【春紅】(6)

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3月14日のホワイトデーにあわせて、熊谷の§§ミュージック分室では、ファンから大量に送られてくる、ホワイトチョコ、クッキー、マシュマロ類の仕分けに大量人数が投入されていた。
 
基本的にファンクラブなどには“実物は廃棄せざるを得ない場合が多いので商品券で”とお願いしているし、ホームページにもそう告知している。それでも実物で送ってくる人もかなりある。
 
プレゼントの宛先は今年はラピスラズリ宛、あるいは東雲はるこ宛・町田朱美宛というのが物凄く多かった(昨年は白鳥リズム・姫路スピカ宛てが多かった)。
 
今年は全体の3割ほどがラピスラズリ宛だった。その他の女性タレントでは、やはり昨年までと同様白鳥リズムが多く(リズムはバレンタインも多い)1割程度を占めている。次いで姫路スピカ、高崎ひろか、品川ありさ、の順である。少数派では、デビューしたての七尾ロマン・恋珠ルビー宛のものも各々1000個ほどあったが、甲斐絵代子・安原祥子・山本コリン・水谷姉妹に宛てたものも各100件ほどあり、この子たちが注目株であることを如実に示している。
 
今回度肝を抜かれたのが、常滑真音に宛てたものである。これが4000件を超えており、白鳥リズムに次ぐ多さだったのである。舞音が§§ミュージックの新しいスターになりつつあることを仕分け作業をした人たちは感じた。
 
また舞音宛てのものは“実物率”が高かった。アクアへのプレゼントとかは6-7割がルールを守って商品券で贈られてきているが、舞音宛てのものは9割が実物で、しかも個人発送のものも多かった。個人発送のものは無条件で廃棄処分となる。これらを送って来た人たちには、今回だけ特別に、タレント宛ての荷物は(悪意で危険なものを送ってくる人があるので)安全のため、個人発送のものは全て廃棄することにしており、次回からはお店からの直送にして欲しいということ。また“実物”のプレゼントはかさばるためタレント個人がとても受け取れないし、児童福祉施設などに寄付するにも限度があるので、商品券などで送って欲しいというお手紙を送っている。
 
こういうのはここ数年ずっと広報したりして周知に努めていたのだが、今回舞音宛ての贈りものにはそういったルールが守られていないものが多く、舞音のファンというのが、これまであまりタレントに贈りものをしたことのない“新しい層”であることを認識させた。
 

なお、残り全体の約半数を占めているのはアクアである!
 
アクアへの贈りものはヴァレンタインとホワイトデーに分散している。デビューした年は全てヴァレンタインで贈られてきていたが、アクアの“女子疑惑”が高まるにつれ、少しずつホワイトデーの方にシフトしてきている。そういう訳で今年アクアへの贈りものはヴァレンタインで15万個、ホワイトデーにも6万個ほどあったのである。
 
「アクアちゃんが女の子だというの、いよいよ発表するという噂ありますよね」
「そうなるとヴァレンタインの分がホワイトデーに移行して、人手が足りなくなりそう」
 
などという会話も交わされていたとか?
 

コロナの影響で変則的な開催になった今季のWリーグは、3.14-15に代々木第2体育館でプレイオフの準決勝が行われ、千里たちのレッドインパルスはブリッツ・レインディアに敗れて決勝に進むことができなかった。
 
これで千里(千里3)の今季のWリーグでの活動は終了した。レットインパルスのキャプテン・広川妙子は引退を表明した。千里は“やばい”なと思った。
 
千里2が参加しているフランスのLFBでは、千里たちのマルセイユは、まだレギュラーシーズンを戦っている。4月6日までレギュラーシーズンが続き、上位に入ればプレイオフに進出できる。
 

3月15日(月)の夕方、Honda-JetRedが郷愁飛行場に着陸した。鹿児島空港から和紗の両親と兄2人を運んで来たのである。本当は聖子と和紗が迎えたい所だが、2人とも仕事で忙しいので、代わりに川崎ゆりこ副社長と、聖子の祖父・柳原蛍蝶!が迎えた。蛍蝶は実は一足早く、妻(聖子の祖母)で元女優の沢野純子と一緒に Honda-JetBlueで伊丹から郷愁に来ていた。蛍蝶夫妻のお出迎えも、川崎ゆりこがした。
 
和紗の母は何気なく迎えてくれた人を見たがピクッとする。
 
「あのぉ、もしかして柳原蛍蝶さんということは?」
「うん。昔そういう名前を使っていたね」
と蛍蝶は懐かしそうに言う。
 
「すごーい!どうしてそんな有名人が?」
と母は興奮している。
 
「明日の花婿・天月聖子のおじいさんなんですよ」
と川崎ゆりこが説明した。
 
「うっそー!?そんな有名人のお孫さんだなんて!あのぉ、エア握手でいいですから、握手してもらえません?」
 
「んじゃエア握手」
と言って、蛍蝶は笑顔で和紗の母とエア握手した。和紗の父は呆気にとられているようだ。いきなりとんでもない大物が出て来て半ば思考停止している。
 

 
「本当でしたら、天月(あまぎ)家の者がお迎えすべき所なのですが、花婿の両親は舞台俳優で、舞台に穴をあけることができないので動けないのですよ。その親、花婿の父方の祖父は、もうボケていて、目を離せない状態でして。それで筋違いで申し訳無いのですが、花婿の母方の祖父である私がお迎えさせて頂きました」
 
と柳原蛍蝶は事情を説明して詫びた。
 
「いえ、こちらこそ、こんな有名人さんに、お忙しい所お迎え頂いて申し訳ありません」
 
と和紗の父は恐縮している。
 
「まあ私は引退した身なので、時々古い知り合いに呼ばれて余計な顔出ししてるだけですから」
 

ともかくも蛍蝶が案内して、和紗の両親と兄をベンツGLB (7人乗り)に乗せる、ゆりこが助手席に乗り、御両親が2列目、兄2人が3列目に乗った。
 
「なんか凄い車ですね」
「結婚式を挙げるカップルへの、ホテルのサービスらしいですよ」
とゆりこが説明する。
 
「へー。しかしベンツに7人乗りがあったんですね」
とお兄さんたちが感心している。
 
それでコテージ“桜”の入口につける。
 
「今日はこちらでお休みください。すぐお茶など持ってこさせますので」
とゆりこが言う。
 
「ありがとうございます!」
 
また豪華な宿に両親たちは驚いているようであった。
 

ゆりこが乗るベンツGLBはすぐ空港に引き返し、アルコール噴霧と拭き掃除をした上で、今度は蛍蝶夫妻を乗せて、別のコテージに案内する。
 
「蛍蝶さん、本当にお手数おかけしました」
「いや、私は頻繁に東京と大阪を往復してるけど、うちのはコロナの流行が始まって以来、大阪を出てなかったから、良い息抜きにもなったよ」
 
「みんな自分の住んでる都道府県から出てない人多いですよねー」
「うん。何とか落ち着いていってくれたらいいのだけど」
 
「ところで聖子が女になってしまったことは、ワルツちゃんの家族には」
「言ってません。バックれておこうよと聖子たちには言ってます」
「まあそれでいいよね。わざわざ戸籍とか見ないしね」
「ですよねー」
 
ワルツは今月頭に戸籍を両親の戸籍から分籍した。しかし聖子が戸籍上女になってしまったので、ふたりは婚姻することができない。また聖子は未成年なので両親の戸籍から分籍できない。来年の春になったら分籍するつもりである。
 
しかし和紗は郵便局に、橘ハイツ243号“天月和紗”という住人登録を出した。Amazonの登録名も天月和紗に変更した。それで今後通販その他は天月和紗の名前を使用するつもりである。§§ミュージックでの“社員登録名”も天月和紗にしたので、IDカードもその名前に変更している。ただし彼女はマネージャーとしての営業用名刺は“桜木ワルツ”名義の名刺を使用する。
 

聖子はこの日、3月15日も夜中すぎまで仕事をした。ただし明日は1日休ませてもらえることになっている。むろん1日だけである!「結婚式午前中に終わるのなら」と午後から仕事を入れられそうになった(鬼畜な会社だ)のをコスモスが代わりに常滑真音にアクアのリハーサル役をさせるようにして、聖子は休みにしてくれていた。
 
舞音は頭の回転が早いし度胸があるので、実は代役としても適性がある。実際3月上旬の時点では、コスモスは、聖子が1人になってしまったことから、聖子の負荷を下げるため、(来年1月くらいにデビューさせるつもりだった)舞音に、顔を売ることも兼ねてアクアのリハーサル役をさせようかと思っていたのである。しかし舞音がいきなり売れてしまったため、この仕事に3月中は主として三田雪代が使われ、4月以降は“男の娘”の長浜夢夜が起用されることになる。
 
仕事が終わったあと、和紗が聖子を熊谷まで送っていこうとしたが
 
「ワルツちゃんも花嫁なんだから休んでなさい」
と言って、高村マネージャーがふたりを“アクアのアクア”の後部座席に乗せて熊谷まで送ってくれた。アクアの方は緑川マネージャーが代々木のマンションまで送り届けた。(今夜も遅かったので彩佳は諦めて10階に戻り、八王子からFが戻って来た)
 

3月16日(火)大安・なる(旧暦2/4)
 
この日の熊谷の日出は5:52 夜明けは5:20 月出は7:26 である。
 
聖子と和紗は朝4時に花ちゃんに起こされた。
 
「眠い〜」
「お支度するよ」
「はい」
「どちらが花嫁衣装着るんだっけ?」
 
「私です」
と和紗。
 
「聖子も花嫁衣装着る?」
「自粛して花婿衣装にします」
「せっかく白無垢2セット持って来たのに」
 
それで花ちゃんが連れて来た美容師さん2人の内1人が和紗に花嫁衣装を着せ、もう1人は聖子に男性用の和服を着付けしてくれた。
 
「聖子、かなりバストが成長してる」
「すみませーん」
「バストが目立つように着る?目立たないように着る?」
「目立たないようにでお願いします」
「了解了解」
 
ということで聖子は胸にサラシを巻かれた。なんか女博徒みたいー、と聖子は思った。
 
2人の着付けの間に花ちゃん自身も振袖を自分で着た(帯だけ美容師さんに結んでもらった)。
 
5時半すぎ、ふたりは花ちゃんに先導されてコテージの外に出る。
 

マイバッハS650カブリオレが停まっている。
 
「ひゃー。凄い車」
 
「ここで結婚式を挙げるカップルのためのスペシャルカーだよ」
「あのお。この結婚式っていくらかかってます?」
「気にしない。コスモス社長が費用は全部出してくれてるから」
「何か申し訳無い」
 
運転手さんの隣に花ちゃんが乗り、後部座席に聖子と和紗が並んで乗った。
 
マイバッハS650カブリオレは、コテージを出ると、郷愁村を一周走ってから、郷愁神社に到着する。ここは熊谷市内のG神社から分霊を勧請して建立された神社である。専用の結婚式場もあるが、聖子たちは拝殿で式を行うということであった(料金は高いはず)。
 
お清めをし、アルコール消毒もしてから拝殿に昇る。拝殿では次亜塩素酸水の噴霧器が動いている。
 
結婚式の参列者が既に椅子に座っている。和紗側が両親・兄たちとゆりこ副社長、聖子側が両親と柳原蛍蝶夫妻にコスモス社長。花ちゃんもコスモスの隣に座った。
 
この時、ちょうど日出となり、明るい太陽の光が差しこむ。参列者の間から、思わず「おぉ」といった歓声があがった。
 
男性神職さん?(でも烏帽子をかぶってない)1人と巫女さん2人が入ってきて、雅楽の演奏を始めろ。男性が笙、巫女さんの1人が龍笛、1人が太鼓を叩く。
 
その音楽の中、祭主さんが巫女さん3人と一緒に入ってくる。
 
何か豪華っぽい!
 

祭主が位置に付くと雅楽の演奏が停止する。
 
「これより、天月西湖、吉田和紗の結婚式を行います」
と笙を吹いていた男性が言う。
 
まずは大幣(おおぬさ)で新郎新婦のお祓いをした。
 
その後、再び雅楽が演奏され、祝詞が始まる。
 
これが長い!
 
祝詞の途中で「天月西湖」「吉田和紗」という名前が読み上げられたので、ふたりの結婚を告げる祝詞なのだろう。
 

三三九度が行われる。
 
が、コロナの折、お酒は使用しないので、飲む振りだけしてくださいと事前に言われていた(そもそも聖子は未成年)。朱塗りの三段重ねの杯を使用する(式が終わると記念にもらう)。
 
巫女さんが最初に小さい杯にお酒を3回に分けて注ぐ振りをする。新郎の聖子がこれを三回に分けて飲む振りをする。杯は花嫁の和紗に渡され、巫女さんが三度に分けてお酒を注ぐ振りをするので、和紗が3回に分けて飲む振りをする。杯は再度新郎に渡され、三回に分けて注がれ、三回に分けて飲む。
 
次は中杯で、今度は新婦→新郎→新婦とリレーされる。
 
最後に大杯で、新郎→新婦→新郎とリレーされる。これで三三九度の完成である。
 
新郎・新婦あわせて9回お酒を飲み干すが、新郎が5回、新婦が4回になる。
 
最近はこれを新郎→新婦/新婦→新郎/新郎→新婦と6度しか飲まない略式の“三三六度”も多いし、更には巫女さんが御神酒を1度注いだ杯を新郎→新婦→新郎と1口ずつ飲む(“三三三度”?)という超略式もあるが、ここではきちんと九度やった。これはかなり時間が掛かるし、リアルにお酒を使うと飲む量も結構なものになる。
 
(大中小杯の容量を八分注いだ状態で仮に45,30,15ml とした場合、新郎は15+15+30+45+45=150ml. 新婦は15+30+30+45=120ml 飲むことになる)
 

この後、参列者に朱塗りの小さな杯(三三九度の小杯より更に小さなもの)が配られ、例によって注ぐふりだけするので、全員飲むふりをする。(この杯はワンカップの日本酒とともに参列者に記念で渡される)
 
再び雅楽が演奏され、巫女さん3人で舞を舞う。
 
美しいー!と聖子は思った。
 
結構長時間の舞が終わった所で、「御花の儀をします」と言われた。どんなものだろうと見ていると、笙を吹いていた神職さん?が拝殿の端に立つ。走って反対側の端まで行く。再度向こうからこちらへと走ってくる。そして3度目は何かを手に持って走る。するとその走っている勢いで?手に持っていた傘のようなものが多段階に花のように開いて、美しい模様になった(青系統の同心円状パッチワークのような柄:神職さんの服によくあるような模様)。
 
これには歓声があがっていた。
 

結婚指輪の交換をする。双方相手に結婚指輪をつけてあげた。
 
誓詞の朗読をする。予め用意されていた誓詞を2人で一緒に朗読した。子孫繁栄とか書いてある。それって、ボクが産むんだっけ?かずちゃんが産むんだっけ?と聖子は少し悩んだ。
 
(聖子は中学1年の時に精子の冷凍保存を作ったので、それを使用すれば和紗は妊娠することができるはず。聖子が産むには和紗の精子が必要だが、和紗の精子を得るのは困難と思われる)
 
その後、新郎新婦で一緒に玉串奉奠をする。
 
これで完了のはずである。
 
「これで結婚式は滞りなく成りしました」
という報告がなされる。
 
雅楽がまた演奏される中、祭主と3人の巫女さんが退場し、結婚式は終了した。
 
でも結構長い式だった!
 

拝殿から降りてから、拝殿前で記念写真を撮った。
 
新郎新婦だけ並んだもの、参列者まで入ったものの2種である。
 
その後は、全員ホテル昭和に移動する。新郎新婦と付添役の花ちゃんはマイバッハで、他の人たちはマイクロバスでの移動になった。
 
聖子と和紗は花ちゃんと一緒に控室に移動して、待機していた美容師さんの手で、和服の花嫁衣装・花婿衣装を脱ぎ、ウェディングドレスとタキシードに着替えた。花ちゃんは振袖を脱いでドレスに着替えていた。
 
7:30から朝食を兼ねたディナーとなるが、部屋に入場する前にホテル昭和のエントランスで再度記念写真を撮った。聖子はエントランスの時計を見て、月が出たなと思った。
 
みんなで一緒にホテル昭和のプライベート・ダイニング・ルームに入る。
 
「完全防備だね」
と和紗の父が感心している。
 

各々の席自体が1m離れているし、各々の席に間はアクリル板で隔離されている。ドアと窓は解放されている。
 
食事が運び込まれてくるが、運んで来る女性たちが“プラスチックスタイル”の服を着ているので、これもまた和紗の両親がびっくりしていた。でもお兄さんたちはファイブスター物語を知っているようで「これプラスチックスタイルみたい」と言っていた。
 
「まさにプラスチックスタイルなんですよ。ボクはこれ見たのもう5回目くらいだけど、ムーランやその系列の仙台のクレールとかで見られる完全防護服ですね。空気ボンベまで内蔵してるんですよ。これ一式10万円くらいするみたいだけど、おかげでムーランではスタッフにひとりも感染者が出てないんですよ」
と柳原蛍蝶さんが解説していた。
 
「ボンベ内蔵だとパーフェクトですね。でもそれだけ費用が掛かるのでは、ムーランみたいな大手はいいけど、普通のお店ではなかなか導入できませんね」
とお兄さんが感心している。
 
でもクレールはムーランの系列店ってことにされてる! 本来はクレールのシステムをムーランにも導入したのだが。
 
料理は美味しい美味しいと和紗の両親たちは喜んでいた。
 
ついでにお兄さんはコスモスからサイン色紙を書いてもらって感激していた!
 
なお感染拡大防止の観点からお酒は好みのものがボトルや缶で配られ、各自あとで自室で飲んでくださいということになっていた。
 

ディナーは8:30前に終了。
 
聖子と和紗は「届けを出してきます」と言い、花ちゃんが運転するベンツで郷愁飛行場に移動する。ここでヘリコプター(千里が所有するEcureuil-2をこちらに回送していた)が待機しているので3人で乗り込む。和紗はヘリコプター内で花ちゃんに手伝ってもらって、ウェディングドレスを脱ぎライダースーツ!に着替える。聖子、花ちゃん自身もライダースーツに着替える。靴もライダー・ブーツを履く。
 
「ライダースーツ着ると、聖子はかなりバストが目立つね」
「かずちゃんのお父さんとかには見せられません」
 
ほんの20分ほどの飛行で9:000頃に東京ヘリポートに到着する。ここに用意していた2台のバイクで花嫁と花婿を世田谷区役所まで運ぶ。花ちゃんの運転するバイク(Ninja250)に聖子、ひまわりが運転するバイク(Ninja250SL)に和紗を乗せた。
 
2台のバイクは、ほんの30分で世田谷区役所に到着する。この区役所の駐車場に駐めていたエスティマの中で、和紗に再度ウェディングドレスを着せた。聖子は再度タキシードを着た。
 
「聖子もウェディングドレス着る?」
「自粛する」
 
「でもありがとうございます。ほんとに1時間半以内に到着するんだろうかと不安でしたけど1時間で来ちゃいましたね」
 
「まあ9時をすぎれば渋滞は少なくなるからね。だからわざと向こうの出発を8時半まで遅らせたんだよ」
と花ちゃんは言っていた。
 
ふたりは10:00に無事パートナーシップ宣言をすることができた。花ちゃんとこれに合わせて駆け付けてきていた、アクア・姫路スピカが2人を祝福した。アクアはメンズスーツを着てたからきっとFさんだと思った。なお、今日は平日なので、高校生の白鳥リズムなどは来られない。
 
(実はスピカがエスティマにアクアを乗せてここに乗り付けていた)
 
この日はコスモス社長が赤坂のインターコンチネンタル・ホテルのプレジデンシャルスイートを取ってくれていたので、15:00になったらそちらに移動することにし、いったん自宅!橘ハイツに戻る。ひまわりが運転するエスティマに6人で乗って移動した。
 
そして橘ハイツの自宅に戻った所で、聖子にもウェディングドレスを着せて、ウェディングドレス同士の記念写真(2人だけのもの、他の4人も入ったもの)も撮った!
 
「聖子、結婚式の時もウェディングドレス着たかったでしょ?」
「そんなことないよー」
「このメンツの前で隠すこともないのに」
 
ボクの性的傾向はやはり誤解されてるよなあと聖子は思った。まあ今日はボク女の子だから、実はウェディングドレス結構嬉しいけどね。
 
スピカが仕出しを用意して、部屋にもう運び込んでくれていたが、アクアは
「ごめん。悪いけど仕事があるから」
と離脱し、ひまわりの運転する“アクアのアクア”で仕事先に向かった。2人には仕出しを1個ずつ渡した。
 
花ちゃんは
「ごめん。仮眠してる」
と言って南西の鏡部屋に行って寝た。花ちゃんは朝早くから本当にお疲れ様でした!である。
 
それでお昼は、(ウェディングドレスを脱いだ)聖子・和紗の2人と、スピカの3人で頂いた。
 

14時半になっても花ちゃんは起きて来なかったので
「寝せておこうよ」
と言って、スピカがエスティマを運転して、聖子と和紗を赤坂のホテルまで届けた。
 
ちなみに花ちゃんは、夜中までぐっすり寝ていて、目が覚めると周囲に誰も居ないので、最初自分がどこにいるのか把握出来なかったらしい!
 
和紗の両親と兄は和城理紗が運転するエスティマに乗って「見るだけ」で降りない東京見物の旅を1日してから、3/17朝のホンダジェットで鹿児島に帰還した。
 
でもスカイツリーを見て、アクアラインも走って
 
「東京も随分変わったなあ」
 
などと和紗のお父さんは言っていた。
 
お父さんが前回東京に来たのは、昭和60年頃らしい。
 
柳原蛍蝶夫妻は、車1台貸してということだったので、フェアレディZを貸したら、それで2人で東京見物をしていたようである。蛍蝶さんは75歳だが、もう50年以上無事故無違反で、スーパーゴールドのSDカード持ちである。東京や大阪といった大都会の中でもよく運転しているので、安心であった。蛍蝶さんは3/17は放送局関係者に呼ばれたと言って放送局2件ハシゴしたようだが、3/18朝、ホンダジェットで大阪に戻った。
 

しかし今回の結婚式は完璧に内輪で進めたので、§§ミュージック内部でも知らなかった人が随分あったようである。たとえば花咲ロンドや大崎志乃舞は全然知らなかったようだし、ケイ会長や日野ソナタさんなども、聖子たちが(ウェディングドレス同士で撮った)記念写真を見せたら驚いていた。ふだんみんなに何でもしゃべりまくる姫路スピカがこの件に付いては何も言わなかったため、女子寮生たちも紅白餅が配られて初めて
 
「え?葉月ちゃんとワルツちゃん結婚したの?」
と驚いていた。
 
一応、女子寮・男子寮の住人を含む§§ミュージックのタレントさんには紅白餅を配った。
 
「女の子同士の結婚だから紅白餅じゃなくて紅紅餅でも良かったかもね」
などと白鳥リズムは言っていた。
 
「リズムちゃんも女の子と結婚する?」
「あ、私そちらも行ける気がします。可愛い花嫁さんが欲しい」
「リズムちゃんを満足させられるような男の子はめったにいないだろうしね」
「リズムちゃんって、ホワイトデーのプレゼントよりバレンタインのプレゼントの方が多いんだもん」
「どんな名目でももらえるものは歓迎♪」
 
御祝儀はアクア、コスモス、ケイ会長、千里さん、以外では「§§ミュージック一同」「信濃町ガールズ一同」名義で頂いた。もらった御祝儀は、結婚式の費用を出してくれたコスモス社長に全部渡した。(とても時間が無いので)お礼状も任せたが実際にその作業をしてくれたのは花ちゃんだったようである。でも最終的に余ったと言われて1000万円以上戻された!
 
相場が恐ろしい。
 
むろん聖子と和紗が結婚したことを公表する予定は無い。
 

3月20日(土).
 
この日午前中に舞音の御両親をホンダジェットでセントレア(これは常滑市にある)から熊谷へ連れて来た。熊谷の§§ミュージック分室で、コスモス社長、ケイ会長、御両親と本人の5者で話し合い、彼女を歌手デビューさせることで合意。お父さんが契約書にサインした。
 
これで舞音は今年3人目のデビュー歌手になった。
 
舞音のCDは3/8-14の週には、オリジナル版が15万枚、kuroneko mixが16万枚売れており、統計上は両者が合算されて31万枚のセールスでこの週の統計の堂々1位であった。累計売上でも50万枚突破はもう確実である。
 
これまで§§ミュージックの歌手で50万枚(ダブルプラチナ)を達成しているのは、アクア、ラピスラズリ、白鳥リズム、品川ありさの4組しかいない(25万枚のプラチナ越えは高崎ひろか・姫路スピカ)。
 
リズムは女子寮の廊下で舞音とすれ違い
「君、もうすぐボクの記録を抜くね。頑張ってね」
と笑顔で激励され
「はい!頑張ります!」
と嬉しそうに答えた。
 
いい先輩ばかりだなあ、と舞音は思った。
 

その日舞音はテレビ局で番組の撮影があった。花ちゃんは、ちょうど空いていた信濃町ガールズで経歴は長いもののなかなか売れそうにないX(悠木恵美ではない。念のため)に「あんた放送局に顔を売るのも兼ねて付き添いしてあげて」と言って一緒に送り出した。Xは舞音と色々おしゃべりしながら、ドライバー会社の人の運転で放送局に行く。
 
大歌手の松原珠妃さんがいる。
 
「おはようございます、松原珠妃さん」
と舞音が挨拶するので、Xも慌てて頭を下げる。何か見たことのある人とは思ったがXは名前までは分からなかった。
 
「あら、あんたトコマネ・マネちゃん・・・じゃなくて、ごめん。名前がうまく言えない」
「とこなめ・まねです。ローズ+リリーのマリさんに早口言葉みたいだと言われました」
「ほんとに早き口言葉みたいね!あんたの招き猫の歌iTunesで落としたよ。面白いね」
「ありがとうございます!」
「あんた伸びるかもよ。頑張ってね」
「はい、ありがとうございます。頑張ります」
 
それで松原珠妃は手を振って向こうに行った。
 
「テレビ局って凄い人が歩いてるねー」
「こないだは松浦紗雪さんと遭遇したよ」
「へー」
「松原珠妃さんと松浦紗雪さんはライバル同士だから、片方とあまり親しくすると他方から不愉快に思われるから難しい」
「面倒くさいね」
「でも松浦紗雪さんはアクアのファンクラブ会長だから、おろそかに出来ない」
「何かそういうの難しそう!」
「だからこの業界に明るいマネージャーと一緒に行動するのよ、ある程度売れてる人は。失言とかをしてしまわないように」
 
「私、3年近くやってるのに、そういうの全然覚えきれない。舞音ちゃん、まだ東京に出て来てから短いのに、よく分かるねー」
 

番組を収録するスタジオに行き、プロデューサーさん、ディレクターさん、脚本家さんなどに挨拶し、共演者の人たちに“順序に注意して”挨拶する。
 
その後、撮影開始まで空き時間があったので、舞音はトイレに行ってきてから本番衣装に着替えようと思った。それでトイレに行く。Xも何となく付いていく。
 
「あれ〜、個室内に荷物置くとこが無いや」
「私持っといてあげるよ」
「Xちゃんトイレは?」
「まだ大丈夫かも」
「そう?じゃお願い」
 
それで舞音は荷物をXに託して個室内に入った。
 
Xは待っている内に、目の前にスロップシンク(掃除用具などを洗う所)があるのに気付いた。Xはなぜ自分がそんなことをしたのか分からなかった。
 
舞音の荷物(本番用衣装などが入っている)をそこに放り込むと、水道の蛇口をひねった。荷物が水没していく。
 
舞音が個室から出てくる。
 
「ありがとう。あれ?荷物は?」
「ごめん。ここに落としちゃって」
「ありゃ」
と言って、舞音は荷物を水の中から拾い上げ“水道を止めた”。
 

「それ本番用の衣装か何かだっけ?」
「うん」
と言いながら舞音は一瞬考えたが
「大丈夫だよ。悪いけど一緒に来て」
「うん」
 
スタジオに戻った舞音は女性のADさんを捉まえて言った。
 
「すみません。実は持参してきた本番用の衣装をうっかりトイレに落としてしまって」
「あらら」
「大変申し訳ないのですが、何か適当な衣装を貸して頂けませんか?」
「OKOK」
「それと濡らしてしまったバッグを入れておく大きなビニール袋とか恵んで頂けたら」
「いいよ。おいで」
 
それで舞音はADさんに連れられてまずはゴミ袋サイズのビニール袋をもらい、濡れた荷物をそれに入れて、Xに持ってもらう。そして衣装係で適当な衣装を貸してもらい、それで本番に臨んだ。
 
Xは水で重くなったバッグを抱えたまま本番の撮影を見ていて、涙を浮かべていた。舞音はなぜ自分に対して怒らなかったのだろうという思いと、その後の舞音の冷静な行動に対する感嘆とが、Xの心の中で渦巻いていた。
 
中学3年であの判断力って、この子本当に大物になるかも。
 
Xはこの事件の後、“舞音派”に転じることになる。そして舞音はしばしば彼女を付き添いに指名してくれた。
 

常滑舞音は、昨年のビデオガールコンテスト12位で、本来は信濃町ガールズの地方メンバー行きになる所を「今12番でも12ヶ月後には1番になります」と主張するので、その意気込みを買って特別に本部メンバー入りを認めた。
 
しかし彼女は信濃町ガールズ入団後、人の倍も三倍も練習して、明らかに新入団組の中でそのポジションを上げて行った。入団から半年ほどたった1-2月の段階で、コスモスの目には既に彼女が七尾ロマンに次ぐレベルまであがってきたように見えた。そして3月に出したCDが爆発的な売れ行きを示した。
 
いわば“ドラフト外”のような舞音が、信濃町ガールズ入団後わずか8ヶ月でデビューし、いきなりダブルプラチナという状況は、結構な波紋をもたらし、最初の段階では、彼女に警戒する子、反感を持つ子もかなりあった。
 
中でもいちばん割を食ったのが恋珠ルビーだったはずである。“元気な女の子”という立ち位置が明らかに舞音とダブっている。
 
しかしルビーと舞音は立ち位置も似ているが、性格も似ている。どちらも平和主義者であり、全方位外交であり、みんなと仲良くしたいと思っている。
 
それで実際問題として、舞音といちばん仲良くなったのがルビーだったのである。彼女は自分の知っている様々な情報を舞音に教えてくれたし、自分も不確かなことは“情報通”の姫路スピカに聞いて、業界のしきたりや人間関係などについても教え、舞音が失敗しないようにしてくれた。
 
(この他、最初から舞音と仲が良かったのは、水谷姉(妹はその時点ではまだ入団していない)、山本コリン、安原祥子などである。いわば“ノンキャリア”である山本コリンや安原祥子にとっては、舞音は“希望の星”でもあった:安原祥子は4月には本人自身がガールズたちの希望の星になることになる)
 

実際問題として、いちばん割を食ったはずのルビーがなぜ舞音と仲良くするのか理解できない子も多かったようだが、3月下旬、ルビーはダンスのレッスン場で、多くのガールズたちがいる前で発言した。
 
「万一舞音ちゃんいじめる子がいたら言ってね。私がぶん殴っちゃるから」
 
ルビーだって§§ミュージックに入ってからまだ8ヶ月で舞音と同期なのだが、やはりコンテスト優勝者の発言には重みがある。それに野性的な雰囲気のルビーなら、ほんとうにぶん殴るかも知れない気がする!
 
シーンとした所で七尾ロマンが付け加えた。
「私でもいいよ。私は腕力無いから、花ちゃんに言いつけるけど」
 
むしろ、その方が怖そうとみんな思った。
 
この発言で、舞音に対してあからさまに反感を示す子はほとんど居なくなった。微妙ないじめの類も消える。もっとも牡羊座の舞音はそういうのをそもそも全く気にしない!建設的でないことは一切考えない主義である。靴を隠されたら別のを持ってくるし、食事が捨てられてたら、ひまわりに連絡してもう1度持って来てもらうだけである(ひまわりが怒っていたが、舞音はマジで気にしなかった)。
 
そして、ルビーが明確に舞音の味方であることを公言したことで、アクアの“次のスター”はひょっとすると、舞音になるかもというのを感じた子たちも多かったのであった。主流になるグループとは仲良くしたいという心理が働き始めたことで、4月以降、急速に“舞音派”は拡大していく。
 
それはまるでリバーシ(オセロ)で1つの石が打たれた時に大量の石がひっくり返って優劣が一気に逆転してしまうかのように、壇ノ浦で源氏優勢になったら、唐突に赤旗を掲げる船が減って白旗を掲げる船が増えたかのような状況だった。
 
ルビーの発言は“コーナーに打った石”だったのである。
 

その日、柴田数紀は合格した高校の入学者説明会があるというので母に付き添ってもらって、入学予定の高校にやってきた。この日、数紀は服装は自由と聞いていたので、トレーナーに厚手のジーンズ、それにコートを着てきた。
 
受付で番号を渡される。1-08 と書かれている。体育館に入り、指定された席につく。どうも1組8番ということのようである。時節柄、席と席の間隔が大きく開けてある。保護者は後方に席が用意されているが、そちらも席の間隔が大きい。
 
コートは着てきたものの、体育館の中はストーヴが焚かれていて暖かいようだったので数紀はコートを脱ぎ畳んで念のため膝に乗せて置いた。
 
数紀は比較的早く来たので、まだあまり生徒は来ていなかった。やがて数紀の前の席に女子が来て座った。続いてその前の席にも女子が来て座った。次は数紀の後の席に人が来るのでちらっと見るとやはり女子である。名簿は単純50音順だと思うけど、たまたま女子の多い並びに入ってるようだなと数紀は思った。でもその後は多数の生徒が入ってきたので、数紀も男女比のことは特に考えなかった。
 
校長先生、教務主任の先生、進路指導の先生、生活指導の先生などからお話があるが、まあよくある話だと半ば聞き流していた。
 
だいたい話が終わった所で、制服の採寸および教科書や体操服などの購入ということになる。制服採寸はクラス単位で行うということで、1組は最初に案内された。採寸から戻って来てから教科書などの購入になるようである。
 
それで1組の生徒は理科室へということで移動した。数紀はあらためて、このクラス女子が多くないか?と思ったものの、元々この学校は非進学校でもあり女生徒が多いかもという気がした。
 
5人ずつ測定するいうことで出席番号8の数紀はすぐ呼ばれた。
 
胸の所にメジャーを当てられ、続けてお腹の付近、そしてお尻の部分を測られる。続けて肩幅を測られ、肩先から手首までを測られる。そして背中の首の所から腰の少し上付近までを測られ、最後におへその付近から膝付近までを測られた。それで測った寸法をお姉さんがタブレットで入力していた。
 
「はい、いいですよ」
と言われたので数紀は体育館に戻り、母の所に行って、一緒に体操服・教科書などの購入をした。なお、制服はだいたい4月6日頃までに仕上がるので、通知のハガキを持って、イオンの中に入っているお店に行けば代金と交換で受け取れるということであった。男子制服は15000円、女子制服は18000円らしい。今回作るのは冬服で、夏服はまた5月に制作するということである。いきなり両方作ってしまった場合、サイズがフィットしなかった時の対応が大変になるかららしい。
 

3月27日(土).
 
青葉は朋子・典子(朋子の妹)と一緒に能登空港からHonda-JetRedで熊谷に移動し、迎えに来てくれた千里のアテンザで浦和の家に入った。明日の千里の結婚式に出席するためである。青葉は千里の結婚式に出た後、そのまま日本選手権のため、浦和に留まる。
 
この日、朋子と典子は女の子たちを連れていきたい所があるといって、朋子・典子・早月・由美・緩菜の5人でどこかに出かけた。明日の朝戻るということであった。そのため、この日浦和の家で寝たのはこういうメンツである。
 
101:青葉・彪志
201:貴司
202:(空)
2SR:京平・千里
203:桃香
 

3月28日(日).
 
貴司と千里の婚姻届けは既に1月に提出済みなので、この日は挙式とZoomを使用したリモート祝賀会のみとなる。結婚式・祝賀会は夕方からに設定されていた。これは日中ボイドがあるからである。
 
VoidTime 3.28 8:47-14:22
月出 17:24
日入 18:01 望 3.29 3:48
 
適時は3.28 17:24-18:01 のわずか37分間である。
 
物凄い微妙なタイミングだ。青葉は「なんでこんな微妙なタイミングを使うのさ?」と千里姉に聞いたら「暦を読み間違った」などと言っていた。
 
「あ、それと私今夜試合があるから、抜け出すね。貴司が私を探してたら適当に誤魔化しといてね」
 
(3.28 15:30-17:30 くらいに実はフランスLFBの試合がある。日本時間でいうと同日の22:30-24:30 くらいになる)
 
「なんで試合のある日に結婚式を挙げるのさ!?」
 
きっと千里は4〜5人?いるから何とかなるだろうと思っているのだろう。
 

貴司さんと千里姉、千里姉と桃香姉が結婚するので、宮司さんも悩んで最初前代未聞の3人を結ぶ祝詞を書いてみたらしい。
 
「高園朋子の長女・桃香と村山津気子の長女・千里の婚礼(とつぎのいやわざ)及び細川望信の長男・貴司と村山武矢の長女・千里の婚礼(とつぎのいやわざ)を執り行わん」
 
などと、千里の父親の名前・母親の名前で分けることにより、抵抗感の少ない祝詞になったと言っていた。
 
しかし!
 
3人まとめて結ぶとなると、3家族を並べることになり、結婚式の出席者数が多くなって“密”が発生する。そこで結局2つの結婚式を続けておこなう方式に改めたのである。
 
17:24 細川貴司と村山千里の結婚式
17:42 高園桃香と村山千里の結婚式
 
「慌ただしいね!」
「37分間で2つの結婚式をあげないといけないから」
「せめて1日前にすれば良かったのに」
「私も同感」
 

28日には北海道の旭川空港から、千里姉のG450(定員14)で下記の人たちを熊谷に運んで来た。
 
村山武矢・津気子、浅谷美輪子・賢二、長内玲羅・陽介 (千里関係6人)
細川望信・保志絵、細川淑子、坂口理歌・栄吾、細川美姫(貴司関係6人)
 
45人乗りの大型バスを使ってこの12人を越谷に搬送した。
 
この日、貴司のお支度は母の保志絵がしてあげたが、紋付き袴姿である。保志絵としてはやっと祝福できる結婚を息子がしてくれて感無量だった。
 
桃香のお支度はクロスロードの友人美容師・浜田あきらがしてくれたが、白無垢に角隠しを着た。実は綿帽子もかぶせてみたのだが「まるで宇宙人だ」と言われて、角隠しとなった。
 
千里のお支度に関して、千里は「友人の美容師さんに頼んだから」と言っていたので式の直前まで誰も見ていない。
 

17:15くらいに、細川家と村山家の関係者が越谷F神社の拝殿に並ぶ。
 
やがて紋付き袴姿の貴司が、白無垢を着て綿帽子をかぶった千里の手を引いて拝殿にあがってくる。
 
そして17:20すぎ、祭主(辛島広幸宮司)と巫女長で宮司夫人の栄子さん、千里の友人でもある巫女の泉堂深耶さんが入ってくる。
 
大幣で新郎新婦のお祓いをする。そして雅楽の録音が再生される中、祭主が祝詞を奏上する。これが17:24ジャストであった。
 
17:29 三三九度が行われる。例によってお酒は飲むふりだけである。
17:34 親族堅めの儀式
17:36 結婚指輪の交換
17:40 玉串奉奠
17:41 終了!
 
という慌ただしい結婚式であった。
 
いったん双方の親族が退場する。座席が消毒される。
 
村山家と高園家の親族が上がる。高園家の親族が朋子・典子と青葉の3人だけなので浜田あきらと妻の小夜子も頼まれて一緒に並んだ(このふたりは夫婦だが、普通姉妹か何かに見える:二人とも色留袖であった/朋子と典子は黒留袖で青葉は成人式で着た藍色の振袖)。
 
桃香が千里の手を引いて入場してくる。
 
ここで何人か「え?」という声を挙げた。千里の衣装が黒の大振袖だったのである。貴司との結婚式が終わって白無垢の千里が退場したのは17:41くらいで、今桃香に手を引かれて大振袖の千里が入って来たのは17:45くらいである。僅か4分で白無垢を大振袖に着替えられるわけがない。
 
つまり・・・
 
さっきの結婚式の千里とこの結婚式の千里は別人である!
 
それをどうも、細川家の人の大半(貴司を除く!)、村山家の人の大半(武矢を覗く!)、高園家の人たち(朋子と青葉)が認識したようである。典子は首をひねっていたが、まさか千里が複数いるとは思わないだろう。
 

しかし辛島宮司夫妻は「そういうことか」と納得したような顔をしていた。夫妻は元々千里は複数いるのではと疑っていたようだ。夫妻は千葉L神社時代も、日によって千里の龍笛の調子が違うのを不思議に思っていた。
 
結婚式が行われる。少し遅れているが、千里は「無理しないで普通に進めて下さい」と宮司に言った。それでこのように進行した。
 
17:46 お祓い
17:51 三三九度
17:55 親族堅めの儀式
17:57 結婚指輪の交換
18:01 玉串奉奠
18:02 終了!
 
千里と桃香が三三九度を少し急ぎ気味にしたことから、結局太陽が沈む前にギリギリで玉串の儀までは終了した。祭主が退場したのが18:03, 新郎新婦が退場したのが18:05くらいだった。
 
「つまり単純に2つの結婚式が行われただけよね」
と保志絵が言い
「そういうことだったようですね」
と津気子も言って
「ごく普通の結婚式でした」
と朋子も笑顔で言った。
 
若干分かってない人たちもいるようだったが、それは放置した!
 
ケイや和実などはこの2つの結婚式を両方リモートで見ていたが、
 
「要するに貴司さんと結婚したのが2番で、桃香と結婚したのが1番なのね」
と納得した。
 

この後、祝賀会が2つ続けて行われた。
 
18:10-19:30 細川貴司・千里の祝賀会
19:40-21:00 高園桃香・千里の祝賀会
 
貴司・千里の祝賀会が始まったのは、桃香・千里の結婚式が終わってわずか5分後である。それなのに、千里はこの祝賀会に白いウェディングドレス姿で登場した。大振袖を7分でウェディングドレスに着替えられる訳が無い。ということで、桃香・千里の結婚式に出た千里と貴司・千里の祝賀会に出た千里は別人であることが分かる。
 
2つの祝賀会の参加客は異なっている。たとえばレッドインパルスの関係者や佐藤玲央美など、また音楽関係者などは貴司との祝賀会だけに参加している。クロスロードのメンツの多くは桃香との祝賀会だけに参加している。両方に参加したのは村山家のメンツ以外では、青葉・ケイ・和実などごく少数であった。
 
19:30に貴司との祝賀会が終わるとその祝賀会に出ていた千里(たぶん2番)が青葉の所に来て言った。
 
「じゃ私ちょっとフランス行ってくるからよろしく」
「はいはい」
 
しかし“この千里”が居なくても、別の千里がすぐ次の桃香との祝賀会に出ているので、不在を意識する人はあまり多くないだろう。
 
と思っていたら、青葉の所に“巫女衣装”の千里が寄ってきて
「私、社務所に居るから何かあったら呼んでね」
などと言って向こうへ行った!
 
たぶん今のが3番さん(か4番さん?)だなと青葉は思った。しかしなんで社務所とか目立つ所にと思ったが、すぐ分かった。
 
わざと多くの人に千里姉が2人いることを認識させるためだ。つまりこの日の婚姻が重婚では無かったことを認識してもらうためなのだろう。だから2番さんがフランスに行っている間、その代役を務めるために3番さんが出て来たんだ。
 
細川家の人は貴司・千里の祝賀会が終わったものの、桃香・千里の祝賀会の終了を待っている。その時ふらりと社務所に行くとそこにも千里がいるので、こちらがさっき貴司と結婚した方の千里かと思うだろう。
 
千里姉も全く用意周到だよ!
 
なお、桃香・千里の祝賀会では、桃香がペールブルーのウェディングドレス、千里がペールピンクのウェディングドレスを着た。ここで千里の髪型が、貴司との祝賀会の千里は長い髪を単純なストレートのポニーテール(千里の海外でのニックネーム“ロングテール”のまま)にしていたのに、桃香との祝賀会の千里はウェイブを掛けた髪をシニョンにまとめ、更に多数のお花やレースなどで飾っていた。10分間でウェディングドレスの着替えは可能だけど、あの長い髪にウェイブを掛けて更にこんな面倒くさい髪型に変更するのは10分ては不可能。だいたいウェイブ掛けるだけで1時間かかる。ということで、やはり2つの祝賀会の千里は別人であるとしか考えられない。
 
桃香・千里の(リモート)祝賀会は21:00には終了し、結婚式に出席してくれた人たちの内、貴司の親族・千里の親族は大型バスで1時間ほど掛けて郷愁村に移動。ホテル昭和に取られた部屋に入った。桃香の親族は浦和の家に入る。
 
101:青葉・彪志
201:(空)
202:早月・由美・緩菜
2SR:京平
203:朋子・典子
 

結婚式の後、貴司は熊谷に移動して、22:30頃にホテル昭和のスイートルームに入った。この日千里が初夜をどう掛け持ちするのかは全く聞いていない。何時頃から自分の番かなあと思っていたから、22:50頃に千里が入って来て
 
「お待たせ」
と言う。
「どのくらいこちらに居れるの?」
と訊くが
「気にしない気にしない」
と言われてキスされる。
 
「まあゆっくりと初夜を楽しもうよ」
と千里が言うので、いいのかなあと思いながらも、貴司は千里にキスをした。
 

桃香も22:30頃にホテル昭和の別のスイートルームに入ったのだが
 
「何かバスケットの試合があるから夜中すぎまで待ってもらうかもと言ってたけど、千里のやつ、なんで試合のある日に結婚式の日程を組むんだよ」
と文句を言っている。
 
(全くである!)
 
しかし22:40頃に千里が入って来て
 
「遅く待ってごめんねー」
と言うので
 
「試合はいいの?」
と尋ねた。
 
「うん。桃香との初夜を済ませてから行く」
などと言っている。
 
「私との初夜は朝まで続くぞ」
「だったら遅刻しちゃう」
などと言って千里が桃香にキスしたので、桃香は千里をそのまま押し倒した。
 

フランスのノール県の体育館にやってきた千里3はぶつぶつ言っていた。
 
「全くもう2番が暦を読み間違えるから、こういう面倒なことをするハメになる。更に自分の試合日程を忘れているとか、何やってんだか。結婚式あげた日に試合に出るなんて、私以外にはそんな人居ないだろうな」
 
などと言いながら、チームメイトに「サリュ!」と手を挙げて挨拶し、その輪の中に入った。
 
ということで、この日は千里2が貴司との初夜、千里1が桃香との初夜をして、千里3は2番の代理でフランスの試合に出たのであった。ただし事前練習には2番本人が(祝賀会の後)参加し、試合直前に3番と交替した。2番が貴司の所に姿を現すのが少し遅れたのは2番と3番で、監督の指示などについて申し送りをしていたからである。
 
千里たちはお互いの記憶が独立しているので、アクアたちのように同じ記憶を共有するなどという便利なことができない。
 

1日前。
 
3月27日の午後、青葉と一緒にHonda-Jet で熊谷の郷愁飛行場に飛んできた朋子と典子はいったん浦和の千里の家で休んでから、早月・由美・緩菜の女の子3人を連れて出かけた。行き先を知っていたのは千里3と桃香だけである。
 
千里3が手配していた外人女性のドライバーさんの運転するセレナで移動し、千葉市郊外の花丘玉依姫神社にやってくる。
 
「ご無沙汰しておりました」
と車を降りた朋子は季里子の母・呼子(ここ)に挨拶した。
 
「いえ。こちらこそ遠くからわざわさざお疲れ様でした」
と呼子も言う。
 

既に花嫁・花婿の支度はできている。
 
季里子はウェディングドレスを着ている。季里子のお母さんは(夏樹との結婚では式を挙げなかったので)今度こそ白無垢を着せたかったようだが、季里子は「私洋装の方が好き」と言って、純白のウェディングドレスを着た。桃香もウェディングドレスだが、こちらはライトグリーンのウェディングドレスにした。
 
桃香は自粛してタキシードを着てもいいと思ったのだが、この花丘玉依姫神社のオーナー代行さん(?)に照会したら、女性同士の結婚式は特に問題ありませんと言ってくれたので、ウェディングドレス同士の結婚式になった。
 
この結婚式の参列者は、季里子の両親、桃香の母(朋子)と叔母(典子)、館山に住んでいる高園洋彦(桃香の父の兄)夫妻、季里子の姉夫妻と兄夫妻である。典子の目には、姉夫妻も兄夫妻も全員男性に見えた!が気にしないことにした。洋彦も、桃香のレスビアン生活は見慣れているのて、その程度は気にしなかった。
 

16:30頃にL神社から神職さんとヘルプの巫女さんがやってきて、結婚式が始まる。
 
お祓いをしてから、祝詞を奏上するが、神職さんはちゃんと
「高園朋子の長女・桃香と紫尾真栗の長女・季里子の婚礼(とつぎのいやわざ)を執り行わん」
 
と女同士の結婚であることを明確に宣言した。祝詞奏上の際には、L神社から来た巫女さんが太鼓を叩き、巫女長の後藤真知が篳篥(ひちりき)、もうひとりの巫女・林田瑞紀(実は林田風希の妹)が龍笛を吹いた。季里子は『凄い龍笛演奏だ』と思った。瑞紀は千里の直弟子である。
 
なお、季里子は姉になってしまった元兄がいるため“次女”とみなされることが多いが、法的には長女なので祝詞では堂々と長女を主張した。
 
その後三三九度を略式の六度ではなく正しい九度で行う。但しお酒は実際には注がないので飲む振りだけをする。
 
そして親族堅めの盃をしてから、巫女舞をする。神職さんが太鼓を叩いて、後藤真知の篳篥・林田瑞紀の龍笛にあわせてL神社の巫女さんが舞を奉納した。その後、指輪の交換、誓詞朗読、玉串奉奠、と進んで神職さんのお話が5分ほどあり、結婚式は40分ほどで終了した。
 

この結婚式を実はテレビ局が取材していた。
 
どこでキャッチしたのか、女性同士の結婚式があるという情報を聞きつけた『関東不思議探訪』の谷崎潤子かオーナー代行(?)の千里に接触してきた。千里は後藤真知に頼んで、桃香・季里子の意向を聞いてもらった。その結果、顔にはモザイクを掛けること、名前は出さないことを条件に撮影を許可したのである。
 
それで桃香と季里子の結婚式は関東中に放送されることになったのである。2人を知っている大学時代の友人たちはモザイクが掛かっても桃香と季里子と分かったので「まあどちらもレスビアン婚しかあり得ないよな」と言った。
 
ちなみにこの放送を見た人の中にかなりこんな感想を持った人がいた。
 
「へー。ここの神社には男の巫女さんがいるのか。元々開放的な神社なんだ」
 
後藤真知は身長こそ167cmしかないものの(それでも普通の女性にしては長身)、雰囲気が男性的なので、伊勢の神宮に研修に行った時に
「男性は困るんですけど」
と言われたクチである。
 
しかしこの放送をきっかけにここで挙式をする同性カップルが増えることになる。
 

結婚式が終わった後、隣接する日本料理店(ここは青葉や千里とは無関係だが、玉依姫神社の参拝客が多いのでわりと潤っている)で簡単な祝賀会もした。
 
充分な間隔を取った席で、透明アクリルで座席を区切っている。更には窓も開放しているが、寒いのでストーヴが焚かれていた。なお子供たちは別室で千里から頼まれていた真田雪枝(40 minutesのメンバーで後藤の親友)がお世話して、お子様ランチを食べさせてあげたが、女の子が5人もいると、雪枝は目が回る思いだった。(雪枝は結婚式が行われている間は巫女服を着て社務所のお留守番をしてくれていた)
 
 
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【春紅】(6)