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■夏の日の想い出・雪月花(4)
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更に懐かしい感じに仕上げたのが東堂千一夜先生から頂いた『可愛いあなた』である。ジャズの名曲『素敵なあなた(Bei Mir Bist Du Schoen)』を意識したスイングっぽい曲である。
この曲の伴奏は雨宮先生のツテで、ワンティスの山根さんが組んでいるジャズバンド・横須賀デイライトスターズにお願いした。さすが本職だけあってとてもノリが良く、まさに「大人の音」を聴かせてくれて、近藤さんや七星さんも刺激をたくさん受けていたようである。
特に山根さんのトランペットとバンドのサックス奏者新妻(あづま)さんのテナーサックスとの掛け合いは、素敵だった。この曲では私たちはギターコード付きの譜面だけを渡して、細かい演奏は向こうにお任せし、それにリアルで私とマリの歌も入れて、一発録音をしている。
やはりジャズの醍醐味は即興のイマジネーションなのである。
でも山根さんから
「あんたたち上手いじゃん」
と歌を褒められた。
PVでは、実際の横須賀のナイトクラブに協力をお願いして、実際に観客も入っている状態で、私とマリも少しセクシーなドレスを着て歌ったものを撮影したが、観客からおひねりが飛んできたのにはびっくりした(ありがたく頂いた)。
7番目に制作したのは『花の祈り』である。
能登半島の冬の名物『波の花』のイメージで作った曲なので、これは昨冬にこのアルバム制作を見越して実際の波の花を撮影したビデオをPVには取り込んでいる。
演奏は私の親戚連中に入ってもらって、三味線、和太鼓、尺八などをフィーチャーしている。音程をそろえるために「西洋音階尺八」なるものを特別に制作して、これを尺八の名手である清香伯母(若山鶴声)に吹いてもらったが「これ面白い。もらっていい?」というので、音源とPVの制作が終わってから進呈した。
要するに和楽器を使用したロックに仕上げた。
この制作では三味線は清香の娘の佳楽(若山鶴芳)と、私の従姪の槇原愛(今田三千花:若山鶴花)、和太鼓はその妹の篠崎マイ(今田小都花)に打ってもらっている。西洋音階の篠笛も入れて、これは千里に吹いてもらったが、千里の笛を聴いた清香伯母が
「あんた、うちの教室に入門しない?」
と勧誘していた。
すると自分では演奏しないものの、槇原愛と篠崎マイの付き添いで来ている友見(ふたりの母)が
「伯母ちゃん、それ逆でしょ。伯母ちゃんが村山さんに弟子入りした方がいい」
などと言う。
「うん、それでもいい!」
と清香伯母が言って、千里が困っていた。
(乙女・清香・春絵が姉妹で、友見は乙女の娘、佳楽は清香の娘、私は春絵の娘。槇原愛と篠崎マイは友見の娘)
PVの撮影は、スタジオで加賀友禅の豪華な振袖を着て歌う私とマリの画像を、昨冬能登半島で撮影した映像にafter effectsで合成している。でも雨宮先生が「気分を出すため」と称してスタジオの室温を0度まで下げたので、私たちは寒さにこごえながら歌った。でもそのおかげで「まるで本当に北国の海岸で歌っているみたい」というファンからの評価を頂いた。
演奏者の映像も、佳楽の三味線、清香の尺八、千里の篠笛は映している。正直、千里が映像に顔出しをOKしてくれたのは驚いた。やはり千里は大学院卒業後は音楽家の専業になるつもりなのかなと私は思った。なお3人とも自前の振袖を着ていたが、全員本物の友禅ではないものの「友禅風」のもので、見た目はとても華やかだった。
「私毎年1枚ずつ、こういう友禅風の振袖買っているんですよ。本物じゃないから気軽に着てお出かけできていいんですよね」
と千里が言う。
「ああ、私もやはりお稽古や演奏会で着るとよごすから、友禅風の量産品は重宝してる」
と清香が言う。
「お母ちゃん、私に本物の友禅を買ってくれたりはしない?」
と佳楽。
「既婚者が何を言ってる?」
佳楽は昨年結婚したばかりである。
「ケイちゃん・マリちゃんの友禅はさすがだよね」
と清香。
「マリちゃん、その振袖おいくらくらい?」
と佳楽が訊く。
「いくらだったっけ?」
と政子は私に訊く。
「自分のくらい覚えておきなよ。それは514万円」
と私が言うと
「そんなにしたんだ!?」
と政子本人が驚いていた。
「税込み500万円だったんだけど消費税が上がったから514万円になったんだよ」
「消費税で14万円も上がったのか」
「やはり重税感を感じるなあ」
「でも千里は成人式は振袖着たの?」
演奏収録とPV撮影が終わり、清香たちが帰ってから、私と政子と千里に雨宮先生の4人でお茶を飲んでいた時に政子が訊いた。
「もちろん」
「千里が背広着て成人式に出たりする訳無いじゃん」
と私も言う。
「その振袖を選ぶのに、私、あまり和服に詳しくなかったから桃香に手伝ってもらって、そのあたりから私と桃香は急接近したんだよ」
「そういうことだったのか」
「それをきっかけに、私、女の子の格好で外を出歩くようになったんだよね」
「ちょっと待て」
「それ以前は男の子の格好で学校行ってたの?」
「そうだけど」
「だって高校時代、女子バスケ選手だったんだよね?」
「うん」
「だったら高校時代は女子高生してなかったの?」
「女子制服で通学しているよ。冬と同じ」と千里。
「私は男子制服で通学してるよ」と私。
「嘘つくな」と政子。
「高校時代、女子制服で通学していた人が、なぜ大学には男の格好で行く?」
「授業初日の前日に大雨で、雨漏りして女物の服が全滅したんだよ。たまたま事情があって男装していたもんで、仕方なくその格好で最初の日の授業に出ていったんだよね。そのまま成り行きで」
「そんなの雨漏りするって、千里なら分からないの?」
「たぶんその日は自分の心の声に耳を傾けることができなかったんだよ。私、その日失恋したから」
「大学入学の前日に失恋するってつらいね」
「しかし心の声か・・・・」
「みんな、心の声ってあると思うんだ。それに耳を傾けることのできる人、できない人がいる。そして普段耳を傾けることができていても、どうかした日にはちゃんと聴けないんだよね」
「青葉が何度も悔やんでた。震災当日、凄く嫌な予感がしたのに、どうして自分はせめてお姉さんだけでも助けられなかったんだろうって」
「身近な人のことについては、特にちゃんと聴けないんだよね。占い師って自分のことがいちばん分からないとよく言うけど、実は自分のこと以上に、自分の家族や恋人のことが分からない」
「そうかも知れない」
「だって自分の愛する人のことについて、完全に冷静になることできる?冷静になれるとしたら、それはその人のこと愛してないよ」
と千里は言う。
政子が唐突に紙を取り出すと、詩を書き始めた。
私も千里も雨宮先生も静かにそれを見守る。
『under the candlestick』というタイトルが付けられている。英語のことわざのThe darkest place is under the candlestick. だろうなと私は思った。直訳すると燭台(しょくだい)の下が最も暗いということだが、日本語でいう所の「灯台下暗し(とうだいもとくらし)」だろう。
「千里、例の不義の子、どうしたの?」
と私は政子が詩に集中している間に訊いてみた。
「今回は失敗した。私が父親になる方法でも母親になる方法でも受精卵は着床しなかった。来月再挑戦する」
「千里ってまさか精子と卵子の両方持ってるの?」
「私元々男の子だから卵子は無いし、去勢してもう3年たつからさすがに精子は無いよ」
「やはり千里の言葉はさっぱり分からない!」
「でも精子無くたって女の子や男の娘を妊娠させるのは気合いだよね」
などと雨宮先生は言う。
「雨宮先生なら行けそうだ」
「雨宮先生なら女の子を見ただけで妊娠させられるかも」
「それは上島だよ」
「上島先生は隠し子が100人居るという噂も」
「隠し子の存在は知ってるけど、さすがに100人は居ないと思うな」
と私は言う。
「それに上島さんは女の子専門ですよね。雨宮先生は女の子でも男の子でも男の娘でもいけるから」
と千里。
「うん。さすがに男の子は妊娠させたことがないけども男の娘には実は子供産ませたことある」
と雨宮先生。
「産めるんですか?」
「たまにいるんだよ。産める子も」
「それ半陰陽なのでは?」
「雨宮先生って嘘つきだから、どこまで本当なのかさっぱり分からない」
と千里が言うと
「そういえば千里は声変わりしましたなんて嘘までついてたね」
などと雨宮先生は言う。
「冬も声変わりしたなんて嘘ついてたよ」
と政子。
「私、ほんとに高3の時、声変わりしたんだけど」と千里。
「私は小学6年生の時に声変わりした」と私。
「そういう無意味な嘘つくのって理解できん」
と雨宮先生。
「同意同意」
と政子。
「やはり冬は小学6年生の時に性転換したに違いない」
「なんでそうなるの!?」
2014年8月29日(金)。
私は翌日の福岡でのKARIONライブのため前日にあたるこの日の午後福岡に向かったのだが、政子も「美空と一緒に博多ラーメンを食べたい」などと言って、私に同行した。実際その日の晩は美空と政子のふたりで長浜の一心亭に行き4杯ずつ食べたらしい。ふたりはもっと入ると主張したが同行した花恋がこれ以上食べたら明日のライブに差し支えますと言って「レフェリーストップ」を掛けたという。一心亭のラーメンは私も食べたことがあるが、かなり濃厚でヘビーである。しかも後で聞くと、ふたりはラーメン4杯の他にチャーハン2皿、餃子4皿食べていたらしい。
ちなみに私は小風・和泉と一緒に和風割烹・海幸でコース料理を食べた。
翌30日、私は和泉たちと一緒にKARION福岡公演(12:00-14:20)に出た。政子はこの公演の進行役を買って出て「間もなく公演が始まります」から「これで本日の公演は全て終了しました」までのアナウンスをした。この件は後で結構話題になっていたようである。
その後空路沖縄に入る。
私と政子が沖縄に行くと、毎回、難病と闘っている私たちのファン、麻美さんをお見舞いに行くのだが、今回は連絡すると、自宅に戻っていると言う。
麻美さんの症状がこのところかなり改善されているというのは聞いていたのだが、外出許可が出るほど良くなっているのかと驚き、ふたりでご自宅を訪問した。
「むさ苦しい所に済みません」
ともう麻美さんとは姉妹同然になっている友人の陽奈さんが言って、私たちを迎え入れてくれた。麻美さんは寝ているかと思ったら、居間でかりゆしウェアなど着て座っている。
「起きてていいんですか?」
と私が訊くと麻美さんは笑顔で
「ええ。このところ調子がいいんで」
と答える。
「いつ病院に戻るの?」
と政子が訊いたら、麻美さんは答えた。
「いえ、戻りません。退院したんです」
「ほんとに!?」
「凄い!」
「以前マリさん・ケイさんが連れてきてくださったヒーラーの方とユタの方が予言してくださった通りでした」
「あ、ちょうどそうなるかな?」
陽奈さんが言う。
「あの方たちが来てくださったのが2012年の11月で、その時、おひとりは23ヶ月、もうひとりの方は1年10ヶ月後に退院できるとおっしゃったんです。でもそれより1ヶ月早い1年9ヶ月後の退院になりました」
「やはり青葉って凄いね」
と政子が感心したように言う。
「一応毎週1回病院に通わないといけないんですけど、とにかく退院できたのは凄いです。この病気にかかって退院できるまで回復したのは麻美ちゃんが世界で初めてらしいです」
と陽奈が言う。
「なんかロシアかどこかで見付かった特効薬が効いたみたいなんです」
と麻美の母。
「うん。でもあの薬、効く人と効かない人があるとかで、公的には認可薬になってないらしいのよね」
と陽奈。
「それでも効いたのは運がいいですね!」
と私は言った。
その晩は麻美さんのお母さんに
「ずっとお世話になっているせめてものお礼に」
と言って、沖縄風の料理で歓待してもらった。
「麻美さん、この後は何かするんですか?」
「私、大学に行こうかと思ってるんです」
「へー」
「麻美、1年くらい前から病院の中で結構勉強してたんですよ」
と陽奈が言う。
「私、高校はほとんど授業受けてないのに特例で卒業証書もらったから。高校1年の英語・数学から勉強し直してます。でも退院したから予備校に行こうかと思っているんです」
「偉ーい!」
「世界史とかは元々好きだったもんね?」
「うん。病院のベッドで寝てると暇だから、河出文庫の『世界の歴史』とか、石ノ森章太郎さんの『まんが日本の歴史』とか、よく読んでたんです」
「なるほどー」
「どこ受けるんですか?」
「地元の国立大学の保健学科」
「もしかして看護師コース?」
「ええ。私、看護師さんになりたいなと思って。私自身がたくさん入院中にお世話になったから」
「それは頑張って下さい!」
この日私たちはとても幸せな気分だった。その気分の中で政子は『神様ありがとう』
という詩を書いた。大ヒット曲『神様お願い』は元々麻美さんの回復を祈って書いた曲である。麻美さんが退院したことで、あのお願いのお礼をしなければと政子は言ったのである。
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