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目次]
翌週の土日は神社のお正月用のCMの撮影ということであった。肌襦袢・長襦袢を持って指定の神社まで行き、そこの女性用更衣室で石原さんが持ち込んだ振袖と帯を着付けしてもらう。この日は玲花・鈴佳・宏美の3人であった。
それで参道を歩いている所、お参りしている所、御札を買っている所、おみくじを引いている所、破魔矢や熊手・枡などを持っている所などを撮影される。お参りは2拝2拍1拝ということで、神職さんがお手本を見せてくれたのを真似してやってみた。また参道を歩く時の歩き方は、最初モデルとしての訓練を受けている宏美がお手本をやってくれたので、そんな感じで玲花も鈴佳も歩いてみたが一発でOKが出た。
「やはり君たち、私が見込んだだけあってセンスいいよ」
と石原さんが言う。
「こういうの、できる子はわりとすぐできるし、できない子は何度やってもダメだったりしますよね」
と宏美は言っている。
「ちなみにこれは和服での歩き方だから。スカートやドレスでの歩き方は少し違うんだよね」
「うん、またそれは機会あった時に覚えてもらおう」
なお、今日の撮影はビデオカメラ・スティルカメラの双方で行われている。
また昇殿してお祓いをしてもらい、その様子も撮影された。鈴佳は昇殿してのお祓いなんて初めてだったので、へー!こんなお参りの仕方があったのかと驚いた。
奥宮の方でも撮影します、と言われそちらに歩いて行く。この神社には8つの奥宮があり、その最初の淡島神社の所まで来た時だった。
「すみませーん」
とこちらに声を掛ける女の子がいる。何気なくそちらを見てギョッとする。
親友の尚美である!
「こちらの神社の御札はどちらにありますか?」
と尋ねるので、一緒に居た神社の神職さんが
「下の本社のほうの授与所で一緒に出してますので」
と答える。
「分かりました。ありがとうございます」
鈴佳は「尚美が僕に気づきませんように」と祈る思いだったのだが、玲花が声を掛けてしまう。
「尚美ちゃん、淡島様にお参り?」
「あれ、スズのお姉さん、こんにちは〜」
きゃー。姉貴、なんで声掛けるんだよぉ。
「小さい頃可愛がってくれてた伯母ちゃんが子宮の病気で。女性の病気には淡島様が利くと聞いたんでお参りに来たんですよ。御札買っていってあげようと思って」
と尚美は言っている。
「お姉さんは何かお仕事ですか?」
「そうそう。神社の広報用のポスター作成。新年になると初詣だから」
「ああ。七五三じゃないんですね」
すると神職さんが
「七五三のポスターやCFは9月に撮影したんですよ」
と言う。
「あ、そうですよね。こんなに近くになってから撮影しませんよね」
と尚美。
そんな会話をしていた時、尚美はとうとう鈴佳に目を留めてしまった。
「ん?」
などと言ってこちらを見る。
あはははは。もうどうにでもなれ。
「スズ〜?」
と尚美は声を挙げた。
「あはは。ちょっと恥ずかしい。こういう服あまり着慣れてないから」
と鈴佳は言う。
「確かに着慣れてないだろうね」
と尚美は半ば呆れたような顔で言う。
「私たち姉妹で振袖の撮影モデルやってるのよ」
と玲花がとっても大雑把な説明をする。
「へー!《姉妹》でね〜」
と感心したように言ってから、少し考えるようにして言った。
「スズって和服着るのにいい体型でしょ?」
「うん。言われた。身体の凹凸が少ないから」
「なるほどね〜」
「おっぱい小さいし、ウェストくびれてないし」
「確かに確かに。スズって男みたいな胸だもんね」
と言ってニヤニヤしている。
えーん。このネタできっと後からいじめられそう!
「私なんかたくさんタオル巻いて補正してるけど、鈴佳(すずか)は補正無しで肌襦袢を着けられるんだよ」
「ああ、それは便利だ」
と言ってから
「あ、お仕事の邪魔してすみませんでした。じゃ、すずかちゃん、お姉さん、がんばってね」
ああ、今度から僕ナオに「すずか」って呼ばれそう!
それで別れて、尚美は本社の方に歩いて行った。玲花や鈴佳たちは淡島様で撮影した後、弁天社、濡髪社、住吉社、大黒社、山王社、多賀社と撮影を続け、最後の稲荷社で撮影したあと、再度本社拝殿前で撮りましょうということになり、本社の方に戻る。
するとそこに拝殿の昇り口のところで靴を履きかけている尚美の姿があった。神社の紙袋も持っている。ああ、昇殿してお参りしてきたのかなと思った。袋はさっきモデルとして持って撮影したが、御神酒・かつおぶし・塩・米に御札や御守りが入っているはずだ。
尚美が笑顔で手を振るので、こちらもヤケクソで手を振った。
それで拝殿前で撮影をして「お疲れ様でした」ということになる。尚美は撮影中ずっとこちらを見ていた。
ちょうどその時、神社の入口の方から、ひとりの男子がやってくる。同級生の嵩蔵くんだ。それを見て、尚美が不快そうな顔をした。彼はまっすぐに尚美のそばにやってきた。
「こちらの神社に来ていると聞いたから」
「こないだも言ったけど、私、嵩蔵くんとは付き合えないから」
「こないだは乱暴なことして申し訳無かった。あんなこともうしないから、話を聞いて欲しい」
乱暴なことって何だろう?と思う。その時初めて鈴佳は自分の心の中にもやもやした感情が起きるのを感じた。鈴佳はそれが「嫉妬」という感情であることをまだ知らなかった。
「悪いけど、恋愛の話はできない。私、嵩蔵くんに恋愛的な興味は無いの」
「どうして? 俺、円山さんのこと好きだし。結婚できる年齢になったら結婚したいくらいに思ってる」
「悪いけど、私、恋愛そのものに興味無いし」
「なんで? 男と女がいれば恋愛は生まれるんだよ」
「私、男の子に興味無いし」
「嘘」
「私ね、女の子が好きなの」
と尚美は大胆なことを言った。そして唐突に鈴佳に寄って来る。何だ?何だ?と思っていたら、尚美はいきなり鈴佳に抱きついてキスをした。
え〜〜〜!?
鈴佳はびっくりしながらも尚美から抱きつかれたので、こちらも抱き返した。
「私、この子と愛し合っているのよ」
と尚美は言う。
ちょっと待て。
「ほんとなの?」
と嵩蔵くんは驚いたような顔で言う。そこで鈴佳も言った。
「うん。私も尚美のこと好き」
「そうか。それなら仕方ないか。ごめんね」
そう少し辛そうな顔で言うと、嵩蔵くんは帰って行った。
その後ろ姿を見送るようにして、鈴佳と尚美は身体を離した。
「ごめん。突然変な事して」
と尚美。
「ううん。ナオのためになることならいいよ。でもレスビアンだって噂がたっちゃったらどうする?」
と鈴佳は言う。
「いいよ。その時はスズに責任とって結婚してもらおう」
と尚美。
「あ、尚美ちゃんなら、歓迎だよ」
などと玲花が言っている。
「ああ、最近は女同士で結婚する人もいるよね」
と宏美が隣から言う。
「うん。ふたりとも白無垢で結婚式だよ」
と尚美も笑顔で言う。
嘘。僕まで白無垢着るの?と考えて鈴佳は焦った。
仕事も終わりなので、尚美も一緒に帰ることになった。
「しかしびっくりしたなあ。振袖似合ってたよ」
と帰りの電車の中で尚美は言う。
「なんかなりゆきで、こういうことになっちゃって」
「ふーん。でもスズって女装とかしないのかなあ、って以前から思ってたよ」
「こないだ唐突に女の子の服を着せられて、まだドキドキしてる」
「元々女装する趣味とか無かったの?」
「無いよー」
「何だ。でも最近は男の娘のモデルもいるのね〜」
「いや、僕は事務所の人には女の子と思われているみたい」
「ああ。スズってわりと女顔だもん」
「そうだっけ?」
「これを機会にいろいろ女装してみよう」
と尚美。
「やめてよー」
と鈴佳。
「それ私も唆してるんだけどね」
と玲花。
尚美は盛んに鈴佳の身体に触り
「お、すごーい。ブラジャーつけてる」
などと言って楽しそうにしていた。
やがて駅に到着する。とりあえずトイレにという話になり、駅のトイレに行く。それで3人で何となくおしゃべりしながらトイレに入るが、女子トイレの中に入ったところで尚美がギョッとした顔をする。
「スズなんでこちらに来るのよ?」
「え?なんでと言われても」
「まさかあんた『今だけ女』を主張したりしないよね?」
と尚美が詰問するように言ったが、玲花がそこで言う。
「大丈夫。この子『今だけ女』じゃなくて『これからずっと女』だから」
尚美は「へー」という顔をした。そして言った。
「自分は女の子になります、というのならまあ女子トイレ使ってもいいと思うよ。あっ。先週もここの女子トイレに居たよね?あの時はスカート穿いてた。何かスズに似た子がいるなと思ったんだよね。スカート穿いてるから別人だと思ったんだけど」
「ここの女子トイレ使ったかどうかは覚えてないけど、確かに先週はスカート穿いて帰った」
「でも、スズって、ちんちん付いてるんだよね?」
と問う尚美の顔はまだ厳しい。
鈴佳は答えに窮す。でもナオ、こないだは自分の前で《ちんちん》とか言うなって言ってた癖に、自分で言ってるじゃん!
すると玲花がフォローするかのように言う。
「まだ付いてるけど、20歳までには女の子になる手術も受けさせるから」
すると尚美は笑顔になって
「ああ、どうせ手術するなら、そのくらいまでに手術した方がいいみたいね」
と言った。
え〜!? 女の子になる手術って何? 嫌だよぉ、そんなの。
鈴佳はこの後自分はどうなるんだろう?と不安がいっぱいであった。