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■夏の日の想い出・生存競争の日々(7)

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「セックスって何ですか?」
 
あっけらかんとした表情でそう発言した山村星歌のことばを居並ぶ記者陣はカマトトぶっているのか本当に知らないのか、判断に迷った。
 
前日、19歳になったばかりのアイドル歌手の山村星歌(やまむらせいか)と、人気男性アイドルユニットWooden Fourの最年少メンバーで先日女装姿が可愛いと話題になった本騨真樹(ほんだまさき)との熱愛が報道された。それを受けてこの日、その件で記者会見をしますといって、ふたりが各々の事務所社長とともに共同記者会見をしたのだが、冒頭
 
「私たちは結婚します」
 
という発言が飛び出し、日本中に悲鳴があがったのである。
 
山村星歌は、坂井真紅・富士宮ノエルと並ぶトップアイドルで、全国に大勢の男性ファンがいる。一方の本騨真樹も甘いマスクで女の子たちに絶大な人気がある。そのふたりが結婚を宣言したことで大量の「失恋者」を生み出したのであった。
 
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本騨が贈った大きなカラットの婚約指輪を、星歌は左手薬指にはめて、カメラに向けて見せ、嬉しそうな顔をしていた。
 
それでふたりはこれまでどのような交際をしていたのかと質問され、本騨は
 
「ふたりとも忙しいので主としてLINEで話してました」
と言ったのだが
 
「デートはどのくらいしたのですか?」
という質問に
 
「一緒にカリフォルニアのディズニーランドでデートしましたし、韓国のソウルランドでもデートしました」
 
と答える。
 
「海外でのデートが多いんですか?」
「国内だとどうしても目立ってしまうので。現地に行くのも往復とも別の便を使って人に気づかれないように気をつけました」
 
「でも宿泊は一緒ですよね?」
「いえ。部屋も別々に取っています。食事は一緒にしましたけど」
 
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どうにも煮え切らない感じの回答に記者のひとりが
 
「でもセックスはしたんですよね?」
 
と訊いた。それに対して本騨君は答えを一瞬躊躇したのだが、その時山村星歌のほうが
 
「セックスって何ですか?」
 
と訊いたのである。
 

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記者たちの間で視線を交換したり、近くの人同士ささやき合ったりする様子がある。それで本騨君は双方の事務所社長と視線で会話した上で言った。
 
「僕たちは清純な交際をしています。キスは何度もしていますが、まだセックスはしていません」
 
するとひとりの意地悪そうな記者が尋ねる。
 
「セックスの経験無しで結婚しても大丈夫ですか?」
「僕たちは日本海溝よりも深く愛し合っているので大丈夫です」
 
と本騨君が断言すると
 
「おお!」
という声があがり、ツイッターでもこの発言が大量にツイートされ『日本海溝』がトレンドにあがってしまった。
 

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「セックスって何ですか?」発言に関してはネットの住民たちも意見が分かれた。
 
「今時セックスを知らない19歳なんてあり得ない。うぶな振りをしてるだけだろ」
という批判派が大半ではあるが
 
「いや小学5年生でアイドルグループに加入して中学2年でソロデビュー。学校にもまともに行けない状態で朝から晩までアイドルの仕事をずっとしてきて、性教育だって受けてないだろ?本当に知らないのかも」
 
という擁護派もかなりいた。
 

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ふたりの結婚式は9月に行われること、山村星歌は結婚に伴い「一時休業」し、休業前の8月に全国ツアーをすることも発表された。
 
「引退ではなく休業なんですか?」
と質問される。
 
「結婚前後はいろいろ忙しいと思うので一時的に休業します。落ち着いたらまた戻って来ます」
 
「女性歌手には結婚に伴って引退する方が多いようですが」
との質問に、本騨君が答える。
 
「僕が結婚のため引退しますなんて言ったら、馬鹿か?と言われると思います。星歌も結婚という経験を土台にして、ひとまわり大きくなって帰ってくると思いますので、よろしくお願いします」
 
この本騨君の発言には、特に女性から好感する意見が多かった。
 
山村星歌も発言する。
 
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「私も結婚した後に、今ほど売れるとは思ってはいません。でも私は歌が好きですし、死ぬまで歌っていきたいです。ですからまたCDとか出させて頂くと思いますが、もし私の歌に共感してくださる方があったら買ってくださったら嬉しいです」
 
この謙虚な発言には男女双方からやはり好感する意見が多かった。
 

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5月の中旬、私が次のローズ+リリーのアルバム制作の下準備のため、七星さん、大宮副社長、氷川さんと打ち合わせてから帰宅すると、政子が何だかご機嫌である。
 
「マーサどうかしたの?」
 
「うん。こないだ芹菜リセさんに食事をおごってもらったじゃん。それで何かお返しできないかなと思っていたからさ、六本木の洋菓子店で限定スイーツが販売されるというニュース聞いて、芹菜さんを誘って食べに行ってきたのよ」
 
「芹菜さんと!?」
 
私は驚いて言う。
 
「芹菜さん、こないだは急に気分悪くなっちゃって途中で帰ってごめんねと謝ってたよ」
「そ、そう?」
 
「たくさんおしゃべりしたけど、楽しかったなあ。こないだはごちそうになったからというので、今回は私に出させてくださいと言って、自分のカードで払ってきた」
 
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と言ってクレカの控えを見せる。21,600円と書いてある!そりゃお一人様1万円のスイーツなら、さぞかし美味しかったことであろう。
 
私は政子が変な荷物などを持たされたりしていないか心配したのだが、そういうのも無かったようである。念のため政子のバッグを点検させてもらったが、別に「紙」とか「玉」とか「草」とかいった危ないものは入っていない。
 
私はさすがの芹菜さんも政子の天真爛漫な性格には毒気を抜かれてしまったのかも知れないと思った。政子は芹菜さんのお姉さんの保坂早穂さんとも仲が良い。保坂さんも、芹菜さんよりは随分マシであるものの、付き合いにかなり神経を使う人物である。
 

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5月22日。私は雨宮先生から電話を受けた。
 
「美人の冬子ちゃん、おっはよー。ご機嫌いかが」
 
私は
「お疲れ様でした。おやすみなさい」
と言って電話を切る。
 
再度掛かってくる。
「こらー!電話切ったら罰金100億円」
「そんなに払えません!」
「だったら話聞きなさい」
 
「なんですか? 今私今年のローズ+リリーのアルバムに入れる曲の編曲作業してるので、あまり中断されたくないんですけど」
 
「ケイなら簡単にできるお仕事よ」
「なんか大変そうなんですけど」
 
「実は北野天子のアルバムを制作してるんだけどさ」
「へー!」
 
「彼女の楽曲は上野美由貴が主として書いているんだけど、アルバムはどうしても多人数必要なんだよね」
「そうでしょうね」
 
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「まあそれで匿名希望でソフトハウス勤務の性転換している女子バスケット選手で元巫女の作曲家に3曲今月中に書いてと頼んでたんだけど、急用が入って書けなくなったと言うのよ」
 
全然匿名じゃない!!
 
「やはりソフトハウスのお仕事が忙しいんですか?」
「いや、ユニバーシアードの代表合宿が明日から30日まであるらしい」
「あの子、代表落選したんじゃなかったんですか?」
 
「それが代表に選ばれた子がひとり怪我しちゃってさぁ。あいつが代わりに緊急招集されたんだよ」
「あらら」
 
「まあそれであの子が書くことになってた曲を、あの子の友だちのよしみであんた書いてくれない」
 
「まあそういう事情なら書きますよ」
「さんきゅ、さんきゅ。で1曲はスイート・ヴァニラズからもらったことにするからElise,Londa風に、1曲は東郷誠一さんの名前で出すから、東郷さんの山村星歌系の作りで、もう1曲は上野美由貴が自分で書いたことにするから上野美由貴風に」
 
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「ゴーストライターですか!?」
「一度やってみない?」
 
私は千里がこういうのは知的なゲームなんだよと言っていたことを思いだした。
 
「今回限りでしたらやりましょう」
「OKOK。まあケイをこちらの世界に引き込んだりしたら雷ちゃんから殴られて蔵田からは一発やられちゃうよ。ケイは日本のポピュラー音楽界の若きエースなんだから、あまりこういう世界には関わらせたくないんだけどね。でも今回は背に腹は替えられなくてさ。今回うちのチームは遠上笑美子のアルバムも同時進行でやってて全員フル稼働状態で、余裕が無いんだよ」
 
遠上笑美子もやってるのか!? そういえば東郷誠一さんも関わっていた気がするな、あの子。
 
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「分かりました。東郷先生の山村星歌系って、アクアがこないだ歌った曲なんかもそうですよね?」
「そうそう。中の人が同じだから」
「上野美由貴さんって、私、プロフィールとか知らないんですが、若い方ですか?」
「秘密」
 
「うーん・・・」
「別に本人のこと知る必要はないでしょ? 作品が全てだよ」
 
私はドキっとした。作品が全て。
 
そうだ。私はケイや秋穂夢久・鈴蘭杏梨、そして水沢歌月などの名前で書く時、一種の自負を持って書いている。
 
しかし。
 
それが結果的には自分の可能性を枠にはめてしまっているのではなかろうか。もっと自分を解放して自由にしなければ、いづれ自分の創作は行き詰まる。
 
それに・・・・。
 
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そもそも私が曲を発表した時、それはその曲が良くて売れているのだろうか。それとも私の名前が有名だから買ってくれているのだろうか。
 
私は民謡の若山流宗家の家元制度のことに考えが及んだ。
 
名前だけの家元は許さない。
 
自分は名前だけのケイにはなっていないか?
 
一度、ゴーストで書いてみるのは面白い脳のトレーニングかも知れない。
 

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夏の日の想い出・生存競争の日々(7)

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