジェットの航続距離は Red (Elite) が 2661km, Blue (original) が 2265km である。(札幌−那覇の直線距離が2250km)
 

今回の関東滞在中は、千里姉の家の地下プールで、ほんとにひたすら泳いでいて充実したのだが、千里姉に
 
「これ水道代凄くない?私少し出そうか?」
と言ったが、千里姉は
 
「最初にプールに水を満たす時はトラックで水を運んで来た。その後は雨水でかなり行けてる」
などと言っていた。
 
「どこから運んで来るの?」
「栃木県S町」
「なぜ唐突に栃木県?」
 
「私そこの町の川の水利権持っているんだよ。だから安価に水を確保できる」
 
「ちー姉って、最近ビジネスマンだね」
「ビジネスレディと言って欲しいね」
「エグゼクティブかな」
 
千里姉って、どうも国内に5−6個の工場を所有しているみたいだし、スポーツ用品店とか、アクセサリーショップも運営しているようだし、それにプラスして松本花子・夢紗蒼依にも関わっているし、ひょっとして作曲収入よりビジネス収入の方が大きくなってたりして!?
 
でも体育館の運営は全部赤字という気がする!
 

青葉は2月12日に能登空港経由で(自分のニスモを使って)金沢に戻ると、まずは取材のビデオを〒〒テレビの長江ディレクターに渡し、その日はそのまま帰宅させてもらい、夜中まで寝た(目が覚めてから2時間ほど津幡のプライベート・プールで泳いだ)。
 
そして翌日、2月13日(土)友引・みつ、エグセルシス・デファイユ津幡(青葉以外は全員火牛スポーツセンターと呼ぶ!)の、グラウンドゴルフ場の竣工式に出席した(津幡の火牛ホテル青葉専用室で仮眠してから出席した)。
 
ここは昨年9月にテニス場が完成した後でその隣に建築開始し、今回竣工となったものである。ムーラン建設の仕事にしては時間が掛かっているが、コロナの折、作業員の密度があまり高くならないように、少人数で建設を進めたので時間が掛かっている。なお、厳しい健康管理をしているお陰で、播磨工務店の社員にもムーラン建設の社員にも今のところコロナ感染者は全く出ていない。
 
今回の竣工式では、青葉は土地のオーナーと、グラウンド・ゴルフ場を所有することになるフェニックス・トレーニング代表の千里姉の名代との兼任である。
 
「私も水泳日本代表で忙しいのですが、姉もバスケットの日本代表で忙しいようで北陸まで来られないということでしたので、今日は名代を仰せ付かりました」
 
と青葉はスピーチの前に述べて、千里姉から託された挨拶文を代読した。
 
でも挨拶文の中では“火牛スポーツセンター”と書かれていた!
 
町関係者からは
「姉妹で日本代表って凄いですね。頑張ってください。東京オリンピック開催できるといいですね」
と言われた。
 
しかしこのグラウンドゴルフ場の完成で、エグセルシス・デファイユ津幡は当初予定していた全ての施設が完成したことになる。
 
エグセルシス・デファイユ津幡(青葉だけはこの呼称にこだわる)は第2期開発計画に移る。
 

2月13日(土・友引・みつ).
 
美映は日倉孝史と尼崎市内のホテルで結婚式を挙げた。
 
美映は貴司と結婚した時も、式などはあげず、記念写真を撮ってホテルのレストランでディナーを食べただけである。美映は“たかが結婚式”に何百万もお金を使うなんて、アホらしいと思っていた。
 
しかし今回、結婚するにあたり、日倉孝史の両親(京田辺市在住)が尼崎市内の美映の両親の所に挨拶に行った。それで美映の両親は結婚のことを知り、びっくりした。そして双方の親で話し合い“盛大な結婚式”が開かれることになってしまった。
 
美映が
「新しく買った家のローンがきついからお金無いよー」
と言うと、美映の両親が費用を出してくれた(御祝儀でほとんど回収できた)。
 
また前回は「そんなの要らない」と美映が言ったので、エンゲージリングもマリッジリングも無かったのだが、今回はしっかり100万円くらいしそうなダイヤモンドのエンゲージリングをもらい、お揃いの18金のマリッジリングも作った。もっとも2人ともバスケット選手なので、普段はリングはつけない。
 
式場は尼崎市内のホテルになったが、これは父のコネで強引に日程を押し込んだものである。
 
ホテル内のお社で朝8時に結婚式を挙げ(出席したのは人数制限がかかるため双方の両親のみ)、ホテルの“リモート披露宴会場”でリモート披露宴をしたのである(これは部屋に余裕があるので12時からできた)。参加者は双方の親族・友人70人ほどに及んだ。事前に冷凍された料理とお酒(ワイン・シャンパン・ビール・日本酒・焼酎・チューハイなどあるいはソフトドリンク)を配送している。御祝儀を頂ける人は、振込でということにした。現金書留は面倒だし、料金も高い。
 
この披露宴には、日倉孝史が所属する大阪ヨッシーの選手たちも参加してくれたし、美映が関東に移動する前に所属していた女子バスケットチームのメンバーもみんな参加してくれた。
 
「ビバノン、こちらに戻って来たんだ?」
「うん。またあの姫路の家に住んでるよ」
「あれ?でも旦那の顔が違う」
「名前は同じタカシだよ」
「さすがタカシ・コレクター」
 
美映は中学生の時以来、交際した男の子の名前が全て“タカシ”なのである。
 
「じゃ、またあのペントハウスでパーティーしようよ」
「コロナが落ち着いたらね」
 
この日2/13の結婚式となったのは、最初バレンタインの2/14に結婚しようと言っていたのだが、「その日は不成就日だからダメ」と母から言われ、前日になったものである。しかし美映は2/12以前ということにされなくてよかったぁ、と思っていた。そういう日程を設定されると2/12まで待婚期間中であることを親に言わなければならず、すると細川貴司と結婚していたことを言うことになり、絶対
 
「なんで結婚したことを言ってなかった?」
と叱られると思ったのである。
 
むろん親には、緩菜を産んでいることも言ってない!
 

2月14日(日).
 
この日、(千葉の)桃香は日曜なので朝から夕方まで塾で授業があった。夜22時頃に帰宅する。
 
「お疲れさま」
と言って、季里子がキスする。
 
「日曜なのに大変ね」
「季里子だって日曜日はフル稼働だし」
「まあね」
 
季里子も自動車販売店に勤めているので、日曜は稼ぎ時である。
 
子供たちだが、来紗・伊鈴はもう寝ている。早月・由美・緩菜はもう浦和に戻った。季里子の両親は自分たちの部屋に入っている。季里子はワインを出してきた。サントリーの彩食健美である。
 
「今日はワインなんだ?」
「バレンタインだしね。チョコもあるよ」
と言って、季里子はゴディバのチョコを出してくる。
 
「わあ、美味しそう」
と桃香は声をあげる。桃香はわりと両刀遣いで、お酒も好きだが、甘いものも好きである。
 
それでワインで乾杯し、季里子が温めてくれたシチューを食べながら、ふたりは楽しく会話した。チョコは2人でシェアして食べた。
 
季里子と桃香の間では、例年、バレンタインには季里子がチョコを贈り、ホワイトデーには桃香がクッキーを贈るのが定着している。
 

この日、浦和のほうの桃香は、お昼前、作曲作業をしていたっぽい千里に、後からいきなり抱きついてあそこに指を突っ込もうとしてブロックされたものの、
 
「バレンタインだし、ドライブデートしない?」
と言った。
 
「それもいいかな。この曲は明日までに仕上げればいいし」
と千里は答える。
 
それで千里はサンローランのドレスを着たが、桃香がジル・スチュアートのスカートスーツを着ているので、
 
「どうしたの?女装に目覚めた?」
と千里は訊く。
 
「いや。たまにはスカート穿いてもいいかなと思って」
 
「お化粧もするならお道具貸すけど」
「さすがにメイクまではしない」
「まあ桃香はメイクすると、男が化粧したみたいに見えるしね」
「そうなんだよ。ノーメイクの方がまだ女としてパスする」
などと言っている。
 
要するに桃香はメイクが下手なんだなと千里は思う。メイク技術が問題外!の青葉よりは、よほどマシだが(テレビ局ではいつも明恵か真珠にメイクしてもらっているらしい:この2人は用が無くても、いつもテレビ局にいる)。
 
それで千里だけメイクをした。
 
ちなみに千葉の桃香は一切メイクしないし、ズボンしか穿かない:そもそも千葉の家に桃香のスカートや化粧品は置かれていない!
 

京平に
「ちょっと出かけるくるね。ひとりでお留守番になるけどよろしくー」
と声を掛ける。
「うん。大丈夫だよ。お昼はチャーハンでも作って食べてる」
 
チャーハンは京平の得意料理である。
 
「誰もいなくなるから、オナニーしててもいいし、スカート穿いててもいいよ」
「別に誰かいてもスカート穿きたい時には穿いてるけど」
「確かにそうだ」
 
(オナニーについては言及しなかった!)
 
それで出かける。
 
アテンザを出してふたりで出かけた。むろん運転するのは千里である。
 

この日はBリーグ(男子バスケットリーグ)もWリーク(女子バスケットリーグ)も試合があったが、貴司は都内、千里は埼玉県内だったので、夕方には2人とも帰宅した。
 
ふたりの帰宅はほぼ同じ時刻になった。パソコンでゲームをしていたふうのスカート姿の京平が
「あ、お母ちゃん、お帰りー」
「パパお帰りー」
と続けて言った。
 
「お疲れ様〜。千里は勝った?」
「もちろん勝ったよ。貴司は?」
「負けた」
「それは残念」
 
「一緒にお風呂入る?」
「いや。お先にどうぞ」
「今更恥ずかしがらなくてもいいのに」
と言って、先に千里がシャワーを使った。
 
千里がお風呂場から出てくると京平は居ない。2階に行ったようだ。気を使ってくれたのだろう。でも今日は随分可愛いスカート穿いてたなと思った。上もプリキュアの凄く可愛いトレーナー着てたし(早月に取られそうになったのを死守したらしい)。最近どんどん男っぽくなってきている京平だが、たまには女の子気分になる日もあるのだろう。
 
千里の後で貴司がシャワーを使ったが、貴司が(京平もいるので自粛して)パジャマを着てから出てくると
 
「これバレンタインね」
と言って千里が紙包みを渡す。
 
「ありがとう!」
と言って中身を見ると、モロゾフのチョコレートと、ミズノのバッシュである。
 
「サンキュ、サンキュ。バッシュ、そろそろ新しいの買おうかと思ってた」
「消耗品だからねー」
 

「ごはん作るから、その間にオナニーしててもいいよ」
「そんなのしないよ!」
 
それでふたりでおしゃべりしながら、ビーフシチューを作った。朝出がけにタイマーセットしていたホーベーカリーもちょうど焼き上がっているので、それを取りだしてパン切りナイフでカット(焼き上がったばかりのパンは柔らかすぎてスライサーに掛からない)し、皿に盛った。
 
2階にあがっている京平も呼んで3人で御飯を食べていたら、千葉に行っていた、早月たちも帰宅する。
 
「御飯は向こうで食べた?」
「食べたけど、まだ入るよ」
と言うので、食べさせるが、由美は御飯前に着替えさせた!
 
モロゾフのチョコレートも開けて全員で分けて食べる。数を数える練習で早月に分けさせる。桃香の分と彪志の分も別の皿に取り分けた。
 
子供たちは9時過ぎには寝た。女の子3人は202. 京平は2SRだが、お兄さんの京平は妹たちが寝付くまで202に居て、絵本を読んであげていた。
 
「きょうはおにいちゃんもおんなのこなんだね。ここでいっしょにねる?」
と早月がスカート姿の京平に言ったが、
「みんなが寝たら自分の部屋に行くよ」
と京平は答えた。でもこのパターンでは時々京平自身も眠ってしまうことはわりとよくある。それで京平は添い寝用の布団(桃香がいる時は桃香が使用している)の中で絵本を読む。
 
京平がこちらを気遣って女の子部屋で妹たちを寝かせ付けてくれているようなので、貴司と千里は遠慮無く、2階の貴司の部屋(201)に入って一緒に寝た。
 

21時半頃、彪志が帰宅する。
 
「お疲れ様。お帰り」
と千里が迎える。
 
「お風呂先にする?御飯先にする?」
「取り敢えず御飯食べます。このままお風呂入ったら倒れそう」
「ほんとに毎日お疲れさん」
 
それで千里はシチューを温め直し、パンをスライスして出して、彪志と会話しながら、一緒に夕食を取った。“桃香と”彪志のために取り分けてあったモロゾフのチョコも2人で食べちゃう。
 
22時過ぎに
「後はご自由に」
と言って居間を出て、地下の自分の居室(B03)に移動した。彪志も疲れているので、お風呂に入った後、23時には自分の部屋(101)に入って寝た。
 
ちなみに、今日試合に出たのは千里3で、千里2(地下のB02に居た)とは貴司がお風呂に入っている間に入れ替わった。モロゾフのチョコを買ってきたのも千里2である。
 
(千里2や佐藤玲央美が参加しているフランスのLFBは、感染拡大進行中だったため、2月の試合は全て中止になった)
 
そして千里2が貴司と一緒に2階に行き、子供たちも2階で休んだので、その後、地下から千里3が出て来て、彪志と一緒に食事を取ったのである。千里3は試合でカロリー消耗していたのに彪志を待っていたので「お腹すいたー」と思った。
 

24時近くになって、桃香と千里(千里1)が帰宅する。
 
「あ、ごはんがある。誰か作ってくれたみたいね」
と言って、千里1がシチューを温め、パンも切り分けて、2人で遅い夕食にした。これでパンは無くなった。桃香は「ドライブデート中は飲めなかったから」と言って、恵比寿ビール500ml缶を2本も飲んでいた(むろん桃香には一切運転させてないが、桃香は念のためと言ってアルコールは口にしなかった)。普段桃香はイオンのバーリアルだが、バレンタインなので、恵比寿ビールにしたようだ。千里はお茶を飲んでいる。
 
「なんかチョコもある。もらっていいのかな?」
と言って、モロゾフのチョコの包みを“開けて”2人で食べる。
 
(彪志が寝た後、千里に頼まれていた《たいちゃん》が地下から持って来て置いておいたものである:千里3は睡眠中)
 
「でもさすがに今日は疲れた」
「ぐっすり寝れるようにセックスしよう」
「今日もう既にたくさんしたじゃん!」
 
と言いながらもふたりは、一緒にお風呂に入り(この家のお風呂は2人で入れるようにシャワーが2つあるし浴槽も広い:地下のバスルームも2シャワーだが、こちらは2人で泳いだ後、一緒にあがれるようにするため)、その後一緒に2階の桃香と千里の部屋(203)に移動した。203は音楽制作のため!防音になっているので、隣の2SRに寝る京平が安眠妨害されることはない。もっとも今日の京平は、は妹たちを寝付かせながら結局自分もそのまま202で眠ってしまった。
 
浦和の家の部屋構成と部屋割↓(再掲)

 
バレンタインであることを除けば、浦和の千里家の日常であった。
 
なお、桃香たちが寝てから、夜2時頃、地下のB03で寝ていた千里3が再度上がってきて、明日の朝用のパンとご飯のため、ホームベーカリーと炊飯器(一升炊き)をセットした。最大13人(今夜は10人)住む家は食料の消費も激しい。
 

この日千里家にいなかった3人は、青葉・龍虎F・龍虎Mである。青葉は既に11日にバレンタインは済ませていた。
 
龍虎は午前中はオフだったので、4月に出す予定の北里ナナ名義のCDの曲を練習していた。午後からΛΛテレビに出かけて『少年探偵団IV』の撮影をした。夕方からは##放送に出かけて、レギュラー出演しているクイズ番組の撮影に参加する。この番組のリハーサルは葉月が出てくれていた。更に19時からはこれもレギュラーになっているバラエティの生放送に出演する。これもリハーサルには葉月が出てくれていたので、引き継ぎだけで本番に参加した。
 
「だけどアクアちゃん、本番だけの参加なのに、シナリオ変更になった所とか絶対間違えないね」
「今井がきちんと申し送りしてくれていますから」
「そのあたりは、君たちいいコンビみたいね」
「ええ。今井は優秀な代役です」
 
この日はバレンタイン特集で、出演者の女子数人でチョコを作って、数人の男性芸能人にプレゼントする企画だった。
 
アクアは有無を言わさず、女子グループに入れられた!
 
「ボク、男の子なんですけど」
「却下」
と山森水絵さんに言われて、チョコ作りに参加する。でもアクアが手際よいので
「自分でも作った?」
などと訊かれる。
 
「小学生の頃は、やったことあるけど、デビュー以降は忙しくて作ってないよ」
と答える。
 
「ああ、やはり小学生の頃から女の子だったのね」
 

この日の参加者は、山森水絵さん、三つ葉の月嶋優羽(つじま・ことり)、丸口美紅さん、アクア、UFOの小倉真弓ちゃんに、松梨詩恩といった面々である。月嶋優羽が例によってアクアのデビュー前後のことをあれこれバラすので「ちょっとぉ」などと言いながら作業していたが、
 
「アクアがいかに最初から女の子だったかが,よく分かった」
などと丸口美紅から言われた。
 
生放送でチョコを手作りするというのは、わりと無謀な企画だったのだが、アクアと松梨詩恩が上手かったので、チョコは何とか完成。プレゼントしてもらった、内海四郎さん、片原元祐さん、佐原春樹君、広河敏也君、新田金鯱、小王(クロード・プッシー)といった面々は
「おいしーい!」
と言って食べていた。司会のフットンダ(Foot-Honda)の2人も試食してみて
「これはよくできてる」
と褒めていた。
 
「いや、以前、他の番組で月嶋(つじま)から、生煮えの焼き豚、食べさせられたことあるから、戦々恐々としてたけど、今日のチョコは美味しかった」
などと新田金鯱さんが言っている。
 
「あの時はごめんなさい!」
 
「やはりアクアちゃんが入ったので成功したね」
と山森水絵は笑顔で言っていた。
 

なお、この日は『少年探偵団』の撮影に出たのがFで、クイズ番組とバラエティに出たのがMである。Mは午後もずっと歌の練習をしていて、午後3時過ぎに代々木のマンションを出て緑川マネージャーの車で放送局に向かった。Fはドラマの撮影が終わってからMと交替で代々木のマンションに戻って寝ていたものの、彩佳が勝手に鍵を開けて入ってくるのに気がついたので、急いで、八王子の家に転送してもらった。
 
「あれ?まだ龍、帰ってないのかな。居るような気がしたのに。気のせいか」
と言って、彩佳は18階のキッチンで、バレンタインの料理を作り始めた。
 

八王子の家に来たFは
「仕方ない。今夜はここで寝るか。バレンタインなのに」
などと言いながら、布団を出してきて横になったのだが、
 
「何か最近、よくここに退避してきてるよなあ。彩佳、もうボクの奥さんになったつもりでいるみたいだし」
 
などと思う。
 
「でもここ、こんなに頻繁に来るなら、もう少し大きな家に建て替えてもいいかも知れないなあ」
と思った。
 
「今度、じゅうちゃんさんに、ここに家建てるなら幾らくらいかかるか訊いてみよう」
 
ここはポルシェを置いておくためだけの場所であり、車庫がメインであって建物は仮眠所にすぎないので、1DK(1階がギッチンで2階が居室)の小さな家(建坪6坪)てある。ここで例えばガレージを立体駐車場にして、家の面積を取れるようにし、せめて3DK程度に改築できないかな?とアクアFは考えた。
 
(部屋が3つというのはNが復活した時のためにFが絶対譲れないポイントである)
 

龍虎Fは、ドラマ撮影の疲れもあり、ウトウトしていたのだが、Mが夕方から、女子レギュラーたちがバレンタインのチョコを作る番組に出ると言っていたなというのに思い至る。Mは「みんなどんなチョコ作ってくれるか楽しみ」とか言ってたけど、絶対『アクアは』作る側に入れられる、とFは思った。
 
その時Fはハッとして飛び起きた。
「わっちゃんさん」
と呼びかける。
 
「なあに?」
と言って、ワシリーサ(和城理紗)が姿を現す。
 
「あのさ、ボクの代わりに、少し上等なチョコを買ってきてくれない?」
「OK。アクアがバレンタインのチョコ売場なんかに行ったら、チョコを渡したい女子たちに押し潰されるだろうからね」
「こっわぁ」
 
それで龍虎Fが1万円札を念のため2枚渡すと、《わっちゃんさん》は、ラ・メゾン・デュ・ショコラの1万円のトリュフと、モエ・ド・シャンドンの6000円のシャンパンを買ってきた。
 
「ボク未成年」
「硬いこと言わない」
「そうだね」
「グラス1杯でやめとけば3時間くらいで酔いは覚めるよ」
「了解。彼の帰宅、何時頃かなあ?」
「確認する」
と言って、《わっちゃんさん》は誰かに連絡しているようだった。
 
「今日は22時頃には帰宅するみたいだよ」
「ありがとう!」
 

龍虎Mは、バラエティの生放送が21時に終わり、21:20頃に緑川マネージャーの車で放送局を出た。代々木のマンションのエントランス前で緑川さんに御礼を言ってから降りて、エレベータで18階に登る。これが21:50頃であった。
 
そして、玄関ドアを開けて中に入ると、いきなり抱きつかれてキスされた。
 
「彩佳!?ボクまだうがいしてないのに」
「じゃうがいしてきて」
「もう」
 
それで、龍虎Mは洗面所に行き、手を洗い、うがいして、顔も洗った。
 
「じゃさっきの続き」
と言って彩佳はまた抱きついてくる。
 
「ね、ね、ボクお腹空いてるから何か食べてからにしていい?」
 
「仕方ないなあ。じゃ料理作っといたから食べて」
「サンキュ」
 
彩佳が来ているということは、Fは千里さんちにでも退避してるのかな?とMは思った。
 
それでMは彩佳の作ってくれた、ハート型のハンバーグ、シーフードグラタン、ジャーマンポテト、マカロニサラダ、を食べた。ちょっと多すぎ、と思ったが。彩佳が折角作ってくれたのだしと思い頑張って食べる(ちなみにジャーマンポテトとマカロニサラダは宏恵と桐絵が10階の方で作ったもので、彩佳が作ったハンバーグのあまりきれいな形にならなかったものとバーターしている)。
 
「ワインも買ってきたけど飲む?」
 
と言って、シャトー・メルシャンの“城の平オルトゥス(赤)”を出してくる。Mは高そうなワインだなあと思った(Fが買ってきてもらったシャンパンと同じくらいの値段がする)。折角買ってきてくれたけど・・・
 
「ごめん。折角買ってきてくれたのに悪いけど、ボク未成年だからやめとく」
 
「じゃ私だけ飲んじゃおう」
「彩佳も未成年なのに」
「硬いこと言わない」
 
それで彩佳は「乾杯だけ」と言って、2つのワイングラスに赤ワインを注いで乾杯だけしてから、1人で飲んだ。
 
だからMは飲まなかったのだが、彩佳が飲んでいるのを見ている内になぜかこちらまで酔ってくる。
 
Fの奴、お酒飲んだな!?
 
「あれ〜?龍、まるで酔ってるみたい」
「見てるだけで酔ったかも」
 
「龍、お酒に弱いのね〜」
と彩佳は呆れているようだ。
 
「じゃ、ベッド行く?」
「待って。お風呂に入りたい」
「OKOK。じゃ、ベッドで待ってるね」
と言って彩佳はその場で服を脱いで裸になり、そのまま寝室(Mの部屋)に向かった。
 
Mは溜息をつくと、酔いが早く冷めるように水を飲んでから、バスルームに行って、汗を流した。あの付近は石鹸で念入りに洗った。
 
(これはMのちんちん消失事件より前である)
 

松田理史はアクアとは別のテレビ局で仕事かあり、21時すぎに終わった。放送局に駐めていた自分の Honda CR-Z (Brilliant Sporty Blue Metallic) に乗ると川口市の自宅マンションに向かった。マンション近くの自走式立体駐車場に駐める。そして歩いてマンションのエントランスまで来たら、その近くに停まっていたバイクの赤いライダースーツの女の子がヘルメットを取って、こちらに手を振った。
 
「龍ちゃん!?」
「ごめーん。押しかけて来ちゃった。これバレンタイン」
と言って可愛い紙袋を差し出すので受け取る。
 
「よくここが分かったね」
「えへへ。情報源は内緒にさせて」
「まあいいけど」
「じゃ、また。これ渡したかっただけだから」
 
「あ、待って」
「うん?」
「もし時間あったら、僕の部屋に寄っていかない?」
「いいの?」
「もちろん」
 
それでバイクはマンションの裏手に駐めて(多分夜間だけなら文句は言われないだろう)、理史はマクラ(龍虎F)と一緒にエレベータで8階まで上がり、自分の部屋に招き入れた。
 
「最初に入る時は招かれないと入れないんだよ」
「まるで妖精ちゃんだね。どうぞ、僕の家へ」
「お邪魔しまーす」
と言って、龍虎Fは理史の部屋に入った。
 

「ごめーん。バレンタインだというのに、何も御飯作ってないんだけど」
と理史が言うが
「ボクこそ何か料理作ってくれば良かったね」
と龍虎は言う。
 
「龍は、とてもそんな時間無いでしょ!僕何か買ってくるよ」
「いいよいいよ。それより一緒にお話しようよ。カップ麺か何かでもあれば」
「そうだね」
 
それで理史はほんとにカップ麺を出してきたので、龍虎はQTTAのシーフード、理史はカップヌードルの塩を選んだ。お湯を沸かしている間に龍虎が渡した紙袋を開ける。
 
「わっ、このチョコ、有名なお店のだよね」
「付き人さんに買ってきてもらった」
「そりゃ、龍が自分で買いに行ったら、チョコ売場にいる女子たちに押しつぶされるよ」
「あはは」
 
どうも理史も《わっちゃんさん》と同じ意見のようである。
 
「これはワインかな?」
「シャンパンかも」
「へー。シャンパンは飲んだことないや。開けていい?」
「どうぞ」
 
それでワインオープナーを持って来て開けるが、ポン!と大きな音がするので「わっ」と思わず声をあげた。
 
「龍も飲む?」
「ボク未成年だけど」
「あ、そうか。でも1杯くらいは飲まない?」
「そうだなあ。じゃ1杯だけ」
 
理史がタンブラーを2個出してきて、シャンパンを2つの容器に注いだ。
 
「乾杯!」
「Happy Valentine!」
 
と言って、ガラスコップをチンと合わせてから飲んだ。
 
「これ美味しい」
「ボクも思った」
 
この時、ちょうど代々木のマンションでも彩佳とMがワインで乾杯しており、Mは自分では飲んでないのに酔うことになる。
 
「あ、でもよく考えたら、龍、バイクで来てたんだったね」
「酔いが覚めてから帰るから大丈夫だよ」
と龍虎が言うと、理史はハッとしたように龍虎を見詰めた。
 
龍虎は微笑んで彼にキスすると
「3時間くらいここに居てもいいよね?」
と訊いた。
「もちろん」
と理史も笑顔で答えた。
 

その日、バラエティ番組のリハーサル役を19時過ぎに終えた(*10)葉月は、吉田和紗の運転する白いアウディで、葉月の自宅がある橘ハイツまで送ってもらった。
 
(*10) リハーサルの時はアクア役の葉月は“チョコをもらう側”に設定されていた。番組側も計画的犯行だ。
 
「ありがとね。また明日よろしく」
と言って葉月は降りようとしたが、和紗は
 
「あ、待って」
と言って
 
「これバレンタイン」
と言い、可愛い紙袋を渡す。
 
「あ、そうか。ありがとう」
と言って受け取る。そして急に思い立って言った。
 
「かずちゃん、良かったら部屋に寄ってかない?」
「いいの?」
 
「社長から禁止されているのは、結婚前の“同棲”だけだよ」
「ネオン君、違反してるね」
「社長は気付かないふりしてるみたい」
 
「じゃ私たちは“同棲”にならない範囲ならいいかな」
「うん」
 
それで和紗はエンジンを切って自分も一緒に降りた。
 

もう19:30くらいなので、フロントには誰も居ない。しかし西湖も和紗もここの認証を自分のidカードで通れるので、中に入ってエレベータで6階に上がった。
 
西湖の部屋に入る。
 
「提案。キス前にうがい」
「了解〜」
 
それで手を洗い、うがいをしてから、キスして抱きしめあった。
 
壁をトントンとする音がする。
 
「あ、ごめん」
壁をノックしたのは聖子Fである。可愛いピンクと白のボーダーのトレーナーにタータンチェックの膝丈スカートを穿いている。
 
「簡単なものだけど、ごはん作っておいたから、良かったら食べて。私は寝るねー」
「ごめーん」
「ううん。ごゆっくり」
と言ってFは“鏡”を置いた南西の部屋に入って寝た。
 
「Fちゃんが入ったのは、音楽練習部屋だっけ?」
「それがちょっとレイアウトが変わったんだよ。こないだ千里さんが来て、工事していった。今まで北西の部屋に置いていた鏡を南西側に移動したんだ」
 
と言って、西湖はまず部屋を案内する。最初に南の部屋に連れて行く。
 

「ここ、半ば物置として使ってたけど、きれいに片付けたから、かずちゃん、この部屋を使って」
「分かった」
「そして今まで鏡を置いてた部屋はこうなっててさ」
と言って西湖が和紗を北西の部屋に連れて行く。
 
「なんか凄いベッド!」
「ここがボクたちの寝室ということらしい。このベッドは千里さんからのプレゼント」
 
「私たちだけこんな凄いベッドで悪いね。Fちゃんの部屋にもベッドあるの?」
と和紗は訊いたが、西湖は言った。
 
「ボクたちは3月1日に1人に戻る」
「嘘!?」
 
「実を言うと、その時、どちらが残るかはまだ分からない」
「え〜〜〜!?」
 
本当はそれを自分で決めなければいけないのだが、西湖はまだ決めきれずにいた。
 
「でも千里さんから指摘されたんだよ。実はボクたちMとFは、実は同一人物だったんだよ」
 
「どういうこと?」
 

それで西湖(M)は和紗をベッドに腰掛けさせ、さっき和紗から渡されたゴンチャロフのチョコの包みを開け、(3分の1をFの部屋にデリバリーした上で残りを)2人でシェアして食べる。そしてMは千里さんから指摘されたことを説明した。
 
「そんなこと言われると、確かに2人は同じだったのかも知れない気がしてきた」
と和紗も言う。
 
「だから、どちらの身体が残るかは分からないけど、どちらが残ったとしてもボクは、かずちゃんが好きだから」
 
「分かった」
 
「あ、それとさ、社長からは同棲し始めるのなら、ちゃんと籍を入れなさいと言われてたんだけどさ」
 
「あ、うん。それについては、うちのお父ちゃんが、ちゃんと婚姻届けに署名してくれると言ってる」
 
「それが悪いけど、婚姻届けが出せなくなった」
「なんで?」
 
「ボク女の子になっちゃった」
「はぁ!?」
 

2時間後、西湖が目を覚ますと、隣で寝ている和紗も目を覚ましたようだった。
 
「せいちゃんは、考えてみると、もう男の子には戻れなかったかもね」
と和紗は言う。
 
「そんな気はしてた」
「3年間女子高生してたのに、今更男でしたなんて言ったら、みんなに殺されるよ」
「それはボクも思ってたし、アクアさんやゆりこ副社長からも指摘されてる」
 
「婚姻届けだけどさ」
と和紗は言った。
 
「うん」
「私たち法的に同性になっちゃったのなら、パートナーシップ宣言する手もあると思う」
「何だったっけ?それ」
 
「同性でも夫婦に準じる扱いにしてもらえる制度があるんだよ」
「そんなのあるんだ?」
「確か世田谷区はその制度があったはず」
「ああ、地域によって、あったりなかったりするのね?」
「そうなのよ。国レベルで認められたらいいんだけどね。でもそれを宣言すれば私たちはちゃんと夫婦になれるよ」
 
「じゃそれで行こうか」
「うん」
 
「私たちの前途を祝して、ワインで乾杯しない?」
「してもいいかも」
 
それで和紗はリビングからチョコと一緒に持って来ていたワイン(メルシャンのボンマルシェ・ロゼ:最初から西湖に飲ませる気満々)を開けるとグラス2つに注いだ(このワインはワインオープナー不要で手で回して開けられる)。
 

チンとグラスを合わせて乾杯する。
 
「今更だけどボク未成年だけど良かったよね?」
「誰も見てないからバレないよ」
 
ふたりは微笑みあい、キスしてまた抱きしめあった。
 
「本当は結婚してからだけど、今夜は試食ね」
「試食だけで結構おなかが膨れてる気もする」
「でも、ちんちん立たなくても気持ち良かったでしょ?」
「気持ち良かった」
「だから、ちんちん立たないのは気にしないでね」
「うん」
と答えつつ、“立たない”のは許容範囲だよね、などと思っていた。
 

ふたりは「でも胃袋の方もお腹空いたねー」と言っていったん居間に行き、Fが作ってくれていた御飯を食べた。
 
「美味しい、美味しい。せいちゃん、料理うまいね」
「小学生の頃から、毎日自分でごはん作ってたし」
「そういえばそうだった!」
 
西湖は舞台俳優をしている両親から、ほぼ放置されて育っているので、実は母の作った料理を食べた記憶がほとんど無い。小学1年生の頃から自分でカレーとかチャーハンとか作って食べていた。
 
「あ、そうだ。これ渡しておく」
と言って、西湖は机の引き出しから可愛いトナカイのキーホルダーの付いた鍵を出してきて和紗に渡した。
 
「鍵?」
 
「ここはもうかずちゃんのおうちでもあるし」
「分かった。もらう」
 
ふたりはのんびりと御飯を食べてから、また寝室に戻った。
 

2月14日、緒方美鶴(甲斐絵代子)は、数日前から下腹部が痛い気がしていて、また性転換手術の傷が痛んでいるのかなあ、と思っていた。
「私は女の子、女の子」
と自分に言い聞かせる。
 
ところが今回は一向に痛みが引かない。お値段が高そうだけど、また中村晃湖さんにお願いしてヒーリングしてもらおうかなあ、と思っていたら、2月14日の朝、トイレに行った時、パンティが赤く染まっているのに気付く。
 
きゃー!手術の傷が開いて出血したのかしら?などと思う。
 
美鶴がトイレからなかなか出て来ないので、姉の飛蝶がトントンとする。
 
「お腹の調子でも悪いの?」
「お姉ちゃん、どうしよう。手術の傷が開いたのかも」
「え〜!?」
「数日前から、お腹の下の方がなんか痛かったんだけど」
「ちょっと見せて」
 
と言って、ドアを開けて中に入る。そして大きく溜息をついた。
 
「今日はお赤飯にしようか」
「え?お赤飯食べると傷が治るの?」
「これは女の子なら毎月1度来るもの」
 
「え?何だっけ?それ」
「生理に決まってるじゃん」
「嘘!?私、生理とか来るの?」
「女の子になったんだから、来て当然」
「え〜〜〜!?」
 
生理が来るということは・・・もしかして私、赤ちゃんとかも産める?と美鶴は混乱する頭の中で考えていた。
 

夜3時頃。理史と龍虎は一緒に下に降りた。龍虎がバイクを押してマンションの表側まで来る。
 
「じゃね」
 
と笑顔で手を振ってからバイクで去って行く龍虎の背中に手を振りつつ、理史は呟いた。
 
「とうとう“しちゃった”」
 

実は先日のドライブデートでは、車(理史のCR-Z)の中で抱き合って、お互いの敏感な部分を(服の上から)触りあったりしていたものの、そこで車の窓がノックされた。見ると警官なので驚いたが、警官は
 
「ライト点いてますよ」
と注意してくれた。それで慌ててライトを消したが、それで水入りになってしまい、結局結びつき合う所まで行かなかったのである。
 
しかし今夜はとうとう“して”しまった。
 
しかも彼女はバージンだった。1回目にした時(今日は5回した:それ以上はもう立たなかった)、避妊具に血が付着していたのである。
 
理史は驚いた。マクラはアメリカで結婚する予定だったと聞いていたので、てっきりその人と“して”いたものと思っていたのである。
 
「龍、ほんとにアメリカで婚約とかしてたの?」
「その件に付いては、その内ちゃんと説明する」
「分かった」
 
つまりアメリカで婚約してたなんてのは、どうも大嘘だったようだと理史は判断した。
 
「でも龍」
「うん?」
「もうアメリカには行くな」
「うん!」
 
小さく闇の中に消えて行く龍虎の背中を見詰めながら理史は思った。
 
いつか彼女と結婚できる日が来るだろうか・・・。
 
(理史は自分の“生命”の危機もあることをまだ認識していない!)
 
 
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【春紅】(3)