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■夏の日の想い出・小4編(4)
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目次 8
時間索引 #
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小4の2学期。僕たちの学校は地域のお祭りに参加した。愛知の学校では、お祭りは適当に参加する感じだったのだが、この校区では「地域の中の教育」を旗印に、学校が積極的に関わらせるようになっていた。
お祭りでは大人達は大きな人形の載った山車を担いで町を練り歩き、クライマックスでは近くを流れる川の中に入ってぐるぐると回転する。東京都内の町にしては珍しく勇壮な祭りである。昔はかなり大きな山車を作ったらしいが、明治になってから電線にぶつからないようにするため、高さが制限されるようになり、小規模のものになってしまったらしい。
お祭りではその山車作りから始める。
各学年が3クラスなので、小学3年から6年までをクラス単位で縦割りにして、3つの山車を制作することになっていた。お祭り用の倉庫から材木を出して来て、先生達や保護者たちの協力で組み立て、一方でそれに載せる人形を作る。人形は竹細工に和紙を貼り、絵を描いて仕上げるので、その竹を組み立てるところは5年生を中心に大人たちの指導でしていく。それに和紙を貼るのは4年生の仕事である。最後に6年生たちが、おとなの人が指定した箇所に指定の色の絵の具で塗って、絵を完成させる。その年6年生にはとても絵のうまい子がいて人形の顔は、その子が3体ともフリーハンドで描いて完成させた。
「2年後には冬ちゃん顔を描いたら?絵すごくうまいよね」と有咲が言ったが「ああ、だめだめ。冬ちゃんが描くと全部少女漫画になっちゃう」と奈緒が笑って言った。
完成した人形を山車に乗せて固定すると、みんなから歓声が上がった。
しかしその先に問題があった。
山車の担ぎ手は、男の子たちは法被に赤褌である。褌と聞いて僕はクラクラする思いだった。女の子たちは甚平で下は半タコである。
その年は20年ぶりの大祭ということで、法被や甚平が一新されることになり、新しい法被や甚平を一括で大量に作ったらしい。そこで当日配るのでということだった。
そして祭りの当日。僕は褌なんて嫌だなあと思いながら、ちょっと暗い気分で集合場所に行った。ところが行ってみると人が少ない。あれ?と思い、近くに居たおとなの人に尋ねる。
「すみません。○○小学校の4年生ですが、お祭りの集合場所はここではなかったでしょうか?」
「君、遅いぞ。集合時間は10時だったのに」
「えー?11時じゃなかったんですか?」
「最初11時だったけど、10時に変更になったんだよ。聞いてなかった?」
ああ、僕っていつもボーっとしてるから、聞き逃したんだ!
「ごめんなさい。聞き漏らしです」
「君、何組?」
「1組です」
「1組なら、青い衣装だから、そこの集会所の2階に行って青い服の入ってる箱から衣装取って着換えて来て。急いで」
「はい」
僕は集会所に飛び込むと、言われた通り2階に駆け上がった。段ボール箱が多数あり、青、赤、黄、とマジックで書かれている。サイズがあるようで、L,M,Sと書かれていたが、僕はたぶんSでいいかなと思い、青Sと書かれた段ボールから、ビニール袋に入った衣装をひとつ取った。
着ようとして「え?」と思う。
これ・・・法被じゃなくて甚兵衛だよね。それとこれ、褌ではないよね。
などと一瞬考えてから、これは女の子の衣装だということに思い至る。僕、女の子と間違えられたんだ!
頭の中がカーっとした。さて、どうしよう。
遅れてきて急いで着替えてと言われたのに、またさっきの所に戻って自分は男の子ですと主張して、男の子の着替え場所を案内してもらう? 僕はそれが申し訳無いような気がした。えーい、このまま女の子の衣装を着ちゃえ。
なぜそんな発想になったのか自分でもよく分からないが、とにかくこの時はかなり焦っていた。
着ていた服を脱ぎ、甚兵衛を着て紐で結ぶ。半タコを穿き、腰の所を結ぶ。着て来た服をビニール袋に入れてマジックで名前を書き棚に置く。そして僕は集会所の階段を駆け下りた。
さっきの所に行くと、20歳ほどの男の人が
「君、バイクで送ってあげるよ」と言う。
「ありがとうございます」と言って、バイクの後ろの席に乗り、しっかりと手を男の人のお腹に回した。
わぁ、これ何か素敵・・・・
「行くぞ」と男の人は言ってバイクをスタートさせる。すごーい、なんかこれ気持ちいい。僕は送ってくれている男の人にちょっと憧れの念さえ持ってしまった。
やがて、子供山車が町の途中で一時休憩している場所に辿り着く。
「着いたよ」
「ありがとうございました!」
「じゃ、俺は帰るから」
と言って、彼は帰っていった。僕はしばしその行方を見送ったが、すぐにハッとして、青い法被や甚兵衛の子たちが集まっている山車のそばまで行く。
「遅れてごめんなさーい」
と言って僕がそばに寄るとクラスメイトたちから
「遅ーい。あれ、でもなんで女の子の衣装着てるの?」と言われる。
「よく分からないけど、こういうことになっちゃった」
「まあ、いいんじゃない。どちらの衣装でも」と委員長。
「冬ちゃんは、むしろこちらが似合ってる気もするね」とひとりの女の子。「男の力で担いでくれるなら、女の衣装でも問題なし」とひとりの男の子。
少し休んだところで山車が出発する。僕はわりと力を要求される端の方を持ち「ワッショイ!」「ワッショイ!」の掛け声で力を入れて担ぎ棒を抱える。女の子たちはだいたい内側のあまり力の要らないところに入っている。
数分担いで動いては小休憩を入れる。そのあとまた担ぐ。だいたい30分くらい動いたら長めの休憩を入れる。そういう動きで僕たちは町中を走り回った。お昼時には、おにぎりとお茶が配られた。
大人の山車は川の中に入ってぐるぐるというのをやっていたが、子供山車は川の中に入るのは危ないということで、そこまではしない。ただひたすら地面の上を練り歩く。
子供山車の運行は15時に終わった。終点から着替え場所に戻るのにバスを出すということだった。
「男子は1号車、女子は2号車に乗って下さい」
と言われた。
僕は1号車に行きかけたが、ふと立ち止まった。これって男子と女子と行き先が違うんだろうか? 僕は女子の着替え場所で着換えちゃったから、もしかして、女子の方のバスに乗らなきゃいけない? でも僕が乗っていいんだろうか?
僕が立ち止まっているので、その後ろから来た同級生の奈緒が「どうしたの?」
と声を掛けた。
「いや、僕さっき女の子と間違われて、集会所の方を案内されたから、僕の着替えもそちらにあるんだけど」と言うと。
「ああ、じゃ、私たちと一緒に行こうよ」と奈緒は言う。
「男子はね、集合場所から少し移動して公民館で着換えたんだよ。集合場所から着替え場所までランニングさせられてたね」
きゃー、僕男子の方に入らなくて良かった!
「それじゃ、全然行き先が違うんだ! でも他の女の子たちが着替えてる所に僕が行ってもいいんだろうか?」
「うーん。他の男の子なら問題だけど、冬ちゃんは問題無いと思うよ」
「えー?なんでー?」
「まあ、いいからおいでよ」
と言って、奈緒は僕の手を取って、2号車に一緒に乗った。
「あれ?冬ちゃん?」と僕に気付いたひとりが声を掛ける。
「この子、さっき集会所を着替え場所に案内されちゃって、あそこで着替えちゃったのよ。だから着替えがあそこにあるのよね」と奈緒が説明する。
「ああ、それで甚平着てたんだ!」
「じゃ、私たちと一緒に行って集会所で着替えなきゃね」
僕はちょっと頭を掻いて、奈緒の隣に座る。なんとなくバスの中で奈緒も含めて数人の女の子と、おしゃべりの輪が出来てしまった。
「冬ちゃん、話してて普通の女の子と話すのと同じ感覚だね」とひとりの子。
「ふだんももっとおしゃべりしようよ」
「うん」
そこで、僕はこの学校に転校してきてから初めて、女子達と心を割った会話ができた。女の子たちと同じ甚平の衣装を着てるからかな?というのをチラッと思った。
女子を乗せたバス2号車はやがて集会所前に到着する。みんなでバスを降りて2階に上がって行った。僕はそこでちょっと躊躇ったが、奈緒が
「さあ、恥ずかしがらずに入って入って」と言って手を引き、中に入る。
女の子たちはワイワイ言いながら着替え始めた。僕も心が緩んで、自分の服が入っている袋を取ってくると、奈緒たちとおしゃべりしながら、着替えた。
なんだか周囲から視線が来ているのを感じるが、敵意のある視線ではなく、むしろ好奇心という感じだ。
甚兵衛を脱いで半タコを脱ぐ。
「あれ〜。女の子パンティ穿いてるんだ?」
「うん、まあ」
最近夜寝る時はいつも女の子パンティを穿いている。それで今日は出かける時に男の子パンツに穿き換えるのを忘れていたのである。この時期、僕は結構な頻度で、女の子パンティのまま出て行っていることがあった。
「おちんちん、付いてるみたいに見えない」
「いや、半タコ穿いてる時も、おちんちんの形が分からないなあと思ったのよね」
半タコはわりと身体の線がストレートに出る服だ。
「実はおちんちん無いの?」と有咲。
「えっと、その辺は秘密ね」
と僕は笑顔で言うと、そのままショートパンツを穿き、ポロシャツを着た。でも僕が女の子パンティを穿いているというのは、女子たちには「やっぱり、そういう子なんだ」と好意的に取られた感じだった。
「なるほど。この雰囲気だと充分女の子に見えるよね」
「性別を間違われたというより、本来の性別の方に案内されたのでは?」
そんな会話があり、結局そのあともしばらく僕は女子更衣室の中で他の女の子たちとおしゃべりに興じたのであった。
僕は転校して以来、なかなか誰とも会話が成立していなかったのだが、この日を境に、けっこう女子たちとふつうにおしゃべりできるようになった。特に奈緒とはよく話すことが出来て、親友に近い存在になっていく。
そんなことを後にお正月頃、電話でリナに話したら
「要するに冬が女の子になったから、お友達になれたんだろうね」
と言われる。
「きっとみんな冬のこと、少し女の子っぽいとは思ってたろうけど、冬が一応男の子として行動してたら、女の子としてはどうしても遠慮がちになるじゃん。でも、冬が女の子として行動すれば、女子たちは自分達の仲間として受け入れることができたのよ」
「そう言われれば・・・・」
「誰も立ち位置のつかめない相手とは話しにくいもん。男の子と話すのと女の子と話すのは、全然違うからさ。どちらのモードで話せばいいのかというのは大事だよ。牛肉もマグロも美味しいけど、牛肉と思って食べてみたらマグロだったり、マグロと思って食べたら牛肉だったりしたら、あれ? って思うでしょ。冬はこの1年間、そういう状態だったんじゃない?」
「うーん。。。そんな気もしてきた」
「だ・か・ら、冬はそちらの学校では最初から女の子として通学すれば良かったのよ。明日からスカート穿いて学校に行きなさいよ。そしたら女の子たちともっと仲良くなれるから」
「えっと・・・・それはそのうち」
「冬は女の子として生きる道しか無いと思うけどなあ」
とリナは言っていた。
そのお祭りの夜。僕は夢を見ていた。
クラスメイトの子たちで集まってなにやらおしゃべりしている。その内そこにバスが2台来た。あれ?またみんなでどこかに行くのかな?女の子たちは右側のバスに、男の子たちは左側のバスに乗っていく。あ、僕もバスに乗らなきゃと思う。でもどちらのバスに乗ればいいんだろう?
迷っていたら、担任の先生(男性)が「唐本、何してる。男子は左のバスだぞ」
と言うので、僕はそちらに乗り込んだ。男の子たちが下ネタで盛り上がっている。僕はそんな会話聞くだけでも恥ずかしくて、うつむいてしまった。
先生が「じゃ、出発するぞ」と言った。
その時、突然、僕はここに居てはいけない気がした。
奈緒の声が聞こえた気がした。『こっちに来てもいいんだよ』と。
リナの声もした。『冬は女の子でしよ。ちゃんと女の子のバスに乗りなさい』と。
僕は席を立つと男の子たちが乗っているバスを降りた。そして女の子たちが乗っているバスの方へ行こうとした。向こうのバスの入口に隣のクラスの担任の先生(女性)がいて、こちらを見てニコッと笑った。
そこで目が覚めた。
翌日の月曜日、学校で奈緒たちが一緒に遊園地に行こう、なんて話をしていた。ボクは「あ、遊園地いいなあ」と思う。その時、奈緒と目が合った。
「冬ちゃんも遊園地行く?」
「うん。ボクも行きたい。一緒に行っていい?」
「うん。冬ちゃんならいいよ」と有咲が言う。
「どうせならスカート穿いて出ておいでよ。多分持ってるよね?」
「えー!?どうしようかなぁ」
ボクは微笑んで、彼女たちの会話の輪に交ざった。それはボクの10歳の誕生日だった。その日からボクは自分のことを言うのに男の子が使う一人称「僕」ではなく、麻央が使っていた《ボク少女》の一人称「ボク」を使うようになった。
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