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話が盛り上がるものの、けっこうな時間が過ぎていくので、冬子がうちのマンションに来ませんか?と言い、全員を招待した。
「よし、二次会だ」と和実は楽しそうである。
「このマンションは男子禁制にしてるんだけど、男子はここにひとりもいないから大丈夫ですね」と冬子が笑って言う。
「わあ。セキュリティ付きのマンションって初めて」と青葉。
「分譲マンションですか?」
「いえ、賃貸ですよ〜」
「家賃訊いていい?」
「42万円。それまで家賃8万円のアパートにいたんですよ。でも去年再デビューする時に、セキュリティ付きのマンションに移ってといわれて。当初は家賃払えるかなと思ったんだけど、幸いにも払える状態が続いてる」
「大変だよね。芸能界って売れる売れないは時の運だし」と和実。
「そうそう。実力あるのに売れない人って多いもん。あ、それからここは盗聴器の検知機を作動させてるから」
「わー」
「じゃ、ここでもオフレコで色々話せるね」
「未成年の人、手を挙げて」
青葉、和実、冬子の3人が手を挙げる。
「じゃこの3人はオレンジジュースとかウーロン茶とかで」といって、冬子は冷蔵庫から、ジュース類を出して来た。
「他の人は水割りでいいかな?」と政子がウィスキーと氷を持ってきた。
「帰りに車を運転する人・・・・いないですね」
冬子が全員分のグラスを揃えている間に政子は居間に置かれた大型の冷蔵庫からお菓子の箱を3つほど取り出してきた。
「政子さんはよくこちらにも来るんですか?。勝手知ったって感じ」
「週に1〜2度は来るかな。冬が東京にいる間は。ま、居ない時も勝手に来るけど」
「政子のタンスもあるし」
「冬子のタンスもうちにあるね」
「なんかおふたりの関係がだいぶ分かってきた」と和実。
「あまり勝手に誤解しないように」と冬子が笑っている。
「ファンからの頂き物で、お菓子類にしても飲み物にしても豊富なんです」
「私の分もこちらに持ち込んでるしね。置き場所の問題で。だからこちらにおやつを求めて来ることもある。この居間の冷蔵庫はもらったお菓子専用」
と政子。
「ローズ+リリーの活動はずっと休止中なんだけど、ローズクォーツがそこそこ売れているから、私の方にもけっこうプレゼント贈られてくるのよ」
「こないだの政子の誕生日には凄く大量に贈られてきたね」
「うん。あれはびっくりした。事務所から冬の車でこちらに運んだもんね」
「こちらに移動中に携帯で少し見てました。来月久しぶりにアルバムを発売するんですね?」と小夜子。
「メモリアル・アルバムね」
「メモリアルって、追悼版?」
「そそ。私は現役復帰するつもりないから」と政子。
「もったいない!」
「でもこれ昔の録音とかじゃなくて新録音ですよね」
「実は去年録音したの。大人の事情で発売を1年延ばしてたんだ」と冬子。
「へー」
「今年また録音して来年発売するとか?」
「今年も新曲録音するよ、とは言われてるけど、発売については聞いてないね」
「えーっと、聞いてないことにするんだった」
「オフレコ〜」と和実。
「今年はすぐ発売するよ。秋くらいの発売。でも絶対誰にも言わないでね」
「わあ。発表になったら即予約入れよう」
「政子がどんどん新しい詩を書くから、私がそれに曲を付けて、どんどん曲ができていくから、時々それをアルバムとしてリリースしようという趣旨なのよね。だからこのあと毎年、メモリアル2,メモリアル3,メモリアル4,...と1年に1枚くらいのペースで、私達の創作の泉が枯渇するまで続けていくつもり。これって、アマチュアのアルバムの作り方に近いけど、なぜか上島先生が嗅ぎつけて、僕の曲も入れてね、なんて言ってくるの。すると商業ベースに乗っちゃう」
「あの先生も忙しいのに、よく私達に目をかけてくれるよね」
「息抜きらしいのよ。売れる売れないに関係無く自由に曲を書けるからって」
「ああ、あれだけ忙しいと、そういう曲の作り方もしたいんでしょうね」
「政子さんと冬子さんは私と同じ学年かな?」と和実。
「だよね。大学2年生」
「千里さんと桃香さんが3年生ですね」
「そうそう」
「青葉ちゃんは中学2年だったね」
「淳さんは・・・・27くらい?」
「30になりました。あきらさんは私と同年代ですよね?」
「31です。小夜子とはもともと高校の同級生だったんですよね。当時もわりと仲良かったけど、恋人になったのは大学を出てから。たまたま私の勤めていた美容室に小夜子が来たのがきっかけ」
「一度は晃の女装趣味に付いて行けないと思って別れたのよね。だって晃ってデートにスカート穿いてくるんだもん。あり得ないよ。ホテル行ってみるとブラジャーまで付けてるしさ。でも、去年偶然再会して、今度は3度目の正直で結婚しました」
「わあ、大ロマンスだ」と政子は言うと、何か思いついたような顔をして、バッグからノートを取り出し、ペンを走らせ始めた。
みんなが静かに見守っている。政子のペンは1度も停まることなく、10分ほどで、50行ほどの詩が完成した。「Long Vacation」というタイトルが付けられている。
「冬〜、今すぐこれに曲付けて」
「了解。というかほとんど出来てる。五線紙頂戴」
「はーい」
と言って政子がバッグから五線紙を取りだし、今自分が使っていたペンと一緒に渡す。
冬子は『出来てる』という言葉の通り、ほとんど迷わずに五線譜に音符をどんどん書き連ねていった。政子が詩を書いているのを見ながらもう作曲していたのであろう。また誰も声を出さずに見守っている。曲は15分ほどで完成した。
みんながパチパチパチと拍手する。
「凄い。ローズ+リリーの創作現場を見てしまった」と和実。
「おふたりとも凄いですね。いつもこんな感じで制作するんですか?」と小夜子。
「ふつうは冬が先に曲を書いて、私が詩を書き込んでいくことの方が
多いよね」
「うん。今みたいに突然曲が湧いてきた時はね。今みたいに政子の方が先に詩を思いついて、私が曲を付けていくパターンは珍しいです」
「ここまで凄いインスピレーションで書いた場合でない時は、私が自分の詩のノートに書いておいて、それを冬が作曲したい時にぱらぱらと見て気に入ったのがあったら、それを見ながらキーボードとか弾きながら曲を付けていきます。そういう作り方する曲が9割くらいですが、たまに今みたいに突発的なインスピレーションから短時間で曲を書き上げることがあるんです」
「でも譜面書くのに楽器使わないんですね」と青葉。
「強いインスピレーションから書く時はだいたい楽器使わないよね」
「うん。頭の中にメロディーが流れてくるから、それをどんどん書き出していく。楽器を使って、いい音の流れとかを探す必要がないんです」
「この曲、今度のアルバムで使いたいね」
「ローズクォーツ?」
「ううん。ローズ+リリーだと思う。この曲調は」
「もし良かったら歌ってみてください」と小夜子。
「いいですよ」と冬子は言うと、奥の部屋に行き、キーボードを持ってきた。
「最初に演奏だけするから、そのあと一緒に歌おう」
「OK」
それは郷愁をそそるような感じの曲だった。
「わあ・・・・これ私達のことだ」と小夜子。
「うん・・・」とあきらが涙を浮かべている。
「そのお腹の中の赤ちゃんへのプレゼントということで」と冬子は言う。
「ありがとう」
「インスピレーションもらったお礼に、後でベビー用品とか贈りますね」