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■夏の日の想い出・風の歌(3)

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やがて風帆伯母の車が到着する。運転していたのは伯母のお弟子さんの吉田さんである。よくお稽古で一緒になるので顔見知りであった。他の人たちはもう八尾に置いて来たということで、私たちを乗せて八尾の町に行ってくれた。まだ町内は結構混雑していたが、案内に従い誘導されて、体育館の近くの道で、多数の車の並びの中に縦列駐車した。
 
「すごーい。魔法みたい」と縦列駐車を見たことの無かった奈緒が感心している。
 
「ああ、都会ではあまり使うことないけど、田舎のお祭りでは駐車場が不足する時に結構縦列駐車を要求されるよ」
と吉田さんが言う。
 
「吉田さん、どちらの出身なんですか?」
「私はこの八尾の出身だよ」
「あら、そうなんですか!」
「そもそも鶴風先生を風の盆に誘ったのも私」
「へー!」
 
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風帆伯母や他のお弟子さんたちと聞名寺前で合流した。美耶もいた。私の従姉で今月結婚するんですと言うと
「おめでとうございまーす」
と私の友人たちに言われている。
 
既にあちこちで「流し」が行われている。
 
《唄われよ〜、わしゃ囃す》
《唄の街だよ、八尾の町は》
《キタサノサー、ドッコイサのサ》
《唄で糸とるオワラ桑もつむ》
 
へーと思いながら聴いていたら、風帆が
「今のキタサノサーは観光客の声」
と言う。吉田さんも頷いている。
 
どこか変だったのかな? などと思いながらも唄の声に耳を傾ける。
小節(こぶし)が凄い。ほんとうに美しい節回しだ。
 
唄い手は数人で交替しているが、次唄った人は音程が外れてた!
 
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「この人うまいね」と伯母。
「うまいんですか!?」
「音程は外しているけど唄い方がうまい」
「はあ」
「民謡を唄うのはみんな素人だからさ。音感がいい人ばかりではない」
「確かに」
 
「でも、地元の人が唄う民謡は、どんなに音を外していても、民謡の名人が唄う正確な音程のきれいな唄より、ずっと格上なんだよ」
 
風帆のこのことばを理解できるようになったのは、これより5年くらい先だった。
 
「あと、歌の上手下手と音感の良さは必ずしも相関しない。音感が良くても歌が下手な人はいるし、音感が悪くても歌は上手い人がいる」
 
「あ、それは何となく分かります」
「クラシックの歌手に民謡を唄わせてごらんよ。音程は正確だけど、だいたい聞くに堪えない歌になることが多い」
「そういうCDを学校の音楽の時間に随分聞かせられましたよ。勘弁して〜と思って聞いてました。あれはフレンチのシェフに酢豚を作らせるようなものです」
「少なくとも酢豚ではないものができそうだね」
 
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「でもこれ、何だか心地良い調べですね」
と奈緒が言った。
 
「物悲しい調べとか紹介されることあるけど、私も活力あふれる調べだと思うよ」
と風帆が言う。
 
「しかし私たちの集団、13人いるね。これだけいると、私たち自体がおわらの流しの集団と思われたりして」
 
「いや、演奏してもいいけど、他所者だから遠慮しておこう」
 
結構な大集団の流しに遭遇したので、私たちは鑑賞しながらその後を歩いて付いていった。ところが沿道の観光客からバチバチ写真を撮られる。
 
「なんで私たちまで撮られるの〜?」
「流しの隊列の一部だと思われてるね」
 
やがてその流しが停まり「輪踊り」になる。
 
「観光客の方も踊れる方はどうぞ」
と言うので、私たちは「よし、行こう行こう」と言って、輪踊りの輪に入り、見よう見まねで踊った。
 
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そこの輪踊りが終了した後で、私たちは風帆が「みんなこっち来てごらん」
というので、諏訪町に行く。
 
「きれーい!」
と私も友人達も思わず声を挙げる。
 
そこは石畳の坂が続いていて、両側に燈籠がずらっと並んでいる。
 
私は古い映画の中に迷い込んだかのような気持ちになった。
 
「私はここに来る度に、この景色を見るだけで、ここに来た価値があったと思うんだよ」
と風帆。
 
「私も小さい頃からここは好きだった」
と吉田さん。
 
「これぞ日本の美ですよね」
「素晴らしいよね。この風景はずっと残していきたいね」
 
唐突に不思議な気持ちが込み上げてきた。
「誰か、メモ帳とペンか何か持ってない?」
 
「あ、私持ってる」
と言って奈緒が貸してくれたので、私は今頭の中に浮かんで来たメロディーを大急ぎでそこに「ABC譜」方式でメモした。
 
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「それ何の記号?」
と麻央が尋ねる。
 
「楽譜をABCで記録する方法なんだ」
「へー。もしかして作曲中?」
「うんうん」
 
「冬は小学校の頃にも何度かそんな感じで作曲してたね」
と奈緒が言う。
 
「へー、凄い」
 
私は思いついた曲のモチーフを全部書き終えた上で、最後にいちばん上に『Mai of Akari』と書いた。
 
「Akariって光る灯り?」
「うん」
「Maiって、獅子舞の舞?」
「せめて巫女舞と言って欲しい」
 
「そこまで日本語使うなら Akari no Mai でいいじゃん」
「うーん。正式なタイトルは後で考える」
 

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そんなことをしている内に、諏訪町の坂道の上の方からまた流しの隊列が降りてくる。私たちは少し坂道を上り近づいて鑑賞する。美佳がカメラで撮影するが、フラッシュを使ったので私は注意した。
 
「美佳、こういう所でフラッシュ使ってはダメ」
「え?」
「だってフラッシュ焚かれたら、踊ってる人たちがまぶしいよ」
「あ、そうか。ごめーん」
 
「でもフラッシュ無しだと光量不足にならない?」
「だから、街灯とか店の灯りの下を通過するタイミングを狙って撮影する」
「なるほど!」
 
「動いている人を撮るからシャッター速度はあまり遅く出来ないんだよね。だから撮影の感度はできるだけ高く、F値はできるだけ小さく。そして、ぶれないように、左手の肘をどこかに置いて撮影する」
「へー」
 
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「それでも結構光量不足にはなるから最終的にはPhotoshopで増感する」
「最後はそれか!」
 
「こういう時はCCDを使っているデジカメと、CMOSを使っている携帯とかのカメラと両方で撮影しておくともっといいんだよ。安いCMOSが意外に光量不足に強いんだ」
 
「冬ちゃん、そういうの良く知ってるね」
「全部、受け売りです。自分で実地で覚えた話ではないから間違ってたら御免」
 
「でも今の冬ちゃんの話、受け売りには聞こえなかった。凄く自信ありそうだったし」
「ハッタリです」
 
「ああ、冬ってハッタリの天才だよね」
とリナが笑って言っていた。
 

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私たちはそうやって諏訪町や上新町付近、また少し下がって東町・西町なども歩き回り、深夜まで開いているお店で揚げ天を買って食べたりなどしながら、多くの街流しを鑑賞した。
 
「数十人単位の大きな街流しもありますけど、2〜3人のもありますね」
「そうそう。個人単位でやってる感じ。あれを見るのがまた楽しみなのよね」
 
私たちは路地のような所で胡弓ひとりと踊り手ひとりという組も見た。胡弓の音は美しく、(女性の)踊り手の踊りは優雅であった。
 
「でもこの笠をかぶると顔が分かりませんよね」
「男か女かも分からないよね」
 
「え・・・赤とか青とかの浴衣着ている人は女で、黒いの着ている人は男ですよね?」
「そうとは限らないよ。黒いの着てる人をよく観察しててごらん。体形が明らかに女性って人が混じってるから」
 
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「えーーー!?」
「男性が女性用の浴衣を着ているケースもあります?」
「どうだろうね。いるかもね」
 
「冬がこの町に生まれていたら、やはり赤い浴衣を着たのでしょうか?」
「まあ、黒い浴衣ってことは無い気がするね」
「やはりね」
 
「誰かさんに無理矢理赤い浴衣を着せられていたかも」
「ああ、ありがちありがち」
 

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私たちは少し通りから引っ込んだところで一時休憩していた。
 
「でも風帆伯母さん、最初に聞いたお囃子が、観光客のだったってのが、今夜たくさん聞いてて分かりました」
と私は言う。
 
「分かる?」
「ええ。最初聞いたのは『キタサノサー、ドッコイサノサ』って感じでしたけど、本物は『キタサァノサ〜、ドッコイサァ〜ノサ』って感じですよね」
「さすがコピーの達人」
 
「え?何どう違うの?」
というので私が再演してみせていると、何だか観光客らしき人が4〜5人こちらに寄ってくる。
 
「唄われよ〜、わしゃ〜囃す」と伯母が唄うので
「ゆら〜〜〜〜ぐ〜釣〜〜橋〜〜 手に〜〜手〜を〜〜取〜〜り〜〜て」と私が唄う。「キタサノサ〜ァ〜、ドッコイサァ〜ノサー」と伯母。
「渡る〜〜〜〜〜井田〜川〜〜 オワラ、春〜〜の〜〜〜風〜〜〜」
と私は唄い、続けて
「唄われよ〜、わしゃ〜囃す」と唄う。
 
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すると吉田さんが唄い出す。
「月が〜〜〜〜〜隠れ〜〜りゃ〜、また〜〜手を〜〜つな〜ぐ〜」
「キタサァノサ〜ァ〜、ドッコイサァ〜ノサー」と私。
「揺れ〜〜〜る〜〜〜釣橋〜〜〜〜〜、オワラ恋の〜〜〜橋〜〜」
と吉田さん。
 
「見送り〜〜ましょ〜うか 峠の茶屋ま〜で」
「人目がなけれ〜ば あなたの部屋ま〜〜で」
 
何だか周囲から拍手が来た。写真まで撮られちゃった! いいのかなあ。
 
「でも、今の歌詞、意味深」と美佳。
「何だかいいね」と奈緒も言う。
「エロいね」とリナ。
 
「でもこれ唄うのより囃す方が難しいみたい」と私が言うと
「そうそう。囃すのは上級者でなきゃできないよ」と伯母は笑って言った。
 
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明け方、5時頃まで町を散策した後、先に吉田さんと他にお弟子さん2人がワゴン車の中で仮眠し、残りのメンバーは聞名寺の中の椅子に座って、おにぎりを食べお茶を飲みながら、祭りの余韻を語った。奈緒とリナは携帯の番号・アドレスを交換しているようであった。
 
「冬がお風呂は男湯に入ってます、というのが大嘘であったことが分かったのは大きいな」
とリナ。
 
「結局、冬のおちんちんは幼稚園の時以降、誰にも目撃されていないというのも大きな情報だ」
と奈緒。
 
「冬に関する情報は今後も交換していきましょう」
などと言って、ふたりは握手をしていた。
 
今月下旬に、美耶の結婚式に出る(正確には出席する両親に付いてくる)ので名古屋に来て、翌日、九州の明奈・東京のアスカと一緒にナガシマスパーランドに行くことになっているという話には、愛知の3人組が「私たちも行く」と言っていた。奈緒はその日は都合がつかないらしく悔しがっていた。
 
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「ところで『風の盆』と『越中おわら節』というのが微妙に言い分けられている気がするのですけど」
とリナが風帆に訊いた。
 
「色々な解釈があると思うけど『風の盆』は宗教行事、『おわら節』というのは芸能だと思う」
と風帆は言った。
 
「ああ」
 
「元々『唄で糸とるオワラ桑もつむ』というように、この町は絹の町だからふつうの町でお盆をやる8月15日頃は、蚕の世話で忙しいんだよ。それで少しずらして、この時期にお盆をやるようになったんだよね。二百十日の風鎮めの行事という話もあるけど、本来『風の盆』はふつうの『お盆』なんだよ」
「なるほど」
 
「おわらの文化を継承しているのは町ごとの住民で組織する『保存会』と、広く他の地域のファンの人も集めた『道場』という組織があるけど、『道場』
の方では能登半島の飯田とかでも『飯田風の盆』という行事をしている。飯田の乗光寺というところの主宰でね。これが田舎町だから観光客の少なかった30〜40年前の八尾の『風の盆』を思わせる風情でなかなか良いんだ。私も1度見に行ったけど良かったよ」
「へー」
 
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「その『飯田風の盆』もやはり宗教行事という雰囲気が強い」
「能登半島ですか」
「そそ。飯田というと長野の方が有名だけど、こちらは能登の飯田。昨年能登空港ができるまでは本州の中で東京からいちばん遠い町と言われた所だよ。金沢からローカル線を乗り継いで6時間掛かってたからね」
 
「金沢から6時間って、東京に着いちゃうじゃないですか!」
「東京過ぎて、成田くらいまで行けない?」
「そのくらい交通の便が悪かったのさ」
「わあ」
 

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夏の日の想い出・風の歌(3)

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