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■バレンタイン・パーティー(1)

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(c)Eriko Kawaguchi 2011-02-09

 
忍はカレンダーを見てため息をついた。バレンタインまであと10日。普段の年なら、どうせチョコなんてくれる女の子なんていないからと「関係ねえ」という気持ちでいられるのだが、今年はどうにも無関心ではいられなかった。
 
彼の心を揺らしているのは隣のクラスの鈴音であった。忍と鈴音は1年生の時に同じクラスであったこと、文化祭の時に彼女が所属する英語部でやる英語劇の出演者が足りず、忍が応援で出たこと、またふたりとも京統大学の理学部を志望していたことなどから親しく話すようになり、お互いの携帯の番号も教えあって、いつでも話ができる仲になっていた。ただ、ふたりの関係は、まだ「恋人」という感じではなかったし、実際ふたりで恋愛っぽい話題を話したことはなかった。友人カップルの噂話などはしたりすることもあったが、そのくらいは同性の友人とでも話題にする話という気もする。
 
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彼女、僕にチョコとかくれたりしないかな・・・・・
 
そのことが気になり、いっそこちらからバレンタイン前に告白しちゃおうか、などとも思うのだが、なかなか告白する勇気が無かった。そもそもふたりの関係は今友達としては充分良好だったので、もし告白して拒否された場合、友達としてもいられなくなるのではという不安があり、それが彼の決意を鈍らせていた。
 
その日、学校が終わった後、参考書を買いに町へ出た忍は、ビルの角の所で立っている鈴音を見かけ、声を掛けようと近づいていった。その時!
 
崩れるように鈴音はその場にしゃがみ込んでしまった。「!?」驚いた忍はすぐに駆け寄ると声を掛けた「鈴音さん、大丈夫?」「あ、忍くん・・・・」
「凄い熱」「うん。風邪引いちゃって。用事があるから出てきたんだけど、無理みたい」「病院に行く?」「ううん、家に帰る」「じゃ、タクシーで帰ろう。家まで送っていくよ」忍は参考書を買うのに結構な額のお金を持ってきていたので、彼女の家までのタクシー代くらいは出せるはずと思い、そう言った。
 
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「うん、そうしようかな。家まで戻ったら、お母さんいるからタクシー代払えると思うし」それなら全く問題無い。忍は流しのタクシーを停めると、鈴音を乗せて、自分も一緒に乗り込んだ。「春日町まで」
 
彼女の住所は頭の中に入っているが実際には行ったことはない。近くまで行くと鈴音の道案内に頼ることになった。そして家まで行き、体調の悪い鈴音を車内に残したまま、忍が先に降りて呼び鈴を鳴らすのだが、応答がない。玄関も鍵が掛かっているようである。「あらあ、お母さん買い物にでも出たのかな?」
 
結局タクシー代は忍が払い、鈴音の持っている合い鍵で中に入ることになった。
「ごめんね、お母さんすぐ帰ると思うから、そしたらタクシー代返すから少し待っててくれる?」忍も病気の彼女を一人で放置できないと思ったので待つことにした。鈴音に頼まれて薬箱から葛根湯を出す。忍が後ろを向いている間にパジャマに着替えた鈴音はその薬を飲み、ベッドに入って横になった。
 
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好意を持っている女の子の寝姿を見るのはどきどきしたが、病気なので仕方がない。部屋から出て居間で待ってようかとも思ったのだが、彼女が少し話しがしたそうであったので、彼女の部屋にしばらくいることにした。
 
「でもどこに行くんだったの?」
「うん。実はバレンタインのチョコを買いに出たんだ」
忍はドキっとする。それは誰に渡すチョコなんだろう。
「ああ、せっかく当選したチケットだったのになあ。悔しいなあ」
「チケット?」
「うん。銀座パピヨンの今日だけ限定の特別仕様のチョコなのよね。ホテルフォンターニュの広間で女子限定のイベントがあってそこで販売されるんだけど、入場にチケットが必要で、その抽選に当たったから出かけたのだけど」
 
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「誰か友達に頼むとかは?」
「うーん。他人のチョコ買いにわざわざ町まで出て行ってくれそうな子は・・・よし。陽菜に頼んでみようか」
鈴音は携帯で友人に掛けていたが、向こうは出ないようである。
「ダメか。亜弓はどうだろう」
鈴音は別の友人に掛けていたが、こちらも出ない。
「参ったなあ。歌穂は塾だし、美香は部活だし・・・・・うちまでいったん来てチケットを持ってから出かけないといけないから、あまり遠い所に住んでる子には頼めないんだよね」
 
確かにチケットを持ってないと入れないのでは、そういう面倒さがある。その時、忍はさっきから考えていたことを思い切って言ってみた。
「なんならさ、僕が代わりに行ってこようか?どんなのを買うか教えてもらえば」
 
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純粋に鈴音が残念そうにしているのを見かねて言ったのだが、言いながらも後悔していた。そのチョコを渡す相手がもし自分なら、自分で買いに行ったものを自分でもらうのも変な感じだし、それよりあげる相手が自分以外の男だったら・・・
 
鈴音がよく同じクラブの先輩の男子の話をすることは認識していた。また英語部の顧問の若い男性教諭のこともよく話す。彼女がその2人にある程度の好意を持っていることはうすうす感じていた。「特別なチョコ」はそのふたりの内のどちらかに渡すものなのかも知れない。もしそれを自分が買いに行くのなら、なんて間抜けなんだろ。しかしその心配は一瞬で杞憂になった。
 
「ごめん。これ女子限定イベントだから」
「ああ、そういえば、そういう話だったね」
 
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忍はさっき鈴音が女子限定と言っていたのを忘れていたことで真っ赤になったがそれで正直ほっとしたと同時に、また自分が役に立てないことに悔しい思いがした。
 
鈴音は再度友人に電話をしていたが、やはりつながらないようであった。「イベントは何時からなの?」「7時から」
今は5時である。どこかから鈴音の家に来てチケットを受け取り、それから町まで行くとしたら、けっこうギリギリになるかも知れない。
「ああ、もう無理かなぁ」鈴音は携帯を閉じて目をつぶった。
 
「ごめんね、役に立てなくて。僕が女の子なら行ってあげられるのに」
「女の子なら・・・・」
「あはは。まさか女装していくわけにもいかないし」
「女装!それだ!」
「え?」
「ねえねえ、忍くん女装したことある?」
「そんなの無いよ」
「ね、私の服ちょっと着てみて」
 
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鈴音はベッドから起き出すとタンスの中からピンクのセーターと、黒いロングスカートを取り出した。「このセーターだぼだぼタイプだし、このスカートはウェストがゴムだから、入ると思う。忍くん、細いし」
スカート?を穿くのか?
忍は戸惑ったが、好きな女の子の頼みである。「分かった」というと、鈴音が向こうを向いている間に着ていた服を脱ぐと、そのセーターとスカートを身につけた。スカートなんて穿くのは初めてだ。なぜか変な気分になる。
 
「わあ、けっこう似合ってるよ」
忍は姿見に自分の姿を映して自分でも少し驚いた。忍は髪も比較的長い方だし明日くらいに床屋さんに行こうと思っていて割と伸びていた所だったので、そう不自然ではない感じだ。これなら女の子に見えるかも?
「あ、でも・・・・・ねえ、眉毛を少しカットしてもいい?」
「よく分からないけど、いいよ」
鈴音は机の引き出しからポーチを取り出すと、その中から小さなハサミを出し忍の眉毛を切り出した。鈴音の顔が超接近しているので、心臓がドキドキだ。
 
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「うん、これで凄く女の子っぽくなった。あとはおっぱいか」
鈴音の口から「おっぱい」などという単語が飛び出すと、それだけでドキリとする。
 
胸のところにハンカチを丸めて入れてみたが、歩いている内に落ちそうな気がした。「落ちるとやばいよね。。。。仕方ない。ブラジャー付けてくれる?」
ブラジャー!?鈴音のブラジャーを僕が付けていいのか?
 
「これ、こないだ買ってまだ自分ではつけてないブラなんだ。未使用だから、たぶんあまり抵抗ないよね」といって、鈴音はビニールのパックに入ったブラを取り出して開封した。よかった。未使用のものなら・・・。さすがに鈴音の使用済みのブラを付けるのなら頭の中がおかしくなりそうだ。
 
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ブラジャーなんてものを付けたことは無かったが、母がやっているのを見たことがあるから、何とかなりそうな気がした。忍はいったん上半身裸になるとそのブラを何とか付けようとしたが・・・ホックが届かなかった。それを言うと「ホックしまってなくても大丈夫と思う」と鈴音は後ろを向いたまま答える。結局ホックがしまってないブラの中にハンカチを入れて簡易パッドとし、その上に元から着ていたTシャツを着て、その上に鈴音のピンクのセーターを着た。
 
「おお、おっぱいあるように見える。これで完璧ね」
「よし、じゃこれで行ってくるよ。何を買うのか教えて」
鈴音はイベントのパンフレットに載っているチョコの写真にマジックで○を付けて、忍に渡した。「もしこれが売り切れてたらこれ」といって、優先順に1,2,3と数字を記入した。
 
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そして鈴音から財布の入ったキティちゃんのポーチを渡され、それをえいやと開き直って肩に掛けると、歩き出そうとして・・・・いきなり転んでしまった。
 
「あ、スカート穿いている時は足の刻みを小幅にしないと、足がスカートにぶつかって転んじゃう」
「難しいんだね」「女の子は小さい頃からやってるから意識しないんだけど」
「僕は即席女の子だから」「それと足で歩くんじゃなくて腰で歩く感じにすると可愛くなるよ」「うーん。努力する」忍はさっきいきなり転んだ反省から小さく足の幅を動かすようにして、歩き出した。
「じゃ行ってくるから、鈴音さんは寝てて」
「うん。何か分からないことあったら電話してね」
 
勢いで、女の子の服を着て鈴音の家を出たものの、外に出ると、自分がスカートを穿いて道を歩いているという事態に、忍はとても変な気がした。それになぜかあそこが大きくなりそうになる。忍は鞄で、あの付近を覆い隠すように持った。
 
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道々自宅に電話して、町で会った友達が突然体調を崩したので家まで送ってきたこと。その子の頼みで用事を済ませていくので帰りは遅くなることを母に伝えた。その友達というのが女の子であることまでは言わなかった。
 
地下鉄に乗って町に向かう頃には、最初の昂揚した気分が冷めてくるとともに誰か知り合いにでも会ったら恥ずかしいなという気持ち、それと男とばれたらどうしよう?という気持ちが湧いてきた。ついうつむき加減になる。しかし地下鉄を降りてホテルへの道を歩いている途中、ショウウィンドウに映る自分の姿を見たら、なんとなく可愛い感じがした。これ自分でなかったら、一目惚れしちゃうかも、などと思ったりしたら、この格好でいることに少し自信が出てきた。少なくとも男とバレることは無いんじゃないかな、と思った。
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