[*
前頁][0
目次][#
次頁]
ともかくも青葉はとりあえず佐賀の祖父の所に送ることにした。当地でタクシーが営業していることを確認し、早朝にタクシーを呼んで、山形市との連絡バスが出ているところまでタクシーで送り届けてもらった。そこから先の佐賀までの行き方については、朱音に緊急メールを送って調べてもらっていたので、そのメモを渡した。青葉には着替え数着のほか、必要な交通費と途中の食費、プラスアルファのお金をもたせた。
「青葉ちゃんに私の着替え残りを全部渡したから私の明日の着替えが無いや。お金も無くなった」と千里がいうと桃香は
「私もお金無くなった。着替えは私のを使えばいいよ」と言う。
「うん。そのつもり。貸してね」と千里は桃香にキスをしながら言った。
その後、千里と桃香は3日間被災地で働いては3日間地元に戻って休息するという生活を繰り返した。千里は第1陣,第2陣,第4陣,第6陣,と4回被災地に行きこの炊き出しプロジェクトは終了した。何とか食料が回り始めたようであったので、あとは継続的な支援をする体力のある企業や団体にお任せしようということになった。4月になれば大学生たちも学校が始まるので、人員の確保の問題もあった。1,2陣から6,7陣まで残ったのは女子組では結局千里・桃香・亜衣華の3人だけであった。千里たちは3月29日に最後の活動を終えたあと1日までの休養日を経て、通常の活動に復帰した。休養日はお店に出なくても1日につき4時間分の給料が支給されることになっていた。
新学期が始まり、受講票を提出して、千里たちは新しい授業に臨んだ。被災地での活動は体力的にも精神的にもきつかったが、いざふつうの日常に戻ってしまうと、何か気合いが入らないのを感じていた。桃香はしばしば授業中に居眠りして千里や朱音に揺り起こされていた。
4月8日金曜日。玲奈が「今日午後から花見だからね」といった。
「なんかどこかの知事さんが花見自粛しろとか言ってなかった?」
「あれは老害というやつだね。こういう時はどんどん消費活動して経済を活性化しないといけないのよ。美緒の彼氏がバイクで福島の農家回って、出荷できずに困っている野菜をたくさん買ってきたから、それで鍋にするよ」
「美緒の彼氏、福島に行ってたんだ!」
「福島は帰り。宮城でがれきの片付けの作業してたって。でも作業中は毎日がれきの下から死体を発見して、もう人間の死体見るの慣れっこになったって」
「悲惨だなあ」
「お肉も福島の自主避難地域で飼われていた牛の肉ね。向こうで内輪で消費するはずだったものを、適当な代金払ってもらってきた。放射能は念のため大学の機器でチェックしたけど問題無いレベルだった」
「ふむふむ」
「今回は会費1人1万円ね」
「え?高っ」
「食材の仕入れ分を除いた金額は現地でボランティア活動している団体に寄付」
「あ、それはいいね!」
花見の参加者はいつもの7人(玲奈・美緒・真帆・友紀・朱音・千里・桃香。このクラスの女子全員)に生物科の5人(香奈・優子・聡美・亜矢・由梨亜)、それに彼氏のいる人は彼氏同伴で来ているので、全部で18人と大人数であった。
「桜きれいだね」
「今日がいちばんの満開かもね」
「いろいろあったけど、桜を見ていると心がなごむ」
「この牛肉、かなり上等。美味しい」
肉は張り切って10kgほど用意していたがみんな良く食べるのできれいに消費仕切った。
自然と震災の話題が多くなる。いつもは軽い話題で盛り上がるのだが、今日はどうやって東北を再生するかとか、今後の日本の電力をどうするか、原子力発電を減らしつつ化石燃料の消費をいかにして減らし、かつ日本の経済活動を縮小させないようにするにはという難問には、各自いろいろな案を考えていたようで、活発な議論となった。お互いに「あ、そのアイデア使えそう」などという意見も出る。皇居の地下に設置してもいいような絶対安全な原発の作り方に関してもかなり真面目な議論をした。
大勢集めて自転車を漕いで発電などというアイデアも出た。その場で玲奈がパソコンを取り出して計算してみたらなんと500人で漕ぐと原発一基分の電力が出せるという計算結果が出た。「これ行けるんじゃない?」「人力発電所だね」
「しかし常時漕ぎ続けるのは無理」「3000人くらいで交替しながらやればいい」
「ダイエットしたい人集めればいいよ」「スポーツ選手のトレーニングに」
「メタボ診断されたら人力発電所に強制収容」「失業者を集めてさせれば」
「交通刑務所の作業はこれにしてもらおう」などといった意見も出る。
しかし本命はやはり太陽光発電・太陽熱発電だろうということは多くが賛成した。
「この議論ここだけで終わらせるのもったいないね」
「ホームページ作って公開しよう」
「じゃ、俺がまとめてみるから、みんなコメント付けて」と玲奈の彼氏が言った。
ひととおり議論が落ち着いてきた頃、香奈が
「そういえば、今日はちょうど花祭りだね」
という。
「何?花祭りって?」
「知らないの?お釈迦様の誕生日だよ。ここに来る途中、白い象の人形を引いてまわってたのに遭遇したでしょう」
「ああ、あれ花祭りのだったんだ」
「お釈迦様のお母さんが、白い象が体内に飛び込む夢を見たあと妊娠に気付いたという伝説があるのよ」
「私、お寺の幼稚園だったから、花祭りにはお釈迦様の像に甘茶を掛けるのやったよ」と玲奈。
「そんな行事があったのか。全然知らなかった」
と宗教関係に疎い桃香が言う。
しかし白い象が飛び込んで妊娠か・・・・自分が妊娠するのはいつ頃かな、などと考えたりして、ふと千里の横顔を見る(桃香は当然の如く千里の隣に座っている)。視線を感じて千里が「何?」とこちらを向く。桃香は「ううん、何でもない」と微笑んでいたら、向かい側に座っていた美緒から「こら、そこイチャイチャするのは、ここ終わってからにしなさい」と声が飛んだ。
「でも今年の花祭りはお釈迦様の誕生祝いというより鎮魂の意味合いのほうが大きくなってしまったかなあ」
などと香奈は言う。
「花祭りという名前はこのお祭りでたくさんの花を飾り付けることから明治時代に外国にこの行事が紹介される時に付けられた名前らしいのよね。でも今年のお花はひとつひとつが供養の花だわ」
桃香は青葉はどうしているだろうと思っていた。佐賀の祖父の所に到着したというのは電話があったのだが、その後の連絡がない。
と思ったら、その日の花見が終わって千里と桃香が一緒に帰宅したら、玄関の前でその青葉が座り込んで待っていた。
「お帰りなさい」
「青葉ちゃん・・・・」
「ごめん。戻って来ちゃった」と先日よりずっと自然な笑顔で言った。
「よくこの場所分かったね」
甘いミルクティーを入れながら千里が言う。
「あ、ありがとう千里さん」と少しは抑揚のある声で答えてから
「住所のメモ頼りに辿り着いた。この付近まで来てから1時間近くぐるぐる回っていたけど」
「都会の住所は分かりにくいもんね」
「こちらには新幹線で来たの?」
「お金無いからヒッチハイク」
「九州から?凄い」
「で、向こうで何かあったの?」と桃香が尋ねる。
「うん。ごめんね。桃香さん。できるだけ我慢しようとは思ったんだけど。取りあえず3度の食事をもらえるだけでも結構感動ものだったし。。。それで男の服着るように言われて、そこまでは多少は妥協してもいいかなと思って着ていたんだけど、精神がなってないから剣道か空手やれと言われて道場に連れていかれたり。それも我慢してたんだけど、新学期始まる前に髪切れっていわれて、捕まえられてバリカンで刈られそうになったんで、もう無理って思って、そのまま身の回りの物だけ持って逃げ出してきた。トイレで女の子の服に着替えて、それからヒッチハイクでこちらまで来たの。3日掛かっちゃったけど、こないだもらったお金の残りで何とか食べ物は食いつないだ。夜は道の駅のトイレで寝て」
「ハードだなあ」
こないだ会った時からすると、かなり言葉にイントネーションができている。それでもふつうの人から見たら、相当ぶっきらぼうな感じに聞こえるだろう。
どうする?という表情で千里と桃香は見つめ合う。
「とりあえず保護するしかないと思う」と千里。
「仕方ないなあ」と桃香は、青葉の祖父の家に電話を入れた。
青葉を再びこちらで保護していることを伝え、本人がどうしてもそちらに帰りたくないと言っているのでしばらく預からせて欲しいと言ったら、意外にも、手に負えなくて困っていたので、預かってくれるならしばらく預かって欲しいと言われた。桃香は内心怒りながらも「分かりました。当面こちらでしっかり保護しますので」と言って電話を切った。
「あ〜あ、とりあえず私は君の保護責任者になったよ」と桃香は言う。「私も青葉の保護責任者」と千里はむしろ嬉しそうである。
「すみません。ご迷惑おかけします。生活費とかしばらく貸してください。父の死亡が認定されたら、父の銀行口座からお金が引き出せてお返しできると思うので」と青葉が言う。
「ねえ、桃香、そのあたりって色々手続きが必要なんじゃない?」と千里。
「うん。これ弁護士さんに頼んだほうがいいね。中学生が行ったって銀行は大人を連れてきなさいとしか言わないよ」と桃香は答える。