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■夏の日の想い出・2年生の夏(2)
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私は最初に楽譜のタイトルの所に今うとうととしていた時に一瞬夢の中で聞いた単語?「キュピパラ・ペポリカ」というのを記入した。
そのまま続けて五線譜に頭の中に浮かんでくるメロディーを急いで書き留める。
「なんか凄い速度でおたまじゃくし書いてるね」
「よく楽器とか無しで書けるよね。私、こういう冬何度か見てるけど、いつも思う」
「頭の中でちゃんと音が聞こえてるんだって」と政子。
私はみんなの質問などに答える時間を惜しんで、とにかく頭の中に響いている音が消える前に急いでそれを五線譜に書き出した。全部で60小節くらいのモチーフを書き、「ふう」と息をつく。
「ここまで書けばあとはなんとでもなる」
「へー」
「あ・・・・今回は詩が全く浮かんで来なかった」
「どれどれ」と政子が譜面を見る。
「ね。詩書いちゃっていい?」
「うん、いいよ」
「でも面白いタイトル。どういう意味?」
「分からない。夢の中で聞いた」
「じゃ、私も思いつきで」
政子は譜面のメロディーの下になんだか不思議な単語?の列を書き始めた。「意味分からん」と初美が呆れてる。
「タイトルが訳分からないんだもん」と政子は言いながら、楽しそうに文字を書き連ねていった。
「ここからここまでリピートしたいんだけど」
「おっけー。2コーラス分書くね」
「よし、書いた。冬、歌ってみて」
「うん」
私は仁恵が持っているポータブルキーボードを借りると、それを弾きながら自分の書いたメロディーに即興に近い形で政子が書いてくれた歌詞で、その曲を歌ってみた。
「しかし訳分からないけど、なんか癒される感じ」と琴絵。
「無意味な単語の羅列っぽいけど、ぼんやり聞いてると外国語の歌みたいにも聞こえるよ」と綾乃。
「イタリア語か何かのように聞こえる・・・けど、イタリア語を私が知らないからだろうな」
「私はスウェーデン語かと思った。私、スウェーデン語知らないけど」
「でもメロディーはちょっと南洋っぽくない?」
「うん。ハワイアンの音階に似てるね」
「ウクレレで演奏したい気分。私ウクレレできないけど」
「私はシタールをイメージした。インドっぽい気がしたから」
「まあ。無国籍だよね」
その時だった。私の携帯が鳴った。この着メロは上島先生だ!
びっくりしてすぐ出る。
「おはようございます。ケイです」
「やあ。夜分急に電話して御免ね。今いい?」
「はい、大丈夫です」
「ちょっと面白い曲を思いついてね。こんなの歌えるのは君しかいないと思って、君にぜひ歌って欲しくて」
「ありがとうございます」
「いつものように今から楽譜とMidi送るから、ちょっと歌ってみてくれない?」
「あ、はい。今友人宅なので防音設備で録れませんけど」
「うん。ぜんぜん構わない」
私は電話を切ると仁恵に「ごめん、回線貸して」と言う。
「うん、いいよ。WPA-PSK-AESで、パスワードはね・・・・これ」
「ありがとう」
私はバッグからパソコンを取り出すと、無線LANの設定をして、仁恵の家庭内LANからネットに接続した。上島先生のメールを受信する。PDFの楽譜を開く。
「うーん。。。。。」
「私も見ていい?」と政子。
「もちろん。何ならふたりで歌う?デュエット曲だもん」
『夏の日の想い出』と題されたその曲の譜面を見た時、私は水が流れるようなイメージが湧いてきた。そこで、キーボードでの伴奏は、ストリングの音でバロック風の分散和音を入れて弾きながら、高いキーでピッコロの踊るような音を入れた。演奏をMIDI形式でキーボードに記憶させ、それを再生しながらふたりで歌った。仁恵に頼んで私のパソコンで録音してもらう。
「この曲、転調が凄いね。歌いにくかった」
「うん。歌唱力を要求する曲だよ。音程がしっかり取れないと歌えない」
「私、冬の歌の音程が頼りだったよ。かなり怖かった」
「でも聴いてると気持ちいい曲だよね。心が洗われるよう」
「それでいてなんか甘く切ないんだよね。正直、上島先生にこういう曲が書けるとは思わなかった。まだまだ感覚が若いんだね」と政子。
「うん。こんなの書けるのは17-18のソングライターだよね。でもね、上島先生はローズに提供する曲については、売れるとか売れないとか関係無しに自由に書いてるんだと言ってた。自分の感覚を鍛えるのに使ってるんだと思う」
「いわゆる上島ファミリーじゃないからね、うちは」
「うんうん。だから冒険が出来る」
「ねー、こんなことプロの歌手に言ったら悪いんだけど、政子ちゃん、昔よりかなり歌うまくなってない?」と真菜香。
「へへへ、ずっと歌のレッスン受けてるからね」
「わあ、凄い」
私は今歌ったものの録音を聞き返して、いい感じかなと思えたので、それをMP3に変換していつものデータ交換スペースにアップロード。URLとパスを上島先生にメールした。速攻で電話が掛かってきた。
「凄いね。君のアレンジは僕のイメージにぴったり。あの伴奏の雰囲気とってもいい。僕の頭の中にあった情景をそのまま演奏してくれたみたい。不思議だなあ。楽譜の行間を読んでくれてるみたいで。『雅な気持ち』の時も、こんなだったよね」
「ありがとうございます」
「じゃ、これ次のシングルによろしく。あ、町添さんにも言っとくから。今から町添さんに電話入れるわ」
「あ、はい」
電話のやりとりを聞いていた政子が聞く。
「ねえ、次のシングルって・・・いつ発売するの?」
「あはは。これ夏の歌だよね」
すぐに美智子に電話を入れる。
「なに〜!?」と美智子も驚いた様子であった。
「上島先生から町添部長に話が通ってるのなら、取り敢えず連絡取ってみる」
といって美智子はいったん電話を切る。
仁恵の誕生日パーティーはこの一連のやりとりでちょっと中断された感じではあったが、礼美などは仁恵の大学の同級生・真菜香と意気投合したようで、ふたりでぐいぐい日本酒をあけている。いつの間にか真菜香も下着姿になっている。その礼美に声を掛けると「冬〜、冬も洋服脱ぎなさい。楽だよ〜。折角おっぱい大きくして性転換もして、女らしいいいボディライン持ってるんだから、見せてあげるといいよ」などと言っている。「うーん。遠慮しとく」と答えたが、これだけ飲んだら明日いっぱいくらい運転は無理だなと私は思った。
美智子からの電話は20分ほどしてから掛かってきた。
「今、町添さんと話して決めた。明日ローズクォーツのメンバー緊急招集。明日と明後日で音源作って、今週末ダウンロード開始。全国のHNSレコード40店舗の店頭で発売記念キャンペーン。CDは27日に発売」
「あはは」
「明日13時に△△スタジオに集合。政子も一緒に来れる?」
政子が隣で頷いている
「行けるって」
「ありがと。私は今から他のメンバーに電話する」
「明日お仕事?じゃ、今日はこのくらいにする?」と仁恵が訊く。
「そうだね。じゃ、みんなでカラオケ行って歌いあかそうよ」
「えー!?」
「乗った」と礼美と真菜香。
「取り敢えず服着ろよ、あんたたち」と政子。
そういうわけで私達10人はタクシーと私の車に分乗して、深夜のビッグエコーに行き、朝まで歌いあかしたのであった。但し最後まで起きていたのは礼美と真菜香と綾乃の3人であったようだ。私は朝4時でダウンして、8時になってもう帰るという時に起こされた。政子は2時くらいから朝まで眠っていた。みんなでカラオケ屋さんからファミレスに移動し、モーニングを食べて解散となった。
解散時、私は仁恵に「礼美が今日絶対車を運転しないように見てて」と言った。
「うん。車を封印しておくよ」
実際には礼美は仁恵の部屋でそのあと夕方までひたすら眠っていたらしい。
私は自分の車に政子を同乗させて都内に戻り、政子の家で一緒に昼近くまで寝た。そしてお昼前に起き出すと、また車で一緒に△△スタジオまで行った。
「突然の予定変更というのにもかなり慣れました」
とマキが笑っている。
「思い立ったら吉日よ」と美智子も笑いながら言っている。
「で、収録曲は?」と私が訊くと
「上島先生が書いてくれた『夏の日の想い出』、ケイちゃんとマリちゃんが書いた『キュピパラ・ペポリカ』、11月発売のシングルに入れる予定だったケイちゃんの『聖少女』。この3つをトリプルA面にする」
「わあ」
マキは『夏の日の想い出』と『キュピパラ・ペポリカ』の譜面に目を通して「なんか凄い曲だ、これ、どちらも」と言ってから
「でも『聖少女』をここで使うのはもったいなくないですか?」とマキが心配するが「出し惜しみはしないものよ」と美智子は答える。
「その他の収録曲は?」
「次回のアルバムのサブタイトル曲に使おうかとも思っていたケイちゃんの『不思議なパラソル』、マキさんの『南十字星』、今回の民謡は『斎太郎節』。これで6曲」
「『不思議なパラソル』もシングルカットしていいくらいの曲ですよね」とマキ。「『南十字星』も名曲ですよ」と私。
「うん。だから使う」と美智子。
「今回はクオリティが凄まじいな」とサト。
『夏の日の想い出』を私が演奏したMP3を参考に下川先生が午前中に編曲をしてくれていた。美智子は『キュピパラ・ペポリカ』も私が弾き語りで演奏したMP3を速攻で作成し楽譜と一緒に下川先生に送った。下川先生もすぐ編曲すると言ってくださった。『聖少女』『不思議なパラソル』『南十字星』は既に編曲済みであった。『斎太郎節』については、美智子が午前中に仙台で何度かお邪魔していた民謡酒場のオーナーに連絡し、明日の夜常連さんを集めてみんなで演奏して収録しようということになっていた。そのためその他の曲の録音作業を明日の午後までに仕上げて、みんなで仙台に移動することになる。
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