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■夏の日の想い出・小4編(2)
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「だけど、そういう格好していると普通に女の子に見えちゃうね」
と帰りのバスの中で僕は何人もの女の子に言われた。
「えー?誰だってスカート穿いたら女の子に見えるんじゃない?」
「ほんとかなあ」
「今度誰か他の子で実験してみよう」と井出さんが言うので
「俺は嫌だぞ」と武村君か予防線を張っている。
この帰りのバスの中で、僕は女の子たちとたくさん会話をした。僕は転校前は女の子の友人と普通に話していたのに、転校後は新しい学校でクラスメイトの女子たちとも塾の女子たちとも、自分との間に見えない壁があるような感じがしていた。しかしその日はその壁が無くなってしまったような気がした。
自宅に「ただいま」と言って帰る。
「お帰り。お前、鍾乳洞の中で迷子になったんだって?」と母。
「うん。でも無事帰って来れたから。心配掛けてごめーん」
「あれ?なんでお前女の子の服なんか着てるの?」
「鍾乳洞の中で池に落ちちゃって。女の子の友達がたまたま着替え持ってたから借りたんだよ。洗って返さなくちゃ」
「へー。でも女の子の格好、様になってるね」と当時中3の姉。
「なんか、みんなから言われた。今度からそういう格好で出ておいでよとかも」
「ああ、いいかもね。いっそもう女の子になっちゃう?」
と姉は笑って言った。
その頃姉はエレクトーンのグレード8級を持っていて7級に挑戦中だった。当時よく練習していたのがクィーンの『I was born to love you』だった。
「お姉ちゃん最近よくその曲弾いてるね。それでグレード試験受けるの?」
「ああ、この曲お前、小1の頃によく歌ってたね」
「英語読めなかったから、イ・ワス・ボルン・ト・ロベ・ヨウとか歌ってたけど」
「ああ、何か変な英語だと思って聞いてた。一応これ7級のアレンジだから受験曲にも使えるのよね。でも、この曲、右手はそんなに難しくないんだけど、左手がけっこう辛いのよ」
と姉は言い
「弾いてみる?」
などというので僕も弾かせてもらっていたが、確かに左手が押さえっぱなしじゃなくてリズムを刻むし、コードのバリエーションも細かく変わっていくアレンジになっている。本当に左手の忙しい曲だ。
「あ、でも私よりうまい」
「そう? でもこれ弾きこなすの、かなり練習しないといけないね」
「うん。適度に頑張る」
高校受験があり、あまり練習時間も取れないのでグレード試験は11月に受けて、落ちたら高校に入ってから再挑戦かな、などとも言っていた。
8月の初旬、高山に住む伯母がやってきた。母は女の子ばかり5人姉妹のいちばん下なのだが、この叔母さんはいちばん上のお姉さんで母とは14歳も年が離れている。僕も久しぶりにあったので、挨拶などして話していたが、その時姉が自分の部屋で『I was born to love you』を練習していた。
「あら、萌依ちゃん、エレクトーン弾くのね」
「ええ。いっこうに上達しないんですけどね」
「これ、クィーンの・・・・」
と伯母さんはアーティストの名前は出てきたもの曲名が出てこないようだ。
「『I was born to love you』ですよ。『僕は君のために生まれてきた』という意味ですね」
と僕は言った。
「あら、冬彦ちゃん、英語の発音きれいね」
「学校で毎週1回英語の時間があって、イギリス人の先生が教えてるんです」
「へー。今は小学校から英語教えるんだ? そうそう。『ぼーん・つ・らぶゆー、僕は君のために生まれてきた』いい歌ね」
「そうですね。僕は君のために生まれてきた。僕は君のためにあり、君は僕のためにある、ってストレートなラブソングだよと姉が言ってました」
「じゃ、聖見の結婚式でこれ弾いてくれないかしら?」
「え?」
この叔母さんの娘(僕たちの従姉)が来月1日(土曜日)に結婚することになっていた。結婚式には両親は参加する予定だったのだが、遠いし夏休みの最後だし、僕と姉はお留守番の予定だったのだが、この話から急遽姉も行くことになり、そうなると小学生をひとりで置いとけないということで、僕も一緒に行くことになってしまった。
もっとも僕自身は披露宴に出るわけでもないし、姉も余興でエレクトーンを弾くだけで、宴自体には出ない。たぶん、他の従姉兄たちとロビーで遊んでるということになりそうだ。
高山に行くという日の3日前。姉が自分の部屋に僕を呼ぶので行ったら
「このスカート、デザインが気にいって買ったんだけど、サイズが合わなかったのよ。冬、穿けたらあげるよ」
などと言う。この手の話は毎年数回ある。
「なんで試着してから買わないのさ?」
「うーん。64入ると思ったんだけどなあ」
「それに僕、スカートもらったって困るし」
「そう? スカートなんて、めったに穿けないから喜ぶかと思ったのに」
「なんで〜?」
「取り敢えず穿いてみてよ」
「もう・・・・」
僕は文句は言ったものの、ズボンを脱いで、サイズが合わないというスカートを穿いてみた。
「おお、似合うね、さすが。ウェスト苦しくない?」
「かなり余ってる」
「むむむ。私ではきつい、冬では余る。たすきに短し帯に長しってやつか?」
「それ、帯とたすきが逆だと思うけど」
「まあ、そうも言うかもね」
「ところでお姉ちゃん、曲の練習は進んでる?」
「進んでないよぉ。聴いてたら分かるでしょ?」
「うん、苦労してるみたいだなとは思ったけど」
「聖見姉ちゃんの結婚式だしなあ。トチる訳には行かないのに。疲れた。ちょっと、あんたしばらく弾いてて」
やれやれと思い、僕は演奏を始める。スカートは穿いたままだ。
姉は床に放置していた『カードキャプターさくら』を読み始める。
僕はモーニング娘。の『ハッピーサマーウェディング』をウォーミングアップ代りに弾き、そのあと『I was born to love you』を弾く。あ、今日は割と調子いいなと思う。
「うまいじゃん。いっそ冬が弾いてよ」
「頼まれたの、お姉ちゃんでしょ?」
「まあ。そうだけどさ」
「でも考えてみたら私はエレクトーンを小2の時から始めたけど、最初からあんた私の弾いてるの見て、小さい指で見よう見まねで弾いてたもんね。3歳から弾いてるあんたの方がうまいに決まってるわ」
「でもきちんと習ったこと無いよ。男の子が習っても仕方ないって言われて」
「冬、女の子だったら良かったのにね」
「そうだね・・・」
「・・・・冬さ、たまに私の服を勝手に着てるよね?」
「あ・・・・」
「まあいいや。そのまま、しばらく弾いてて。私もう少し休んでる」
と言って姉は漫画の続きを読む。
僕は『I was born to love you』を自分でも引っかかってしまった所を重点的に練習し、合間に『結婚行進曲』とか『あなたのキスを数えましょう 』とか『乾杯』とか『There Must Be An Angel』とか、披露宴っぽい曲を弾く。姉は指でリズムを取りながら漫画を読んでいた。結局その日、姉はその後全然練習しなかった。
結婚式は午前中ということで、僕達は前日8月31日に新幹線と特急を乗り継ぎ、高山まで行った。昨年は来なかったので2年ぶりの高山だった。聖見が明日着る婚礼衣装を見せてもらい姉と一緒に「わぁ」と感激の声をあげた。
「きれいですね。いいなあ」
などと僕が言うと
「冬ちゃんも、こういうの着てみたい?」などと聖見から言われた。
「いや、着たい訳じゃないけど素敵だなあと思って」
「さすがに着れないよね。これ着たかったら、おちんちん切って女の子にならなくちゃいけないしね」
と聖見。
僕はそんなことを言われてちょっと頬を赤らめた。姉がそんな僕をじっと見ている気がした。
翌日、僕と姉はふたりとも黒いポロシャツとベージュのショートパンツを穿き、白いハイソックスを履いて両親といっしょに会場に向かった。姉は演奏の時は黒いビロードのワンピースを着ることにしていたが、事前に着せてると汚すかもといわれて、直前に着替えることになったのである。父はブラックスーツ、母も黒いフォーマルドレスを着ている。
会場で久しぶりに会う従兄姉たちと交流する。
「なんかそうして同じような服を着てると、どっちが萌依ちゃんで、どっちが冬彦ちゃんか分からない感じだね」
などとひとりの従姉に言われた。
「そういえば小さい頃もよくお揃いの服着てたよね」
「そうだね、今は私と冬って背丈も同じくらいだしね」
「髪の長さも似たような感じだよね」
「私は短いのが好きだし、冬は長めの髪が好きだから、同じくらいの長さになってるよね」
「顔立ちも似てるもんね」
「お互いに替え玉ができたりしてね」
「そうだなあ。身体測定の時に冬を替え玉にしちゃおうかな」
「それはさすがに無茶」
「でも裸にならない限り、けっこうバレないかもね」
「冬彦ちゃんって、優しい顔立ちだもんね」
「うん。ちょっと女装させてみたいくらいだよね」
子供たちはみんな式や披露宴には出ないので適当に遊んでいたが、やがて姉の出番が近づいてくる。
「そろそろ着替えなくちゃ。冬、ちょっと一緒に来て」
「何で?」
「あのワンピース、背中のファスナーが自分では上げられないから、冬上げてよ」
「はいはい」
そんな役、女の子の従姉妹の誰かに頼めばいいのにと思ったものの、一緒に付いていくと、女子トイレに入っていこうとする。僕が入口で停まってると「どうしたの?」と訊く。
「だって・・・」
「ここトイレの中に更衣室があるのよ」
「でも女子トイレだし」
「私、女子だから」
「僕、女子じゃないんだけど」
「またまた。冬はいつも女子トイレに入ってるでしょ?」
「入らないよ〜」
「まあいいじゃん。冬って女子でも通る気がするよ。さっきも女装させてみたいなんて、みんなから言われてたじゃん」
「うーん・・・」
「それに子供だし構わないよ。あまり時間無いしさ」
と言って姉は僕の手を引いて、女子トイレに連れ込んだ。
更衣室は手洗い場の向こうに、3つ並んでいた。洋服屋さんの試着室のような感じで、カーテンで開け閉めするタイプである。幸い、誰も使っておらず3つとも空いていたし、他にトイレを使用している客もいないようであった。
その中のいちばん奥の更衣室に一緒に入ると、姉は唐突にこんなことを言った。
「ねえ、私の代わりにこのドレス着て、弾いてくれない?」
「へ?」
「さっき従姉妹たちからも言われてたようにさ、私と冬って背丈も同じくらいだし、顔立ちも似てるじゃん。この服着て出て行けば、私だと思ってもらえると思うのよね」
「そんな無茶な」
「私、やっぱり演奏に自信が無いのよ」
「昨日出がけに練習してた時も、かなり突っかかってたね」
「冬の方がうまいもん。こんな披露宴とかでぼろぼろの演奏なんて聞かせられないでしょ」
「僕もまだあの曲完全に弾きこなせてないよ」
「だって冬って本番に強い性格だもん。私は逆に本番に弱い性格だしさ」
うん、それは言えるという気はした。姉は緊張するとダメというタイプだ。
「それにさ、冬、女の子の服を着るの好きでしょ?」
「あっと・・・・」
「私のスカート、私が穿かせてあげてる以外にも時々こっそり穿いてるよね?」
「・・・うん・・・まあ・・・」
「去年転校した時にリナちゃんからスカートもらって、それも時々穿いてるでしょ?」
「・・・あれ、うまく隠してるつもりだったけどなあ・・・」
「お母ちゃんはボンヤリさんだから気付いてないだろうね。それ内緒にしといてあげるからさ。なんなら時々スカートくらい貸してあげてもいいよ」
「ちょっと借りたいかも・・・・」
「じゃ、このワンピース着てみよう。女の子に見えなかったら諦めるから」
あまり着替えに時間を取っていると出番に間に合わないかも、というのもあった。僕は結局うまく乗せられてしまって、ポロシャツとショートパンツを脱ぐと、姉のビロードのワンピースを着た。背中のファスナーを上げてもらう。少し恥ずかしい気はしたものの、鏡に映して見ると、われながら美少女だという気がした。
「うん。女の子にしか見えない。問題無し。はにかんでる様もまた可愛い」と姉。
「えー、でもバレるよ〜」
「大丈夫だよ。そうそう。女の子パンティも穿かなきゃね。そのつもりで未使用の用意しといたんだ」
と言って、姉は真新しい女の子ショーツを取り出す。
僕は女の子ワンピを着ているのに下が男の子パンツというのは嫌だなと思っていたので、素直にその女の子ショーツに穿き換えた。あ、やっぱりいいな、これ。おちんちんは例によって下向きに収納する。
あらためて鏡の中の自分を見てみる。ちょっと可愛いよね。でも心臓ドキドキ。
「けっこうこれ好きかも」
「よし、それで弾いてこよう。靴はこれね」
と言って姉がきれいな黒いエナメルのパンプスを取り出す。
「ヒール無いから、履きやすいし、ペダル演奏もしやすいと思うけど」
僕は履いてみたが少し余る感じだ。
「余るね。これはティッシュ詰めればいいよ」
と言って姉はポケットティッシュを出すと2枚ずつかかとに詰めた。
「何とかなるかも」
「よし、それじゃお願い。はい、これ楽譜」
「うん」
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