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■夏の日の想い出・まつりの夜(4)
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目次 8
時間索引 #
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「それではローズ+リリーのデビュー曲『遙かな夢』」
と言って次の曲を歌い出す。政子はとても楽しそうに歌っている。これだけの客の前で自分たちだけのステージで歌うのは2008年11月の東京公演以来である。私は少し心配していたのだが完全な杞憂のようであった。これは早い時期に本当のローズ+リリーのライブを実現したいな、と私は思った。
その後はMCを混ぜながら、この当時3年越しのミリオン到達目前であった『涙の影』、そして休業中に0円でダウンロード販売した『雪の恋人たち』
『坂道』と歌っていった。
今日の伴奏では多くの楽曲に含まれるヴァイオリンのパートはリリコンで代替しているのだが、『坂道』の胡弓パートもリリコンで吹いてくれた。むせび泣くような胡弓の音をリリコンの音で演奏するのが結構趣きがある。
「この『坂道』はケイちゃんが、以前風の盆を見に来た時、諏訪町の石畳の道に燈籠が並んでいる美しい様に感動して書いたものだそうです。今日は風の盆も最終日ですね」
などと言うと、客席で頷く人たちがいる。ここにいる観客には風の盆を見たことのある人も多いであろう。
「ところで今年は東日本大震災で多くの命が失われました。その鎮魂と復興の思いを込めて『神様お願い』」
と言って私たちは《幻のミリオンセラー》を歌う。売上を全て被災地に寄付することにしているため、契約上、売上枚数を公表しないが、この当時既に260万枚/DL売れていた超大ヒット曲である。
私たちが歌っていると客席には涙を浮かべている人もあったようであった。
「それではとうとう最後の曲になりました」
と私が言うと
「えーー!?」
というお約束の声。
その反応が収まるのを待って
「これもローズ+リリーの休業中のヒット曲『恋座流星群』。よかったら手拍子お願いします」
と言って歌い始める。『神様お願い』はみんなが静かに聴いていたので、尚更この曲ではみんな元気に手拍子してくれたようである。
もうみんな私たちが本物であることを確信するかのように
「マリちゃーん!」
「ケイちゃーん!」
という声が掛かり、私たちは手を振って答える。
間奏の時には
「キス、キス!」
なんて声まで飛んでくるので私たちはステージ上で濃厚なキスをしてみせる。悲鳴が聞こえる。ステージ袖を見たら加藤さんが頭を抱えていて、千里が今度は加藤さんの肩を叩いている。
そして演奏は終曲を迎え、私たちは深くお辞儀をして幕が下りた。
すぐにアンコールを求める拍手が起きる。
私たちは2分ほどでまた出て行った。但しカナディアン・ボーイズの人たちは入っていない。私とマリの2人だけである。そしてステージ中央にグランドピアノが置かれている。
「ローズ+リリーのそっくりさん、ゴース+ロリーにアンコールの拍手までいただいてありがとうございます。それではローズ+リリーが10月に発売するらしいアルバムの中から『Long Vacation』」
このMCには客席から大きなざわめきが起きた。ローズ+リリーが10月にアルバムを出すこと自体は発表している。実は音源制作も既に完了している。しかし楽曲内容に関しては、タイトルのラインアップでさえ出ていない。つまりこれはリークである。
しかし私たちはそのざわめきを黙殺して演奏を始める。
私がピアノを弾き、その伴奏だけで、ふたりで歌う。
元々は愛するふたりが、愛し合っていることを言わないまま別れて、長い年月のあと再会して結ばれるというストーリーである。その歌詞を聴いて涙を浮かべている人たちもいる。
しかしこれはローズ+リリーが、もう2年半も《休業》を続けていたことへのファンへのお詫びのメッセージでもあった。客席にもそういう《隠された意味》を読み取って頷いている人たちもあった。
演奏が終わると同時に物凄い拍手がある。
その拍手は今度は「ローズ+リリー」として、私たちにステージに戻ってきてというファンの声だと私は思った。マリもそういう気持ちでいるのだろうか。真剣な表情で拍手を受け止めていた。
いったん幕が下りるが、ふたたび強いアンコールの拍手である。
私たちはまた出て行く。グランドピアノは下げられており、カナディアン・ボーイズの人たちが入って来て所定の位置に付く。
「偽物の私たちにセカンド・アンコールまでしていただいて、本当にありがとうございます。この拍手を本物のローズ+リリーに聞かせてあげたいですね。そしたらきっと、彼女たちはステージに戻ってきてくれると思います」
と私が言うと
「マリちゃん、ケイちゃん、戻って来てー」
という声がある。
するとマリが
「いいよ」
と笑顔で答えたので、客席から大きな拍手があった。
「それではこれが本当に最後の曲です。『Spell on You』」
曲名を言う時、私とマリは指を1本立てて客席に向けた。物凄い拍手の中でカナディアン・ボーイズの伴奏が始まる。そして私たちは歌い出す。観客は総立ちである。異国風のメロディー、ダンスっぽいリズムに、観客は熱狂し客席で踊っている。今日の会場はキャパを犠牲にしてパイプ椅子を並べて座って観てもらっているのだが(ALL STANDINGなら倍の800入る)、この椅子が無かったら客がステージに押し寄せてしまう危険もありそうなほど、客は熱くなっていた。
そして熱狂の中、私たちのステージは終了した。私たちは多数の拍手に何度も何度もお辞儀をして応えた。そして幕は下りた。
「これをもちまして、ローズ+リリー、ではなくてゴース+ロリーの公演を全て終了いたします」
という締めのアナウンスをしてくれたのは千里であった。
幕が下りてから私たちが袖に下がると、加藤さん、そして千里から握手を求められた。
「マリちゃん、またローズ+リリーのマリとしてステージに立つ気になってくれたみたいだね。復帰公演はどこでやろうか? 予備的に確保している会場があるから、日程さえぜいたく言わなければ、横浜エリーナとか、武芸館とかでもいけるよ」
などと加藤さんは言ったのだが、マリは
「えー? 私は引退した歌手だから歌いませんよ」
などと、建前を言う。
加藤さんは困ったような顔をしたが、千里が
「次のステージに立つまでは歌わないんでしょ?」
と言うと、マリは
「うん」
と笑顔で答えた。
「そうだ。さっき、清香さんから連絡が入ったよ。赤ちゃん産まれたって」
「凄い早かったね!」
「超安産だね」
「男の子?女の子?それとも男の娘?」
「取り敢えず見た目おちんちんは付いてないように見えるから多分女の子ではないかと。名前も決めたって」
「へー」
「風の盆のお祭りの日に生まれたから、まつりという所から茉莉香(まりか)ちゃんだって」
と言って、千里は紙に書いた名前を見せてくれた。
「可愛いね!」
と政子も嬉しそうに言った。
ライブは15時半頃終わったのだが、その後、サイン会をした。
『Goth + Loli 雪の恋人たち/坂道』
というこの会場限定のCDを1000円で販売し、希望者にはCDにサインをした。このサインはこの日のために練習しておいた特別なサインだが、Rose + Lilyのサインに酷似しているのがミソである。実際問題として私たちは Gose + Lolyみたいな感じに書いていた。
またここで販売したCDはこの日のためにあらためて私たちの歌をスタジオで録音して収録したもので、アレンジこそ高校3年の時に発売したものと同じであるが、実際の演奏も歌もあれとは異なるものである。
高3の時の伴奏は私ひとりで全部弾いているのだが、今回は実は旧知の杉山喜代志さんという人がリーダーをしているポーラスターというバンドに演奏してもらって演奏を一気に録音している。このバンドは普段はAYAのバックバンドとして活動しているのだが、AYAは音源製作は打ち込みなので、割と暇なのである。全部ひとりで演奏していたら一週間かかるところをバンドで演奏してもらったので1日で収録を終えている。なお、これも秘密だが『雪の恋人たち』の鈴の音は和泉による演奏、『坂道』の胡弓は従姉の美耶によるものである。
CDを買ってくれた全員がサインを希望し、このサイン付きCDは全部で300枚ほど出ている。1人1枚に限定させてもらったのもあり、ヤフオクにはほとんど出回らなかったが数枚出品されたものは1万円以上で落札されたようである。
希望者が多いのでサイン会は2時間ほど掛かったが、その間、サービスで2011年3月に収録したライブ映像をロビーに設置したジャンボビジョンで流していたが、サインが終わった後もこの映像をずっと見ているファンは多かった。
私たちが千里の運転するインプで会場を出たのはもう18時頃であった。ここしばらく、おわらを習っていた高橋先生の所に行く。それで一緒に八尾に移動しましょうということになるが「少し私の関係者も連れて行っていいですか?」と尋ね、快諾を得た。
それで千里が富山市内のショッピングモールで待機していた青葉に連絡すると、青葉の母のヴィッツに、桃香・青葉と、青葉の友人2人(美由紀・日香理)が乗ってやってきた。高橋先生は生徒さん?2人と一緒に行くということだったので、現地の駐車場事情を考えピストン輸送をすることにした。なお青葉の母は徹夜は辛いと言って、いったん高岡に帰るということだった。
現地の事情が分かっている人でないと運転は難しいということで、高橋先生の妹さんがアルファードを運転して1往復半した上で、2度目は小学校近くの臨時駐車場に駐めたということであった。
25時頃までは聞名寺で輪踊りを見たり(風の盆は元々このお寺の行事である)、曳山会館のステージを見たり、あちこちの街流しを見たりして過ごしたが、夜更けすぎから、自分たちの街流しも始める。
高橋先生のお母さん(八尾在住)が三味線、その友人夫婦(同じく八尾在住)が男女の踊り、高橋先生の胡弓、妹さんの太鼓、高橋先生の生徒さん2人と私が交代で唄と囃子をして練り歩いた。青葉と友人2人はその後を付いて歩いたので、実は最小構成であるものの、見た目は11人編成の中規模の街流しに見えてしまう。桃香・千里・政子の3人は観光客のような顔をして沿道を付いてまわっていた。
「これ何時頃までやるんだっけ?」
と桃香が訊く。
「明け方まで」
と千里が答える。
「そんなに?私は眠くなってきた」
「道端でゴロ寝する? 貴重品だけ預かるよ」
「確かに寝ている人がいるな。しかしたくさん人がいる所で寝るのか?」
「人目があるから襲われる心配は無い」
「確かに!」
「教室の先生の妹さんが駐めた車の前に別の車が駐まっていたらしいから、明け方になるまでは八尾から脱出するのは困難かも」
「うむむ」
「あ、天ぷら売ってる。食べようよ」
「あんた、よく入るな」
午前5時頃、青葉の母がおにぎりとお茶を持って八尾に来てくれた。この時間になると交通規制も解除され、車も減り始めるので、曳山会館の駐車場に駐めることができるのである。
聞名寺の境内で休憩して頂いたが、私もライブの後で徹夜で歩き回ってさすがに疲れたかなと思った。
「おにぎり美味しい、美味しい」
と言って政子はたくさん食べている。青葉の母も張り切って大量におにぎりを作ってきてくれたようだ。
青葉の母が来てくれたので、高橋先生のアルファードと青葉の母の車の2台に分乗して、市街地に戻った。
「冬子さんたちは飛行機で東京に戻るんですか?」
と解散したところで青葉が訊く。
「1日くらいどこかでぐっすり寝てからにしようかと。この状態で飛行機の気圧変化はちょっと辛い気もする」
と私が言うと
「あ、何なら私たちの車の後部座席に乗って帰る? ずっと寝てていいし、運賃も要らないよ」
と桃香が言う。
「東京にどこ通って帰るの?」
と政子が訊く。
富山から東京に戻る場合、上信越道で藤岡に出て関越を通るルート、上信越道から中央道を経由するルート、新潟からずっと関越を南下するルート、また、東海北陸道で愛知方面に出てから東名を走るルートなど、色々なルートがある。
「来る時に上信越道を走ってきたから、帰りは東海北陸道・東海環状道で豊田JCTに出て東名を走ろうかなと思ってる」
と千里が言う。
「あ、だったら名古屋にちょっと寄って、ひつまぶしを食べない?お代は多分ケイが出してくれるから」
「いいけど」
と私は苦笑しながら答える。
「でもお邪魔じゃない?」
と私は千里に尋ねたのだが
「私と桃香はただの友達だから全然問題無いよ」
と千里は答える。
「そうだね。私と政子も友達だし」
と私も応じる。
桃香と政子は少し不満っぽい顔をしているが、青葉が少し呆れているふうであった。
「じゃ千里も徹夜してるし、少し仮眠してから帰る?」
と桃香は訊いたが
「ああ、私眠りながら運転するの得意だから大丈夫だよ。すぐ出発しよう」
と千里は言った。
「眠りながら運転するの〜?」
「普通だよね、それ」
と私も答えた。
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夏の日の想い出・まつりの夜(4)