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■女の子たちの花祭り(3)

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ボイラーが生きていて、各部屋の付属のバスルームが使えた。千里は取りあえずお風呂に入っといでと青葉を促す。前日の宿舎から転送してもらっていた自分の着替えの中から比較的若い子向きに思える物を選んで、青葉に渡した。お風呂から上がり、千里の服を着た青葉は、どこから見ても少女だった。
 
「助かりました。お風呂も地震以来はじめて入ったので気持ちよかったです」
と無表情な顔で言う。表情こそそんな感じだが、ほんとに感謝している風であるのは、読み取れた。
 
千里と桃香が交代でラウンジに晩ご飯に行く。ふたりとも自分の御飯を少しずつセーブしてついでに夜食用と称しておにぎりを少しもらい部屋に持ち帰ってきたので、青葉はそれを夕食に食べて、満足そうであった。桃香が持ってきていたお菓子をひろげ、3人で食べる。
 
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「青葉ちゃん、親戚とかはいないの?」
「父も母もひとりっ子だったんで、おじ・おばの類がいません。母方の祖父母は津波の被害がひどかった町に住んでいて、連絡取れないので死んだんだと思います。父方の祖父が九州の佐賀に住んでいますが、父と喧嘩していてもう何年も音信不通です」相変わらず無表情で淡々と語る子である。桃香はこの子を見ていて、ここまで一度も笑顔を見てないことに気付いていた。悲しい顔さえしない。どんなに辛い体験だったんだろうと桃香は思う。未曾有の大災害で一挙に家族親戚を失い、心に強烈なダメージを受けたのがこの子をこのようにしてしまったのだろうか?
 
「佐賀におじいさんがいるなら、取りあえずはそこに行ってからその後のことを考えるべきじゃないかしら」と桃香は言った。
「そこにあなたが無事だったことは連絡したの?」
「いえ、してません」
「電話貸してあげるから連絡しよう」
「父とも喧嘩してましたが、私もあの祖父は嫌いなんです」
「でも、こういう時はやはり頼れるのは血のつながりのある人だよ」
 
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「私佐賀には行きたくないです。あの、もし良かったら東京に行く交通費を貸してくれませんか?私、年齢ごまかして働こうかと思って。お金稼げたらお借りした分を必ず返しますから」
 
「それはさすがに無茶だよ。だいたいどこに住むのさ?」
「路上生活します」
「あのね、世の中甘くみちゃ行けないよ。どこの世界に身元のはっきりしない、住所も不明な10代の子を雇うところがあると思う?君、18とかでは通らないよ」
 
「ねえ、桃香。こういうその・・・保護者がいない子って、どうしたらいいの?」
「うん。。。普通はいったん、どこかの児童養護施設に収容されることになるんじゃないかな。ただ今回はこの近辺の養護施設自体が軒並み被災していて、とても子供を保護できない状態と思うけど、落ち着いたら活動再開するでしょう」
 
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「私、別に児童養護施設に偏見持っているわけではないですけど、私そういう所ではとても暮らせないです。きっと男としての生活を強制されるだろうし、それとても堪えられません。男部屋に入れられたら安心して寝ることもできないし、着替えもできないし。そういうの考えていたら、いっそ路上生活したいです」
「うーん。。。。」
 
「今までおうちではどうしてたの?」
「学校には仕方なく学生服で行ってましたが、家の中ではいつも女の子の格好でした」
「ご両親からあなたの性別のことは理解してもらっていたのね」
「いえ、理解してもらえるどころか、そもそもネグレクトされてました」
「え!?」
 
「御飯とかもまともにもらえなかったので、お昼は私は給食で、高校生の姉は友達がお弁当を姉の分まで作ってきてくれるのをもらってました。あとは私は職員室で給食の残りのパンを夕食代わりにもらったり、先生がおにぎりとか作ってきてくれたのを朝御飯に食べたりとか、昨年春からは姉がコンビニでバイトしはじめたので廃棄対象になった肉まんとかをもらってきて分けて食べたり。バイト代は大半を父に取り上げられてしまっていたのですけど。服とかも買ってもらえないから、友人や先生から古着などを分けてもらってました」
「ひどい・・・・よく生きて来れたね」
 
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「今になってみると我ながら生きてたのが奇跡のような気もします。そういう状態なので、私の家庭内の服装には両親とも無関心でどうでもいいという感じでした」
「うーん。。。」
 
「あ、ごめんなさい。私って無表情でしょう。笑顔とかになると、気持ち悪いとか言われて殴られてたから。いつしか、無表情で淡々としゃべるのが私のスタイルになっちゃって。それに感情を殺してないと生きて来れなかったし」
その時、青葉がちょっとだけ涙を浮かべたのを見て、千里は青葉をハグした。今度は青葉も最初から千里をしっかりハグし返す。
 
「私はあなたがそんな感じなのは今回の地震で家族を亡くしたせいかと思ってた」
と千里は涙を流しながら言う。それは桃香も同感だった。
「ごめんなさい。私、もともとこんな感じです」と青葉はまるで20年前の機械音声のように抑揚のない口調で答えた。
 
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「ね。この地震であなたお友達も亡くしたかも知れないけど、私と桃香は青葉のお友達になるから、私達の前では感情を出していいよ。ね、ちょっと笑ってみて」
「はい・・・でも笑うなんて長いことしたことないから・・・こんな感じ?」
青葉はぎこちない笑顔を作った。
「うんうん。ね、毎日笑顔作る練習しよっ。毎日やってれば少しずつ自然な笑顔が出るようになるよ」
「はい」
 
「あなたの性別のことは、お友達とか学校とかではどうなっていたの?」
「友達はみんな私のこと、女の子としてみてくれていました。学校では一応規則で男子の制服を着ないといけないけど、髪の毛とかは先生が大目に見てくれて、女子の基準で長くなりすぎないようにと言われてました。でも放課後になったらすぐ女の子の服に着替えて、女子の友人達と遊んだりしていました。その時間が私にはいちばん心休まる時間でした。一応女子の制服も先輩からゆずってもらって結構着ていたんですが、今回の地震のあとの津波では学校も全壊したので」
「いい先生たちね。でもよく津波で助かったわね」
 
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「ちょうど地震が来た時が体育の時間で。学校の裏山で男女合同授業でスキーをしていたんです。もっとも私はその日体調が悪くて見学だったので学生服だったのですけど。それで本震では幸い雪崩は発生しなかったんですが、また余震が来るだろうし雪崩が危険だから下山しようなんて言っていたのですが、私が凄く悪い予感して、その予感何だろうと考えてたら『津波』という単語が頭に飛び込んで来たんです。で、それ先生に言ったら、先生も私の霊感が強いの知っているので、学校側と連絡とって確かに津波が来る可能性があるというので学校の方でも生徒たちをどこかに避難させようかという話になっているということで、そういう状況なら、私達はこのまま山の上にしばらくいた方が安全かもということでそのままいて。おかげで、私達のクラスは全員助かったんです。学校の方はかなりやられたみたい」
「ああ・・・・・」と桃香が絶句する。
 
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「でも青葉ちゃん霊感強いんだ」
「ええ。普段は無意識に危険なものを避けている感じなのですが、時々そういうふうに明確なメッセージが頭の中に飛び込んでくることあります」
「私の中学時代の同級生にもそんな子いたよ」と千里。
 
「で、その同じクラスの子たちは?」
「そこの近くの避難所にいるはずです。私も最初そこにいたのですが、自分の家がどうなったか知りたくて。2日目にそこを出て何とか家のあった所まで行ったものの、跡形もない状態で。最初の避難所まで戻るのもたいへんなので、その近くの避難所に身を寄せていたところで今日炊き出しに来て頂いて。その女性スタッフの中にひとり女装の人が混じっているのに気付いたので、思い切ってすがってみました」
「私のこと女装者だって気付いたの、たぶんこの子が初めて」と千里は苦笑いしながら言った。
「同類だけに分かるというのと、青葉ちゃんがもともと勘が鋭いからだろうね」
と桃香は冷静に分析しながら言った。
 
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「でもほんとにこのあとどうしようか?」と千里が言う。
「私はその佐賀のおじいさんと連絡を取るべきだと思う」と桃香。
青葉は渋ったが電話番号を知らないというのを、名前と大まかな住所を聞き出し、番号案内で電話番号を調べた。
「掛けるよ」「はい」
 
「夜分大変恐れ入ります。古賀様のお宅でしょうか。私は今回の東北の地震で被災した、そちらのお孫さんの青葉君を保護した者なのですが」と桃香が言うと「青葉の遺体が見つかったのですか?」と向こうは尋ねてきた。
「いえ、青葉君は生きてます」
「なんと!本当ですか!」
向こうは驚くとともに物凄く喜んでいる感じだ。
「本人と替わります」といって桃香は電話を青葉に渡す。
 
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青葉は相変わらず淡々と話す。しかし向こうからはかなり興奮した声が漏れてきていた。向こうは取りあえずこちらに1度来いと言っているようだ。しかし青葉は返事を渋っている。根負けしたのか、向こうは青葉を保護している人と話したいと言ってきた。電話を受け取ると桃香は向こうといろいろ話した上で、「分かりました。そちらに行かせますので」と答えて電話を切った。
 
「ね、青葉ちゃん。気が進まないというのは相性の悪い相手なら理解するけどこういう時は、とりあえず行ってみるものだよ」
「そうですね・・・・・でも私、男の子の格好では行きたくないです」
「女の子の格好で行けばいいじゃん」と桃香は言った。
「それでいいんでしょうか?」青葉は少し驚いたような顔をしている。こんな顔を見たのも初めてだ。ほんとに表情の無い子なのである。
「だって、君は自分が女の子だと思っているんでしょう?
だったら、女の子の服を着ておじいさんの所に行くのに不都合がある?」
「そうですよね・・・・それで行ってみます」
「うん。交通費はあげるし。交通機関の使える所までは何とかしてあげるから」
「はい」と青葉はやっと佐賀の祖父の所に行くのを同意してくれた。
 
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「でも・・・」
「なあに?」
「もし、祖父の所で私受け入れてもらえなかったら、千里さんたちの所に寄せてもらってもいいですか?あ、ずっと居させてというのではなくて、相談に乗って欲しいから」
「。。。君って、自分の主張をする前に、予防線を張っちゃうね。それよくない」
「あ、はい」
と青葉は少し虚を突かれたような顔をした。これも初めてみる表情だ。どうも自分達との接触で少しずつ感情が動き出しているのではと桃香は思った。
 
「相談にならいつでも乗るからどうにもならなかったらおいで」と千里は言った。
 
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