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■夏の日の想い出・愛と別れの日々(4)

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宴が半ばになった頃
 
「ごめーん。遅れた」
と言って入って来た人物がある。政子がドキっとした表情で私の手をぎゅっと握りしめた。政子の表情を見るとどうも来ることを知っていたようだ。それであまり食べていなかったのかと私は思い至った。しかし政子は何だかもじもじしている。
 
「マーサ、挨拶だけでもしてきなよ」
「うん」
 
それは政子の(多分現在の)恋人である松山貴昭だった。彼と政子は2012年秋から2015年秋まで正式の?恋人であった。しかし2014年夏に彼が大阪本社に異動になった後はどうしても会う頻度が落ちていたようであった。また政子はなぜか最初から彼とは《友だち》という立場を崩さなかった。3年間も付き合ったのに、おそらくセックスは10回くらいしかしてない。結局、貴昭は2015年秋に同じ会社に勤める女性と婚約し、2016年春に結婚した。ふたりの間には子供も2人できた。しかしその奧さんは昨年春に亡くなった。
 
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政子がなかなか動こうとしないので、私は政子の手を引いて彼の傍に行った。
 
「こんにちは」
と私が挨拶すると、貴昭は政子を見てドキッとしたような顔で
 
「久しぶり」
と言った。政子も何だか乙女のように恥ずかしがりながら
「久しぶり」
と挨拶する。
 
(久しぶりなんて絶対嘘だ!)
 
「でも松山君、大阪から大変だったでしょ」
 
「いや、僕は4月3日付けで東京支社に転勤になったんだよ」
「あれ、そうだったんだ?」
 
(白々しい会話!)
 
「色々佐野君にも唐本さんたちにも世話になったけど、去年の春に妻が亡くなって以来僕も小さい子供2人抱えて途方に暮れて。昼間は保育所に預けてたんだけど、夕方引き取りに行くのが大変で。実際仕事の都合で行けなくて、こういうのは困るって随分保育所からも言われていたんだよ」
と貴昭。
 
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「父子家庭って母子家庭以上に辛いんだよね」
と私は言う。
 
「それでうちの母さんにふだんの世話を頼めないかと思って東京に転勤させて欲しいと上司に訴えて、それでこの春にやっと東京に戻れたんだ」
と貴昭。
 
「じゃ、今、実家に住んでるの?」
と私が訊いてあげると
 
「それが実家には兄貴夫婦が同居してるから、さすがに居候はできなくて、小平市の**町にアパートを借りたんだよ」
と貴昭は言う。
 
「私の家の近くだ」
と政子が言う。
 
(全く白々しい。私でさえ知っていた貴昭の東京への移動を政子が知らないわけがない。そしてきっとわざと近くに引越したんだ)
 
「借りた時に、それは一瞬考えた」
と貴昭も言う。
 
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「取り敢えず出勤前に娘2人を保育所に連れて行って、夕方は母さんに引き取りに行ってもらっている。そして僕が会社が終わったら実家から回収してくる。母さんができない時は、兄貴の嫁さんが行ってくれる場合もある。でも娘2人がうちの母さんとあまり合わないみたいでさ。行儀がなってないって随分叱られているみたいだし、食事の習慣とかが違うのも困惑してるみたい。うちは関西風というか九州系の食事だったから」
 
「なんだか苦労してるね」
 
「ねぇ、その子たち、昼間はうちの実家につれてこない?」
と政子は言った。
 
お、政子にしては積極的だと私は思った。実際この時、政子がこんなことを言い出していなかったら、その後の展開は無かったろう。
 
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「ああ、それはいいね。政子の家なら誰か世話する人がいるよ」
と私も援護射撃をしておく。
 
「うち今4人子供がいるからさ、そこに2人くらい増えても構わないから、うちに連れてきたら、御飯やおやつくらい食べさせるよ」
と政子。
 
「政子のお母さんが九州(長崎県諫早)出身だから、うちの食事も基本は九州系だしね。松山君の娘さんたち(母は鹿児島県甑島出身)とも合うかもよ」
と私は言っておく。
 
「それにうちは行儀なんて存在しないし」
と政子。
 
「まあ、お前たちって、食事以前の生活習慣が問題外だよな」
 
と佐野君は「白々しい会話だ」と思いながらも言ってくれた。
 
「躾にはよくないだろうけどね」
と私。
 
「守らせているのはゲームは1日1時間以内というのと9時までには寝ることかな」
「いや、それはけっこうしっかりしている」
と麻央が言った。
 
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「助かるかも」
と貴昭は少し考えながら言う。
 
「じゃ決まったね」
と私は言った。
 

月曜日、早速朝から貴昭がふたりの娘を連れてくることになった。
 
しかしその日朝から政子は(正確には政子の母が)大量のサツマイモと格闘していた。実は桃香の親戚で千葉に住んでいる人がサツマイモを作っていて、大量のサツマイモをもらったらしい。こちらだけでは食べきれないと言って半分くらいを政子の所に持って来たのである。
 
「これどうするのさ?」
「食べるから、お母ちゃん、焼き芋にしてよ」
「結局私がやるの!?」
 
それで政子の母は朝からサツマイモを洗ってはアルミホイルに包み、ロースターで焼くというのを何度も繰り返し、テーブルの上に大量の焼き芋を積み上げた。
 
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そこに貴昭が来訪する。
 
「済みません。お世話になります」
と言って貴昭は紗緒里と安貴穂を連れてきた。
 
「いらっしゃい」
と政子の母が2人を笑顔で歓迎する。
 
「おはようございます。私が紗緒里(さおり)、こちらが妹の安貴穂(あきほ)です」
とお姉ちゃんの紗緒里が代表してしっかりと挨拶する。紗緒里は5月で6歳になるのだが母親を失ったことから、かえって自立心が高まっているのかも知れない。
 
「おお、偉いねえ、ちゃんと挨拶できるんだね」
とお母さん。
 
すると焼き芋を食べていた政子は
 
「サホちゃんもアキちゃんも、ほら、お芋食べなさい。美味しいよ」
と言った。
 
紗緒里は一瞬ためらったようだが、3歳の安貴穂が
 
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「わあ、おいしそう。どのくらいまでたべていい?」
などと政子に訊く。
 
「10本でも20本でも100本でも食べていいよ。足りなくなったら、誰か買いに行ってくれるから」
などと言う。(きっとお父さんが買い出しに行ってくれる)
 
それで安貴穂が
「いただきまーす」
と言って、食べ出すと、紗緒里も最初遠慮がちに1本小ぶりのを取って食べ出す。
 
「おいしい!」
とふたりとも笑顔になる。
 
「これほんとに美味しい芋だよ。ふたりともどんどん食べなさい」
「はーい!」
 
それを楽しそうに見て、貴昭は出勤して行った。
 
そしてこの日から、政子(のお母さん!)は6人の子供を育てることになったのである。
 

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5月24日(火).
 
この日、貴昭は仕事が残業になってしまい、遅くなるということだったので、紗緒里と安貴穂は政子のうちに泊めることにして、2階の子供部屋に、あやめたちと一緒に寝せた。女の子5人?で随分騒いでいて、普段は温厚な政子の母に5人とも叱られていた。
 
かえでは政子の両親の部屋である。そして政子がひとりで1階の居間で貴昭の帰りを待っていた。
 
貴昭は結局12時すぎに帰って来た。
 
「お帰り、貴昭。お疲れ様」
と政子が声を掛ける。
 
「遅くなってごめんね」
「サホちゃんとアキちゃんは2階で寝ているよ」
 
紗緒里は『さおり』であって『さほり』ではないのだが、政子はいつもこの子を「サホちゃん」と呼んでいて、紗緒里自身もその呼ばれ方がわりと気に入っているようである。
 
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「悪かったね。ちょっと一息付いたら連れ帰るから」
「もう遅いもん。起こすの可哀想だよ。このまま寝せておきなよ」
「そうだなあ、そうしようか。明日の朝、顔を見に来るから」
 
「うん。ごはんも食べて行ってね。今シチュー暖めるから」
と言って政子はテーブルに乗っているIHヒーターのスイッチを入れ、こげないようにかき混ぜる。料理が苦手な政子でも、シチューを温める程度はできる。
 
「ありがとう政子」
 
政子は何か考えているようであった。
 
「ビールでも飲む?」
「そうだなあ、もらおうかな」
 
それで政子はファンからのもらいものの、レーベンブロイを開けて貴昭に勧める。
 
「ありがとう」
と言って貴昭も受け取り、1口飲む。
 
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「美味しい!」
「仕事で疲れた後の1杯は特に美味しいって、よく言ってたね」
「ちょっと懐かしいね、あの頃」
 
と貴昭も昔を思い起こすかのようであった。
 
ふたりは何となく、高校時代のことに始まって、大学生時代、そして大学を卒業してからしばらくまで、ふたりが熱い関係であった頃の昔話をした。貴昭が遅い晩御飯を食べるのに、政子も付き合って一緒にシチューを食べている。
 
「しかし政子に寝ている間にメイクされちゃって、服まで女物を着せられていて、途方に暮れたことがあったな」
 
「私、基本がレスビアンだから」
「まあ、僕も小さい頃は女の子になりたいと思ってたし」
「今も女の子になりたいくせに」
「まあ隠してもしょうがないな」
「女物の普段着こちらに持って来なよ。生憎私の服では入らないし」
「・・・持って来ようかな」
 
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「サホちゃん・アキちゃんが成人した後で性転換手術受けちゃうというのは?手術代くらい出してあげるよ」
「その時考えるよ」
 
政子は少し考えていた。
 
「タックしてる?」
「たまに。でも今はしてない」
「トイレは女子トイレだよね?」
「男子トイレだよぉ。女子トイレに入ったら捕まる」
 
「そんなことはない。入っても絶対騒ぎにならないと思うけどなあ。むしろ男子トイレでお姉ちゃんこっち違うとか言われない?」
「言われないって」
 
「ふふふ。でもこういうの言ってあげると嬉しそうな顔するから、たぁちゃんは面白い」
 
政子はここで初めて彼のことを愛称で呼んだ。すると少しだけ考えて貴昭も
 
「まぁちゃんって、人が自主的に抑えたり控えたりしているものを、刺激して唆すのが趣味だよね。まぁちゃんと付き合ってなかったら、唐本さんもきっと性転換に至ってないよ」
 
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と言った。
 
「うん。冬は私が唆してなかったら、きっと30歳近くまで性転換に踏み切れないでウダウダしてたと思う」
 
と政子も自分が愛称で呼ばれたことを自然に受け止めて言った。
 

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ふたりの会話は一緒におやつなどもつまみながら2時近くまで続いた。
 
「すっかり遅くなっちゃった。ごめんねー。そろそろ帰るから」
「でもバスとか走ってないよ」
「タクシー呼んで帰るよ」
「それもったいない。うちの離れ、今日は空いてるから泊まっていけば?サホちゃんとアキちゃんも泊まっているんだし」
 
「そうだなあ。じゃ泊めてもらおうかな」
「案内するね」
 
と言って政子は貴昭を案内して離れに行った。玄関の鍵を開けて2階への階段を登る。階段の照明は階段の上でも下でもオンオフできるタイプである。
 
「1階はガレージなんだね」
「車庫はとなりの敷地にもあるよ。だからたぁちゃんの車も置けるよ」
「へー」
 
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階段を登ったところで2階の電気のスイッチを入れる。2階は畳敷きの8畳ほどの部屋である。キッチンがあるのでこの離れだけでも大帝の生活ができるようになっている。
 
「あれ?エアコン付けるの?」
「この付近、今くらいの時期までは明け方結構冷えるんだよ」
「ふーん」
 
「今布団敷くね」
と言って、政子は部屋の隅に畳んで重ねている敷布団をひとつ敷いて、シーツもかけ、その上に毛布・掛け布団を掛けた。枕も1個置く。
 
「じゃお休み」
と政子が言うと
 
「うん。お休み」
と貴昭は言う。
 
しかし政子は部屋を去らない。ふたりはしばし見つめ合っていた。
 
「まぁちゃんはどこで寝るの?」
と貴昭は訊く。
 
「1階の10畳のワークルームで。今日は冬が来てないから私1人」
 
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「10畳に1人って広すぎない?」
と貴昭。
 
政子はかなり考えてから返事をする。
 
「去年の夏まではピア置いてたからね。それをスタジオに移動したから少し広すぎる感じになった。ここでたぁちゃんと一緒に寝ちゃおうかな」
 
「うん、そうしなよ。ここもうひとつ布団敷けるよね?」
と貴昭。
 
「敷けるけど面倒くさいなあ。布団1個で間に合わせちゃおうかな」
と政子。
 
「それでもいいよね」
と貴昭は言う。
 
それでふたりは微笑んだ。
 
「私、裸で寝るのが好きなのよね」
「前からそうだったね」
「たぁちゃん、スーツで寝るの?」
「まさか。脱ぐよ」
 
と言って貴昭は背広とズボンを脱ぐ。政子もトレーナーとTシャツ、スカートを脱ぎ、お互い下着姿になる。
 
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「たぁちゃん、ちゃんと女物の下着をつけてるのね」
「今更だし」
「素直でよろしい」
 
結局ふたりとも裸になってしまう。部屋はエアコンのおかげで既に暖かくなっている。
 
「露子さんのこと好きだった?」
「もちろん。亮平さんや大輔さんのこと好きだった?」
「そんなでもないかも」
「そうなの〜?」
 
それで、灯りを消して一緒の布団に入った。
 
「おやすみ」
「おやすみ」
 
と言い合う。
 
初夏の夜は静かにふけていった。
 
 
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