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■夏の日の想い出・風の歌(6)
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するとマイクを取った佳楽が言う。
「あれ〜、女子中生3人という話だったのに、ここには女子2名と男子1名いますね」
「こういうおめでたい席で、そういう間違いがあってはいけません、訂正しましょう」
と明奈。
「やはりここは、男子1名を女子に性転換してしまうに限りますね」
「ということで、冬ちゃ〜ん、このワンピースを着よう」
私はもう笑うしかなかった。こんな所で揉める訳にもいかないので、明奈から渡された白いワンピースを素直に今着ている服の上に着る。明奈と佳楽も同じ白いワンピースを着た。
「それでは女の子3人なので、女の子バンドの曲でZONEの『一雫』です」
曲も違うじゃん!
明奈が譜面を渡すので私は笑ってそれをキーボードの譜面立てに置いた。三人で頷き合う。私がキーボードのオートリズムをフィルインスタートさせる。明奈のベースが鳴りだし、更に佳楽のギターもリズムを刻み始め、私たちはこういうおめでたい席にふさわしい曲である『一雫』を歌い始めた。
「まあ、冬ちゃんはどんな曲でも、初見でも弾いちゃうだろうと思ったからね」
と明奈が言う。
そのあたりはどうも、アスカ・奈緒との情報交換で掴んでいたようである。この情報交換網に更に先日からリナが加わったようなので、やっかいだ。
「だけど素直にワンピース着たね」
「そりゃ、あそこで揉める訳にはいかないもん」
「なるほど。冬ちゃんに行動させるには、それしかない状況に追い込むのがいいんだな」
「もう」
「だけど、冬彦君、女の子みたいな声で歌ってたね」
と薙彦君。
「ああ、冬ちゃんは男の子の声も女の子の声も出るのよ」
「へー」
「ヴァイオリンや三味線は、低音を出す太い弦でも短く押さえると高い音が出るでしょ。だから、男の子でも、喉の使い方次第で女の子の声は出るんですよ。声帯を半分だけ振動させればいいのよね」
と私が説明すると
「へー」
と感心している。
「長い弦は短く押さえれば高音が出せるけど、短い弦は低音が出せないから女性が男性の声を出すのは難しいんだけどね」
などと言っていたら、明奈が反論する。
「うん、それが冬ちゃんの公式見解なんだけどさ。今回は来てない従姉のアスカさんによるとだね。別の解釈も出来るというんだよね」
と明奈。
「へ、へー」
「管楽器には片方が閉じている閉管楽器と、閉じてない開管楽器があるんだよね。フルートは開管楽器、クラリネットは閉管楽器。開管楽器では両端が自由だからXみたいな形の両端が開いた波が発生するけど、閉管楽器は管が閉じている所で波の振動が抑えられるから、⊂みたいな形の片方だけ開いた波が発生する。結果的に同じ長さの管でも開管楽器の倍の長さの波が発生する。波長が倍ということは周波数は半分、つまり閉管楽器は同じ長さの開管楽器よりオクターブ低い音が出るのよね。実際フルートとクラリネットってそんなに長さが違わないのに、クラリネットの方が低い音だよね」
と明奈は管楽器内部の空気の波動理論を説明する。
「ああ、確かに」
「人間の声帯も、女性の声帯は開管、男性の声帯は閉管なんだよ。声帯の長さで声の高さが定まるんなら、外人さんの女の人は日本人の男の人より低い声になるはず」
「そういえばそうかも」
「要するに男女の声の高さの違いはむしろ開管か閉管かの問題。声帯を開くか閉じるかの問題。男性は閉じて声を出すから、開いて声を出す女性の声よりオクターブ低くなる。だからさ、男性でも声帯を開いて声を出せば女性のように高い声が出せるし、女性であっても声帯を閉じて声を出せば男性のように低い声を出すことができる」
「ほほお」
「つまり、女性でも喉の使い方次第で、男性の声は出るという訳。だから冬ちゃんは本当は女の子なのに、そうやって声帯を閉じて男の子っぽい声を出しているのではないかと」
「うーん、その見解はボクも初めて聞いた」
と、私は笑って答えておいた。
翌日は、ナガシマスパーランドであった。
この日参加したメンツは、リナ・美佳・麻央(以上中1)、明奈(中3)・純奈(高2)、佳楽(中2)、アスカ(高1)、そして私(中1)と姉(高3)という「中高生女子」9人であった。
母たちはジェットコースターとかとんでもないと言って、市内でのんびりと美味しい御飯を食べると言っていた。歌衣はどちらに行くか迷ったようだが、遊園地の後、プール・お風呂だという話に、ヌードになる自信が無いなどといって母たちの方にくっついて行った。母たちの方には歌衣や佳楽の姉の鈴奈・千鳥や、美耶の姉の恵麻、聖見、聖見の姉・友見も行っている。
男の子たちは高校生の薙彦も含めて、父たちの集まりの方に動員されてしまったようであった。
「なぎちゃん、絶対ビールとか飲まされてるよね」
「うんうん。全く、悪い親たちだ」
今回の集まりに来たいと言っていた奈緒はこの日、検定試験を受けることになっていたということで無念の欠席であった。アスカは実は前日の土曜日、札幌でリサイタルを開いていたのであるが、午前中の飛行機で新千歳から中部に飛んできて出席するという熱心さであった。
純奈と萌依は暴走防止のお目付役という感じだが興味半分という感じもあった。それでも「春みたいにお風呂の中で押し倒したりするのは危険だから禁止」と明奈たちに通達してくれた。
取り敢えず栄に集合した時点で
「さて、冬ちゃんは女の子の服に着替えてもらわなきゃ」
と明奈とアスカから言われる。
「了解!着替えて来ます」
と私は言って、駅のトイレで服を着替えてくる。
「おぉ!!」
「可愛い!!」
「マリンルックか」
「女子中生らしい、清楚で可愛い出で立ち」
「でもどうしたの?今日は随分素直じゃん」
「ヴァイオリンの借り賃なんだよぉ」
と私は答える。
「なにそれ?」
アスカが説明する。
「6月に冬がヴァイオリンを練習するというから、私少し教えてあげたのよね。それで冬が友だちから借りたというヴァイオリンがちょっと酷い作りで、こんなので練習してたら悪い癖がつくからといって、私が昔使ってたヴァイオリンを貸したんだよ」
「その借り賃で、今日はボクは女の子の服を着て、女子水着を着て、女湯に入らなければならないことになってる」
「なるほどー」
「約束を反故にしたら、高価な代償が待ってるんだ!」
「既に3ヶ月借りてるから、普通のレンタル屋さんであのクラスのヴァイオリンを借りた場合は、レンタル料をたぶん20万円くらい払わないといけないんじゃないかな」
とボクは笑いながら言う。
「うん、そんなものかな」
とアスカ。
「きゃー」
「じゃ、今日は20万円掛けて、冬の身体の秘密を探求するのね」
「あはは、お手柔らかに」
バスでナガシマスパーランドに行く。プールと遊園地の両方に入れるワイドパスポートに《湯浴みの島》の券もあわせて買う。
まずはここに来たらということでジェットコースターに乗る。超人気の木製コースター、ホワイトサイクロンは長時間待ち必須なので9時の開園と同時に入り、すぐ行く。幸いにも5分ほどの待ち時間で乗ることができた。
「面白い!もう一度乗ろう」
ということで列に並んで再度乗る。まだ早い時間帯のせいか今度も15分ほどの待ち時間で乗ることができた。更に他のコースターにも一通り乗る。
しかし、純奈・萌依の2人は最初の1回目のホワイトサイクロンでギブアップして、後はもう少しおとなしい乗り物に乗っていたようである。アスカと中学生組6人はひたすらジェットコースターに乗っていた。
「冬、ジェットコースター、全然平気なんだね」
「特訓したから」
「ジェットコースターの特訓?」
「うん。陸上部の長距離組で、下り坂の恐怖克服ってんで。ジェットコースターの下りが怖くなければ、下り坂を全力で走る時も怖くない、という趣旨」
「冬はきっと『キャー』とか泣き叫ぶと思ったのになあ」
「こういうの、男の子はタマが縮み上がってダメだと聞いたのに」
「ああ、ボクは縮み上がるようなものがないから」
と私が言うと
「やはり、もうタマは無いのね?」
と訊かれる。
「さあ、どうだろうね」
と言って、笑って誤魔化しておく。
早めの食事を取ってから、プールの方に移動した。
「あれ?ここ更衣室、男女に分かれてないの?」
ロッカールームの中は男女混合で、至るところで着替えている男女が見られる。
「あ、ここロッカールームは男女共通で荷物の少ない家族は共同でロッカーを使えるんだけど、着替える場所は壁際に男女別にあるよ。でも面倒くさがってここで着替える人も結構いる」
とリナが解説する。
「ボクは女子更衣室に入っていくと悲鳴あげられそうな気がする」と麻央。「ああ、麻央はここで着替えちゃった方が無難だよ」と美佳。
私は下に水着は着込んで着ているのでさっさと脱いでしまう。
「うーん。完璧な女性体型」
「ちょっと胸触らせて」と言って明奈が触る。アスカも触る。
「これ春休みより更に成長してない?」
「そうだなあ。成長する時期なのかも」
「へー」
中学生6人は全員水着を着込んできていたので、そのまま脱いでしまうが、高校生3人は女子更衣室の方に行って着替えて来た。
ここは多数のスライダーがある。まずはフリーフォールスライダーに行く。傾斜60度という、ほとんどそのまま落下する感覚のスライダーだ。萌依と純奈は見ただけで「パス」と言って、普通のプールの方に行っていた。
次にUFOスライダーに行く。ここはボウル状というか漏斗のような形状の所を回転しながら落ちていくもので、何周するかはスピード次第というものである。でも最後に中央の穴から下のプールに落ちる時が少し痛かった。
「でも今日はあまり混んでないね。あまり待たなくていいし」
「9月も下旬だからね。今日で今年はプールは営業終了みたいね」
「スライダーだとあまり気候は関係無い感じ」
「さすがに12月や1月にしたいとは思わないけどね」
そのあとビッグワンスライダーに乗る。これは4人乗りのボートで滑り降りるスライダーなので、明奈・アスカ・リナ・私と、佳楽・美佳・麻央という組で滑った。
それからトルネードスライダーに行くが、ここは何種類もコースがあるので、何度も滑り降りた。
「すんなり滑られるのがいい! 全種類制覇しようよ」
と美佳が異様に元気である。
「頑張るなあ」
「だって夏休みに来たら人が多いから3種類くらいが限界だもん」
かなりすべった所で少し休憩するが、アスカが「うーん」と言って悩んでいる。
「どうしたの?」
「私間違ってた」
「何を?」
「ヴァイオリンの貸し賃のカタに冬に女の子の服を着ろと言ったんだけど、本人全然嫌がってないし」
「ああ、満喫してる感じ」
「冬、貸し賃の件はキャンセルするから」
「へ」
「だから、冬は何を着ようと自由だし、この後、男子更衣室で着替えてもいいし、男湯に入ってもいい」
とアスカが言うと
「えーー!?」
と明奈が驚く。
「だって本人が嫌がってないのを、女子更衣室や女湯に連れ込んでも面白くないじゃん」
「えっと、それつまり、ボクの義務を解除した上で、やはり女子更衣室や女湯に連行しようってこと?」
「そういうこと」
「ああ、なるほど。無理矢理の方が萌えるよね」
「そそ」
「何だか結局同じことのような」
「だから冬は、私たちが連れ込もうとしたら抵抗してもいいよ」
「抵抗しても強引に連れ込むんでしょ?」
「当然」
「変なの!」
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