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■夏の日の想い出・4年生の夏(3)
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私はその日の内にまず、和泉が天橋立で書いた『天女の舞』という詩に曲を付け、翌13日は山鹿さんのスタジオに行き、部屋を借りて、明かりも消して、防音がされているスタジオという絶対無音空間の真っ暗闇の中で『歌う花たち』のメロディーを(手の感触だけでABC方式で)書き、その後、電池式ランタンの灯りのみで無伴奏スコアと、録音用のピアノ伴奏譜を書いた。
「でも山鹿さん、ごめんなさい。ずっと長い付き合いなのに、『Flower Garden』
は、麻布先生のところに頼んでしまって」
「ああ、それは気にしなくていいよ。僕と麻布は元々なあなあの関係だし。それにここは蘭子ちゃんの隠れ家みたいなもんだしね」
「うふふ」
KARIONの音源制作で、しばしば私のパートをここで録音させてもらっていたのである。
「もしかしたら、こちらに1つユニットを持って来れるかも」
「じゃ、期待せずに待ってるから」
「はい」
続けて『アメノウズメ』にも曲を付けようとしたのだが、マンション、スタジオ、喫茶店、マクドナルド、料亭、公園、高速のPA、など色々な環境で何度か書いてみたものの、どうにも満足いく出来ではなかった。良いメロディーは浮かぶのだが(結果的に後に他の曲のモチーフに転用した)、この『アメノウズメ』の曲では無いという気がしたのである。
その日の深夜(14日0時〜8時)には08年組ジョイントライブの2度目の代理リハーサルを行った。歌唱者もバンドも全員代理というリハーサルで、Londa, 私、和泉、光帆が立ち会った。
光帆が私と和泉だけに聞こえるように小声で言った。
「私たちもXANFUSの5周年アルバムの発売、少し延期するよ」
「おお」
「冬、ずるいよ。あれ、実質活動休止中のアーティストにしか作れない」
「うふふ。あれ作ってたら、他のこと何もできないよね」
「でもローズ+リリーの猿真似はしない。私たちのやり方を模索中」
「うん、頑張って」
私は和泉と光帆に、最後に収録した『花園の君』の仮ミックスした音源を入れたUSBメモリを渡した。取り敢えず手許にある音源をイヤホンでふたりに聴かせた。
「何これ?」
と和泉も光帆も言った。
「ん?」
「この1曲作るだけで、普通のアルバム1枚作るくらいの手間暇掛けてないか?」
「うふふ」
「それに何、このヴァイオリンの凄い演奏」と光帆。
「これアスカさん?」と和泉。
「そうそう」
「誰?」
「私の従姉で蘭若アスカさんって人がいてね。ヨーロッパのヴァイオリンコンクールに幾つも優勝・入賞している若手注目株。その人にヴァイオリン六重奏のパート1を弾いてもらっている」
「冬、個人的なコネが凄すぎる!」と光帆が言った。
「でもそれと掛け合いしてるパート2と3? その人たちも凄い人だよね?」
「パート2は私だよ。パート3は松村市花さんという人」
「冬、こんなにヴァイオリン弾けたの!?」
そして「08年組ライブ」を翌日に控えていた6月15日(土)、私は正望とドライブデートをした。私たちのデートは昨年の10月28日早朝からお昼頃までの時間限定デート以来、8ヶ月ぶりであった。私の心情としてはもう正望に見捨てられているかもという感じだったが、正望はずっと私を愛してくれていた。
この日はハードスケジュールで疲れ果てて寝ていた所を、朝から町添さんの電話で品川駅まで呼び出された。そして「ちょっと静岡県まで行って来て。ドライバーは用意しておいたから」と言われた。
さすがに「私疲れてますー」「明日ライブだから今日は休んでおきたいんですよ」
などと町添さんに文句を言いながら下に降りて行ったら、その用意されていたドライバーというのが正望だったのである。
「へ?」と思って、私は町添部長の顔を見た。
「いや、マリちゃんから頼まれたんだよ。僕としても、君がここで失恋でもして、精神的に不安定になられたりしたら、★★レコードの屋台骨に関わるから」
「あ、えっと・・・」
「マリちゃんが言ってたよ。『町添さん、お願いがあるんですけど。ケイって言われるとそれ全部やろうとする所あるんです。自分の限界超えて。でもそれケイを潰してしまう。だから無理させないように気をつけてやってくれませんか』
ってね。まあ、明日のお昼までに会場に戻ってきてくれたらいいから、今日はゆっくり休んでね」
などと町添さんは言って、笑顔で手を振って駅に消えて行った。
私はふっと息をつくと、正望の車の助手席に乗り込んだ。
「運転手さん、行き先はどこですか?」と私。
「僕が初めて女の子の姿のフーコを見た所」
と正望は言って、私にキスした。
「私、寝てていい?」
「うん。着いたら起こすから」
それで私は遠慮無く寝せてもらった。行き先は西伊豆の恋人岬である。
10時に町添さんから呼び出され品川駅で1時間ほど町添さんと話していた。それで正望の車に乗り込んだのがお昼前後だと思うのだが、恋人岬に着いて正望に起こされたのは夕方16時くらいであった。私は本当に熟睡していた。私が寝ている間ピクリとも動かないので正望は何度か車を停めて私が息をしているかどうか確認したらしい。
「ああ、でもけっこうよく寝たかな」
「無理しないでね」
「無理したくないけどねー。ああ、でも折角デートするのに、私ったら、こんな格好で」
「いいんだよ。イブニングドレス着てデートって訳にもいかないしね」
「うふふ」
予約していたホテルにチェックインし、とりあえずお部屋に入る。シャワーを浴びて、取り敢えず・・・・
愛し合った!
でも疲れが本当にたまっていたので、1回目のHの最中に私は眠ってしまった。
目が覚めたらもう18時過ぎだった。
「ごめーん。私途中で寝ちゃった」
「いいんだよ。フーコが休むのが今日のデートの主目的なんだから、たくさん休んで」
「うん」
「御飯食べに行こう」
それでホテルのレストランに食べに行ったが、食事は美味しかった。海が見えるレストランで、夕日が沈んでいくのを見ることができる。私はしばしばその風景に見とれて、会話が停まり、ボーっとしていて、ハッと気付き
「ごめーん。見とれてた」
と言った。
「ううん。見とれるくらい綺麗だもん」
「・・・・」
私がそんなことを言い合いながらも、また言葉が停まった時
「これかな?」
と言って正望が五線紙を渡してくれた。
「用意がいいね!」
と私は笑顔で、正望から五線紙と《金の情熱》を受け取った。政子が予め正望に渡していたのだろう。
浮かんで来たメロディーを愛用のボールペンで書き留めて行く。《金の情熱》は私と政子が愛用している創作用の4本のボールペンの中でも少し特殊な存在である。他の3本が偶然にもセーラー製なのだが、これはパイロット製である。
そして、他の3本がどちらかというと発想の泉からイマジネーションをダイレクトに引き出す強い吸引力を持っているのに対して、この子はフィルターが掛かる感じだ。その代わり、出てきたものは、ひじょうに洗練されたものとなる傾向がある。
他のボールペンに比べてこの子で詩や曲を書く場合、時間が掛かる傾向があるが、その代わり、リンクしているイマジネーションとのつながりが切れにくいので、時間が掛かっても、途中で停まってしまう確率が低いのも特徴である。
つまりこのボールペンは、一瞬見て感動したようなものの、その瞬間のイメージを書き留めるのに最適のボールペンであり、今私が見ている夕日の感動を書くのにも最高なのである。
「ごめんねー。折角のデートなのに、寝て、寝て、お仕事して」
「ううん。そういうフーコを好きになったんだもん。それでいいんだよ。たくさんお仕事していいんだよ」
「ありがとう」
私は音符を書いた後で、更に思いついた詩も書いていく。後で政子が大胆な加筆修正をするだろうけどね〜。
そして完全に夕日が落ちてもう暗くなり始めた頃、私はタイトルの所に『王女の黄昏』と書いた。
夕食の後、どんどん暗くなってくる遊歩道を一緒に散歩した。この遊歩道というのは・・・・
物凄い急坂である!
「うむむ。ここで運動させられるとは」
「これで運動した後、シャワー浴びてまた寝ればいいよ」
と正望は言うが、正望の方がよほどヘバっている雰囲気もある。
「うーん。そうするか」
途中で懐中電灯を付けての散策になり、ホテルに戻って来たのはもう21時頃であった。私も日頃の運動不足をちょっと感じてベッドの上に寝転がりヘバっていたのだが、正望が冷蔵庫の中からワインを取り出す。
「あれ?それは?」
「このホテルを取る時に、このワインも一緒に予約してたんだよ。フーコあまりお酒飲まないけど、たまにはいいでしょ?」
「うん」
コルク栓を開け、一緒に冷やしていたグラスに伊豆産の白ワインを注ぐ。
「美味しい!」
「うん、これ美味しいね」
私たちは微笑んでキスした。
「でも・・・・」
「ん?」
「これ酔っちゃう!」
「疲れてるからだろうね」
「酔ったら、私、乱れないかしら」
「僕の前ではむしろ乱れて欲しい」
「うふふ・・・私、自分の仕事が忙しすぎて、モッチーのことまで気が回ってなかったけど、そちらはお勉強は大丈夫?」
「法科大学院の入試に向けて勉強してるよ。卒論が無い分、僕たちは入試で頑張らないといけない」
「ああ、私の友だちで理学部の子とかも大学院の入試で今は大変みたい」
「理学部も卒論はないけど、それで大変だよね」
私たちはワインを飲みながら、また特に私は新陳代謝を促進して疲れを取るために大量のミネラルウォーター(正望に頼んで途中のコンビニで買っておいてもらった)も飲みながら、たくさんおしゃべりした。
毎日たくさんメールのやりとりはしているし、時間があったら電話で話していても、やはりこうやって同じ場所に居て話すのはまた違う。
ふとベストアルバムの投票第2位になった『100時間』のことも思い出す。あの歌はまさにこういう状況を歌った歌だった。
「どうかした?」
「あ、ごめん。ちょっと高校の頃のこと思い出しちゃって」
「へー」
「それ僕と会う前?」
「うん。会う前」
「だったらいいや。今のフーコの目、何だか好きな人の事考えてるみたいな目だったから」
「えへへ。ごめんね。モッチーと一緒にいる時はモッチーのことだけ考えるようにしてるんだけど」
「でも高3の頃のフーコも何だかいつも忙しそうにしてた。ローズ+リリーはお休みしてたのに」
「そうだねー。でもお休みと言いながら色々してたからなあ」
高3の時。
あの時期は確かにローズ+リリーは「表向き」休業していたが、ロリータ・スプラウトをしてたし、KARIONをしてたし、鈴蘭杏梨をしてたし。更に学校のコーラス部に参加しつつ、○○ミュージックスクールでギター・ベース・ドラムス・クラリネット・ピアノを習い、声楽の特別個人レッスンも受け、また一方で、休日にはアスカと頻繁に丸1日ぶっ通しのピアノとヴァイオリンの練習をしていた。
更に実は休業中という建前のローズ+リリーでも、アルバムを2個歌だけ吹き込み、かなり凝ったシングルも1枚作って公開している。更にファレノプシス・プロジェクト(後のサマーガールズ出版)の設立準備で、畠山さん・津田さん・浦中さん・雨宮先生・町添さんなどと頻繁に折衝をしていた。
「僕は結局夏服の女子制服を着たフーコを見てないんだよなあ」
「うふふ。でも浴衣姿を見られたからね」
「すごく可愛かった。ドキっとした。もしかしたらあの時、僕フーコに一目惚れしたのかも」
「ふーん」
「冬服のフーコも卒業式の日に見ただけ」
「えへへ」
「でもなんか、佐野とかの話聞くと、実はフーコって高校の時、学生服より女子制服着てた時の方が多かったとか」
「あはは。それは麻央情報だな」
と言って私は笑っておいた。
「ね、ね、高校の時の女子制服着たフーコの写真、僕にも少し頂戴よ」
「それは勘弁してー」
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