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■夏の日の想い出・小4編(1)
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(c)Eriko Kawaguchi 2012-07-28 改2013-04-14
これは僕が小学4生の時のエピソードである。
僕は小学3年の12月に転校したのだが、その転校先の学校でなかなか親友を作ることができず、最初の1年ほど、孤独な学校生活を送っていた。
一方、僕は小学1年の時から珠算の塾に通わされていて、それは小3で転校した後もまた転校先の近くの珠算塾に行かされて、結局小学5年生の2月まで続いた。
本当は姉が習っていたエレクトーンに興味があり、実際しばしば家にあるエレクトーンを勝手に弾いていたのだが、親に自分もエレクトーン習いに行きたいと言っても親は「男の子がそんなのを習ってどうする?」と言って行かせてくれなかった。
そんなことを言われる度に僕は「やっぱり女の子に生まれたかったなあ」と思うのであった。
それでもエレクトーンを弾きたがっている僕に、姉は僕が3歳の頃から結構エレクトーンの弾き方、指使い、楽譜の読み方などを教えてくれたし、視唱や聴音書き取りの問題をさせたりした。また、しばしば自分があまり練習したくない時に、僕に代わりに弾かせて自分は漫画を読んでいて、親があたかも姉がちゃんと練習しているものと思わせるような「偽装工作」したりしていた。
そんなエレクトーンを習いたいと思っていた僕が実際に通わされていたのが珠算であるが、僕はこれが苦手だった。簡単な2桁くらいの読み上げ算なら何とかなるものの、3桁になると指が全然付いて行かなかった。掛け算は全くできなかった。姉が「あんたエレクトーンの指は私より器用に動くのに、なんで珠算の指はそんなに動かないのよ?」などと言うほどであった。僕は小学3年の時に珠算の検定を受けさせられて9級を取ったが、実は全部暗算で解いたものだった。
そしてそれは小学4年生の夏休みだった。その珠算の塾でレクリエーションをすることになり、バスで1時間ほど行ったところにある鍾乳洞に行くことになった。鍾乳洞というものは、母の郷里の近くに「飛騨大鍾乳洞」というものがあり小1の時に行って以来だったので楽しみだった。
バスに乗っていくのだが、乗る前に先生がみんなに何か配っていた。僕は何配ってるんだろ?と思ったが、ぼんやりしていてただそれを眺めていた。バスで1時間ほど掛かるので、みんなワイワイおしゃべりしているが、僕はあまり友達がいないので、ひとりでぼんやりと景色を眺めていた。
やがてバスを降りるという時、僕たちは列になって降りて行くが、前の子達が料金箱にお金を入れているのを見る。え?お金がいるの?と僕はこのとき初めてその事に気付いた。前に並んでいた6年生の武村君がお金を入れて降りて行く。僕はどうしよう?と立ちすくんでしまった。
その時武村君が僕の方を見て「あれ?どうしたの?お金無いの?」と訊く。僕がコクリと頷くと、武村君はもうほとんどバスのステップを降りていたのを戻ってきて「ほら」と言って、僕の代わりに料金の500円玉を入れてくれた。「ありがとう」と言いながら僕はバスを降りる。
「乗る前に先生が往復のバス代配ってたのに受け取らなかったの?」
「ああ、あの時配ってたんだ! 僕ぼんやりしてて」
「しっかりしろよ」
と彼は言い、先に降りていた先生に
「先生、唐本のやつ、バス代を受け取ってなかったんですよ。俺が代わりに入れたから、帰りのバス代下さい」
と言う。
「おお、そうか。唐本、先生の話はちゃんと聞いておけよ」と言って、先生は武村君と僕に500円玉を1枚ずつ渡した。
武村君がにっこり笑ったのに釣られて、僕もニコリと笑った。武村君のその笑顔かとても素敵に思えた。
昔行った飛騨大鍾乳洞は直線状のコースで、ひたすらまっすぐ歩いたような記憶だったが、その日行った鍾乳洞は複雑なコースであちこち曲がったり昇ったり降りたりがあり、灯りと案内が無ければ迷ってしまいそうな感じだった。見学時間は1時間と書かれていたが、子供の足なので、もっと掛かる雰囲気だった。途中休み休み行く。
僕はさっきのことがあり武村君にちょっと好意を持ってしまったのだが、その武村君は5年生の井出さんと仲が良いようで並んで歩いている。僕はふたりの少し後を歩きながら、ちょっと井出さんに何かもやもやした感情を持ってしまった。その頃僕はまだそれが「嫉妬」という感情であることを知らなかった。
そしてそれは全部で20あると聞かされていたチェックポイントの内12個まで過ぎた時のことであった。僕たちは少し疲れていたが、もう半分を過ぎたということで少し元気が出る。僕の後ろを歩いている同い年の女の子2人の会話が楽しくて、ついそちらに時々混ざったりしていた時、僕たちは突然前の方でバチン!という音を聞いた。
僕たち3人が前を見ると、井出さんが武村君を平手打ちしたようである。
「知らない!」
と叫ぶと井出さんはそばにあった脇道に飛び込んでいく。
「あ、そっちに行っちゃいけない!」
と武村君は言うと、慌てて井出さんの後を追っていった。
僕はやばい!と思った。一緒に居た女の子ふたりに
「○○ちゃんは目印代りにここに居て絶対に動かないで。○○ちゃんは後ろの方にいるはずの先生を呼んできて」
と言い、ふたりが頷いたのを見て僕もその脇道に飛び込んだ。出がけに姉が持たせてくれていた懐中電灯を取り出して点ける。「暗〜い所に行くんだから持って行きな」と姉が半ばふざけるように言って持たせてくれたものが役立つとは思いもよらなかった。
足音や声が聞こえるので、見当を付けて歩いて行く。いくつか途中に分かれ道があったので、僕はその曲がり方をしっかり頭に叩き込む。しかし井出さんはどうも、ひたすらまっすぐ走って行ったようである。
途中で足音は聞こえなくなったが、たぶんまっすぐ行けばいいだろうと思い、10分近く歩いた時、懐中電灯の灯りが人影を捉えた。見つけた! 僕は我ながら自分の勘は大したもんだと思った。(この時は)
「大丈夫ですか?」
と言って駆け寄る。
「助かった。懐中電灯の灯りが見えてきたので、わぁっと思った」
「帰りましょう」
「サンキュー、唐本」
僕たちは「来た道」を戻り始めた。しかし・・・・
「これ、こっちじゃない?」
「え?こっちだと思いますけど。僕、ひたすらまっすぐ来ましたよ」
「でも、こちらの道から来ても、まっすぐという感覚になると思う。そんな細い道通るわけないよ」
「うーん・・・・」
そういう訳で、15分ほど歩き回った末、僕たちは「迷った」という認識を持った。
「くよくよしても仕方ない。取り敢えず休もう。こういう時は、変に歩き回るより、じっとしていて体力の消耗を防いだ方がいいんだ」
と武村君。
「ごめんなさーい。僕がちゃんと道を覚えていれば」
「仕方ないよ。こんな所、誰だって迷うさ。その内誰か助けに来てくれるよ」
「うん」
「電池が切れたらやばいから、懐中電灯も消しといて、足音がしたら点けることにしよう。そしたらここにいると分かるから」
「そうですね」
僕たちはとりあえず腰を下ろして休むことにした。懐中電灯を3人の中の誰でも取れる位置に置いてから消す。
「飴でもなめる?」
と言って武村君が僕と井出さんに飴を渡した。
「ありがとうございます」
と僕は言って受け取ったが、井出さんは無言である。さっきから全然口をきかない。たぶんまだ喧嘩中なのだろう。
かなりの時間の沈黙が続いたあと井出さんがやっと
「寒いよ」
とひとこと口をきいた。
「これ着るか?」
と言って、どうも武村君が着ていたウィンドブレーカーを渡したようである。それを着る井出さん。ああ、武村君ってホントに優しいんだな、と僕は思った。
しかしこの会話をきっかけに、また喧嘩が再開してしまったようである。僕がそぱにいるのにも関わらず、井出さんは何か今日のことで気に入らないことがあったようで激しく武村君をなじる。武村君も「それはさすがに言い過ぎだろ?」などと言って応戦するので、かなり激しいやりとりになってしまった。
僕はちょっと居たたまれなくなり、ちょっと場所を離れようと思い、座ったまま少し横にずれたのだが・・・そこには地面が無かった。
「あ」という短い声を出し、ボチャンという水音。ぎゃー、ここに池があったのか!暗くて見えなかった。
わあ、沈む!と思った時、腕をがっしりと力強い手でつかまれる。
「俺ひとりじゃ無理だ。井出、そっちの手をつかめ」という武村君の声。懐中電灯の灯りが点く。井出さんが点けたのだろう。
反対側の手を女の子の柔らかい手でつかまれた。
「せーので引き上げるぞ。せーの!」
ふたりが力を合わせてくれたことで、僕は無事水の中から引き上げられた。
「ありがとうございます!ほんとに助かりました」
「お互い様だよ」
「唐本君、大丈夫? 服濡れたんじゃない?」
「うん。ずぶ濡れ。でも仕方ないです」
「でも助けはいつ来るか分からないし。あ、そうだ。私、着替え持ってるのよ。私汗っかきだから、たくさん歩いたら汗掻くかもと思って持ってきてたの。私の服でもよかったら着る?」
「えー?でも井出さんの服なのに」
「だって、このままじゃ風邪引くよ」と井出さん。
「うん。唐本、この際、井出の服でもいいから着た方が良い」
井出さんが自分のリュックから服を取り出す。Tシャツはまだいい。でも、スカート? それと女の子パンティ!?
「分かりました。じゃ、貸してください」
「うん。灯り無いと着換えられないでしょ。私、後ろ向いてるから」
「あ、俺も後ろ向いてる」
と言ってふたりが後ろを向くので僕は開き直ってその服を着ることにした。
まずはずぶ濡れになってしまった自分の服を全部脱ぐ。それから比較的濡れてない感じの上着の袖で身体を拭いた。そしてまずTシャツ。サイズが合うかな?とも思ったが、ふつうに着れた。それから・・・パンティ? 恐る恐る穿いてみる。何とか穿ける! 井出さん、わりと身体が大きいもんね。
そしてスカート! かなりドキドキしながら穿き、ファスナーをあげた。これもきれいに上まであげることができた。
「ありがとうございます。何とか着れました」
と僕が言うと、ふたりが振り向く。
「唐本・・・・」
「唐本君・・・・」
とふたりが何やら絶句してる。
「どうしたんですか?」
「いや、女の子の服を着ても全然違和感無いのね。唐本君って」と井出さん。
「そ、そう?」
「ふつうに女の子に見えてる」と武村君。
「きっと暗い場所だからですよ」
と言った時、僕は突然「分かった」気がした。
「ね。帰れる気がします」
「え?」
「こっちです、道は」と僕は指さす。
井出さんと武村君が顔を見合わせる。
「じゃ500数える間だけ、唐本の言うとおりに歩いてみよう。それで出られなかったら、また休憩する」
「はい」
僕は懐中電灯を持つと、ふたりを先導して歩き始めた。分かる。なぜか知らないけど、帰る道がこちらだとハッキリ分かる。
武村君は10ごとにカウントを口に出す。それが450まで行った時、向こうの方に懐中電灯の灯りが見えた。僕はこちらの懐中電灯を振る。
「そちらは誰?」とおとなの人の声。
「道に迷いました」と僕は大きな声で言う。
「そこを動かないで!」
とおとなの人は言い、こちらにゆっくりと近づいてきた。
「君達、○○塾の子?」
「はい、そうです。ご迷惑お掛けしました」
こうやって僕たちは無事生還した。
事務室に連れて行かれて先生や他の塾生とも再会する。井出さんが友人の女の子と抱き合う。
「あれ? 男の子2人と女の子1人と聞いてたけど、男女の人数が逆だったね」
と係の人が言っている。
「唐本、なぜそういう格好してるの?」と先生が訊いたが
「あ、私、池に落ちてしまって。それで井出さんが持っていた着替えを借りたんです。あ、井出さん、これ洗濯して返しますね」
「池? 君達、池の所まで行ったの?大きな石筍が2本立ってる?」
「ああ、石筍2つありました」
「よくあそこから戻って来たな。君達を見つけた場所から400-500m先だぞ」
「あそこで休んでた時、突然帰れる気がして、歩いて来ました」
「うーん。本当はこういう時は歩き回るのはよくないのだけどね」
「でも、あそこまでは今日は探しに行ってなかったろうな」
「子供の勘は案外凄いのかも知れない」
などと係の人たちが言い合っている。男女の数が違っていたことは忘れられた感があった。
ついでに井出さんと武村君の喧嘩もいつの間にかどこかに行ってしまったようで、ふたりはずっと手をつないでいた。僕の心の中に甘酸っぱいちょっとだけ辛い気持ちが沸き上がっていた。それは初めての「失恋」だったのかも知れない。
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