【春銅】(1)

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栄宝は夢を見ていた。
 
どこか道を歩いていると、トンネルがあった。暗いのでリュックに入れていた懐中電灯を出し点灯して中に入っていく。岩盤を人力で掘って作られたトンネルのようで、歩く地面は凸凹している。何も灯りが無い中、懐中電灯の灯りだけを頼りに進んでいく。途中の壁に、お地蔵さんがあったので、思わず手を合わせた。更に先に進んでいくと、何かよく分からない自然石の碑のようなものがあった。トンネルはそこで終わっていて先に進めなかった。
 
栄宝はこの先、どうしたらいいんだろう?と思った。
 

「祝いめでたの若松様よ、若松様よ、枝も栄えりゃ葉も茂る、エーイッショウエ、エーイッショウエ、ショウエ、ショウエ、ションガネ。アレワイサーのエッサーソエーのションガネ」
 
2020年5月31日(日)、アクアは九州で主として販売されているインスタントラーメンのCM制作のため福岡市を訪れたのだが、コロナ禍の中、アクアが本当に来てくれるかかなり心配していた現地の食品会社の部長さんはアクアを歓迎して博多祝い歌(祝いめでた)を歌ってくれた。
 
「めでた」は日本各地にある歌だが、地域によって2番以降の歌詞が結構違っている。博多では
 
旦那大黒、御寮さんな恵比寿、御寮さんな恵比寿、できた子供は福の神
 
となっている所が、例えば富山では
 
飲めや大黒、唄えや恵比寿、愛の酌取り、福の神
 
となっている。
 
ただ多くの地域で冒頭は「めでためでた」なのだが、博多だけは「祝いめでた」と歌い出す。
 
なんて話をケイ先生が話していたな、とアクアは思い出していた。
 

今回のCM撮影は3月に続き2度目で、博多を拠点とする女性集団アイドルのメンバー3人と一緒にラーメンを食べるシーンを撮影しているが、食品会社の部長は、アクアのマネージャーにおそるおそる
 
「アクアさんの、山笠のはっぴ姿とかは撮影できませんよね?」
とお伺いを立てた。
 
アクアは“女子疑惑”があるので、バストなどがあったら、とてもそういう格好はできないだろうと部長としては考えたのだが、マネージャーは
 
「あぁ、それは全然問題ありません」
と答え、アクアに締め込みをつけさせ、上半身裸の上に山笠のはっぴを着せた。
 
そして予め待機させておいた男衆3名(アクアがはっぴ姿にならなかった場合は彼らだけで撮影する予定だった)と並んで、商品名を言うところも撮影した。
 
それで部長をはじめ、撮影に立ち会った人たちは、やはりアクアさんって男の子だったんだなぁと思った。さっき一緒に撮影をした集団アイドルの女子3人も、アクアを憧れるような目で見ていた。
 

ところで、西湖は現在、用賀駅近くのアパートに住み、そこからS学園に通っているのだが、このアパートは実際には千里が借りているもの(後述)で、西湖には実はここに置いている“鏡”の番人をしてもらっている。
 
しかし西湖は来年の3月にはS学園を卒業してしまう。その後をどうするか、千里は今年初め頃から悩んでいた。西湖が卒業後にどこか適当なマンションに引越した後、誰か適当な男の娘を見つけて住んでもらうというのがひとつの手だが、その場合2つの問題がある。
 
・そう都合良く男の娘は見つからない。
 
・西湖がおキツネさんたちと親しくなっており、西湖も彼らと別れがたく思っている。
 
そこで千里は、西湖に卒業後もここに住んでもらうことを考えた。西湖もそれでいいと言っているが、億の年収があるタレントが1Kのアパート住まいというのも色々問題がある。
 
そこで千里はこのアパートをマンションに建て替えることを考えたのである。
 

千里は5月下旬、ここを所有している不動産屋さんを訪ねた。
 
「お世話になります。用賀の“井鳴荘”102号室を借りている村山ですが」
「ああ、あそこですね」
「あのアパートの件で、支店長さんにちょっとご相談があるのですが」
と千里が言うと、窓口の女性の顔が曇る。
 
実はこのアパートは千里が入居する前は住人が居着かなかった。家賃の安さにつられて入居しても、だいたい1ヶ月以内に逃げるようにして退去していた。実際、現在も人が入居しているのは102号室だけなのである。
 
それで窓口の女性は「幽霊が出る」とか「ポルターガイストが起きる」とかのクレームかと思ったのである。
 
千里が応接セットの所で待っている所にやってきた支店長も、果たして不安そうな顔で
「何かありましたでしょうか?」
と千里に尋ねた。
 
しかし千里は言った。
「この場所がとても気に入ったので、このアパート、適当な額で土地ごと買い取れませんでしょうか?」
 
「適当な額というと?」
「例えば2億円くらいで」
 
支店長は仰天した。しかし次の瞬間言った。
 
「売ります!」
 

千里は支店長に、できたら隣接する駐車場も買い取れないかと打診した。実はこの駐車場も、駐車場という看板は立っているものの、利用者が全く無いようなのである。
 
「そちらも2億か3億くらいでどうでしょうか?現金で払いますよ」
「分かりました。現金で頂けるのでしたら、両方あわせて4億円でお売りします」
 
それで千里の土地買い取り交渉は成立したのである。
 

千里はその場で4億円を不動産屋さんの口座に振り込んだ。
 
そして司法書士さんに頼んで、この2つの土地を合筆した。
 
そこまでの作業ができた所で、千里は京平のコネで、伏見の彦三郎様という、大物のおキツネ様に来て頂いた。
 
「この土地の荒れているのをリセットしていただくことはできませんでしょうか?」
 
「ああ、かなり荒れておじゃるな」
 
「はい。昔お稲荷さんがあったのを前の前の持ち主がいきなり潰してしまったんですよ。それで怒っておられたおキツネ様には、あるお方のお力で伏見にお帰りいただいたのですが、その時、この土地が回復するには3年はかかると言われたんです。それが5年前の春でして」
 
「なるほど。確かにこれはさすがの泳次郎殿でもその時点ではリセットできなかったでおじゃろう。今ならできそうだ」
 
「お願いします」
 
「ちなみにリセットすると、ここに建っている建物は全部壊れるが良いか?」
「ちょっと待って下さい」
 

千里は《こうちゃん》と播磨工務店のメンバーを呼ぶと、アパートから西湖が住んでいる部屋だけを“抜き出し”、適当な場所(どこだ?)に退避させてもらった。
 
それであらため彦三郎様にお願いする。
 
彦三郎様はじっと目を瞑っておられたのだが、
 
「あれ?」
と言った。
 
「何か」
「この土地は完全では無い」
「え?」
 
「あそこに民家が建っておじゃるな」
「はい」
「あの家まで元の神社の土地でおじゃる。あそこまで合筆しておかないと、リセットができない」
 
「済みません!見落としてました」
「その処理をした上で再度、麿(まろ)を呼ぶが良い」
「ご手数おかけします!」
 

それで彦三郎様はいったんお帰りになった。
 
千里はその土地の権利関係を法務局で確認した。するとあの不動産屋さんの所有ではなく、その部分を買い取っていた人があったことが分かる。千里はその家の所有者(さすがにここには住んでいなかった)の所に行ってみた。そして交渉したところ、その家屋と土地を4000万円で売ってもらえることになったのである。千里は即その場で4000万円を現ナマ!で渡した。
 
この現ナマというのが物凄く嬉しかったようである。何せ取引の記録が残らない。ただし銀行の抵当権は、その人の責任でちゃんと解消してもらった。
 
千里は登記の移転が終わった所で、アパートおよび駐車場の土地とこの土地を合筆した。
 
千里は《こうちゃん》に命じて、西湖の部屋を再度別の場所に退避させた。
 
それであらためて彦三郎様においで頂いた。
 
「よろしい。では初期化するでおじゃる」
「お願いします」
 
土地の中心付近から、空気の渦が生じる。それがどんどん広がっていき、土地全体に広がった。それはまるで竜巻のようであった。
 
やがて竜巻は、西湖が住んでいたアパートも、最後に買い取った住宅も巻き込み、天高く登って行った。
 
空気が物凄く清浄になった。
 
「終わったぞ」
「ありがとうございます」
 
と千里が言った途端、空中に舞い上がっていた、アパートや住宅の破片がたくさん落ちてきた。
 
「わっ」
とさすがの千里も驚いて声を出してしまった。
 
「ああ、その破片は適当に片付けておくように」
「はい!」
 
それで彦三郎様は帰って行かれた。
 

千里は播磨工務店の手が空いているメンツを呼ぶと、この土地に落ちている瓦礫を片付けてもらった。
 
そして《こうちゃん》に相談した。
 
「取り敢えず今夜西湖が寝る場所が無いんだけど、何とかならない?」
「んじゃ、余ってる空き家が1軒あるから持って来ていい?」
「うん。よろしくー」
 
それで《こうちゃん》は西湖のためにどこかから(どこだ?)家を1軒運んで来てくれて、南側の小さな家が建っていた場所にポンと置いたのである。退避させていた西湖の部屋も持ってきて、隣に取り敢えず置いたので、千里はコシネルズのメンバーを呼び寄せて、彼女たちの手で取り敢えず荷物をそちらに運び入れてもらった。
 
男の娘(女の娘?)の荷物なので、(一応)女性である彼女らにお願いしたのである。
 
この作業は西湖が学校に行っている間におこなったので、学校から戻ってきた西湖F(聖子)が仰天していた。
 

「醍醐先生、だったらボクはここに住めばいいんですか?」
「不便だけど、とりあえずそうして。ここにマンションを建てるから、それができたら、その一室に入ってもらうから」
 
「分かりました」
 
それで聖子は取り敢えず、その家で暮らそうとしたものの、なにせ空き家を持ってきて置いただけなので、水道・電気・ガスが使えない!
 
「あのぉ、せめて水道だけでも」
「こうちゃん?」
 
「すまん。ここの家、元々水道も電気もガスも来てなかったから、今から水道屋や電気屋と交渉して、管や線を伸ばしてつなごうとすると、多分1ヶ月かかる」
 
「来てなかった!?」
 
「きっと家を建てたのはいいけど、祟りで近寄れなかったんだよ」
「なるほどー」
「どこかまともな所に一時的にでも退避した方がいいと思う」
と《こうちゃん》は言う。
 
千里は少し考えた後、龍虎に電話した。
 
龍虎は西湖なら大歓迎と言ってくれた。
 
それで西湖は一時的に代々木の龍虎のマンションに同居することになったのである。これが7月下旬のことだった。
 
代々木から用賀の高校には通学が大変なのだが、幸いにも学校はすぐ夏休みに入ったので、何とかなった。
 
また、荷物を全部持って行くのも大変なので(入りきるかという問題もある)、楽器や学校の教科書、洋服の大半などはこの家に置き去りにし、身の回りのものだけ持って龍虎の所に居候している。
 
「でもこうちゃん、この家の電気・水道・ガスの接続も別途交渉してやっといてくれない?」
「了解ー」
 

5月31日、博多での撮影が終わった後アクアは、山村マネージャーと一緒に福岡空港に向かうと称してレンタカーに乗り込んだものの、実際には山村はそのままレンタカー屋さんに乗り付けて車を返却し、自分とアクアを静岡県の白浜に転送してしまった!
 
アクアについては、新幹線や航空会社の飛行機は使用禁止!とTKRの松前社長からまで言われているので、アクアの移動には、千里所有の Gulfstream G450 を使うか、転送!している。
 
そういう訳で、今年は事実上のアクア専用機となっている G450 は実は飛行機大好きの山村が千里にねだって4年前に4億円で買ってもらった中古機体である。
 
江藤さんのG650でバードストライクがあった時に、怪我した機長に代わって操縦してくれたご褒美に買ってもらったもので、山村(こうちゃん)の“遊び道具”になっている。千里は「事故だけは起こさないように」とこうちゃんに言っているが、彼は時間があったら飛ばして楽しんでいる。彼は正規の G450操縦免許を所有している。こうちゃんは「免許無くても飛ばせるよ」と言ったが、使う以上ちゃんと免許を取りなさいと言い、G450を買う前の2015年にアメリカに行って取ってこさせた。
 
しかし今回は、伊豆にアクセスするのに適当な飛行場が無い!(いちばん近いのは多分羽田)という問題からG450 は使用せずに、転送にした。
 
そういう訳でアクアは明日、伊豆白浜で今度は清涼飲料水のCMに出演することになっている。今日はこの後オフなので、東京で休んでいたアクアFも呼び寄せ、2人のアクアでのんびりと美味しい御飯も食べてくつろいだ。
 

この日6月1日(月)、アクア、ドイツのミハエル・クラインシュミット、ブラジルのリョーマ・ケルナー、の3人が主演する映画『気球に乗って5日間』が約1ヶ月遅れで劇場公開された。
 
アクアは本来は公開日には都内の劇場に行って舞台挨拶する予定だったのだが、アクアが舞台挨拶するなんていったら物凄い人が押し寄せて密集してしまうのは確実なので、実は西村・新型コロナ対策担当大臣から直接、配給会社・中映の社長に電話がかかってきて中止になった(大臣から電話がなくても中止の方向で話し合っていた)。
 
それで事前にアクアと河村助監督が挨拶したビデオを当日ネットで公開することになった。
 
そういう訳でこの日は東京での舞台挨拶は無くなったので、福岡でのCM撮影を入れたのであった。
 

白浜の旅館では、夕御飯を食べた後、お風呂に行くことにする。時間指定制になっていて、アクアは19:30-20:00という指定だったが、FとMが一緒に移動するわけにもいかないので、各々、女湯脱衣室・男湯脱衣室の前まで《わっちゃん》に転送してもらった。
 
(こうちゃんさん(山村)はどこかに行っている。多分近くのメスの龍でもナンパしてるのだろう)
 
アクアFは服を脱いで浴室に入り、髪と身体を洗ってから、浴槽につかり、しばらくボーっとしていたが、誰かが浴槽に入って来たのに音で気付く。ふと見たら最初、ローズ+リリーのマリに見えた。
 
「ぎゃ」
と思い、わっちゃんに頼んで脱衣室に転送してもらおうかとも思ったのだが、よく見たらローズ+リリーのマリではなく、ローザ+リリンのマリナだ。
 
彼女なら問題無い。
 
「あれ、アクアちゃんか」
とマリナ。
 
「マリナさんですか。びっくりしたぁ。マリさんが来たかと思って逃げなきゃと思った」
とアクア。
 
彼女とはわりとリラックスした状態で、のんびりおしゃべりを楽しみ、やがて時間になったので、一緒にあがった。
 
Mと脳内で通信すると男湯にはケイナが入ってきたらしい。へー。ケイナさんは男湯に入れるのかと思った。ケイナさんは性転換した訳ではないんだろうか?去勢と豊胸だけ?去年名古屋の温泉の女湯で遭遇した時は間違いなく本物バストだと思ったし。でもおっぱいある人が男湯に入って大丈夫なのだろうか??
 

一方男湯に入っていたMも身体を洗ってから浴槽につかっていたらケイナが入ってきたので、Mも、へー、ケイナさんは男湯に入るのか?と思い、彼の身体を観察すると、ちゃんとちんちんが付いているので、性転換手術した訳では無かったのかと思う。じゃ、マリナさんだけ性転換手術したのかな?
 
あれ?でもマリナさん、妊娠したんだっけ?マリナさんを性転換させたのは誰なんだろう?何人か、妊娠可能になるような性転換をさせられる人を知ってるけど?などと考えていた。女湯に入っているFと脳内で会話すると女湯にはマリナさんが入っているらしい。
 
旅館の女将さんが言っていたのでは、浴室で密集が発生しないように、時間帯を細かくわけて1度に入るのは、2〜3組にするという話だった。それで入浴時間がわずか30分しかないのだけど、その“2〜3組”に偶然自分たちと、ローザ+リリンがぶつかったわけかと思う。
 
でも一般の人とぶつかって騒がれるより、ローザ+リリンの方がやりやすい、とMはFと脳内で話し合った。
 
Fはどうも時間ぎりぎりまで入っているつもりのようだが、Mは先にあがることにしてケイナと一緒にあがった。
 
ケイナとは浴槽の中で結構“男の話”をしたが、その内容はブロックして、Fには伝わらないようにした。Fはその手の話に興味を持ちそうではあるが。
 

その日は結局山村は戻ってこなかったので、旅館の部屋に山村とアクア用に2組布団が敷かれていたのに、FとMが1人ずつ寝た。仕事が忙しいので、温泉に浸かってから寝ると、ぐっすり熟睡し、疲れも随分取れた気がした。
 
翌朝(6/2)、朝御飯を食べてから、チェックアウトの時間になっても山村が戻って来ないので、放置することにしてアクアは自分で精算して宿を出たが、いいお値段のする宿だなあと思った。料理は美味しかったけどね!
 
宿の駐車場に“アクアのアクア”を転送してもらっている。この日はその“アクアのアクア”が2台並んでいたので、アクアは思わずスマホで写真を撮った。マリナさんが“アクアのアクア”を買ったと言っていたから、もう1台は彼女の車だろう。
 
それで結局アクアは《わっちゃんさん》に“アクアのアクア”を運転してもらい撮影現場に入った(よほどのことがない限り自分で運転するのは禁止とコスモス社長から厳命されている)。
 
それでアクアが《わっちゃんさん》=和城理紗(§§ミュージックのマネージャーにしてもらっている)及び別途来ていた高村マネージャーと一緒に、撮影担当の人やメーカーの人と打ち合わせをしていたら、やっと山村が来る。
 
「ごめん。ごめん。寝過ごして」
などと言っている。
 
打ち合わせの内容は《わっちゃんさん》が要点をメモしていたので、山村もそれを見て、問題無いと言った。
 

現在アクアはこのメーカーの清涼飲料水のCMをしていて、既に3年の付き合いなのだが、20歳になったら、同じメーカーのビールのCMに出て欲しいと言われている。その時は今CMをしている清涼飲料水は、ラピスラズリあたりに譲ることになるかも知れない。
 
ラピスラズリは今、§§ミュージック内でアクアに次ぐ歌手になってしまった。デビュー曲『亜麻い雨』がいきなり70万枚も売れ、5月に出たセカンドシングル『赤いセンターライン/夢見るからくり人形/青い傘』はミリオンを達成した。
 
アクアは“追われている”感覚を初めて感じている。
 

すぐにCMの撮影が始まる。
 
撮影は、早朝から高村友香マネージャーの運転するエスティマに乗って東京から来ていた信濃町ガールズの中学生4人と一緒に、白浜の美しい海岸でかき氷とかフラッペを食べ、清涼飲料水を飲み干すというシナリオになっている。
 
ガールズの中学生4人は(女子)水着姿だが、アクアはアロハ姿である。
 
(寒くないように実はカメラの死角で焚き火をし、休憩中は暖かい服を羽織らせている。暖かいスープやおしるこなども飲ませている)
 
アクアは
「ボクも水着でいいですよ」
と言ったのだが、男子水着を着せるか女子水着を着せるかでメーカー側の担当者の意見がまとまらず!「アクアさんはアロハで」ということになってしまった。
 
「ボクは男子水着でも女子水着でも着れますよ」
とは言ったのだが!
 
(過去には男子水着姿で出たこともある)
 

ところで和実が仙台で経営しているクレールの本店(若林店)だが、テイクアウトを拡充したことで、ドライブスルーに並ぶ人がたくさんできた。それで隣接する若林公園を所有する千里と交渉して、クレールの土地の一部と若林公園外縁の“半端な”土地の断片とを等価交換し、クレールの駐車場と若林公園の駐車場がつながるようにしている。
 
その結果、クレールの駐車場に入りきれない車が若林公園の駐車場で待機することができるようになった。実際には若林公園側の駐車場で待っている車の所までクレールのオーダー係のメイドさんがオーダー伝票(注文自体はスマホから可能なので9割以上の客が伝票に印刷されているQRコードからオーダーを入れてくれる)を配っている。
 
さて実はクレールの駐車場と若林公園の駐車場がつながったことにより、ここにあった道路(というより実は私有地を勝手に通行していただけだった)が切れてしまい、この道路(?)を使用していた近所の住人からクレームが入ったのだが、和実は
 
「駐車場は自由に横断して下さい」
 
と言った。ところが最初の内はそれで良かったのだが、ドライブスルーに並ぶ車が増えてくると、この“駐車場の横断”が困難になってしまったのである。
 
一応元道路(?)だった部分に白線を引き、この部分には停めないで下さい、と言っているものの、必ずしも守られないし、その指示が周知されていない。リピーターさんはそこを空けてくれるが、初めての人は分からないようである。
 
ずらっと待っている車が途切れなく並んでいると、そこを横切れないし、歩行者は危険な場合もある。
 
そこで再びクレール側にクレームが来た。
 

「どうしようか?」
と和実が困ったように言った時、たまたまこちらに来ていた“副社長”若葉が
 
「私が取り敢えず向こうの話を聞いてくるよ」
と言って、町内会に出て行った。
 
そして2時間後に戻って来た若葉は言った。
 
「立体交差化することにした」
 
「へ!?」
 

それは話し合っている最中に、住民の1人が
 
「いっそ車の上を飛び越えられたらいいんですけどね」
と言ったのに対して、若葉が
 
「それいいかも」
と言って、立体交差方式が検討されることになったのである。
 
「駐車場にたくさん車が停まっている中、そこを横断するのだから、駐車場の上か下に通路を通せばいいんですよ」
と若葉は言った。
 
つまりオーバーパス(橋)かアンダーパス(地下トンネル)を作ればいいという案であった。若葉はその費用は全部こちらで出すと明確に言ったので、その後はオーバーかアンダーかという話し合いになった。
 
地下トンネルは費用がかかるのではと心配する声もあったが、若葉は大丈夫ですよと言った。それで双方のメリット・デメリットを検討する。
 
・アンダーにしてもオーバーにしても、車は良いが歩行者は辛い。
→若葉からアンダーの場合は、動く歩道を設置すると表明。オーバーの場合は雨雪に曝されるので設置困難であるとした。
 
・オーバーパスを通る車の騒音が結構遠くまで響くことが考えられる。
 
・オーバーパスは夜間通過している時に、道路の端を見誤ると転落の危険がある。また、風が強い時に歩行者が転落する危険がある。
→若葉から、オーバーの場合は、転落防止も兼ねて防護壁を作ると表明。
 
・アンダーパスの場合、大雨になった時に水没するのでセンサーなどによる通行止め制御、排水ポンプなどの設備が必要。
 
・オーバーパスの場合、除雪がわりと大変である。
 
などのポイントが出た。若葉はアンダーの場合、センサーによる通行止め制御システムの導入や排水ポンプの設置、雨水流入防止設備の設置費用は全然構わないとした上で、騒音問題と転落の危険・積雪などを考えると、アンダーパスの方が良さそうですねと言い、町内会側も、そのあたりの費用をクレール側で負担してもらえるのなら、アンダーパスの方が良さそうだということでまとまった。
 

「まあ、そういう訳で駐車場の下にアンダーパスを作るから」
「それ費用が1億円くらいかからない?」
「千里が所有する若林公園側に通路を作れば千里が費用は出してくれるよ」
「え〜〜〜!?」
 
「実際、クレールの駐車場の下を掘ると、女子寮とクレールとを結んでいる通路や、2号店との連絡通路にぶつかっちゃうんだよ」
 
「あぁ」
 
「元の道路より公園側を通せば、そのどちらの通路ともぶつからずに道路を通すことができる」
 
「できるんだ!」
 
「結果的に地下10mくらいまで潜り込むことになるけどね。直線で結ぶより40mほど長くもなるけど、そのくらいは構わないと町内会さん側も言ってくれたから、そのルートで作ることにする」
 
「じゃ任せた」
「OKOK」
 

それで若葉は播磨工務店の青組(若林店2号館を作ったチーム:実は地下の通路の状態を正確に把握している)に勝手に指示を出して、半月ほどでこのアンダーパスを作ってしまった。費用も勝手に千里の口座から播磨工務店の口座に振り込んだ!(つまり千里は何も聞いてない)
 
このアンダーパスでは、車がライトをつけなくてもいいくらいまで明るくしている(道交法では、視界が50m以上確保できるトンネルではライト点灯は不要である)。また、地面から約10m潜り込むので、町内会との話し合いでも約束したように、歩行者用に動く歩道(出入り口付近は事実上エスカレーター)も設置した。(動く)歩道と車道の間はガードパイプと透明アクリル板で区切っている。
 
また雨水対策として出入り口の所に雨水をキャッチするための溝(地表面はグレーチング)を設置し、またトンネル内にも水を吸い上げるためのポンプを設置して、コンピュータ上のシミュレーションでは1時間に300mmの集中豪雨にも耐えられるという計算結果が出ている。それでも雨がトンネル内に溜まり始めた場合は、赤信号が点灯し、クレールまたは若林公園のスタッフが、バリケードを閉じて通行できないようにする(自動で閉じると、無理して突っ込んできた車が脱出できなくなる場合があるので閉じるのは手動)。
 

そういう訳で工事は1ヶ月ほどで完了した。
 
「もうできたんだ!」
と和実は驚いた。
 
「まあ播磨工務店さんならこんなものでしょ」
 
住民側からは、助かる助かると喜びの声があがっていた。それどころか、この道は小学生の通学路に指定されてしまった!
 
そもそも通行量は1日に数十台のレベルで車の通行が少ない上、大型の送風機で換気もされていて、トンネル内の照明も明るいし、雨にも濡れなくて済むので、小学生だけでなく近所の主婦なども買い物に使うようになり、かえって人間の通行量は増えた!。
 
若葉は更に住民の要望に応えてアンダーパスの前後100mほどの(公園敷地内の)歩道にまで、屋根を取り付けてしまった。それでここは雨・雪を避けて快適に通行できる道になったのである。なおここで照明を点けたりポンプなどを動かすのに使用する電力は、その屋根の上に取り付けた太陽光パネルである(これを設置する前はクレール2号店側から供給していた)。
 

和実は急に気になった。
 
「これ、ちゃんと開発許可取ってるんだよね?」
「さあ。そもそも私有地内の造作には許可は要らないと思うけど」
「本当に?」
「必要なものがあったら、播磨工務店さんが取ったんじゃないの?」
 
和実は一瞬考えたものの、気にしないことにした!
 

2016年夏に渡米してアメリカの大学に入りバスケットボール部に入れてもらった須佐ミナミは、最初の頃はなかなかベンチが遠かったものの、2017年夏頃から何とかベンチ枠に入れてもらえるようになり、少ない出場機会に結構活躍することができて、2017-2018のレギュラーシーズンからロースターに定着。2018-2019のシーズンでは"Sixth woman"として、勝負所に投入されるようになった。そして4年生となった2019-2020シーズンでは正SGとして活躍し、チームの躍進にも貢献した。
 
2020年4月17日におこなわれた WNBAドラフトでは、どこかに拾ってもらえないかなあと少し期待していたのだが、残念ながらどこからも指名されなかった。WBDA(セミプロリーグ)で2〜3年鍛えてWNBAに指名されるように頑張ろうかとも考えていたのだが、2020年のWBDAはコロナのせいで(少なくとも当面は)開催されないことになった。
 
そこで取り敢えず5月の卒業式が終わったら帰国しようと思ったのだが、これがなかなか大変であった。
 
そもそもコロナの影響で卒業式は延期され6月4日にずれこんだ。それから何とか航空券を確保したものの、日本に帰ると2週間の自己隔離が必要である。空港から隔離場所までは公共の交通機関が使用できない。田舎の父にそのために成田まで来てもらうのは申し訳無い。そもそも田舎には老齢の祖父母もいるので、万が一自分経由で感染させてしまった場合、高齢者は命に関わる。
 
そうなると成田空港近くのホテルに2週間滞在する手しかないのだが、その費用がかなりかかる。貯金足りるかなあと不安を感じていた。
 
そこに連絡が入ったのである。
 

見たことない名前からのメールだったのでそのまま削除しようかとも思ったのだが、念のため開いてみると驚くべき内容だった。
 
《佐和国香と申します。2017年6月にロサンゼルスでお会いしたのですが、覚えていらっしゃいますでしょうか?近々帰国なさることを聞き、高校時代のご友人の**さんとコネがあったのでメールアドレスを教えて頂きました。須佐さんのNCAAでのご活躍はフォローしておりました。うちのチームのオーナーが須佐さんに興味を持っております。こちらは"40 minutes"(フォーティーミニッツ)という社会人チームで、地域リーグの東日本Bに所属しています。もしお時間が取れましたら、帰国後一度お会いできませんでしょうか?》
 
確かに3年前、初めてベンチ入りした日の試合をたまたま日本人の夫婦が見ていて、試合後声を掛けられたのである。むろん須佐ミナミはそれを覚えていた。もらった名刺はどこかに行っちゃったけど!
 
しかし地域リーグ(*1)というのには、ややがっかりする。Wリーグならなあと思うが、アメリカで活動していた自分をWリーグの関係者は見ていないだろう。それなら、いったん地域リーグに入り、そこで活躍してWリーグのチームに拾ってもらう手もあると、須佐ミナミは考え直した。それでお返事を書いた。
 
《覚えております。私に興味を持って下さってありがとうございます。ぜひお会いしたいですが、帰国した後、成田市内のホテルで2週間の自己隔離する予定なので、その後でよろしいでしょうか?》
 
(*1)現在日本の女子バスケットはWリーグを頂点として、その下に地域リーグ、都道府県リーグというのがある。それ以外にO-40(40歳以上), O-50(50歳以上), エンジョイ、オープンといったリーグも作られている。つまり地域リーグというのはWリーグのすぐ下のリーグであり、そこに参加しているチームというのは、かなりの強豪である。現在女子の地域リーグは東日本と西日本に分割され、東日本はチームが多いのでA・Bという2つのリーグに分割されている。つまり現在女子の地域リーグは3つある。(地域リーグ下位と都道府県リーグ上位で、入れ替え戦が行われる)
 
実は東日本Aには佐藤玲央美たちのジョイフルゴールドが所属しており、東日本Bに40 minutes が所属していて、各々のリーグでの圧倒的覇者でもある。またこの2チームは既にWリーグのライセンスも認定されている。実際問題としてどちらもWリーグ下位のチームよりよほど強いし、2021-2022シーズンからWリーグに昇格することになっているのだが、そのあたりの事情は須佐ミナミはさすがに知らない。
 

須佐ミナミは佐和国香と数回メールのやりとりをした上で電話で話しましょうということになる。それで佐和国香から電話がかかってきた。
 
そして話し合った結果、なんと帰国の費用・自己隔離の費用を40 minutesが出してくれるという話になる。むろん話し合いの上で入団にならなかった場合でも、返却は不要とのこと。また自己隔離の場所として、茨城県常総市にある小さなバスケット練習場を提供してくれるということになった。そこは宿泊ができる設備もあり、(無償で)食材も配送してくれるので、一切外に出なくて済むらしい。衣服やシューズなどの用具、トレーニング用品、また雑貨などが欲しい時は言ってもらえば、それも配送しますよと言われた。
 
「隔離中は練習パートナーがなくて不便でしょうけど」
 
「いえ、ドリブルやシュートの練習ができるだけでも嬉しいです。ホテルに2週間隔離されていたら、バスケができなくて気が狂うかもと思ってました」
 
常総市までの交通手段としては適当な車を1台確保して、成田空港でキーを渡すと言われた。日本の運転免許を持ってないことを言ったら、国際運転免許証を発行してもらえばいいですよと言われたのですぐ手続きに行くことにした。
 
この話し合い後、即、須佐ミナミの口座に7000ドルの振込があったのでびっくりした。これは多分ビジネスクラスのロサンゼルス−成田間の運賃相当+αだろうと思った。私、格安チケット(むろんエコノミー)を900ドルで買ったのに!
 
でも即振り込めるということは、向こうはアメリカの銀行に口座を持っているわけだ。スポンサーに大きな企業でも付いているのかな?と須佐ミナミは考えた。
 

今から5年前の2015年春、千里はある夜、夢を見た。
 
千里は山道を歩いていて、沿道にたくさんきれいな花が咲いていた。やがて洞窟があるので中に入る。穴はけっこう狭くなっていたし、ところどころ分かれ道もあったものの、千里はやがて外に出た。目の前に大きな滝があって、その滝の所に1対の銅鏡が掲げられていた。
 
「その鏡は京平の依代である。別々の場所に保管せよ」
という声がどこからともなく聞こえてきた。
 
そこで目が覚めた。
 
そして枕元に1対の鏡が置かれていた。
 

「模様は同じだけど色が違う」
と千里がひとりごとのように呟くと、普段は寡黙な《くうちゃん》が
 
『左の赤いのは青銅、右の白いのは白銅だよ』
と教えてくれた。
 
「青銅と言っても青くないね。むしろ赤い。あかね色というか」
『錆(さび)が青いから青銅というんだよ。いわゆる緑青(ろくしょう)だね』
「ああ」
『青銅の色は実際には赤銅色(しゃくどういろ)、赤銅、赤い銅の色だよ。10円玉が青銅でできている』
 
「赤銅って合金もあるんだっけ?」
 
『現代で赤銅といえば、銅と金の合金だけど、十円玉に使われている青銅は、銅95%に亜鉛3-4%錫1-2%を混ぜている。この青銅鏡の場合は、銅85%に亜鉛8%錫7%くらいと見た。ひょっとしたら鉛も混じっているかも知れないけど自信が無い』
と《くうちゃん》は言う。
 
「青銅が十円玉で白銅が百円玉だっけ?」
 
『そうそう。五円玉は黄銅、五百円玉は洋銀だね。百円玉の組成は銅75%, ニッケル25%。でも歴史的な白銅鏡の成分は、ニッケルではなく錫を使用する。この白銅鏡は、銅70% 錫30% くらいだよ』
 
「へー。同じ名前でも違う金属があるんだ?」
 
『合金ってそういうものだよ。同じ名前でも様々な組成のものが作られる。指輪によく使われるホワイトゴールドには、金と銀でできたもの、金・銀にパラジウムを混ぜたもの、金にニッケルを混ぜたものがある。メーカーによってその比率や組成は結構異なるんだよ』
 
「そうだったのか」
 

千里は《くうちゃん》の助言に基づき、鏡を収めるための桐の箱を2つ作った。当時千里は千葉市内の桃香のアパートに同居(?)していたのだが(実質的には、桃香は季里子と同居し、千里は葛西に住んでいた)、ふたりとも大学院を卒業して就職するのに伴い、“味噌汁の冷めない”距離に別れて住むことにした。千里は用賀駅の近く、桃香は経堂駅の近くにアパートを借りた。
 
それで千里は、2つの鏡は別の場所に置けと言われていたので、この2つのアパートに1個ずつ鏡を置くことにしたのである。青銅鏡のほうを経堂のアパート、白銅鏡のほうを用賀のアパートに置いた。
 
なお《くうちゃん》によれば、依代が2つあるのは、万一片方が損傷した場合、もう片方を手本として作り直すためだということだった。依代が1つしか無いとそれが破損した場合どうにもならなくなる。それで別の場所に置かないといけないということらしい。
 
2つの鏡はどうも白銅鏡がマスターで青銅鏡はミラーになっているようだと感じた。(ミラーのミラー!)それでやはり自分が住むアパートに白銅鏡を置いて正解だったようだと思った。
 
この2つの鏡は伏見と繋がっているようで、京平自身もしばしばこの鏡を通って千里のアパートにやってきた。また京平のお友達のたくさんのおキツネさんもここにやってきた。おキツネさんたちは青銅鏡のほうを通って経堂のアパートにも(多少は)出没していたのだが、桃香は霊感ゼロなので、目の前で多数のおキツネさんたちが出入りしていても全く気付かなかった!
 

2017年春に千里は3人に分裂したのだが、2018年春、千里1が川島信次と結婚することになり、千里1は用賀のアパートから退去した。鏡のある場所を空き部屋にするのはよくないので、千里2は困ったなと思った。ところがちょうどうまい具合に天月西湖(今井葉月)が近所のJ高校に入学することになったので、彼にお願いして、(家賃無料で)ここに住んでもらうことにした。鏡の番をする係である。
 
(ただし入学する高校は《こうちゃん》の悪戯のおかげで共学のJ高校ではなく女子高のS学園になってしまった)
 
西湖はこの鏡を通してやってくるおキツネさんたちに気に入られ、彼自身の運気も随分あがったようであった。
 
2018年7月、川島信次は工事現場の事故で死亡し、千里1はしばらく信次の実家で暮らしたのち、10月に信次の百ヶ日法要が終わった所で経堂の桃香のアパートに転がり込み、そこで一緒に暮らし始めた。そして2019年1月には信次の忘れ形見・由美が生まれ、経堂のアパート(1K)の住人は桃香・千里・早月(2017.5生)・由美の4人になった。
 
2020年1月、阿倍子が再婚に伴い京平を千里に託してくれた。それで京平も千里たちと一緒に暮らすことになったのだが、さすがに1Kのアパートに5人暮らすのは無茶である。特に男の子の京平がいる前で、女の子の早月や由美を着替えさせるのは問題がある(特に京平と由美は血が繋がっていないので注意が必要)。桃香は「京平君性転換しちゃおう」と大胆な提案をしたが、千里は却下した。そこで千里と桃香は引っ越すことにして、浦和に3DKの賃貸マンションを確保。2月4日、そこに引っ越した。翌2月5日、京平がここに合流した。
 
ここの部屋の利用計画としては
Room1. 早月・由美
Room2. 京平
Room3. 千里と桃香
 
と住めばよいということにしていたのだが、実際には京平は本当の母親である千里と寝たがり、結果的に桃香は早月・由美と寝ることになり、桃香は千里と全然セックスができなかった。もっとも“この”千里は桃香とセックスする気は毛頭無い。
 

3月21日、青葉の卒業式に出るため桃香・千里および京平・早月・由美の5人は高岡に行った。しかし青葉の卒業式は結局リモートで行われ、“卒業式参列”は空振りとなった。桃香たちは代わりに高岡の自宅で青葉の卒業祝いをした。
 
千里はそれが終わると、桃香・早月・由美を高岡に置いたまま京平だけ連れて浦和に戻った。京平だけ連れてきたのは、幼稚園が始まる(予定だった)からである。もっとも千里はわりと不在がちなので、夜だけでもお世話をお願いしたいと言って、大宮に住んでいる(青葉の婚約者)彪志君にしばらく同居してもらうことにした。彪志君も、日中は仕事をしていて、夜はコロナによりお店が早く閉まり、買物ができなくて困っていたので、同居で助かることになる。
 
ここは3DKなので、千里・京平・彪志が1部屋ずつ使用することにしたが、京平は千里がいる時は千里の部屋、いない時は彪志の部屋で一緒に寝ることが多かった。また青葉が仕事で上京してきた時は、青葉が彪志と同じ部屋で寝ていた。
 

ところで、千里たちが2月4日に経堂のアパートから浦和のマンションに引越した結果、経堂のアパートに置かれていた青銅鏡が取り残されることになった。浦和のマンションには“京平自身”が住むのでそこに依代を置くことはできない。それで鏡を敢えて置き去りにし、千里はここの契約を取り敢えずそのまま継続しておいたのである。
 
するとうまい具合に、青葉の友人・鶴野明日香が、金沢市内で就職するはずだったのが、急に東京本社勤務になったということで、住む所を探しているという話が飛び込んで来た。千里はこれ幸いと、彼女に経堂のアパートに住んでもらうことにした。
 
ただ問題は経堂のアパートは物凄く安普請なので、あと2年もすれば何もなくても自然崩壊することが予測されていた。万一地震などがあれば即崩壊するだろう。青葉の親友を危険にさらす訳にはいかないので、何とかしなければと千里は考えた。
 

なお、2月4日に桃香たちが退去してから、4月5日に明日香が入居するまでの間は、暫定的に《げんちゃん》に住んでもらっていた。
 
「本当は男の娘に住んでもらうのがいいんだけど、げんちゃん女装しない?」
「しないしない。俺は青龍とは違うよ」
「あの子、完全に女装が板に付いてるね」
「もう男に戻れなかったりして」
「性転換したいなら女の子に変えてあげるよと言っているんだけど、嫌だと言っている」
「アクアと同じパターンだな。アクアもあと一押しで性転換に同意する気がするんだけど」
 
なお明日香は別に男の娘ではなく天然女子だが、適当な男の娘が見つかるまでは仕方ないだろう。
 

4月頭に発令された緊急事態宣言は2020年5月25日までに全国で解除された。
 
それを受けて、多くの学校が6月から教室での授業を再開する意向を表明した。
 
京平が4月から通うことになっていた幼稚園は、6月8日(月)に入園式が行われることになった。千里は桃香に入園式に出席するか問い合わせた。すると桃香はぜひ出たいと言った。早月・由美は、ハード日程になるし感染リスクをおかさせるのもと言って、桃香がひとりで出てくるということだった。また、交通手段だが、結局、優子が自分のムラーノで運んでくれることになった。
 
今年7月4日には信次の三回忌があるが、コロナのご時世で7月の時点ではまた県境を越える移動が規制されているかも知れないから、移動できるうちに信次の墓参りに来たいということだった。そのついでに桃香も運んでくれるということだったのである。彼女もハードな日程だから奏音は置いて来るということだった。
 

ところで“桃香”は、1月以来、季里子の家に同居して、千葉県内の塾の講師もしている。季里子の娘・来紗は今年小学校に入学する予定だったのが、コロナの影響で入学式が延期されていた。
 
それが6月9日(火)にやっと、入学式が行われ、クラスを2分割して1日3時間ずつの授業が開始されることになった。そこで季里子は“桃香”に
 
「平日だけど、入学式出られる?」
と尋ねた。
 
「うん。大丈夫だよ。日中はわりと時間が取れるから」
と“桃香”は答えた。
 
実際には塾も分割授業が行われているため、学生の数に対して多くの講師が必要な状態である。とても数時間職場を抜け出すことはできないし、試用期間中の桃香には休みなど取れなかった。でも“桃香”は何とかなりそうだと考えた。
 

6月4日(木)、青葉は午前中の放送局での勤務が終わると、自宅で少し休んだ後、夕方から自分の車(March Nismo S)に乗り、東京方面に向かった。
 
深夜に浦和の千里・彪志・京平が住んでいるマンションに辿り着くと、彪志と一緒の布団に潜り込み(何もしないまま)熟睡した。彪志には「私寝るけど、勝手に“して”いいから」と言ってから眠ったのだが、彪志も青葉が疲れているようなのでキスしてあの付近を手で刺激してあげただけで、青葉が眠ってしまうとそれだけで我慢した。
 
なお。駐車場は3枠確保していて、ここしばらくはアテンザ・セレナ・彪志のフリードスパイクが駐まっていたのだが、千里は事前にセレナを葛西に移動しておいたので、青葉はその空いている所にマーチを駐めた。
 
6月5日、青葉は京平に入園祝いのプラレールの車両セット(京平からリクエストされていた新幹線試験車両ALFA-X)を渡してから、朝から§§ミュージックに行き、川崎ゆりこと諸々のことについて打ち合わせる。ここでお昼を頂いた後で、午後からは◇◇テレビに行き、別途移動してきていた金沢〒〒テレビの撮影スタッフとともに今回の取材について確認する。
 
夕方、ケイさんがラピスラズリの2人を連れてくるのと、途中で合流して、海野博晃さんの御自宅に行き《作曲家アルバム》の取材をした。
 

海野さんは、いきなり全裸で出て来てラピスの2人が困惑していたが、奥さんの橋本一子さんが出て来て、ちゃんと服を着せてくれたので何とかなった。
 
取材後は浦和のマンションに戻る。千里が御飯を作ってくれていたので、千里・京平・彪志・青葉の4人で食べる。お風呂に入ってから、この夜は彪志と久しぶりに愛の確認をした。
 
6月6日は千里は夕方から夜にかけて用事があるということだったが、青羽もこの日はあまり遅くならない予定なので「私が適当に作っておくよ」と言った。
 
そしてこの日はお昼過ぎから、ケイ・ラピスラズリと一緒に後藤正俊さんの御自宅を訪問して取材をした。後藤さんが硬い人なので、この日の取材は青葉にしても、ラピスラズリや同行してくれているケイも精神的に疲れた。
 
夕方帰宅すると、京平がひとりでお留守番している。
 
「おやつ買って来たよ」
 
と言って12個入りのミニシュークリームのパックを出すと彼は3個だけ食べた。この子、ほんとによく出来ているなと青葉は思う。
 
シチューっぽい材料が揃えてあったので、青葉は野菜を切り、お肉を解凍してシチューを作った。彪志が20時頃帰宅するので、3人で一緒に食べる。京平は御飯が終わると歯を磨き、21時には寝た。
 
その後は彪志とイチャイチャしながら千里の帰宅を待つ。千里は0時前にアテンザを運転して帰宅した。
 
「先に寝てれば良かったのに」
などと千里は言っていたが、シチューを食べて美味しい美味しいと言う。20時にシチューを食べて時間が経って少しお腹が空いていた彪志も一緒にまた食べていた。
「青葉は食べないの?」
「今食べたらカロリーオーバーするからダメ」
と言って青葉は(無糖の)コーヒーだけ飲んでいた。
 
「青葉、スポーツやる人はたくさん食べなきゃ」
「必要なカロリーは取ってるよぉ」
「まあ太ったら水の抵抗が大きくなるからヤバいよね」
「実はそうなんだよ」
「大変だなあ」
 

6月6日の(日本時間で)夕方、須佐ミナミは成田に到着した。
 
LAX 6/05(Fri)12:45 (TG6093 777-300ER) 6/06 16:30 NRT 11'45
 
機内では雑誌なども全て撤去されていたので暇であった。ひたすら寝ていた。
 
降機した後、機内で書いておいた質問票を検疫所で提出する。質問票にはこのようなことが書かれていた。
 
過去14日以内に、下記の流行地域に滞在していましたか?
アイスランド,アイルランド,アゼルバイジャン,アフガニスタン,アメリカ合衆国,(以下略)
 
氏名・国籍・パスポート番号・性別・生年月日・到着月日・航空便名・座席番号・日本での住所・連絡先
 
過去14日以内で、発熱やせきなどの症状がある人との接触がありましたか。
過去14日以内に感染した患者と接触していますか。(可能性がありますか。)
過去14日以内で、発熱やせきなどの症状がありましたか。
現在、体調に異状はありますか。(「はい」の場合は↓を回答してください)
 症状はどれですか。 A:発熱 B:咳 C:倦怠感 D:その他
解熱剤・かぜ薬・痛み止めなどを使用していますか。
日本での14日間の滞在先はどこですか。 A:自宅 B:ホテル C:その他( )
公共交通機関を使用せず移動する方法を確保していますか。
 
14日間の滞在先についてご記入ください。
日本滞在中に連絡可能な携帯電話番号
滞在期間 _月_日〜_月_日
宿泊・滞在先名
電話番号
 

滞在先については、事前に佐和さんから送ってもらっていた情報をそのまま書き移した。この質問票を入手して記入してもらっていたので、問題無く書き写すことが出来た。
 
検疫所で防護服を着た検査官に体温を計られ鼻腔内の液を採取される(痛い!)そして検査結果が出るまで待機になる。
 
到着したのは16時半で17時頃検疫を受けたのだが、検査OKになったのは、もう22時すぎであった。
 
やっと入国する。荷物を受け取り、ゲートを出た所でこちらを見て笑顔で手を振っている人がいる。日本代表の村山千里さんだ!長い髪がトレードマークである。彼女がスマホを取り出し電話をする。ミナミのスマホが鳴る。
 
「私が40 minutesのオーナーの村山です。ここに車のキー、日本国内で使用できるスマホを置きます。質問票に書いてもらった番号のスマホです。車はここにメモしている駐車場の区画に駐めていますので、それで常総市に移動して下さい。カーナビに既に設定しています」
 
「分かりました!ありがとうございます。あの」
「はい?」
「まさかずっと待っておられたんでしょうか?」
「須佐さんが検疫OKになる時刻は私の占いで分かりましたから、この時間に到着するように来ましたよ」
「占いで分かるんですか!」
「では2週間後にまたお会いしましょう」
「はい!」
 
40 minutesのオーナーが“世界の3P女王”村山さん!それを知って須佐ミナミはこのチームに入団することをほぼ決めたのであった。
 

村山さんは帰ってしまうので、ミナミはその場所まで行き、車のキーとスマホ、車の場所と車種・ナンバーを書いたメモ、自己隔離場所の地図を含むいくつかの書類、自己隔離場所の鍵を拾う。そして駐車場に行き、その区画に駐めてあった青いヴィッツを見つける。車のナンバーを確認する。メモに書いてあるのと同じである。それでキーを差し込み解錠する。荷物を後部座席に放り込み、エンジンを始動する。カーナビがセットされているのを確認して、ミナミは車をスタートさせた。
 
1時間ほどで到着する。車が左側通行なのに物凄い違和感があって何度か間違いそうになった(脇道から中央分離帯のある道路に出る時などが怖い)が、夜間で交通量が少ないので何とかなった。
 
到着した場所は、運動公園の一角にあった。これ公共の施設じゃないの?と訝るが、渡されていた紙の地図を確認すると「**運動公園に隣接した私設体育館です」と書かれていたので安心した。鍵を開けて中に入る。施設内の案内図ももらっていたので、それを見て宿泊室に行く。ミナミはシャワーを浴びて、取り敢えずベッドに潜り込み、ぐっすりと眠った。
 

6月6日、千里3は京平にお昼御飯を食べさせた後、アテンザを運転して出かける。スーパーで食材を大量に買い込んでから常総ラボに入る。一方、葛西に居た千里2も、バイクで常総ラボに行き、千里3と一緒に中の掃除をした。
 
須佐ミナミに渡す予定の書類はだいたい千里2が用意したのだが、千里3にもチェックしてもらった。“運動公園に隣接した私設体育館です”という注意書きを書き加えたのも千里3である。
 
その後、千里3はアテンザで、千里2は常総ラボに駐めているヴィッツを出して一緒に成田に向かう。成田の近くでヴィッツは満タンにしておく。千里2が須佐ミナミにこれらを渡し、アテンザで一緒に帰る。最初は千里2が運転して葛西まで行き、その後千里3がひとりで浦和まで戻った。
 
この日は2人の共同作業であった。
 

青葉は6月7日(日)、朝彪志をキスで送り出した(医療関係者はとっても忙しい)後、また午前中は§§ミュージックで色々打ち合わせをする。午後からはケイ・ラピスラズリと一緒に田中晶星さんの御自宅を訪問して取材をした。
 
その後、青葉は浦和に戻り、京平におやつをあげる。千里からは「夕飯に食べて」と言われてお弁当をもらい、自分の車に乗って高岡に戻った。
 
マーチには他に缶コーヒーとか、クールミントガムとか、非常食のおにぎり、カロリーメイトやおやつに、母へのお土産の白鷺宝(お菓子)なども積まれていた。
 
更に走行中に何か匂いがするのでふと見ると、いつの間にかまだ暖かい!“峠の釜めし”が助手席に置かれていた!
 
「ちー姉!不法侵入!」
と青葉は思った。
 
 
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【春銅】(1)