【春紅】(5)

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アクアは自分の主演で『ロミオとジュリエット』の映画を撮影するからと1月下旬に言われ
「まさかジュリエット役じゃないですよね」
と言ったら
 
「大丈夫だよ。アクアはロミオ役だよ」
と言われて、本当かなあと半信半疑だった。
 
これまで何度も、王子様役だと聞かされていたのに、撮影現場に行くと、お姫様の衣装を着せられるというのを経験している。
 
しかし2月になってから『火の鳥』に企画変更になったと言われ、本当に王子様のイワン王子役を演じた。お姫様役は坂出モナちゃんでバラエティなどでもよく共演しているので、気心もしれていて、やりやすかつた。このドラマの撮影は『少年探偵団』撮影の隙間を埋めるようにして、4時間ずつ4日間おこない、3月上旬に完了した。
 
2月はまだ葉月が2人いたので、何とかなったかもという気がした。アクアは4時間で済んでも、葉月はその倍くらい拘束されている。
 

その日§§ミュージック男子寮 204号室に住む末次一葉(中2)は、この手の問題に詳しそうな気がした隣205号室の上田信貴(中3)に相談した。
 
「信さん、おっぱいの外し方知りません?」
「は?」
 
彼は昨年秋にドアノブに掛けてあった“おっぱい”を興味本位で胸に貼り付けてみたものの、長期間つけていると蒸れるし“おっぱい”の内側が洗えないので、どうにかできないか悩んでいるという。
 
「まさか3ヶ月くらい貼りっぱなし?」
「はい」
「それ炎症起こしてるよ。ちょっと見せて」
「はい」
 
それで彼が上半身の服を脱ぎ、ブラジャーも外すと、ブレストフォームは接着が弛んだのか、端のほうが結構はがれて皮膚と離れている。そのおかげで、たぶんお風呂とかに入れば結構内側まで水が入って何とか内側も少し洗浄されるのではと思った。しかしどうも炎症を起こしているところもありそうだ。
 
信貴は自分の部屋から剥離液を持って来て、できるだけ皮膚を痛めないように、丁寧にブレストフォームを剥がしてあげた。赤くなっている所は
 
「しみるけどごめん」
と言って、エタノールで消毒してあげた。
 
「炎症がおさまるまで、半月くらいはつけないほうがいい」
「そうします」
 
「今使ったのは100円ショップで売ってる瞬間接着剤の剥がし液だけど、これは強いし、これ自身が肌を痛めるから、エナメル・リムーバーのほうが肌に優しい」
 
「マニキュア拭き取るやつですか」
「そうそう。そのくらいは持ってるでしょ?」
「持ってますけど、それで剥がれたんですね」
「剥がし液とエナメル・リムーバーはほとんど同じ成分なんだよ」
「へー!」
「でもエナメル・リムーバーは人体に使用する前提で作られているから」
「なるほどー!」
 
「でもありがとうございます。ほんとにどうしようかと思った」
「ドアノブにかけてあったの?」
「はい。ゆりこ副社長か誰かからのプレゼントでしょうか」
「ゆりこ副社長なら、直接手渡すし、剥がしかたもちゃんと教えると思うよ」
「あ、そんな気がします」
「たぶん怪人Xのしわざ」
「何です?それ」
 
「セキュリティがかかっていて、部外者は入れないはずのこの寮内を闊歩する謎の人物。単純におやつとかくれる時もあるけど、可愛い服とかお化粧品とか女性ホルモン剤とか入れてあることもあるよ」
 
「服は見たこと無いな」
と言っているので、女性ホルモンやお化粧品は受け取ったことあるな、と信貴は思った。
 
「まあ誰か知らないけど、有害なことはしないよ。少し悪戯好きなだけで。でもこの手の問題で悩んだらボクか木下さんに相談しなよ」
「そうします!」
 

「それともうひとつ教えてもらえません?」
「うん?」
「ボク、ちんちん取る勇気なくてまだついてるからタックしてるんですけど」
「うん」
と答えながら、ちんちんは無理して取るものでもないけどと思う。
 
「タックってどうしても蒸れるでしょ?それで3日に一度は外して洗うんですけど」
「それは1日に1度は洗った方がいいと思うけど」
「そういうもんですか」
「だってどうせお風呂入ったら弛むじゃん」
「そうなんですよねー。だから毎日お風呂入ったあと補修するんです」
「お風呂で、指を入れて摘まんでちんちんを引っ張り出して皮を剥いて丁寧に洗って、あがってから、また接着すればいいんだよ」
 
「摘まめます?」
「ちんちんって結構伸びるから大丈夫」
「指を入れてもどこにあるかよく分からないんですけど」
「探せば見つかるよ」
 
「じゃ外れるのは構わないんですね」
「接着すればいいからね」
 
「そうだ、もしかしていったん完全に外したい時もリムーバー使えます?」
「もちろん。今までどうしてたの?」
「ひっぱったりハサミで切ったりしてました」
「痛いでしょ」
「痛かったです」
「一回全員集めてタック講座でもした方がいいかも知れん」
 
「それいいと思います。そうだ、タックの時、毛はどうしてます?はさみで切ると、しばしば皮まで切っちゃって血が止まるまで時間掛かるし」
 
「シェーバーを使えばいいと思う」
「一度使ったら刃が毛を巻き込んで激痛が走って。血もたくさん出たし」
 
「回転刃とか使ったら死ぬ思いするよ。女性のデリケートゾーン用の焼き切るタイプのほうがいい」
 
「そんなのがあるんですか!」
「アマゾンで売ってるよ」
「へー!探してみよう」
 
「あと、どうしても日中蒸れるんですけど、何か対策ないですかね」
 
「一葉ちゃん、ズボン穿いてること多いもん。スカートなら蒸れないよ」
「そうか。スカートかぁ」
 
「学校にもスカートで行けば蒸れなくて済む」
「え〜?学校にスカートで行くんですか?」
「一葉ちゃんがスカートで通学しても誰も変に思わないよ」
と信貴は煽っておいたが、一葉は
「どうしよう?」
とか言って、マジで悩んでいた。
 
「女子制服は持ってるんでしょ?」
「実は作っちゃったんです。お店に行って、転校してきたから制服作りたいと言ったら、女子制服作ってくれました」
「まあ一葉ちゃんがお店に行けば、まさか男子だとは思わないだろうね。持ってるなら、それ着て学校に行けばいい」
「恥ずかしいですー。恵夢(山鹿クロム)ちゃんとかユカリ(三陸セレン)ちゃんとか、よく女子制服着て、寮内歩いているけど、いいなあと思って見てます」
「寮内なら恥ずかしがること無いでしょ。それで自販機とかまで往復してみたら?」
「できるかなあ」
「自販機往復とかゴミ出しは、女装外出の第一歩だよ」
 
などとこの日、信貴は彼をかなり煽っておいた。
 
「まあ取り敢えず寮内はスカートで出歩くといいよ。どうせみんな似た者同士で恥ずかしがることもないし」
「そうですね」
 
しかし・・・クローゼットといったら、あの子だよなあ。いいかげんカムアウトすればいいのに、と信貴はある寮生のことを考えた。
 

3月3日(水)ひな祭り。
 
この日は、あけぼのテレビで、ひな祭りの特集番組をした。スタジオに大きな段飾りを作る。
 
東雲はるこ(一応この時点で§§ミュージックの“女子”トップスター)がお雛様、西宮ネオンがお内裏様になり、以下、下記のような配役になった。
 
三人官女:姫路スピカ・白鳥リズム・町田朱美
五人囃子:七尾ロマン・石川ポルカ・花咲ロンド・原町カペラ・恋珠ルビー
左大臣:品川ありさ
右大臣:高崎ひろか
仕丁:常滑真音・甲斐絵代子・水谷雪花
 
アクアについては『当然お雛様でしょ』という意見と『男の子なのでお内裏様で』という意見が対立し、アクア自身が辞退したので、別格ということになり雛壇からは外れた。山下ルンバと桜野レイア、今井葉月は遠慮した。リセエンヌ・ドオと大崎志乃舞は忘れられていた!?
 

そして“別格”ということになったアクアは結局、五衣唐衣裳(いつつぎぬ・からごろも・も:いわゆる十二単:じゅうにひとえ)を着せられた(犯人は川崎ゆりこ)。
 
平安風のお化粧までされ、桃の実の形の花鈿(かでん)シールまで額に貼られている。
 
アクアがこの格好で、スタジオに置かれた桃の木(作り物だが、まるで本物のように良く出来ている:大道具さんの力作)の下に立っている所が画面に映ると大いに沸き、接続回線数がいきなり倍になる。そして桃の木の下で、アクアは和歌を詠んだ。
 
「春の苑(その)、紅(くれなひ)匂ふ桃の花、下照る道に出立つ嬬(をとめ)」
 
まさに今のアクアの図である。(樹下美人図)
 

「やはり、アクアは乙女なんだな」
「何を今更」
「アクアを乙女でなくす男がいたら、ぶっ殺す」
 
などとネットの反応。
 
やはり理史の命は風前の灯火(ふうぜんのともしび)である。
 

アクアはこの歌を詠んでから、意味を解説する。
 
「この歌の直接的な意味は、着の園に紅色に咲く桃の花、その木の下が明るく照っている道に家から出て来て立っている娘よ、という意味です。万葉集巻19-4139番の歌。この歌には“天平勝宝2年朔日の日暮れに庭の桃李の花を眺めて作った歌”というコメントが付いています。天平勝宝2年というのは西暦では750年にあたります。またこれは、この歌を詠んだ大伴家持(おおとものやかもち)の帰宅を迎え出た奥さんの姿を詠んだものとも言われています」
 
そしてアクアは
「大伴家持(おおとものやかもち)は越中国(えっちゅうのくに)、現在の富山県の国司、現在でいえば県知事をしていたのですが、令和の元号に絡んで随分話題になりましたね」
 
と付け加えた。
 
“令和”の語源は万葉集巻五 815 の前に置かれた文章からである。
 
↓は折口信夫(おりぐちしのぶ)訳「万葉集」(河出書房新社)より
 
天平二年正月十三日(*15)、師老の宅に萃(あつま)りて、宴会を申べつ。時に初春の“令月”にして、気淑く風“和やか”に、梅は鏡前の粉ひ(よそほひ)を披き、蘭は珮後(はいご)の香を薫しぬ。
 
これを書いたのは大伴旅人(おおとものたびと)で、桃の歌を詠んだ大伴家持(おおとものやかもち)の父である。この梅の宴は、太宰府政庁の近くにあった大伴旅人の自宅において開かれたものとされる。この序文の後、この宴で様々な人が詠んだ梅の花の歌が32首続くが、その後に旅人自身の歌も4首入る。
 
この天平2年は730年(*15)で、大伴家持の歌のちょうど20年前になる。
 
なお、菅原道真が太宰府に左遷されたのは昌泰4(901)年で、旅人の宴より170年後である(東風吹かば匂ひ起こせよ梅の花、主無しとて春な忘れそ)。
 
(*15)天平二年正月十三日はグレゴリウス暦では730.2.8(土)になる。
 
アクアはあらためて“令和”の語源についても解説し、その万葉集巻5の該当箇所に書かれた大伴旅人の歌4首も詠んだ。
 
849 残りたる雪に雑(まじ)れる梅の花、早くな散りそ雪は消(け)ぬとも
850 雪の色を奪ひて咲ける梅の花、今盛りなり、見む人もがも
851 わが宿に盛りに咲ける梅の花、散るべくなりぬ、見む人もがも
852 梅の花、夢に語らく、みやびたる花と吾思ふ、酒に浮かべこそ
 

梅は旅人の宴の所の32+4首をはじめ多数詠まれているが、実は桃を詠んだ歌は少ない。万葉集には家持の歌を含めてわずか6首しかないし、古今集には1首も入っていない。桃はしばしば女性のことを示唆する。
 
1356 向峰に立てる桃の木なりぬやと人ぞ耳語きし汝が心ゆめ
1358 はしきやし我家の毛桃本茂く花のみ咲きてならざらめやも
1889 我が宿の毛桃の下に月夜さし、下心ぐし、うたて此頃
2834 大和の室生の毛桃、本繁く言ひてしものをならずはやまじ
4139 春の苑、紅匂ふ桃の花、下照る道に出立つ嬬(をとめ)
 
4192 桃の花、紅色に匂ひたる面わの内に、青柳の細き眉根を笑みまがり朝かげ見つつ処女等が手に取り持たる、まそ鏡二上山に、木の陰の茂き谷辺を、呼びとよめ朝飛び渡り、夕月夜かそけき野辺に、はろばろに鳴く雀公鳥、立ちくくと、羽触りに散す藤波の花懐しみ、引き攀ぢて、袖に扱き入つ、染まば染むとも
 

アクアが五衣唐衣裳姿で、これらの歌を解説していたら、同じく五衣唐衣裳姿の花咲ロンドが雛壇から降りて近寄ってくる。
 
「やはり桃が女性を表すというのは、あそこの形が桃をイメージさせるからかな」
「ロンドちゃん、白酒を飲み過ぎてない?」
とアクアは呆れて言う。
 
「男の子だと、桃じゃなくてバナナとチェリーだよね。アクアはバナナもチェリーも無くなって既に桃だけど」
 
「番組審査委員会から呼び出されて注意されるから、やめなさい」
 

番組はこの後、花咲ロンド・石川ポルカ・原町カペラの“売れたらいいな・シスターズ”(“売れてないシスターズ”から改名。平安衣装のまま)の司会で、山鹿クロム・三陸セレン・木下宏紀の男の子(男の娘?)3名を含むガールズ8名(残りの5人は甲斐波津子・水谷康恵・太田芳絵・斎藤恵梨香・山本コリン)で15分ほどコントをした。
 
女子メンバー5人は振袖を着ていたのだが、木下宏紀まで振袖で出てくる。
 
山本コリンが「可愛い!」と声を挙げていた。
 
しかし山鹿クロムから
「なんでヒロさん、振袖なんですか?」
と訊かれる。
 
「え?ゆりこさんから、今日は女の子のお祭りだから男の子も振袖だよと言われたのに」
 
「ゆりこさんの言葉を信用してはいけない」
「あれ〜?クロムもセレンも男物の和服だ」
「男の子が振袖着るわけないです」
「ちょっと着替えてくる」
 
などとやっていたが、ネットでは
 
「絶対わざと振袖で出て来てる」
「木下君は4月からもう女子メンバーということでよいのでは?」
「性転換手術は終わってるんだよね?」
「それは2年くらい前に済んでいたはず。胸はCカップあるし。高校の卒業式はちゃんと女子制服で出たみたいだよ。ネットに写真も投稿されてたし」
「じゃちゃんと女子高生として卒業したのか」
 
「公式の性別を変更した場合のファンの反応を観測してるのでは?」
「きっとアクアの性別変更発表のシミュレーションにするんだよ」
 
などと言われていた。
 

コントの後は歌を30分ほど流した。
 
ラピスラズリ『花(瀧廉太郎)』
品川ありさ『青春賦(ももクロ)』
高崎ひろか『桃色吐息(高橋真梨子)
ロマン&ルビー『桃色の予感(アクア)』
白鳥リズム『桃色スパークリング(℃-ute)』
姫路スピカ『PEACH(大塚愛)』』
アクア『不思議なピーチパイ(竹内まりや)』
 
アクアの持ち歌をロマン&ルビーで歌っているが、今日は自分の持ち歌は歌わない!という趣旨であった。
 
他のメンツは平安衣装のまま歌ったのだが、アクアだけは、普通の?王子様っぽい衣装に着替えていた(和泉が抗議の電話を入れたため)。でも歌が完璧な女子歌だった!
 
「アクアの生水着姿見たーい」
「アクアのお尻は桃のようなんだろうな」
「アクア様に私の桃を捧げたい」
「アクア様の手作りのピーチパイ食べたい」
などといったネットの反応だった。
 
↑誰もちゃんと歌詞を聴いてない
 

歌っている間に、ガールズたちが、菱餅を焼いてもらって、ひなあられと共に美味しそうに食べている映像も流れた(1人1人アクリル板で仕切られた席を使用している:距離も充分離している)。最初雛壇に並んでいた子たちも、衣装を脱いで、この食べる方に参加していた。なお飲んでいる飲み物はノンアルコールの“甘酒”であり“白酒”ではありません、とテロップで流されていた。
 
(白酒は甘いので家庭で子供がひな祭りの時にうっかり飲んでしまうケースもあるが、9度くらいあり、ビールよりも度数が高い。チューハイと同程度である。甘酒のアルコールは一般に1%未満)
 
最後は司会の3人で「うれしいひなまつり」を歌って締めた。
 

ところで、今回の“雛壇”で、最下段に仕丁として並んだ3人については、結構ネットで話題になった。
 
仕丁:常滑真音(左)・甲斐絵代子(中)・水谷雪花(右)
 
「つまりこの3人が次のデビュー候補生ということかな」
「甲斐絵代子はひょっとすると夏くらいにデビューさせるかもという噂あるよ」
「可愛いもんねー」
 
3人の中で真ん中に置かれているということはデビュー候補生の中のトップという意味なのだろうと多くの人が考えた。
 
「そういや、常滑舞音は今日CDが出たみたいね」
「もうデビューしたの?」
「そういう訳じゃなくて、何かどこかの観光協会のキャンペーン曲らしいよ」
 
この日はこの程度の会話だったが、翌日CDの売上統計が発表され、舞音の『とことこ・なめなめ・招き猫』が3/3のデイリーランキングで高崎ひろかに次ぐ2位の9万枚も売れたことが判明すると騒然とすることになる。
 

3月3日の夜、聖子は23時頃に仕事が終わって和紗と一緒に橘ハイツに帰宅した。
 
「疲れたね。シャワー浴びて寝よう」
「かずちゃん、先にシャワー使って」
「そう?じゃそうさせてもらおうかな」
 
それで和紗が先にシャワーを浴び“裸のまま”浴室からベッドルームに直行すると、聖子はそれをドキドキして見送った。それで自分も汗を流そうと浴室に行ったのだが。。。
 
服を脱いで浴室に入り、まずはあのあたりを洗うとしたら手が止まる。
 
「なんで、こんなものがあるの〜?」
 

20分後、和紗はついウトウトしていたのを、寝室に西湖が入ってくる気配で目を覚ます。
 
「ごめん、寝そうになった」
「疲れてるから仕方ないよ」
と言って、西湖はベッドの中に入った。
 
「あのさ、ちんちん無くても気持ち良くしてあげると言ったよね」
「うん。だから、ちんちん無いことは気にしなくていいよ。ちんちんくらい無くても、せいちゃんは男の子なんだから」
 
「ちんちんがあったらどうする?」
と言って、西湖は和紗の手を取って、自分のお股に触らせた。
 
「なんで、こんなのが付いてるの〜?」
「今夜どうしよう?」
 
和紗は一瞬考えたものの言った。
 
「クリちゃんが無くても気持ち良くなれるようにしてあげるから」
「そ、そう?」
 
それでふたりは昨夜・一昨夜とは“違うパターン”の営みをすることになった。
 

アクアMは、3/3はもう12時すぎ、夜中の1時頃になって、やっと帰宅した。
 
アクアFがキスで迎えてくれる。
 
「こら、そういうのやめろ。キスは彼氏とすればいいだろ?」
「自分にキスするくらい構わないと思うけどなあ」
 
「それ絶対おかしい。今日は彩佳は?」
 
「12時くらいまで待ってたけど、諦めて10階に帰ったよ。おかげて、ボクはこちらに戻ってこられた」
 
「仕事で疲れて帰ってくると、なかなか立ちにくいから辛い」
「何もしないで寝ようと言えばいいのに」
「強制的にやらされるんだもん」
「いっそ、ちんちん取っちゃう?そしたら、しなくても済むよ」
「それ絶対やだ」
 

彩佳が作ってくれていた御飯を食べながらFとおしゃべりした。
 
あくびが出る。
 
「お風呂入って寝ようかな」
 
「じゃボクは先に寝てるね」
「うん。お休み」
 
それでMがお風呂に入ってから自分の部屋に行くと、なぜか自分のベッドにFが寝ている。
 
「なんでお前、こちらに居るんだよ」
「たまには一緒に寝ようよ」
「まあいいけど」
 
それでMはFと並んで一緒に寝た。
 

そして3月4日の朝のことである。
 
Mは長い、そして変な夢を見ていた。
 
自分が強制性転換されて葉月と結婚して、葉月が産んだ赤ちゃんが舞音で!?
 
FはMが寝言で"Agnus Dei, qui tollis peccata mundi, dona nobis pacem."などとラテン語の賛美歌を歌っているので、何の夢見てんだ?と思った。
 
その内Mが飛び起きて言った。
 
「変な夢だったぁ!」
 
Fは言う。
「かなりうなされてたよ。悪夢?」
 
しかしその時、MはFが裸であることに気付く。
 
「お前、なんで裸なんだよ!?」
 
「ボク最初から裸で寝てたけど」
「そうだっけ?」
 
昨夜は疲れていたので、そんな所まで見ていなかった。
 
「夜中にMを誘惑しようかなと思ったのにMったら熟睡してるんだもん」
「誘惑するなら理史君を誘惑すればいいだろ?」
 
「避妊具つけてたら“しても”大丈夫だよ。Mも彩佳と“する”時の練習になるよ」
「その考え絶対おかしい」
 
それでMは取り敢えずトイレ行ってくると言ってトイレに行く。しかしその時Fは気付いてしまった。
 
本人はまだ気付いていないようだ。でも数秒後には気付くはず。
 
と思って耳をすましていたら、トイレの中からMが
 
「うっそー!?」
と大きな声で叫ぶのを聞き、Fは吹き出した。
 

30秒ほどの後、Mが困ったような顔をして戻って来た。
 
「どうしよう?ちんちんが無くなってる」
「別にちんちんくらい無くてもいいんじゃない?だって、中学生の頃とか、ずっとちんちん無かったじゃん」
 
「それはそうだけど・・・彩佳に見られたらどうしよう?」
「彩佳は、ボクにちんちんが無いのは何度も見てるから、全く気にしないと思う」
 
「う・・・・」
 
彩佳には、ちんちんが無い状態から、唐突にちんちんが出現する瞬間を見られたこともある。
 
「そもそも日本人の5割はアクアにはちんちんがもう無いと思っているし。無くても全然問題ない気がする」
 
「5割もそんなこと思ってる人いるかなあ」
「残りの5割は最初からアクアは女の子だと思っている」
 
「むむむ」
 

Mの身体に起きた“異変”は、ちんちんが無くなっただけでは無かった。身長も1.6cmほど縮んでいたのである。その結果、これまでMの方がFより1cmほど高かったのが、逆にFの方が0.6cmほど身長が高い状態になった。
 
結果的にこれまでMとFの見た目がかなり違い始めていたのが、また両者は近くなった。ここしばらく男役はF、女役はMがしていたが、これを元に戻してもいけるかもとFは言った。
 
Mの身長が縮んでいる。そして男性器が消失した、というより、恥ずかしがるMのお股を無理矢理見たら、むしろ女の子の形になっているのを確認して、Fは、Mの身体に発生した“事態”の正体に見当が付いた。
 
だったら、大したことではないね、とFは思う。
 
どうしても男の身体に戻りたければ千里さんに頼めば変えてくれるだろうし。そもそもちんちんなんて使ってなかったのでは?と思ってから彩佳のことに思い至る。
 
彩佳にはビアンのテクを覚えてもらえばいいかな。いっそ彩佳が男になってもいいけど。あの子、絶対男でもやっていける。
 
でもこれ、ひょっとしたら、西湖の身体が統合された余波かもね。ボクたち微妙に影響しあってるみたいだもん、ともFは思う。西湖が去勢したらMの睾丸も消失した。西湖の身体が統合されたら、この程度の影響は出てもおかしくない。
 

3月3日(水)は千里の誕生日であった。
 
正直千里はとうとう30代になってしまうので、今年は誕生日なんて来なければいいのにと思っていた。でも今年は貴司は何くれるかな〜、と思っていたのだが・・・
 
その日、練習から戻っても特に何も無かった。
 
まさか忘れているとか?
 
その日の夜も普通に一緒に寝たのだが・・・・
誕生日の話題は全く出なかった!
 
貴司の馬鹿ぁ!と思っていたら、翌日になって練習が終わった後
 
「済まなかった。昨日誕生日だったよね。うっかりしてた」
 
と言ってケーキを買ってきてくれた。彪志が微笑んでいたので、どうも彪志が教えてあげたようだ。
 
「誕生日のプレゼントはあらためてホワイトデーを兼ねて」
「うん。いつでもいいよ」
と千里は笑顔で答えた。
 
なお、桃香は千里の誕生日なんて全く覚えてないようだったが、いつものことだし桃香はそういう子なので、全く気にしない。だいたい自分の誕生日の記憶さえも怪しい。
 

アクアたちは、3月5-7日仙台で08年組主催の震災イベントに参加した。
 
もっとも今回は08年組のひとつXANFUSがボーカル2人とも妊娠中のためお休みである。更にはいつもゲスト参加してくれているオリーブ・レモン(丸山アイ・鹿島信子・フェイ・ヒロシ)も、メンバーの内2人(アイ・フェイ)が妊娠中なのでお休みである。
 
2組も常連が抜けたことから、今回は08年組が登場する2日目のイベントに、山下ルンバ、桜野レイア、川崎ゆりこの3人が参加することになった。
 
なお今回のイベントは仙台の若林植物公園ツイン体育館の“織姫”を使用するのだが、出演者の中で Flower Four だけが、クレール若林店2号館を使うことになった。実はそれはトイレの問題があった。
 
Flower Four というのは、Wooden Four の4人(大林亮平・森原准太・木取道雄・本騨真樹)にそっくりの女子4人組(亮子・准子・道子・真樹)という建前のユニットである。実際には4人が女装しているのだが、この女装の4人のトイレについて、建前上女子ではあっても中の人が男子なので、女子トイレを使わせるわけにはいかない。といって、この衣装で男子トイレに入られるのも混乱する。特に大林君と本騨君は女装すると女の子にしか見えない。
 
ということで、今回は隔離されたのである!
 
クレール別館には撮影の人以外近づかないので、この4人にはクレール別館のトイレを独占的に使ってもらうことにした。(女子トイレ使ってもいいよと言っておいたが「痴漢でもしてるみたいで入れない」と言って、全員男子トイレを使っていたようである。付き添い兼メイク担当の山村星歌・桜野みちる・原野妃登美の3人はむろん女子トイレを使う:コスモスは忙しいので木取道雄のメイクはみちるにお願いした:実際には様子を見に来たマリがしてくれた)
 

今回の震災イベントでは、アクア・葉月はこのような行程になった。
 
3/5 20:00 Honda-JeRedでアクアF、アクアM、今井葉月、吉田和紗M、和城理紗M、秋風コスモスの6名が熊谷から仙台空港へ飛ぶ。
 
コスモスは葉月が1人になったのにはすぐ気付いたと言い、仕事の負荷は考慮させるからと約束してくれた(葉月の過労死の確率が低くなった:この時点でコスモスは葉月の応援に常滑舞音を使うつもりだったが、舞音自身に代役が必要になり、結局、葉月の応援には長浜夢夜が起用されることになる)。
 
仙台空港からは先行して現地入りしていた高村マネージャーが運転するエスティマでホテルに入り、この日は泊まる。コスモスは打ち合わせがあるようだった。全くお疲れ様である。
 
翌日、葉月は第1部に出演するので、3/6 12:30 から原町カペラ+石川ポルカがバックを務めてくれる中、30分間歌った。このステージでは葉月は白いドレスを着て、瀧廉太郎の『花』、また『月の沙漠』『ゴンドラの唄』などといった唱歌を熱唱した。
 
アクアは19:00-21:00の第2部で2時間歌った。今回前半はマリクレールの紳士用オーダースーツ(紳士用に仕立ててもらったはずなのに異様にかわいい!)を着たFが歌い、後半は王子様衣装のMが歌ったのだが、例によって「前半の方が女の子っぽくて良かった」と言われ、Mは大いに不満そうであった。
 
アクアはステージが終わったらすぐ葉月や和紗たちと一緒に仙台空港に向かい、Honda-JetRedで熊谷に戻った(コスモスは翌日も仙台に留まる)。そしてこの日は郷愁村のコテージ“桜”に5人で一緒に泊まった。
 
遅い夕食をデリバリーしてもらったが、
 
「本当は5人以上で会食しちゃいけないけど、ボクたち建前では4人だからいいよね」
などとアクアFは言っていた。(食事自体はお腹が空いてるからと言って5人分配達してもらった。更に天麩羅を2皿にフライドチキン2皿持って来てもらった)
 
「まあ全員ワクチンは接種済みだしね」
とワシリーサ。
 
(ベッドは4つしか設定されていないが、葉月と和紗が一緒に寝るので問題無い)
 

「なんか卒業してから疲れ方が減った気がします。これで社長が負荷は考慮すると言ってくれたから何とかなりそうです」
と葉月は、ディナーを食べながら言った。
 
「そりゃそうだと思うよ。この1年間は1人2役していたようなものだから、倍疲れていたはず」
とアクアFが言う。
 
「物理的に複数の場所で同時活動できるというだけで、1人でやっているのは同じだったからね。でも卒業できて良かった」
 
「1年前はボク退学することになるかもと思ってましたよ」
 

「ここだけの話、結局今性別はどうなってるんだっけ?」
 
「寝て起きる度に違うんですよ」
「むむ」
 
「3月1-2日は女の身体だったから、女の身体が残ったのか。仕方ないからそれで頑張って女として生きていこうと思ったのに、3/3-4日は男の身体になってて」
 
「ああ」
 
「昨日は女でしたが、今日は男です」
 
「でもドレス着て歌ったね」
「男の衣装も着けてみたんですけど、自分で物凄く違和感あって、ドレスに着替えちゃいました」
 
「その気持ちすごーく分かる」
とアクアMが言ってる。
 
「アクアの王子様衣装って、胸の部分の布に余裕があったし、ズボンには前開きが無かったし、女子仕様で作られていたね」
 
「まあ衣装さんたちはみんなアクアは女の子と思ってるから。マリクレールのスーツもボタンこそ右前だったけど、実際女子仕様だった」
 
「今度のアクアライブは全編ドレス着ようかなあ。ボクドレス着るからMも着なよ。実はドレスのほうが好きでしょ?」
とアクアFが言っているが
 
「それ和泉さんに叱られる」
とアクアMは言う。
 

「3月8日に最終的にボクの性別は確定させると千里さんと約束してたんですけど」
「うん」
 
「それで昨夜、こちらに電話して来たんだ?」
とアクアMが言う。
 
昨夜、聖子はMに電話してきてMが性転換手術などは受けておらず、男の子の身体をキープしていることを確認したのである。Mは“ちんちん出張仲”で少しうしろめたかったが、聖子の不安を解消するため、自分は間違い無く男だし、今後も性転換するつもりは無いとハッキリ言った。
 
「今朝、千里さんと話し合って、当面この性別が不安定なまま放置することにしました」
 
「結局モラトリウムか」
「まあそうですけどね」
 
「私はどちらのせいちゃんでも愛せるよと言った」
と和紗。
 
「それは和紗さんの大きな愛だと思うなぁ」
とアクアFは言った。
 
アクアMは思った。
 
聖子はおそらく昨夜の段階では。もう完全な女に子になっちゃおうかなと思っていたのではなかろうか。しかし自分との会話で、1歩踏みとどまったのだろう。ただ完全な男になってしまうと、アクアの代役ができなくなるので、曖昧な性別で放置することにしたのではとアクアMは想像した。
 
しかし曖昧な状態にしてるのは、むしろ自分の方だよなあ、と思う。
 
Fからもしょっちゅう言われているけど、自分はまだ“男になる”覚悟ができてない。
 
なお、葉月とアクアは3/7は東京で普通に仕事をしたが、震災イベントラストの時間には、あけぼのテレビのスタジオから『花が咲く』の大合唱に参加した。
 

3月3日に発売された常滑真音の『とことこ・なめなめ・招き猫』は、当初5000枚しか生産していなかったのだが、どうもあちこちのFM局で掛けてくれているようだというので、ひょっとしてもっと売れるかもということとで2万枚まで増産した。
 
ところが、一週間くらい前から、大手オンラインショップ、全国チェーンのCDショップから「物凄い予約が入っているので追加納入して欲しい」という要請が次々に入ってきて、コスモスは仰天した。この時点でアマゾンに3万件、HMV, タワーレコードに各1万件ずつの予約が入っていた。
 
コスモスはケイと話し合い、最終的に余ってもいいから、可能な限り増産することにした。国内数ヶ所のプレス工場に特別料金を払って特急で生産してもらう。
 
全国各地のプレス工場から全国各地のショップへ、§§ミュージックやTKRの社員に持たせて(震災イベント直前だったが)、ホンダジェット2機、G450, G650, Do228, A318 と総動員し、CDを積んだワゴン車も全国的に走らせて納入した(実は震災イベントの最中もこれらの機は飛び回っていた)。
 
それで初日は同じ日に発売された高崎ひろかの『春風のプロローグ』10万枚に対して、常滑舞音は9万枚、一週間(3/1-7)の統計でも、高崎ひろか18万枚に対して常滑真音16万枚とランキング2位だった(実は売り切れ)。
 
温厚な性格の高崎ひろかは
 
「マネちゃんすごいねー」
と笑顔で言っていたが、内心穏やかではなかったと思う。
 
そもそも有力アーティストの発売日はお互いにぶつからないように調整するのだが、マネのCDがこんなに売れるとは思いもよらず、ひろかと同じ日になるけど、むしろ相乗効果で一緒に買ってくれるかもなどと言って同じ日の発売にしていたのである。、
 

コスモスやケイは、舞音については実力が高い上に成長著しい(こちらが大事)ことから、今年いっぱい様々なテレビ番組などに出して顔を売っておいて、来年1月くらいに歌手デビューさせようと言っていた。
 
つまりひな祭りの番組でネットで噂された通り、コスモスとしては、
 
甲斐絵代子→常滑舞音→水谷姉妹
 
の順序でデビューさせるつもりで、甲斐絵代子を夏くらいにデビューさせるつもりであった。
 
ところが16万枚も売れたのに「まだデビューしてません」とは言えなくなってしまった。既に今年“デビューした”七尾ロマン・恋珠ルビーの売上枚数にこの時点でほぼ並んでいるが、来週の統計でそれを大きく越えるのは確実である。
 
それで震災イベント終了後、コスモスは舞音を呼んで
「君はもうデビューしたことにしたい」
と言った。
 
「はい。お願いします。頑張ります」
と本人も笑顔で言うので、近い内に御両親を呼んで契約を結ぶことになった。
 

舞音がコスモス社長との話を終えて寮に戻ってきて、自分の部屋に入ると、いきなりポン!という音がするので思わず「きゃっ」と声をあげる。
 
「おめでとう!デビュー決まった?」
と声を掛けるのは恋珠ルビーである。水谷姉妹もいる。
 
「デビューするというか、デビューしたことにしようという話だった」
「おめでとう!頑張ってね」
 
「好永ちゃん(ルビー)の枚数越えちゃいそう。ごめん」
 
「何言ってんの?この世界は売れたものの勝ち。私もまた頑張るけど、取り敢えず、おめおめ」
とルビーは喜んでくれた。
 
舞音はいい友だちを持ったなあと思い、シャンメリーを飲みながら、3人が用意してくれたケーキを一緒に食べた。
 

3月11日からはその常滑舞音を司会者に起用した『お花見はバーチャルで』という番組をあけぼのテレビで放送開始した。全国の桜を追いかけながら、各地の食べ物もレポートしようという番組で、舞音及び仲の良い水谷姉妹を中心に進行する。
 
番組のスポンサーは大手運輸会社の黒猫運輸で、舞音は実は招き猫の歌が話題になっていたことから、スポンサーの指名で司会をすることになったものである。あわせて、この番組のテーマ曲として『とことこ・なめなめ・招き猫』 (Kuroneko mix)というバージョンが制作され、『マネ・イズ・マネー』という曲とカップリングして販売した。するとこれが元バージョンとともに売れる効果が出て、月末までにはどちらも50万枚を突破することになる。ランキング会社はこの2つのCDを同じ作品の別タイプとみなし、両方合わせてミリオンであると認定した。
 
3/3『とことこ・なめなめ・招き猫/マネがマネのマネをした』
3/11?『とことこ・なめなめ・招き猫(Kuroneko Mix)/マネ・イズ・マネー』
 

オリジナル版のc/w曲『マネがマネのマネをした』(舞音がEdouard Manetの真似をした)は特にタイアップは無かったのだが、kuroneko mix の c/w『マネ・イズ・マネー』はお風呂などを作っている住宅設備メーカーのCMで舞音が“札束風呂”に入っている図を使用している。
 
しばしば雑誌の裏表紙などにある、怪しげな開運グッズの広告で、男性が美女2人を抱いて札束の風呂に入っている図があるが、それをバロったものである。このCFの主演はもちろん舞音であるが、舞音が抱きかかえるならやはり美少年になるかな、ということで三陸セレンと山鹿クロムが起用された(この2人はしばしばセット扱いされる)。
 
札束風呂は、メーカーの展示場の浴室に置かれたピンクの陶製バスタブに札束が満ちており、そこにエルメスのビジネス・スーツを着た舞音が入って、バニーの格好(レオタードにうさ耳)をした三陸セレンと山鹿クロムを両脇に抱えるという図である。
 
(CM公開後、この展示場を訪れて写真をインスタなどにupする巡礼者がかなり出た)
 
この風呂を埋めるために使用する“札束”は特製のもので、1万円札っぽいデザインだが、表面の写真は福沢諭吉のコスプレをした舞音、題字は“壱舞音”になっている。裏面は翼・とさかをつけて鳳凰のコスプレをした舞音である。福沢諭吉のコスプレ撮影に1時間、鳳凰のコスプレ撮影に2時間掛けている。またお札にはちゃんと一連番号が英字+数字6桁+英字で打たれている。また日本銀行券→串本鈍行巻(意味不明?)、NIPPON GINKO→MANENO MONEY, 10000→1☆☆☆☆などの変更が行われている。またお札のサイズや縦横比もオリジナルとは変えてある。
 
それを100枚ずつ束にしているが、100枚全てをこの“舞音札”で構成したのは表面付近にあるものだけで、下の方に入っている札束は上下2枚だけが“舞音札”で途中の98枚は白紙である。この風呂を満たすために使用された“舞音札”は全部で3000束(30億円相当)ほどだった。
 
作業的には3人が空の浴槽に入った所に、札束を投入していった。途中まで中白束を使い、最後の3〜4層が全舞音札の束を入れた。でも札束で胸から下が埋まった美少年2人は
「これけっこう重いです」
と言っていた。
 
「これが全部本物の札束だったらそれで六本木に舞音タワーを建てたいなあ」
 
「舞音タワー建てて、中には何を置くの?」
「もちろんマネキン館です!」
と舞音が発言したのが、実は次作の『舞音の招きマネキン』につながっていく。
 
今回のCFの監修をしたのは雨宮先生であるが、この“舞音札”の制作だけでも結構な時間と費用が掛かっており、遊び心?いっぱいの制作だった。舞音自身もかなり面白がっていた。
 

3月11日(木).
 
アクアはバイクのCM撮影をした。あわせてCM曲『モンマルトルの風』の録音もしている。この曲は“北里ナナ”名義で4月中旬に発売される予定である。『少年探偵団』で準レギュラー化してしまっている北里ナナがドラマ内でよく 250ccバイクに乗っているが、今シーズンは Ninja 250 KRT editionというバイクに乗っていた。そのことから、Ninja 250 の新色が発売されたのを機に、北里ナナ出演のCMを撮影することになった。従ってCM放映時には“出演:北里ナナ”とクレジットされる。
 
撮影は御殿場近くの国道246号で行われた。
 
「山道ですみません」
とメーカーの人が言っていたが、アクアは先日の能越道よりはずっと上品な道だと思った。
 
アクア扮する北里ナナ(ピンクに花柄のライダースーツ+ピンクのヘルメット)がこの新色の Ninja250 に乗って走っている所を撮影する。ドラマの中ではご丁寧にバイク自体までピンク塗装の花柄模様にされている。
 
実際には前日3/10に葉月をリハーサル役に使って撮影シナリオは詰めてあったので、アクアの拘束時間は4時間ほどで済んだ。
 
「リハーサル役の葉月さんも、アクアさんもバイク上手いですね」
「そうですね。普段も割と乗ってますから」
「普段何をお使いですか?」
「すみません。他メーカーなんですが、ヤマハの YZF-R25 です」
 
「何かCM契約とかなさってます?」
「いえ。ヤマハと契約してたらカワサキさんのバイクのCMの話は受けませんよ」
 
「さすがにそうですよね。でも、もし契約とかの縛りが無ければ、1台差し上げますから、Ninja に乗り換えられません?」
 
アクアは山村マネージャーを見たが、彼が頷いているので、頂いてしまうことにした。それで“北里ナナ”ちゃんのCMはまたお願いしますね、などと言われる。
 
そしてアクアが Ninja 250 を1台頂いてしまったので、アクアは自分の YZF-R25 は葉月に譲ることにしたのである。
 

3月12日(金).
 
貴司は夕方練習から戻ると、夕食を作っていた千里に
「これホワイトデー」
と言って、ステラおばさんのクッキーの箱を出した。
 
「わあ、おいしそう。夕食で集まったらみんなで食べよう」
 
「誕生日のプレゼントは色々考えてたんだけど、今僕無給だから、予算がなくて」
「うん。無理しなくていいよ」
 
貴司は今シーズン(5月まで)は無給で練習に参加している。6月からは給料がもらえるはずである。
 
「それでこれ買ってきた」
と言って、バッグの中から花束を出す。
 
「おお、貴司としては上出来じゃん」
と言って千里は花束を受け取り、素早く貴司にキスをした。
 
可愛い花で構成しているが、あまり高い花は使っていない。3000円くらいかな〜と思う。こんなの買っちゃって、お小遣い大丈夫かな?あとで財布に少し足しといてあげようかなと千里は思った。
 

3月14日(日)のお昼頃、アクアFのスマホにメールが着信する。理史からである。
 
《ホワイトデーあげたいけど、仕事何時に終わりそう?》
《多分夜中すぎ。時間が分からないから、終わったらそちらに行くよ》
《疲れてるのにバイク運転して大丈夫?》
《平気平気。気分転換になるし》
 
実際にこの日、仕事が終わったのはもう夜中の1時だった。夕方から始めたドラマの撮影がこの時間までずれ込んだのである。レギュラー以外のテレビ出演は基本的に断っているのだが、17日!に放送しなければならないドラマに出演予定だった若手人気俳優さんがコロナに感染してしまい、急遽代役を頼まれたのである。プロデューサーさんが過去にかなりお世話になっている人だったこともあり受けたが、最近この手の話が多いなあとアクアは思った。
 
しかし今日撮影して17日放送って泥縄もいいところだ。
 

さすがにきついので、今日は和城理紗に
「ごめん。川口市の理史のマンションまで送って」
と頼んだ。
 
「それと後からバイクを転送しといてくれる?」
「OKOK」
 
それでアクアは彼女の運転する“アクアのアクア”の中で仮眠していき、到着して起こしてもらってから化粧水パックだけして車を降りた。理史にメールすると彼はすぐ降りてきてくれた。
 
「ごめん。寝てた」
「こちらこそ御免。こんな真夜中に」
「いや、龍こそお疲れ様」
 
それで一緒に8階に上がる。彼の部屋816に入る。紅茶を入れてくれる。ブルークボンドの上等な紅茶だ。龍虎は疲れているので砂糖を2個入れて飲んだ。
 
「そういえば龍って普段どこに住んでるんだっけ?」
「代々木のマンションだよ」
「もしかしてアクアと一緒に住んでるの?」
「むろん部屋は別だよ」
「そりゃ部屋は別たろうけど」
「もちろんアクアとセックスしたりはしないよ」
「そりゃしないだろうけど!」
 
あ、少し嫉妬してるな。
 
「まあ元々アクアと半々出して買ったものだしね」
「なるほどー!」
「それにアクアは性欲無いから大丈夫だよ」
「ああ、そんな気はした」
「だから事実上女の子同士のルームシェアに近いんだよ」
「あ、そうかも知れない」
 
それで理史は安心したようである。
 
「アクアにも彼女はいるけど、ちんちん立たなくてセックス不能みたい」
「ああ。さすがに彼のちんちんは立たないだろうね」
 
実は、ちんちんそのものが(暫定的に?)無いけどね。
 
「でも一緒に寝るだけでも彼女は満足してるみたいだよ」
「恋愛って精神的な部分が大きいから、それはそれで何とかなるんじゃないかな。でもアクアが彼女と寝る時、龍はどうしてるの?」
「さすがに他の所に退避してる」
「さすがにそうだよね」
「だから最近退避率が高い」
「ああ、可哀想に。どこに退避するのさ」
「八王子に小さな家があるんだよ。今度案内するよ」
「うん」
 

「これあまり大したものじゃないけど」
と言って理史は紙包みを出してきた。
 
「あ、フォションのクッキーだ!これ好き〜」
「良かった」
「何か日本にはこういうの無いよね」
「うん。ヨーロッパ人好みかも知れないね」
「あ、シェアして食べようよ」
「うん」
 
それで龍虎と理史は1時間くらい話していたが、話している内に少し疲れが取れてきたせいか、あくびが出てしまう。
 
「ごめん」
「いやいいよ。少し寝る?」
「朝まで寝ててもいい?」
「いいよ。今夜は何もしないからそのまま寝なよ」
「じゃ1回だけしてから寝る」
「分かった。それで」
 

それで龍虎は本当に理史と1回だけしてから熟睡した。9時頃になって理史が
 
「そろそろ起きなくても大丈夫?」
と言って起こしてくれた。
 
「ありがとう。11時から仕事があるから」
「全然休む暇無いね」
「ボクってまぐろみたいなもんだと思う」
「まぐろ?」
 
理史は一瞬、性的な意味の方を連想してしまったようだ。
 
「たぶん休んだら死んじゃう」
「ありそう!」
 
それで一緒に下に降りる。
 
「龍、良かったらこれ僕の部屋の鍵だけど。夜中に来て僕が寝てたらこれで勝手に開けて入ってきていいよ。この鍵の使い方分かる?」
「こちら側が電子ロックの解除ね?」
「そうそう」
 
「じゃ他の彼女と寝てたら、そっとキスだけして帰るね」
「他には彼女いないよ!」
「じゃ預かる」
「うん」
 
それでマンションの裏手に回り、バイクにキーを差しこむ。
 
「あれ?バイクが違う気がする」
「こないだカワサキのバイクのCMしたら、これ頂いちゃって」
「すごーい。60-70万しそうなのに」
「まあボクが乗ってますよとかアピールしたいのかもね」
「まあそうだろうね」
 
「じゃまた」
と言って龍虎はすばやく理史にキスをすると、手を振って走り去った。
 

この日、リハーサル役の葉月は、昼過ぎからリハーサルに臨んでいたのだが、アクアと交替で夕方には解放された。それで和紗の運転する“アクアのアクア”レオ#3 で、橘ハイツに帰還した。葉月は撮影の疲れでその30分ほどの間に眠ってしまっていた。
 
「着いたよ」
いう和紗の声で目を覚ます。
「ありがと」
と言って車を降りて一緒に上に登る。
 
部屋の中に入ってから、聖子がお菓子の箱を出してくる。
 
「これホワイトデー」
「わあありがとう。一緒に食べようよ」
「うん。紅茶入れるね」
「あ、私がやるよ。せいちゃん疲れてるのに」
 
と言って、和紗が紅茶を入れた。アクアからもらった、フォートナム&メイソンの紅茶である。それを千里さんからもらった、ロイヤルコペンハーゲンのティーカップに入れる。ボクってもらいものや借り物が多い、と聖子は時々思う。グランドピアノとヴァイオリンも千里さんからの借り物だし。
 
「砂糖は?」
「クッキーが甘いからお砂糖無しでいいや」
「私もそうしよう」
 
と言って、聖子が通販で買っておいたロイズのクッキーの箱を開けて2人で食べた。ちなみに通販物の受取りはユキさん・ツキさんがして、おキツネさんの誰かがこの部屋まで持って来てくれる。ユキ・ツキは明日香宛の荷物も預かってくれる(*16).
 

(*16)ユキ・ツキは§§ミュージックからお給料で雇われているのと同時に聖子とは、お稲荷さんとキツネうどんを好きなだけ食べさせてあげるという契約を交わしているので、“男子寮”の住人ではない、聖子・明日香に関する作業もしてくれる。(実際のお稲荷さんなどの提供は寮母の門脇さんに聖子がお金を払って委託している)
 
なお、彼女たちはお肉を食べることは禁止されているが、聖子の部屋に出入りしている小さなおキツネさんたちとは違って、普通のベジタリアンの人が食べる程度のものまではOKらしい。乳製品・ハチミツはOK。卵は目玉焼きやゆで卵はNGだが「使ってるのを知らなかったと言える程度のものまでは叱られない」などと言っていた。クッキーやケーキ程度は食べるようだし、それで叱られたことはないという。門脇さんは、将来ベジタリアンの寮生が入ってきた時の練習も兼ねて、彼女たちが食べられるような料理を時々試作しては提供している(でも油揚げの方が好きと言う)。
 
むろん門脇さんは、彼女たちが「お肉を食べるようになると人間を食べたくなっちゃうから肉食を禁止されている」ということまでは知らない!
 

この日のドラマ撮影では、放送日が目前ということもあり結構ハードな撮影だったのでMとFは同じ衣装を着けて交替で演じた。それであがったのはふたり同時になった。その後Mは緑川マネージャーに“アクアのアクア”#3 で代々木に送ってもらい、Fは和城理紗に“アクアのアクア”#11 で理史のマンションに送ってもらったのである。
 
この#11の車体は元々、コスモスが2人のアクアのためにリザーブしておいたものである。防弾ガラスを使用するなど、#3と同じVIP仕様になっている。
 
またアクアMは日中に最近アクアのマネージングチームに加わった山城寛菜ちゃん(今月音楽系の短大を卒業予定)に頼んで、クッキーを3箱買ってきてもらっておいた。
 
今日は日中は高村マネージャー(31)が付いてて、夕方から緑川マネージャー(26)に交替したのだが、やはりこういう用事は高村さんには恐れ多くて頼めない。山城寛菜は資生堂パーラーのクッキー詰め合わせを3セット買ってきてくれた。
「ありがとう!」
「いえ。私用でも雑用でも何でも言ってくださいね」
 
この子、これをどうするのかとか?何も詮索しないのがいいなと思った。
 

それで夜中の1時すぎに代々木のマンションに帰るが、今日は10階の方に行った。3人とも寝ていたようだが、龍虎が入ってきたので起きだした。
 
「龍?」
「今帰ったの?」
「やっと仕事終わった。これホワイトデー。バレンタインに色々してもらったから」
「ありがとう」
「すごーい。ちゃんと3人分ある」
「いつもお世話になってるし」
「だって家賃代わりみたいなもんだよ」
 
うーん。こいつらずっとここに住む気か?
 
「じゃ。私たちは引っ込むから後はごゆっくり」
と言って、桐絵と宏恵は“自分の部屋”に引っ込んでしまう。龍虎と彩佳が残される。
 
「じゃ僕も疲れてるから寝るね」
と言って龍虎も立とうとしたのだが、彩佳は
「ぐっすり眠れるようにしてあげるよ」
と言う。
 
いえ、何もしなくていいんですけど。
 
「疲れてのに移動するのも大変でしょ?たまにはこちらで寝る?」
「まあそれでもいいかな」
 
それで彩佳と一緒に部屋に入る。
「まだお風呂入ってないけど」
「朝入ればいいよ」
 
それで彩佳は龍虎を押し倒す。ベッドの中で自分の服を脱いでしまい、龍虎の服も脱がせる。あ、やばい。
 
「あれ〜。龍のちんちんが無い」
「疲れたからもう先に寝ちゃったみたい」
「どこで寝てるのよ?」
と彩佳は呆れたように言ったものの、龍虎の敏感な部分を触る。
「じゃここは気持ちいいかな?」
「・・・気持ちいいかも」
「ここはどうかな?」
 
ちょっとぉ、どこに指を入れてるんだ?でも・・・
 
「・・・・・気持ちいい」
「じゃこの2ヶ所をせめてあげるよ。私レスビアンの本でだいぶ勉強したし、Gスポットの位置は自分の身体でもかなり研究したから」
 
ひゃー。
 
その晩、結局龍虎は彩佳にされながら、快感の中で眠ってしまった。
 
指をどこに入れられたのかは考えないことにした。
 
 
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【春紅】(5)