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目次]
「前の学校で制服はどうしてたの?」
「一応規則だからと言われて男子の制服を授業中は着ていました。でも放課後になったら、私服の女の子の服か、先輩からゆずってもらった女子制服に着替えてました。クラブ活動で校外行事などに出る時は女子制服で行ってました」
「トイレは?」
「男子制服の時は来客用の多目的トイレを使うよう言われてましたが、私服や女子制服の時は普通に女子トイレ使っていました」
「なるほど」
「あと、髪の毛は女子の基準の長さを守っていればいいと言われてました」
「かなり配慮してもらっていたのね」
「ええ。小学生の時はふつうにスカート穿いて学校に行っていたので、中学に入って制服になるというので、すごく鬱な気分になったのですが、友人たちがいろいろ運動してくれたおかげで先生達に理解してもらって、嬉しかったです」
「校長先生、体育の授業は本来選択制だから、この子を他の女子と一緒に受けさせるの、問題ありませんよね?」と保健主事が言う。
「ええ、問題無いですね」と校長も答えた。
「トイレとか着替えとかの問題は、いちおう職員会議で打ち合わせしましょうか」
「ええ、それがいいでしょう」
「他の先生達にあなたの姿を見せたほうが話が通りやすい気がするので、写真撮らせてもらっていいかしら?」
「はい。どうぞ」
「吉本先生。今職員室にいる先生方だけにでも実物のこの子をちょっと見せておきましょうか?」
「そうですね。そちらが良ければ」
「私は大丈夫です」と青葉が言うので、職員室に行き、まず校長の紹介のあとまず朋子が挨拶し、青葉が「お世話になります。よろしくお願いします」
とたっぷりの笑顔!で挨拶した。朋子はこういう場面で満面の笑みが出せるようになったんだなと内心驚いていた。
校長室に戻り、4人でもう少し話し合いを持った結果、校長は青葉の性別問題について、できるだけの配慮はすることを約束してくれた。どの点でどういう対応になるかについては、また改めて連絡するし、場合によっては再度、保護者同伴で来てもらって話をすることになるかも知れないということではあった。ただ、もう学期が始まっているので、できるだけ早くその問題をクリアして授業を受けられるようにすることも約束してくれた。
連絡はその日の夜7時過ぎにあった。先生達がかなり遅くまで議論してくれたようであった。結果を聞いていちばん大きな感激の声を出したのは千里だった。なんと、基本的に女子生徒として受け入れてくれるということであった。最近こういうケースがあちこちで出ていることも影響しているようだ。
すぐに女子制服を購入してくれるよう、購入可能な場所のリストをFAXでもらった。授業は基本的に他の女子生徒と一緒に受けてもらい、トイレについても生徒用の女子トイレを使ってもらって構わないが更衣室については取りあえず専用の部屋を用意し、様子を見てまた検討するということだった。また就学開始については、学校側の準備もあること(先生達が性同一性障害について勉強会をすると言っていた)、青葉のほうも環境がいろいろ変わってたいへんだろうからということで一週間後の4月25日からという線を打診され、朋子は了承した。
「学校に行ってすぐに連休に入ってひとやすみできるから、たぶんベストのスケジュールじゃないかな?」と桃香は言う。
青葉の就学が一週間後と決まったことで、桃香たちと朋子の間で、それまで青葉をどちらに置くかで、少し揉めた。ともかくも桃香と千里は学校があるので一週間もこちらにいるわけにはいかない。明日にもいったん戻る必要があるので連れて行って触れ合いたい。しかし朋子もこれからずっと一緒に暮らす子を手元に置いていろいろと話がしたい。
あれこれもめた結果、明日制服の採寸をしたら青葉はいったん桃香と千里のところに一緒に戻るが、朋子もそれに付いていく!ということになった。この結論に青葉は初めて、おかしくてたまらないという感じの笑顔を見せた。
一週間の間、桃香と千里は講義が終わるとすぐに帰宅して青葉と色々な話をした。日中は朋子がせっかく都会に出てきたからということで、色々なところに連れ回しているようだった。落語の寄席に連れて行ったりコメディ映画なども見せていた。どうやら感情表現の訓練を兼ねているようだった。青葉が遊園地にも行ったことがないというので、ある日はふたりで遊園地に行った。それを聞いて桃香と千里は「あ、私も行きたかった」と同時に言った。
「もも姉とちー姉ってほんとに息がぴったりだよね。まるで恋人みたい」
と言ってから青葉は「あっ」と言って口を押さえた。こんな仕草も初めてみせた仕草だった。「もしかして・・・」と遠慮がちにふたりの顔を見る。
「青葉のお姉ちゃんたちはレスビアンみたいなのよね」と朋子が言ったが桃香は「私の片思いかも」と千里を見つめながら言う。千里は何も言わずに笑っている。「へー」と青葉は、興味津々という感じのまなざしを向けた。桃香はこの子、日に日に表情が増えてきているなと思った。
青葉はそれまで自己流のタックをしていたのだが、千里が世間的に広まっている方法を教えてあげた。「中に収納したままの状態でおしっこできるって凄い!」と青葉は感動していた。「本当はタックは睾丸によくないから中学生がしちゃいけないんだけどね。青葉の睾丸は既に機能停止してるみたいだからいいでしょう。しかし睾丸機能停止の魔法なんて私にも掛けて欲しいくらい」
「掛けてあげようか?」「だめ!精子の採取終わるまでは」と桃香が止めた。
桃香が「精子保存大作戦」のことを言うと、青葉が「じゃ採精する前日に、ち−姉、私の所に電話してよ。24時間限定で男性機能が活性化する魔法を掛けてあげる」「そんなこともできるんだ!」「私生理不順とかもかなり治せるよ」と青葉は言う。青葉はどうも「心霊治療」を時々していたようだ。
「私のひいおばあさんが拝み屋さんだったの。私、その血を引いてるんだろな」
と青葉は言っていた。小さい頃、よくその曾祖母と一緒に滝行などしていたらしい。
この後に採取した千里の精子はそれ以前に採取したものより明確に活動性が高く(被災地活動で休んだ分延びて)5月で終了する予定だった採精は、それ以前の分を破棄してやり直し、7月まで続けられた。後に早月の妊娠に使ったのは最初に青葉が魔法を掛けた時に採取した精子だった。
4月24日の日曜に4人でまた実家まで戻り、できあがっていた制服を受け取った。早速着せてみると、立派な女子中学生のできあがりである。
「この子、学生服着ていた時は、男装している女生徒って感じだったもんね」
「ねえ、青葉」と桃香が少し厳しい顔で言う。
「これから、青葉の希望通り、女子中学生としての生活が始まる訳だけど、いろいろ親切に配慮してくれる人もあるだろうけど、あなたを毛嫌いする人、いじわるする人、男扱いする人とかも、きっといるだろうと思う。でも、どんな扱いされても我慢して」
「うん」
「辛かったら、私や千里に電話して愚痴言ってもいいし泣いてもいいからさ」
「うん。辛いときじゃなくても電話していいよね?」
「もちろん。楽しいことがあったときでも、別に電話する用事がない時でも気軽に電話してきて」
「うん。そうする」と青葉はかなり自然な雰囲気になった笑顔で言う。
「そうだ」と青葉がいう。
「こういうのはちー姉の方が分かりそうだからお願いがあるんだけど」
「なあに?」
「お数珠のいいのを見つけたら買って送ってくれない?玉が108個あるやつ」
「ああ、そういう話は千里だ。私は宗教はダメ」と桃香。
「どんなのがいいの?」
「ちー姉の好みで。あのね。私、般若心経を毎日唱えようかと思うの」
「般若心経!」
「私地震のあとでどうも両親やお姉ちゃんが死んだみたいと分かった時、お姉ちゃんの死は悲しかったけど、両親の死はむしろホッとしたの。
でもちー姉と桃姉の所に来てから落ち着いてきたら、そういう感情持つのはよくないと思った」
「そう思える所が青葉って大人だね」
「そうかな。。。それで、死んだお姉ちゃんや両親や、そしてたくさんの亡くなった友達や先生、今まで私に色々してくれた人、しばしば挨拶交わしていた人、とかの供養が何かできないかとここ数日思ってたんだけど、こちらへ来る特急の中で突然般若心経を唱えることを思いついたの」
「ああ、いいかもね!」
「でしょ。亡くなった家族や友人ひとりひとりのために唱えようかと思って」
「でも、それかなりの数にならない?」
「たぶん。実際何人死んだのか分からないし。とりあえず毎日108回唱えようと」
「108って除夜の鐘の数?1回2分で唱えて216分。4時間かな」
「108は仏教やそれの元になったインドの宗教でよく出てくる神秘数なの。1の1乗掛ける2の2乗掛ける3の3乗で108。通学中に歩きながらとか、体育の時間に体を動かしながらとか心の中で唱えていたら、そのくらいはできそうな気がするのだけど、どこまでやったかすぐ分からなくなりそうだから、数を数えるのにお数珠がいいなと思って。数珠の構成は真言宗の形式の。7000円から1万円くらいで」
「真言宗の108珠のね。数珠ってもともとカウンターだもんね。わかった。青葉に合いそうな感じで気に入ったの見つけたら送るね」
「うん。ちー姉が気に入ったら多分私も気に入ると思う。感性が似てるから。あ、理屈とか思考とかは桃姉のほうに私、似てるかな」
桃香の視線に即反応して青葉が付け加えたので朋子が苦笑している。
その日は明日からの青葉の前途を祝して、桃香の実家で4人で焼肉をした。こういう食事の仕方も青葉は体験したことがなかったので「ああ、こういうのもいいなあ」などと感激していた。「みんなで1つの鍋をつつくなんていい」
などとほんとにうれしがっている。
「こんなんで喜んでもらえたら安上がりでいいわ」などと朋子は笑っていた。
翌朝。「行ってきます」と笑顔で手を振り朋子に伴われセーラー服を着て登校していく青葉を見送って、桃香と千里はぎゅっと手を握りしめた。