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■夏の日の想い出・小6編(5)

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(c)Eriko Kawaguchi 2012-08-04
 
翌朝。ボクは5時頃目が覚めたので昨夜着ていたカットソーとスカートに着換えてちょっと散歩に出た。まだ日出前で周囲は薄暗い。
 
歩いていたら「八面大王の足湯」というのがあったので、何だろう?と思って行ってみると「わっ」と思う。いかめつい顔がずらっと八角柱状に並んでいて、その下が足湯になっている。浸かれるようなので行って靴と靴下を脱ぎ、足を浸けてみたら気持ちいい。早朝なので誰もいないが、小鳥のさえずりが心地良い。
 
ボクはその時突然、何か未だ経験したことのない衝動が起き上がってきた。
 
ボクはウエストバッグから愛用のミニーマウスのボールペンとパワーパフガールズのメモ帳を取り出す。メモ帳の罫の間にフリーハンドで線を引いて、簡易五線紙を作る。
 
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そして今突然湧いてきた曲のモチーフをそこに書き綴っていった。足湯の暖かい感触がボクの心をとてもリラックスさせてくれて、フリーに頭が働くような感じだった。
 
曲は最初に浮かんだモチーフがサビに使えそうだと思った。その次に出て来たモチーフをAメロにしようかと思ったが、その後で出て来たメロディーの方が「つかみ」が良いので、そちらをAメロ、先程のはBメロにしようと考える。
 
その時、突然足音が聞こえた。そしてそれを聞いた瞬間、もうひとつのモチーフを思いつく。急いで書き留める。うーん。しかしこれ、どうひとつの曲にまとめればいいんだ? 分からなくなっちゃった!!
 

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「おはようございます」
と少女の声がした。近所の人だろうか、あるいは観光客だろうか。
「おはようございます」
とボクは笑顔で返したが、どこかで見たことのあるような顔だ。あれ?誰だっけ?
 
「あれ?もしかして、冬ちゃん?」
「あ、はい。ごめんなさい。私、名前が思い出せない」
「ああ、無理ないよ。私、泰世(たいせい)です」
「え!?」
「私、女の子になっちゃったの」
「えーーーーーーーー!!!?」
 
それは確かによく見ると前の学校で憧れていた男の子・泰世(たいせい)の顔だった。泰世(たいせい)は自分も靴と靴下を脱ぎ、足湯に浸かる。可愛い刺繍の入ったポロシャツと、膝丈のフレアースカートを穿いている。
 
「ボク、ちょっとショックかも」
 
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「私ね、物心付いた頃から女の子になりたかったの。小学校に入ってから冬ちゃん見て、いいなあ、あんな感じで女の子の服着て、女の子たちと仲良くしたいって、いつも思ってた」
「そんなにボク女装してないけどなあ」
 
「去年、うちの両親が離婚しちゃって」
「あらあ」
「それで、お兄ちゃんふたりはお父さんに引き取られて、私と妹がお母さんに引き取られて、それで安曇野に来たんだけどね」
「ああ、こちらに住んでるのね」
「うん。それで、引っ越すのを機会に女の子として暮らしたいとお願いして、それで、女の子になること認めてもらったの」
 
「凄い、羨ましい」
「でも、冬ちゃんも女の子になってるんでしょ?」
「え?ボク、身体は全然いじってないよ」
「でも、女の子の声だもん。去勢したか女性ホルモン飲んでないの?」
「どちらもしてなーい」
 
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「ほんと?すごい。雰囲気は完璧に女の子なのに」
「泰世(たいせい)ちゃんは身体いじってるの?」
「あ、私名前まだ変えられなかったんで読み方を変えて『やすよ』にしたんだ」
「あ、そういう名前は便利だね」
「それで、女性ホルモンを去年から飲んでるの。おかげで声変わりは来てない」
「よかったね」
「冬ちゃんは声変わり遅れてるの?」
 
「悲しいことに声変わりは来ちゃった。でもこの声は喉とかの使い方で出してるんだよ。男の子の声も出せるけど、泰世(やすよ)ちゃんの前で出したくないよ。だって、ボク、ずっと泰世(やすよ)ちゃんのこと好きだったんだもん。好きな人の前では女の子でいたいの」
「ごめんね。私は男の子としては女の子の愛を受け入れられない」
「うん。そうだと思ったから、告白しちゃった」
「良かったら、お友達でいられない?」
「うん、いいよ。じゃ、住所と電話番号教えてくれない?」
 
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と言ってボクは泰世(やすよ)にメモ帳とボールペンを渡した。
 
「わあ、可愛いボールペンに可愛いメモ帳。冬ちゃんって、昔からこんな可愛い持ち物だったよね」
「うーん。。。姉ちゃんや友達に押しつけられてたというか」
 
泰世(やすよ)が住所と電話番号を書いてくれたので、ボクも自分の住所と電話番号をメモ用紙に書き、そのページをやぶって泰世(やすよ)に渡した。
 
「こちらには旅行?」
「うん。修学旅行」
「へー。女の子の班に入れてもらった?」
「バスは女の子の並びに座ったけど、お部屋は男の子と一緒」
 
「学校には女の子として通ってるんじゃないの?」
「ううん。男の子だよ」
「でもスカート穿いてるし」
「ああ。これ、ゆうべ友達から、これ穿きなさいって言われて」
「お友達は、冬ちゃんの本質が分かってるんだね。中学はどうするの?」
 
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「どうって?」
「私は女子制服で通うことを中学に認めてもらったよ」
「わあ、いいなあ」
「冬ちゃんも女子制服で行きたいって言ってみたら?」
「うーん。ボク、こういう感じでいるのが好きなだけで、女の子になりたいわけではないし・・・・」
「そんなことは絶対無いと思う! だって前の学校でも、冬ちゃん、女の子になるつもりだとしか思えない雰囲気だったよ」
「うーん。。。そうかなあ・・・・」
 
「冬ちゃんって、ネコかぶるのがうまいから、ある程度親しい人にしか分からないけどね。冬ちゃんって、女の子だと思って見れば女の子にしか見えないのに男の子だと思い込んでいる人には男の子にも見えちゃうんだよね。ある意味、視線に対して透明というか。こうやってスカートとか穿いてると、さすがにみんな女の子だと思うだろうけど。でも、いつも冬ちゃんを見てる人には分かるよ」
 
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「・・・・泰世(やすよ)ちゃん、ボクのこといつも見ていてくれたの?」
「もちろん」
「ちょっと嬉しいかも」
 
と言ってボクは頬を赤らめた。
 

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ボクが散歩から楽しそうな顔をして帰って来たので、ロビーで遭遇した若葉に
「誰かとデートでもしてきたの?」
などと言われる。
「古い友だちに偶然会っただけだよ。前の学校にいた時の友だちで、長野に引っ越してきてたんだって」
「へー?男の子?女の子?」
「女の子だよ」
「じゃ、恋人ってわけじゃないのね」
 
「・・・女の子なら恋人ではないという判断になるの?」
「だって、冬って恋愛対象は男の子だよね?」
「あまりそういうこと考えたことなかった」
 
「誰か好きになったことは無いの?」
「えっと・・・・何度かあるけど」
「その相手って男の子?女の子?」
「・・・・みんな男の子」
 
「それでノーマルだよ。冬は女の子なんだもん。男の子を好きになって自然だよ」
と若葉は優しい笑顔で言った。
 
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2日目は朝御飯を食べて少し休憩してからバスに乗り、長野自動車道・中央道を走り、いったん勝沼ICで降りて、ぶどう園に行き、ぶどう狩りをした。中で食べる分は無料と聞いて、男子の中には大量に食べている子がいる。
 
ボクたちは、奈緒・有咲・若葉と4人で一房を分けて試食した。
「あまいね〜」
「おいしいね〜」
 
初美も誘ったのだが「私、ぷどう苦手」などと言っている。
 
「冬ちゃんって身体細いけど、ごはんも少食なのかな?」と初美。
「女の子としてもかなり少食な部類だよね」と奈緒。
「おやつなんかも、あまり食べないよね」と有咲。
「よく半分有咲にあげてるね」と奈緒。
「御飯は2杯食べなさいってよく言われてたけど、ちょこっとだけ盛って2杯にしてた」
「なるほど」
 
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各自お土産にする分のぶどうを買ってぶどう園を出、バスに戻る途中で若葉が言った。
 
「今日、冬はずっとスカートだけど、そういう気分なの?」
「あ、昨日奈緒がこのスカート貸してくれた時に、今日一日穿いてなさいって言ったから」
 
奈緒が悪戯っぽい目をしてた。
 
「それ、奈緒の冗談だと思う」と若葉。
「えー!?」
「いや、お休みの日に遊ぶ時とかには冬って結構スカートだけど、学校の行事で穿いてるのは珍しいなと思ってたんだよね〜。奈緒に言われたのか」
「あぁ、冬って言われたらその通り実行するタイプだよね」と有咲。
 
「えっと・・・・脱いでもいいのかな?」
「そういうの自分で決めなよ〜」
 
「じゃちょっと穿き換える」
と言って、ボクはいったんバスに戻って運転手さんにお願いして荷物を出してもらい、スポーツバッグの中からズボンを取り出し、ブドウ園の女子トイレを借りて着換えて来た。
 
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「まあ、スカート姿も可愛いけどね」と若葉。
「だけど、着換えるのに女子トイレに入って行ったよね〜」と初美。
「だってスカート穿いてるのに男子トイレに入れないよ〜」
「冬ってズボン穿いてても女子トイレに入るの平気だよね」と有咲。
「そ、そうかな?」
 

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ぶどう園の後は再度勝沼ICから中央道に乗り、山中湖まで行き遊覧船に乗る。この白鳥の形の遊覧船を背景に記念写真を撮った。有咲が言ってくれなかったら、ボクはスカートを穿いたまま、修学旅行の記念写真に写る所だった。(昨日は安曇野のアートヒルズミュージアムの中庭で記念写真を撮った)
 
「へー、この船、プリンス・オデット号というのか」とボクが言うと
「プリンセス・オデット号」と若葉が訂正する。
「勝手に性転換させないように」と奈緒。
「チャイコフスキーの『白鳥の湖』に出てくる、白鳥にされたお姫様の名前だよ」
「それって、白鳥の姿なのは悲しいことでは?」
「うーん。その辺のネーミングはノリで」
 
「冬は勝手に性転換されちゃっても構わないよね」
「眠っている内に麻酔打たれて、病院に運び込まれて強制手術ってコースね」
「うーん。。。。まあ、目が覚めて女の子の身体になってたら喜ぶかも」
「今年中に性転換しちゃったら、セーラー服で中学に通えるのにね」
「ああ、それもいいね〜」
 
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「やっぱりセーラー服で通いたい?」
「いや、別に学生服で構わないけど」
「男子中学生になっちゃったら、髪の毛も今の長さでは叱られるよ」
「あぁ・・・・ちょっと憂鬱かも」
 
「憂鬱になるなら、スパっと切っちゃおう」と奈緒。
「どっちを切るの? 髪の毛?アレ?」と有咲。
「まあ、どっち切ってもいいよね」と奈緒。
「そうなの?」とボクは笑いながら言う。
「美容院で切るか、病院で切るかの違いかな」と若葉が珍しくだじゃれを言う。
 
「でも病院に行って切って下さいと言っても切ってくれないんだろうなあ・・・」
とボク。
「確か18歳以上だよね。性転換手術受けられるの」
「高校卒業まで待てってことか・・・・」
「身体がいちばん男性化していく時期に治療を受けられないってちょっと可哀想」
と若葉。
「まあ、女性ホルモン飲んで男性化を止めておく手はあるけどね」
「冬、こっそり女性ホルモン飲んでたりしないの?」
「とっても飲みたい気分」
 
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「私、たぶん女性ホルモン調達できると思うけど、欲しかったら仲介してもいいよ」
と若葉。
「あはは、そんなこと言われると欲しくなるじゃん」
 

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山中湖をプリンセス・オデット号で一周した後、河口湖まで戻って、その湖の畔にある宝石博物館に行く。
 
宝石店などならきらびやかに飾られている宝石たちが、ここではその素顔を見せているような感じで、素朴な美しさがボクたちの目を楽しませた。
 
「宝石って、素材自体が美しいんだね」
「うん。演出すると凄く煌めいてるけど、演出無しでもとてもきれい」
「音楽なんかも、歌自体がいい曲と、アレンジで乗せちゃう曲があるね」
「ああ。いいなと思って譜面に書き出してみると、つまらない曲だったってのわりとあるんだよね〜」
「アレンジはいわば底上げの技術だね」
「美人が上手にお化粧すると、凄く美人になるのと同じだよね」
 
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「冬は誕生石は何だっけ?」
「あ、オパールだよ」
「婚約指輪って、誕生石を使う人とダイヤモンド使う人といるけど、冬の場合はダイヤモンドにしてもらった方がいいね、彼氏できたら」
「そうだね〜。でも婚約指輪か。。。。」
 
「冬って男の人と結婚するの?」と有咲。
「うーん。どっちなんだろう? ウェディングドレス着て結婚式っての小さい頃からよく想像してたけど、女の子と結婚するのも悪くないなあという気もして。でもタキシードとか着るのは何だか違和感があって」
「冬が女の子と結婚するなら、ふたりともウェディングドレスだね」
「ああ、いいんじゃない?冬なら」
 
「それ、いいかも。そういうのレナとかいうんだっけ?」
「レズだよ」
「あっそうか」
「冬って、男の人とも女の人とも結婚したりしてね」
「二度結婚するの?」
「いや同時に結婚する」
「あ、それできたら便利じゃない?」
「3人で結婚式挙げる?」
「それも面白いね」
 
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夏の日の想い出・小6編(5)

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