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千里は父に言った。
「お父ちゃん。お母ちゃんの癌治療で思いのほか、お金が掛かってるんだよ。悪いけど、我慢してくれない?」
「そうか。そんなに掛かってるのか」
と父も言う。
「うん。そうなの。ごめんね」
と母。
「仕方ないな。お前の身体の方が大事だし。じゃ我慢する」
と父も納得してくれた。母もホッとした様子である。
(後から「ありがとう」と言われた)。
「でもビール飲んでもいい?」
と父が言うと、母も
「いいよ」
と言って笑顔でサッポロビールを冷蔵庫から出してきた。
翌29日(日)、父は福居さんと将棋をすると言って出かけて行った。
「お父ちゃんが将棋指してる所とか見たことないけど、強いんだっけ?」
と千里は母に訊いてみたが
「新婚の頃見たことある。私は囲碁も将棋も分からないけど、一緒に見てた友だちが後から『取れる駒取らないから、思わず口出したくなった』と言ってたからそのレベルだと思う。でも福居さんとは似たレベルみたいよ」
などと母は言っている。
「なるほどー!」
「まあ将棋よりお酒でも飲む方が目的なんじゃない?」
「だろうね!」
「玲羅、5年生になったら、何のクラブ入るの?」
と千里は訊いた。
4年生はクラブは入っても入らなくてもいいのだが、5年生からはどれかに入らなければならない(合唱サークルはこの件に関しては最初からクラブ扱いしてもらっていた。合唱サークルに入れば、他の部には入らなくてもよい)。
「囲碁部に入ろうかなあ」
「へー!」
「だって将棋部よりは女子が多いし」
「ああ、そうかもね」
「お父ちゃんに口出されなくて済みそうだし」
「あはは」
母に確認したが、父は囲碁は全く分からないようだということらしい。
「でも囲碁部って、囲碁盤とか囲碁駒とか買わないといけないんだっけ?」
と母が訊いている。どうも母も囲碁のことを全く知らないようだ。
「碁盤や碁石は学校にあるのを使うと思うよ」
と玲羅。
「まあいちばんお金のかからない部活かもね」
と千里が言うと、母はホッとしているようだった。
「でも1000円くらいのプラスチック製の折りたたみの碁盤と碁石のセットとかあるから、そのくらい、お母ちゃん、買ってあげてよ」
と千里は言う。
「まあ1000円くらいならいいかな」
と母も言った。玲羅は喜んでいた。
この日は日曜なのに、母は午後から会社に出勤していった。夕飯の買物頼むと言われたので(でもお金はもらえなかった!)、神社でのバイトが終わった後、林田さんに車で送ってもらって駅前のスーパーまで行き、買物をしてきた。
千里がバスで帰宅して、夕飯にクリームシチューを作っていたら、母は18時すぎに帰宅した。そして言った。
「私、1月から正社員にしてもらえることになったから。パートは卒業」
「それどう違うの?」
「給料あがるから、何とか家計も回していくよ」
と母。
「仕事も大変になるんじゃないの?」
と千里は心配する。
「まあ、ほとんど休めなくなるけどね。でも癌の治療も寛解は近いと言われてるし頑張れると思う」
と母は明るく言った。
「でも私忙しくなるから、千里ごめん。夕飯の買物は全部頼む」
「いいよ」
それ、お金も私が出すんだよね?まあいいけどさ(千里は最近ほとんど買物の資金をもらっていない)。
12月31日(火).
お昼頃、テレビを見ていた父が
「当たった!」
と大きな声で言うので何事かと思ったら
「年末ジャンボ宝くじが当たってる」
と父は興奮ぎみに言う。
「いくら当たったの?300円?」
などと玲羅が言うが
「馬鹿。300円で騒ぐか。4等10万円だぞ」
「すごーい!」
番号を確認するが、父が持っている券の1枚が166922となっており、確かにテレビの隅に表示されている4等の当選番号と一致する。その次の166923は6等300円である。つまり10万300円当たったことになる。
「お父ちゃん、すごいね」
と母も感心している。
父は言った。
「ね、ね、10万当てたからさ、漁協のツアーで年内に申し込んで1月2日から2泊3日でゆうばり温泉に行ってくるのがあるんだよ。2万円。それにみんなで行かない?」
「じゃ、お父ちゃんだけ行ってきて。私や子供たちの分は悪いけど、家計に回させて」
「分かった。じゃこのくじ券、お母ちゃんに渡すから、俺の分のツアー代金とお小遣いに1万円でいいから貸してくれない?」
「はいはい」
と母は苦笑して、財布から1万円出して父に渡し、
「ツアー代金は漁協に持っていけばいいんだっけ?」
と訊く。
「うん」
「じゃ払ってくるよ」
と言って当選券を手に持ち、出かけようとする。
「お母ちゃん、300円は宝くじ売場で換金できるけど、10万円はみずほ銀行の本支店に行かないといけない」
と千里は母に注意する。
「みずほ銀行かぁ!」
そんな上等な銀行は留萌には無い!
「どっちみち換金は1月7日から」
「うーん・・・・」
「提案。美輪子姉ちゃんに送って換金してもらう」
「そうすっか!」
というので換金手段があることが分かり、母も安心したようであった。
どっちみち、母は漁協まで行ってくることにする。千里も
「私も神社に行ってくる」
と言って出かけようとするので、父と2人取り残されそうになった玲羅は
「私も神社でお手伝いする」
と言って、結局千里に付いてきた。
でも玄関を出た所で母は千里に言った。
「当選金受け取ったら返すから3万貸して」
「じゃ私が漁協まで行って払ってくるよ。取り敢えず1万」
と言って千里は母に1万円渡した。
「ごめーん」
「お母ちゃんはお正月の間の食料品買ってきてよ」
「分かった」
それで千里は玲羅を連れて神社に行き、小春に指示して銀行で3万円おろし、漁協に行って、ゆうばり温泉のツアーを父の名前で申し込んで代金2万円を払って来てくれるよう頼んだ。でも小春も小町に頼んでいた!(完璧に伝言ゲーム(父→母→千里→小春→小町)になったが、小町が勘違いして母の名前を書いたりしないよう祈った。まあその時は父に女装させればいいか??)
千里はこの日は19時で仕事を切り上げて帰宅させてもらった。そして間違い無く“村山武矢・41・男”と書かれたツアー申込書・控えを渡した。
「あれ?俺41歳だっけ?」
「そうだと思ったけど?」
と言って母を見る。
「間違いなく41歳。数えでは今日まで42歳」
「だったら俺、今年厄年だったの?」
「そうだけど」
「しまったぁ!厄払いしてない」
「あんた、そういうの迷信だって言うくせに」
「じゃ、来年は後厄だよな?」
「うん」
「ちなみにお母ちゃんは来年が37歳の厄年。今年は前厄だった」
「それは大変だ。一緒に厄払いに行こう」
「いつ?」
「近所のP神社とか、もう閉店してるかな?」
「今夜は二年参りの人がいるから、夜通し開いてるよ」
「じゃ今から行こう」
「ちょっと待って。電話してみる」
それで千里が小春の携帯に電話してみると、本当は祈祷の受付は5時で終了だけど、今の時間帯なら参拝客が少ないから対応できるということである。それで「テレビ見てる」という玲羅を残して、武矢・津気子と千里の3人でP神社まで出掛けた。
父が居ると強制的に紅白を見ることになるが、玲羅はたぶんウッチャン・ナンチャンの裏番組(FNSザ・クイズ 2002国民のチャンスライン)を見たいんじゃないかなと思った。
母が「お布施貸しといて」と言うので、なんか最近完璧に経済的に依存されてるなあとは思いながら、受付をしている小春に初穂料として1万円渡した。
「千里、今、夜間交替するために小町も、弓恵さんたちも仮眠してるのよ。私が笛を吹くから、あんた太鼓叩いて舞を舞って」
「え〜〜!?」
夜間の作業に対応するために、蓮菜の従姉の、鈴恵(22), 弓恵(20) も来てくれているのだが、その2人も仮眠中らしい(守恵は大学受験なので自宅でお勉強中)。
それで両親を参拝者控室に案内した上で、千里は巫女控室に行き、自分の巫女衣装を着けた。
小春が両親を案内して拝殿まで行き、清めの祓いをしてから昇殿させる。千里が先導して神職が入ってくるが、母が千里を見て目を丸くしている。父は首を傾げている。
千里が太鼓の前に正座する。小春は武矢と津気子の前で鈴払いをしてから所定の位置に就く。神職の合図で千里は太鼓を叩き始め、小春が龍笛を吹く。翻田宮司が祝詞を奏上する。
1万円の中祈祷で申し込んでいるので、祝詞がわりと長い。その長い祝詞が終わったところで千里は扇を持ち、小春の笛に合わせて神殿前で舞を奉納する。
そして玉串奉奠(たまぐし・ほうてん)をした後、宮司のお話があり、厄払いの祈祷は終了した。
千里は宮司を先導して拝殿から退出すると、社務所に戻る。そして急いで普段着に着替えた。
一方、武矢と津気子は小春の案内で拝殿から退出し、撤饌、御神酒、お札を受け取った。
そこに千里が合流する。
「お疲れ様」
「あんたが巫女衣装着けて出て来たからびっくりした」
と母。
「今の時間帯、おとなの巫女さんはみんな二年参りの参拝客に対応するのに仮眠してるんだよ。手が足りないから頼むと言われた」
と千里は言う。
「あの巫女さん、お前だったのか!なんか似てるなと思ったけど、なんでお前が女の衣裳とかつけるの?」
「私、女の子だし」
「そういう冗談はやめてくれ」
と父は言ったが、この場ではあまり深く追求しなかった。単に人手が足りないから臨時に男でも巫女の代理をしたのだろうと勝手に思ったようであった。
「でもお前の舞はきれいだと思ったぞ」
「ありがと。私、小さい子たちの舞の指導してるからね」
「ああ、だからお前も舞えるのか」
ともかくも父は完全に忘れていた厄払いの祈祷をしてもらって安心したようである。
「これで来年は豊漁間違い無しだ」
などと言っていた。
神社から戻ってから年越し蕎麦を食べ、0時すぎた所で、千里と玲羅は6畳の部屋に下がって寝た。両親も1時頃には寝たようである。
元旦、千里は6時頃に起きだし、お屠蘇(とそ)を準備し、おせちを皿に盛り、お雑煮の汁だけ作った所で母が起きてきた。
「明けましておめでとう」
「明けましておめでとう」
と言葉を交わし、お餅を7個焼く。父が3個、玲羅が2個、千里と母は1個ずつ食べるのである。
やがて玲羅が起きてきて「明けおめ」とか言っている。最後に父が起きた。
まずは、お屠蘇だが、本式のお屠蘇は、父だけで、他の3人はサイダーで代えさせてもらった。母にも「お前もお屠蘇飲め」と言うが、千里は
「まだお母ちゃんは病気治療で禁酒だよ」
と言うと、諦めた。
その後、お雑煮を配り、おせちの皿をこたつの上に並べて、村山家の1年は始まった。
初詣に行ってこようということになる。父は
「年末にP神社に行ったから、年始はQ神社に行こう」
と言い出した。
千里は、お父ちゃんってわりといい勘してると思った。留萌市内には大きな神社がR神社、Q神社、S神社とあるが、R神社は“神様ご不在”のことが多い。何日かに1度巡回してこられるようである。Q神社・S神社は神様が常駐しておられる。
母は最初「大きな神社はたくさんお布施が必要」とか言って渋っていたが。千里が「別に昇殿しなくてもいいのでは」というと「それならいいか」と言って出かけることにした。
さて着る服だが、父は極めて適当なセーターに裏起毛のズボン、それにアノラックだけで、寒くないか?と心配になる。父はさっさとその服を着て日本酒を飲みながら待っている。