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■Powder Room(1)

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(c) 2002.11.26 written by Eriko Kawaguchi
 
「似合うじゃない」
 
礼子さんにそう言われてボクは頬を赤らめた。
 
「そのブラウスにはこのスカートが合いそうだなぁ」
 
礼子さんが衣装ケースの中から赤いスカートを取り出すのを見ながらボクは心臓がどきどきするのを感じていた。
 

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お父さんがはじめに礼子さんを紹介した時、ボクはあまり深く考えなかった。自分ももう中学生になっていまさらそういう問題は気にしないというのもある。それにお母さんが死んでからもう7年もたつし、お父さんもそろそろ好きな女の人ができたっていい頃だと思った。なんといってもお父さんはまだ35歳なんだから。幼稚園の時に死んでしまったぼくのお母さん。その記憶は曖昧で、写真がなかったら顔も忘れてしまっていたかも知れない。
 
礼子さんは華やかな雰囲気の人で、都内の高校で英語を教えているということだった。頭の回転も速そうだし美人で、ボクにも優しくしてくれたしボクはお父さんの再婚に反対はしなかった。二人は半年後に結婚式をあげた。どちらも再婚ということもあって、披露宴はしなかった。代わりに三人でホテルのレストランでお食事をしたのだけど、お父さんはもう嬉しそうで天にも舞い上がりそうな感じだった。これほどの笑顔のお父さんを見たのって初めてのような気がした。しかしそのお父さんがそのわずか3ヶ月後に死んでしまうとは、思いもよらなかった。
 
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お葬式が終わった後、火の消えたように静かなアパートの中でボクと礼子さんはお互いに何も言葉を出せないまま沈んでいた。「ボク何か作るよ」そういうとボクは立ち上がって台所に行き、冷蔵庫を開けて何か適当に使えそうなものを探し、シーフードスパゲティを作り始めた。すると礼子さんが来てボクを背中から抱きしめてこう言った。「御免ねジュンちゃん。私も手伝う」
「うん」「明日からはまた普通の私に戻るわ。一緒に頑張って行こうね」
「うん。二人でちゃんとやっていけるよ」「うん」そう会話を交わしながらボクは礼子さんの大きなバストが自分の背中に押しつけられていることにちょっとドキドキしていた。
 
約束通り礼子さんがボクの前で涙を見せたのはその晩だけだった。きっとボクの見てないところでたくさん泣いていたのかも知れないけど、家の中ではとってもパワフルなママを演じてくれた。ただボクは礼子さんのことを直接は「お母さん」と呼んでいても、あの晩以来どうしても一人の女の人として見る気持ちも生まれてしまった。なんといっても礼子さんとボクは血がつながってないのだ。
 
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ある日ボクが学校から帰ってきてもまだ礼子さんは帰ってなかった。普段はボクが部活でだいたい6時頃帰って来るので、礼子さんはもう帰ってきていることが多かったのだけど、今日は部長が風邪気味だったこともあり4時半すぎに終わってしまった上に、そういえばその日は保護者面談で遅くなるかも知れないと言っていたのを思い出した。
 
ボクはふと礼子さんの部屋のドアが開けっ放しになっていることに気付いた。だいたいきちんとした性格で、ボクが物を散らかしたりしていたらしっかり叱られる。今朝はよっぽど慌てて出かけたのだろうか。その部屋にはボクもめったに入ることはなかったのだが、なにげなくのぞき込んでしまった。
 
ドキ。
 
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これも礼子さんらしくない。タンスからブラジャーの端が飛び出しているのに気付いてしまった。ボクはちゃんとしまってあげようと思って部屋の中に入り、タンスを少し開けて、そのブラジャーの端を中に押し込んだ。
 
ドキ。
 
タンスのその段には礼子さんの下着がたくさん詰まっていた。洗濯物としていつも干してあるから、最初の頃は少し目のやり場に困ったりしたものの、最近ではあまり気にならなくなってはいたのだが、それがこれだけ密集して入っていると、ついドキドキしてしまう。ボクはついその中のいくつかを手にとってみた。
 
何だかとても優しい手触りだ。女の人ってこんなのを着てるんだ。自分がいつも着ている木綿のシャツやパンツとは大違いだ。色もカラフル。ボクの下着は全部白だけなのに。手に取っているうちにボクは少しずつ変な気分になってしまった。「身につけたらどんな感じなんだろう」
 
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ボクは念のため玄関に鍵がかかっているのを確かめてきてから、思い切って服を脱いで、礼子さんの下着を自分で身につけてみた。礼子さんは女の人にしては背が高いほうだし、ボクはまだ身長が160cmくらいだから、サイズは合うみたいだ。パンツとそれにブラジャーを付けて、それからこれは確かキャミソールというんだっけ?女の人の下着の名前って良く分からないけど、それを付けて鏡に映してみた。ちょっと変な感じ。でも悪くない気がする。
 
それからそれから..... ボクはだんだん大胆な気分になってきて、鏡台の前に座ると、その引き出しの中から口紅をとりだし、塗ってみた。あれ?何だかうまく塗れない。ティッシュでふきとってやり直し。それに夢中になっていたせいだろうか。ボクは足音に全く気付かなかった。鏡の中に驚いたような顔をしている礼子さんの姿を見付けて、ボクは肝を潰した。
 
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思えばあのちょっとしたイタズラから全ては始まったんだっけ。あのあとどうなったのかという記憶が飛んでしまっている。ほんの半年くらい前のことなのに。
 
ただあのあと礼子さんはボクにお化粧の仕方をとっても良く教えてくれた。たくさん種類のある女物の下着の名前と機能もよく教えてくれたし、ボク用のショーツやスリップや小さなカップのブラジャー、そしてスカートや上着とかを買ってくれた。最近では家の中では女の子の服を着ていることのほうが多くなっていたし礼子さんとは女言葉で話をするようになっていた。ただこういうのはボクと礼子さんの間ではどちらも「お遊び」という暗黙の了解があった。お父さんを失って心の中に穴が入ってしまったボクたちにとってこの「お遊び」はとてもワクワクするものであった。
 
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だからボクは家の外に出ると完璧に男の子になっていた。幼稚園のころからの同級生の神崎幸子などには「最近男らしくなったね」などと言われる始末である。おそらく家の中で女の子っぽく振る舞っているのと家の外で男の子っぽく振る舞っているのとできれいにバランスが取れているのだろう。逆に家の中では自分でもドキっとするほど女っぽくなっている自分を感じることもあった。そして玄関を通る瞬間自分の気持ちが男から女へ、女から男へと変化するのがとても面白い感じがした。
 
今回の旅行は礼子さんの大学時代のお友達・川本衣子さんという人が岐阜県でペンションをしていてボクたちに冬休みの間泊まりに来ないかと誘ったのである。本来は忙しい時期なのだが、ちょうど改装中で営業休止中なのであった。結婚した途端に夫をなくして沈んでいるのではなかろうかと心配して気分転換に誘ってくれたというのもあるようだ。しかし礼子さんは電話口でその川本さんとの会話でとんでもないことを言った。
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