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■夏の日の想い出・食事の順序(4)
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「オッフェンバックの『地獄のオルフェ』の場合は、オルフェウスとエウリュディケーの仲は冷え切っていて、各々愛人がいるんです。それでエウリュディケーが死んでしまうとオルフェはこれで愛人と楽しくやれると大喜び、一方のエウリュディケーも実は彼女の愛人は地獄の王プルートーだったので、彼氏の所に行けて大喜び」
この話は知らない記者さんも多いようで「へー」という感じでみんな聞いている。
「ところがオルフェの周辺の人たちが、奥さんを亡くして気の毒にとか散々同情してくれて、奥さんを返してくれるよう神様にお願いしようなどと言い出す。それでオルフェは全然気が進まなかったものの、神様にお願いしたら地獄まで行って地獄の王と交渉してもいいという許可が出てしまいます。一方のエウリュディケーは地獄の王とある程度遊んだら飽きてしまって、別の男が欲しくなってしまう。ちょうどそこに神々の王ジュピターが彼女に目を付けてこっそり彼女の部屋に侵入していちゃいちゃする。ふたりは意気投合する」
「そこにオルフェがやってきて、地獄の王と交渉し、オルフェは妻を連れ帰る許可をもらってしまう。で、ギリシャ神話の物語と同様に、オルフェが先を歩き、その後ろをエウリュディケーが歩いて地上への道を進む。振り返ったらいけないという条件付きです。それでエウリュディケーとしては夫が自分のことを好きであればきっと不安になって振り向いてしまうだろうと期待するのですが、オルフェは妻のことなどどうでもいいので足音が聞こえなくなっても全然気にしない。やがてもう地上が近づいてくる」
「そこでこれはやばいと思ったジュピターが雷を落とす。するとオルフェはその雷鳴に驚いて振り返り、エウリュディケーはジュピターによって天に召されて、オルフェにとっても、エウリュディケーとジュピターにとっても都合の良い結末となったのでした」
私がこの『地獄のオルフェ』の物語を語ると、あちこちでなるほどーという感じの反応が見られた。
今回の『Heart of Orpheus』のPVでは、冒頭、岩の斜面に放水がなされ、そこに水の染みこんだ部分が Orpheus という文字になって浮かび上がる趣向になっている。そしてその岩に沿って通路があり、そこを男女(大林亮平と南藤由梨奈)が前後して歩いている。ふたりは楽曲が進むにつれ次第に明るい所に出てくるのだが、最後もう通路が終わる直前になって、後ろを歩いていた南藤由梨奈が大林亮平の後ろから顔を掴んで無理矢理、後ろを振り向かせてしまう。すると南藤の姿がキラキラした光とともに薄くなって消えてしまい、大林はあたりを見回して南藤がいないことを確認すると、やったぁ!と喜ぶという映像になっている。
さて今回のアルバムには萌枝茜音さんの他に、もうひとりMTFの作曲家が参加することになる。
7月10日に私は★★レコードにゴールデンシックスというユニットのデビューに関する打ち合わせで行っていたのだが、その打ち合わせの場で私は、これまで長くKARIONに楽曲を提供してくれていた醍醐春海というのが、実は別の名前でよく知っている人物であったことに気付いてしまったのであった。
それで私は打ち合わせが終わるとすぐに彼女に電話した。
「おはようございます、醍醐春海さん」
と私が言うと
「おはようございます、水沢歌月さん」
と千里は答えた。
「少し話したいことがあるんだけど、近い内に時間取れない?」
「どう考えても、私よりそちらの方が10倍忙しいから、そちらに合わせるよ。今からでもいいよ」
というので
「だったら今から。どこで会う?」
「私、今江東区にいるんだけど、そちらはどこ?」
「ここは青山」
「じゃ地下鉄日比谷駅の改札で待ち合わせない?17時半くらいで」
「了解」
「今歌月さん、どんな服着てる?」
「あ、えっと。ペールピンクのビジネススーツだけど」
芸能事務所などにはジーンズで出かけるのだが、今日はレコード会社だったのでちゃんとした服を着てきていたのである。
「あ、だったら問題無いな」
「ん?」
17:20に私が日比谷駅まで行くと、千里は既に待っていた。上等なワンピースを着ている。
千里は笑顔で会釈すると近づいて来て
「お初にお目に掛かります。醍醐春海です」
と言って、《作曲家・醍醐春海》と書かれた名刺を渡す。
「名刺があったんだ!」
と私は驚き、こちらは《歌手・KARION・らんこ》の名刺を渡した。
「お初にお目に掛かります。KARIONの蘭子です。いつも素敵な曲を書いてくださってありがとうございます」
「この、らんこの名刺って凄くレアだよね」
「過去6年間に10枚も配ってない。この醍醐春海の名刺も相当レアでは?」
「渡したのは30枚くらいだと思う」
立ち話も何だしというので歩きながら話すが、千里は帝国ホテルに入っていく。
「まあ、お茶でも飲もうよ」
と言われたのだが、千里は帝国ホテルの中のフランス料理店に入って行く。
「予約していた村山ですが」
と言うと、席に案内される。
「予約してたんだ!」
「今日ゴールデンシックスのデビューに関する打ち合わせをすると花野子というかカノンから聞いたからね。当然、醍醐春海が誰かというのに気付いて連絡があるだろうと思ってたから、予約を入れておいた」
「千里って時々思うけど、物凄い予定調和で行動してるよね」
「巫女だからね」
「ね、ふと思ったんだけど、千葉のL神社にいる千里の知り合いって」
「私自身のことだよ。大学に入った年から、週に1回だけご奉仕している。その前、中学時代は留萌で、高校時代は旭川でそれぞれ3年間巫女をしてた」
「だったら、もう12年目のベテラン巫女なんだ!」
「そんな感じ。さすがに大学院を出るタイミングで退職させてもらおうとは思っているけどね」
「ちょっと待って」
と私は考える。
「巫女って、男の子もいるんだっけ?」
「ふつう巫女って女の子だろうね」
「だったら、中学高校時代に巫女してたって・・・」
「もちろん女の子として奉仕してたよ」
「えーっと・・・」
「冬子が小学生の時からドリームボーイズのバックダンサーを女の子としてしてたのと似たようなものだよ」
「うっ・・・」
「冬子は出羽山か由良の浜に知り合い居ない?」
「出羽??」
「ああ、居ないのならいい。だったらこれはあの人たちの仕業じゃないか」
最初にアペリティフに室温に保たれた赤ワインが出てくる。
「今日は私のおごりということで」
と千里が言う。
「そうだね。ここは作曲家先生と楽曲を頂いている歌手の関係だからおごられておこうかな。おごちそうさまです」
「はいはい」
グラスに注いでもらい乾杯する。
「ゴールデンシックスの前途を祝って」と私。
「ローズ+リリーとKARIONの前途を祈って」と千里。
「このワイン美味しい!」と私は一口飲んで声をあげる。
「2005年もののボルドー。ボルドーワインの当たり年だよ。この年は特に赤が良かったんだ。100年に1度の出来と言われた」と千里。
「そんな凄いんだ! でもワインは年によって出来・不出来が大きいよね」と私。
「歌手も当たり年があるよね。08年組はやはり豊作だった年だと思う。古くは小泉今日子さんや松本伊代さん・中森明菜さん・早見優さんとかのデビューした82年組なんてのもあったよね」
「アーティストのアルバムでも当たり外れはあるかな」
と言ったが、千里は否定する。
「うーん。当たり外れのある人もいるけど、むしろピークの時期とそうでない時期があると思う。ほとんどのアーティストはデビューして数年以内にピークを迎えて、その後はどんどん落ちていく」
「・・・・」
「その後は売れている人でも固定ファンが半ば義理で買っているだけで品質は見るべくもないケースが多い」
「なかなかそういう鋭い指摘は業界の中では聞けないよ」
「まあ、私は一般人だから」
「そうか。一般人という建前だったんだ」
「ふふふ」
やがて予約していた料理が前菜から出てくる。
「たまに2度、3度ピークのある人もある。ポール・モーリアなどは初期の『恋はみずいろ』のヒットの後、似たような傾向である程度売ってたけど、少しずつ落ちていって、その後『カリオカの碧い風』とか『ロマンティックレーザー』とか若干迷走ぎみの作品が出てくる。ところが『再会』で自分の歩むべき道を再度見出して、その後2度目のピークが来ている」
「2度・3度のピークのある人って、音楽史に名前を残す人だろうね」
「だと思う」
「しまうららさん、10年ごとにヒット曲を出すんだと言ってた」
「ああ、たまにそういう間欠泉みたいな人もいる。売れてない時期はエネルギーを貯めてるんだよ」
と言って千里は自分の携帯を操作している。
「1987年・初恋の丘、1998年・フリージアの恋、2005年・ヴィ・ローズか。ほんとに10年単位だね。今回出した蔵田さん作曲の『ギタープレイヤー』がもしヒットしたら、4度目の間欠泉だね」
「うん。本人も今度の歌はかなり手応え感じてるみたい。ギターの練習かなりやってたけど、だいぶ聴ける状態になりつつあるよ」
「それは偉い。ちゃんと頑張る所があの人だね」
「千里、ゴールデンシックスになる前のDRKのメンバーだったんでしょ?旭川で活動してたんだよね?」
「そうそう。私も葵照子もそれに参加してたんだよ。それで音源製作する時にちょうどお父さんの家に来ていた美空ちゃんが顔を出してたのを引き込んだんだけど、その美空ちゃんの歌を聴いて、三島さんがスカウトしたんだよね」
「するとDRKが無かったらKARIONも無かった訳か・・・」
「まあ、世の中は色々なものが複雑に絡み合っているよ」
「それは思う」
「元々のDRKを作ったきっかけは、ヨナリンの番組なんだよ。公園でお花見してたら、ヨナリンの番組で『女子高生にいきなり楽器渡してバンドになるか?』ってのやらされて」
「へー。そんな所にヨナリンが関わっているとは」
最近ではヨナリンはローズクォーツが出演している「しろうと歌合戦」の司会などをしている。
「それがなんか楽しかったからバンドの練習しようよといって始めた。あれも受験勉強の息抜きという意義が大きかった気もするけどね」
「ああ、そうだろうね」
「DRK, Dawn River Kittens が高校卒業で解散して、それで北海道に残ったメンバーはNorthern Fox, 東京周辺に来たメンバーがGolden Six, 関西方面に行ったメンバーがViolet Max というバンドを結成して、各々活動してたんだよ。もっとも、Northern Fox はメンバーが多忙で自然消滅、Violet Maxは大学卒業で解散しちゃったから、残ったのはGolden Sixだけ」
「そのGolden Sixも2人だけしか残ってないと」
「そうそう。あの2人はDRKの時はそれほど活動に積極的だった訳じゃないんだけどね。高校卒業した後、逆に熱心になって来た感じ」
「やはり受験勉強の重圧から解放されたからでしょ」
「それはあると思うよ」
「でも千里、当時は女子高生でバンドやってたんだよね?」
「ふふふ。冬子が女子高生の制服でテレビ局とかに行ってたのと変わらないと思うけど」
と言って千里が携帯を開いて呼び出して見せるのは、私が《歌う摩天楼》のリハーサル歌手をしていた時の写真だ!
「ちょっと、何でこんな写真持ってるの?」
「内緒」
「・・・・。花野子ちゃんは、当時千里はもう性転換済みだったと言ってたけど」
「まあ、そう思われていた気はする」
「トイレに入ってる所をうっかりドア開けちゃったら、お股の所に割れ目ちゃんがあった、なんて話を聞いた」
「たぶん冬子も似たエピソード持ってそう」
「う・・・」
「で、その件なんだけどね」
と千里は困ったような顔をした。
「実は私、自分がいつ性転換したのか、さっぱり分からないんだよ」
「はあ?」
色々話をしている内に、少しずつ料理が運ばれてくる。
「今気付いたけど、この料理すっごく美味しい」
「それは帝国ホテルだからね」
「ね、おごられている人が値段を聞いちゃいけないかも知れないけど、今日のお料理いくら?」
「料理は1人4万円。ワインは16万円だよ」
「16万!?」
「美味しかったでしょ?」
「美味しい! もっと飲もう」
と言って私はワインをグラスに注ぐ。千里のグラスにも注ぐ。あらためて乾杯してから、また料理も頂く。
「だけどこのワインは16万円払ってもいい気がするでしょ?」
「する。ここまで美味しかったら払ってもいい。正直ドンペリに10万出す人の気が知れないけど、このワインは本当に美味しい」
「料理も満足度高いよね」
「うん。凄く丁寧に作られてるもん」
「満足度って値段と反比例するからね。値段を高くすればそれだけ評価は厳しくなる。入場料8000円のライブは入場料2000円のライブの5倍楽しめなかったらつまらないコンサートだったと言われる」
「それは肝に銘じておくよ」
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