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「でもあきらさんはいつ頃から女装してたんですか?」
「うーん。。。。」
「スカートは美容師始めた頃から穿いてたらしいね。でも晃的見解では、スカート穿いたり、お化粧したりするのは、単純なファッションだったというのよね」
「うん。だから女装している意識はあまり無かったのよね。最近まで」
「下着はどうしてたんですか?その時期」
「下着は昔から女物だったよね」
「スカート穿くのに下にブリーフとか穿けないもん」
「私はそれで充分女装だと思うんだけどね」と小夜子。
「だけど、男性の美容師さんの中にはけっこうスカート派いますよね」と胡桃。「ね、いるよね」とあきら。
「でもあきらさんの場合は、男の人には見えないから」
「あらら」
「淳さんはいつ頃から?」
「物心ついた頃から女の子になりたかった」
「典型的なパターンですね」
「だから小さい頃も親の目盗んで、母のスカートを身につけたりとかしてました。私の場合、女のきょうだいがいないから、母の服が憧れだったんです。サイズ全然合わないけど」
「女物の服の調達ってのは子供の頃はみんな悩んでるよね」と千里。
「この世界の人って、物心ついた頃から女性志向だった人多いけど、それを親に認めてもらえないから苦労する。私の場合は妹がいたから、それを借用したりしてたけど、スカートとか実際には小さくて穿けなかった」
「完全に穿けなくても身につけただけで結構満足するんだよね」と淳。
「そうそう」
「私の場合、幼稚園の時まではスカート穿きたいと言うのをお母さんが少し面白がって穿かせてくれてたのよね。当時はまだ姉ちゃんのお下がりが使えたのも大きいけど、けっこう私のために新しく買ってくれることもあった。でも小学校に上がったら、ズボン穿きなさいと言われたのよ」と青葉。
「お姉さんがいるのはやはり理想だよね」と和実。
「和実ちゃんのこと、それ?」と桃香。
「私は女装始めたのが高校の時だったからね。でも自分で女物の服を買ってたから、姉ちゃんの服を借用したことって、何度かしかない」と和実。
「そのあたりの事情は私も和実さんと同じだ。私も姉ちゃんいるけど、姉ちゃんの服を借りたことは1度もない。自分の稼ぎで女物の服を買ってたもんね。高校から女装を始めたというのも同じだよね。ま、女装がばれてからは姉ちゃんから服をもらうことよくあった」と冬子。
「ふたりとも女装と仕事がリンクしてるから、少し特殊だよね」
「青葉ちゃんも自分で女物の服を買ってた口だよね」
「うん。小学校に上がった頃から、両親の仲が悪くなってしょっちゅう喧嘩しているようになって、そのうち子供2人放置されてしまって。それで私自身が小2の時に、拝み屋さんの仕事を継承して現金収入が得られるようになったから、勝手に女物の服を買って着るようになった。水泳の授業にも女子用スクール水着で出てたし。だからその頃からは、お姉ちゃんのお下がりもらえることは少なくて、私が逆にお姉ちゃんに服をあげてた。体型あまり変わらなかったし」
「そうか。青葉ちゃんって小学2年の時から自分の生活費を自分で稼いでいたのか。凄いね」
「とりあえず運が良いことに、私と姉ちゃんと2人が飢えない程度にお金を得ることができたからね。ひいおばあちゃんが凄かったおかげで依頼人が絶えなかった訳だから、ひいおばあちゃんにずっと助けてもらっていたようなものだけどね」
「この中でダントツに若いのに、ダントツにしっかりしている感じだもんね、青葉ちゃんって」と和実。
「とりあえずフルタイム女装歴はいちばん長いよね」と千里。
「確かに・・・・・」と和実。
「2番目に長いのがたぶん、あきらさんだよね。本人は女装ではなかったと主張するかも知れないけど」と淳。
「フルタイム歴は・・・千里さんは1年くらい?」「うん」
「冬子さんは1年半だよね」「そうそう。和実ちゃんもでしょ?」「うん」
「やはり青葉の14年というのは凄すぎる」と桃香。
その晩は23時前後から終電のある人が少しずつ抜けていったが、深夜1時を過ぎても、冬子・政子・和実・青葉・千里・桃香の6人が残って話をしていた。千葉に帰る予定だった青葉・桃香・千里の3人はとっくに終電はなくなっていたが、もうこのまま、お泊まりモードという感じだった。
「眠ってしまった人には毛布くらい掛けてあげるから、眠くなったらその辺りでごろんと横になって寝ていいよ。寝姿を盗撮したりはしないから」と冬子。
「でも自宅に防音室があるっていいですね」と青葉。
「使ってみる?」
「いいんですか?」
青葉は冬子の家の室内に設置された防音室の中に冬子、千里と一緒に入ると、(他の3人は半分眠り掛けている感じだった)「ピアノ借りまーす」と言ってクラビノーバのふたを開け(防音室内にはエレクトーンのSTAGEAと電子ピアノのクラビノーバが置かれている)、和音を弾きながら、コンクールで歌っている『島の歌・幸い』を歌い始めた。
「凄い。F6まで出るんだ!」と冬子。
「実はC7まで出ます」と青葉。
「きゃー。下の方は?」
「D3までです」
「4オクターブか!凄いなあ」
「でも世の中には6オクターブとか凄い声域持ってる人もいますね」
「うん。6オクターブの歌手、わりと親しい人の中にも2人いるよ。でも、私、この声では2オクターブちょっとしか出ないの。実は男声では2オクターブ半くらい出るんだけどね」
「男声で2オクターブ半出るんなら、多分女声では3オクターブ出せますよ」
「そうかな」
「練習次第」
「ね、また今度でいいから、発声で少し教えて」と冬子。
「はい。今日は少し歌い込んでいいですか?大会が近いので」
「うん。遠慮無く使って」
「あ、そうだ。冬子さん、避難所で斎太郎節を歌う時、ちゃんと民謡音階で歌ってましたよね」
「なんかいろんなジャンルの歌を歌えと言われて、民謡教室に通わされたのよ」
「わあ、お仕事って大変だ」
「でもちゃんと音階の違いが分かるのね、さすがだね、青葉ちゃん」
「あの場で、青葉とあきらさんがそのこと言ってたけど、どう違うの?」と千里。「歌い分けてみるね」と言って冬子は、斎太郎節を民謡音階と西洋音階で歌い分けてみせた。
「西洋音階の斎太郎節ってなんか変」と千里。
「変でしょ?でもこれで歌っちゃう人多いのよね。これがまた、お琴の音階は別なんだな」
「基本的には楽器ごとに音階は違うんでしょうね」
「それでこの春にリリースした『雅な気持ち』という歌では、お琴の音階でロックしたの」
「わあ、面白い」
「楽器の調律面倒だから録音したの流しちゃおう」というと冬子は防音室内に置いたパソコンから『雅な気持ち(春を待つ)』の音源を呼び出し、再生した。
「わあ、これはちょっと不思議な世界ですね」と青葉。
「そうだ。音階の話になったから、これ披露しちゃおう」
「何だろう?」
「これ去年のコンクールで岩手にいた時にコーラス部で歌ったんです」と言って青葉はピアノを弾きながら『夜明け』のソプラノパートを歌い始めた。やがて歌がソプラノソロ『巫女の歌』の所に掛かる。冬子が驚くような顔をしている。
歌い終わってから2人が拍手をする。
「なんだか心の深層を動かされるような音階だった」と冬子。
「幸せを招く歌なんです、これ本来は」
「えっとこんな感じかな?」
といって冬子は今聴いたばかりの『巫女の歌』を歌ってみせた。
但し青葉の1オクターブ下で歌った。
「すごい。音程ピッタリ。なんで、そんなにすぐきれいに耳コピーできるんですか?」と青葉が驚いて言う。
「だって、これでも一応プロの歌手だから」と冬子はにこやかに答えた。
翌日、青葉は桃香と千里が大学に行っている間に和実の勤めるメイド喫茶に行き、和実の時間が取れたところでテーブルに座り、少し個人的に話をした。ふたりは面倒だから?お互い呼び捨てで行こうということにした。メイド服を着た和実に、青葉はちょっとだけドキドキした。青葉が女の子にドキドキするのは珍しい。私、女の子にドキドキするのは菊枝だけかと思ってたのになあなどと青葉は考えていた。
「和実は石巻にいたの?」
「あ、姉ちゃんが石巻で、私は仙台に買物に出てたの。でもどちらもほんのちょっとの運命のアヤで津波から助かったのよね。姉ちゃんはちょうどお昼を食べに出て助かったけど、姉ちゃんの美容室の人、全滅だったし」
「きゃー」
「私自身は必死で走って、津波からやっとで逃げて、後ろ振り返ったら誰もいなかったの。私の後ろで走っていた人たち、いたはずなのに」
「うわぁ」
「青葉は大船渡だよね。あそこも被害が凄かったでしょ」
「うちのクラスはちょうどその時間、体育でスキーしてて山の上にいたから全員助かったんだけど、学校の方では高台に避難している最中の列の途中に堤防を突き破った津波が来て先生と生徒あわせて15人死亡」
「あああ」
「昼休みにコーラス部で一緒に練習していて、会話も交わした先輩も1人亡くなったんだよね」
「誰が生き残って誰が死ぬかって、ほんとに紙一重だったね」
「うん。私も和実も死んでてもおかしくなかったんだろうね」
「うん。というか、何だかいまだに自分がほんとによく助かったなという思いというか、私ってホントに助かったんだろうか?なんて思っちゃって」と和実。
「和実も?実は私もなの。私、今自分が本当に生きているのかって、いまいち自信が無くて」と青葉。
「だけど・・・私も青葉も、もし実はあの時死んでいるんだったら、今、私達幽霊同士で会話していることになるのかな?」
「あはは、それも面白いかもね」
「だけど、青葉の後ろのお姉さんが、私に子供出来るって言ってたけど」
「うん」
「私、母親になるのかなあ、父親になるのかなあ」
「うん。お姉さんにあの後でも訊いてみたんだけど、その件それ以上は言えないって。でも淳さんが父親で和実が母親かもね」
「そうなったらいいなあ。ね、それとさ」
「うん」
「あの部屋にいた全員って言ったでしょ?」
「そう。ビストロのオーナーさんとその娘さんも」
「青葉もなの?」
「え!?」
「だって、青葉もあそこにいた訳だから」
「あ・・・・それは全然考えてなかった。でもあり得ないよ。私生殖能力無いし・・・・あ、やはり後ろのお姉さん、微笑んでるだけ」
「私ね、冬子さんには赤ちゃんできそうな気がしたんだ、あの時。これ本人や他の人には言わないでよ。でも青葉も、マジで、そのうち、赤ちゃん産みそうな気がするよ」
「あはは・・・・産んでみたいなあ」
少し焦りながら答える青葉であった。