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■夏の日の想い出・花の女王(7)

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「花の女王でも、その方にパート1を弾いてもらいますか?」
「いえ。そちらは松村さんがパート1でお願いします。テンポキープの問題もありますから。こちらの方に鷹野さんが弾いていたパート2を依頼します」
「了解しました」
 
練習時間は今日1日しかないので、こちらとしてはあまり無理したくない。
 
更紗が挨拶だけしておきたいということだったので、電話を代わり少し話をさせた。
 

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午後からは更紗を連れてスタジオに行き、七星さん・近藤さんと引き合わせた。そして『花の女王』を、私のパート1、更紗のパート2、七星さんのパート3で演奏してみた。
 
「凄い!」
と言って七星さんが感動していた。
 
「これだけ弾けたらヴァイオリン科のトップですよね?」
「それが、凄く強力なライバルがいて、1〜2位をふたりで争ってます」
「わあ、頑張ってね!」
「はい」
 
更に『花園の君』も更紗のパート1、私のパート2、七星さんのパート3で新譜で演奏する。近藤さんが天を仰いでいた。
 
「アスカさん見た時も思ったけど、なんか別世界という感じだ」
 
「アスカさんの演奏もダイナミックですけど、更紗さんの演奏も激しいですね。でも少し荒削りな感じでしょ? その分が伸び代なんですよ。だから更紗さんは数年後にはアスカさんの良きライバルになるでしょうね」
 
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などと私は言う。
 
本人は「いや、ライバルなんて、おこがましい。アスカ先輩は雲の上の人です」
などと言っているが表情を見ると闘争心充分。たぶんアスカもこういう更紗を見て楽しんでいるし、自分自身に対する良き刺激と思っているのだろう。アスカも相当の闘争心を持っているはずだ。
 
結局この午後は、スタジオの隣り合う部屋で、片方では美空が近藤さん・酒向さんと一緒にライブ後半のベースを練習し、片方では更紗が七星さん・私と一緒にライブ前半のヴァイオリンを練習するという形で進行した。政子も出てきて、両方の部屋を行き来して、いろいろ好きなように注文を付けていたが、その役割の人が欲しかったので助かった。
 

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疲れが残ると明日に響くので練習は19時で切り上げて、みんなでしゃぶしゃぶを食べに行った。郊外のお店で個室が使える所である。そこに例によってバラバラで入る。
 
「昨日の焼肉も良かったけど、やはりしゃぶしゃぶは美味しい」
と政子が言うが
「同感。同感。たっぷり練習したからお腹が空いた」
と美空。
 
そのふたりの食べっぷりに更紗が驚いていた。
 
「大阪は一緒に粉物制覇しようよ」と政子が言うと
「おお、それは楽しみだ」と美空も言う。
 
このふたり、結構気が合いそうである。
 
「やはり食べ物があれば『言葉は要らない』だね」
「『食の喜び』だね」
とお互い相手の曲名で会話している。
 
「ところで冬の高校時代の女子高生的実態について研究してるんだけどね」
と政子。
「おお、私の知ってることなら、何でも答えるよ。昨夜見たようなヌードまでは分からないけどね」
と美空。
 
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やれやれである!
 
「例えばこの写真、冬の服装は映ってないんだけど、なんか怪しい気がしてね」
 
「あ、これは幕張のアイドルフェスタの写真じゃん。KARIONで出ない?って誘ったんだけどね。断るから諦めてたら当日楽屋に居るじゃん。あれ?来てくれたの?と言ったらさあ。ごめーん、ドリームボーイズのバックで踊る、なんて言うんだよね」
「ほおほお」
 
「そんなバックで踊るなんて言わないで、私たちと並んで歌おうよと言ったんだけど、また今度とか言って逃げるんだよね」
「あはは。でも結局、ヴァイオリン弾いたじゃん」
「ほほぉ!!」
 
「で、質問の核心ですが、この時の冬の服装は?」
「ドリームボーイズのバックで踊った時はボディコン、私たちのバックでヴァイオリン弾いた時は、黄色いドレスだよ」
 
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「おぉ! ボディコンって女の子の服だよね?」
「もちろん。男の子のボディコンなんて聞いたことない。バドワイザーガールみたいな感じの」
「おぉぉぉ!!」
 

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翌日。横浜エリーナ。今回のツアーで最大規模の会場である。12000人で満員になっている中、幕が開く。福岡では女子高生の合唱団に出演してもらって『花』を歌ったのだが、横浜では弦楽四重奏団に出演してもらい、同じ瀧廉太郎の『月』を演奏した。
 
福岡と同様に風船の中から飛び出す演出に続き、その弦楽四重奏団の演奏に合わせて、今日は青地に銀色の月の模様を染め抜いた衣装(やはり宮里花奈さんのデザイン)の私とマリが歌った。
 
「光はいつも変わらぬものを、ことさら秋の月の影は
 などか人に物思はする、などか人に物思はする、 あゝ鳴く虫も同じ心か、あゝ鳴く虫も同じ心か、 声の悲しき」
 
拍手に応えてから私たちは演奏してくれた人たちを紹介する。
 
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「私たちの後輩に当たります、△△△大学の女子学生4人のアンサンブル、マティーナ・フォルトナートの皆さんでした!」
 
拍手があって4人が楽器を持って下がる。代わって、松村さん、更紗、清水さんがヴァイオリンを持って入ってくる。更にフルートを持った七星さん、クラリネットを持った詩津紅も入ってくる。
 
『花の女王』を演奏する。
 
この時、会場の一部で隣同士囁き合うような姿がところどころに見られた。鷹野さんがいないのを不審がっているのかもという気がした。この公演と福岡公演は同時に発売されているので、両方のチケットを取れた人はほとんどいないはずである。しかし公演の様子をけっこう詳しくレポートしていたブログもあったので、福岡ではここで鷹野さんがヴァイオリンを弾いたことを知っているファンもいるのであろう。
 
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『花の女王』に続けて『花園の君』を演奏する。ここで松村さんと更紗が立ち位置を交替した。そして清水さんの横に、香月さん・宮本さんが並び、七星さんもフルートをヴァイオリンに持ち替えて並ぶ。近藤さんのギター、月丘さんのキーボード、酒向さんのドラムスも入る。
 
それでこの曲を演奏すると、ヴァイオリン・パート1の超絶技巧の演奏に会場が湧いて、曲の途中ではあったが物凄い拍手が起きた。その拍手を聞いて更紗も気持ち良さそうである。一流のプレイヤーは客席の反応があるとそれを吸収して演奏に磨きが掛かる。演奏後半部で一応音符は書いているものの《カデンツァ》(自由演奏)と指定していた部分では、超絶素敵な演奏を見せてくれた。ここでも聴衆から凄い拍手があった。
 
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そういう訳で、私とマリを食ってしまった感もある更紗の演奏で『花園の君』
は曲を終えた。私は紹介する。
 
「第1ヴァイオリン、凜藤更紗(りんどうさらさ)!」
 
大きな声援があり、更紗も手を振っている。
 
ここで私は観客に向かって説明する。
 
「実はスターキッズの鷹野さんが急病のため、今日と明日の公演には参加できません。それでライブ前半の《アコスティック・タイム》でのヴァイオリン演奏の代役として、今日は凜藤さんにお願いしております。鷹野さんのファンの方、ごめんなさい」
 
鷹野さんは結構女性ファンが多いのである。
 
客はざわめいていたが、ここで松村さんと清水さんが退場し、通常のスターキッズのアコスティック・バージョンで、鷹野さんの代わりに更紗が弾く形で前半の曲が進んで行く。
 
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『100時間』『あなたがいない部屋』『桜のときめき』まで演奏したところで舞台下手から、◇◇テレビの女性アナウンサーが入って来た。
 
「ライブ中に失礼しまーす。実は、今◇◇テレビで「しろうと歌合戦」の生放送をしているのですが、これの伴奏はケイさんのお友だち、ローズクォーツですね。それで、今日はその番組のゲストにローズ+リリーをお迎えして、スタジオとこの会場を回線で結んで、放送局スタジオのローズクォーツをバックにこの会場のローズ+リリーのおふたりに歌って頂こうという企画です」
 
この企画があることは事前には公表していなかったので、会場は結構ざわめく。
 
こういう二元ライブをやる時に壁となるのが「時間差」である。どんなに高速回線で両者を結んでも、音が向こう側の会場に届くのには0.数秒の時間が掛かる。その僅かな時間で両者のタイミングが合わなくなる。
 
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今回横浜会場を選んだのは、その時間差をできるだけ小さくするためである。そして今日の「しろうと歌合戦」は横浜市内の放送局のスタジオで制作している。市内で距離は数kmである。しかしそれでもやはり遅れることは遅れる。
 
一応事前に類似環境でのリハーサルはしているが、本番とは完全に同じ環境ではないし、今日のセッションには未知数の部分もあった。
 
ステージの後ろの白い幕にスタジオで行われている番組の様子が投影される。やがてゲストコーナーとなる。今日はフライトアテンダントのコスプレをしているタカが手を振り、私とマリも手を振り返す。向こうにはこちらの様子がモニターで映されているはずだ。
 
やがてローズクォーツの伴奏が始まる。私たちは映像は無視して純粋にその音を聴きながら『夏の日の想い出』を歌った。会場のみんなも手拍子を入れてくれる。スターキッズは束の間の休憩中であるが、やはり手拍子を打ってくれる。
 
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放送ではこの会場の音(私たちの生歌+こちらのスピーカーで聞こえているローズクォーツの伴奏)を流す。その音と、時々映されるスタジオのローズクォーツの演奏映像とはどうしても微妙にずれていたようだが、これはどうにもならないところである。
 
多分タカたちは、私たちの歌は無視して自分たちのペースで演奏しているだろう。歌のモニターを切ってもらっているかも知れない。私たちの歌を聴いてしまうと、セッションセンスの良さがあだになり、無意識に合わせようとして演奏が遅れてしまう。
 
終曲とともに大きな拍手・歓声があり、テレビ局の女性アナウンサーも「ありがとうございました!お邪魔しました!」と言って下がった。
 
その後、通常の演奏に戻り、『君待つ朝』『天使に逢えたら』『ネオン〜駆け巡る恋』と歌い、ここでスターキッズwith更紗が退場する。私があらためて更紗を紹介したので、大きな声援があり「さらちゃーん!」などという歓声まで飛んできて、更紗もちょっとびっくりしていた。
 
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その後は、私のピアノだけの伴奏で『A Young Maiden』『森の処女』『雪の恋人たち』『夜宴』と演奏。ゲストコーナーでバレンシアが出た後で、ライブは後半となる。
 
まずは私の親戚6人が出て和楽器で『200年の夢』を演奏した後、美耶以外の5人が退場。スターキッズが電気楽器を持って入ってくるが、当然ベース奏者がいない。そこで私はあらためて鷹野さんの病気のことを説明した上で
 
「そういう訳で、ライブの後半には、素敵なベーシストをお願いしています。どうぞ!」
 
と私が言うと、真っ赤なベース(Fender JB62/FRD)を首からさげた美空が入ってくる。
 
「えーーー!?」
という声が会場から湧く。
 
「きゃー!」とか「おぉぉ!」
という声や
「みそっちー!」あるいは「みそりーん!」
などというコールも飛んでくる。(美空の公式ニックネームは無いものの、ライブではこの2パターンで呼ばれることが多い。一度両者でファンサイトで投票が行われたものの拮抗していたし、twitterで意見を求められた美空が「美空金剛Zが良い」などと訳の分からないことを言うので結果は曖昧になった)
 
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「それでは紹介します、今日のベース奏者、朝風美空さんです!」
と私があらためて紹介し、美空も
「あ、どもー。未熟者ですが、よろしくお願いしますです」
 
と言って、ベースのポジションに就いた。横に並ぶギターの近藤さんや、サックスの七星さん、胡弓の美耶と挨拶し、後方に居る月丘さん・酒向さんにも挨拶する。
 
そして『坂道』を演奏した。
 
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夏の日の想い出・花の女王(7)

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