【春銅】(2)
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(C)Eriko Kawaguchi 2020-11-08
(2020年)6月7日。朝、常総ラボの宿泊室で目覚めた須佐ミナミは、お湯を沸かしてカップスープを作り、食パンにハムとチーズを載せて朝御飯にした。
シャワーを浴びてから運動できる服装になり、2階の体育館に登って行く。
「これはもしかして」
と思わず声をあげて寄って行く。
「これいいな。あれ?もしかしてあれは」
と言って、そちらにも行ってみる。
「すごーい!」
とミナミは感嘆する。
体育館に多数の薄い板で作られた人形が置かれている。これは敵選手に見立ててコート上に適当に置き、その妨害をかいくぐってドリブルで侵攻していく練習をするためのものだ。そして2個、真ん中に横向きの穴と網がついた人形がある。これは味方にパスを出す練習をするためのものだ。
「これ色々練習できそう」
とミナミは嬉しくなった。
体育館はバスケットのコートが1つだけ取られている小さなものではあるが、結構な練習できそうと思い、ミナミは取り敢えずウォーミングアップのためコートの周囲をジョギング始めた。
あけぼのテレビでは5月上旬から、夕方にキャロル前田主宰でeスポーツの番組、深夜時間帯に丸井ほのか主宰の料理番組を放送始めたのだが、この2つの番組は時間帯が逆のほうがいいのではという意見が結構出て来た。
eスポーツの番組を見るのは圧倒的に若い人が多い。料理番組を見るのは主婦が多い。その活動時間帯を考えたら逆だろう、
ということで6月からこの2つの番組は時間帯が移動することになった。eスポーツは木曜19時から金曜の深夜時間帯に移動し、料理番組は日曜日の午前11時に移動した。木曜日19時からの時間帯には、姫路スピカ主演でドラマ『オズの魔法使い』が放送されることになった。信濃町ミューズ、信濃町ガールズのメンバーが多数出演する。スピカは在来局で端役はたくさん演じているのだが、主演は初めてで物凄く張り切っていた。
『オズの魔法使い』の主な配役はこのようであった。
ドロシー 姫路スピカ
かかし 木下宏紀
木こり 篠原倉光
ライオン 白鳥リズム
西の魔女 ケイナ(特別出演)
北の魔女 マリナ(特別出演)
ローザ+リリンが特別出演で西の悪い魔女、北の良い魔女を演じるが、妊娠中のマリナは出番の少ない北の魔女を演じてもらうことになった。
ライオン役について、企画書を書いた川崎ゆりこは最初上田信貴を予定していたのだが、コスモスはスピカが初主演なのに、その周囲を固める3人が全員経験の浅い子たちばかりでは辛いと言い、忙しいのに申し訳なかったのだが、演技力のあるリズムを据えることにした。事実上の副主演である。
リズムの男装は・・・むしろ女装より人気がある!
なお、ノンクレジットだが、スピカの従姉で顔立ちのよく似た竹中花絵をスピカのボディダブルに使うことにしている(これまでもしばしばスピカあるいはアクアのボディダブルやリハーサル役を務めている)。
4月にオープンしたクレールの青葉通り店であるが、和実はコロナでテイクアウト・デリバリーの需要が高まっているのを背景に、デリバリー専用のメニューを設定。これをデリバリー専門のスタッフで配達しようと考えた。基本的にはお店から2km程度以内の指定町名区域であるが、前日までに予約されていた場合は、多少遠い所でも受け付ける。
このデリバリー部隊は基本的にスクーターで移動するが、スクーターの走行技術を見るために独自の試験をおこなって合格した人だけを採用している。
そして・・・
基本的には“女声が出せる”男の娘、あるいはスポーツ能力の高い女性というのを採用条件にした。
基本的にクレールはメイド喫茶で、メイドさんは基本的には女性なのだが、女性をデリバリーに使った場合、
(1)町中では上の階との往復で体力を使う。
(2)個人宅への配達は性犯罪に遭う危険を伴う。
という問題があった。そこで男の娘か、スポーツをしている女性という方針でこの部隊を編成したのである。取り敢えず10人のチームを作ったが、この内、6人が男の娘で、4人がバスケット女子(実は若林公園の“織姫”体育館を拠点とする“仙台グリーンリーブズ”のメンバー)である。
彼女たちは、エレベータの無いビルでも平気で階段を駆け上って配達をしてくれたし、数回発生した客にセクハラされそうになった事件でもしっかり撃退して「次やったら警察に通報しますからね」と通告した。
さて、青葉が浦和を出発した6月7日の夕方、優子と桃香はそれと入れ替わるように高岡を出た。
まず優子が自分のムラーノを出して桃香の家に行き、そこで一緒に夕ご飯を頂いた。一休みしてから、桃香を乗せて出発する。
最初にイオンモール高岡に行って食料品の買い出しをした(代金は桃香が払う)。一部の食品はクーラーボックスに入れる。それから東京方面に向かうが、高速代として桃香が優子に2万円渡した(小杉→川口西のETC深夜割引適用料金は片道6740円)。ガソリンを満タンに入れる。ガソリン代も桃香が払う。
今回は優子が全線運転する代わりに食事代を含めて費用は全部桃香が出すことにしている。小杉ICで北陸道に乗り、上り新潟方面に走る(北陸道は米原方面が下りで、新潟方面が上り)。
蓮台寺PAでトイレ休憩した後、上越JCTから上信越道に入る。例によって霧が発生しているので慎重に走り、妙高SAで1時間ほど休憩する。上信越道を南下して、東部湯の丸SAで休憩し夜食を食べる。更に走って藤岡JCTで関越に入り、上里SAで仮眠した上で朝食を食べる。ちなみに桃香が優子とセックスしようとしたが、優子はしっかり撃退した。
「ああ、またちんちん切られた!」
「レイプ魔は去勢されて当然」
あまり混み出さない内に起き出し、ガソリンを補給してから関越を南下する。関越終点・練馬の直前の大泉JCTで外環道に入り、川口西ICを降りて、県道34号経由で県道35号(産業道路)を北上して浦和まで行く。
カーナビに従って桃香たちのアパート近くまで行くと、千里が立っていた。彼女に運転してもらって駐車場に入れた(昨日夕方まで青葉のマーチが駐まっていた枠)。
京平は“お父ちゃん”と久しぶりに会ったので、桃香に抱きついている。桃香も
「悪いことしてなかったか?」
などと言って、京平の頭を撫でている。
彪志は既に出勤している。優子には仮眠してもらっておき、千里・桃香・京平の3人で出かけることにする。
京平はボーイズスーツを着せた。ドレスも可愛いなあなどと言っていたが、千里が今日はこちらにしなさいと言った。千里と桃香はレディススーツを着る。千里はマッシモドゥッティ、桃香はローラアシュレイである。マッシモドゥッティのスーツはスペインで買ったものだが、向こうは大柄な女性が多いので、千里の背丈でも、充分可愛い服を買うことができた。桃香はそもそもスカートタイプの服がほとんど無い!これは実は以前千里が着ていた服なのだが、千里がウェストを補正してあげて桃香でも着られるようにしたものである。
アテンザに乗り込み、入園式の会場に向かう。
会場は市の体育館を使用している。幼稚園のお遊戯室では密になってしまうので広い会場を使うことにしたようである。
もちろん全員マスクをしている。入口の所で非接触式の体温計で体温を計られた後で、アルコールで手の消毒をしてから会場に入る。会場の体育館は全ての窓が開放されている。椅子も間隔を空け、スタッガード(市松模様式)に配置されている。スチームの発生装置が置かれている。匂いから次亜塩素酸水のミストだなと判断した。
入園式は30分ほどで終わるようになっていた。
「これよりDD幼稚園令和2年度入園式を始めます」
という宣言の後、君が代のCDが流されるが“歌わないで下さい”という指示がされていた。
園長先生の挨拶がある。園長先生はドラえもんとのび太のペープサート(うちわ型人形:裏はジャイアンとしずかになっていた)を両手に持ち、ミニ劇を演じてみせて入園児たちの笑いをとっていた。
その後、PTA会長の(本当に)短い挨拶があり、幼稚園の先生の紹介がある。その後「これにて入園式を終わります」という宣言があり、式は終了した。
ほんとに短い入園式で、おかげで桃香は眠らずに済んだ!
途中でミスドを買って帰る。帰宅して千里・桃香・京平・優子の4人でそのミスドを食べてお昼とする。その後、桃香と京平はお留守番をして、千里と優子でムラーノに乗り、千葉の川島家に向かった。
康子さんに挨拶し、仏檀にお参りをする。そして康子さんもムラーノに一緒に乗ってお墓に行き、そこでもお参りをした。その後、頼んでいた仕出しをお店に寄って受け取り、川島家まで戻って、3人で仕出しを食べながら、しみじみと信次を偲んだ。
「今回は信次の子供は全員欠席だけど」
と千里。
「信次さんの子供って、結局何人なんだっけ?私分からなくなって来た」
と優子。
「優子さんとこの奏音ちゃんが一番上。うちの由美が2番目で、3番目が波留さんとこの幸祐君」
「その3人だけ?」
「その内あと4〜5人出て来たりして」
(千里はまだ緩菜の父が信次であることに気付いていない)
「男性同性愛で女性を愛せないと言っていた人が、そんなに女性との間に子供を作ったというのは驚異的だ」
と優子。
「まあ節操の無い子だったからね」
と康子。
「でも桃香だって女性同性愛で男には興味が無いと言いつつ、何人も子供を作っている」
「桃香の子供って何人いるの?そちらも分からなくなってきた」
と優子。
「私もよく分からない」
と千里も言うが
「私が把握している範囲では6人かな」
と付け加える。
「よく作ったね〜」
「母親はたぶん3人」
と千里が言うので、康子さんは
「桃香さんが母親じゃない訳?」
と訊く。
「桃香が子供を産む訳がない。あちこちの女の子を孕ませている」
と優子。
「え〜〜!?桃香さんって男の人なの?」
「いや、女だけど、もっぱら孕ませる方ですよ」
と千里も言う。この点に関しては優子と千里の意見が一致した。
「全くあいつ節操がないから」
と優子。
「最近はどうもよく分からない」
と康子は思考停止ぎみである。
「戸籍上は、早月ちゃんは母親が桃香さんで、父親は空欄よね?」
「そうです」
「由美は結局どうなってるんだっけ?」
「父親は信次さんで、母親が不明ですね、戸籍上は。ただし私の養子だから、法的な母親は私です。信次さんが父親だというのは裁判所の審判で認められました」
「幸祐は?」
「父親は信次さん、母親は波留さんですね。両親とも確定しているのはあの子だけ。もっとも信次さんか父親だというのは、こちらも裁判所で認められたものです」
康子さんはしばらく考えているようだった。
「ね。少し前から思ってたんだけど、早月ちゃんだけ法的なお父さんがいないのが可哀想な気がして」
「まあ本当は桃香は母親というより父親なんだけど、桃香は女なので認知できないので」
などと千里は言っている(どさくさに紛れて事実を歪曲!)。
「それ、いっそ信次が父親だということにしちゃいけないかしら」
と康子は言った。
「え〜〜〜!?」
と千里も優子も驚きの声をあげる。
「だって早月ちゃんが大きくなってから自分の戸籍見て、父親欄が空欄だったら寂しく思わないかと思って。信次が父親ということにすれば、由美ちゃんとお揃いで、姉妹で連帯感も出ると思うのよ」
と康子さんは言う。
「だけど、事実と違うから証明するものがないですよ」
と千里が言うと、康子は
「そんなもの捏造すればいいわよ」
などと言っている。
「うーん。それバレたらやばい気はしますが、一応桃香に伝えておきますね」
「うん、お願い」
それで帰宅してから千里が桃香に相談すると、桃香はそれでも構わないと言った。
それで桃香と康子さんが直接電話で話し合った末、本当に早月の父親が信次であるということを認めて欲しいという審判を家庭裁判所に申し立てた。その結果、審判が通ってしまったのである。
それで結局、早月の父親欄には川島信次の名前が記入され、信次の法的な子供は4人(奏音・早月・由美・幸祐)になってしまうのである。
(遺伝子的に本当に信次の子供であるのは、奏音・由美・幸祐・緩菜の4人)
この日(6/8)は千里・京平・彪志・桃香・優子の5人で晩御飯を食べた。むろん桃香が御飯を作って待っていたりする訳がないので、御飯(この日のメニューは豚汁)を作ったのは、帰宅した後の千里である。
この日、5人はこのように寝ている。
Room1. 優子
Room2. 京平と彪志
Room3. 桃香と千里(千里1)
桃香は久しぶりに千里とセックスができて大いに満足であった。
この夜、龍虎の代々木のマンションでは久しぶりにNが実体化したので、Fが物凄く喜び、3人でしゃぶしゃぶをして食べた。Nは朝には消えていた。
この夜、季里子がお風呂に入った後で自室に行くと桃香が居なかった。
「あれ?どこに行ったのかな?」
と思っていたら、桃香からメールがあり
「朝までにまとめておかないといけなかった資料があったの忘れてた。ちょっと塾まで行ってくるけど、たぶん朝までには戻るから」
と書いてある。
大変だなぁ、と季里子は思った。
この夜、西湖のアパートでは食事を作っている最中に1人になってしまった。
「ボクどっちだっけ?」
と思って、お股の形を確認すると自分は女の子のようである。
「じゃボクはFか」
と思ったものの、料理(回鍋肉)が2人分あって多すぎるので、1人分はラップを掛けて冷蔵庫に入れた。明日食べればいいかなと思った。
でも翌朝にはまた2人に分離していたので、結局冷蔵庫に入れていた分をチンして西湖Mと西湖F(聖子)でシェアして朝御飯に食べた。
なお、基本的に浦和のマンションにいるのは千里1+3なのだが、この夜は桃香が求めていたので、桃香のことが好きな千里1を分離して、千里3は板橋で寝ている。朝になってまた合体した。
6/9朝、Nが消えていたことで、自分もこういう風に近い内に消えるのだろうとあらためて認識した龍虎Fは、Mには何も告げないままコスモス社長の自宅を訪ね、自分のヌード写真集を撮ってほしいと申し入れた。
6月9日(火)朝、季里子が起きると“桃香”は、自分のそばで寝ていた。
「お疲れ様。帰ってきたのね」
「うん、片付いたよ」
「もう少し寝てて。今朝御飯作るから」
「ありがとう」
それで桃香は7時半まで寝ていた。もう季里子、来紗と伊鈴、季里子の両親は朝御飯が終わっている。桃香は季里子が温め直してくれた焼き鮭とお味噌汁を食べると
「じゃ行ってくるけど、入学式の時間帯だけ抜け出して学校に行くから」
と言い、“男性用”のエンジ色のビジネススーツを着て、季里子が作ってくれたお弁当を持ち、塾に出かける。
「学校にもそのスーツで来る?」
「黒いスーツに着替えるよ。黒のは塾に置いてるから」
「分かった」
それで“桃香”は季里子にキスして出かけて行った。
6月9日(火)、千里は朝5時頃に合体して、朝御飯を作った。京平は5時半、彪志は6時に起きてきたので3人で朝御飯を食べる。彪志は7時半に出勤して行った。千里は8時に京平を連れて幼稚園に行くつもりだったのだが、桃香が彪志が出勤して行った直後に起きてきたので
「早いね!」
とマジで驚いて言った。
「ちょっと友人に会ってくるから」
「うん。いってらっしゃーい」
それで桃香も朝食を食べる。その間に京平に幼稚園の制服を着せる。京平は制服の下はズボンだけでなくスカートも買ってもらったのだが、今日は自主的にズボンを穿いた。どうも彪志と一緒に暮らすようになってから“男の手本”が身近に存在することから、少しずつ男の子としての意識が育っているようである。実はこれまで京平にはそういう“手本”になる男性がいなかった。
(阿倍子、千里、女装趣味の晴安といった所。貴司は不在がちだった)
結局桃香は千里たちと一緒に出かけることになった。
「アテンザ借りていい?」
「いいけど、走行不能になるほどには壊さないでね」
「慎重に運転するよ」
と言って、桃香は千里にキスしてから、アテンザを運転してどこかに行ったようである。
千里は京平と一緒に歩いて幼稚園まで行き、幼稚園の先生に京平を託した。京平の幼稚園登校第1日目であった。
優子は結局10時頃起きてきた。
「ごめんなさーい。だいぶ寝過ごした」
「強行軍の疲れが出たんですよ。ゆっくり休んでて下さいね」
「午後から桃香と一緒に織絵(XANFUSの音羽)の所に結婚祝いでも持って行こうかと思って。千里さんも来られます?」
「ああ。一緒に行こうかな。でないと帰りに車を運転する人がいなくなるし」
「あはは。すみませーん」
(織絵、桃香、優子は全員同じ高校の出身で、実は優子も織絵も桃香の元恋人である)
さて、千里のアテンザを借りて浦和を出た桃香だが、千葉市に向かった。途中適当な場所に停めて車内で男性用のブラックスーツに着替える。そして千葉市内のJJ小学校に行く。
校内の指定場所に車を駐めて季里子と連絡を取ってみると、季里子は今、家を出たところだということだった。少し待つと、ピンクのレディススーツを着て可愛い黒のドレスを着た来紗を連れた季里子がやってくる。一緒に入学式会場となる体育館に入るが、昨日の幼稚園と同様に、非接触式の体温計で体温をチェックした上で手をアルコール消毒してから中に入った。
こちらも昨日同様、かなり式次第が簡略化されている。
「これより千葉市立JJ小学校令和2年度入学式を行います」と開会宣言があった後「君が代」を斉唱した録音が流される。“歌わないで下さい”と指示されていたので、全員静かに斉唱を聴いていた。
その後、校長先生が壇上に立ち(生徒の氏名読み上げを省略した上で)「新入生102名の入学を許可する」と宣言した。そのあとお話をするが「いかのおすし」だけ話して、3分でまとめた。
(イカない、ノらない、オおきなこえを出す、スぐにげる、シらせる)
その後、PTA会長のお話があるが、これも「手洗い・うがいの励行、マスクをつける」などの話だけ、3分で終わる。その後、1年生の担任の先生と支援員の先生、保健室の先生が紹介された。各々(ほんとうに)一言ずつのメッセージを述べた。6年生が歓迎のために演奏した鼓笛隊の演奏『一年生になったら』をこれも録音で流す。その後、校歌を、これも録音で流す。
“終わりの言葉”があり、入学式は終了した。全部で40分くらいの式であった。その後、教室に入る。来紗は1年2組になっている。生徒たちと担任の先生だけが教室に入り、保護者は廊下から見守るが、密集回避のため児童1人につき1名までということだったので、季里子に廊下で見ててもらい、桃香は玄関前で待機した。
教室の机はできるだけ間隔を空けて配置されているので、いちはん後の子は壁際ギリギリである。窓は全開である。
各自の机の上には教科書の入った袋が置かれている。
担任の先生からお話があり、簡単な注意事項の後、ひとりずつ指名されては自分の名前を言って、教室での、はじめの会は終わった。
「この後どうする?」
と玄関前で待っていた桃香は、来紗を連れた季里子から訊かれる。
「うん。塾にもどらなきゃ。ごめん、その教科書重そうなのに持ってあげられない」
「大丈夫だよ。私が持って帰るから」
「じゃまた」
と言って、桃香は季里子と別れた。
季里子たちの姿が角を曲がって消えたのを見計らって桃香は学校に戻り、構内に停めていたアテンザに乗ると、浦和に戻った。帰り着いたのがちょうど12時くらいである。何とかどこにもぶつけずに帰れた!と安心していたら、駐車する時うっかり駐車場の後の壁にぶつけてしまう。
しまった!
と思って車を前進させ、降りて車の後にまわってみる。
うん。傷とかは付いてないな、良かった。
と思い、車のエンジンを停める。車内で普段着に着替えた。
桃香がマンションに戻ると、
「お帰り〜。今ちょうどお昼にしようと思ってた所」
ということだった。
それで、千里・優子・桃香の3人で千里が作っていたお昼(鶏の唐揚げとお味噌汁)を食べる。
「結構豪華なお昼だ」
「材料費は3人分で200円くらいだよ」
「そんなに安くできるのか!」
「手間さえ掛ければ、割と安く作れるよね。桃香は無茶苦茶だもん」
と優子。
「私は3人分のお昼を作ろうとしたら2000円くらい使ってしまう」
と桃香。
「桃香は主婦はできないなあ」
と優子。
「まあ桃香は男と同じだね」
と千里まで言っていた。
「うん。そろそろ性転換してもいい頃だ」
と優子からも言われている。
昨年石川県X町で、古い祠を取り壊し、御神木を切ったら、その祟りで作業をした作業員2名と現場監督、廃社の儀式をした神職が急死、取り壊しを決めた町内会長まで責任を感じて自殺した。
その後現場は誰も近づけない状態になり、野良猫や野鳥が死んでいるのがしばしば目撃された。東京から来た風水師さんと霊能者が封印をして、7mくらいまでは近づけるようになった。しかしここに熊が現れて封印を壊し、自らは死亡した。
熊の生死を確認しようとした獣医さんが倒れる(2週間入院)。偶然、現場を取材に行っていた〒〒テレビの神谷内が、金沢ドイル(青葉)を呼び、ドイルは東京の偉いお坊さん(瞬法)とともに現場に急行してここを秘法を使って浄化した(以上世間的な見解:〒〒テレビはこの件に関して沈黙を守っている)。
瞬法の勧めで、伐採した御神木を使って新しい祠を建て、現場に再設置した。この祠を組み立てたのは、亡くなった神職の息子と町内会長の息子の2人である。
神職の息子は亡くなった父の後を継いで神職になることを決意。会社を辞めて、神道の勉強をした(最初は古事記も読んだことが無かったし、天照大御神と須佐之男神が姉弟ということも知らなかった)上で、今年2-3月に皇學館大学の集中講座を受け、神職の中で一番下の資格である直階を取得した。
↓神職の資格
直階:一般神社の禰宜・権禰宜になるための資格
権正階:一般神社の宮司・宮司代務者、別表神社の権禰宜になるための資格。
正階:別表神社の禰宜・宮司代務者になるための資格。
明階:別表神社の宮司・権宮司になるための資格。
浄階:長年神道の研究に貢献した者に与えられる名誉階位。
そして彼は今年6月、父親が宮司をしていたX神社の権禰宜(ごんねぎ)に任命されたのである。
「ああ、宮司は他の方がなさっているんですね」
ご挨拶したいと言って、〒〒テレビを訪ねてきた町子栄宝さんに青葉は明るく答えた。
「はい、普段は大して参拝者もいない小さな神社ですが、それでも宮司を空席にする訳にはいかないので、神社庁の指示で、兼任なのですが、金沢市のD神社の宮司さんに、こちらの宮司も兼ねて頂いていたんですよ」
「なるほど」
「私は神社とか継ぎたくなかったから、東京の普通の大学に進学して、そのまま向こうに居座って就職していたのですが、父の死で神社関係と切れてしまうのもしのびない気がして、母親からも泣きつかれて。それで会社辞めて地元に戻って、少し神社とか神道のこと勉強して、取り敢えず伊勢に行って集中講座を受けて直階を頂いたんですよ」
なんか文章の長い人だなと青葉は思った。
「それで権禰宜になられたんですね」
「はい。でも直階では宮司になれないので、4月から大阪國學院の通信講座を受けています」
「あれは2年間でしたっけ?」
「はい。ゼロから始める場合は2年なんですが、直階を持っていたら1年なんですよ」
「ああ、そうでしたっけ」
大阪國學院の神職養成通信講座を受け(て検定試験に合格す)ると、権正階の資格が取れるので一般神社の宮司になることができる。ただしこの通信講座は基本的に、彼のように急に神社の跡取りになることになった人向けのもので一般の人は受講できない。一般の人が神職になりたい場合は、國學院大学か皇學館大学に4年間通うか、神職養成所(山形・宮城・愛知・京都・三重・島根)に2年間通学する必要がある。
「だからこれを卒業できたら来年の3月には宮司の資格が取れます」
「それで宮司に任命される訳ですね」
「それは分かりませんけどね。それに僕は神社の仕事とかしたことなかったから、祝詞をあげるのも下手糞で」
「それは少しずつうまくなっていくと思いますよ」
と青葉は微笑んで言った。
「でも急にこういう精神世界のことに関わることになったせいか、最近よく夢を見ますよ」
と彼は言った。
「へー」
「凄く象徴的な夢が多くて。大半は起きた後には内容を覚えてないんですけどね」
「その手の夢を見る時期ってあるみたいですね」
「でもこの所、繰り返し見る夢がありましてね」
「どんな夢ですか」
「私は道を歩いていて、トンネルとか鍾乳洞とかがあるんですが、そこに入っていくと、細い道が続いているのですが、必ず行き止まりになっていて私は立ち往生してしまうという夢で、あまりにも繰り返し見るものだから、私はひょっとして、宮司の資格を取れないということなのだろうかと不安になってしまって」
青葉は彼の言葉に腕を組んで考え込んだ。
「あと0とか1とかいう数字がたくさん出てくるんですよ」
「0と1?」
「もしかしたら、今の自分は神職としてはゼロで、これから1に進化しなければならないのかもと考えたんですけどね」
「だったらたくさん神事のこととか祝詞の書き方とか勉強すれば、いつか1になるかも知れませんね」
と青葉は言った。
「やはりそうですよね。頑張らなきゃ」
と栄宝さんは言っていたが、青葉は彼の顔に何か暗い影を感じた。
真珠と明恵が、学食でお昼を食べながらおしゃべりしていたら、近くの席で、何とか茄子というのを話してる学生たちがいた。切れ切れに聞こえてくる言葉を拾うと「地茄子」とか「ドーナツ」とか「コーヒーカップ」とか言っている。
その中に真珠の高校時代のクラスメイト・智香がいたので、声を掛けてみた。
「茄子のおやつか何か?」
すると智香は一瞬キョトンとしたものの、次の瞬間大笑いした。
「いや、ごめんごめん。トポロジー(位相幾何学)取ってない人にはチンプンカンプンだよね」
と言って、
「ジーナス(genus)の話をしてたんだよ。日本語ではえっと何だっけ?」
とそばに居る友人たちに振る。
「位相数だっけ?」
「いや、種数(しゅすう)だよ。たねのかず」
「あ、そうか」
「これ図形の位相的な性質の話なんだよ。しばしば、トポロジストはドーナツとコーヒーカップの区別がつかないと言われる」
「はあ?」
「ドーナツって、穴が1つ空いてるでしょ?コーヒーカップも持ち手の所が穴になってる。だからどちらもジーナスは1」
↓種数1のもの
「コーヒーを入れる所にも穴があるじゃん」
「貫通していないから、トポロジー的には穴ではない」
「通ってないとダメなのか!」
「人間もジーナス1だよね。口の所から肛門までが一続きの穴になっているから」
「それ穴なんだ!」
「だから、食べ物って、人間の体内に入っているのではなく、口から肛門に至る細い部分の人間の体表を転がっていくだけとか言われる」
「胃とか腸とかも、あれは身体の外部?」
「そうそう」
「これに対して、アンパンとか湯飲みはジーナスが0(ゼロ)」
「ほほぉ」
↓種数0のもの
「ジーナス2ってのもあるの?」
「穴が2つ空いてればいい」
と言って、彼女は買物バッグの中から食パンの袋を取り出すと1枚取り出してから2つ穴を空けてみせた。
「これがジーナス2」
「あとスープカップとかで、取手が2つ付いているのもシーナス2」
「なるほどぉ」
「穴をたくさん空ければジーナスは増えるんだ?」
「うん。時計のベルトとか、輪切りにした蓮根はジーナスがたくさんになる」
「あぁ」
「それで由利江がふざけたこと言い出して」
「なあに?」
「ヴァギナはジーナスが1だって話でさ」
「1になるんだ?」
「子宮口と膣口がつながっているからね」
「ああ」
「子宮はジーナス2なんだよね。左右の卵管とつながってて、膣ともつながっているから」
「それも2になるの?」
「ジーナスの正確な定義はね。閉曲面を、その切断によって生じる多様体が連結のままとなるような単純な閉曲線に沿った切断の最大数、ということなんだけど」
「分からん」
「子宮の場合は切断するのに3個の閉曲線が必要になるから、ジーナスは2になる」
「やはり分からん」
「まあそれはいいとして、由利江が言うには、天然の膣はジーナス1だけど、性転換手術で作った人工的な膣はジーナスが0だよねという話で」
「へ?」
「あれはペニスを入れる機能だけしかないから、子宮とつながってない。結局、穴が貫通してないから、湯飲みやコップと同じ形ということになる。するとジーナスは確かにゼロなんだよね」
「へー!」
「だから、天然女性と人工女性は、膣のジーナスが異なると」
「分かったような分からないような話だ」
と言いながら、真珠は、自分は性転換したけど、ヴァギナのジーナスは1だよなあと考えていた。
「まあただの押し入れと、ウォークスルー・クローゼットの違いかな」
「ほほぉ」
「天然の膣はウォークスルー・クローゼットだけど、人工の膣はウォークイン・クローゼット」
「面白いたとえかも知れない」
「鍾乳洞の多くは1だよね。あれってたいてい、どこかのドリーネとつながってるから」
「へー!」
「複数のドリーネとつながっていれば2以上の場合もある」
「ふむふむ」
「海食洞の場合は、貫通していれば1だけど、してなければ0」
「ああ、そういうのもあるよも」
「トンネル工事は、ジーナスを0から1に進化させるのが目的」
「まあ通り抜けられないトンネルは困るね」
「防空壕はゼロのものが多い」
「通り抜けられるのは目的が違うだろうね」
今から2年前の2018年3月、千里2と千里3は同じ夜に同じ夢を見た。
山道を歩いていたらトンネルが2つあった。どちらを行けばいいのかなと一瞬迷ったものの、まあどちらでもいいやと思い、ふたりとも右側のトンネルに入る。すると途中細くなっている所もあったものの、やがて外に出ることができた。
振り返ると出口はここ1つだけで、どうやらこちらのトンネルを通って正解だったようだと思う。
目の前に池があり、噴水があった。その噴水の所に鏡が1枚掲げられていた。千里はその鏡を手に取った。
そこで目が覚めた。
そして枕元に1枚鏡が置いてあった。
千里2も千里3もこれは京平が生まれる前に見た夢と同じパターンだと思った。あの時は鏡が2枚あったが今回は1枚てある。しかし《きーちゃん》に尋ねてみると、千里2と千里3の双方に1枚ずつ鏡が出現していることが分かる。彼女の仲介で、千里2の所にあるのが、白っぽい鏡(くーちゃんによると白銅製、ただし京平の白銅鏡のような銅+錫ではなく、銅+ニッケル)、千里3の所にあるのが黄色い鏡(くーちゃんによると黄銅製)であった。
また《きーちゃん》に確認してもらったが、千里1の所にはこのようなことは起きていないことが分かる。
それで千里2と千里3は《きーちゃん》経由で話し合って、これは多分環菜(仮名)の依代であろうということで意見が一致する。そして各々桐の箱を作ってこの鏡を収め、どこか別の場所に保管しようと決める。
「直接電話でもして話し合えばいいのに」
と《きーちゃん》は言うが、千里2も千里3も
「まだその時ではない」
と言った。
千里が分裂したのは2017年4月で、千里2も千里3も自分が3人に別れたことをすぐ知ったが、千里3は当初自分が気付いていないかのように振るまい、千里3も知っていることに千里2が気付いたのは2017年9月である。ふたりは千里1の暴走について話し合うため、2019年5月に直接会って“手打ち”をした。この時期はまだお互いに会うのは避けていた時期である。
それでふたりは《きーちゃん》に桐の箱を作ってくれるように頼む。彼女は同じ工房に“同じ木から切り出した板”を使って箱を2つ作ってくれるように頼み、それでできたものを千里2と3に1個ずつ渡した。
(京平の依代の鏡を入れた2つの箱も同様にひとつの桐の木から切り出した板で作られたものを使用している)
そして千里2はこの白銅(ニッケル銅)製の鏡を、同年5月に借りることにした尾久の、筒石が住むことになったマンションに置き、千里3は取り敢えず川崎の自分のマンションに保管しておいた。同年7月に川島信次が亡くなり、千里1がしばらく千葉の信次の実家に身を寄せることになった時、こちらの鏡を、千葉の川島家に置かせてもらった。千里1と康子を守る目的も兼ねている。それは千里1が経堂のアパートに移動した後も、千里の和服類(これも康子さんを守るために置いているもの)と一緒に、川島家にそのまま置かせてもらっている。これは千里の和服と一緒に2階の部屋に置かれていたので、2019年の水害の時も無事であった。
話を2020年に戻す。
6月9日(火)の午後、千里・桃香・優子は、一緒に昼食を食べた後、3人でアテンザに乗って出かける。
「うん、どこもぶつけてないみたいね」
と千里は車のまわりを見てまわってから言った。
「もちろんだよ!」
と桃香は言ったが、若干後ろめたい。
ともかくも千里の運転で江戸川区の織絵たちのマンション近くまで行き、Timesの駐車場があったのでそこに駐めた。
「少し手前にスーパーがあったから、あそこに駐めればタダなのに」
と桃香は言うが
「それってほとんど無断駐車」
と千里は言った。
織絵のマンションのエントランス前で織絵のスマホを鳴らし、中に入れてもらう。
「検疫をするぞ」
と玄関を開けてくれた織絵が言う。
「体温チェック?」
「ちんちんチェックだ。この中でちんちん付いてる奴はいないか?」
「ついてませーん」
「ついてませーん」
「ついてませーん」
と3人とも答えたので
「よし、入室を許可する」
と言って中に入れてもらった。
「ちんちん付いてたらどうするの?」
「ここは女子専用だから、万が一ちんちんが付いてたら切り落とす」
「男の娘だと切り落としてほしいかも」
などと言っていたら、その“男の娘”が来たのである。
「おはようございまーす」
と言って入ってきたのは、千里たちと同年代の女性である。
「あ。広実、お久〜」
と桃香は言ったが、千里は
「おはようございます、夏美ちゃん」
と言った。
「きゃー、醍醐先生!ご無沙汰しております。お早ようございます」
と広実は言っている。
「あれ?知り合い?」
と桃香が尋ねる。
「先生にはものすごくお世話になったんですよ」
などと広実。
「広実、今日は全員芸名無し・先生も無しで」
と織絵が言うので
「じゃ、千里さんということで」
と広実。
「じゃこちらも広実ちゃんで。でも同年代だし呼び捨てでもいいけどね」
と千里。
「それは恐れ多いです」
と広実は言っている。
そういう訳で、千里がデビューに尽力してあげたシンガーソングライターの三田夏美こと加治広実であった。話を聞いてみると、織絵や桃香と同じ高校の出身だったらしい。
「これ結婚祝い」
と言って広実が織絵に御祝儀袋を渡す。
「ありがとう!これがいちばん嬉しい」
と織絵。
「あ、御祝儀出すの忘れてた」
と言って桃香は自分の分と、鈴子から託されていた分の御祝儀袋を渡す。
「私も忘れてた」
と言って優子も御祝儀袋を渡す。
「おぉ!豊作、豊作」
と言って、織絵は4枚の御祝儀袋を抱えて嬉しそうである。
(千里は織絵と美来の結婚式で巫女を務めているので、その時に御祝儀は渡している)
それで色々話していた時、
「しまった。検疫忘れてた」
と織絵が言い出す。
「体温チェック?」
と広実が尋ねる。
「ちんちんチェックだ」
と織絵。
「何それ〜?」
「このマンションは女子専用だから、女の子しか入れない。君はちんちんは付いているかね?」
と織絵が言うと
「知ってるくせに」
と広実は言う。
「質問に答えなさい。ちんちんは付いてるか?」
「おっぱいありまーす。ちんちんありまーす。タマタマありまーす」
「このマンションはちんちんは立入禁止だ」
「だったらどうするの?」
「君のちんちんは切り落とさせてもらう」
「切り落とされたーい。切って切って」
と広実は言っている。
「広実ちゃん、まだ手術してなかったんだっけ?」
と千里が訊いている。
「おっぱいはシリコン入れて大きくしたけど、ちんちんもタマタマもまだ取ってませんよ」
「あれ?シリコン入れたんだ?」
「また精子はあるの?」
美来が訊く。
「ある。女性ホルモン飲みたいけど勇気がなくて」
「それはまだ飲まないほうがいい。飲んでしまったら、もう後戻りできないから」
と優子。
「うん。男をやめる決断ができるまで飲まない方がいい」
と光帆が言い、
「私もそう思う。それ飲んだらもう後戻りできなくなるから」
と桃香も言っている。しかし織絵は
「既に後戻りはできない気がするけどね」
と言う。
「物理的には胸のシリコン抜けば、男の身体には戻れるけど、男に戻る気はない。でもまだ女になる勇気がない」
と広実は言っている。
「それは無理することないよ」
と光帆は言ったのだが、織絵は
「でもちんちん無くてもいいんだろ?」
と尋ねる。
「むしろ無くしたい」
「つまり切る勇気が無いだけなんだ?」
「まあそうかも」
「ではやはり私が切り落としてあげよう」
と織絵が言う。
「え〜〜!?」
「でも切り落とす前に、精液を採取しておきなさい」
「えっと」
「何か適当な容器無い?」
「これでいいんじゃない?」
と美来がその辺に乗ってた小皿を取る。
「これに出すんですかぁ?」
「精液採取セットあるよ」
と千里が言って、アンプルの先にゴム製のチューブが付いているものを出す。
「君は何でも持ってるな」
「使い方は分かる?」
「分かる気がします」
「じゃ、これ取り付けて出してみて」
「えっとどこで?」
「ここですればいいんじゃない?みんな見ててあげるよ」
「トイレ行ってこようかな」
「隣の部屋でする?」
「貸して下さい」
と言って、広実は精液採取セットを持って隣の部屋に行く。
20分ほどして出てくる。
疲れた顔をしている。時間も掛かっていたし、なかなか出なかったのだろう。
「ほほお。これが精液か」
「よし。人工授精しよう」
と美来が言い出す。
「は?」
「この精液もらっていいよね?」
「ちょっと待って下さい」
と広実は言うものの、千里が
「これをアンプルの先につければスポイトになるから」
などと言って、プラスチック製の細い円錐状のものを渡す。
「待って。それ使うの〜〜?」
「子供できても養育費は請求しないから」
と言って、光帆はパンティを下げると、アンプルを手に持ち横になって入れようとしたが、ひとりではうまくできない。
「私がしてあげるよ」
と織絵。
「よろしく」
「半分は私がもらっていい?」
「いいよー」
それで織絵が精液を半分、美来の膣内に注入した。
「交替」
今度は織絵がパンティを脱いで横になり、美来が残りの精液を織絵の膣内に注入した。
「赤ちゃんできるといいなあ」
などと織絵は言っている(織絵はこのあたりのことを翌日全然覚えていなかった)。
「みんなが見ている所でやるとは、大胆だな」
と桃香が言っている。
広実は自分の精液を勝手に使用されて『うっそー!?』という顔をしている。
「女の子しかいないから大丈夫だよ」
と美来は言ったものの、それで織絵は思い出した。
「そうだった。広実のちんちんを切らないと」
と織絵は言う。
「美来、包丁持って来て」
「包丁で切るの〜?」
「キッチンばさみがいいか?カッターナイフがいいか?」
「あのぉ、麻酔とかは?」
「そんなもの無い」
「止血とかは?」
「できる訳が無い」
「私、帰ろうかな」
と広実が言っていた時、千里が声を掛けた。
「結局、広実ちゃん、女の子になりたいんだっけ?」
「なりたい」
「じゃ女の子にしてあげるよ。ちょっとこちらにきて」
と千里は広実に言い、
「織絵ちゃん、こちらの部屋貸して」
と織絵に声を掛ける。
「ちらかってるけど」
「平気平気」
それで千里が広実を連れて“散らかっている”6畳の部屋に入る。
さっき広実が採精(つまり射精)した場所である。
20分後。
「信じられない」
などと言っている広実が千里と一緒に出て来た。
「どうしたの?」
「女の子になっちゃった」
と広実。
「その手に持ってるビニール袋は?」
「胸から摘出したシリコン」
「シリコン抜いたんだ?」
「本物のおっぱいができたから、これは邪魔」
「へー」
「この子、もうちんちん無いからここに居ていいよね」
と千里が言う。
「ほんとにちんちん取ったの?」
「無くなっちゃった」
と広実。
「ちんちん切るくらいすぐできるよ。胸のシリコン摘出の方がわりと大変だった」
などと千里は言っている。
「桃香もちんちん切ってあげようか」
と千里が言うと
「いやいい」
と桃香。
「まあいいや。千里が言うのなら大丈夫だろう。じゃこれ飲みたまえ」
と言って、光帆は広実にグラスを渡し、氷だけ入れてウィスキーをそのまま注ぐ。
「頂きます」
と言って広実はウィスキーを飲んだ。
「おお、いい飲みっぷりだ」
と織絵が嬉しそうに言う。
「今日は女の子になれて嬉しい。私、飲みます」
「よしよし」
「だけど、今6人もいるね。密っぽいからそろそろ退散しようか」
と優子が心配して言ったのだが
「じゃ誰か感染してないかチェックしてあげるよ」
と言って千里は検査キットを取り出した。
「本当は唾液でも検査できるんだけど、みんな飲み食いしちゃってるから、この状態の唾液では検査できない。鼻腔内から採取していい?ちょっと痛いけど」
「検査キットがあるのか」
「じゃよろしくー」
ということで、6人全員、千里が綿棒を鼻の穴に入れて検体を採取し、検査キットに浸透させた。イムノクロマト法の検査キットである。PCR法に比べると精度は落ちるが、とにかく短時間で結果が出る。
検査結果は15分ほどで出た。
「全員陰性」
「良かった」
(陽性の場合は5分ほどで出る。15分待つのは慎重を期すため。ただし、全員陰性であることは、実は《びゃくちゃん》が最初から判定していた)
「じゃ朝まで飲もう」
「そうなるのか」
「まいっか」
ということで宴会は本格化してしまった。
一方、千里2はこの日(6/9)、ハイゼットで高崎まで走り、玉依姫神社で販売する招き猫をいつもの工房で仕入れた。そして帰る途中、浦和に寄る。駐車場にハイゼットを駐め、歩いて京平が行っている幼稚園に行く。スマホで時刻を確認すると12時少し前である。
「だいたいこんな時間かな」
と独りごとを言って幼稚園の園庭に入ると、お迎えのお母さんたちが既に数人来ている。お母さんたちはだんだん増えてくる。12時の時報が鳴ると、玄関が開き、先生が園児たちを連れて出てきた。
幼稚園は本来9時から15時までなのだが、コロナ感染防止で園児の密度を下げるため、あらかじめ保護者にアンケートを取り、9:00-12:00の午前組と、13:00-16:00の午後組に分割している。千里はどちらでもいいと回答しておいたら午前組に振り分けられた。それで9時登園、12時お迎えになっているのである。
それで先生から京平を引き取る。
「あれぇ、今日は2番おかあちゃんだ」
などと京平は言っている。
「まあ色々都合があるからね。千葉の玉依姫神社まで行くけど、一緒に行く?」
「行く行く」
と京平は嬉しそうに言った。
やはり男の子は乗り物が大好きである。千葉までのドライブをハイゼットの助手席(チャイルドシートを付けている)で楽しんだようである。
玉依姫神社に着くと、ここの巫女長・後藤真知に声を掛けて招き猫を搬入した。
「あ、京平君だ、久しぶり〜!」
「真知お姉ちゃん、こんにちは」
「おぉ、よしよし。よく名前覚えてたね」
「ボク、わりと人の名前御覚えるの得意」
「凄い凄い」
「特に美人さんはよく覚えるよ」
「こらこら、子供のくせにお世辞など使わなくてもよい」
「でもここの女神様も美人だね」
と京平が言うと、《姫様》も笑っていた。
社務所には、千葉市内の和菓子屋さんで仕入れてきたお団子、大福、なども降ろす。この大福には神社の紋の焼き目を入れてもらっているし、お団子はパックに神社の紋のシールを貼っている。元々はここでデートするカップルがわりといるのでおやつに用意していたものだが、最近はお土産に箱入りで買っていく人もある。
なお、デートするカップルのために、お団子も大福も2個入りパックにしている。当初はお店のほうで売っているのと同じ3個100円だったが、3個はハンパだという意見から、増量して2個100円にした。
串団子は3個刺さっている串を3本だったが、5個刺さっている串2本に、大福は50gの大福3個だったのを80gの大福2個にと、いづれも増量した。
招き猫と、大福などの和菓子を降ろしてから、ハイゼットには神社で出たゴミを積み込んだ(むろんゴミ等を運搬した後はちゃんと洗浄する)。
京平がもっとドライブしたいようだったので、その後、千里は東京湾を一周してアクアラインを木更津から川崎へと走り、その後、浦和まで行って京平を降ろす。その後、晩御飯(麻婆豆腐)を作って、彪志が帰宅するのを待ち、一緒に御飯を食べてから、各々の部屋で寝た。この日はRoom1で彪志、Room2で千里2と京平が寝ている。
一方、織絵たちのマンションでは、ハンドルキーパーだったはずの千里もついお酒を飲んでしまい、混沌としてきはじめていた。
ここで飲んだのは1番である。3番は酔うと仕事に差し支えるので“裏”に回った。千里たちは龍虎たちとは違い、体液は各々独立循環なので、ひとりが酔うと全員酔うようなことはない。
かなり混沌としてきた所で、唐突に広実が言った。
「気のせいかな、桃香、お乳の匂いがする」
「下の子がまだおっぱい卒業してないから」
と桃香。
「子供がいるの?」
「うん。今、上が3歳、下が1歳」
「嘘。桃香が男の人とするなんて信じられない」
「どちらも人工授精だよ」
「ああ。男とセックスした訳じゃないんだ?」
「そんなのする訳無い」
「少し安心した。でも子供2人も作るって凄いね」
と広実は感心している。
「いや、桃香は絶対10人くらい子供がいる」
と織絵は言っている。
「私が知ってる範囲で6人だな」
と千里が言っている。
「ちょっとちょっと」
「6人もいるんだ!?産みまくってるね」
と広実が驚いている。
「私との子供が早月と由美、季里子ちゃんとの子供が来紗と伊鈴、早紀ちゃんとの子供が小歌と小空」
と千里は名前をあげる。
「なんか相手が女名前ばかりのような気がする」
と広実。
「そりゃ桃香が男の人の子供を産む訳がない、みんな相手の女の子に産ませたものだよ」
「桃香って精子があるの?」
と広実が驚いたように言うと
「それは間違いなくある」
と織絵と千里が同時に言った。
「じゃ産みまくったんじゃなくて産ませまくったのか」
「物理的に7-8年で6人産むのは無理。でも産ませるのなら、もっと行ける」
「いや、桃香の子供はその6人だけとは思えない」
「そうか。桃香、性転換してたのか。それでも父親になるって凄いなあ」
と広実。
「うーん。私に精子があるかどうかについては、私も自信無いのだが」
「桃香の種で私も2人産んだから、精子があるのは間違い無い」
「すごーい」
↓桃香の子供たち
早月 2017.05.10 3歳になる年度
由美 2019.01.04 2歳になる年度
来紗 2013.06.03 小1
伊鈴 2014.08.10 年長
小空 2012.04.15 小2
小歌 2013.02.14 小2
ただし遺伝子的にも桃香の子供であるのは、早月・由美・小空・小歌の4人。
桃香が“父親”を自称しているのは、来紗・伊鈴・京平の3人。
「醍醐先生質問です」
と織絵が言った。
「先生は無しだよ」
「じゃ千里さん質問です。さっき広実を女の子に改造しちゃったみたいだけど、女子を男子にも改造できますか?」
「ああ。簡単だよ」
「私たち子供欲しいんですけど、光帆をちょっと男に改造してもらえません?」
「いいよー。美来ちゃん、ちょっとおいで」
この時、美来は桃香と何か話していて、こちらの話を聞いていなかった。
「え?なんですか?」
などと言いながら、千里(実はかなり酔ってる)と一緒に隣の部屋に行く。
15分後、美来が「うっそー!?」と言いながら、千里と一緒に出て来た。
「どうしたの?」
と桃香が尋ねる。
「ちんちん生(は)えちゃった」
「美来は時々ちんちんがある気がする」
「よし、セックスしよう」
と言って織絵は美来を押し倒したが、
「こら君たち人前ではやめなさい」
と桃香が言うので、織絵は美来をひっぱって隣の部屋に行く。
30分後、満足そうな顔をした織絵と戸惑うような顔をした美来が出てくる。
「した?」
「した。気持ち良かった」
「まあ、織絵は元々ストレート寄りのビアンだからな」
と桃香は言っている。
「でも私も射精ってしてみたいな」
「織絵ちゃんも男の子になる?ちょっとおいで」
と言って、千里が織絵を連れて隣の部屋にいく。
15分後、織絵は
「やったぁ。私もちんちん出来た。ミルル、もう一度セックスしよう」
と言って、織絵はまだ頭が混乱しているっぽい美来を連れて隣の部屋に行くのだが、すぐに織絵だけ顔を出して
「すみませーん。入れる穴が無くて困ってるんですが」
「ああ、だったら美来ちゃんは女の子に戻してあげるよ」
と言い、千里も隣の部屋に行く。
「おお、凄い!女の子に戻った」
と織絵の声がドアの向こうからする。
「じゃいただきまーす」
などと織絵の声がするが、千里は1人で出てくる。
そういう訳で、この夜は、美来♂×織絵♀、織絵♂×美来♀、というセックスが行われたのである。どちらも生セックスである。もっとも2人ともその前に広実の“最後の精子”を膣に注入している。
「でもこれもし妊娠した場合、私たちの間の子供か、広実の子供かって分からなくならないかな?」
と織絵は言ったが、千里はこう答えた。
「血液型で分かるよ。織絵も美来もO型だから、ふたりの間に子供ができたら必ずO型になる。広実はAB型だから、広実と織絵あるいは美来の間に子供ができたら子供はA型かB型になる。だから生まれた赤ちゃんの血液型で、父親が誰だったかは判明する」
「子供がAB型だったら?」
「O型の母親からAB型の子供が生まれることはない」
「そうなんだ?」
「じゃ生まれたら分かるね」
「生まれる前には分からない?」
「遺伝子鑑定すれば分かるよ。高いけど」
「高いって幾らくらい?」
「20-30万円くらい」
「高ぇ!」
「生まれたら血液型で分かるんだから、それ待てばいいね」
「まあそんなものだね」
千里はその後、桃香も男に変えたような気もするが、よく覚えていない。
この夜は千里1が暴走ぎみで、織絵も美来も完璧に酔っているし、ひとり冷静に見ていた千里3は呆れていた。
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【春銅】(2)