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■夏の日の想い出・勧誘の日々(5)
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(C)Eriko Kawaguchi 2013-09-28
若葉と一緒にステージを降りる。
「お、1位は何か封筒がある」
「中身は?」
「5000円だ」
「すごーい」
「お寿司食べに行こう」
「まあ回転寿司なら行けるかな」
「回転しないお寿司屋さんなんて行ったことない」
「若葉は回転するお寿司屋さんって分かる?」
「私だって、そのくらいは経験してるよ」
と若葉は笑って言う。
「いや、若葉のおうちでは、夕食は寿司職人さんが出張してきて握ると聞いたから」
「まさか。うちだってお寿司はスーパーのパックの買ってくるか、時間がある時はお母さんが自分で作るかだよ」
「若葉の家もスーパーで買い物するんだ?」
「するよー」
「でもお母さん、お寿司握れるの? すごーい」
「にぎり寿司の型に御飯を詰めて、ネタを乗っけるだけだよ」
「そんな庶民的な道具を若葉の家でも使うんだ?」
「なんか、私の家庭環境誤解されてる気がするなぁ」
と若葉が苦笑いしている。
「でも冬、優勝しちゃったから性転換しなくちゃ」
「冬は既に女の子だから、性転換すると男になっちゃうよ」
「そしたら再度性転換を」
「そんなに何度も性転換ってできるもの?」
「女になった後で男に戻りたくなって、おちんちんくっつけたという人の話は聞いたことあるけど」
「おちんちん保存してたの?」
「まさか。付けたのはシリコン製か何かのおちんちんだと思うけど。睾丸も取っちゃってるから、そちらも偽物のボールを入れたんだと思う。だから形は男に戻れても、生殖能力は無いよね」
「ああ、さすがに完全に元には戻せないか」
「基本的には性別の変更は1度だけ」
「で、冬は既に変更済みなんだっけ?」
「小学6年のお正月に見た感じでは、変更済みに見えた」と奈緒。
「私も一緒にお風呂に入った時、付いてないように見えた」と若葉。
「やはり変更済みか」と有咲。
「え?そうなの?」
と由維が驚いたように言う。
「もうみんな冗談がきついんだから」と私。
「なんだ、冗談か。びっくりした」と由維。
「だけどさ。冬ったら中学では男の子の振りして、学生服着て男装している上にあろうことか声も男の子の声で話してるんだよ」
と若葉。
「うそ。冬、男の子の声が出るの?」と由維。
「うん。こちらが本来の声。女の子の声は特殊な発声法で出してるんだよ」
と私は男の子の声で答えてみる。
「へー」と由維は感心したように言う。
「由維、騙されてはいけない。それは偽装用の声」
と奈緒。
「ふつうに私たちと話している時の声が冬の本来の声だよ」
と有咲。
「男の声の方が特殊な発声法で出しているもの」
と若葉。
「冬は睾丸は無いから、声変わりも来なかったんだよ」
と奈緒。
「あるけど」
「いや無い。私、冬のお股を思いっきり蹴ってみたことあるけど、男の子なら悶絶するはずなのに、冬ったら平気っぽかった」
と奈緒。
「凄いこと試してるね」
「何するの!?と思った」
「じゃ、やはりタマタマはもう無いんだ?」
「おちんちんも多分無いんだと思うんだけどねー」
「花の女王コンテスト」の後、私たちは特にアトラクションにも乗らないまま園内をぶらぶらしては、適当な日陰で座っておしゃべりをしていた。なお若葉のヴァイオリンケースだが、ずっと持っておくの大変でしょ? 自分は男だと主張している子がひとり居るから持たせちゃおう、などと言われて私が持っていた。(高価な楽器なのでさすがにコインロッカーには預けられない。ケースの上に日差しよけのアルミのカバーを掛けている)
薔薇園の前の屋根の下でおしゃべりをしていた時、こちらにひとりの女性が近づいてきた。
「ね、ね、君たちさっき『花の女王コンテスト』の3位と1位になった子たちだよね?」
「はい、そうでーす」と奈緒。
「えっと・・・ヴァイオリン持ってた子、あ、君かな? 君が3位だったよね」
と私の方を見た上で
「歌を歌ったのは誰だったっけ?」
とその女性は訊く。
由維以外みんな体操服なので、どうも区別が付いてない感じだ。
「私でーす」と奈緒。
「ね、ね、もう一度聴かせてくれない? あ、私こういうものです」
と言って、その女性は奈緒に名刺を渡した。∴∴ミュージック、アーティスト担当・三島雪子と書かれていた。
おぉ、スカウトさんかな? 私は奈緒とアイコンタクトする。奈緒が了解了解という顔をする。
「じゃ、若葉、ヴァイオリンで伴奏してよ。私歌うから」
と奈緒は私に向かって言った。
「いいよ」
と言って私は若葉のヴァイオリンを取り出すと、調弦を確認して楽器を構える。
「何歌うの?」
「そうだなあ。『夏の思い出』」
「おっけー」
私は江間章子作詞・中田喜直作曲のその歌の、前奏を哀愁を帯びた感じでヴァイオリンで弾く。由維が「へー!」という感じで私の演奏を聴いている。三島さんが頷いている。そして奈緒が「夏が来ーれば思い出すー」と歌い出す。
次の瞬間、三島さんの顔が「え!?」という感じに変わった。
取り敢えず1フレーズだけ歌って止めた。
「さっき、もっと上手かったよね?」と三島さん。
「冬は時々、上手くなるけど、普段はこんなものだよね」と私。
「まあ、私音感はほとんど無いから」と奈緒。
「そう。ごめんね。時間を取って」
と言うと、三島さんは首をひねりながら、向こうの方へ歩いて行った。
後で大笑いした。
というわけで私はこの時、三島さんと言葉を交わしているのだが、三島さんは2年後に∴∴ミュージックで再会した時、私のことを覚えていなかったようである。有望そうな子を見たら、よく声を掛けているから、そのたくさんの記憶の中に埋もれてしまっているのだろう。声を掛けてもだいたいがっかりすることの方が多いのが、スカウト活動の常でもある。
そういう訳で、私が芸能事務所関係者に「出会った順序」というのは、
2002.05津田アキ → 2002.12兼岩(ζζプロ)→2003.05前橋($$アーツ)→2004.07丸花(○○プロ)→2005.08白浜(&&エージェンシー)→2005.08三島(∴∴ミュージック)→2005.12須藤(当時は○○プロ)→2007.08畠山→2007.09紅川(§§プロ)→2008.07津田邦弘(△△社)
ということになる。これは勧誘の有無と無関係にとにかく会っ(て名刺をもらっ)た順序であるが、私は結果的には一番最初に会った津田アキ先生が共同オーナーになっている事務所でもあり、色々レッスンも受けさせてくれた○○プロの系列で、しかも津田先生の弟さんのプロダクションからデビューしたことになる。
色々な所にお世話になっているのだが、実際には2008年春くらいの時点では$$アーツではAYA, &&エージェンシーではXANFUSのプロジェクトが水面下で進行していたし、ζζプロは松原珠妃が私と同じ事務所になるのを拒否していたので、当時私がデビューするのに頼る事務所としては∴∴ミュージックと○○プロの二択であった。
なお、私が2003-2007年に実際に関わっていた事務所の幾つかが実は匿名組合に参加する形でサマーガールズ出版に出資してくれている(結果的に利潤も還元されている)。
この匿名組合は丸花さんが管理しているので実態は私にも分からないが、参加している事務所は「1桁」というのは聞いている。ζζプロや$$アーツもそのメンツっぽいので、私としてはローズ+リリーの活動により、当時色々とお世話になった兼岩さんや前橋さんに恩返しができているのが嬉しい。
まあそういう訳で三島さんとのちょっとした出来事もあった上で、私たちはその日はその後も遊園地内を適当に散歩し、結局何もアトラクションに乗らないまま、外に出てしまった!
遊園地から少し歩いて有咲推薦の、ほとんどの皿が100円なのに結構美味しい回転寿司屋さんに入る。
「わー。回転寿司なんて入るのは5年ぶりくらいかも」
などと由維が言っている。
「ひょっとして由維もお嬢様ということは?」
「お父さん、大企業の部長さんだもんね」
「でもサラリーマンだよお」
適当に注文して、会計が5000円を超えた場合は割り勘ということで話し合い、あとはほんとうに適当に取ったが、結局は3000円で収まった。私も由維も少食だし若葉もそれほどは食べないので、主として奈緒と有咲が食べていた感じもあった。
「私の性別のことだけど、このメンツだからこの際カムアウトするよ。あまり変な噂が広まると、色々面倒だし」
と言って、私はかかりつけの例の病院の診断シートを見せた。
「何これ?」
「何か数値が並んでるのは意味分からん」
数値の意味を知られると女性ホルモン濃度(E2やP4)が通常の女性並みにあることがバレてしまうのだが、医学関係に強い奈緒もこの略語の意味は分からないだろうと踏んで、見せてみたのだが、やはり知らないようだ。
「濃度:60 運動率:75%? これ何?」
「精子の濃度(百万/ml)と運動している精子の比率だよ」
「ひゃー」
「長さ 38mm, 外周 58mm, 容量 8ml? これってまさかアレとアレのサイズ〜?」
「きゃー」
「先週の日付だ。年は今年だね」
「年に3回チェックしてもらってるんだよね。つまり、アレもアレも存在しているということで」
と私。
「でも、そのサイズって多分かなり小さいよね?」
と奈緒が言う。さすが奈緒だ。
「まあ普通の男の子だと長さ70mm, 外周 100mm, 容量15ml くらいかな」
と私。
「なるほど。冬のは普通の男の子の半分くらいのサイズか」
と奈緒。
「それ聞いて何か少し安心した」
と由維。
由維の言葉はこの場の空気を代表している。私が彼女たちと普通に友だちでいられるのは、私が「男の子ではない」からだ。
「つまり、冬は半分しか男の子じゃないんだよ」
と有咲。
「なるほどー!」
とみんなの声が上がる。何だか凄くホッとしたような空気だ。
「ねぇ、その長さって大きい時の長さ? 小さい時の長さ?」
「ああ。私のは大きくならないから同じ事」
「大きくならないんだ!?」
「それだとセックスする時に困らない?」
「冬が女の子とセックスする訳ないじゃん」
「あ、そうか!」
「実は本物は除去済みで、ダミーをくっつけてるからサイズ変化しないとか」
「まさか!」
「冬、ヴァギナのサイズは測定してないの?」
「そんなのありません」
「いや、ありそうだけどなあ」
「うんうん」
「次はちゃんと測定してもらった方がいいよ」
「うむむ」
「あれ? これ、診断シートの名前が唐本冬子になってるよ」
「あ、ほんとだ」
「つまり、冬って、女の子名前で病院に掛かってるんだ?」
「それにさ。そもそもこういうのをチェックしてもらっているということはだよ。要するに冬はこの病院で女性ホルモンを打ってもらってると?」
と奈緒。
「う・・・・」
「図星みたい」
「昔1度打ってもらったことはある。でも1度だけだよ」
仕方無いので正直に答える。
「じゃ、その後は錠剤で飲んでるんだ?」
「飲んでません」
「あのさあ、こういう分かりやすい嘘をついても仕方無いと思うんだけど」
「全く、全く」
「睾丸が存在しているのに小さいと言うこと、冬が全然男の子っぽくないということ。中学2年にもなって声変わりしてないということ。それから得られる結論は女性ホルモンを摂っているということ以外にはあり得ん」
と奈緒が断言した。
「奈緒、推理がすごーい」と由維。
「もうその病院で睾丸も取ってもらったら? そもそも不要でしょ?」
と奈緒。
「この先生は去勢手術とかはしないんだよー」
と私は言ってみる。本当は性転換手術もしてるけどねー。
「だったら去勢手術してくれる病院、私が紹介するよ」
と若葉。
「おお、それは良い。ぜひ手術してもらおう」
と奈緒。
「お金無かったら、取り敢えず私が立て替えててもいいし」
と若葉。
「よし。みんなでそこに拉致して行こう」
と奈緒。
「やめてー!」
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