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■夏の日の想い出・高2の秋(5)

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須藤さんがボクらの関係を少し心配して避妊具を渡してくれたのと同様、周囲の目はけっこうボクらの関係を怪しんだ。
 
「失礼ですが、おふたりは恋人じゃないですよね?」
「おふたりってレスビアンですか?」
 
などとよく聞かれた。悪のりして、一度ライブハウスに出演していた時にステージ上でキスしてみせたことがあったが、当然、須藤さんに叱られた。しかしあちこちのブログに「ローズ+リリーは和製t.A.T.u.か?」なんて感じの記事を書かれたりして、またまた話題が広がった。その日は特にt.A.T.u.のヒット曲「Я сошла с ума (ヤーサスラスウマー,All the things She said)」を(ロシア語歌詞で)歌っていたから、なおさらであった。
 
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t.A.T.u.の曲というのは、自分達のフィーリングに合っている感じで、ライブではしばしば取り上げていた。
 
ボクたちがt.A.T.u.の曲をライブで歌っていたのをたまたま見たロシア大使館の書記官さんが、12月初旬にあるロシアフェアで歌を歌ってくれないかという話を持ち込んできた。土曜日だったのでOKを出し、ボクたちは20分の持ち時間で5曲歌うことにした。ロシア語の歌詞から政子がオリジナルの訳詞を作成した。政子は学校の英語の成績は悪いのに、当時5ヶ国語で会話できて、ロシア語も小説程度は辞書無しで読めるという、変な子であった。但し彼女の翻訳は概して「超訳」になりがちで、そのため英語の試験では点数が取れないのである。実は彼女の数学の点数が悪いのも、彼女は答えは分かるのに式が書けないためであった。「だって式書かなくても答え出てくるもん」と彼女はよく言っていた。
 
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ロシアフェアでは、最初、女性自衛官風の服装で登場し「カチューシャ」を歌う。この歌は軍服で歌うのがお約束である。いい感じの手拍子。終わったところで、その服を脱ぐと、上は胸が半分見えるようなベアトップ、下はミニのフレアスカート。色合いがサンタクロース風で、観客から「ヒュー!」といった声が響く。
 
これでまずは t.A.T.u.の「ヤーサスラスウマー」を(日本語訳詞で)歌う。t.A.T.u.側が最初高額の権利料をふっかけてきたのを、ロシア大使館のイベントで1回だけ使うということで、音源を再利用しない条件で何とかふつうの金額に落ち着かせたと★★レコードの秋月さんが言っていた。
 
その次が「ポーリュシカ・ポーレ」。日本では一般に橋本淳の作詞(訳詞ではない)による歌が知られているが、政子は元のロシア語歌詞から直接訳詞を作成した。それから1曲だけ自分たちの持ち歌「その時」を逆にロシア語に訳詞したものを歌った。ロシア語への訳詞は政子もさすがに少し自信が無いと言い、レコード会社のロシア人スタッフにチェックしてもらって、政子と話し合いながら、少し修正した。
 
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最後に「長い道」と題した曲を歌った。これは日本では一般に「悲しき天使」
の邦題で知られているが「悲しき天使」はメリー・ホプキンが歌った英語版「Those Were the Days」の邦訳題である。ボクたちが歌ったのはその元歌の「Дорогой длинною(ダローガイドゥリンナユ)」を日本語に訳詞したもので「長い道」というのも「ダローガイドゥリンナユ」の直訳である。なお、この曲のロシア語歌詞は、日本ではロイヤルナイツなどが歌っている。
 
曲がよく知られているものばかりだったので、場はとても盛り上がった。須藤さんは、これライブハウスとかでまたやりたいね、などと言ったが、このロシアフェアへの出演が、ローズ+リリーの最後のライブステージになってしまった。
 
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2年生の2学期、放課後と土日に政子とふたりで超多忙な生活を送っている一方で学校ではまだ受験勉強も本格化する前で、いわぱ嵐前夜のような、ひとときを送っていた。
 
ボクが「バイト」にかなり熱を入れている(なにせ土日に毎回泊まりがけで仕事をしているわけだから)ので、両親は仕事に熱心なのもいいけど、勉強が本業なんだからね、と柔らかく注意した。それでボクは両親の手前、成績を絶対に下げる訳にはいかないと頑張った。
 
とにかく土日には勉強する時間がないから、授業中に集中してしっかり授業内容を理解するようにしておくのとともに、毎日「バイト」が終わり自宅に戻って、遅い晩ご飯を食べお風呂に入ってから、だいたい夜10時くらいから深夜2時くらいまで、基礎力を充実させるような問題集をやったりしていた。それで2学期の中間テストは1学期の期末より成績を上げていたし、11月にあった実力テストでも、校内50位以内に入り、当時志望校にしていた国立大学も充分狙える位置だと言われていた。なお、ボクが私立の△△△を志望校にしたのは3年生になってからである。当時は親から経済的に大学に行くなら国立しか無いと言われていた。
 
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ボクは放課後と土日は女の子の格好で過ごすものの、学校には学生服で出ていっていたし、家でも一応ズボンを穿いて、男の子に見えないこともない服装をしていた。しかし下着は24時間、女物しかつけていなかったし、しばしば中にパッドを入れていた。
 
ボクに「バストがあるようだ」ということには、一部のクラスメイトが気付いていた。教室や廊下で偶然身体が接触したりした時に「え!?」といった顔をされることがあった。体育の時間は、ブラをしている上に灰色のシャツを着て誤魔化していたが、サッカーやバスケなどしている時に、他の男子がボクに接触するのをちょっと遠慮するような雰囲気を感じていた。体育の着替えの時、上は灰色や濃紺のシャツを着て誤魔化し、下はショーツの上にトランクスに見えないこともないフレアパンティを穿いて誤魔化していたが、ボクの身体については男子の同級生たちからもかなり疑惑を持たれていた。
 
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また教室の中での会話なども、ボクは次第に男子の級友たちと疎遠になっていっているのを感じていた。ボクが会話の輪に加わると、まるで女の子が来たかのような一瞬の緊張が走るのを感じていた。
 
ボクは元々女の子のクラスメイトなどとは気軽に話していたのだが、この時期から彼女たちと話す時、それまで微妙に存在していた緊張感が無くなってしまった気がしていた。そういう女の子たちの中で、この時期にいちばん言葉を交わしていたのは、後に親友の一人となる琴絵である。
 
「冬、胸あるよね」
と11月の末頃、琴絵はボクに小さな声で言った。周囲には人がいない時だった。2学期の半ば頃までボクを「唐本君」と呼んでいた琴絵はその頃にはボクを「冬」と呼ぶようになっていた。
 
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「パッドだけどね」
とボクは正直に答えた。こういう時、ボクは琴絵にはバレてる女声で会話する。
「下着も女の子の着けてるよね?」
「うん。上も下も」
「たぶん・・・10月頃から?」
「そうそう。それまでも時々付けてたけど。今はいつも付けてる」
「今の時期は詰襟着てるから分かりにくいけど、夏になったらどうするの?」
「カムアウトしちゃうかも」
「ふーん」
琴絵は少し面白そうな顔で言った。
 
琴絵とは携帯の番号とアドレスを交換していたが、これがその直後に来た「大事件」
の時、ボクの心を支える大事なラインのひとつになった。
 
ボクと政子の「ローズ+リリー」としての活動は12月中旬に写真週刊誌が
「ローズ+リリー・仰天の正体」
などというタイトルでボクの素性をすっぱ抜き、人気女子高生デュオの片割れが実は男の子だった、などという話に世間が驚いて大騒ぎになったことがきっかけとなり、ボクたちは保護者の承認無しで活動していたことが明らかになったことから、終了してしまったのだが、あまりの騒ぎにボクと政子は、そのすっぱ抜きの記事が出た時から1月末まで、1ヶ月半にわたって学校に出て行くこともできず辛い時期を送った。
 
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ボクは政子とは毎日携帯で話していたし、一応1月には学校の先生が交替でボクたちの家に来て出張授業までしてくれたが、この時期、琴絵との電話に支えられた部分も大きい。彼女は学校での様子を日々伝えてくれたし、1月下旬になって、ボクらに「そろそろ学校に戻っておいでよ」と強く誘ってくれたのも彼女だったのである。
 
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