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■夏の日の想い出・高2の秋(4)
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ボクらは当時ネットウォッチングしていなかったので気付かなかったのだが、このプールでのイベントは、ネットで物凄く評判になり、その日「明るい水」
と「その時」のダウンロード・カウントが跳ね上がったらしい。
そんなことを知らなかった翌日、ボクらはいつもの感覚で横浜市内のデパートの屋上でミニライブを開いた。会場入りした時に、ボクらは何か異様な雰囲気を感じた。
「ね?何か感じない?」
「ちょっと普段と雰囲気が違うよね」
そんなことをボクたちは話していた。
12:00と15:00に2回のライブが予定されていた。その12:00のライブのために8階の控え室を出て階段を上り、屋上のステージに上がる。
「みなさん、こんにちは、ローズ+リリーでーす」
と言った途端のことだった。
観客が突然ドドドっとステージの方に押し寄せて来た。
まずい!
ボクはそう思うと、政子の手を引き、ステージの近くにあった従業員出入口を開けて中に飛び込んだ。扉の外で何やら凄い声や音がする。
新聞の片隅に小さな記事が載ったほどの事件であった。
幸いにも観客に怪我人はなかったものの、△△社のスタッフで軽い打撲を負った人が2人。デパート側の損害もけっこうなもので、壊されたベンチなど被害の弁償は数十万円に達した。社長が菓子箱を持って陳謝に行った。△△社側の機材もかなり破壊された。現場責任者の須藤さんは始末書を書き、減俸1ヶ月をくらった。これを最後に、ボクらのライブ活動は、こういう場ではなく、ライブハウスや小型ホールなどがメインになっていく。
翌週の水曜日、ボクらはまた放課後に須藤さんと、ボクらの営業活動をしてくれている○○プロの浦中部長と一緒に、★★レコードを訪れた。『その時/遙かな夢』
の出だしが予想を遙かに上回って好調なので、プロモーションの戦略を見直そうということになったのと、ボクたちがまだ★★レコードに顔を出したことがなかったので、その挨拶を兼ねてのものだった。
待ち時間にトイレに行きたくなる。「済みません。ちょっとトイレ行ってきます」
「できるだけ早く戻って来てね」「はい」などという会話を交わして、待合室を出て、廊下を歩きトイレに入った。中間試験が近いので、この時期ボクは勉強のほうも忙しく、それでいてローズ+リリーの活動は毎日20時頃まで掛かっていたので、かなり疲労がたまっていた。
ボクは少しぼんやりとしたままトイレに入る。実は、ブレストフォームもタックも、イベントの時のままになっていた。防水テープが物凄くしっかりしていて、まだ外れないでいたのである。このタックした状態でおしっこをすると、普段と全然違う方向におしっこが飛んでいくので、その感覚が新鮮で面白い気もしていた。
おわってからしっかり拭き(タック内に残尿があるとまずいのでトイレット・ペーパーでしっかり拭く必要がある)、パンティを上げ、スカートをちゃんと直して個室から出る。手洗いの所へ行きかけたら、目の前のドアが開いて中年の男性が入ってきた。ボクは思わず「きゃー」と声を上げてしまった。
男性が慌てて「ごめん」と言って飛び出していくが、すぐに戻って来た。
「ね、君ここ男子トイレなんだけど」
「え?」
ボクは慌てて周囲を確認する。小便器が並んでいる。げっ。
「すみません。私が間違えました!」
ボクは慌てて手を洗うと外に出て、待合室に戻った。
★★レコードの会議室で、ボクらは浦中部長、★★レコードでボクらを担当してくれることになった秋月さん(女性)、その上司の加藤課長らと打ち合わせ、全国各地でこの歌のキャンペーンをすることになった。大阪・名古屋・新潟・仙台に新幹線で行ってくるのはいいとして、札幌・博多・高松・金沢までも飛行機で往復する計画が提示されて、ボクは内心「ひゃーっ」と思った。
最後に加藤課長が「そうだ、うちの部長にも会っていってください」というので、大部屋の隅のほうにある幹部デスクまで、ボクたちは行った。
「町添部長、今度うちからメジャーデビューした高校生デュオ、ローズ+リリーのケイちゃんとマリちゃんです」と言って、課長がボクらを紹介してくれた。その部長の顔を見てボクはキャーっと思った。さきほどトイレで遭遇した男性であった。向こうもボクの顔を見て驚いたように
「あ、君はさっきの子!」
「先程はたいへん失礼しました」
「なんだ、なんだ?顔見知り」
「いや、なかなかインパクトのある子だよ」と笑顔で町添さん。
こちらは真っ赤になってしまっていた。
「そんなにインパクトが?化けますかね?」と課長。この業界で「化ける」
というのは急成長して売れることを意味する。
「うん。化ける。大物になる。僕が保証するよ」と部長。
「じゃ、頑張ってプロモーションします」と加藤課長は言う。
そういうわけで、ボクの『トイレ間違い事件』は、ローズ+リリーのプロモーションに、けっこう貢献した感じであった。
ただ、この時期、ボクは男装している時は男子トイレ、女装している時は女子トイレを使っていたので、ほんとに頭の中が混乱していた。
学校に行っている時も、しばしば女子トイレに間違って入ってしまうことがあり、ある時は、トイレでそのまま順番待ちしている列に並んでしまった。
「ちょっと、何してんの?唐本君、ここ女子トイレなんだけど」と同級生の琴絵。「え?それが何か」とまで(女声で)言ってから、ボクは間違いに気付き「あ、ごめん。間違った」と(男声で)言って慌てて飛び出し、男子トイレに行った。
逆に女の子の格好をしている時にも、★★レコードで間違ったように、何気なく男子トイレに入ってしまい、中にいた男性から、
「女子トイレ混んでるからってこっちに来ないでよ」
などと言われて「あれ?」と周囲を見回し、自分の服装を見直してから「すみませーん」と言って、飛び出したりすることがあった。
政子からも「最近、冬、トイレをかなり間違って入ってるよね」などと言われる。
「いや、実際もうホント頭の中が混乱して」
「いっそ、私はMTFです、と宣言して学校にも女子制服で行く?」
「それは親が仰天する」
「でもさぁ、親御さんには、いつかカムアウトしないといけないんじゃない?冬がいつもこういう格好しているってこと」
「そんな気もしだしてはいるんだよね。実際この二重生活、自分でも訳が分からなくなりつつあるから。だけど歌手活動自体を親に認めてもらえる自信無い」
「うーん。それは私も同じだ。勉強がおろそかになるんじゃないかって言われそうで」
さて、『その時/遙かな夢』のキャンペーンはけっこう殺人的なスケジュールが入っている日もあった。
ある日は、4時に学校を出た後、9時頃までにラジオ局3つにレコード店の店頭ライブ2ヶ所などという予定が入っていて、アイドル並みの分刻みのスケジュールで動き回った。
またある時は土曜の朝1番の飛行機で札幌に行き、早朝の地元のラジオ番組に出演してから大型ショッピングモールでミニライブをし、午後の飛行機で千歳から福岡に飛び、夕方福岡の中心部でミニライブをする。そして最終の新幹線で神戸に移動して神戸に1泊してから、翌日曜日に神戸・大阪・京都・名古屋でミニライブをして夕方東京に戻るなんてのもあった。
11月になると、その土日限定のスケジュールで、全国ツアーまでやった。11月8日横浜 9日札幌 15日金沢 16日大阪 22日岡山 23日福岡 29日名古屋30日東京 などと書かれたツアー日程を見て、ボクと政子は顔を見合わせた。会場はみな2000-3000人規模のホールであった。
「何か大きなホールばかりですよね」
「昨日発表したんだけど、横浜と大阪は既にソールドアウトしてるよ。東京と福岡も残り僅か」
「きゃー」「うそー」
しかもこの11月には年末発売予定の『甘い蜜/涙の影』の録音作業もすることになっていて、こちらは毎日放課後に3時間ほどスタジオに入って、スタジオミュージシャンの人達と一緒に作業を進めたのであった。
コンサートホールや平日の放課後に出演するライブハウスなどでのライブでは、持ち歌がまだ少ないのでカバー曲をよく歌った。「ふたりの愛ランド」はもうオープニングの曲として固定であったが、松田聖子の「Sweet Memories」、JITTERIN'JINNの「夏祭り」、プリプリの「Diamonds」、AKB48の「会いたかった」、などもよく歌った。
これらのカバー曲の演奏はリハーサル・本番ともに録音されていて、一部が後に翌年の活動休止中に発売されたベストアルバムに収録された。(主として歓声が入ってないリハーサル版を加工して制作したらしい)
キャンペーンやツアーで、飛行機や新幹線の切符に宿泊の手配をしてくれるのがいつも★★レコードの秋月さんだったが、当時秋月さんはボクの性別を知らなかったので、ボクたちはいつもホテルはツイン部屋だった。同い年の女の子ふたりで、仲も良さそうだし同じ部屋の方が安心できていいのでは、と配慮してくれたようだったが、最初の頃ボクは大いに戸惑った。
「着換える時はボク、後ろ向いておくからね」などと政子に言ったのだが「別に気にしなくていいよ。お互いの裸は何度も見てるじゃん」などと言ってボクが見ている前で平気で着換えるし、室内でしばしばお風呂上がりに下着姿のまま涼んでいたりする。最初はボクも視線のやり場に困っていたが、その内慣れてしまった! ボクも政子の前で平気で着換えていた。
夜寝る時に、政子はいつも「ねぇ、ベッドくっつけようよ」と言った。寝相が悪いから下に落っこちないように、などと政子は言っていたが、目的は明らかで、夜中にボクのそばまで寄ってきて、しばしばボクの身体を触っていた。ボクもお返しに政子の身体を触ったりしていた。
須藤さんはボクらが友達以上の関係になっていることに気付いていたようだが「若いんだから仕方ないけど、妊娠だけはしないようにしてね」と言って、わざわざコンドームを1箱渡してくれた。ただ、ボクらはそういうものが必要になるようなことはしていなかった。実際、ボクは政子にあちこち触られても、それであそこが大きくなったり、出してしまったりすることは無かった(この時期はタックするのはステージなどに出る時だけでホテルで休んでいる時はタックは外していた)。逆に政子もボクのそういうところを見越して過激な遊びを仕掛けている感じではあった。
「ね。もしかして冬ってED?これだけ刺激しても大きくならないって」
「うーん。それは考えたことなかった。このお仕事始める前までは健全な男子高校生の毎日だったよ」
「今は健全な女子高校生の毎日だよね」
「えーっと。。。。」
「でもローズ+リリー始めてからは全然自分でしてないって言ってたよね」
「うん」
「最近、冬が物凄く女っぽくなってるの感じるのよね」
「そ、そう?」
「ホントの女の子になりたくなってきた?」
「うーんと。そのあたりが微妙なところで。積極的に女の子になりたい訳じゃないけど、女の子になっちゃったら、それもいいかな、くらいの気持ち」
「でも、冬って、もう既に男の子はやめちゃってる気もするけどね」
「そうかな?」
そんな会話をしたのは11月頃。金沢のホテルでの一夜だったことだけは覚えている。裸になってベッドの中でお互いに相手の身体にイタヅラしながら会話をしていたが、気持ち良くなりすぎたら相手にストップを掛けるというのがボクたちの暗黙のルールだった。念のためということで、枕元に1枚避妊具を置いていたが、その避妊具を実際に使うことは無かった。
「これって置いてるだけのおまじないだね」
「ボクたち恋人じゃなくてお友達だしね」
などと言いながらボクたちはベッドの中でキスしていた。
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